最上さんのブログ
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最上さんとの出会いのきっかけとなったご当人作成のブログ。ご自身が追究されていることをここまで言葉にするとはすごい、と心底驚いた。
身体表現、身体そのものを追究する方、一度は目を通して欲しい。
それにしても、初めてブログを拝見したのが、昨年の始め。そのあと、鹿島踊りと出くわすわけだが、今思うと、このブログの出会いから、踊りの世界にひきつけられてたんだな。
今日が私自身、3回目の稽古。正直、今日は、稽古に入る寸前までやる気がおきず、ボロボロだった。
というのも、最上さんの稽古はかなりの集中力を必要とする。寝そべった状態から脱力、そして脱力した状態をキープしつつ、立つという行為に10分、歩く行為に10分、など、とにかく日常よくある所作を、時間をかけて行う。
これがどれだけしんどいか、想像できるだろうか?興味のある人は、ぜひ試して欲しい。おそらく、今日の僕は、日常生活で抱えた焦りを持ち込んで、しまった気がする。それで、こんな状態で集中できるはずない!と思ってしまっていたかも。
今日の最初の立ち稽古で、疲れているね、と、最上さんからも指摘があった。確かに脱力できないことにとても神経質になった。なかなか立つことができないことにイライラもした。
身体は正直だ。日常を反映するのだろうか。
しかし、回を重ねてきたせいか、最上さんからのアドバイスもあって、だんだんと落ち着いてくる。身体は、丁寧に扱うことで、どんどんと練られてくる。身体は、身体を通す天地をつなぐ軸を中心に、その場とともに、立ち上がる。イメージが身体を変化させる。
服を脱ぐ、という所作を時間をかけて、開くというテーマを持ち込んで行う。見たて、と、最上さんは言っていたが、服を脱ぐという行為自体に、何らかの象徴が隠されている。殻を破るとか、皮をめくるとか、そういう設定が付け加えられるだけで、脱ぐ衣服との関係性すら変わってくる。衣服も生きたものに変わる。
言葉では簡単に思えるけど、実際は、
時間がかかる奥の深い世界。僕もまだまだぜんぜんわからない。しかし、だからこそ、面白い、宝の山が眠っている。鹿島踊りの研究にも確実に活かせそうである。また、最上さん、また稽古のメンバーとのちょっとした会話も刺激的で毎回目からウロコが落ちることばかりだ。
劇団では、心を使って演ずることを教わってきたが、精神を酷使した結果、身体が伴わず、結果、故障したのではないか。心身は表裏一体というが、心と身体をゆっくりと結びつけていきたいと思う。
