苦戦が続いたロータス100T/ホンダ 中嶋悟車
F1シーズン2年目を迎えた中嶋悟選手の愛機・ロータス100T/ホンダ。
シーズンを通して不振に終わったマシンながらも、中嶋選手の引退セレモニーや各種イベントではドライブされている。より良い成績を残した99Tでもいいはずなのに…??
まあ、99Tは展示等で各地を回っていたから傷みが激しいのかもしれない。
今年の鈴鹿ファン感謝デーでロータス100Tに乗りこむ中嶋選手
鈴鹿ファン感謝デーの目玉企画「星野VS中嶋 F1対決」土曜日ラウンドでは2人とも年齢を感じさせない激しい走りを見せてくれた。
走行後のインタビューで星野選手は「ロータスの後ろからオイルが吹き上がっていたのでヒヤヒヤした」と話していた。古いマシンなので調整が難しいのだろう。現代マシンを走らせるよりも費用がかかるのではないだろうか。
'88年の日本GPでは予選で自己最高の6番手につけながらもスタートでエンジンストール(あれ? 最近同じようなシーンがあったが…)。鈴鹿ストレートの下り坂でエンジン再始動できて7位完走に至った―というドラマチックな展開を見せてくれた。
京商1/64ミニカー「ロータスF1」の中嶋車と合わせて写真を撮ったのは、'88年当時ホンダが販促で発行したステッカー。
昨年のF1日本GPでは「鈴鹿レジェンド」モデルとして京商1/43ミニカーで中嶋選手が搭乗するロータス100Tが登場した。
大きなスケールなだけにダミーロゴになってしまっているのが残念。
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アイス?プリン? なめらか口溶け札幌カタラーナ
近鉄百貨店の「大北海道展」で購入した「札幌カタラーナ」。
スイーツを買いたいと色々試食して回って「これは!」という商品に出会った。
一言でいえば「アイスクリームのようなプリン」。
バニラビーンズをたっぷり使った濃厚プリンを半解凍状態で食べるのだ。プリンなのにクリームのような口当たりが心地良い。
「プレーン」「イチゴ」「チョコ」「マンゴー」の4種が出店していた。この中から「プレーン」(写真上)と「イチゴ」(写真下)をハーフで購入。
上にイチゴが乗っている
濃厚さはあるもののアブラあぶらしておらず、口当たりがサッパリしているので次から次へとスプーンが進んでしまう。
冷凍で購入して半解凍状態で食べる―という“滑らかさ”が生まれるアイデアも素晴らしい(完全解凍状態でも美味しいが)。
これは絶品。大きなサイズで買えばよかった~。
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私が愛したロータス・エスプリ・ターボ サントリーBOSS/007コレクション
ジウジアーロがデザインした直線と角を強調した「これぞスーパーカー!!」的車両、ロータス・エスプリ。
映画『007 私を愛したスパイ』のボンドカーはバツグンのカッコ良さを見せてくれた。
007はショーン・コネリー氏も良いがロジャー・ムーア氏の007が一番好きだ。リアルタイムに観はじめた時のボンドだからかもしれないが、ギャグと色気を持ちあわせているとこに魅かれる。広川太一郎氏の日本語吹き替えも本人が喋っているように絶妙だ。
映画『キャノンボール』では本人がロジャー・ムーア・ボンドを真似る御曹司を演じている。車はアストンマーチンだったが007パロディで笑えた。
初めて見たロータス・エスプリ
『私を愛した―』日本公開に先立つこと2ヶ月。'77年F1日本GP開催の富士スピードウェイ駐車エリアで初めてロータス・エスプリを見た。映画同様の白いボディだった。
草地の臨時駐車場に停めていたところから察するに完全一般客所有車だろう。
前年に発売されたばかりの最新スーパーカーの発見に興奮したものだ。
『007 ユア・アイズ・オンリー』では量産車のバージョンアップに伴い、ロータス・エスプリ・ターボが登場。前作ほど活躍せずに自爆したため印象が薄い。
エスプリ・ターボならF1同様のエセックスカラー仕様車がカッコイイ。サントリーBOSS1本に1台付いてくる「007 ジェームズ・ボンド・コレクション」のロータス・エスプリ・ターボを入手した。
京商1/64ミニカーでもトミカでも、映画と同じ白ボディ車は持っていなかったのだ。
赤いラインと車名が描かれたボディのボンドカー。キリッとした直線ボディが売りのエスプリにしては“ゆるい”ラインなのが苦しいところ。まるでモデルチェンジ後の様である。エスプリをミニカーにした時に難しい点だ。
このラインで黒バンパーだと、後ろから見たら「セリカXXか?」と思えてしまう(笑)。
サイドスカートの模様やサイドミラーまで作り込もうとした意欲は感じられる。
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サントリーBOSS 007コレクション探しの旅
サントリー缶コーヒーBOSSが「007ジェームズ・ボンド・コレクション」を展開しているとブログを読んで知った。
発売から数日が過ぎて完全に出遅れてしまった。
思えば6年前の京商1/64ミニカーのシリーズ第10弾で「007 ジェームズ・ボンド・コレクション」を展開した時に、欲しかったトヨタ2000GTとロータス・エスプリは出なかった。
ミニカーを集め始めて2回目の京商ミニカー発売であり、大阪に引っ越して初めての購入だった。通勤前に会社近くのサークルKサンクスで数個買った事を思い出す…。
転職したての不安感、転居したてでお小遣いも少ない中から数個買った事、色々と思い出してしまう。
今回はブラインドBOXではないが早い者勝ちである。恐らく一番人気であろうトヨタ2000GTはもう無いかもしれない。
会社帰りに自転車で寄った2軒のコンビニには置いていなかった(既に完売?)ので、休日を待って車で「―探しの旅」に出た。
いつも缶コーヒー付けキャンペーンは必ず置いてくれているコンビニへ。
店頭には「アクロスター」や「Qボート」といった“不人気”数個しか残っていないので店員さんに在庫を聞いてみた。バックルームを探してくれたが全て店頭に出しているらしい。
ここから長い旅が始まった―。
都合10軒回ったが、GETできたのは1本付きのロータス・エスプリ・ターボのみ。2本付きのトヨタ2000GTはやはり無い。
今回も入手できなかったのは縁が無いからだろう。
愛車にガソリンを入れたついでに、そっち方面のいつもは行かない方向のコンビニに行ってみた。
ここも1本付きしか残っていない…。店員さんが棚整理をしていたので念のため聞いてみた。バックルームを探しに行ってくれたものの、なかなか戻ってこない。
「あぁ、やっぱりここも無かったか」―そう観念した時、ケースを手にした店員さんが戻ってきた。まだ1ケース丸々店頭に出していなかったようだ(1ケースに2本付けと1本付けがセットになって入って来る)。
聞いてみるものだ。ついに2000GTをGETだゼ!! 旅した甲斐があったというもの。ラッキーだった。
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1位を狙えば外さない グランプリの鷹/トドロキスペシャル
カラオケJOYサウンドの全国採点は面白い。
水木一郎アニキが歌う「アローエンブレム グランプリの鷹」も得意曲だ。1位を狙えば外さない。鷹の誇りは俺のもの♪―だ。

実はエンディング曲「レーサーブルース」の方が好きなのだが『可愛いあのコは俺のピットさ』辺りになると「歌詞が面白い」と嫁はんが笑うので“浸って歌えない”。―ので最近はあまり歌わないのだ。
でっかい夕陽に向かって歩く轟鷹也のエンディング・アニメは大好きなのだ。
『グランプリの鷹』についてはコチラ↓
JOYカラオケで全国1位獲ってやったゼ ワイルドだろ?
3ヶ月ぶりにカラオケに行ってやったゼェ➚。
JOYサウンドで全国採点を選んでやったゼェ➚。
全国1位を獲ってやったゼェ➚
いつも行っているカラオケ店では店内月間最高得点者には割引券がもらえる。
そこで喉の調子が良くなったところで得意曲を歌うのだ。
今回最高得点は↓
今までだったら1位安全圏内だったのだが、ここ2ヶ月連続で1位になっている方は97点近くを獲っている。
このままでは敗北か?
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結果報道に一喜一憂した ウイリアムズFW11/ホンダ
'80年代にウイリアムズと組んだ第二期ホンダのF1参戦。TV中継もインターネットも無かった時代、雑誌の発売が待ち遠しかった。
スポーツ新聞でさえ海外のF1どころか国内F2の結果さえ報道するのは稀だった。「ネルソン優勝」の活字はF1ではなくゴルフだった。何度騙された事だろう。
ネルソン・ピケット選手とナイジェル・マンセル選手を擁してコンストラクターズ・チャンピオンを獲得、ドライバーズ・チャンピオンもあと一歩まで迫ったマシン、ウイリアムズFW11。
鈴鹿で初開催の日本GPがチャンピオン決定戦となったウイリアムズFW11B。
これらのマシンの活躍にある時は落胆し、またある時は心踊らされた。
今年の鈴鹿ファン感謝デーで星野一義選手が乗りこんで走行披露したFW11。ターボのブースト圧を規制するポップ・オフ・バルブ取り付け規定以前の車両だ。
エンジン始動を間近で聞けたがキョーレツに大きな音だった。
今でこそホンダ・コレクションホールで完全整備体制にあるマシンだが、'80年代当時は町のディーラーに展示されていたりしたものだ。
名古屋・栄の100㍍道路沿いにあったホンダの二輪四輪ショールームにはウイリアムズ以外にもJPSカラーのマーチF2もあった。他にも昭和区のホンダにもFW11Bが展示されていて写真を撮りに行ったりした。
アオシマ1/64ミニカー「ウイリアムズF1」のFW11B。チャンピオンを獲得したN・ピケット選手のゼッケン6号車。
タバコ広告自主規制が盛んな今日、バークレー・タバコのロゴが入っている珍しいミニカーだ。小さくてマイナー銘柄なのでOKにしたのだろうか?
フロントウイングにはカーボンを模したシールが貼られているが、FW11のフロントウイングはこんなにもカーボンしていなかったはず…。
アオシマにウイリアムズを取られてしまった京商だが、ウイングカー全盛期のマシンがまだ残っている。'80年代マシンを中心に是非ともF1シリーズを展開して欲しいものだ。
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やんちゃ野郎アーバインのフェラーリF399 フェラーリF1コレクションVol.17
全日本F3000選手権を闘いフェラーリ・ドライバーになった選手は何名かかいるが、エディー・アーバイン選手はその中でもワールドチャンピオンまであと1歩まで迫った。
―とは言ってもタナボタ勝利も結構ある。それでもしたたかにポイントを積み上げるところが彼らしくも思えるのだ。
'99年日本GPはチャンピオン決定戦なのにも関わらず予選5番手に沈む。この時点で終わっていたのだ。
チームメイトのシューマイケル選手は「全力でアーバインの援護をする」と語っていたが、それを真正直に信用するアーバイン選手でもあるまいし…。
フェラーリの戦闘力を高めるために数年かけてきたのはシューマイケル選手である。十数年ぶりのフェラーリチャンピオンには絶対に自分がなりたいはずだ。全力でハッキネン選手を追うも最後はマシントラブルでリタイアするという“シロウト目にもミエミエ”の策をとった。
速いが紳士ではないアーバイン選手が大好きだ。
「無理してF1に行くことない。全日本F3000で充分生活できる」と言いつつ、僅かなチャンスを生かしてF1レギュラードライバーになった彼が大好きだ。
F1デビューとなった日本GPでも神経質にならず、囲まれたファンに気軽にサインをしていた彼が大好きだ。
全日本で熾烈な戦いを展開した星野一義選手を敬愛する発言を世界に発信する彼が大好きだ。
'99年日本GPのドライバーズ・パレード
'99年の日本GPはドルフィンが最後に観戦した「決勝レース」だ。以後F1、国内含めて決勝は観に行っていない。
ピットで順位が決まる“パレードラン”を高いチケット買って観に行くこともないと感じたからだ。日曜日に休みを取るのも大変だ。
そういった意味では「思い出に残るレース」である。結婚前の嫁はんも一緒だったし。
アーバイン選手がチャンプ争いをし、また最後のフェラーリF1となったのがフェラーリF399だ。
フェラーリF1コレクションVol.17はこのコンビが特集、1/43ミニカーが付いている。
上面はフラットに近いが側面は後方に絞られているサイドポンツーン形状が格好良い。
インダクションポッド部は平面で黒塗りされているだけではなく、しっかり“窪み”がつけられている。
風防は透明材で取り付けされている。フロント・サスの付け根部分の金属も銀塗りで表現しているところが細かい。
実車では車体に大きく描かれているタバコロゴが無いので間延びした色合いになっている。
イベント等で来日し、走る姿を見せて欲しいものだ。
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モータースポーツ全盛期の「るるぶ レース&サーキット」を発見
嫁はんが骨董屋で見つけてきた雑誌。なんと旅行雑誌「るるぶ」の『レース&サーキット』というガイド誌だ。
'92年初頭に出版されている。まさにバブル経済崩壊直前のモータースポーツ全盛期だ。
雑誌の前半は2輪、4輪カテゴリーの説明。フォーミュラだけでなくGr.CやGr.A、バイクはWGP、8耐、スーパーバイクとメジャーカテゴリーは全て網羅しているところが素晴らしい。
掲載写真どれもが懐かしい。
懐かしいドライバーの顔ぶれ。サインをもらっていないのは1名だけ…
「若手F3ドライバー」も20年経った現在ではチーム監督やスーパーGTのドライバーになっていたりするのでニヤニヤと見てしまう。
2輪ではレイニー選手の走行アップ写真や、ワークス入りしたばかりの本間利彦選手がいたりする。
雑誌後半はサーキット&周辺の紹介。
今では名前が変わったり無くなってしまったサーキットもある。ありし日のオーポリやTIも。
巻末には「るるぶ」らしく、日本地図から抜粋したサーキット周辺広域地図になっている。
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武骨さがカッコイイ キング・ケニーのヤマハYZR500
「キング」と呼ばれる偉大なライダー、ケニー・ロバーツ(シニア)氏。利休が茶の湯を完成させたように、ケニー選手もハングオフ・ライディングを完成させた。
数々のライダースタイルを確立させ、名シーンを展開させたキングだが、ドルフィンが2輪レースを観はじめた時には既に引退し“伝説のライダー”となっていた。
実家の裏に2輪暴走族のたまり場があったため、オートバイに対する印象が悪かったのだ。
高校生の頃、時間つぶしに見た雨のMFJ GPレースが面白く、その後「ふたり鷹」「バリバリ伝説」「あいつとララバイ」「ペリカンロード」等バイク漫画の影響もあって、オートバイに対する偏見も無くなった。
'85年の鈴鹿8耐に“伝説のライダー”が参戦するとあって観戦に出かけた。この時がケニー選手の走りを見た最初だった。
小柄な選手が大きな750ccレーサーを軽々と操作する(―ように見えた)姿は、まるで魔術。
一時期現役を離れていたとは思えない圧倒的な速さに驚かされた。
予選終了後にホテルへ戻るケニー選手と遭遇したが、サインはしてもらえなかった。残念。
'85年鈴鹿8耐出場の際、遊園地内で遭遇!
チャンピオンバイク・コレクション11号の付属バイクは、ケニー・ロバーツ選手のヤマハYZR500。
台座に固定されているが、台座文字が見えるバイク左側よりも3本のチャンバーが無造作に突き出ている右側の方が武骨さが出ていてカッコイイ。
ゴールドのホイールが王車の風格を醸し出している。
今年の鈴鹿ファン感謝デーに展示されていた実車で初めて目にした。
黄色地に黒柄のカラーリング=ケニー選手のレーサーというイメージが強い。
'87年、ヤマハのイベントで
鈴鹿8耐に参戦したテック21ヤマハYZF750は、プラモデルにはなっているものの完成品ミニカーにはなっていない。是非とも欲しい思い出の1台だ。
















