橘 白扇 のひとりごと -14ページ目

介助犬を拒否した兵庫県の採用試験


11月19日、兵庫県が実施した、身体障害者向け職員採用試験で、女性受験者

の介助犬同伴を拒否したという事実が報道された。


公共施設への介助犬受け入れは、身体障害者補助犬法により義務づけられて

いる。


兵庫県の担当職員は、犬嫌いやアレルギーの人がいる可能性もあるとして、

介助犬同室での受験を拒否、受験者は介助犬と離れて不安のなかで受験し、

不合格となった。


同じ兵庫県の障害者支援課は、採用担当の職員課の過失を認めていると伝え

られている。


しかし、過失といえる程度のものであろうか。


犬嫌いやアレルギーの人が存在することは事実であるが、身体障害者のために

介助犬、盲導犬なでが有用、必要であるからこそ、身体障害者補助犬法等が

整備され、公共施設での受け入れを義務付けたもので有る。


法律の普及を指導する立場の県およびその職員が、法律を知らなかったでは

済まされない。


たとえ過失であっても、犯罪とされる事例は枚挙に暇が無い。

今回の事例でも、職員課の担当者のみならず、身内をかばう同課の態度は

違法と断ぜざるを得ない。


公務員としての自覚にとぼしく、即座に辞職するべきだと思料する。



この事件が、身体障害者向けの職員採用試験だったのは、余りの皮肉ではある。 

与党税制改正大綱、とくに土地譲渡益課税について



景気後退局面に備えての減税策の一環として、土地譲渡益の一部

非課税措置の創設を、与党税制改正大綱は決定すると伝えられている。


09-10年に購入した土地は5年超保有後の売却時に譲渡益を最大

1,000万円まで控除するというものの様である。


以前、不動産の長期譲渡について特別控除があったが、それと同様の

手続きによって、譲渡所得を計算することなると思われる。


しかし、この制度が、なぜこの景気後退局面に必要であるのか、

理解出来ない。


5年間に土地が購入時より1,000万円値上がりしなければ、何の効果も

ないことは説明するまでも無い。


現在、大都市圏を除く地域では㎡単位ではなく坪単位での取引が中心

だと考えられる。個人が取引する場合は、せいぜい100坪か200坪が

良いところではないか。

そして、坪単価が10万円を超える土地はそんなに多くないと思われる。


100坪を坪10万円、総額1,000万円で購入し、5年超保有後に、

総額2,000万円プラス仲介料等の費用額で売らない限り、

1,000万円満額の控除は受けられない。

毎年20%以上、土地が値上がりしないといけない計算である。


振り返って現状を見てみれば、これが幻想であることは自明と言わざるを

得ない。

土地バブルの時代はしらず、近年土地はむしろ、値下がり傾向にある。

多少値上がりしても、1年もたてば値下がりに転じているのが実態である。


土地を購入し、建物を建設してそこに住むのであれば、ローン控除を

受ければいいのであり、5年超経過後に売却することを予定して、土地を

購入するには、不安定要素が多すぎて、相当の勇気が必要であろう。


無論、長期的な政策として土地の保有、購入を推進するのであれば、

政策として、一概に否定すべきものとは思わないが、取得を09年、10年

に限定するのであれば、少なくとも個人に対しては有効な政策、減税効果

のある政策とは思えない。


この制度の恩恵を受けるのは、大都市圏の土地に関しての取引、不況に

影響されない階層に属する人々、企業のみであろう。


斯くして格差社会はその差を増幅させる事となるのである。


与党税調に所属する議員諸氏の見識が疑われ、実に嘆かわしい。


孫子の兵法



「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを賭ざるなり。


夫れ兵久しくして国に利するは未だ之有らざるなり。」


  (孫子 二篇 作戦篇)


緊急性が求められる雇用対策、第二次補正予算がともに年内に

実施される可能性はほとんど絶望的である。


今はひたすら耐えるだけとの声が首相周辺から漏れているそうだが、

いったい何を耐えるのか。

時間が経てば自然に解決するような事柄ではあるまい。


住むところもなく年を越さねばならない被解雇者たちが、餓死でも

して、ゼロになるのを待つ訳では有るまい。景気が急に回復して

雇用が回復するのを、神頼みで待つとでも言うのであろうか。


孫子の兵法は、

多少作戦にまずい部分があっても、速やかに決着をつければ成功

するが、いたずらに戦いを長引かせても良い結果は得られない。

そもそも戦いが長引いて、国に利益をもたらした例は無い、

と言っている。

兵は拙速こそ重要である。


いたずらに時を過ごすことなく、果敢に政策を実行に移す事が

もっとも求められているのである。


断じて行なえば鬼神も之を避く。


躊躇している余裕は無い。


緊急対策を直ちに発表し、その是非を国民に問うため、衆議院を

解散すべき時である。


木静かならんと欲すれども風止まず。



麻生内閣の世論調査結果が政権維持の危険水域に達して以来、

野党のみならず、与党内部からも批判の声がひきもきらない。


自分たちで選出した党の総裁を、かくも短期間の経過後に批判するのは、

自らの選択眼のなさを示すことに他ならず、自己の過ちであることは明白

であるにも拘わらず、こうもこき下ろす事に何の呵責も覚えないというのは

驚きである。

潔く自らの選択を恥じるのであれば、自らの出処進退を決断すべきである。

速やかな政策実現を求める、などとなんと悠長なことを掲げて議員の会を

つくるなど、無責任の極みであろう。

真に責任を果たす方法はことではあるまい。

いっそ政党を飛び出して、政界再編の起爆剤になるような行為こそ必要

では無いか。


派閥の領袖たちも、単に派内の引き締めなどに汲々としているのでは、

領袖の名が泣こう。


しかし、この麻生という木は、本当に静かならんと欲しているのであろうか。

風が吹きすさぶ原因はこの木自体にあるように思われる。

住宅ローン減税のまやかし。



自民、公明党の税制調査会は住宅ローン減税の概要を決めたようである。


一般住宅で最大500万円、長期優良住宅で最大600万円を所得税、

住民税から、税額控除するものである。その経済効果は、日経新聞に

よると4兆円と書かれている。


しかし、日経新聞も書くように、夫婦と子供2人の世帯で、年収750万円

だと所得税が23万円程度、住民税から控除できる限度9.75万円と

あわせても33万円弱しか、控除、減税の効果は無い。


年収1,000万円程度でやっと最大の控除が受けられると思われる。

一般住宅の場合、控除率1%であるから、借入金は5,000万円だと、

1年目だけが、50万円の控除で、2年目からは控除額が徐々に減少

することとなり、10年で500万円の控除を受けるためには、それ以上

の借入が必要である。


住宅をローンで購入する場合、返済に余裕を持つためには、年収の

5倍が限度とも言われる。5,000万円を借りるためには、年収

1,000万円が、返済期間にわたって必要とされるのである。


現在の経済状況で、返済を考えれば、住宅ローン減税い前の

問題を考える必要がある。

雇用の不安定化は、非正規社員にとどまらず、正社員にも波及の

兆しを見せている。

この状況下に住宅ローンを組んで、平然としていられるのは、

失業の恐れのない公務員か、大企業の管理職くらいではないか。


い前は住宅取得控除と言う名称であったものを、住宅借入金等

特別控除と変更した経緯からも明らかなように、本当の目的は

金融機関を援助する目的なのは明らかなように思われる。

住宅を担保に融資を行なえば、たとえ返済不能になっても、

競売等により回収可能な付分が大きく、金融機関の損失の

可能性は、企業に融資するより高い。

こうした、隠された目的が指摘されないのは実に嘆かわしい。


テレビ等の報道も、無批判、無検討に行なわれているようで、

信頼できない。



格差是正が問題とされているにも拘わらず、住宅ローン減税は

格差を一層助長する側面を有している。

小中学生の携帯電話



小中学生に携帯電話をもたせて、通学させることの是非を

大の大人が、大真面目に議論しているようだが、実に滑稽と

言わざるを得ない。


小中学生に携帯を持たせるかどうかは、勝れて家庭の考え方

の問題であって、それにより学習時間が減ったとしても、成績が

悪くなったとしても、それは家庭の問題、自己責任の問題に

過ぎない。


学校に持っていく事の是非について言えば、親が心配するのは

登下校時の安全の問題に尽きる。


であれば、登下校時の所持と、校内での不所持を徹底させれば

すむ事である。


学校に下駄箱があるように、携帯電話を収納する、鍵付きの

ロッカーを用意すればいいだけの話であろう。

登校したら、各自、自分の携帯用ローッカーに入れて、鍵をかける。

下校時に取り出して、持って帰る。

ことはそれで済む。親がどうしても子供に連絡する必要があれば

学校を職員室をつうじて連絡する方法で充分である。


親を騙って、子供を呼び出す危険性もなく、むしろ安全度は増す

とかんがえられる。


事業中に携帯を操作することもなく、授業に集中する効果が期待

出来よう。


携帯を入れるための、ちいさな区画のあるローッカーを作るくらい

いとも容易なことであり、金額的にも、大きな出費をともなうものでも

あるまい。


実りの無い議論に無為に時間を費やさず、すぐにでも実行すれば良い。

大木の将に倒れんとするやよく一人の支うるあたわず。

ついに麻生内閣の支持率が危険水域に達した。

むしろ、遅きに失したとも言える。


自民党という巨木も内部が空洞化し、病葉のみしか残っていない

現状では、座して倒壊を待つのみである。


全ての責任は、その人材の枯渇にある。

議員の椅子に執着し、国民の代表として、国家の運営、国民の保護

という役割を放擲する、なさけない選良の存在は、涙なくして見られない。


党利党略とは、言い古された言葉であるが、現状は党利党略以前の、

私利私欲というべき惨状である。


政権末期になると人材が枯渇するといわれるが、人材不足が政権末期

を産むのである。


連立を組む公明党にも、人材は有りや無しや。


次の参議院議員選挙までは、参議院で野党が優位という現実は、

衆議院が解散してもしなくても、事実として存在している。


麻生太郎よ、徳川慶喜になる決意を。

公共事業に新たな視点を

道路族の暗躍により、またしても公共事業の拡大が叫ばれているが、

工業事業の中身を新たな発想で、考え直しても良い時期では無いだろうか。


近年少子化対策が喫緊な問題として認識されているにも拘わらず、有効な

対策がとられているとは言い難い。


少子化対策は妊娠、出産から、育児、教育と長い期間の全ての段階を、

安心して過ごすべく、準備、提供するものでなければ、その効果を発揮できない

こ子とは、論を待たない。


出産一時金をどれだけ充実させても、一方に国民健康保険の保険証を持てない

子供がいるようでは、有効な対策として、安心して子供を育てる事は出来ないの

である。

まして、出産しようにも、産科医不足、産科病棟不足等により安心して妊娠することを

躊躇わせる条件を挙げれば枚挙に暇が無い。小児科医不足も、すぐに思い浮かぶ。


学校の耐震補強も充分行われておらず、不況により退学を余儀なくされる高校生

も多数に登っている。


この際、工業事業を行なうのであれば、全国の学校の耐震補強を一斉に行ない、

産科病棟、小児科病棟の増設、産科、小児科を目指す医学生への奨学金制度

の創設、乳幼児健診機器の導入拡大等の施作を第一に行なうべきではないか。


道路を作る事が、景気に刺激を与える以上に、少子化対策と新たな雇用の創出に

有用だとは言えないであろうか。

金融機能強化法改正案成立へ

地域金融機関等に公的資金を予防的に注入できるようにする改正案が

成立の見通しとか。


しかし、現在緊急に公的資金の注入が必要な金融機関は、少なくとも

報道上は無い。

貸し渋りや貸し剥がしを予防する効果を期待しているようであるが、果たして

その実効性は如何許りであろうか。既に金融機関は貸し出しを抑制しつつある

ことは衆知の事実であるが、自治体等の緊急融資制度が準備され、募集も

されている。


少なくとも破綻のおそれがある地域金融機関は、新銀行東京が再建中なのを

除けば、緊急立法を要するほどとは思えない。


一方、政権維持に固執する麻生内閣が、提出を見送っている第二次補正予算は、

中身の議論が不透明ではあるが、緊急性を有しており、直ちに法案を提出、直ちに

審議すべき段階に来ている。

第一次の補正では、現下の金融危機対策に効果がない事は、既に明白となっており

派遣労働者、内定取消の新卒予定者の状況は、看過できない段階にある。


世界的な金融危機に一国の、国内向けの政策が必ずしも有効とはいえないが、

無為に時を浪費すべき段階ではない。


将棋風にいえば、金融機能強化法と、第二次補正予算は、手順前後の悪手であろう。



それにしても、政策よりも自己の議員の椅子が大事という議員の何と多い事か。


何のために国会議員になったのか、本音を正直に吐露してもらいたいものである。

役割を終えた道路特定財源制度

道路特定財源をめぐる議論がいまだに政治家によって

行なわれている。


道路特定財源は昭和28年に田中角栄を筆頭とする議員

立法により制定され、翌29年から実施され今日に至っている。

  

確かに制定当初は戦後10年を経ておらず、道路整備の必要

があったことは事実であり、特定財源が有用であったことは

事実であろう。

しかし50年以上にわたって特定財源制度が維持された結果、

道路舗装率は97%を超え、道路密度(国土面積当たり道路

延長距離)はフランスの2倍、ドイツの5倍に達し、オランダに

ついで世界第2位である。


これ以上、特別財源制度を維持して道路を建設する必要が

いったいあるのであろうか。一般財源化という以前に制度自体

を廃止すべきときが到来しているのではないか。


確かに今後もどうしても必要な道路はあるかもしれないし、

補修の必要も当然あるであろう。


しかし年間6兆円もの資金が必要とは到底考えられない。

揮発油税、自動車取得税、自動車重量税等の暫定税率

が必要な時代は終焉したのである。


必要な資金は国、あるいは自治体の一般予算から支出すれば

足りる規模であろう。


財源があるから道路をつくる。

これこそが本末転倒の議論でなくて、いったい何であろうか。