ウソつきでも愛すべきスペンサーのホンダNS500
「キング」と呼ばれたケニー・ロバーツ選手を紙一重で打ち破ってワールドチャンピオンに輝いたフレディ・スペンサー選手。以後「天才」が形容詞化されることになった。
世界王者になった時のマシンがホンダNS500だ。
群雄割拠の'80年代GP500にあってスペンサー選手がワールドチャンピオンを獲ったのはたった2回。もっと多く獲っているようなイメージがあるところに彼の強さが伺える。
GP250とのダブルチャンピオン獲得の影響もあるかもしれない。
鈴鹿ファン感謝デーでスペンサー車を走らせる清成龍一選手
Wタイトルを獲った'85年のMFJ GPに招待選手として日本にやってきたスペンサー選手。
GP前の木曜日くらいに「練習走行やってないかな?」と出かけた鈴鹿で、スペンサー選手の姿を発見。マシンは調整中。「これはサインをもらいに行くしかない!」―と興奮しつつも“王者のオーラ”に阻まれてなかなか近付けない。
勇気を振り絞ってサインをもらいに行くと、意外にも気軽に、しかも丁寧にサインをしてくれた。
2輪、4輪を通して初めてもらうワールドチャンピオンのサイン。もう嬉しさも絶頂だった。
丁寧に書いてくれたスペンサー選手のサイン
MFJ GPは怪我の悪化を理由に欠場。過去何度か招待されるも日本では1度も走っていないスペンサー選手に対して、TV放送の解説をつとめていた350ccクラス世界チャンプの片山敬済氏は「『走る 走る』と言って走らない。彼を観に来たお客さんをバカにしてますよ。ケニー・ロバーツやバリー・シーンが築いた世界チャンピオンを汚してます。ウソつきフレディーですよ!」と激怒していたのを今でも忘れない。
'80年代は全日本でも500ccクラスのレースが行われていて、“外観上”は世界選手剣と同じNS500が走っていた。
鈴鹿での練習日に全日本選手権を走る木下選手と阿部選手のNSR500を間近で見た。「3気筒」と言うのに後方には2本しかチャンバーが出ていない。あと1本は? と探したら右側スイングアーム添いに出ていたと分かった。
チャンピオンバイク・コレクション第7号付属のスペンサー選手のNS500には色々な思い出が詰まっている。
チャンバーやスイングアームがピカピカの銀過ぎる気がする。
Wタイトルを獲ったNSR500かNSR250もラインナップに加えて欲しかった。
にほんブログ村