結果報道に一喜一憂した ウイリアムズFW11/ホンダ
'80年代にウイリアムズと組んだ第二期ホンダのF1参戦。TV中継もインターネットも無かった時代、雑誌の発売が待ち遠しかった。
スポーツ新聞でさえ海外のF1どころか国内F2の結果さえ報道するのは稀だった。「ネルソン優勝」の活字はF1ではなくゴルフだった。何度騙された事だろう。
ネルソン・ピケット選手とナイジェル・マンセル選手を擁してコンストラクターズ・チャンピオンを獲得、ドライバーズ・チャンピオンもあと一歩まで迫ったマシン、ウイリアムズFW11。
鈴鹿で初開催の日本GPがチャンピオン決定戦となったウイリアムズFW11B。
これらのマシンの活躍にある時は落胆し、またある時は心踊らされた。
今年の鈴鹿ファン感謝デーで星野一義選手が乗りこんで走行披露したFW11。ターボのブースト圧を規制するポップ・オフ・バルブ取り付け規定以前の車両だ。
エンジン始動を間近で聞けたがキョーレツに大きな音だった。
今でこそホンダ・コレクションホールで完全整備体制にあるマシンだが、'80年代当時は町のディーラーに展示されていたりしたものだ。
名古屋・栄の100㍍道路沿いにあったホンダの二輪四輪ショールームにはウイリアムズ以外にもJPSカラーのマーチF2もあった。他にも昭和区のホンダにもFW11Bが展示されていて写真を撮りに行ったりした。
アオシマ1/64ミニカー「ウイリアムズF1」のFW11B。チャンピオンを獲得したN・ピケット選手のゼッケン6号車。
タバコ広告自主規制が盛んな今日、バークレー・タバコのロゴが入っている珍しいミニカーだ。小さくてマイナー銘柄なのでOKにしたのだろうか?
フロントウイングにはカーボンを模したシールが貼られているが、FW11のフロントウイングはこんなにもカーボンしていなかったはず…。
アオシマにウイリアムズを取られてしまった京商だが、ウイングカー全盛期のマシンがまだ残っている。'80年代マシンを中心に是非ともF1シリーズを展開して欲しいものだ。
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