仕事や勉強の合間は、相変わらず稽古。4年目となった舞踏は、今年秋、踊り手の1人として、公演に参加することとなった。身体運用の初歩がまだまだで、踊りへの道ははるか彼方だが、とにかく人前に出るというだけで励みにはなる。全体稽古では、立つ、座る、歩く、本当に基本的な所作を徹底的にトレーニングする。日常生活の中で当たり前になっていることが、ここまで奥が深いとは!と、驚きの連続である。例えば、歩むというと、前に進むことばかり考えがちになるが、実は前に進みつつ、後ろからも引っ張られる力が働いていること、天地とのつながりもあることを、身体で認識するのはなかなか大変である。なるほど、これらのことは、観念的にはよく理解されていることかもしれないが、文字通り体感し、認得するには、かなりの時間を要することとなるのだ。剣術でも同じことが言える。頭でわかっていても、身体がいうことを聞かないことに悶えることもある。しかし、まずはそのことを認める。同時にいろいろなことに意識を向けることが最終的には要求されるが、まずは、ゆっくり一つずつあるべき姿に近づけていくことが必要なのだ。ある時は、シナイの手の内の形に集中する。膝の向きに集中、肩や肘の力を抜く。構えの角度や高低、拳の位置、意識を向けるところは山ほどあるが、意識しなくてもにできるようになるまでは、意識してやるしかない。意識と無意識とは、表裏一体だなと思う。まずは、無意識になっているものを意識上に引き出す。あるべき姿を探求し、ふたたび無意識の中に落とし込む。その繰り返しなのだということが、腑に落ちてきた気がする。短くとも、課題を持って、丁寧にとりくむ稽古を自らに課したい。あせる必要などない。まだまだ書きたいが、また改めて。
伊豆の石について書こう、と思った時から、あれこれ雑事に振り回されて、2年あまりがたってしまった。ようやく色々と落ち着いてきた今日この頃、以前書いた、伊豆の鹿島踊りに関する研究ノートのような作品と、取材にからんだエッセイをそれぞれ修正し、合わせて、「伊豆3部作(後日まだ増えるかもしれないが)」と題して、少し大々的に発表しようか、と考えはじめて、あわてて、過去書いた創作ノートを見返しながら、構想を練っている。知識の積み重ねのような内容にはしたくないと考えている。あくまで土地にある具体的なエピソードから立ち上げていくことにこだわるし、現地で取材をした自分の身体感覚を大切にしたいと思っている。伊豆の石、といえば、江戸城の石垣として使われたことが有名である。やはり、この話を入れないわけにはやはりいかないだろう。資料も比較的揃えやすそうであるし。そもそも、石に注目したのも、石を切り出すという重労働に関わる人間の身体について興味があるからである。今のように機械がない時代、当然手作業が多かったはずだが、現代の人間には考えられない身体性が、労働を通じて培われたのではないか。そうなると石切りという仕事について調べなくてはいけない。芸能。「歌わなければやってられない」のか、石切り歌というものが各地にみられるようだが、伊豆ではどうか。そして信仰。伊豆のボク石と呼ばれる火山岩は、東京の亀戸神社や住吉大社に運ばれ、庭石として使われていると聞いている。地域の民衆は、石切り場でとった石を、石屋に売ってお金にして、家計を支えたという話もある。
ま、講釈はこのあたりにして、頑張ってみます。
先週末は、昨年より参加している新陰流月影塾の稽古合宿に参加。合宿先の山梨県北杜市は、自然に囲まれた素晴らしい環境で、稽古とともに、地元でしか味わえない自然料理、温泉、で、やっぱり地酒もほどほどに満喫し、久しぶりに旅気分を味わいました。
稽古では、九箇之太刀(以下九箇)を中心に稽古、日曜日の朝には、燕飛六箇之太刀とともに演武会も行いました。九箇は、天才的な剣術家として知られる柳生兵庫助利厳が改良した「尾張流」を稽古しているようで、新陰流としてはめずらしく自ら仕掛ける勢法でなかなか面白いのですが、とにかく手順が覚えづらく、合宿前まで、何度稽古しても手順を忘れ、師に怒られて、とても演武会どころではない、と思いながら、山梨に向かったのでしたが、稽古してみると、最初はボロボロだったものの、指導を受けていくうちにだんだんと感覚をつかんでいくことができたのが不思議でした。演武会も九箇については、現状としては、いいものができたと思います。一年前、九箇の演武を見たときは、こんなのできるわけないと思っていたので、進歩だと思います。一歩、細かい術理や身のこなしについては、これからといったところです。まだまだ直観に頼るところがあるので、ぼちぼち少しずつ理論も入れていこうかなと。これから様々な実践的な勢法を稽古していくようなので、今までやってきた勢法と比較しながら、研究していきたいと思います。身の内の円相の中で動く、動きの無駄を省いていく。この課題については、意識することとともに、打太刀の太刀勢にびびって、瞬間的に大げさに動いたりすること、など、その他無意識のうちに行われている心の動きに気づいていくことも大切だと思っています。新陰流の勢法をひとつひとつ稽古していくことで、、自然と身のこなしも変わっていきましたが、これからはさらに正確さを求めていくこと、苦しく厳しいこともあるかもしれませんが、じっくりと取り組んでいきたいと思います。
「過去は振り返らない主義」とかいいながら、ばっちり振り返っちまいましたが、剣術、とりわけ新陰流の理念に近づいていきたい。
桜の開花とともに迎えた4月も半ばを過ぎ、そろそろゴールデンウイークのことを考える時期になった。
今年は気分次第だが、どこかに出かけるかもしれない。勉強や武術の稽古、もろもろ研究もやりたいし、文章も書きたいが、しばらく会えていない友達にも会いたい、と思う。今後のことについて、整理もしたい。
相変わらず、貪欲な僕です。何もできなかったということにならないよう、的を絞ることも大切かな。
この春は、塾講師の仕事を本格的に開始、かつてから興味のあった「人に教える」という仕事につくこととなった。ようやく私自身も徐々にではあるが、生活に落ち着きを取り戻し、かつてより動きやすくなっていることを感じている。あくまで徐々にではあるが。10年前の自分だったら、どんどん外に出て、行動していたと思うが、生活圏が都心から離れた郊外で、都心にはめったにでないためか、お金も、日々の楽しみであるお酒ぐらいにしか使わず、量も以前よりだいぶ減ったので、いたって地味な生活である。だれか強引に振り回してくれる人でもいれば、と思ったりもする。たまに、誘ってくれる人がいると本当にうれしくなる。
一方、取り戻した落ち着きに浸りたい自分も、やっぱりいたりする。落ち着きがないと、創作も稽古も、いいものは絶対できない。追い込まれた状況でやるってのも、というか、今まではずっとそうだった気がするが、独特のエネルギーが生まれて、一つの形かもしれないけど、もう今後ははっきりと卒業したいと思う。創作については、思索を続けながら、言葉を生み出しつつ、目に見えるものとして形にしていく作業を続けたい。武術は、最近、型の術理について学び始めた。どうしたら自分の身に入れられるか考え、工夫して、日々トレーニングする。今後のことについて、整理と書いたが、日々の生活を、本当に丁寧に見つめていくことで、今後もおのずと開いてくると思っている。自分らしさというのか、さんざんあがきまくって、神様もかわいそうだと思ったのか、それともご褒美なのか、ようやくつかめつつある。自らつかもうとしたというより、勝手に開いてきた感じで、本当におかげさまだと感謝したい。自分では気づいていないけど、花が咲こうとしているのかな。桜のように華やかじゃないかもしれないけど、自分らしく咲ければなあ、と。やっぱり華やかなのはいいなあ、と、人のことを羨むこともありますが、僕のキャラではないんですかね。
あれ、何を書こうとしたんだっけ。ものすごいとりとめのない文章になってしまった。
そうそう・・・
自分では気づいていないけど、花を咲こうとしている、と書いたが、自分の花を知ることは大事ですね。
教えている仕事をしていて、また武術の先生と話していて思うのですが、例えば、私は勉強は小さいころから得意だったので、今、塾講師という仕事にありつくことができたわけですが、なせ自分は勉強が得意なのか、ということを自分で突き詰めて考え、生徒に伝えていくことが大事なんだなと思います。武術の世界でも、達人必ず名伯楽ならず、といいますか、達人は、日々の鍛錬の中で身につけてきたことを、必ずしも他の人に伝えることができるというわけではないようです。達人にとっては、あまりにも自然なことになりすぎているので、本当は、色々なポイントがあったとしても、あまり本人の中では重要視してなかったりすることがあるのではないでしょうか?武術の先生は、無意識を顕在化するということをよくおっしゃいますが、それとともに、武術については、僕は苦手なことなので、様々な課題を解決するために、トレーニングを工夫して考え、なぜそのトレーニングをやるのか、身体に問いながら丁寧に意識化しながらやっていきたいと思います。ちょっと強引ですが、このことは面白いのでまた書きます。
