無印カフェの本和香糖プリン
夜明けの横浜にはアルファロメオ・スパイダーが似合う

先日、カラオケに行ったネタの続きになる。
特撮ソング以外にドルフィンの持ち歌に柴田恭兵さんの『横浜DAYBREAK』がある。TVドラマ『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』の主題歌だ。
ほぼ『あぶない刑事』のメンバーに『仮面ライダーBLACK』の倉田てつをサン『超獣戦隊ライブマン』の森恵サンが出演している。
主題歌の映像はアルファロメオ・スパイダーに乗る柴田恭兵さんと、バイクに乗る中村トオルさんがランデブー走行。最後は横浜ベイブリッヂを走る2台の空撮になるのだ。
この主題歌と映像が大好きだ。
柴田恭兵さんの大ファンである嫁はんも「声質が似ているからOK」とドルフィンの歌に太鼓判だ。
缶コーヒーに京商1/100ミニカーのアルファロメオが付いた時も白のスパイダーをチョイス。本当は劇中車の銀が欲しかったがラインナップに無かったので、色合いが近い白にしたのだった。
あと、必ず歌うのはドラマ『プロハンター』主題歌のクリエーションが歌う『ロンリー・ハート』。

―と、名作『俺たちは天使だ!』の主題歌、SHOGUNが歌う『男たちのメロディー』だ。
ドルフィンはこれをセントラル・アーツ3部作と呼んでいる。
『探偵物語』の主題歌は英語歌詞で歌えないので「横浜三部作」にはできない…。
この3作全てに出演しているのが柴田恭兵さんなのだ。

『俺天』についてはドルフィンのページ
http://www.hero.zaq.jp/hero/oreten.htm
参照
また『俺天』の“レーザーディスク”を観直そう(デッキが潰れたらソフトはどうなる?)。
和食ランチ ―にしたのだが…
四天王寺での「四天王寺春の大古本祭り」の帰り、お昼に和食ランチを食べた。
メインを天ぷらかお造りに選べる御膳で1,000円。
色々なものを少しずつ盛り付けて綺麗だ。

先ずはお味噌汁から。
あれ? お出汁の味がしない。それどころかケミカルさがのどにへばりつく…。
あんのかかった煮物も…。
盛り付けられている品のいくつかは業務用食材っぽいぞ。

街中で店舗賃貸料も高いのに、1,000円で味のしっかりした料理を食べようという方が“虫のいい話”なのだろうか?
盛り付けこそ月とスッポンだが、料理の一品一品だったら嫁はんの料理の方がウマイ。それだけ化学調味料を使わずキッチリ作ってくれているという事か。
改めて嫁はんに感謝するのだった。
四天王寺 春の大古本市 -とイオタ コショタンも来場
GW中、大阪・四天王寺で開催されている「第10回 四天王寺春の大古本祭り」に嫁はん行ってきた。GW期間中、休日は今日だけなのだ(泣)。
ノミの市ほどビッシリではないが、境内にテントと本棚が張り巡らされていた。
鉄道や航空書籍関連は多いが、車関係は少なかった。
車雑誌だけが目的ではないが、ついつい目が行ってしまうのだった。
キャラクター、しょこたんいや、メ~探偵コショタンも来場(アニメイベントではないので、しょこたんは来ないでしょう!)。
ピーカン照りの暑い日じゃなくてよかった~。
『赤いペガサス』連載当時の少年サンデーや少年マガジンも。
豪華執筆陣で話題となったマンガ少年もあった。
赤いペガサスはSV01改デビュー戦、モナコGPの予選だ!
5月12日の土曜日には大阪・富田林で「じないまち古書散歩」が開催される。
http://jinaimachi-book.seesaa.net/
こちらにも行こうと思っている。
Oh! ニッポン、ニンジャ、フジヤマ!! 「007は二度死ぬ」トヨタ2000GT
世界的大人気映画『007』シリーズの日本を舞台にした『007は二度死ぬ』。
近年ではTV地上波で再放送されることは無くなってしまったが、昔は何度か放送されていた。
ドルフィンがガキの頃、叔父や叔母達が(その世代がジャスト)TV放送を見ながら話を弾ませていた。映画公開当時は相当の人気ぶりだった事が伺える。
ドルフィンは「トヨタ2000GTが出ている」ということに興味があったのだが、当時としてはスケールの大きなセットや特撮、アクションに引き込まれてしまった。(スーパーカーブーム直前くらいの放送だったかな?)
ニンジャ、ゲイシャと妙に胡散臭い日本描写に「本当に日本が舞台なの?」と分からなくなってしまったところもある。
オープン仕様の2000GTは見た事がない…
京商1/64ミニカー「007 ジェームズ・ボンド・コレクション」でオープンカー仕様のトヨタ2000GTをGETできなかったので、今回のサントリーBOSS缶コーヒー付属モデルは6年越しの入手達成。
前回の「ランボルギーニ・コレクション」同様、スケールが少し大きい。
実車では木製だった運転席のダッシュボードやステアリングは茶色になっているところが良い。京商1/64ミニカーでは内装は黒一色だったはず。シートやインパネの描写も細かい。
今回のシリーズ一番人気だけあって造りが見事だ。これで“オマケ”なのだから驚かされる。
「ニッポン、フジヤマ」のイメージで―
大阪に引っ越す直前に行った新・富士スピードウェイ。帰り道、小山町周辺で撮った富士山写真とミニカーを合わせてみた。
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ミニカーラックへの道41 京商フェラーリF1用小棚改造
ミニカーラックへの道41
先日、中板を制作してフェラーリF1コレクション1/43ミニカーのエリアが整理できた(ミニカーラックへの道40)。
今まで京商1/64ミニカーとフェラ・コレ1/43ミニカーを「フェラーリF1コーナー」として混置してた。しかし、京商も「F1 Ⅲ」も発売して台数も増えた。
京商ミニカーを“立てかけ置き”できるように小棚を改造した。
京商のフェラーリF1は台座に固定されていないので“立てかけ”の角度が大きくなるとズリ落ちてしまう。
しかし、あまり角度が小さくすると見にくくなるし前に平置きできなくなる。
立てかけて置く時も端から順番に置いて行かないと、台座からズレてそのままラックから落下してしまう恐怖もあるのだ。
基本、年代順に並べる。
一番下には312T2テスト6輪車を置き、その上には光を遮らないように台座の無いコーヒー付きミニカーを置いてみた。
収納が整理できたため、ベネトンF1&マクラーレンF1GTRコーナーも作る事が出来た。
しかし、まだ小棚が旧型なので透明材を使った新型に造り変えねばならない。
新型小棚を作るためにはその前に透明カバーの扉を作り直す必要がある。
枠付きカバー扉制作→旧透明板が外される→その透明材を小棚に転用 という順番になるのだ。
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まるでWゼッケンのショーカー マンセルの?フェラーリF1-90
ノーズにはゼッケン「2」が
マクラーレンでチャンピオンを獲得したアラン・プロスト選手が移籍したことで、ゼッケン「1」を付けることになったフェラーリ641/F1-90。
マクラーレン/ホンダに対抗するために作られたアジップの特種成分燃料は、排ガスが「毒ガス」と呼ばれるほど体に悪かったため、ピットクルーが物々しいマスクをしていた事で物議をかもしだした。
エコが叫ばれている現在では考えられないほどバブル期はムチャをしていた。
フェラーリ・コレクションでプロスト車が1/43モデルになっていたので、京商1/64「フェラーリF1 Ⅲ」ではパスするか、出てもマンセル車が欲しかった。
ブラインドBOXを開けると「うっ! F1-90…」出てしまったが、まだ希望がある。ゼッケンとネームを見ると「2」のマンセル車だった。
ところが組み立ててみるとリアウイングにはゼッケン「1」が付いているではないか!
ダイキャスト製ボディとプラのリアウイングの封入組み合わせが間違っていたようだ。
まあ、Wゼッケンのショーカーっぽくて面白いからOKとしよう。車本体はマンセル車なのだから。
リアウイングにはゼッケン「1」…
「フェラーリF1 Ⅲ」各車を組み立ててみると、タイヤの太さやトレッドの広さ、リアウイングの大きさが時代によってかなり異なるものだなと感じる。
F1-90はかなり幅広のトレッドで、サスペンション・アームも細い。
組み立てていると「パキッ!」と不気味な音が響く。「やっちまったぁぁぁ」長いフロントサスが折れてしまった。台座に置いて目だ立たない右サスだからいいか…。
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フェラーリF2008のメタリック感は写真で上手に表現できない 京商フェラーリF1 3
前年、キミ・ライコネン選手がチャンピオンを獲得し、ゼッケン「1」を付けたフェラーリ659/F2008。
だがF2008で活躍したのはフェリペ・マッサ選手の方だった。
付加パーツゴテゴテも最高潮に達した時期に誕生したアーチ状のフロント・ウイングを持ったマシン。
F2008のミニカーはマテル製とかを見てもメタリック・レッドの車体色になっている。フェラーリF1コレクションのF2007もメタリックだった。
雑誌等の写真を見てもメタリックには見えなかったので「これはミニカー独自色なのだろうか?」と常々疑問だった。
だが先のフェラーリ・レーシング・デイズで初めて実車を見て「本当にメタリックだ」と感激した。
同イベントで走行した599XX Evoにしてもそうだったが、メタリック色は写真に撮ってもなかなかメタル感が出ない。さらに雑誌は印刷のため4色で表現せねばならないのでなおさらだろう。
上の写真もメタリック感が出ておらず、フツーの赤にしか見えないのが残念…。
京商1/64ミニカー「フェラーリF1 Ⅲ」のパッケージを開けて中身を取り出すと、リアウイングが曲がって付いている~ッ!!
「手で押し戻して直るだろうか?」「直す途中で壊れやしないだろうか?」「それならいっそ『お客さまセンター』で交換してもうか?」「パッケージを開けたら交換できないのでは?」―と様々な思いが交錯した。
考えた末、自分で直す事にした。直らない場合を考えてパッケージを開ける前に“証拠写真”を撮っておく事にした。それが上の写真だ。
結果として自分で直すことができた。しかしF1-90のフロントサスをヤッてしまったように、いつ「バキッ!」といきやしないかヒヤヒヤものだった。
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また一つ名店が…
友人宅に伺った帰り、夕食を近くのカレー屋さんで食べた。
この店はネパールの方が調理していて、できた頃は「こんな田舎町で(失礼)こんなに美味しいカレーが食べられるとは!?」と、嬉しい思いだった。
以後、近くに行くと寄っていた。
今回、久しぶりに行くとチョット雰囲気が異なっていた。
「サンドイッチはじめました」とか「カレーラーメンあります」とかPOPが貼られている。街中と違って美味しくても厳しいのかな?
ディナーセットにはカレー2種とナン、ライスが付く。
食べて見て愕然。カレーに全然味の奥行きが感じられない。ナンも粉っぽい…。
「専門店が他のメニューを加え始めると終わりが近い」という説は本当かもしれない。
実のところ、この店のシェフが“色々あって”店を離れた―と嫁はんから聞いていた。
何故、嫁はんがそんな事を知っているかというと、別の街で偶然ビラ配りをしているネパール人シェフに会ったそうなのだ。今までの店を離れて自分で店を出したとの事。
その方はよほど腕が良かったのだなと、今さらながら感じる。
同じように作っているのだろうが、格段に差がある。
あぁ、また一つ行きつけの名店が無くなってしまった。
少し離れた別の街の新店を探してみよう。今までよりは都会だから場所代もかかるだろう。値段も高くなってしまっているかもしれない。今までは都会にある店よりも美味しく、値段は安かったのに…。残念だなぁ。
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ウソつきでも愛すべきスペンサーのホンダNS500
「キング」と呼ばれたケニー・ロバーツ選手を紙一重で打ち破ってワールドチャンピオンに輝いたフレディ・スペンサー選手。以後「天才」が形容詞化されることになった。
世界王者になった時のマシンがホンダNS500だ。
群雄割拠の'80年代GP500にあってスペンサー選手がワールドチャンピオンを獲ったのはたった2回。もっと多く獲っているようなイメージがあるところに彼の強さが伺える。
GP250とのダブルチャンピオン獲得の影響もあるかもしれない。
鈴鹿ファン感謝デーでスペンサー車を走らせる清成龍一選手
Wタイトルを獲った'85年のMFJ GPに招待選手として日本にやってきたスペンサー選手。
GP前の木曜日くらいに「練習走行やってないかな?」と出かけた鈴鹿で、スペンサー選手の姿を発見。マシンは調整中。「これはサインをもらいに行くしかない!」―と興奮しつつも“王者のオーラ”に阻まれてなかなか近付けない。
勇気を振り絞ってサインをもらいに行くと、意外にも気軽に、しかも丁寧にサインをしてくれた。
2輪、4輪を通して初めてもらうワールドチャンピオンのサイン。もう嬉しさも絶頂だった。

丁寧に書いてくれたスペンサー選手のサイン
MFJ GPは怪我の悪化を理由に欠場。過去何度か招待されるも日本では1度も走っていないスペンサー選手に対して、TV放送の解説をつとめていた350ccクラス世界チャンプの片山敬済氏は「『走る 走る』と言って走らない。彼を観に来たお客さんをバカにしてますよ。ケニー・ロバーツやバリー・シーンが築いた世界チャンピオンを汚してます。ウソつきフレディーですよ!」と激怒していたのを今でも忘れない。
'80年代は全日本でも500ccクラスのレースが行われていて、“外観上”は世界選手剣と同じNS500が走っていた。
鈴鹿での練習日に全日本選手権を走る木下選手と阿部選手のNSR500を間近で見た。「3気筒」と言うのに後方には2本しかチャンバーが出ていない。あと1本は? と探したら右側スイングアーム添いに出ていたと分かった。
チャンピオンバイク・コレクション第7号付属のスペンサー選手のNS500には色々な思い出が詰まっている。
チャンバーやスイングアームがピカピカの銀過ぎる気がする。
Wタイトルを獲ったNSR500かNSR250もラインナップに加えて欲しかった。
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