ブログを書こう。久しぶりに。

一昨年、劇団をやめてから、祭りに興味をもった。演劇と同じように、祭りは独特の異空間を創造することで、人を変身させる。どうも僕は、この変身ということに異常なこだわりがあるようだ。祭りの本来的な意義を知ることで、演劇、俳優の原点にたどり着く、そんな狙いもあった。劇団にいる時からいつかは通る道と思っていたが、こんなに早く訪れるとは思わなかった。
もう亡くなったが、伊豆の伊東市に住んでいた母方の祖父が鹿島踊りという民俗芸能の保存会の会長を務めていた縁もあり、鹿島踊りを昨年半ばから調べ始めた。10月の秋祭りでは、実際に踊りを目にすることができた。そして、先月、ようやく今後の研究のガイドラインが固まった気がしている。音曲、踊り、祭祀、来訪神伝説、伊豆や渡来人の歴史、神道、とにかく、分野は多岐にわたり、幅広い。生涯のライフワークと考えてゆっくりやればいいと思う。が、まずは、僕は、変身、トランスというものをもう少し突き詰めていきたいと考えている。変身ということに、民俗芸能が現代まで引き継がれているエネルギーの根源があるように思うのだ。13日は、板橋の田遊びを拝見する。都内では歴史も古く、有名。田んぼでの仕事を擬似的に演じる、という祭りだ。まさに変身というテーマを考えるには、うってつけの祭りだと思う。
研究といっても、僕は文章を書くだけでなく、あれこれ体験しながら、対象に近づいて行くのが好きだ。たとえば、鹿島踊りには、歌があるが、たとえば、歌うという表現を体験することで近づいて行く、というのも面白いと思う。先日、伊東市を訪問した際に、漁師が船を見送るときに歌った「御船歌」の大変貴重な資料を、著者のご親族からいただくことができた。鹿島の歌のルーツということではなさそうだけど、伊東の鹿島は、踊りや音曲とともに、なんといっても漁師の生活、海の民の生活が継承されてきたはずだ。今は、漁師をやる若者は少なくなった。しかし、目にはみえないが、そういった時代の変化を超えて、残されている魂が必ずあると、信じている。

昨日は、昨年よりお世話になっている高麗神社の神職男女お二人が主催されている雅楽の合奏会で、本当に著名な先生のご指導の元、駿河歌を歌う機会に恵まれた。鹿島の歌ともとても似ている。ある程度、楽理の知識も必要、と実感したが、それよりも感覚をつかむことが大事だと思う。洋楽よりもふんわりしていて、呼吸の自然なリズムを大切にしている印象を受けた。
直会では、先生とお世話になっている神職の兄さんに、かなり日本酒を飲まされて笑、少々飲みすぎ、途中離脱。だけど、神職の姉さんと久しぶりに真面目に話ができて、うれしかった。まず、自分がこれと思う歌と出会うこと。これがまず大切で、譜面にする、というのは二の次だと、激励を受ける。漁師の歌と出会うことで、僕の眠っていた何かが開き、変身するかもしれない。楽しみだ。お二人は、神職の傍、雅楽や舞を長年されておられ、日本にある古来からの芸能を伝えて行こうと活動されている。僕など比べものにならない、熟練した方だが、兄さん姉さんのように接してくださり、本当にありがたい。研究や生活が八方ふさがりになると、本当にいやになることもあるが、あきらめずにやっていれば、出会いや出来事が必ず助けてくれることは、いつまでも変わらない。

今後は、少しブログを更新していければと思います。