本当に久々にブログを書く気になった。振り返ると、2017年の舞踏公演が終わって以来である。舞踏からは離れ、本格的に、新陰流剣術を追究しはじめて、3年の月日が過ぎていった。その間、個人的にもいろいろなことがあったが、昨年は、世の中が大きく変わってしまう姿を目の当たりにし、新時代が開いていくことを実感している。数年前より、よき安息の地を得たことで、剣術をはじめ、文学、演劇、歴史、映画、音楽など、誰に請われるまでもなく、自分なりの探求を生涯続け、そのうちに良き伴侶を得て、たまに、仲間も交えて、旨いものをつまみつつ、酒を嗜み、いつか死を迎えれば良いと思っているし、今でもその思いに変わりはないが、一方で、ささやかではあるけれど、自分が学んできたことを、志ある後進の人たちに伝えることも、また道と思う。新陰流については、まだ道半ばにあるが、必ず会得して、弘流する立場に立ち、よき弟子を得たいという思いはかわらず、私の閉ざされた心を開き、魂を導いてくれた演劇や文学を、多くの悩める魂のために役立て、伝えたいと希求する。芸術は世界を救う。と、ブログのサブタイトルに書いたが、肩肘張らず、ものぐさな気質に鞭打って、毎日更新は難しいかもしれないが、また書いていきたいと思う。

日々の個人稽古について。新陰流を初めて、5年になるが、毎日続いている訓練がある。四股である。なぜ剣術に四股が?と思う人もいるかもしれないが、踊りや武術をやっている人ならわかるかもしれないが、下半身の鍛錬こそが、撓(しない)を扱う際の肝だからである。新陰流では、撓(しない)を振るという言葉を厭う。だからあまり素振りという言葉は使わない。振るという言葉はどうしても腕を使った動きが連想されるからである。上半身を全く使わないわけではないが、振るのではなく、撓を一定の位置に「納め」、足裏から伝える力を、下半身、腰、肩、腕を通じて、撓に伝える。撓に限らないが、刀を扱うための稽古は、自分が刀の媒体となることを、身体に叩き込む稽古である。男性はどうしても上半身に頼るので、下半身がどうしてもおろそかになる。私も時間がかかったが、ようやく下半身を使う意識が身体に備わってきたことを感じる。最近、少し、人に教える機会も増えてきたので、個人稽古中に気づいたことをメモしたり、教えるときに気を付けなくてはいけないことを、ノートにまとめたりという機会が少しは増えてきた。生業である講師の仕事でも何度も経験していることだが、教える相手がいると、格段に向上のスピードがあがる。どうすれば理解してもらえるかを考え、工夫もするし、教えている時に自分が言っていること、教えている人の言葉から、逆に気づかされることもある。もちろん、師匠が何をポイントとして、教えているかも見るようにしている。下半身を鍛えることには苦労したし、今も苦労しているのだが、日々少しずつでもいいので、身体系の訓練を継続することだろう。最初はきついものもあるが、だんだん慣れてきて、慣れてきたら、また少し負荷をかける。すぐに成果がでるわけではなく、悶々とすることもあるが、続けていくことで、気づいたときにあれ、俺の動き変わった?と思える瞬間が、やりがいかもしれない。

先週日曜日、舞踏公演が終わり、明けた今週はずっと仕事でした。公演翌日は、放心状態で、正直仕事にならず、蓄積した疲れからか、体調も崩して、どうなることやら、という感じでしたが、後半巻き返し、ようやくつかの間の休息です。だが、しかし、全く眠れず、ブログを書くことに。。。

公演は、5年ぶりで、仲間とワイワイ、とても楽しく、素晴らしい時間が過ごせました。見に来ていただいた方からも、好意的な感想が多かったようです。やっぱり最上先生はすごいな、と。控えからで、本番は見れなかったのですが、ゲネとは一風かわった、かなり激しい踊りをされたようで、あとで映像見るのが楽しみです。
そして、ゲネ、本番前と、押井守監督とご一緒できた、というのは、今思いかえしても、胸がワクワクするという。ミーハーではないつもりなんですが、人とお話しして、緊張するという経験は、久しぶりで、話されることも面白く、やはり並外れた方だな、と思いました。
自分のパフォーマンスといえるものは何もないのですが、お役をとりあえず無事つとめ、ほっとしてます。一方、公演に向けて、さまざまな面でもっとできたかも、とも思いますが、あまりくよくよ後悔しても仕方がないので、先の課題とします。
公演が終わっても、当然なんですが、目立った変化というのはなく、仕事に追われ、最初はこれまで、公演に向かっていた自分はなんだったんだ、という思いにかられました。やはり見返りを求めていたのかとも思います。人からの評価とか、人生における大きな変化とか。まだまだこれからなんでしょうね。
一方、さまざま、人生を変えたい、という思いはあります。まだまだ自分には可能性があると思っています。自分の可能性をもっと試したい思いです。これまでは、できない理由、自分にとって都合の悪いことばかり、目を向けていたけど、そうじゃなくって、もうそういうことすら、突き抜けたい。すぐには変わらないかもしれないけど、長い目で志を貫き通そうというか。芸事にしても、短い時間でも日々取り組むことなんだなと思います。教える、という仕事についても、今後さらに充実させていきたい。もっとがむしゃらに、欲を大いにもって、自ら運命を切り開こうとすることに意識を向ける。

アドレナリンまわりまくって、テンションあがりすぎた文章になったけど、内省的な文章は今は書きたくない。
さあ、ねようか。
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じゃーん。
すっかり放置状態が続いている当ブログ。文章書くのは好きだけど、持ち前のものぐさが更新することを邪魔している。

久しぶりの更新で、いきなり宣伝になってしまいますが、約5年ぶりに、舞台に立つこととなりました。今回は、なんと舞踏公演です。おそらくほとんどの方が馴染みのない分野だと思います。ひらたくいえば、踊りです。我のことながら、まさか人前で踊る日が来るとは夢にも思わなかったです。この舞踏、数十年前は、大野一雄さん、土方巽さんといった大スターがいて、一世を風靡したこともあったようですが、今は風前の灯火といったところでしょうか。ヨーロッパでは、かなり人気があるそうですが、日本発祥とはいえ、現状かなり厳しいようです。

舞踏に関わったのは、冒頭写真にいらっしゃる、最上和子先生をご当人のブログを通じて、知ったことがきっかけでした。今だから言えるのですが、ブログを知ったのも、ものすごい偶然で、黒川能をインターネットで調べようとしたが、その黒川という名前がど忘れて、出てこず、あ、山形だから、最上か、と、唐突に出てきた言葉と、能で検索したところ、ヒット。演劇をしていたころから、身体については、興味がありましたが、最上先生ほど強靭な思想につらぬかれた文章を見たのは初めてでした。祭りや儀式ということに触れられていたことも親和性を感じた理由の一つです。

2014年からご自宅のある野田市まで、月に2.3回のペースで稽古に通い始めて、早もうすぐ4年に。なんやかんやで、劇団に在籍した期間を超えたんですね。劇団をやめて、3年くらいは、舞台に立ちたい、また演劇の世界に戻りたいという衝動が強く、最近もたまに未練を感じることがあります。今回、人前でやるとなると、やはり、本性なのか、血が騒ぎます。ただ、一方で、これは、剣術の影響が強いのかもしれませんが、とにかく日々の稽古が第一で、人に見せるということは、今の現状を確認する機会に過ぎないという気持もあります。そういう冷めたことを言ってると、誰も来なくなる 笑 かもしれませんが、芸の道は果てしなく険しく、簡単に確かな成果が出るものではないと、骨身にしみ類日々です。なぜ続けるのか。わからなくなる時もあるけど、やはり好きだから、何かが先にあるから、としか言いようがない。

長くなってきましたが、もう一言。舞踏は、身体の演劇です。と、偉そうに語れる立場にありませんが、言いかえれば、身体そのものが時にはストーリーを超えた何かを物語る力があるのだと思います。

さあ、出番です^_^
11月5日、蒲田の工場跡でお待ちしています。

芹沢耕太郎拝
最近、とみに塾講師らしくなってきた。今年の春から、縁あって、サポート校で大学受験の指導を始めた。まわりは優秀な先生ばかりで刺激になる。みんないい人ばかりだし、なにより、相談(という名の愚痴笑)できる相手ができたのが有難いね。昨年までは、ほとんど自分で考えてやってたから、かなりきつかった。今年はある程度の型ができつつあるから、昨年よりは余裕がある。でも、まだ楽はできない。正直なところ、もっと稼ぎたい。スケジュールがいっぱいいっぱいのようにも思えるけど、工夫すればまだ仕事を受けられるはず。もっとも何も考えず、引き受けすぎると、キャパオーバーではまるのは、昨年も経験済みで懲りてる。お金にはならないが、過去問や参考書を研究したり、小ネタを仕入れたり、教え方について学ぶ時間も楽しいし、なにより必要なことだから、よいバランスを考えなくてはならないと思う。
一方、お世話になっている、個別教室の運営にも、成り行き上、携わることになった。昨年から、この仕事を始めて、成績をあげる、志望校合格という目標を達成しようという思いでやってきた。自慢みたいになるが、おおむね僕が担当した生徒は運良く、というか、ほぼ一定の成果が出たと思う。やはり個別教室の意味は、ただ勉強を教えるだけではなく、生徒とコミュニケーションできることにある。特に、受験生は、いろいろと悩みが多い。話を聞いてあげるだけでもいい。常に話し相手であることを意識していた。一方、弊害もある。特に、小学生、中学生だと、先生、生徒という間柄というよりは、友達みたいになってしまい、どうしてもお互いに甘えが出る。一回そうなってしまうと、変えるのは大変難しくなる。今もそういう教え子がいて、どうしようかなと考える。まあ、ある意味は仕方がないことだと割り切っている。話が脱線してしまったが、1年やってきた感想として、成績を上げたい、志望校合格という目標自体、生徒が意識していないケースがあることに驚いている。が、少し考えればわかることだが、当たり前のことなのだ。僕は、たまたま自分が行きたい高校にも大学にも自然と関心が持てた。ラグビーと勉強が両方できる学校ということで、高校を選び、運良く合格。高校では、部活の先輩がいて、受験した学校を聞いたりして、なんとなくここかな、という学校を見つけることができた。昨年も、やりたいことや志望校がはっきりした生徒は、見事に受かっていった。しかし、ほとんどの子供は、自分がどう進むか、ということについては、漠然としているのではないか。それが可能性ということであり、大人の人生とは違った意味での漠然さともいえる。成績を考えなければ、なんでも選べる。極端な話、進学しないという選択肢もあるわけだが、立場上そこは考えないことにしても、このなんでも選べるということは、なかなか難しいのだと思う。好きなことがあって、それができる学校ということで選ぶ生徒もいるが、さらなる進学、就職のことを考えると、本当にそれでいいのか、とか、考えれば考えるほど、ことは複雑になるような気がする。いや、考えるならまだいい。まったく考えないと始末が悪い。いや、もちろん中学生ぐらいだと、難しいのかもしれないし、家庭環境など、さまざまな状況から考えるところまで至らない子もいる。ただ高校生で、それだと始末が悪い。まあかくいう私も、大学で勉強したいこととか、将来何をしたいかなどほとんど考えなかった高校生だったんだけど 笑
塾の運営の上で、生徒の進路の相談に乗るということは外せないと思う。学校の先生がどこまでそのことを考えているかはわからないのだけど、家庭からは、塾にはとにかく結果が求められる。結果を出すためには、カリキュラムはもちろん大切だ。ある程度の目安がなければ、教える側もやりにくいし、家庭も生徒も納得しない。ただ、しかし、これも変更を余儀なくされる不安定なものだ。最初は、使う参考書が決まれば、それでいいと思っていたが、最近そうでもない気がしてならない。かなりできる生徒でも、テストでなんども繰り返してしまう、どうしても直せない癖があったりする。テストのトラップにあえなくはまったりする。トラップについては、本当はそんなものを作る側が良くないと思うんだが、実際あるからしょうがない。ここで、剣術の稽古になぜかつながってくる。剣術では、余計な動きを省略していく。足を下げすぎない。腕をいろいろ動かさない。しかし、相手がいると、相手の早さに思わずつきあってしまったり、余計なことをしてしまったりする。テストは、制限時間があるゆえ、早さが求められると思ってしまう、まさにその思い込みにこそ、魔が潜んでいるのではないか。早さには限界がある。スポーツを見てわかるように、どんなに、スポーツ科学の英知を集めたところで、身体的に恵まれている人を極限まで鍛えても、結果は1秒ないしそれ以下の時間を縮めることしかできない。ならば、いかに余計なことを省略するか、必要最低限のことに止めるかを考えるかである。もう少しテストの例でわかりやすくいえば、英語の長文問題を回答する上で、内容を深く理解する必要があるかないかの見極めかもしれない。
さすがに過去問をある程度研究すればわかることだが、問題ごとに効率的に問題を解くためのポイントがある。ところが内容にのめり込みすぎて、時間をロスすることが往々にしてある。わからない文章が出てくると、どうしても読みきらないといけない気がしてくる。自分自身で解いてみるとそれがわかる。ああ、あの生徒ならこういうところで引っかかるかもな。とか。かなり付き合いが長くならないとそこまでわかるのは難しいけど。
また脱線したが、結局は、本番でできるかどうかが全てだと思うので、教える中では、合格点に達するためのことをしていけばいいのだ。いいところを伸ばす、もちろん大事だが、アラ探しの要素もある気がする。まあアラと考えず、いいところを伸ばすために必要なことということにしましょう。
いずれにせよ、試験は生徒がやること。こちらは、小賢しくいろいろ考えるけど、生徒にやる気がなければ、ダメだし、あっても、なかなかうまくいかないこともある。二言目には、生徒にやる気を出させることが大事と口を並べていうが、それがどれだけ難しいことか。これまでも、今思えば何度とムダと思えることをやってきたことか。教える側も、必要最低限が何なのかを考えなくてはいけないのか。そこまでいくと人間技ではないが、とにかく生徒の将来についてみんなで知恵を絞っていく環境を作れればいいなと思う。
これだけのことを言うのに、ものすごい字数を費やす。たまにはいいか。
3月。高校入試、大学入試が終わり、受験生の教え子たちも、ほぼ全員、進路も決まり、一安心である。教え子からは、お礼の手紙をいただいたり、今後もつながりたいと、連絡先を聞かれたりと、なんだかとても感謝された。私のような人間が人を教えるなどおこがましい、と考えて落ち込んだり、授業がうまくいかない気がして悩んだり、今でも感謝されるべき何ができたか、と自問自答することもあるが、ともあれ、教えるという仕事は本当に素晴らしいと心から思うし、自信もついた。むろん満足などあり得ないし、こうしておけば、という反省もある。4月からまた1年。担当する生徒も増え、受験生の教え子は今年度の倍以上になる見込み。新しい挑戦が始まる。担当の生徒だけでなく、より多くの生徒と共に歩む。担当できる科目、分野を増やす。現在は、古文と英作文に取り組んでいる。学生時代、苦手だった理科も、最近は生徒から要望があれば、臆せず授業している。苦手というのは思い込みであることもあり、大人となった今、学び直すと意外と理解できることがわかった。今までの学習経験は無駄ではないということだろう。おそらく今までで最も勉強してきた英語も、日本語との違いを踏まえて、論理的に探求できるようになってきた。勉強は大変かもしれないが、理解が進めば、間違いなく楽しい。それを子供たちに伝えたいと思う。



仕事や勉強の合間は、相変わらず稽古。4年目となった舞踏は、今年秋、踊り手の1人として、公演に参加することとなった。身体運用の初歩がまだまだで、踊りへの道ははるか彼方だが、とにかく人前に出るというだけで励みにはなる。全体稽古では、立つ、座る、歩く、本当に基本的な所作を徹底的にトレーニングする。日常生活の中で当たり前になっていることが、ここまで奥が深いとは!と、驚きの連続である。例えば、歩むというと、前に進むことばかり考えがちになるが、実は前に進みつつ、後ろからも引っ張られる力が働いていること、天地とのつながりもあることを、身体で認識するのはなかなか大変である。なるほど、これらのことは、観念的にはよく理解されていることかもしれないが、文字通り体感し、認得するには、かなりの時間を要することとなるのだ。剣術でも同じことが言える。頭でわかっていても、身体がいうことを聞かないことに悶えることもある。しかし、まずはそのことを認める。同時にいろいろなことに意識を向けることが最終的には要求されるが、まずは、ゆっくり一つずつあるべき姿に近づけていくことが必要なのだ。ある時は、シナイの手の内の形に集中する。膝の向きに集中、肩や肘の力を抜く。構えの角度や高低、拳の位置、意識を向けるところは山ほどあるが、意識しなくてもにできるようになるまでは、意識してやるしかない。意識と無意識とは、表裏一体だなと思う。まずは、無意識になっているものを意識上に引き出す。あるべき姿を探求し、ふたたび無意識の中に落とし込む。その繰り返しなのだということが、腑に落ちてきた気がする。短くとも、課題を持って、丁寧にとりくむ稽古を自らに課したい。あせる必要などない。まだまだ書きたいが、また改めて。
昨日の舞踏の稽古の前。突然、思いついた言葉を10個書いてみなさい、と先生に言われた。その言葉の中には、普段頭の中で考えている言葉が出てくるのだという。言われてみれば、確かに思い当たるフレーズが出てきた。女。毎日、間違いなく考えているなあ笑。そして、女というと、人には決して見せたくない、それこそ墓場まで持ち帰りたい思いがいくつかある。まあ、それは置いておくとして、ここ数年、自分のことを深掘りすることはそれほどしてこなかったように思う。それでも普通の人に比べれば、おそらくしてるのかもしれないけど、劇団に所属した前後、半ば気が狂うくらいやって、しんどい思いもしたので、無意識に避けてきたのかもしれない。楽しければいいのではないか、と、少しおちゃらけた道化を気取り、仮面を被り続けてきた。しかし、なによりも今言えるのは、そういった姿勢を守り続けたのは、自分と向き合うことが怖かったからだということが最近よくわかった。そりゃもう本当に大変なことだ。見たくないことも見なくちゃいけないし、辛くなって逃げたくなることもある。日常が忙しいから、今は舞台とかたってないし、と言って逃げていても、生きるだけならなんとかはなる。自分が何者なのか?未だによくわからない。芸術というものに自分なりにこだわりはあるつもりだが、将来のことはよくわからないと。普通の人生、幸せというものも大切だと、正直思う。だから、留保し続けてきている。
しかし、思い出してみれば、演劇に出会った頃は、自分と向き合うことを本当に楽しんでやっていた。向き合い続けることで自分が変わり、よくなるという確信があったからだ。今は、どうだろう。立場は変わった。人目に触れることは、残念ながら少ないが、芸について様々学び、褒めてくれる人も最近多いし、自分でもある程度はできると思える部分もある。舞踏に出会って、自分と向き合うといっても色々なやり方があることも知った。芸と自分の実人生とはエチカとして切り離さなくてはいけないと思ってきたし、実人生に冷静にフォーカスすることは、時間も体力も使うので、おろそかになったのだろう。自分がなぜ踊るのか?自分の踊りとは何か?と深く向き合わずには自分の踊りは出来ない、と、先生は言う。演劇のように役を通すことも出来ないとするなら大変な作業だ。しかし、演劇を始めた頃の甘酸っぱい、懐かしい感じも思い出す。そもそも、自分の意識の可能性を広げていくことが好きで、この世界に足を突っ込んだのだ。きつい時もあるかもしれないけど、精一杯考えていけば、自分というものが広がって、密度が高まって、きっと楽しいよ。と、自分に言い聞かす。先生が言葉を書かせたのもそんな意図があるはずだ。
ひとつ今までにない言葉がひとつ。
きらめき。書いて、と言われた瞬間、ぱっと頭に浮かんだ言葉だった。なんだろうね。と思ってたら、きらめき写真が撮れた^_^
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今月は完全に仕事モードで、ほとんど毎日朝から晩まで、塾におりました。と、振り返るにはまだ早いのですが、夏期講習もあと3日。なんとか有終の美を飾りたいところです。時間が限られていた中でしたが、舞踏も剣術もいい稽古ができたな、と思います。自分でいうのもなんですが、はっきりいって、完全に身体が変わってきました。とはいっても、別にマッチョになったわけではなく、相変わらず細い身体ですが、密度が増した、という感覚です。先日、知り合いの方に以前より身体が大きく見える、と言われてうれしかったのですが、本当に両師匠には、心より感謝です。

忙しくても、相変わらず酒もかかせません。はっきりいって、私は、別に取り立てて強くはないですが、大酒飲みです。が、最近、同じぐらい飲む大酒飲みと飲む機会になかなか恵まれません。あ、10日ほど前に飲んだか笑。こう忙しいと、1人で飲む機会が多くなります。独り酒。決して嫌いじゃないんですが、あんまりやりすぎると、人との憩いの楽しさから遠ざかりますね。ただでさえ、孤独になることやってるので、酒を飲むことも、人とつながる機会だ、ということに意識を向けたいですね。剣術の師とはよく飲みに行くのですが、あまりお酒はたしなまれず、いろいろと貴重なお話をしてくださります。私は、一杯飲むと、水のようにいっぱい飲みたくなり、すごいなあ、と思うやら、恐縮やら、なのですが、酒場でのお話も、一つの稽古だな、と思ったりします。剣術は、酒場でも、師弟関係が続くのです。舞踏や、かつて劇団でもそんなところがありますね。そういえば、久しぶりに女性の酒豪と飲んでみたいですね。まあ舞踏の師がそうですが、それ以外の方で笑。ひとり舞踏の仲間で、すごいのがいましたが、海外行っちゃいましたしねえ。下心極小で、たまに酒場を共にする女友達が欲しいですね。熱くいろいろ語ってみたい。 そして、酔った女性はなんともいえない色気がありますねえ。下心丸出しになってしまいましたが、叶うかな?

9月以降はどうなるんですかねえ。塾の仕事を始めてからどんどん流れがよくなっているように感じ、自由な時間も増え、また新たな展開もあるように思います。同時によくよく自重して、さまざまな方々への感謝を持って日々生活したい。自分が恵まれているのは、先祖や両親はじめ、縁のある数々の人に支えられて、はじめて成り立っていること。忙しいから、人になかなか会えないからといって、礼を欠きすぎてはならないなあ、と反省した。そういう意味では、生保で働いていた時の方が、形だけかもしれないが、しっかりやっていた。あのときのことも思い出しつつ、新しい月を楽しみに迎えようと思う。
春から夏へ。暑い、蒸す、と感じることの多い、この時期ですが、だからこそ、涼しげな感じ、たとえば、窓から爽やかな風が肌を撫でたりすると、なんだかとてもありがたく、かけがえのないことのように思えてなりませんね。不快さにばかり、目を向けていると、気がつくことのできない喜びがある気がします。本来、喜びに目を向けてただただ楽しんで生きていけばいいだけなのに、わざわざ自ら苦しいことを選んで、悲しんだり、怒ったり。なんだかさわがしい。
私というと、最近なんだかとても機嫌がいいです。学校は、夏休みに入り、生徒たちが毎日大勢塾を訪れます。私も朝から、自習する生徒と接し、夜まで授業をし、なかなか忙しい日々です。みんな成績がよく、順調なわけではありません。むしろ苦労している子が多い。勉強しない子もいる。どうしたら、この子たちの成績が伸びるのか?勉強するのか?と考えるのが、私の仕事なのかもしれませんが、それだけではありませんね。子供がよりいい方向に進めるように一緒に歩いていきたい。その中に学習することがあれば、いいと思う。学ぶことは、どんな生き方をしても、一生ですからね。成績よりもこのことが腹に落ちる方がよっぽど重要だと、本当は思うのだけれど。
先月から、死刑囚に関する本を読んでます。哀しむべき事件が世界中で頻発していますね。私たちは、それをテレビや新聞など、メディアを通じて目にした時、犯罪を起こした人物は、残忍で、またある種、異常であるとみなすことになります。もちろん犯罪を肯定することなど決してできないのですが、犯罪や間違いを犯すのも、また人間の姿である、ということです。文学の中でも、犯罪を犯す人間がたびたび出てくるのはなぜでしょう?そこには、人間の永遠の課題が隠されているからです。自分のにある、悪とどう向き合うのか、ということです。異常で片付けられるものではないのです。私たちの中にも確実にあるのですから。
さて、私が最近機嫌のいいのは、ある死刑囚の小説の中で、本当に素敵な死刑囚と出会ったからかもしれません。男性の死刑囚ですが、なんだか恋をしてしまったような感覚です。死刑囚に恋をするなんていけないことのように思いますか?確かに死刑囚となると、人を殺めたり、挙げ句の果てにものを盗み取る、強姦する、といった罪を重ねた人がほとんどです。また、房内でも、繰り返し、暴力を振るったり、異常と思える言動をする人がいるようです。しかし、その異常さに至った理由を探るには、死刑囚の犯罪に至るまでの生涯、また、死刑囚を収容する拘置所の環境にも目を向けなくてはなりません。僕が素敵だと思った死刑囚は、死の恐怖と戦いながら、死の瞬間まで、人間であり続けようとしたように思います。またこのことについては、日を改めて、書き綴れればと思います。

伊豆の石について書こう、と思った時から、あれこれ雑事に振り回されて、2年あまりがたってしまった。ようやく色々と落ち着いてきた今日この頃、以前書いた、伊豆の鹿島踊りに関する研究ノートのような作品と、取材にからんだエッセイをそれぞれ修正し、合わせて、「伊豆3部作(後日まだ増えるかもしれないが)」と題して、少し大々的に発表しようか、と考えはじめて、あわてて、過去書いた創作ノートを見返しながら、構想を練っている。知識の積み重ねのような内容にはしたくないと考えている。あくまで土地にある具体的なエピソードから立ち上げていくことにこだわるし、現地で取材をした自分の身体感覚を大切にしたいと思っている。伊豆の石、といえば、江戸城の石垣として使われたことが有名である。やはり、この話を入れないわけにはやはりいかないだろう。資料も比較的揃えやすそうであるし。そもそも、石に注目したのも、石を切り出すという重労働に関わる人間の身体について興味があるからである。今のように機械がない時代、当然手作業が多かったはずだが、現代の人間には考えられない身体性が、労働を通じて培われたのではないか。そうなると石切りという仕事について調べなくてはいけない。芸能。「歌わなければやってられない」のか、石切り歌というものが各地にみられるようだが、伊豆ではどうか。そして信仰。伊豆のボク石と呼ばれる火山岩は、東京の亀戸神社や住吉大社に運ばれ、庭石として使われていると聞いている。地域の民衆は、石切り場でとった石を、石屋に売ってお金にして、家計を支えたという話もある。

ま、講釈はこのあたりにして、頑張ってみます。

先週末は、昨年より参加している新陰流月影塾の稽古合宿に参加。合宿先の山梨県北杜市は、自然に囲まれた素晴らしい環境で、稽古とともに、地元でしか味わえない自然料理、温泉、で、やっぱり地酒もほどほどに満喫し、久しぶりに旅気分を味わいました。

稽古では、九箇之太刀(以下九箇)を中心に稽古、日曜日の朝には、燕飛六箇之太刀とともに演武会も行いました。九箇は、天才的な剣術家として知られる柳生兵庫助利厳が改良した「尾張流」を稽古しているようで、新陰流としてはめずらしく自ら仕掛ける勢法でなかなか面白いのですが、とにかく手順が覚えづらく、合宿前まで、何度稽古しても手順を忘れ、師に怒られて、とても演武会どころではない、と思いながら、山梨に向かったのでしたが、稽古してみると、最初はボロボロだったものの、指導を受けていくうちにだんだんと感覚をつかんでいくことができたのが不思議でした。演武会も九箇については、現状としては、いいものができたと思います。一年前、九箇の演武を見たときは、こんなのできるわけないと思っていたので、進歩だと思います。一歩、細かい術理や身のこなしについては、これからといったところです。まだまだ直観に頼るところがあるので、ぼちぼち少しずつ理論も入れていこうかなと。これから様々な実践的な勢法を稽古していくようなので、今までやってきた勢法と比較しながら、研究していきたいと思います。身の内の円相の中で動く、動きの無駄を省いていく。この課題については、意識することとともに、打太刀の太刀勢にびびって、瞬間的に大げさに動いたりすること、など、その他無意識のうちに行われている心の動きに気づいていくことも大切だと思っています。新陰流の勢法をひとつひとつ稽古していくことで、、自然と身のこなしも変わっていきましたが、これからはさらに正確さを求めていくこと、苦しく厳しいこともあるかもしれませんが、じっくりと取り組んでいきたいと思います。

「過去は振り返らない主義」とかいいながら、ばっちり振り返っちまいましたが、剣術、とりわけ新陰流の理念に近づいていきたい。