ジョナサン・レイ来場前日にカワサキワールドに行って来た/消防出初練習/豪華客船飛鳥Ⅱ
スーパーバイク世界選手権3連覇を達成したカワサキのジョナサン・レイ選手が本日、11月29日に神戸にあるカワサキワールドにやってくる。
その前日にカワサキワールドに行って来た。
この日に神戸に行く事は数ヶ月前から決まっていた。そして29日は仕事を休むことができない。
ジョナサン・レイ選手の来場が発表された時「あと1日前倒ししてくれていればぁぁぁぁッ!」と叫び倒した事は言うまでもない。
昨年もチャンピオン獲得後に報告会で来場したので「今年も」と楽しみにしていたのだが、まさかこんな日程になってしまうとは…。
レイ選手は日曜日までヘレス・サーキットでMotoGP&SBKテストに参加したので、即日飛行機に乗る強行スケジュールを組まない限り火曜日には到着できない。
鈴鹿8耐テストの時にSBK組がそうだった。即日出発したヤマハファクトリー勢は火曜日の朝から8耐テストに参加し、1日おいたホンダのステファン・ブラドル選手は遅れて水曜日からの参加だった。
カワサキワールドは昨年も来たが、レーシングの展示内容はあまり変わっていなかった。
市販バイクがアジアで発売されているスクーターの展示になっていた。新婚旅行で行ったバリ島でみたスクーターにロードスポーツを掛け合わせたようなバイクが格好良くて気になっていたがそれらの車両だった。
カワサキH2 底部が見えるように鏡面床になっている
ジョナサン・レイ選手との撮影会には先着200名にスペシャルポスターが配布されるそうだが❝あわよくば❞先にもらえないだろうか? ―と聞いてみたのだが「まだ届いていない」との事だった。残念。
会場にパネル化されていた3連覇スペシャルポスター
2015年型ZX-10R ジョナサン・レイ車
タンクにはレイ選手のサインが入る
トム・サイクス選手とレイ選手のサイン入りヘルメット
SBKチャンピオン、チームタイトルのトロフィーと盾
もう、こうなったら来年もチャンピオン獲得してサイクス選手とともにやって来てくれることを願うしかない!
ニンジャ650KRTエディション
ライディングシミュレーターRidEXは映像が新しくなった
カワサキワールド周辺は整備されて、乗用車駐車場もできていた。
2輪は無料。乗用車は最初の60分が無料で以降30分200円単位で課金される。
駐輪場には❝世界一カッコイイバイク❞があった。
カワサキワールド/海洋博物館のすぐ前では神戸市消防出初式のリハーサルが行われていた。
到着した時、消防車や隊員さんが多く集合していたので「何かあるな?」「防災訓練か?」と思っていた。聞いてみると出初式の練習なのだそうだ。11月末にやっているんだなぁ。
消防防災ヘリコプター川崎式BK-117型C-2
神戸市消防局の主な運用装備が展開していた。
和太鼓が鳴り散水練習が行われ、周辺の観光客が多く集まった。
神戸市消防局今年から運用されている新消防艇「たかとり」
消防局員で構成されている和太鼓
ポートタワーで昼食をとって外に出ると、巨大な❝壁❞のような船が着岸していた。
名前を見ると、なんと! 日本最大の豪華客船「飛鳥Ⅱ」ではないか!
TVとかで紹介されているのを見たので名前は知っていたが、ホンモノを見る事ができるとは‼
「船内を観たい」と嫁はんが言うのでターミタルへ行ってみると「パスポートのご用意を…」等のアナウンスが聞こえてくる。あわわ、飛行機の国際便と同じじゃないか。鉄道の「入場券」みたいなもので船内見学などできっこないじゃぁないか。
船内見たかったなぁ。TVのリポーターはどうやって入っているのかな?
この大きさ「あ、あすかぁぁぁぁぁッ‼」 ―と、早川健調に叫びたくなる。
神戸港開港150年を記念した生木による世界一巨大なクリスマスツリーがメリケンパークに出現。
「プラントハンター」の西畠清順氏が富山県氷見市の山中に生えていたものを発見。推定樹齢150らしい。そのままにしておいてやれなかったのかな?
来月も神戸に来ることになったので、その時にはイルミネーションの装飾もされていることだろう。
片山右京Gr.CトヨタTS010 vs フロムA日産R90CK 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンHPにはゲストが紹介されていたが、寺田陽次郎氏以外はデモランするのかどうかすら記載が無かった。
今年も片山右京氏がゲストに呼ばれていたが、F1をドライブするのかGr.Cカーをドライブするのか全く分からないまま当日を迎えた。
サーキットで無料配布されているA4サイズのやや厚い紙に印刷された「イベント インフォメーション」。見るとCカーの上にゲストの写真が配置されていて「このマシンでデモランするのかな?」と思わせぶりなレイアウトになっていた。
右京氏は昨年F1ラルースがトラブル(?)のためにデモランできなかったので、今年は是非とも走って欲しかった。そう言えば昨年の鈴鹿1000㌔前夜祭でもカシオ・カラーのTS010がマシントラブルで走れなかったな。
トヨタTS010
まだ雨が降る土曜日10時15分からのGr.Cカー走行に合わせてトヨタTS010のピットに赤いESSOトヨタのレーシングスーツを来た右京氏が登場。やった! 走ってくれる!
F1みたいな高いエンジン音を響かせ、グランドエフェクトで水飛沫を高く跳ね上げながらストレートを通過するTS010。
そして右京氏の走りを見るのは何年ぶりになるだろう? 嬉しいなぁ。
マシンから降りると直ぐに待っていたファンに写真やサイン等サービスをしてくれた。
土日の2日間で頂いた片山右京サインコレクション
F1時代は完了したため、F3000時代の写真を用意して行った。
トヨタTS010土曜日の走行
1988年 BA-TSUローラT88/50
この年、フォーミュラ・ルノー・フランスから帰国。全日本F3000に初参戦。
5月の第4戦だが、ヘルメットが現在のカラーになる以前のもの。
1989年 ムーンクラフトMC040
ムーンクラフトに移籍。由良拓也氏デザインのF3000マシン。
1991年開幕戦での初優勝
チェッカー後にマシンが止まったため、優勝争いを展開していた2位・小河等選手のマシンに乗車してのパレードラップ。
土曜日にサインを頂く最優先写真だった。
この写真を見て「ウチにもこの(シーンの)写真飾ってありますよ」と話されていた。
日曜日の走行プログラム最後となる「Gr.Cデモレース」では3番グリッドからスタート。ポールポジションの久保田克昭選手のフロムA日産R90CKとバトルを展開し、観客を沸かせてくれた。
トップに立った右京/TS010だが、日産R90CKも離されずコーナーではテール・トゥ・ノーズになるほど。
この興奮で「JSPCが蘇ったァァァァッ‼」と絶叫してしまった。
単なるデモランではなく、久々に本気モードの右京選手の走りを観ることができた。
10周のレースだったが最後までもたず、TS010はピットイン。残念ながらリタイアとなった。
それでもここまでの走りをしてくれた右京選手とトヨタのスタッフに拍手。
フロムA日産R90CK
このマシンロゴを見ると「カーカキンキンカーキンキン♪」のCMが思い浮かぶ。
当時住んでいた関西ではCM放送されておらず、後に引っ越した東京で見た時は「あぁ、東京に住んでいるんだな」と感じた思い出のCMでもある。
JSPC参戦のため、ノバエンジニアリングがローラ製シャシーにNISMO供給のエンジンを搭載。
’93年からの新シリーズに合わせて更にモデファイされた。
昨年はラウンジでの展示参加だったが、今年は走行してくれた。
日曜日のGr.Cレースでは6番手スタートながら片山右京選手のトヨタTS010と激しいバトルを展開してくれた。
TS010のリタイアにより優勝。
ジェームス・ハントのザ・世界2 マクラーレンM23&26 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
ドルフィンにとって「ドライバー神3」の一人として崇拝しているジェームス・ハント選手。
今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンでは申し合わせたのか、ハント選手のマシンが3台も集まった。こんな夢のような大会となって、もう嬉しくて嬉しくて出発前夜は2時間しか寝られなかった。行きの車の運転から眠たかった(←危ないな~)。
帽子にはハント選手のヘルメットのピンズを付けて行った。初夏くらいの陽気だったなら、昔買ったマールボロ半袖シャツを着たかったくらいだ。
ジェームス・ハントのザ・ワールド‼ ②
マクラーレンM23/フォード
サウンド・オブ・エンジン初年度にやってくるはずだったM23。しかし、マシンの調子が悪くて来日キャンセルされた。
今年、ようやく鈴鹿に姿を現してくれた。
大会冠スポンサーである超高級腕時計メーカー「リシャールミル」のオーナー、リシャール・ミル氏のコレクションの1台であり、ドライブするのもミル氏本人。
我々がミニカーを集めるのと同じ感覚で❝本物❞を集めているのだからスケールがデカイ。
海外からやってきたマシンではあるが「Masters Historic Formula 1」参戦マシンではないので、ピットも異なる。
マスターズレース参戦の車検ステッカー等も貼られておらず完全オリジナル状態を保っている。
カウルを外しピットでメンテナンスされている状態もまたカッコイイ。
映画『ラッシュ/プライドと友情』の主人公マシン。映画にも使用されていたのかもしれない。
その最終舞台となった'76年F1inジャパンで初めて「自動車レース」を観てスーパーカーからモータースポーツの世界に移行しのめり込んだのだった。

マクラーレンのハント選手とロータスのアンドレッティ選手。'76年F1inJAPANで
'76年当時は❝流し撮り❞という高度な撮影テクニックを知らなかったので、写真もブレブレ。なので「今回はデジタルでキッチリ撮りたい」という思いが強く、それが逆に力んでしまう結果となってしまった。何とか良い写真が残って安堵の思い。
ウイングカーのブラバムBT49Cやロータス92に比べると、ノーズからサイドポンツーンにかけて車体が❝薄い❞。空気抵抗を減らすためのボディワークなのだろう。
ジェームス・ハント選手がワールドチャンピオンを獲得した名車。
ただの展示だけでなく、こうして走っている姿を見る事ができて感無量だ。
マクラーレンM26/フォード
ジェームス・ハント選手最後のF1優勝となった'77年日本GP。その時のマシンがマクラーレンM23。
日本GPはドルフィンも観戦していたし前年よりもF1情報に詳しくなっていたので、M23よりもリアルにシーズンを追ったM26の方が好きになった。
M23に比べてノーズからボディサイドにかけてシャープになり端正なスタイルになったところが気に入っている。

’77年日本GP/ハント選手のマクラーレンM26
HPの解説では、マシンは主にヨッヘン・マス選手が使用していたもので、ハント選手は'78年のイタリアGPで使用した車両らしい。
ゼッケンは「1」でも「2」でも無く「26」。トヨタ86に乗っている方がナンバーを「86」にするような感覚なのだろうか?
日本GP決勝後に入ったパドックを思い出すピット内での作業風景
エンジンカバーを外している状態はミニチャンプス1/43ミニカーみたいだ(笑)
’77年日本GPでは祖父のコンパクトカメラを借りて❝初めて❞流し撮りで撮影した。
フィルム最後の「24枚目」が「あれ?まだ撮れる、まだ撮れる」と撮影していたら、巻き上げが空回りしていて多重露光になっていた。
あぁ、あの時の自分にせめてもう1本フルムを渡してパドックの様子を撮影させたいッ!

表彰式と多重露光になってしまったがゴール直後のマクラーレンM26
40年前の無念を晴らすように、マクラーレンを撮りまくった。
カウルを外してメンテナンされている状態もイイ感じだし、水飛沫を上げて走るマシンもまた美しい。
土曜日11時半からのグリッドウォークにはギリギリ雨が止み、コース上に並べられたF1やGr.Cカーたち。
コース上に停められたマクラーレンM26には感無量。あぁ、ハント氏が存命だったらなぁ。いつかラウダ氏とともにゲストに来てもらえたかもしれないのになぁ。
オーバークール対策でノーズのラジエーターにはガムテが貼られている
「バナナウイング」と呼ばれていた肉厚が特徴のリアウイング。フォードDFVの剥き出しカバー。メカメカしいマシン後部。
F1に夢中になった頃のマシンをこうして間近で見られる日が来ようとは。
ほぼ同世代のマーチ761ロニー・ピーターソン車と
2ストWGPレーサーNSR500日曜日よりの使者 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンの2輪メインイベントは「NSR500 ~Honda WGPの栄光~」。
開催初年度はケニー・ロバーツ氏+ヤマハYZR500とケビン・シュワンツ氏+スズキRGVγ500を用意していたので「『サウンド・オブ・エンジン』はホンダ自前のマシンに頼らずにマシンを集めるんだ」と、その心意気に感心していた。
ところが2年目になる昨年は最高イベントがホンダ・コレクション・ホールが所有するNSR250を走らせるだけになり、いきなり2輪イベントが縮小した感じになった。
ヒストリックF1やGr.Cカーが多くなったのは大歓迎だが、2輪も多くのメーカーを巻き込んでこその「サウンド・オブ・エンジン」になるのではないか。
唯一の2輪BIGイベントも土曜日が雨天のため早々に中止が決定されていた。
土曜日に撮影した写真で日曜日にサインを頂くという作戦が脆くも崩れ去ってしまった。
「NSR500 ~Honda WGPの栄光~」走行予定時間には、ピット前で伊藤真一選手、玉田誠選手、清成龍一選手、宮城光氏がインタビューを受けていて、モニターにも映し出されいたのだが、どこのピット前なのか良く分からなかった。2輪ホンダのピット前だったはずだが、そこにはいなかったような…?
GPスクエアで「ホンダWGPトークショー&サイン会」が行われたが、Gr.Cカーデモレースを観ていたので終わってからダッシュで駆け付けたが終了して帰る後姿しか拝めなかった。
こうして初日には走行はおろかライダーの姿すら見られなかったので、日曜日は本当に待望の走行となった。
Honda NSR500 エディー・ローソン車 1989年
ヤマハから電撃移籍したエディー・ローソン選手が5勝を挙げてチャンピオンを獲得した。
ライディングは伊藤真一選手。
MFJ-GPの写真を持っていったのだが、伊藤真一選手にはお会いできなかった。
待望のNSR500の走行。どうせならテストや公式戦では入れない激感エリアで撮影することにした。
パラッパパッパ…ファインファイン…グランドスタンド方面から聞こえてくる軽く高いエンジン音。来るぞ!
土曜日走らなかったのに、実走行はたったの3周ってなによ! 土曜日分も走って欲しかったよ‼
以前、TVで「パーツがもう無いのであまり走らせられない」というような事を聞いたが、土曜日走っていないんだからもうチョット走ってくれてもいいんじゃないかなぁ。
Honda NSR500 マイケル・ドゥーハン車 1997年
無敵状態だったマイケル・ドゥーハン選手の5連覇中4連覇目のマシン。
ライディングは宮城光氏。
この写真にサインを入れて頂けるのは来年の鈴鹿8耐の時かなぁ?
大阪モーターサイクルショーには毎年来られているが、会場内で見かけた事は無いんだな。
’84年に登場したNSR500。’80年代後半から急激に高性能化したように感じる。大幅な構造改革があったのだが、世界的好景気・バブル経済によって研究費が増えたことが後押ししたのだろう。
Honda NSR500 加藤大治郎車 2002年
MotoGP車両規格導入され混走した最後のNSR。
ライディングは玉田誠選手。
走行後にピットから出てこられた玉田選手。イベントでしか走行する機会がないのでスーツもまだ新しい感じだ。
土曜日の走行写真が無いので、今回はサイン頂かなかった。
Honda RC211V バレンティーノ・ロッシ車 2002年
2スト500ccからMotoGP規格の4スト990ccのRC211Vを投入。バレンティーノ・ロッシ選手が11勝を挙げてチャンピオンを獲得した。
ライディングは清成龍一選手。
着替えて出て来ていた清成選手を発見してダッシュで向かった。
春のファン感謝デー「伝統の鈴鹿8耐 ドリームラン」でホンダCBR1000RRWをライディングした写真と2&4レースの「8耐トライアウト」で高橋裕紀選手のゼッケン「72」を付けて走る写真にサインを頂いた。
「2&4の写真です」と言って差し出すと、「あ、古いマシンだ。コケる前の(笑)」と清成選手。
ジェームス・ハントのザ・世界1 ヘスケス308B 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
ジェームス・ハント選手はドルフィンの中で「ドライバー神3」=ジェームス・ハント、ニキ・ラウダ、マリオ・アンドレッティの一人だ。
初めて観たレース、'76年F1inジャパンでチャンピオンを獲得したので強く印象に残り、3ドライバーの中でもハント選手は一番最初に好きになった。
そこからF1レースの情報を収集するようになると、ハント選手の面白い人間性に惹かれるようになった。
どんなシーンでも絵になるハンサム! ―なのに、当時は言われていた「F1ドライバーは紳士」を覆す奇抜な行動。
観戦した’77年F1日本GPで優勝。
レース後に入ったパドックのテントで目撃した、人目をはばかることなくパンツ1丁になって着替えながらのインタビュー。更にハント選手が心に焼き付いたのだった。
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにやってきたハント選手の3台のマシンを紹介。
ジェームス・ハントのザ・ワールド‼ ①
ヘスケス308B/フォード
映画『ラッシュ/プライドと友情』にも登場した―いや、このマシン撮影に使われていない?
ハント選手がを擁してF1GPに殴り込みをかけたヘスケス・レーシング。ヘスケス卿の資産だけでスポンサーを付けずにチームを運営していた。映画では「タバコやコンドームの文字も入らないぞ」と言っていた。
ロータスがタバコをスポンサーに付けたのとは逆行した考えだった。
チームマスコットのテディベアが描かれる
後にフェラーリやタイレルで腕を発揮するデザイナー、ハーベイ・ポスルスウェイト氏が設計した。
スポーツカーノーズの前にウイングを取り付けた形状だが、今回走行したマシンはスポーツカーノーズのみ。
スポーツカーノーズにはエア導入口が設けられ、下にはアルミのチンスポイラーが取り付けられていた。
'74年にヘスケス308で表彰台3回、Bにアップデートされた'75年には優勝1回を含む4回の表彰台を獲得している。
完全プラベーターでこの成績は凄まじい。資金がモノを言う現代F1ではこのような活躍劇は見られないだろう。
ドルフィンがF1を知り始めた頃はヘスケスは下位チームになっていた。「変な名前」というイメージだった。他にもセオドールとかペンスケとかエンサインとか…。
『赤いペガサス』内でもモナコGPでキーガン選手が海に突っ込んだりしていた。
ハント・カラーのヘルメットが嬉しい
神・ハント選手が乗ったマシンを間近で見られるとあって、興奮を抑えきれず「凄い!スゴイ!」を連発して写真を撮っていた。
ハント選手のヘスケス時代はリアルタイムではなかったので「これが映画(ラッシュ)に出ていたマシンかぁ」という思いもあった。
ピット裏に出てエンジン調整。多くのファンが取り囲んだ
雨の土曜日からコースインして走行してくれた。40年以上も前のレーシングカーがこうして現在も走れるといのは素晴らしいな。
グラウンドエフェクトを使ったマシンとはまた違った霧煙の巻き上がり方だった。
オーナードライバーさんがハント・カラーのヘルメットだったので「うぉぉぉッ! ハントが、ハントが走っているぅぅぅぅッ!」と叫ぶほどだ。
イギリスのユニオンジャックのカラー、白地に赤と青を施したマシンが眩しい
リアウイングが大きく、リアタイヤも太くてカッコイイですなぁ。F1マシンってこういう感じなんだよなぁ。
土曜日の1ラップ・アタックでは3番手タイム。日曜日デモレースでは7位フィニッシュだった。
日曜日のデモレース終了後にはオーナードライバーさんが、イタリア国旗をはためかせていた。
ハント選手のウルフWR7-8も来て欲しかったなぁ。
鮒子田氏マキF1に会うの巻き 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンのメインイベント「Masters Historic Formula 1」。
欧米で開催されているヒストリックF1レース・シリーズ。今回、海を渡ってエキシビション・レースとして行われた。
海外からやってきたマシンの中に、日本製F1マシン・マキF101Cがあった。
里帰りして走るのはこれが初めて。
日本初のF1チームとして1974年からスポット参戦。’75年用マシンがF101Cだ。
公式戦では全戦予選落ちしてしまった。
マキがF1撤退後にベルギーの博物館で眠っていたマシンをレストアされ、2016年のモナコ・ヒストリックGPで41年ぶりにレースを走ったという。
遠く離れた島国のプライベーターが作り、全戦予選落ちだったマシンを入手してレストアするとは、なんというマニアックな方なんだろう。琴線に触れるものがあったのだろうか。
これならドルフィンの好きなカウーゼンWK1も動態保存されているかもしれない。
だが、鈴鹿でのマキは結構速かった。
2分39秒187のタイムで予選6番手、決勝は5位フィニッシュだった。
かつてモーター誌の写真(現役当時の)でしか見たことが無かった❝幻❞のマシンがこうして目の前で走っている―なんという感激だ。
スポンサーのシチズンに合わせたデジタル表示風のゼッケン。時代を反映した大きなインダクションポッド。リアウイングはローマウント。高速サーキット仕立てだろうか?
後ろはロベルト・モレノ氏のウイリアムズFW08
今年のサウンド・オブ・エンジンには、かつてマキF101CでF1に挑戦した鮒子田寛氏も参加していた。
昨年は公式ゲストだったが、今年はプライベート(?)で「60's Racing Machine」に参加。
フォードGT40MkIIをドライブされていた。
鈴鹿で知り合った方が「あれ、鮒子田さんじゃない?」と姿を発見。サインをもらいに行った彼が「マキF1に乗らないのですか?」と尋ねたところ「マキはもういいよ」と素っ気ない感じだったそうだ。
マキに関してはあまり良い思い出が無いのかもしれない。
観る側からしたらチョットでも乗って欲しかったなぁ。
フォードGT40のコクピットに収まる鮒子田氏
世界中のレースで活躍。1966年のル・マン24時間レースで1-2-3フィニッシュを飾り、その後も含め4連覇を達成した名車。
日曜日の朝一番に、土曜日夕方の走行写真に鮒子田氏のサインを入れて頂いた。
写真を見て「昨日のだね。早いね~」と言われていた。
ライバル・マシンのローラT70 MkIIIとバトル
日曜日、ヒストリックF1のピットを覗いていると、横からピット内に入る数人がいた。
何気に見ると、鮒子田氏ではないか!
マキF101に向かう鮒子田氏。遂に対面する鮒子田寛氏とマキF101。
コクピットに座るの? 座るの? もし座るようなら前から撮りたい‼
ダッシュする用意をしていたが、マシンを眺めてポンと触る程度だった。ご本人にはあまり思うところは無いようだ。
他に写真を撮っている方もいなかったので、この対面写真はドルフィンだけの特ダネ!? (思い違いでしたらスミマセン)
どうやらマキのオーナーさんの熱意で鮒子田氏が足を運んだ様子。
モレノ氏来た!走った!姿も人の良さもそのまま 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
「鈴鹿サウンド・オブ・エンジン」今年のゲストは元F1ドライバーのロベルト・モレノ氏だ。
なぜモレノ氏に白羽の矢が立った良く分からない。
’90年F1日本GPで2位表彰台に立ったのは有名。F2時代にもヨーロッパで無敵だったカシオ・ラルト/ホンダのドライバーとして'84年全日本F2最終戦JAF-GPに招聘された。
翌’85年にはヨコハマから全日本F2にも参戦したので、日本に馴染みがあると言えばある。
鈴鹿のイベントで久しぶりに来日するドライバーやライダーは皆、歳を取っていて(当たり前だが)太っていた方が多かった。モレノ氏もすぐに分かるだろうか? と思っていたが、現役当時と変わらぬ姿だった。若い頃から老け顔ではあったが…。
トークショーにはベネトン時代のレーシングスーツで登壇。「全日本F2で呼ばれた時が最初の日本で、最後は2008年もてぎのチャンプカーシリーズだった」と話していた。
鈴鹿のHPを見てもゲストで来られて「トークショー」するくらいのようにしか掲載されていなかったが、土曜日になって「ウイリアムズFW04で走るらしいですよ」と場内アナウンスがあった。
やっぱり走ってくれるんだ! と歓喜の声を上げてしまった。
わざわざ来日して走らずに喋るだけなんてもったいない(いやいや、ハッキネン氏への当てつけじゃないですよ)。嬉しいなぁ。
レーシングスーツはトークショー用に持って来たとしてもヘルメットまで用意して来ているところを見ると、走行を前提に来日したのかもしれない。
レジェンドF1のピットでスタッフと打ち合わせするモレノ氏
ウイリアムズFW04をオーナードライバーさんと交代で走らせた。
モレノ氏の走りを見るなんて27年ぶりだぁ~!
翌、日曜日に大変なことが起こった。
ピット裏でサインを求めるドルフィン達に「5分待ってて」と言って控室に入って行った。
次に出てきた時にはイスを携えていて、そのイスに座って臨時サイン会を始めてくれたのだ。何という事だ。ここまでしてくれたゲストはかつていない!
モレノ氏の人の良さも変わっていない。
人が人を呼び、噂が噂を呼んでサイン会の列は短くなるどころか時間を追う毎に伸びてゆく。
かつてF1日本GP開催時、夜のボウリング場でのナイジェル・マンセル氏の臨時サイン会を思い出す。
この列、どうなったのだろう? しばらくして行ってみたらサイン会は終わっていた。
土日2日間で頂いたロベルト・モレノ氏のサイン・コレクション
'84年JAF-GP練習日 カシオ・ラルト/ホンダ
日曜日の❝臨時サイン会❞で頂いた。
「F2、ラルト/ホンダ。鈴鹿サーキット」と話すと、何やら通訳の方(佐藤琢磨選手のエージェントもされていたとか)に話すモレノ氏。
すると通訳の方が「この写真2枚持っていたら1枚頂きたいとの事です」と言われた。
2枚は持って来ていなかったので、この時は「残念ながら…」となったのだが、モレノ氏にドルフィンの写真を持っていて頂いた方が光栄だ。サイン写真を撮影して、写真自体をモレノ氏にプレゼントしたのだった。
なのでこの写真はドルフィンの手元には無い。
’85全日本F2 マーチ852/ホンダ 富士スピードウェイ
地元の友人と本戦前の金曜日に観に行った練習走行。
確か夏休みで友人の車で出かけた。土曜日を挟んで日曜日に決勝観戦にも行った。
’89年F1日本GP コローニC3
’90年F1日本GP ベネトンB190
もちろんサイン頂く優先順位はNo1。金曜日の一番最初に頂いた。
土曜日走行ウイリアムズFW04
土曜日の走行写真に臨時サイン会の時に頂く。
なんと日曜日にはウイングカーであり’82年にケケ・ロズベルグ選手が使用したチャンピオンマシン、ウイリアムズFW08をドライブ。
前日と違うマシンをドライブしてくれるなんて粋な計らいをしてくれる。
あぁ、でもこの写真にサインを入れて頂く機会なんてもう無いのだろうな…。
最終ラップには手を振ってファンに応えてくれた
サウンド・オブ・エンジン最終プログラムのフィナーレパレードには土曜日に走らせたウイリアムズFW04を再びドライブ。
パレード後には他の参加者とともにスタンドに集まったファンに手を振ってくれた。
モレノ氏ありがとう!
マツダもコジマも走る「鈴鹿サウンド・オブ・エンジン」日曜日観戦編 寒風との闘い
記事途中で消えてこれで4回目…。
「鈴鹿サウンド・オブ・エンジン」2日目の朝が来た。
天気予報に狂いはなく、天候は回復したものの寒風吹きすさぶ真冬のような真冬のような日になった。
それでも土曜日とは比べ物にならないほど多くのお客さんがゲートオープンを待ちわびていた。駐車場も早朝から一杯だった。
ドルフィンは上下ヒートテックにカイロを仕込んだレッグウォーマー。腹部にもカイロ。ハイネック長Tの上にユニクロのマイクロダウンを着込み、さらにその上に革ジャン。それでも寒かった!
今年からGPスクエアに場所を移しスーパーカー・コレクションと一体となったタイムトラベル・パーキング。
朝、GPスクエアに参加車が集まってくる
会場のアウトラインに柵が設けられて、パドック駐車場で展開されていた昨年と違って車両に近寄れない。せっかく貴重な旧車が参加してきても遠目でしか見られない。
これでは❝ただ集めただけ❞だ。
せめて車両列と列の間に通路を設けて近くで見られるようにして欲しかった。
ようやく晴れたので2輪イベントの「NSR500 ~Honda WGPの栄光~」が行われた。
開始直前にパラパラっと雨粒が落ちてヒヤッとしたが、路面を濡らすほどではなかった。
ローソン、ドゥーハン、大治郎、ロッシが駆ったNSR500
待ちに待ったGP500の走行。寒風がバンバン体に当たって吹き飛ばされそうなほどの激感エリアで撮影した。ところがたった3周でお終い。もうチョット走ってくれてもいいんじゃないかなー。
土曜日は2輪ライダーの姿はインタビューを映し出すモニター以外では全然見かけなかった。なので走行終了後に走ってパドック裏まで帰って来た。シャトルバスを待つ時間さえ惜しんで。
それでももう引っ込んでしまっていて会う事はままならなかった。
しかし、日曜日はよく走った。激感エリア2往復、S字往復を走ったのだ。寒かったので体を温めたかった事もある。こうして走れるほど筋力が回復したのだ。日々の自転車トレーニングは効いている。
ヘリコプターの遊覧飛行も行われていた
グランドスタンドにヘリコの影が落ちる
「Historic Formula Register デモンストレーションレース」が行われた。
車体は小さいが出走台数が多いので賑やかだ。
日曜決勝レースの優勝車#17・シェブロンB15
MOTORCYCLE HERITAGEのピットでエンジンがかかると多くのお客さんが集まって来る。
現在の市販車ではほとんど聞かない2ストロークエンジンのカン高い排気音。もうもうと上がるガス。たまりませんなぁ。
MOTORCYCLE HERITAGEのピットに宮城光氏の姿も。取材?
激感エリアから戻ると日曜日のグリッドウォーク待ちの列が物凄かった。
第一コーナー寄りの入場口を先頭に、列はピット裏に延々と続いていてピットエンドよりも伸びていた。これだけの人数が入場してもマシンを見られるだろうか? 終了時間までに入場できるのだろうか? 土曜日入っておいてヨカッタ。日曜日のグリッドウォークは見送ることにした。
マクラーレンはドアを上げて展示
毎年恒例となったサーキット専用車、パガーニ・ゾンダ・レボリューションとマクラーレンP1LMの走行も行われた。
今年は飯田章選手のドライブではなかったようだ。
高級時計リシャールミルのお得意様が持つ高額スーパーカーを走らせる「RICHARD MILLEパレード」。
先導するマーシャルカーをドライブするのは元F1ドライバー中野信治選手、PWRCチャンピオン新井敏弘選手たちだ。
パガニーニ・ゾンダ・レボリューションとマクラーレンP1LMも走る
日本の参加車はピット内に置かれて関係者以外立ち入り禁止にしているが、海外からの参加車は割とオープン。レジェンドF1も何台かピット裏に出てエンジン調整してくれていた。嬉しいなぁ。
貴重なヒストリック・マシンのフォードV8エンジンの響きにお客さんが集まって来て楽しんだ。
「帰ったら絶対に『ラッシュ/プライドと友情』のDVD観ながら寝るぞ!」と固く心に思ったのだった。実際にそうしましたよ。
日本にあるF1マシン中心のレース「Legend of Formula 1」。
フェラーリ2台は午前中の走行でクラッシュして出走できなかった。
日曜日のレースで優勝したのはなんとF3000マシンのマーチ88B。
このマシンは使用された事が無い❝新古車❞だったらしい。それはそれで貴重な存在だ。
スーパーGTドライバー阪口良平選手がマーチ88Bをドライブ
土曜日、雨で走らなかったGr.Cカーが続々とコースイン。
2台のマツダもロータリーサウンドを奏でた。ようやく走ってくれたという感じだ。
午後からのデモレースでは片山右京選手のトヨタTS010とヒストリックF1で優勝経験もある久保田克昭選手のフロムA日産R90CKとのバトル、日産R92CPを駆る星野一義選手と長谷見昌弘選手のバトルが展開された。
「これはもうJSPCじゃないか~!」感激だなぁ。
Cカーが3台並んでストレートを通過する時の衝撃波は凄まじいものがあった。
ただ、レースが進行するに従って、1台、また1台とピットに消えて行った(笑)。ヒストリックなマシンたちだから仕方ないか。
Gr.Cレースが終わると残すプログラムは「フィナーレパレード」のみ。
2日間のイベントに参加した多くの車両、バイクたちがコースイン。夕闇迫るメインストレートに整列した。
グランドスタンドのお客さんに感謝を伝える参加者たち
あぁ、1年間楽しみにしていたイベントもあっという間に終了してしまった。
雨や寒さはあったが楽しい二日間だった。
サーキットで知り合った方も増えて、情報交換しながら過ごす時間もまた楽しい。
来年のサウンド・オブ・エンジンにも来られたらいいなぁ。
胸躍るレジェンドマシンたち「鈴鹿サウンド・オブ・エンジン」土曜日観戦編 雨との闘い
ドルフィンの中では鈴鹿8耐と並ぶシーズン最大のモーターイベント、鈴鹿Sound of ENGINE 2017の開催となった。
「料金が高い」とか「ゲスト少ない」とか思いつつも楽しみで楽しみで金曜日の晩は2時間ほどしか寝られなかった。遠足前の小学生よりもタチが悪い。
天気予報に全く狂いはなく、土曜日は雨。
昨年も土曜日は雨だったので、この時期の開催は良くないのでは? 初回の5月に戻してもらいたいが、5月にはスーパーGTが開催されるので無理だろう。
まだ暗いうちから雨の中、車を走らせた。
冷たい雨だと言うのにゲートオープンの7時30分には多くのお客さんが詰めかけていた。
駐車場からサーキットゲートに着くまでに既に靴のつま先はぐちょぐちょになって冷たくなっていた。ひえ~!
雨だからこそホスピタリティテラス(ピットビル3階)に行けるパドックプラス券2日間を購入。
サウンド・オブ・エンジンはヒストリックなマシンばかりなので、オーナーさんとしてはあまり濡らしたくないんじゃないのかな?
朝一番の60年代レーシングマシンはホスピタリティテラスからチラと眺め、早々にレジェンドF1マスターズのピットを中心に見て回る。
あまりにも多くのイベント、マシンがあるので見て回るだけでもワクワクしてくる。めっちゃ楽しい。
雨のためサーキットにいるペッパー君の表情も浮かない
初回から比べると格段に少なくなってしまった2輪の走行。
せっかく今年はホンダだけではあるがGP500のマシン走行があるのに、雨天のため早々に中止が決定される。サーキットHPには2日くらい前から雨天時中止と掲載されていた。
土曜日に撮影した写真に日曜日にサインを頂く作戦が早くも崩れた。
2輪トークショーにも間に合わなかったので、宮城光氏以外のゲスト3名の姿を全然見なかった。
空力パーツを付けないF2以下のマシンで競われる「Historic Formula Register」。
旧ルパン三世の第一話に出て来そうなフォーミュラカーが何十台と走行・レースを行う。
2輪では「MOTORCYCLE HERITAGE」の走行・レースが行われる。
どちらも有名マシンがある訳ではない。だが、現役時代ではこれらのマシンでレースをする、観るだけで大いに盛り上がっていたはず。昔の興奮の記録を残すマシン達。
ピットでエンジンがかかるだけで多くのお客さんが集まって、耳をつんざくようなエンジン音やボンボン噴き出る排ガスを浴びていた。
ヒストリック・フォーミュラ・レジスターの走行
モーターサイクル・ヘリテージのマシン
今年の目玉企画「LEGEND of Formula1 “Masters”」。実際に欧米で開催されているヘリテージF1マシンのレースを呼んだのだ。
日本でF1が開催されなかった空白の'70~'80年代。雑誌でしか見られなかった憧れのF1マシンが走る姿を実際に観ることができるのだから興奮しないはずがない。
日本にあるヘリテージF1マシンは割と❝有名どころ❞ばかりだが、そうではないマシンもレストアされてレースをしているのだ。
こんな貴重なマシン、絶対に濡らしたりしたくないはずなのに、雨天でも走行してくれた。
欧米でのレースでは雨天時もあるのだろう、しっかりレインタイヤも用意されている。本当にF1サーカスのようだ。
慣れない鈴鹿サーキットで、しかも雨。コースアウトするマシンも少なくはなかった。
ピットに戻って来たマシンを掃除するスタッフの手際の良さには感心した。
こんな貴重なマシンもコースアウトで泥だらけ
今年のサウンド・オブ・エンジンの大物ゲストはロベルト・モレノ氏。
'90年F1日本GPではベネトンB190で2位表彰台を獲得。それだけでなく、F2時代にはラルト/ホンダでJAF-GPにスポット参戦。翌年にはヨコハマから全日本F2にも参戦し、日本には馴染み深い。
午前中にGPスクエアでトークショーが開催された。
雨だったので観客は座ることもできず傘さしたままなので、後方からは全く見えない。傘の隙間からズームを使ってようやく写真だけ撮影。
毎年雨降られるのだから特別展やるような大きなテントを設営してその中でやってくれたら良いのだが…。
「サイン会」もあったが、30名限定だというのでクジ運が悪いドルフィンは「こりゃ無理だ」と早々と退散した。
今年も市販車のマクラーレンが大挙して参加。
ドルフィンが観に行くNCCRスーパーカー&クラシックカー・ラリーにもマクラーレンが協賛しているくらいなので、お金持ちへのアピールが凄い。
雨の為レジェンドF1の走行台数が少ないので、パドックプラス券の特典・グリッドウォークに参加するために列に並ぶ。この頃から雨脚も弱まって来た。
本当に天気予報どおり昼には雨が上がり、グリッドウォークに間に合った。
昨年もそうだったが、雨でお客さんが少ないのでグリッドウォークも観易い。これが日曜日になったら…。
やはりマシンはピット内にあるよりもコース上にあった方が様になる。
雨が上がったので、S字トンネルを使ってコーナーへ。今回は特別なチケットが無くても使用できた。
この2日間はよく歩いたし、よく走った。ここしばらくでは一番走ったのではないだろうか?
それでもクタクタで歩けなくなるほどではなかったのだから、日頃の自転車トレーニングの成果が出ているのだろう。
年代バラバラのF1マシンが走っているサーキットは正に異世界
大好きなジェームス・ハント選手のヘスケスやマクラーレンが走っている! 一世を風靡したウイングカーが走っている! 凄い! 凄すぎる‼
事前にアナウンスされていなかったが、ゲストのロベルト・モレノ氏もウイリアムズFW04で走行してくれたのだ。嬉し~い!
日本のレジェンドF1、コジマKE007の走行が見られたのも観劇。せっかく長谷見昌弘氏が来られていたのだから長谷見氏にドライブして欲しかったのだが…。いわゆる❝大人の事情❞があったのだろう。
KE007・長谷見・雨―このキーワードで燃えないはずがないッ! 今回一番実現して欲しかった~!
雨は上がっても雲が出ているので暗くなるのも早い
Gr.Cカーも走行を見合わせる車両が多かった。
マツダ767Bと787BJPPCのマツダ勢は❝レインタイヤが無い❞ので走行しなかった。
ランチアLC2は数日前に急遽参加を取りやめた。かつてのWECでも見る事は出来なかったので残念だった。
日産はR92CPを2台も走らせてくれ、かつてのJSPCを彷彿させた。
最後の60年代マシンデモレースはほぼナイトレース。
朝はチラッとしか見ていなくて気付かなかったが、日産R382を長谷見昌弘氏がドライブしているゥゥゥッ!
昨年は公式ゲストで来られていた鮒子田寛氏が今回、アナウンスは無かったがフォードGT40 Mk IIをドライブ。
日曜日に備えて眠りにつくヒストリックF1。
な、な、なんと、専用カバーを纏っているではないか。ぬいぐるみやミニカーじゃないんだから! 面白いものを見てしまった。
夕方になって急激に気温が下がった。
早起きしたのにあっという間に1日が終わってしまった。楽しい事ってどうしてこんなに時間が早く過ぎるのだろう。
あと1日あると思うと寒さも苦にならない。2日目も楽しみだ。
ホテルガーデンにはイルミネーション・フォーミュラカーが展示されていた
焼肉と味噌焼きうどん「亀八食堂」と「ルートイン亀山」 サウンド・オブ・エンジンの晩
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンの夕食は亀山にある焼肉・ホルモンの「亀八食堂」に行ってみた。
鈴鹿近隣の美味しい店で探して見つけたのだ。宿にも近い。
鈴鹿サーキットから名阪国道亀山インターに向かう1号線から565戦にそれてインター方面に進む。市街地を過ぎると闇の中に突如として現れる。
広い駐車場はお客さんの車でいっぱいだ。
お店に入ると広いホールに人が一杯に座っている。土曜の晩だけあって大盛況。
順番待ちの票に名前を書いてすぐに案内された。
事前に読んで来た「食べログ」の情報に従って注文。「今日は肉食うぞ!」と心に決めてきた。
「牛ホルモン」550円、「牛バラ」650円、「うどん玉」100円。野菜(キャベツ、もやし)は注文しなくても肉に付いてくるのだそうだ。
ご飯を注文される方も多いようだが、そこまでは食べきれないだろうと止めておいた。ビールを飲めれば最高だが、宿までまだ車を運転しなくてはならないのでお茶で我慢だ。
お店の方が肉、野菜を鉄板に乗せて上から特製味噌をポンと置かれる。この特性味噌が味付けの全てであり旨さの源なのだ。特製味噌はカップに入れられて販売されている。
焼けるまで飲み物を取りに行く。冷水の他に、緑茶とほうじ茶が冷・温両方あるところが嬉しい。コップはワンカップのガラスカップだ。
肉の脂を流すためにほうじ茶は温かいものを。口内がヤケドした時の為に緑茶は冷にした。
肉・野菜がある程度焼けたらうどん玉を投入する。
一味もテーブルに置かれているので、辛さも調整できる。
持ってくる時に肉の上に野菜が乗せられてきたので、どれほど肉の量があるのか分からなかったが、焼けて肉は縮むのにゴロゴロあるところを見るとかなりの量はあったようだ。
周囲からも焼けた匂いが漂ってくるが、目の前で焼かれた肉焼きうどんの香りもまたソソられる。
アッチアチを頬張る。うっひゃ~! この味、たまりません。ホントにビールがあったら最高だ‼
肉も弾力があってドルフィン好み。
数人できて色々な種類の肉やホルモンを入れたらさぞかし旨かろう。
味も量も大満足。また来たいな。
そしてこの日の宿はルートイン亀山。
名阪亀山インターすぐそばで、鈴鹿への道中でいつも目にしている。亀八食堂からも近かった。
サーキット近くは既に抑えられてしまっていたので、ファン感謝デー以来の宿泊。
大浴場へは初めて行ってみた。時間帯が良かったのか、自分ひとりだったのでお風呂独り占め。
前日の晩はワクワクしてあまり寝ていなかったので、就寝も早かった。
―が、目が覚めるのもまた早かった。せっかくホテルでゆっくりできるのに、3時間くらいしか寝ていない。目が冴えてしまったので、朝まで持って来た文庫本を読んでいた。
朝、熱いシャワーで体も起こす。
6時半から朝食。お腹が空いているのか、ドルフィンのように早く出発したいのか、時間前に食堂前に列ができていた。
ホテルの朝食でお腹を満たしてチェックアウト。外に出ると「うわッ! 寒ッ‼」っと思わず叫んでしまうほど外は寒かった。
2日目は寒さとの戦いになりそうだ。











































































































































