今年も日本GPで調達 ブラーゴ製1/64ミニカー レッドブルRB9ベッテル車

今年もF1日本GPに出店していたレッドブルの物販ブースでブラーゴ製1/64ミニカー、レッドブルRB9/ルノー・ベッテル車を購入してきた。
毎年、レッドブルのブースでは前年型F1のミニカーを販売してくれるので楽しみにしている。
マーク・ウエバー選手の写真が入る。
1年しか経っていないのに、ウエバー選手が懐かしい。
2人の写真はミニカーのゼッケンに関係なく外箱にプリントされているので、購入の際はミニカーのゼッケンを確認しなくてはならない。
京商1/64ミニカー「鈴鹿伝説」のレッドブル・マシンと比べてしまうと価格の割に荒さが目立ってしまう。
台座も付いていない。
しかし、外国会社が販売するミニカーという面白さを付加価値として考えてコレクションするのもいいかもしれない。
基本的に前年のRB8のミニカーと全く変わっていない。パッケージに「RB9」と書かれているだけだ。
このミニカーも台座に取り付けて飾ろうと考えている。
2013年F1日本GPでのベッテル選手とレッドブルRB9
来季はレッドブルを離れるベッテル選手だが、ミニカーは販売される事だろう。
ずっとベッテル選手のマシンで揃えてきたので、ここはゼッケン「1」を付けたベッテル選手のレッドブル最後のマシンを選ぶか? 今季活躍を見せたダニエル・リカルド選手のマシンを選ぶか?
日本グランプリを席巻したプロトカー 日産ヘリテージコレクションとミニカー4
日産ヘリテージコレクションとミニカー④
ヘリテージコレクションの一角には日本のモータースポーツ史上、最もアツかった日本グランプリに出場したマシンたちが並んでいた。
ほとんどの車両が近年、NISMOによって走行可能状態にレストアされている。
これらのマシンは名古屋ノスタルジックカーショーの「桜井真一郎の世界展」で見たことがあったので、一枚ずつ写真を撮るだけにしておいた。
コンビニ・トミカ「ニッサンレーシングカー」のR382。
エンジン部がピカピカの銀で味気無いが、フォルム全体は良く再現されている。
ニッサンR382
コレクションホールのロビーに展示されているR382。紹介パネルには黒沢元治選手の直筆サインが入っていた
オール自社製マシンで日本グランプリの勝利を目指し、新開発されたニッサン製V型12気筒6ℓGRX-3型エンジンを搭載。可変ウィングが禁止されたためリアはダックテール形状となった。
ワークス・ポルシェ917、トヨタ・7が参戦した1969年日本グランプリで1-2フィニッシュを飾る。
日産で保管されていた高橋車と北野車は劣化が激しく、2台からパーツを取り出して優勝した黒沢車を復元。
さらに2004年にCan-Am参戦用にアメリカに送られた黒沢車が発見。日本でレストアされた。
これによりゼッケン21の黒沢車が2台存在する事になった。
日本GPプロトタイプカーの中にもR382が並んでいる
プリンスR380(A-I型) ’66年第3回日本グランプリ優勝車
桜井真一郎氏が指揮して開発した日本初の本格的プロトタイプレーシングカー。
ブラバム社のシャーシーにアルミ製ボディを載せ、GR8型2000ccDOHCエンジンを搭載している。
ポルシェ906を破り2位以下に3周差をつけて優勝した砂子義一選手の11号車。
ニッサンR380(A-Ⅱ型)
日本グランプリで勝利を上げ、国際スピード記録にもチャレンジし、7つの国際記録を打ち立てた。
この車は速度記録に挑戦した実車。
ニッサンR381 '68年日本グランプリ優勝車
コーナリング中にイン側のグリップを強化するため、リヤサスペンションと連動して左右が独立して角度変化する。特徴的なウイングのため「怪鳥」の異名を持つ。
日産が大幅に手を入れたシボレー製5.5L V8エンジンを搭載。
展示車は北野元選手が優勝した20号車。
ニッサンR383
1968年にR381で、翌年にはR382で日本グランプリを制覇した日産は、1970年に3連覇を目指て開発。
最高出力は700馬力以上。アメリカンレース出場用のターボ仕様は900馬力だった。
しかし、オイルショック等で日本GPは開催されず、出場機会を失った「幻のマシン」。
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無印カフェでうたたね
あべのand内にある無印良品のカフェ「Cafe & Meal MUJI」で一息ついた。
気持ちのいい天気だったので、テラス席でお茶する事に。
初めてテラス席に出たのだが、ハーブ系から観葉系から色々な植物が植えられていていい雰囲気を作っている。
嫁はんが無印ショップで買い物している間、コーヒーを飲みながら文庫本を読んでいるうちに、何時の間にか寝入ってしまっていた。
気持ち良い雰囲気の中でうたた寝もいいもんです。
22日はにゃんにゃんの日 おしりに蓋ッ!
我が家の愛猫「ねる」たんは長毛種です。自分でしょっちゅう毛並みのお手入れをしています。
草を食べるのですが、ゲボしてもあまり毛玉は出て来ません。もっぱらウンチと一緒に出てきます。
トイレに行った時に苦しそうな声を上げるので見ると、草や毛玉でウンチがなかなか切れずにいるのです。人間でも同じ状況になったら“かなり痛い”ものです。
痛みに耐えかねてか、ウンチを取ろうとしてか、トイレの砂かけもそこそこに駆け回りはじめます。
苦しそうなので“引き抜いて”やろうとするのですが「フ~ッ゛」と怒りをあらわにします。
引っ掻かれながらもウンチをようやく取り除いて騒ぎは収まります。
しばらくはオシリを見せたくないのか、シッポでおしりに“フタ”をします。
こんな妙な姿になるとは…! おかしいやら感心するやらです。
寒くなってきたせいか、トイレを置いているゲージの上にある“別荘”に入って昼寝する事が多くなりました。
明け方になると一緒の布団に入ってきてドルフィンの腕まくらで寝ます。「あぁ、寒くなってきたんだな」と感じる風物詩になりました。
別荘で寝る「ねる」たん
サファリ優勝ニッサン・バイオレット CM'S 日産ヘリテージコレクションとミニカー3
日産ヘリテージコレクションとミニカー③
ヘリテージコレクションには「技術の日産」を世界に知らしめた国際ラリーで活躍したマシンたで1コーナーが形成されてた。
ほとんどが「ミニカーは持っているが実車を見たことが無い」マシン達だった。
CM'S1/72「ニッサン・ラリーカーコレクション」 ニッサン・バイオレットGr.4
直線的なボディに付け加えられたフォグランプやパイプ・バンバーがいかつく無骨で、そこが良いところだ。
バイオレットGT 1981年 第29回サファリラリー優勝車 1981年
サファリラリー史上初の3連覇を達成した記念車。
雑誌の写真でしか知らなかったマシンだ。
もっとじっくり見たかったのだが、見学時間が短いために駆け足になってしまった。
ダットサン 富士号 '58年オーストラリア一周ラリー Aクラス優勝車 1958年
海外輸出を意識してダットサン210型で国際競技へ初挑戦。
オーストラリア一周ラリー「モービルガス・トライアル」1000cc以下のAクラスで優勝。
オーストラリア一周ラリーに富士号とともに出場したもう1台の210型。
広大なオーストラリア大陸を右まわりに一周する。当時の世界最長コースは1万6000km。過酷な状況過ぎてこの年が最後の開催となった。
道の駅しらとりの郷「ぱんろーど」のブランチチョイスが無くモーニング
パンをガッツリ食べたくなったので「道の駅しらとりの郷」にある「ぱんろーど」のブランチチョイスに行った。美味しいパンが時間内食べ放題なのだ。
―だったのだが、久しぶりに行ってみるとブランチチョイスが無くなっていた。
バターや粉の原料費が上がっている昨今、ハイレベルのパンを食べ放題にするのはキツくなったのだろう。
代わりにモーニングになっていた。
200円までのパン1個+ドリンクで360円
200円までのパン2個+ドリンクで460円―だったかな? 記憶なのでこの近辺ということで―。
ドルフィンと嫁はんで、それぞれピザと菓子パンを選んでみた。
菓子系パンやハード系パンもバターの香りが良くて美味しいのだが、ピザもまた美味しい。テリ焼きピザとキノコたっぷりピザ。
ガッツリとまではいかなくても、ゆったりとパンを食べながらお喋りして、食後は道の駅の直産売り場で買い物して帰ったのだった。
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分かりやすかった小倉茂徳さんのスーパーフォーミュラ個人講座+ペトロナスAMG
ジョニー・ハーバート氏のトークショーを見終わり、帰る途中で「レーシングシアターを覗いてみよう」ということになった。
昼間にスーパーフォーミュラ系のイベントが行われていて、今季用SF14と昨年までのSF13が展示されている。
鈴鹿サーキットのアンケートで「F1に来た人に興味を持ってもらえるように、スーパーフォーミュラの展示やイベントをすべき」と書いてきた甲斐があるというもの。
武藤英紀選手のDOCOMO TEAM DANDELION SF14が展示。
その横に立っていたのは、先ほどまでハーバート氏のトークショーに一緒に出ていた小倉茂徳氏ではないか。
思いきって常々思っていた疑問を聞いてみた。
「スーパーフォーミュラやインディカーではウイングカーが再び採用されていますが、何故、昔のような事故が起きないのでしょうか?」

かつてのウイングカーは横滑りを起こすとダウンフォースが急激になくなってマシンが宙に舞う事故が多発。レースの世界から一時期姿を消すことになった。
それが近年になってスーパーフォーミュラのSF13やインディカーで採用されはじめたからだ。
小倉氏は丁寧に分かりやすく解説して下さった。
ドルフィンが理解した内容で話すと―
「昔ほどアンダーウイングだけでダウンフォースを得ていない」。なるほど、かつてのウイングカーは前後ウイングを取り払ってしまうほどだったが、現在では前後ウイングは残している。
「マシンノーズの上面は平らになっていてほとんど整流の役割しか果たしていない。フロントウイングでは左右でダウンフォースを発生させているので、横滑りしても押さえつけられている」。
という事らしい。なるほど。
更には―
「フロントウイングの一番上にガーニーフラップ(縦に取り付けられている黒い1㌢弱のパーツ)は、製造元のダラーラからは『ダウンフォースは発生するが乱気流も出るので勧められない』と言われたが、今では各チーム工夫して使いこなしている。日本のチームは凄い」。
と、次第にアツク、マシンを語り始めた小倉氏。
「サイドミラーも空力効果のある形状に各チーム独自で作っている。細かいところはレギュレーションが曖昧になっていて独自パーツを作る余地を残している」。完全に同一マシンではなく、チーム毎に空力パーツを変えているところは面白い。かつてのF3000時代みたいだ。
小倉氏の解説は次第に熱が入り、比例して周囲にも人が集まってくる。
実は友人が乗る白子行きバスの最終時間が迫っていたので、内心ヒヤヒヤしながら聞いていた。
SF14マシンはダラーラが作っているが、昨年までのSF13のデータやスーパーフォーミュラ側の意見が入ったマシンとして出来上がっている。
来季のインディライツのマシンはほとんどSF14と同一になるそうだ。
「ホンダ、トヨタが供給するエンジンも、年に1回スペック変更ができる。そのため、後半戦になってホンダが巻き返してきた」
更に燃費向上でかなりエコな走行をしているらしい。
F1以外はまだ興味が無い友人も、関心がでてきたようだった。
小倉さん、貴重な時間を割いて解説して頂きありがとうございました。
スーパーフォーミュラもかつてのF3000やフォーミュラ・ニッポン初期のように人気シリーズになるといいのだが。


毎回同じF1日本GP展示ホンダF1マシン群+フェラーリ
来季からホンダがパワーユニットサプライヤーとしてF1に復帰するため、企画展のテーマもそれに準じた「Honda F1~復活の鼓動~」だった。
―しかし、テーマタイトルが変わっているだけで、結局は毎年同じホンダが所有するF1マシンを展示しているだけ。ファン感謝デーのように走ってくれるのならまだしも、展示だけでは新鮮味が無い。
そもそもF1日本GPに来るお客さん自体、初めての方は圧倒的に少ないはず。大半の方が毎年同じ展示を見ているのだ。
もうちょっとホンダ系以外のマシンを多くするとかしてもらいたいものだ。
展示ブース前で配られていたステッカー

昨年と同じように思えたが、見比べたら違っていた。
過去参戦3期のマシンと当時使っていた「F1ロゴ」があしらわれている。3期はFIAから禁じられている(―と噂の)アースドリームが使えないので最新ロゴ?
Honda F1~復活の鼓動~
「来た見た勝った」1勝目の記念マシン。
ナイジェル・マンセル選手が最終戦オーストラリアGPのゴール前でタイヤバーストしなければチャンピオンを獲得していた。ターボ無制限1000馬力オーバー時代最後のマシン。
ウイリアムズは年間9勝でコンストラクターズチャンピオンをマクラーレンにもたらした。
日曜の決勝日にマンセル氏がデモランする予定だった。
マクラーレン・Honda MP4/4('88)
年間16戦中15勝はもはや伝説。最終戦・日本GPで勝利したアイルトン・セナ選手がチャンピオンを獲得。
京商1/64ミニカー「セナ・コレクション」とともに
シャシー&エンジンともにオールホンダで臨んだ第三期参戦で唯一の勝利を挙げた。ジェンソン・バトン選手にとっても初優勝。
2006年ハンガリーGP、コンストラクターズ賞の大皿

優勝したハンガリーGPでコンストラクターに与えられる記念品らしい。
Hondaレジェンドマシン展示ブース
NA・V10エンジンを搭載。
セナ選手が2度目のチャンピオンを獲得。
マクラーレン・Honda MP4/6('91)
NA・V12エンジンを搭載。
セナ選手が3度目のチャンピオンを獲得。
マールボ○ブースに展示。
今年のマールボ○ブースは、毎年楽しみにしている記念撮影してくれるサービスが無くなり、グッズとパドッククラブが当たる抽選になっていた。しかも喫煙証明にタバコを見せなくてはならないのだ。
テント状の仮設建物だったので、雨が降ったら差し込んで大変だっただろうな。
セバスチャン・ベッテル選手ヘルメット
斬新デザイン、プリンス・スカイライン 日産ヘリテージコレクションとミニカー2
日産ヘリテージコレクションとミニカー②
日産ヘリテージコレクションは日産自動車の量産第1号車から現在に至るまでの市販車、レースカーを保管している。その多くが動態保存で、今も走行可能状態にある。
2014年になって一般公開が始まった。
ドルフィンが持っている市販車&レーシングカーのミニカーとともにヘリテージコレクション所蔵の車を紹介する。
京商1/64「ニッサン スカイライン・GT-R ミニカーコレクション」
イタリアのデザイナー、ジョバンニ・ミケロッティがデザインし、従来のセダンとは一線を画す流麗なフォルムは話題となった。
このクルマのボディはイタリアの職人におる手作業で製造されている。
イタリアの工房で作成され、トリノ国際自動車ショーに出品されたショーカー。
インサイドミラーには1960年のローマオリンピックを記念した5輪マークが刻印されている。
ブルーバード1600クーペSSS 1969年
三角窓がない伸びやかなデザイン。直列4気筒・1595ccのL16型エンジン、4輪独立懸架式のサスペンションも採用されている。
チェリーX-1 4ドア初代 1970年
日産自動車初のFFモデル。個性的なアイラインウインドウが特徴。
この車、よく見たなぁ。
フェルスタッペンの息子はMAX F1日本GP 18位~リザーブ
2104 F1日本グランプリ
金曜日はリザーブドライバーが走るので、未来の大器を見られてある意味“お得”。
だが、可夢偉選手の走行時間を喰ってしまうとなると話は別だ。
18位
マックス・チルトン/マルシャ MR03
19位
小林可夢偉/ケータハム CT05

ポイント獲得圏内まであと一歩というところを走っている時は「もしや?」と期待の気持ちが高まった。
ロータスやマルシャを抑え込んでいた走りは見事。
しかし、DRS使用可能になった途端に一気に抜かれまくってしまった。あのまま雨が強く振っていたら面白くなっていたかも。
だが、タイヤ付け間違えるようなチームでは“奇跡”は望めなかったか…。
鈴鹿サーキットでドライバー全員の国旗に応援コメントを書くブースで、可夢偉選手の日本国旗に「F1にこだわって!」と書いてきたが、ここまで悲惨な状態になるのなら他にもWECやDTM等の海外メジャー・カテゴリーへの参加もアリではないか。思う存分走って優勝を狙って欲しい。
20位
マルシャに初ポイントをもたらした英雄。
クラッシュしたのはTV画面では分からなかったが、実際にS字で観戦していた方は「これはマズいぞ」と感じていたかもしれない。
21位
エイドリアン・スーティル/ザウバー C33
フェルナンド・アロンソ/フェラーリ F14 T
走らないフェラーリで攻め込むアロンソ選手は、かつてのケケ・ロズベルグ選手のようだ。
チャンピオンこそ獲れていないが近年随一のドライバーだと思っている。
アニメや漫画では少年がF1やレーシングカーをドライブする話はあるが、まさか18歳になりたての高校生がF1をドライブすることになろうとは! しかも中堅チームのトロロッソで。
面白いので、レギュラードライバーになる来年が楽しみだ。

親父さんであるヨス・フェルスタッペン氏も一緒に来日しているので「会えるかな?」と期待していたが、会うことは無かった。
ヨス氏がベネトン時代の写真を持って行った。息子の前で昔の写真にサインを頼む日本人がいたら「どうだ、日本にもオレのファンがいるんだゼ」と、親の威厳が保てるだろうと思っていたのだが…(←こんなストーリーを考えていたのだ)。
午後から走る可夢偉選手のために“練習”として沢山写真撮りましたよ。ええ、撮りましたとも。













































