DRS使わなくても追い越しがあって面白かったF1日本GP 4位~7位
2014 F1日本グランプリ
雨のレース展開でも'95年の日本GPほどコンディションが悪くはなかったようで、その時よりはクラッシュやリタイアが少なかったように思える。
さらにDRS使用禁止であっても多くのオーバーテイクシーンがあった。DRS無くても充分面白いのではないだろうか?
今回の件で、初めて「雨ではDRS使用禁止になる」と知った。考えてみればダウンフォース減って危ないものなぁ。
4位
ダニエル・リカルド/レッドブル RB10
アーバイン選手や可夢偉選手のように「ここで抜くか!?」と、至る所でオーバーテイクを仕掛けてきたリカルド選手のセンス。興奮したレース展開にしてくれた。
トロロッソでも優勝したベッテル選手と違い、安定感はあったものの表彰台圏内ではフィニッシュしていないのにも関わらず、レッドブルに昇格。
レッドブル加入後は目覚ましい勢いで覚醒していった。この能力を見抜くレッドブルのスタッフも凄いな。
雨の決勝レースでも素晴らしい走りで、一時は「優勝か?」と思わせるほどだった。
来季はレッドブルのエースになり、メルセデス勢にどう立ち向かうかが楽しみなところ。
5位
ジェンソン・バトン/マクラーレン MP4-29

変化する雨量に対し、早め早めに動いたバトン選手。チームとの連携もとれていた。
優勝、せめて表彰台に昇って欲しかった。
今年の日本GP用ヘルメットは意外なピンク! ジェシカ譲の趣味か? カッコ悪いカタカナ「ジェイビー」は袋文字になって目立たなくなって良かった。
レギュラーデザインのヘルメットのバトン選手を見たいところなのだが。
好調上位3チーム(メルセデス、レッドブル、ウイリアムズ)に割って入るところが素晴らしい。
バトン選手が5位に入っていなかったら、同じチームのドライバー2名ずつが並んだ上位6位になるところだった。
結局、今季のマクラーレンはメインスポンサー無しで戦いきるのか…。
歴史ある強豪チームでも、成績が悪いとスポンサーが逃げてしまうとはシビアな世界だ。
6位
バルテリ・ボッタス/ウィリアムズ FW36
F1では完全にウイリアムズ育ちのボッタス選手。
予選、決勝を通してチームメイトのマッサ選手の上を行った。
サーキット内を歩いていても、顔分からないだろうなぁ。
今まで使っていたデジタル一眼+300ミリレンズよりもコンパクト・デジタルカメラのズームが効くようになったので、逆バンクスタンドからS字を抜けて逆バンクに走ってくるところも撮影できるようになった。
長年にわたりモータースポーツでスポンサー活動していたマルティーニを獲得し、資金難から脱したのか復調してきたウイリアムズ。
それでもサイドポンツーンは白いままなので、まだ広告を入れる余地が残っているようだ。マルティーニも全面広告とまでは金を出していないのだろう。
昔からの“刷り込み”でマルティーニカラーはカッコイイ!
長年在籍したフェラーリから不調のウイリアムズへの移籍は“都落ち”の感が強かった。
しかし、ウイリアムズ復調によって今期はフェラーリ時代後半を凌ぐ成績を残している。まだまだ輝けるドライバーだ。
金曜日フリー走行のオープニングラップでは、観客席に向かって手を振りながら走ってくれた。親日家?
追悼 アンドレア・デ・チェザリス氏
元F1ドライバーのアンドレア・デ・チェザリス氏がイタリア現地時間の5日にオートバイ事故で亡くなったとのニュースが入った。
「レースではなく公道で?」驚くばかりだ。
チェザリス氏はウイングカー時代にF1デビュー。鈴鹿で初めて日本GPが開催された時には既にベテラ ンの域に達していた。
「壊し屋」の別名も、フジテレビがF1中継で連呼したため日本でも定着した。
だが「激しいドライビングからマシンがついてこれずに『壊し屋』と呼ばれた」ドライバーは過去にもいる。ケン・アカバがそうだった。
キャリアの大半を中堅以降のチームに在籍したり、完走率が低い割にはほぼ毎年ポイントを獲得している(6位入賞時代)ところを見ると、決して腕の悪いドライバーではなかったはずだ。
1987年日本GP ブラバム
'88年にはサーキットホテルに帰る途中でサインも頂いた。
チェザリス氏のサイン

1989年日本GP スクーデリア・イタリア
アルファ・ロメオ在籍時代に次いで年間ポイントを多く獲得したジョーダン。
マシンの美しさも加わり注目される事になった。
チームメイトは片山右京氏。
最後の日本GP出走となった。
今はただご冥福を祈りたい。
雨のF1日本GP決勝~BS放送TV観戦~ベッテルのジャギ様ヘルメット
2014 F1日本GP 決勝
台風接近でウエットコンディションの決勝となった。
BSTV観戦したが、最近のF1では雨天時はコース上にテントを張ってスターティンググリッドについたマシンを整備するのか! 撤収する様はTVに写されなかったが、フォーメーションラップ開始時にすぐに折り畳めるようになっているのだろう。かなり大きなテントだったから2人くらいで抱えるのだろうか?
ペースカー先導でのスタートは、2007~2008年の富士F1のようにダラダラとした展開になるのではと不安な開始だった。
優勝
二度も大きなミスを犯しながらも首位に立てるその走りは凄まじい。
雨でもマシンのセッティングが決まってると、ドライバーも能力を十分に発揮できるのが良く分かったレースだった。
レース終盤までメルセデス2台のマッチレースは見応えがあった。
メルセデス勢はフリー走行から他チームを圧倒する安定感があった。ここまで差が開いてしまうとは…!
予選、決勝ともに“よほどの事”が無い限り、メルセデス2台で1-2になると分かってしまうほど。

2位
ニコ・ロズベルグ/メルセデス W05

ポールポジションを取りながらも雨天作戦のミス(?)からか、ハミルトン選手に先行を許してしまった。
コンパクト・デジカメでもズームが効くので、今まで持っていたデジタル一眼+300㍉よりもUPに撮影できるようになった。
まだズームに余裕があったが、UPにし過ぎると“追えない”のだ。

今年のフリー走行ではヘアピン立ち上がりのゼブラゾーン末でグリーンまで乗り上げて走るようなドライバーはいなかった。そこまでパワーが出ていないのだろうか?
3位
セバスチャン・ベッテル/レッドブル RB10

フリー走行2回目から日本GP仕様の赤く富士山が描かれたヘルメットになったベッテル選手。
予選9番手からバシバシ追い越しを決めて3位表彰台GET。流石はワールドチャンピオン。
6年連続表彰台は、もはや「鈴鹿マイスター」と呼べるのではないだろうか。

フリー走行1回目に被っていたヘルメットは“古い甲冑”風の色合い。バイザーのステッカーまで同じトーンになっているところが凄い。これはこれでカッコイイ。
まるでジャギ様のマスクの様でもある(笑)。

順当すぎるF1日本GP予選&金曜日のサーキット
先ずは金曜日から―
台風の接近で、天気予報では午後の降水確率が高かった―はずだったのだが、昼間は夏を思わせるような強い日差し。
午前中のフリー走行では赤旗が出ることなく淡々と終了した。
ヘアピンのようなコースに近い場所で観ていたのにも関わらず、マシンのサウンドが全然腹に響いてこない。
デグナーを回って来るまでパワーユニット音が聞こえてこない。なんじゃこりゃ?
単に音が静かになっただけではない。午後に観戦していた逆バンク近くでは、S字を抜けてくる時はまるで“負け犬の鳴き声”のような奇妙な音を出しているのだ。「キューン、キューン」と鳴るなんて、リン・ミンメイか?―と突っ込みたくなる。
音だけでもめちゃくちゃフラストレーションがたまる。エコ・エンジンではあるが評判悪いはずだ。

さすがにF1は金曜日からお客さんが多い。国内最大人気を誇るスーパーGTでさえ比べ物にならない。
それでも今年は少ないような気がする。可夢偉選手が参戦するも下位チームでポイント争いにならない事も要因だろう。
観戦マナーはUPしているように感じる。
午後のセッション終了間際にポツリポツリと雨粒が落ちはしたが、スリックで走って影響は無い。
佐藤琢磨選手のトークショー前に大粒の雨が落ちてきたが、すぐに止んだ。
夕方になっても気温は下がらず、暑い一日だった。
ポール・ポジション
ニコ・ロズベルグ/メルセデス W05
鈴鹿で初ポールらしい。
2番手
チャンピオン争いをしている2人がフロントロウ独占。
最終戦ではないので1コーナーでドッカンとか、シケインでガッシャンは無いだろう。
金曜日のフリー走行からメルセデス勢は、他チームとは別次元と思えるほどコーナーでも安定した走りだった。
3番手
バルテリ・ボッタス/ウィリアムズ FW36
4番手
金曜日午前のフリー走行、最初の周では観客席に向かって手を振ってくれたマッサ選手。
フリー走行からメルセデス勢に次いで調子良かったのがウイリアムズ勢。セカンドロウに並んだのも“順当”だ。
5番手
フリー走行では“曲がりにくい”感じだったので、フェラーリはレッドブルの後ろになるかと予想していたが、5番手につけるとは流石はアロンソ選手。
あれだけ走りにくそうなマシンで上位に食い込むとは往年のケケ・ロズベルグ選手のようだ。
来季アロンソ選手のマクラーレン/ホンダへの移籍が発表された。日本人としてはホンダのチームにアロンソ選手が来てくれることは嬉しい事だ。
一時期圧倒的勝利を記録した組み合わせだが、現状のマクラーレンと第三期のホンダを考えると初年度からの活躍は難しいように思える。3度目のチャンピオン獲得を棒に振ってまで移籍したのには魅力的な内容があったからだろうか? それとも来年のチーム展望が良かったのだろうか?
6番手
悪夢! 可夢偉選手2周でクラッシュ!! F1日本GP金曜日
2014 F1日本グランプリ
今年も金曜日券で観戦に出かけてきた。
遊園地のゲートを過ぎると広場に小林可夢偉選手の応援幕が掲げられていた。
これは応援メッセージを書いたボードを持ったファンの写真で構成されている。
ドルフィンも鈴鹿1000㌔の際に写真を撮ってもらったので、この中に加わっている。

―はずなのだ、見つからない。
幕が風通しの良い素材でできているから一層判り辛い。紛れてもいいように応援メッセージは太字で書いたのだがささやかな抵抗だったようだ。
サーキット内各所では可夢偉選手応援フラッグが配られている。
母国GPというのに可夢偉選手は金曜日午前中は走行できず、新人のロベルト・メルヒ選手にシートを与えてしまうケータハム・チームの行為。日本人をなめてるのか?
可夢偉弁当を食べて応援にも気合いが入る。
待望の可夢偉選手が走る金曜午後のフリー走行2回目。
1周目とセッション最終ラップは応援フラッグを思いっきり振ってやろう決めていた。ファンとして、応援フラッグを受け取った者の礼儀として最低限の事だ。
可夢偉選手の走行がスタート。応援フラッグのハタメキが追いかけて動いている。'90年の日本GPを思い出す。
そして観戦していた逆バンクにもゼッケ10のケータハムが走ってきた。
振られるフラッグ。声援も飛ぶ。静かになったエンジン音では声援も届くのではないかと思うほどだ。
3周目にさしかかるとサーキットアナウンサーの悲鳴にも聞こえる絶叫が響いた。
サーキットモニターに映し出される砂煙を上げてタイヤバリアに突っ込む可夢偉選手のケータハムが映っていた。
悪夢だ。
リプレイの車載カメラ映像を見ると、いきなりマシンのリアが滑り出したようだ。
母国GPの選手のマシンくらいちゃんと整備しておけよ! 何やってんだケータハム!!
前回のシンガポールのトラブルと言い、日本人をなめてるのか?
これで分かった。母国GPであっても、鈴鹿であっても、このチームでは奇跡は起こせない。
一昔前だったら「雨が振ったらマシン性能差が無くなってドライバーの腕の勝負」と言われていたが、今では雨セッティングを仕上げるチーム力がさらに差を広げてしまう。
今年、可夢偉選手を撮った写真はこんな遠くのボケボケ写真1枚しかない!
なんてこった。
応援してきたのにたった2周しか見られなかったなんて…。
白地に金の模様が入っていた可夢偉選手のヘルメット
土曜日、日曜日に観戦される方はこの無念を晴らし、思いっきり応援してください!
今頃フェラーリF1コレクションVol.70 フェラーリ312T5 ジル・ビルヌーヴ なのは
伝統の大きな12気筒エンジンを搭載しながらもグランドエフェクトカーとしてF1タイトルをもぎ獲ったジョディ・シェクター選手のフェラーリ312T4。
各所をコンパクト化してマシン底部への空気の流れを良くしようとし、ディフェンディング・チャンピオンを狙ったのがフェラーリ312T5だった。
ところがトラブル続きで2人のドライバーは未勝利に終わった。
翌年からフェラーリはターボエンジンを採用。最後の「T」シリーズとなった。
公式フェラーリF1コレクションVol.70はジル・ビルヌーヴ選手のフェラーリ312T5。
エンジンカウル部分が垂直尾翼っぽくなっているのが特徴的だ―と、当時は思った。が、近年のF1やプロトタイプカーの“それ”に比べると“控え目”なのもいいところだ。
走らないマシンで極限まで攻め込んだジル・ビルヌーヴ選手。モナコGPではコース幅いっぱいに使い、壁に沿ってタイヤを這わせる“壁走り”の神業を見せた。
誰もがやらない走りを最初にやってのけるところがビルヌーヴ選手を神格化させたのだろう。
TV放送が無いので雑誌リポートを読んでワクワクしたものだ。
さて、かなり以前に発売されたVol.70を今頃になってブログに載せるのは訳がある。
最初に書店取り寄せした模型はリア部分が外れていたのだ。
↓
取り換えをしてもらって、ようやく届いたのだった。
交換前のT5ミニカー
このリアのズレは前後車輪部分がモノコックから脱着できるポピニカのトドロキスペシャルではないか!?
フェラーリ312T5の「T」は「トドロキ」の「T」だったのか!?
車輪チェンジできるポピニカのトドロキスペシャルT2
白&黒で攻メろ! ムルシエラゴRーGT 京商1/64「ランボルギーニ5」
京商1/64ミニカー「ランボルギーニ5」を買いに行った時、コンビニの脇でBOXを開封すると黒の車体が。
「もしや、シークレットのウラカン!?」と期待したが、出たのはマットブラックのランボルギーニ・ムルシエラゴR-GT。
マットブラック信仰者ではないが、なんとなくカッコイイ。「ウラカンではなかったが良しとしよう」と帰宅した。
ミニカーラックのランボルギーニ・コーナーを見ると「あ、R-GT持ってた…」。
そう、京商「ランボルギーニ2」の時に苦労して出した白のR-GTが手元にあったのだ。確か、この時はカーボン調のボディが人気だったが出なかったのだ。
今回の「ランボ5」は新型2台を除いた6台は「ランボ2」からの色違い。フェラーリのシリーズで言えば「NEO」仕様になる。
しかし「NEO」と呼ぶには造形が古すぎる。型は8年まえのままなのだから。
それでもムルシエラゴR-GTはまだ造形が細かい方だ。
白と黒の2カー体制になった
給油口等は黒いボディに銀で描かれているが、エキパイは無着色。
せめてレーシングなデカール入りマシンに仕上げて欲しかった。
次回は全て新作のランボを展開して欲しい。スーパートロフェオなんてのもレース仕様でラインナップに加えてもらいたい。
屈指の名キャラ フェラーリの女豹/フェラーリ308GTB 「蘇るサーキットの狼たち」10
鈴鹿1000㌔「蘇るサーキットの狼たち」⑩
『サーキットの狼』シリーズ中、屈指の名キャラクター・フェラーリ308GTBを駆る“フェラーリの女豹”。記憶が確かならば「フェラーリの女豹 外伝」も描かれていたほど。
美しいデザインを持った8気筒スモール・フェラーリと美女のコンビは読者のハートをガッチリとつかんだ。
彼女がスーパーカーショーで308GTBの人気を上げたと言っても過言ではない。
「運命を左右することになる」と大風呂敷で登場した山岸みのりが成し得なかった“裕矢のピンチを救う女性”が力強く描かれている。
そしてピーターソンの悪質な走行によってバンクで命を落とすことになる(明確な死亡とは描かれおらず、裕矢の“思い違い”から重症、あるいはドライバーとして再起不能にて以後登場しなかったのかもしれない)。
以降も京極さくら、バラのセシル等女性ドライバーを登場させるも、彼女ほどのインパクトは無かった。
流石島レースだけで失うには惜しいキャラクターだった。
鈴鹿1000㌔の「蘇るサーキットの狼たち」ではシルバーの308GTBが展示されていた。このマシンはフェラーリの女豹のイメージが強いので赤であって欲しかった。
’70年代スーパーカー・ブーム時の308GTBの解説には「FRP製ボディ」と書かれていたが、実際は生産初期のみで台数はさほど多くないらしいとか。
BBのデザインを踏襲して優雅なスタイルだ。
京商1/64「フェラーリ2」でラインナップされた308GTB。
ドルフィンは名古屋ノスタルジックカー・ショーのミニカーショップで箱ナシ・カードナシで格安販売されているのを発見して購入した。
フェラーリの組み立て式は昔からだが、初期の頃は台座にすら固定できなかった。この点がミニカーラックに飾る時に台座から外れて苦労するところだ。
日本GPサポートレースにもなっているポルシェ・カレラ・カップ
鈴鹿1000㌔のサポートレースはポルシェ・カレラ・カップ・ジャパン第8戦。
世界13カ国で各国シリーズ戦が開催されている。使用されるのは共通の専用カップカー・911 GT3 Cup。
F1日本GPのサポートレースにもなっている。
優勝
GARMIN PORSCHE 元嶋佑弥選手
DIJONはスーパーGTのコンドーGT-Rのスポンサーにもなっている。同じカラーリングのマシンがメインとサポートで走っているのは面白い。

参戦ドライバーの事は全く知らないので、カラーリングで見ているところが大きい。
土曜日に予選&決勝が行われたが、カップ開催時間はGPスクエアで各種イベントも開かれているので、じっくりと観ることができなかった。
F1の時だとお昼食べながら観戦する時間帯なのだが。
12気筒兄弟・フェラーリ365GT4/BB 「蘇るサーキットの狼たち」9
鈴鹿1000㌔「蘇るサーキットの狼たち」⑨

ハマの黒ヒョウのランボルギーニ・カウンタックとともに筑波サーキットに詰めかけたギャラリーと読者を驚かせたのはフェラーリ365GT4ベルリネッタ・ボクサーだった。
当時の世界最高速度を争っていた2台のスーパーカーが肩を並べての参戦。ドライバー名は明かされていないが、ライセンス講習会にすらスーツでやって来てる口ひげの金持ち風に描かれている。
黒ヒョウと一緒に来場し「12気筒兄弟」と馴れ合っているところから旧知の仲と想像される。
普通に「フェラーリBB」と呼ばれていた事や、後々改めて512BBが劇中に登場する事から365BBと思われる。
黒ヒョウと違い公道レース等の経験は少ないようで、勝負に熱中するあまりコース上のオイルに気付かずスピンしてコース内側の池に落ちてしまうのだった。
鈴鹿1000㌔「蘇るサーキットの狼たち」でもランボルギーニ・カウンタックと並べられて置かれていた365BB。この2台が並ぶと壮観だ。さらにその隣にはポルシェ930ターボが置かれていて「最強マシン・ゾーン」だった。
365BBは'70年代スーパーカーショーでも華だった。さすがに512BBは発売間もない頃だったので地方のショーで目にする事はなく“初めて”512BBを見たのは数年前というほどだった。
NCCRクラシックカー・ラリーで365BBと512BB両車がエントリーしていた時があり、走行シーンも観ることができたのは嬉しかった。
よくよくミニカーラックを見てみると、365BBのミニカーは持っていなかった。京商1/64ミニカーや缶コーヒー付きの1/72ミニカーも512BBなのだ。




































