スカイラインRSシルエットや240ZRが展示 まだまだ引っ張る鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリデー Vol.11
GPスクエア 4輪展示編
グランドスタンド裏のグランプリスクエアではテントを張って2輪・4輪の名車を数多く展示していた。
鈴鹿1000キロの時がショボかったので、この数の多さと貴重なマシンの数々に嬉々としてしまった。
スカイラインRSターボ・スーパーシルエット(後期型)
テント中央に鎮座していた超人気車。走って欲しかった。
ドルフィンは名古屋ノスタルジックカーショーでじっくり写真を撮っていたので、この1枚でOK。
スーパーシルエット・レース開催当時、マイナーチェンジした後期型を初めて見たのは鈴鹿サーキットでのテスト走行だった。
日産フェアレディZ 240ZR
リアルXの1/72ミニカー「ニッサン・レーシング」でこのマシンの存在を知った。
今回初めて持っているミニカーの実車を見られて嬉しい。240ZRの展示を知らなかったので、驚きも一入。
トヨタ2000GT R
ノーズのエアインテークが面白い。
この車両も四国自動車博物館の展示車両のはず。
ザナヴィNISMOプリメーラ
NISMO入りした本山哲選手がドライブしていたJTCCマシン。
Gr.A トヨタ・富士通テン・スープラ
フォード・シェラやスカイラインGTS-Rと戦っていたが、R32GT-Rの出現により撤退。
JGTC トヨタ・スープラ
いすゞベレットR6クーペ
いすゞ初製作のレーシングカー。-とは言ってもワークスではなく“社内有志”によるものだったとか。
アストンマーチンDB4GTザガート
フェラーリ250GTに対抗するマシンとして誕生。日本グランプリではフェラーリに次ぐクラス2位。
高級市販車の佇まいである。
GT モチュール・フェアレディZ
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可夢偉選手のトヨタTF109、ウイリアムズFW11Bも まだまだ鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.11
タイムマシン展 フォーミュラ編
ピットビル2階のホスピタリティラウンジでは「鈴鹿サーキット50周年タイムマシン展」が開催され、2輪4輪の名車が多く展示されている。
こちらは11月4日までの長期イベントなので、まだまだ見られる機会がある。
トヨタTF109
トヨタ最後のF1マシンにして小林可夢偉選手がF1デビュー&初ポイントを獲得した名車。
もはや「ヤルノ・トゥルーリ選手が日本GPで2位になったマシン」よりも「可夢偉選手のマシン」とした方が人気がある。
今回、トヨタは展示車両のみの協力で、マシンは全く走らせていない。確執?経済的理由?
ウイリアムズFW11B/ホンダ
F1初開催された鈴鹿でタイトルを決めたネルソン・ピケット選手のマシン。
星野選手がドライブしたFW11の翌年型。
当時のターボF1マシンは、直線では空気を切り裂いてリアウイングから“飛行機雲”が現れるのが印象的だった。
コルトF2000
'71年日本グランプリで優勝。ブラバム製シャシーを三菱が改良した。今見てもシンプルでカッコイイ。
昔、ミニカーが出ていた気がする。トミカだったかなぁ?
コルトF3A
三菱製フォーミュラ・カー。'66年日本グランプリで優勝した。
リジェJS41/無限
'95年のシーズン終了後にブリヂストンがF1参戦用のテストカーとして使用した。
当時「いよいよBSがF1に進出する」とワクワクしたものだ。
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WGP&鈴鹿8耐 伝説のロードレーサーがこんなにも 鈴鹿50th
イタリアGPで自力2位を勝ち取ったペレス選手。対照的に上位の脱落で辛くもポイント獲得できた可夢偉選手。見ていてフラストレーションがたまるレースだった。
そこで今日になって大手古本店で『バリバリ伝説』全日本250cc最終戦編を立ち読んだ。カルロス・サンダーとの激闘の末に優勝するグン。
WGP250ccチャンピオンを獲得した原田選手やWGP鈴鹿500㏄クラスで勝利したノリックを思い出し「彼らもこうだったな」―と、立ち読みしながら涙するヘンなオヤジがそこにいた。
これでだいぶフラストレーションは解消できたのだった。
そこで―
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.10
レジェンド・レーサー編

2007年に27年ぶり鈴鹿8耐優勝を飾ったヨシムラ・スズキGSX-R1000。
『ふたり鷹』で沢渡鷹も鈴鹿8耐を走らせた(撮影用参加)モリワキモンスター・カワサキKZ1000。
ドルフィンが8耐を観戦に行った年からT.T.F1は750cc規定になったため、1000ccクラスが走るところは見たことが無かった。
鈴鹿8耐史上最も劇的だったレーサー、テック21ヤマハYZF750。
'93鈴鹿8耐優勝のカワサキZXR-7。
チームイクザワ、無限、ムーンクラフトのパッケージで誕生したレーサー、ホンダCBX750F ホワイトブルⅡ。'85年鈴鹿8耐参戦。
Ⅰ型は童夢と組み、カーボンフレームのレーサーだった。
WGPチャンピオンとなったウエイン・レイニー選手の'92年型ヤマハYZR500。
体調不良で来日キャンセルとなったレイニー氏。会いたかったな。
WGPチャンピオンとなったケビン・シュワンツ選手の'94年型スズキRGVγ500。
「チャンピオンになったからゼッケン「1」付けるけど「34」だった気持ちは忘れない」的ゼッケン。
1993年に原田哲也選手がWGP250ccチャンピオンに輝いたヤマハTZ250M。
ドルフィンがロードレースを見始めて初めての日本人世界チャンピオン誕生。あのシーズンは観ていて燃えたなー。
1993年WGP250ccクラス世界チャンピオン 原田哲也選手
チャンピオン獲得時の「31」を入れて下さった。嬉し~!
ヨシムラの歴代8耐レーサー
ワイン・ガードナー選手が駆ったホンダRVF750。新車のように綺麗だった。
「ワールド・グランプリ―時空を超えたレジェンドとの再開」で走行準備する岡田忠之選手。今回サインをもらいそびれた~。
水谷勝選手とスズキRG500。
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Gr.A32GT-RとスーパーGT35GT-R夢の競演 Gr.Cカー爆走 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.9
「世界に通ずる鈴鹿1000Km」のイベントでは長い歴史がある鈴鹿1000キロレースを走ったマシンが登場した。
Gr.A R32カルソニックGT-RとスーパーGT R35ザナヴィNISMO GT-Rが青と赤・夢の競演(Gr.Aでは鈴鹿1000キロは走っていないはず)。
富士で開催されるNISMOフェスティバル以外ではそう機会が無いのではなかろうか。
車両外観は変更できないGr.Aと、外観は市販車両に“似せた”スーパーGTマシンの差が良く分かる。車高が低いと思っていたGr.Aマシンよりもさらに低く横にワイドなスーパーGTマシン。
青いカルソニックのレーシングスーツを着た星野一義選手がR32カルソニックGT-Rをドライブ。
鈴鹿サーキットを走るカルソニックGT-Rを観ると、GR.Aラストになる'93年夏の鈴鹿500キロを観戦に行った時の事を思い出す。楽しかったなぁ。
参戦マシンが淘汰されて車種が限定されながらもGr.Aレースは面白かった。
「パボォォ~ン!!」と野太い排気音でストレートを疾走。
外観は変更不可でも爆発的人気だったGr.Aは、ベース車両が魅力的だったのだなとつくづく感じる。各チーム毎のチューニングができたのも魅力の一つだった。
ザナヴィNISMO GT-Rをドライブするのは本山哲選手。
走行したR35GT-Rは、先の鈴鹿1000キロの時にキッズ乗車体験に使用されていた展示車両と思われる。走行可能だったとは。
星野一義氏 やっぱりレーシングスーツの方が似合う
ニッサンR92CPとマツダ787B、2台のGr.Cカー登場に会場の熱気も沸騰。
メーカーが異なる複数のCカーが一緒に走る機会もそう無い事だ。
やっぱりGTカーとでは排気音とスピード感が違う。
Gr.Cカー最強と言っても過言ではないニッサンR92CP。
ドライブしたのは長谷見昌弘選手。
車両展示された車体はローラ製のニッサン90CK。
春のファン感謝デーではコース上展示車両は、周囲に人が集まり過ぎて写真を撮るどころではなかったので、今回のピットウオークでは「走らないで下さい!」とアナウンスされながらも競歩以上ランニング未満でダッシュ。人が集まる前に写真撮影―。
と、考えていたがプレス関係者達が記念撮影していて良いポジションがとれなかった。一般開放されたらプレスはどいて欲しいな(怒)。
ピットビル2階の「鈴鹿50周年タイムマシン展示」にあったニッサンR88C。
マーチ87Gシャシーに日産製カウル+エンジンを乗せている。
カウリングにポルシェ956の影響が見られるところから、マーチカウルに戻した仕様と考えられる。
1970年の日本オールスターで総合優勝したいすゞベレットR6スパイダー。
ローラT70 MkIII
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マツダ787B No55、ミスター・ルマン寺田陽次郎氏のドライブで走る 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.8

「世界に通ずる鈴鹿1000Km」では、日本車で唯一ル・マン24時間レースを制したマツダ787B No55が“ミスター・ルマン”寺田陽次郎氏のドライブで鈴鹿の東コースを走った。
展示している787B No55は御殿場オートパレス等で見たことはあっても、サーキット走行する姿を見たのは初めてだ。
日本の誉の登場に会場も一層アツくなった。
「日本人ミニカーファンなら1台は持っておきたいマシン」ではあるが、ドルフィンはトミカやドリンク付属ミニカーでしか持っていない。
1/43スケールとなると高価になってしまうので京商1/64ビーズコレクションで欲しかったのだが、発売当時は「ネット通販で買う」という事など頭に無く、発売後に街の大手家電量販店キッズランドに行くも既に完売状態だった…。
以後、小スケールのリアルタイプ・ミニカーは発売されていないのが残念だ。
走行実車を見たら1/43スケールで欲しくなってしまったなぁ。
優勝20周年記念となる2011年のル・マンでレース開始前にデモランが行われた。その為にフルレストアが行われたらしい。
公開走行、しかもサーキットでの走行が見られるのは貴重。ドルフィンが見られるのもこれが最初で最後かもしれない。
ル・マンを制した1991年当時はTV地上波でル・マンが放送されていた。
ゴールが放送される「第3部」は番組が始まるとマツダ787Bがトップに立っていた。日本車が遂にル・マンで優勝する―。「無事にチェッカーを受けてくれ!」とハラハラする思いでTVを見ていた興奮が蘇ってきた。
30年ぶりくらいに寺田氏にサインを頂いた。「MAZDA787B」と入れて下さった。
お年を召しても尚Cカーを走らせるほど健在の寺田氏。
氏の姿を見つけて集まってくるファンも“そこそこ”の年齢の男性達だった。サインをもらいながら「若い人が見たら『ジイさんに群がるオッサン達』なんだろうな…」と思っていたのだった。
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ナニーニ選手のDTMアルファ155V6TIがあった! 鈴鹿50thアニバーサリー
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.7

アニバーサリーデーには多種多様なマシンが来ていた。中でもピットで発見したDTMアルファ・ロメオ155V6TI ナニーニ車があった事だ。事前に「予定マシン」としてアナウンスされていなかっただけに一番驚かされた。
高知にある四国自動車博物館に展示されていると知り、見に行こうかと夜行バスや格安航空チケットの運行状況を調べたほどだった。
それが鈴鹿で見ることができたのだから嬉しくて嬉しくて仕方ない。写真を撮りまくってしまった。
ゲスト来場したA・ナニーニ氏はこのマシンをドライブするのではないかと思ったが、そうではなかった。
アルファ155自体は展示だけだったようだ。
DTMは日本で開催されていないので、TVでしか見られなかった憧れのスーパーマシンだ。
直線的だがBMWほどキッチリとした箱ではなくスポーティーで格好が良いスタイルだ。ロータス79、スカイライン・シルエットに次いで好きなレーシングカーと言えよう。
しかも、大好きなナニーニ車とあれば気分も高揚しまくるというものだ。見られてヨカッタ~!
シートとウインドウにネームが入る
スポンサーロゴが規則性に並んだサイドスカートや上向きエキパイ…。カッコイイ~♪
リアについたプレートのロゴから四国自動車博物館に展示されていた車両と考えられる。
グランプリスクエアに展示されていたトヨタ2000GTも四国自動車博物館に展示されている車両。今回のイベントのために同博物館所蔵車両が何台か来ていたのかもしれない。
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星野一義F2ノバ532Pを駆る 黒い稲妻マーチ742 右京ローラT90 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.6
「鈴鹿フォーミュラ列伝」で星野一義選手のドライブによるノバ532の走行が実現した。
今回見たかったマシンの1台だ。
ロータスのようにワイドなサイドポンツーン、センター支柱ではなくF1ウルフWR1のような翼端板をパイプで支えるリアウイング。エンジン部までカバーしたフルカウル―。ヨーロッパから持ち込まれたF2と違ってダントツのカッコ良さだった。今見てもそれは変わらない。
様々なイベントで展示・走行が行われているそうだが、ドルフィンは1977年のJAF GPで見た以来35年ぶりだ。
1/43ミニカーも発売になることになっていたが、未だ発売されていない。早くリリースして欲しいものだ。
コクピット向かって左側に星野選手のサインが入っている。
走行可能でかつ綺麗な状態での保存は素晴らしい。
さすがに星野選手のドライブは他のオーナーさんがドライブするマシンとは明らかにコーナー進入速度が異なっていた。
1977年JAF富士グランプリでのノバ532/星野一義選手
事前に「走行予定マシン」に名を連ねていたマーチ742だが、まさか「黒い稲妻」と呼ばれていた桑島正美選手のマシンとは驚いた。
まるで新車のように綺麗な状態で、尚驚かされた。1974年製車両だからおおよそ40年前のマシンとは思えない。
黒いマーチだったので「もしや?」と思いコクピットサイドを見ると桑島選手のネームが入っていた。
エンジンカウルが階段状スリットになっていて排熱するようになっている。
JAF GPの際に頂いた桑島選手のサイン
片山右京選手が全日本F3000チャンピオンを奪取したローラT90-50。
オリジナルのローラ90と異なり、右京車はベネトン風コクピットサイドのエア導入口は小さく、エンジンカウルも角っぽく改良されている。
ドルフィンとしてはオリジナル・デザインの方が好きだ。ローラ90は歴代F3000&Fニッポンのマシンの中で一番好きだ。ミニカーを出してほしいくらいだ。
インディ帰りの高木虎之助選手がFニッポンに参戦した時のマシン、ローラB351。
ヤマハ・エンジンを搭載して全日本F2で無限ホンダと対決したマーチ852/ヤマハ。
あの頃のヤマハは強かった。
残念ながら土曜日には走行していなかったと思う。エンジンはヤマハを積んでいたのだろうか?
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ケニーvsフレディ再現 時空を超えたWGP~夢中で観ていたあの頃 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.5
「ワールドグランプリ―時空を超えたレジェンドとの再開」では、元グランプリライダー達による夢の競演が行われた。
バイクブームにも後押しされ、ロードレースを夢中で観ていたあの頃を思い出す…。
鈴鹿8耐に金~日と連泊で行っても当時はクアガーデンも無く、遊園地のプールで汗を流し、その後、髪ゴワゴワの無精ヒゲぼうぼうで観戦していた事―。
日焼けで体が紫になって荷物も持てなかった事―。
初めて開催されたWGPに乗用車1台に6人詰め込んで(←おい!)観戦に出かけた事―。
妙に感慨深くこのイベントを見てしまった。
メインはケニー・ロバーツ氏とフレディ・スペンサー氏のレーサー走行。
日本では観られなかった正真正銘、夢の共演だ。
どのライダーも直線で体を伏せるのに“おなかが窮屈”そうだった(苦笑)。
それでも50~60歳台になってもレーサーでコーナーに進入できるのはスゴイ!! さすがはレジェンド・ライダー。
ヤマハのスタッフからの拍手を受けて帰還するケニー氏。
彼のライディングしたレーサーであって欲しかった。体調不良で来日できなかったレイニー氏に代わっての事かな?
鈴鹿サーキットのHPでスペンサー氏のコメント動画が掲載されていた。
スペンサー氏が「みんな鈴鹿に来いよ!」と呼びかけるが、この動画を見た何人が「おまえもな!」―とツッコミを入れたことだろう?
デイトナ、イモラ、鈴鹿8耐、マン島TTと名だたるレースで優勝。WGPにも参戦したグレーム・クロスビー氏。
ヨシムラGSXでの走行前に遭遇、サインを頂いた。鈴鹿8耐時にも清水国明さんと一緒にいるところを見かけたりしたが、サインを頂くのはこれが初めて。
グレーム・クロスビー氏のサイン。ゼッケン「12」を入れてくれた
カワサキのワークスライダーとして250ccと350ccのワールドチャンピオンを獲得したコーク・バリントン氏。
時代的に、映像も含めてバリントン氏が走る姿を見るのはこれが初めて。
春のファン感謝デーではスペンサー車でのライディングだったが、今回は自分のレーサー、○スマンズ・ホンダNSR500での走行となったワイン・ガードナー氏。
日本での人気は健在。
走行前、エディー・ローソン氏と談笑するガードナー氏。
そういえばローソン氏は走らなかったなぁ。残念。
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星野vs中嶋3度目のF1対決 井沢・塚越マクラーレン、小暮BARで走行 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.4
今回は午後一の「鈴鹿F1レジェンド」と夕方の「永遠のライバル対決」「受け継がれるライバルたち」の2回も走行を見ることができて嬉しかった。走らせる側も出血大サービスと言ったところだ。
3度目となりプレミアム感が薄れてきてしまった「永遠のライバル対決! 星野・中嶋最終決着」。
それでもやっぱり面白い。
“お約束”の完全フライングで星野選手が先行。フィニッシュはほぼ同時。
ロータス100T/中嶋悟選手
Gr.A カルソニックGT-Rドライブ時はカルソニック・ブルーのスーツだった星野氏。F1走行ではF3000で仕様していたキ○ビンのスーツにホンダのロゴを入れて。
インタビーで「F1対決は楽しい」と答えていた両氏。満足そうな笑みに観客の満足度も増すというもの。「マクラーレン・ホンダの競演―受け継がれるライバルたち」では、マクラーレンMP4/4を伊沢拓也選手が、マクラーレンMP4/5を塚越広大選手がドライブした。
2台ともチャンピオンを獲得した伝説のF1マシンだ。
さすがに現役国内トップドライバーだけあって「スタートが上手い!」と感じた。2台並んでストレートを走り抜ける様に“本当にF1GPを見ている”気になってしまう。
走行後のトークでは「今回は東コースでしたが、2台のマクラーレンでシケイン通りたかった」(爆)と、会場を沸かせてくれた。
午前中の「鈴鹿F1レジェンド」ではホンダのF1参戦期別に走行が行われた。
第3期では'06年ホンダRA106を小暮卓史選手がドライブした。
2コーナー~S字にかけてのアクセルワークは見事。流石現役。
F1走行した国内トップドライバー達。彼らが本当にF1GPでマシンを走らせる姿を見たくなってしまった。
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