今月は完全に仕事モードで、ほとんど毎日朝から晩まで、塾におりました。と、振り返るにはまだ早いのですが、夏期講習もあと3日。なんとか有終の美を飾りたいところです。時間が限られていた中でしたが、舞踏も剣術もいい稽古ができたな、と思います。自分でいうのもなんですが、はっきりいって、完全に身体が変わってきました。とはいっても、別にマッチョになったわけではなく、相変わらず細い身体ですが、密度が増した、という感覚です。先日、知り合いの方に以前より身体が大きく見える、と言われてうれしかったのですが、本当に両師匠には、心より感謝です。

忙しくても、相変わらず酒もかかせません。はっきりいって、私は、別に取り立てて強くはないですが、大酒飲みです。が、最近、同じぐらい飲む大酒飲みと飲む機会になかなか恵まれません。あ、10日ほど前に飲んだか笑。こう忙しいと、1人で飲む機会が多くなります。独り酒。決して嫌いじゃないんですが、あんまりやりすぎると、人との憩いの楽しさから遠ざかりますね。ただでさえ、孤独になることやってるので、酒を飲むことも、人とつながる機会だ、ということに意識を向けたいですね。剣術の師とはよく飲みに行くのですが、あまりお酒はたしなまれず、いろいろと貴重なお話をしてくださります。私は、一杯飲むと、水のようにいっぱい飲みたくなり、すごいなあ、と思うやら、恐縮やら、なのですが、酒場でのお話も、一つの稽古だな、と思ったりします。剣術は、酒場でも、師弟関係が続くのです。舞踏や、かつて劇団でもそんなところがありますね。そういえば、久しぶりに女性の酒豪と飲んでみたいですね。まあ舞踏の師がそうですが、それ以外の方で笑。ひとり舞踏の仲間で、すごいのがいましたが、海外行っちゃいましたしねえ。下心極小で、たまに酒場を共にする女友達が欲しいですね。熱くいろいろ語ってみたい。 そして、酔った女性はなんともいえない色気がありますねえ。下心丸出しになってしまいましたが、叶うかな?

9月以降はどうなるんですかねえ。塾の仕事を始めてからどんどん流れがよくなっているように感じ、自由な時間も増え、また新たな展開もあるように思います。同時によくよく自重して、さまざまな方々への感謝を持って日々生活したい。自分が恵まれているのは、先祖や両親はじめ、縁のある数々の人に支えられて、はじめて成り立っていること。忙しいから、人になかなか会えないからといって、礼を欠きすぎてはならないなあ、と反省した。そういう意味では、生保で働いていた時の方が、形だけかもしれないが、しっかりやっていた。あのときのことも思い出しつつ、新しい月を楽しみに迎えようと思う。
春から夏へ。暑い、蒸す、と感じることの多い、この時期ですが、だからこそ、涼しげな感じ、たとえば、窓から爽やかな風が肌を撫でたりすると、なんだかとてもありがたく、かけがえのないことのように思えてなりませんね。不快さにばかり、目を向けていると、気がつくことのできない喜びがある気がします。本来、喜びに目を向けてただただ楽しんで生きていけばいいだけなのに、わざわざ自ら苦しいことを選んで、悲しんだり、怒ったり。なんだかさわがしい。
私というと、最近なんだかとても機嫌がいいです。学校は、夏休みに入り、生徒たちが毎日大勢塾を訪れます。私も朝から、自習する生徒と接し、夜まで授業をし、なかなか忙しい日々です。みんな成績がよく、順調なわけではありません。むしろ苦労している子が多い。勉強しない子もいる。どうしたら、この子たちの成績が伸びるのか?勉強するのか?と考えるのが、私の仕事なのかもしれませんが、それだけではありませんね。子供がよりいい方向に進めるように一緒に歩いていきたい。その中に学習することがあれば、いいと思う。学ぶことは、どんな生き方をしても、一生ですからね。成績よりもこのことが腹に落ちる方がよっぽど重要だと、本当は思うのだけれど。
先月から、死刑囚に関する本を読んでます。哀しむべき事件が世界中で頻発していますね。私たちは、それをテレビや新聞など、メディアを通じて目にした時、犯罪を起こした人物は、残忍で、またある種、異常であるとみなすことになります。もちろん犯罪を肯定することなど決してできないのですが、犯罪や間違いを犯すのも、また人間の姿である、ということです。文学の中でも、犯罪を犯す人間がたびたび出てくるのはなぜでしょう?そこには、人間の永遠の課題が隠されているからです。自分のにある、悪とどう向き合うのか、ということです。異常で片付けられるものではないのです。私たちの中にも確実にあるのですから。
さて、私が最近機嫌のいいのは、ある死刑囚の小説の中で、本当に素敵な死刑囚と出会ったからかもしれません。男性の死刑囚ですが、なんだか恋をしてしまったような感覚です。死刑囚に恋をするなんていけないことのように思いますか?確かに死刑囚となると、人を殺めたり、挙げ句の果てにものを盗み取る、強姦する、といった罪を重ねた人がほとんどです。また、房内でも、繰り返し、暴力を振るったり、異常と思える言動をする人がいるようです。しかし、その異常さに至った理由を探るには、死刑囚の犯罪に至るまでの生涯、また、死刑囚を収容する拘置所の環境にも目を向けなくてはなりません。僕が素敵だと思った死刑囚は、死の恐怖と戦いながら、死の瞬間まで、人間であり続けようとしたように思います。またこのことについては、日を改めて、書き綴れればと思います。

伊豆の石について書こう、と思った時から、あれこれ雑事に振り回されて、2年あまりがたってしまった。ようやく色々と落ち着いてきた今日この頃、以前書いた、伊豆の鹿島踊りに関する研究ノートのような作品と、取材にからんだエッセイをそれぞれ修正し、合わせて、「伊豆3部作(後日まだ増えるかもしれないが)」と題して、少し大々的に発表しようか、と考えはじめて、あわてて、過去書いた創作ノートを見返しながら、構想を練っている。知識の積み重ねのような内容にはしたくないと考えている。あくまで土地にある具体的なエピソードから立ち上げていくことにこだわるし、現地で取材をした自分の身体感覚を大切にしたいと思っている。伊豆の石、といえば、江戸城の石垣として使われたことが有名である。やはり、この話を入れないわけにはやはりいかないだろう。資料も比較的揃えやすそうであるし。そもそも、石に注目したのも、石を切り出すという重労働に関わる人間の身体について興味があるからである。今のように機械がない時代、当然手作業が多かったはずだが、現代の人間には考えられない身体性が、労働を通じて培われたのではないか。そうなると石切りという仕事について調べなくてはいけない。芸能。「歌わなければやってられない」のか、石切り歌というものが各地にみられるようだが、伊豆ではどうか。そして信仰。伊豆のボク石と呼ばれる火山岩は、東京の亀戸神社や住吉大社に運ばれ、庭石として使われていると聞いている。地域の民衆は、石切り場でとった石を、石屋に売ってお金にして、家計を支えたという話もある。

ま、講釈はこのあたりにして、頑張ってみます。

先週末は、昨年より参加している新陰流月影塾の稽古合宿に参加。合宿先の山梨県北杜市は、自然に囲まれた素晴らしい環境で、稽古とともに、地元でしか味わえない自然料理、温泉、で、やっぱり地酒もほどほどに満喫し、久しぶりに旅気分を味わいました。

稽古では、九箇之太刀(以下九箇)を中心に稽古、日曜日の朝には、燕飛六箇之太刀とともに演武会も行いました。九箇は、天才的な剣術家として知られる柳生兵庫助利厳が改良した「尾張流」を稽古しているようで、新陰流としてはめずらしく自ら仕掛ける勢法でなかなか面白いのですが、とにかく手順が覚えづらく、合宿前まで、何度稽古しても手順を忘れ、師に怒られて、とても演武会どころではない、と思いながら、山梨に向かったのでしたが、稽古してみると、最初はボロボロだったものの、指導を受けていくうちにだんだんと感覚をつかんでいくことができたのが不思議でした。演武会も九箇については、現状としては、いいものができたと思います。一年前、九箇の演武を見たときは、こんなのできるわけないと思っていたので、進歩だと思います。一歩、細かい術理や身のこなしについては、これからといったところです。まだまだ直観に頼るところがあるので、ぼちぼち少しずつ理論も入れていこうかなと。これから様々な実践的な勢法を稽古していくようなので、今までやってきた勢法と比較しながら、研究していきたいと思います。身の内の円相の中で動く、動きの無駄を省いていく。この課題については、意識することとともに、打太刀の太刀勢にびびって、瞬間的に大げさに動いたりすること、など、その他無意識のうちに行われている心の動きに気づいていくことも大切だと思っています。新陰流の勢法をひとつひとつ稽古していくことで、、自然と身のこなしも変わっていきましたが、これからはさらに正確さを求めていくこと、苦しく厳しいこともあるかもしれませんが、じっくりと取り組んでいきたいと思います。

「過去は振り返らない主義」とかいいながら、ばっちり振り返っちまいましたが、剣術、とりわけ新陰流の理念に近づいていきたい。


桜の開花とともに迎えた4月も半ばを過ぎ、そろそろゴールデンウイークのことを考える時期になった。

今年は気分次第だが、どこかに出かけるかもしれない。勉強や武術の稽古、もろもろ研究もやりたいし、文章も書きたいが、しばらく会えていない友達にも会いたい、と思う。今後のことについて、整理もしたい。

相変わらず、貪欲な僕です。何もできなかったということにならないよう、的を絞ることも大切かな。


この春は、塾講師の仕事を本格的に開始、かつてから興味のあった「人に教える」という仕事につくこととなった。ようやく私自身も徐々にではあるが、生活に落ち着きを取り戻し、かつてより動きやすくなっていることを感じている。あくまで徐々にではあるが。10年前の自分だったら、どんどん外に出て、行動していたと思うが、生活圏が都心から離れた郊外で、都心にはめったにでないためか、お金も、日々の楽しみであるお酒ぐらいにしか使わず、量も以前よりだいぶ減ったので、いたって地味な生活である。だれか強引に振り回してくれる人でもいれば、と思ったりもする。たまに、誘ってくれる人がいると本当にうれしくなる。


一方、取り戻した落ち着きに浸りたい自分も、やっぱりいたりする。落ち着きがないと、創作も稽古も、いいものは絶対できない。追い込まれた状況でやるってのも、というか、今まではずっとそうだった気がするが、独特のエネルギーが生まれて、一つの形かもしれないけど、もう今後ははっきりと卒業したいと思う。創作については、思索を続けながら、言葉を生み出しつつ、目に見えるものとして形にしていく作業を続けたい。武術は、最近、型の術理について学び始めた。どうしたら自分の身に入れられるか考え、工夫して、日々トレーニングする。今後のことについて、整理と書いたが、日々の生活を、本当に丁寧に見つめていくことで、今後もおのずと開いてくると思っている。自分らしさというのか、さんざんあがきまくって、神様もかわいそうだと思ったのか、それともご褒美なのか、ようやくつかめつつある。自らつかもうとしたというより、勝手に開いてきた感じで、本当におかげさまだと感謝したい。自分では気づいていないけど、花が咲こうとしているのかな。桜のように華やかじゃないかもしれないけど、自分らしく咲ければなあ、と。やっぱり華やかなのはいいなあ、と、人のことを羨むこともありますが、僕のキャラではないんですかね。


あれ、何を書こうとしたんだっけ。ものすごいとりとめのない文章になってしまった。

そうそう・・・

自分では気づいていないけど、花を咲こうとしている、と書いたが、自分の花を知ることは大事ですね。

教えている仕事をしていて、また武術の先生と話していて思うのですが、例えば、私は勉強は小さいころから得意だったので、今、塾講師という仕事にありつくことができたわけですが、なせ自分は勉強が得意なのか、ということを自分で突き詰めて考え、生徒に伝えていくことが大事なんだなと思います。武術の世界でも、達人必ず名伯楽ならず、といいますか、達人は、日々の鍛錬の中で身につけてきたことを、必ずしも他の人に伝えることができるというわけではないようです。達人にとっては、あまりにも自然なことになりすぎているので、本当は、色々なポイントがあったとしても、あまり本人の中では重要視してなかったりすることがあるのではないでしょうか?武術の先生は、無意識を顕在化するということをよくおっしゃいますが、それとともに、武術については、僕は苦手なことなので、様々な課題を解決するために、トレーニングを工夫して考え、なぜそのトレーニングをやるのか、身体に問いながら丁寧に意識化しながらやっていきたいと思います。ちょっと強引ですが、このことは面白いのでまた書きます。

ブログを再開してみました。今まで通り、稽古や日常もろもろ書いていきます。いきなりですが、のんびりすることに罪悪感を覚えること、ありませんか?ゆっくりはダメ!なんでもかんでも期限。とにかく早く早く、と。そういう時代なんですかね。仕事などで、あんまりせかせかすると、正直、生きづらさを感じること、ありました。ただ、生活する上ではそうも言ってられず、最近は世の中のペースにだいぶ慣れてきましたが、慣れるってのもホントはどうかしてるんでしょうがね。そういう意味で、2年ほど前から、月1~2回取り組む、舞踏家の最上和子先生との稽古は、のんびりじっくり取り組むことが許されて、貴重な場だな、と、しみじみ感じてしまうのです。お人柄も本当に素晴らしい方ですし、稽古場が千葉県の野田市というなーんもないところ(失礼^_^)もまたほのぼのとしていて、よいのです。昨日の稽古は、ひとりでした。実は前々から、最上先生と一対一で稽古したいと思っていた(最上先生もそうだったようで)のですが、最近は稽古場を訪れる人の数も増え、なかなか叶わず、ようやく念願が結ばれました~。姿勢の作り方、軸の作り方などについて、かなり細かい指導をいただき、贅沢な稽古でした。身体は劇団の時からいろいろ取り組んではいるのですが、故障があったりで、未だに硬いところが多く、嫌になることもあるのですが、最上先生はその硬い、動かないという状態から始めていくことを考えてらっしゃるようです。人間の性格もいろいろな部分があるのと一緒で、いい部分だけじゃなく、嫌な部分もありますが、どんな自分も受け入れ、そこからスタートするということ。演劇の役作りでも、そのことを大切にしていたなあ。と。
床に10分以上寝そべる床稽古も、最初稽古始めたころは、正直何やってるんだろ、ってかんじで(すみません)、演劇の時習った調律というテクニックの延長でやってましたが、昨日は、モゾモゾと足掻いたり、ねがえり打ったりしてると身体のいろいろな部分が動いて、面白かったです。だいぶ繊細に動くことを楽しめるようになったなあ。昨日は寝そべる、立つ、歩くという動作をゆっく~り50分ほど稽古しました。舞踏なので、踊る稽古は?と思う方も多いかも知れませんが、実はこういう日常動作の地味な稽古(これまたすみません)が多いです。昨日も、床稽古以外ではバケツの水にゆっく~り手を入れる、バケツをゆっくり持ち上げるとか、空手家との師弟関係を描いたベストキッドの世界。表現する人なら誰でも派手なことをしたい、自分もやっぱり演劇ならエチュード稽古とか好きでしたが、最上先生のところに通い始めて、こういう基本的な稽古の大切さがだんだん身に染みてきたようです。昨年から武術も並行してやってることで、まだおぼろげながら、身体というものがあることは、劇団にいた時よりも明確に掴んできたようにも思います。ここまで来るのに少し時間はかかりましたが。
ここ数年、別に誰かに言う必要も義務もないと思ってきました(別に聞きたい人もいないとへそ曲げてた)が、今後、自分の表現の道をどうするか、ということを昨日最上先生と話したこともあり、少しその辺りを書きたいと思う。結論から言えばやる、ということになる。先生もいう通り、一度この道を歩きだしたら、絶対にやめられないんだと思う。公演もそのうちやるのだと思う。たぶん友人とモノ好きしか来ないだろうけど。昔ほど公演にこだわりはなくなったけど、表現者として認知される場として、やはり大事だと思う。では、今後は舞踏家になるのか?武術家になるのか?せっかく始めたことなので、おろそかにせず、両方ともまだまだ続けることになる。演劇をベースとして、舞踏や武術のエッセンスを加えた舞台が創作できればと考えている。以前演じた白痴のムイシュキンでも今思うと、舞踏っぽいシーンがいくつかあった。昨日、最上先生と話したアンジェイワイダの「ナスターシャ」、ニーチェのいう強度、ある文学作品のワンシーンのエッセンスを強め、煮詰めて、形にするという方向性がいいヒントになりそうだ。こんなこと、自分一人じゃキツイので、当然誰かの手を借りなくちゃいけないが、今の所あまりアテがないので、それまでは、白痴の再読、下手なシナリオでも書いていようか、と思う。まあごく一部の方、どうかお楽しみに。武術も演劇と密接な関わりがあると思っている。どこが?と言われるとまだうまく表せるか不安だが、きりあいという中に様々なドラマがあることだ。ただ切ればいい、強ければいいとか、単純なものではない。人の感情や欲というものが密接に働いているのだ。特に今取り組んでいる新陰流は、その中できらない、という理念に達したことが興味深い。その理念に反すれば、決してうまくいかない。忠実に新陰流の世界に入り、役を演じるのだ。流派の文献や絵目録を通じて交流するというのも、シャーマスティックだ。伝えるとは何か。教えるとは。師弟関係とは。こういったことももっと見えてくるであろう。これ以上書くと、面白くないからこの辺りにするか。新陰流については、またこのブログで触れたいと思う。長くなったが、一番大切なことは、芸能、芸術、また身体というものをどのように社会の中で有機化していくか?ということに一番こだわっている。最上先生に言わせると、一つの文化活動である。やっぱりどこにいっても、表現者には風当たりは強い。一言で言ってしまえば、あってもなくてもどっちでもいい。日陰者。そういう宿命なのか、とも思うけど、表現するってことは、きっと誰かの、何かの役に立つとは、僕は思うんだけどね。
先日、誤って、街中で転び、右膝を強打、全治4週間の怪我。一緒にいた方には大変ご迷惑をおかけいたしました。大変反省しております。この場を借りて、再度お詫びいたします。
で、舞踏や剣術の稽古はしばらく休むことになるなあ、と、実はなぜか少しだけほっとしていた私。だったが、先週末、剣術の師匠に怪我したことを報告すると、片足稽古法というのがある、ということで、しぶしぶ笑、習ってきました。やっぱりサボれないのね。体軸の強化につながるそうな。合わせて、戴氏心意拳という中国武術の訓練法が書かれた雑誌のコピーを渡されまして、、、丹田功、虎歩、五行拳、、、あの~難しそうですが、これもやるんですかね、と聞きたくなる。。。
泣き言かましてきましたが、半分は冗談ですので。中国武術はじっくり取り組みたいと思っています。舞踏の稽古にも取り入れられそうなものもたくさんある。さすが、中国四千年。怖いくらい凄まじいです。身体と向き合っている時間は面白いし、少しでもわかってくる、ある動きを体得できるようになると、単純に嬉しい。
怪我してると、階段の上り下りなど、何かと不便なのですが、こういう時こそ、身体が動くということの有り難みを深く感じますね。
昨年の6月頃、伊豆伊東市、富戸の鹿島踊りの文章を一通り書きまとめた後、土地と労働との関わり、そして、芸能の誕生というテーマが浮かんだ。伊豆といえば、相模湾と駿河湾という豊富な漁場を生かした漁業が頭に浮かぶが、こと、この富戸という地域では、石にまつわる労働があったことを私の祖母から、ちょうど鹿島踊りの取材で富戸に滞在していた時に聞かされた。それが、昨年の春だったか、その後、書こう書こうと思いながら一向に手が伸びずにいたが、怠け者の私も、そろそろ、この石にまつわる労働がどんなものであったか、話を残しておく必要があると思ったわけである。今の所、情報も少なく、途切れ途切れになるかもしれないが、陳腐なことと自分が思ったにせよ、今ある限りのことを書き綴っていくことが、こういう内容については、特に大切なことだと感じるのである。芸能の誕生というところまでたどり着くには、やはり、富戸伝統のボラ漁まで遡らなければいけないが、やはり、祖母の思いを大切にする意味でも、まずは、石ということに焦点を絞りたいと思う。
こんなに暇な夏休みは、久しぶりだ。昨日、中学の友達と今年最大級のバカ飲みをして、いつかしらか、二次会のカラオケから記憶がないが、家になぜか帰れていたらしく、起きたら、自分の部屋のベットにおって、しかし、目が覚めた時の気分と言ったら、今日、自殺するなら、天気も良く、いいかもな、と思ったり、金もないくせに、ろくすっぼ、仕事もすることなく、こんなに平和でいいのかしら、と思ったり、さすがに罪悪感にさらされて、がばっと起きてはみたものの、自分の存在の薄さが透けて見えたり、ただ、昨夜の酒が思い切り残っていて、テンションだけはやたら高く、勢いで、仕事の電話をしてみては見たものの、やはりアポがとれる訳もなく、せっかくの夏休みなのに、プランニングが甘すぎる性癖が、思い切り災いして、やっぱり今日も何の予定もなく、友達に電話してみるものの、出てくれたのは、お盆だっていうのに、仕事中で、それにもかかわらず、出てくれた自由な男のみで、最後の切り札、LINEで、女の子誰か、遊んでくれねえかな、と思いつつ、やりとりしてみるものの、相手も予定があったり、あれ?そういえば、俺、金ないじゃん?というおもいが、相手を誘うのを邪魔したり、なかなかうまくいかず、でもこのまま、夏を終わらす訳にはいかん!という、訳のわからない気合が、終わりかけている今頃、ようやく出てきて、明日明後日に全てをかける!と盛り上がっている真昼間、ソファに寝転がり、私は、高校野球放送を流しつつ、上の空で、ブログを書いているのでした。やっぱり今年の夏もダメかな 笑
最近できなくなっている、電車内スロー。
吊革をゆっくりつかみにいったり、腕をゆっくり上げたり、思いつきで適当にやるんですが、さすがに、齢38を迎え、恥ずかしくなってきたからか 笑
というか、言い訳になるが、暑くなってから非常に入りにくい。暑いところから急に冷えたところに入るからか、単に身体がだるいからか?いずれにしろ、正直10分やろうと思うとしんどいので、一瞬スローってのを試してみようかな、と思う。歩いているときに急にゆっくりしてみたりとか、買い物中に、お金払うスピードをゆっくりしたりとか。ほとんど嫌がらせか 笑

歩き。ぶっちゃけこれが一番しんどい稽古です。まず、何より暑いから  笑
そんな中、背腹を詰めつつ、小足。たまに、左右交互に斜になって歩く。さらに色々考え事をする。テーマを決めて、次考える時間につながるようにすること。じゃないと、夜、酒飲んだら全部忘れるから 笑 だから、思いついたら、友人に伝えたり、メモに書き残すようにしている。

うんちスタイルで、左右に足を動かす。平たく言うと、股割りです。毎朝、駅のホームでやっていたが、先日、いつものように、しゃがんだら、スーツが破けました 笑
このとき、なるべく股関節を開きつつ、左右に動かす。だいたい100回くらいでしょうか。最近は、あたま、上体、下半身をそれぞれ、丸いと、意識して、動かしています。それぞれがうまく歯車のように、かみ合いつつ、回るようになれば、動きも滑らかになるはずです。

まだまだ、日常的にできる稽古を探しつつ、また整理していきます。
本当は、本格的な体術と素振りを、日常生活にうまく取り入れたいのだけど。