「真実が人を動かす」(ケン・アイバーソン)
最近、アマゾン、ナイキ、スターバックスの成功ストーリーを読み、「企業の成功要因は何か」というテーマへの好奇心が改めてふつふつと湧いており、また違った業界のケーススタディを、と思いこの本を読んでみた。非常に面白く、いい本だった。
アイバーソン氏いわく、ニューコアの成功要因は「企業文化7割、技術3割」とのこと。
企業文化。最近何冊も読んだスターバックスの企業本に頻出したキーワード。業界業種を問わず、やはり企業文化は重要だ。
ニューコアの場合、社員に自主性を持たせる点が大きなポイント(スターバックスほか成功企業にある程度共通するポイントではある)。
情報を与え、責任を与え、意思決定できる環境を与える。社員に当事者意識が芽生え、自主的に効率性・生産性を高める工夫・努力をする。そして、成果は報酬に返ってくる。チームワークを機能させる仕組みも注目すべき点だ。
鉄鋼業界は成長産業ではなく、また品質で差別化しにくい製品を扱う。それでも、USスチールとニューコアを比較すると、業績や株価のパフォーマンスにはとんでもない格差がついている。改めて、企業経営の成否は経営者次第だな、と感じる。
ニューコアと比較すると、(高炉と電炉の違いなどはあるにしろ)USスチールはボロボロの会社に見える。逆に言うと、USスチールには経営改善余地がかなり残されている可能性がある。日本製鉄は、そこそこ業界ポジションがありながらも収益性が悪くて株価が安い(しかしやり方次第では大きな収益性改善が可能)、という会社を買収しようとしている。教科書通りのM&A戦略だ。問われるのは実行力。
◇時価総額 USスチール $8.5B / ニューコア$37.9B
◇売上高 USスチール $17.7 / ニューコア$34.1B
◇営業利益 USスチール $0.8B / ニューコア$5.8B
◇営業利益率 USスチール 4.5% / ニューコア17.0%
2024.6.30現在(下図表に詳細)
以下、備忘
1.より高き大義のために
従業員と経営者の関係、4つの原則
(1)従業員がその生産性に応じて報酬を受ける機会を持てるように会社を経営することは、経営者の義務である。
(2)今日の職務を適切に果たしさえすれば明日もまた自分に仕事があることを、従業員は確信できなくてはならない。
(3)公平な処遇を受けることは従業員の権利であり、従業員は自分が公平な処遇を受けるであろうことを確信できなくてはならない。
(4)処遇が公平でないと思う従業員には、改善を申し出る何らかの方法が与えられなければならない。
2.自分が正しいと思うことをやれ
3年ごとに全社員に調査表を配り、仕事の満足度・職場の雰囲気を調べる(複雑ではなく、おなじみの質問とお決まりの手法)。社員との結びつきを保つための重要な道具。
各事業所長は管理下にある全社員と少なくとも年1回、50名以下のグループでミーティングを開くことを義務づけられている(500名の工場なら年10回)。
情報過多が管理過多。
情報が多すぎると、いま何が起こっているのかわからなくなる。社員に「自分が正しいと思うことをやれ」と本心から言うのもむずかしくなる。
情報過多を排除するのは、たやすいことではない。大切なのは、本当に重要なわずかな情報を見つけ、それに集中すること。
3.人間はみな平等である
鉄鋼業界では、組合が組織されている会社が圧倒的に多い。その中にあって、ニューコアの経営陣は組合とつきあう必要もなく、組合をどうやって締め出そうかと頭を悩ませる必要もない。それは平等主義の企業文化によるところが大きい。
「ニューコア社の成功をどう説明なさいますか」。答えはこうだ。「企業文化が7割、技術力が3割でしょうか」。
企業文化が本物になるために重要なのは一貫性。
一貫性は、自分がかたちづくろうとしている企業文化を、心底信じることから始まる。ニューコアが拠って立つ原則は、陳腐に聞こえるほど基本的。自分がしてもらいたいことを社員にせよ――これがわが社が心底信じている原則。この原則がニューコアをつくり上げている。あまりに単純に聞こえるかもしれないが、効き目は絶大だ。
4.社員こそ前進の原動力
社員に自由に発言させ、意思決定させ、大事な責任を任せたら、何が起こるか。混乱に陥るのではないかと怯える心は意識して抑え、好奇心に満ちた心で、無限の可能性をじる心で考えてみる。
社員にもっと情報を、もっと責任を、もっと意思決定を。
絶えざる変革のために
・ふさわしい人材を選ぶ
・管理者の時間の使い方を変える
※人の話を聞く、新しい試みをする、分析する(計画を練る、指示を出す、チェックする、ではなく)
・自らを成長させる責任を本人に持たせる
※教育訓練など能力開発の機会と、そのための自由度を与える
・社員に情報を与える
・社員の判断で技術投資をさせる
買収や合併を決断する場合、株主や顧客のことを考えるのと同じように、つねに社員のことを考える。会社が行なうすべてのことについて、社員にも理解し納得しておいてもらいたいと思っている。成功するのも失敗するのも社員次第だから。
経営者と管理者は、企業を前進させるエンジンは自分たちではなく社員であるとはっきり認め、社員が伸び伸びと働いて高いパフォーマンスを発揮できるような環境づくりに専念すべき。
5.給料のことを話そう
業界最高給はこうして決められる
基本給は社員が受け取るであろう金額の一部にすぎない(基本給は業界平均より低い)。ニューコアの現場の人間は、基本給をはるかに上回る週間ボーナスを稼いでいる。最近数年間の週間ボーナスを見てみると、低いときで基本給の100%、高いときは200%を上回ることもあった。工場労働者の1996年の平均年収は6万ドルを超えた。これは業界最高水準。
週間ボーナスをもらうためにしなければならないことは2つ
(1)チームで働く(2)生産する
一つの単位となる業務を行なうーチーム20-40人に対して生産基準量が設定され、その基準を超えた生産量に対し、チームの一人ひとりにボーナスが支給される。
1996年、ニューコアの人件費は鋼材1トン当たり40ドルを切った(大手鉄鋼会社のおよそ半分)。それなのにニューコアの社員の収入が多いのは効率も生産性も高いから。尻を叩いて強制しているわけではない。わかりやすいインセンティブのある賃金体系を定め、あとは社員に任せているだけ。
これまで、会社の競争力の維持については、社員を信頼してその創意工夫に任せてきたが、彼らがその信頼を裏切ったことはない。
ニューコアの給与体系の一番いいところは、議論の余地なく金額が決まるという点。
チームワークに火をつける給与
会社は設備、教育訓練、福利厚生プログラムなど基本的な支援を提供して、あとは社員たちのチームに任せる!
それがニューコアの給与体系の根底にある考え方。
1トンでも多くという圧力はきわめて強いが、それは経営者や管理者からではなく、同僚つまりチームの仲間からくる。
「あいつは溶接を終えるのが最後だったとか、あいつはしくじったとか、仲間はみんなお見通しさ。そしてまあ、なんとそんなヤツの手助けをしはじめるのさ」
「会社で決められている新入りの試用期間は90日だけど、ここでやっていける人間かどうかは、1か月もあればわかってしまう。はじめはみんなで寄ってたかって、知ってなきゃいけないことを教え込むんだ。新入りの訓練にはみんな真剣だよ。そうしておけば、いまにそいつがみんなのために金を稼ぎ出してくれるからね。使いものにならないヤツがきた場合は、チームでそいつを追い出す。気に入るとか気に入らないとかじゃない。オレたちの生活のためだ。その男にとっては、やり遂げるかお払い箱になるか二つに一つだ」
6.小さいことはいいことだ
1967年に製鉄業に参入したとき、ニューコアは鉄鋼大手と比べてお話にならないくらい小規模で、巨人たちの足元に近づくことすらおぼつかないという見方が一般的だった。
コミュニケーションの容易さは、組織が小さいことの強みのなかでも最大のもの(各事業所の人数を400-500名に制限)。
7.リスクを恐れるな
クレージーなことが起こるのが人生
イノベーションやリスク・テイキングに価値を置くニューコア流経営の根底にあるもの
人生は冒険だ!
クレージーなことが起こるのが人生だ!
「およそやる価値があるものなら、拙速でもいいからやってしまえ」
薄スラブ連続鋳造に賭けたニューコアの決断から引き出すことのできる教訓
リスクを冒す価値があるかどうかは、だれか他の人間(たとえ専門家であっても)に教えてもらうようではいけない。これが最も重要な教訓。決断は自分でしなければならない。
もう一つは、失敗の可能性を度外視してはならないということ。リスクとは、失敗の可能性があるということ。その可能性を直視しなくてはいけない。それを研究せよ。絶対に逃げてはいけない。
1987年の時点で、ニューコアの大きな賭けが吉と出ると思っていたのはわれわれだけだった。業界の事情通たちも、やりすぎだと考えていた。しかし、あの時点で、成功の可能性を正確に推し量れる立場にあったのはわれわれだけだったのである。
8.ビジネスにおける倫理
ビジネスにおいて何が倫理的であるかの判断は、公平で、正しく、実際上の理にも適っているという、三つの規準を満たす選択肢を探すことにほかならない。
9.シンプルであることの強さ
ニューコアは説明しやすい会社
われわれは本当に大切なことから目を離さないようにしている。つまり、会社の利益と長期的存続である。社員に考えてほしいことはこの二つに尽きる。経営陣は、それ以外のことにあれこれ口を出して会社に道を誤らせないよう心がけている。だから、美辞麗句を並べたビジョン・ステートメントで会社を飾ることもないし、卓越性などというあいまいで半端な目標を掲げることもないし、ややこしい事業戦略などで社員に重荷を負わせることもない。
ニューコアの競争戦略とは何か。経済的に工場を建て、効率よく操業すること。以上。
「生産設備の経済的な建設」こそ、ニューコアの設備投資のエッセンスだ。わが社の工場はどれもコスト競争力が高い。ミニミルの建設費は、年間生産能力1トン当たりわずか200~500ドル。大手高炉メーカーが好きな伝統的な大製鉄所では、これが1400~1700ドルにもなる。
そこへきて低いコストと高い生産性で操業するので(つまり効率よく操業するので)、建設段階のコスト優位性をさらに拡大し、引き続きコストを押さえることができる。基本的にニューコアが社員に求めることは、より多くをより安く生産することに尽きる。うまくやってくれればそれに報いる。これも単純。
あまりに常識的な哲学
短期的な収益ではなく、会社の長期的存続に重点を置く。
役員報酬を増やすのではなく、痛みを分かちあう。
意思決定の権限を現場に下ろす。
経営者・管理者と一般社員の区別をできるだけなくす。
社員にはその生産性に応じて報酬を与える。
これらは断じて革命的な経営コンセプトではない。きわめて単純で、きわめてまっとうな、わかりやすいビジネスの考え方にすぎない。儲けの追求は社員に任せ、経営幹部はその過程で社員がぶつかる障害を取り除くことだけやっていればよい。