
有閑マダムの密かな愉しみ 日々ランチ編
最近の悩み事を聞いてください。巨大ロボットやライダー系のドラマで敵の親玉がTV画面みたいなものでグレートマジンガーやライダーの動きを監視してるじゃないすか。アレって絶対カメラがあるはずですよね。誰が撮影しているのでしょうか。ライダーではたまに監視カメラが設置してありますけど、でも映っている動画に対してカメラの数が絶対足りなてないはずなんです。マジンガー系なんてもっと凄くて暗黒大魔王の受信機はいかにも暗黒大魔王仕様だし、カメラワークやズーム、アウトもブレたりせず完璧なんです。誰が撮影して誰が切り替えているのでしょうか。飛んでるマジンガーもきっちり追いかけて映ってるし、なんなら宇宙空間のバトルも受信。宇宙望遠鏡みたいに大気圏外にカメラを置いているのでしょうか。もう本当に謎です。
下らない謎に日々悩まされているマダムの密かな愉しみ、ランチ編です。
猫絵教室のあとに生徒仲間さんたちとカフェランチ。ここはいつもBGMがビートルズ。
日によってスープが違います
チキンのトマト煮込み
いつものコーヒーで〆
絵画教室のあとに生徒仲間さんたちとカフェランチ。ここはいつもご近所さんたちで賑わっていて雰囲気良い。マイケル・シェンカーの話をしてたら「えっ、シェンカー来日してたんすか!?」って犬連れ(この店はペットオッケー)のイケオジに話しかけられて盛り上がったり生徒仲間がご近所さんとばったり会ったりして、自分らもいつの間にか「ご近所さん」に認識される。悪くない。パティシエールさん手作りのデセールが毎度の楽しみ!
懐かしナポリタン
コーヒーはポットでサーブ!お得!
マンゴーブラマンジェ
イチゴタルトは期間限定
懐かしプリン!
平日出社日、どーーーーーしても揚げ物が食いたくなり飯田橋の洋食屋に駆け込む。外観から醸しだされる老舗感、内装も由緒正しい昭和の洋食屋。そのうえメニューが豊富過ぎて悩みに悩む。
リーマンご用達洋食屋
まごうことなき昭和
落ち着くわあ~!
あ~~、選べない~~~
でも選ばないと食べれない~
結局メンチカツとエビフライ、コロッケの三種の神器的なランチにアジフライを追加!!!自分、どんだけ揚げ物に飢えてたんだ。
ひゃっほ~~~う!
こういう店のメンチは美味い
こういう店のエビフライとコロッケは美味い
アジフライがデカい!
自由が丘ラ・ボエームでランチ。したけど写真がこれしかないや・・・。シーザーサラダと芋フライトとパスタも喰った。腹減ってて生ハムピザしか写真撮る余裕がなかったと思われる。
乾杯したことは覚えてるんです
でも余裕がなかったんです
横浜のハワイアンレストランでロコモコ、シュリンプ、ポキの全盛りランチ。だって一品だけ選べないも~ん。全部食べたいも~ん。
南国カクテルでかんぱ~い
欲張りセット
ムッシューとおデートで北鎌倉の古民家ミュージアムで猫展を観賞、おデートランチは古民家カフェでまったり。
古民家は素敵だけど住みたくはない
スパイシーなシチューセット
軽めのピタパンサンド
可愛いカップで〆
神楽坂の老舗ガレット屋ル・ブルターニュでランチ。予約してたのに20分近く待たされて怒髪天。お前、ここは日本なんだよ。フランス時間でフラフラ経営してんじゃねえよ、この野郎!美味かったけど、もう行かない。次からは別店舗に行く。
フランスの雰囲気はある
平日なのでノンアルシードル
シードルホウル可愛い
かぼちゃスープ
お食事ガレット
ホタテと春キャベツ
デセールのクレープにアイスをトッピング
ごちそうさまでした!もう来ねえけど!
神楽坂のカルボナーラ専門店でランチ。ジェノベーゼカルボナーラ、山椒カルボナーラ、キムチカルボナーラといったここでしか食べられないであろうメニューがいろいろあるのに、マダムが頼んだのは王道ベーコンのカルボナーラ。濃厚で美味かった!また来よう。
上品サラダ
ぐわあっ!濃厚!歓喜!
デセールはイチゴのさっぱりアイス
お友達は抹茶アイス
田園調布駅前の老舗イタリアンR1でランチ。田園調布あたりって初めて歩いたけど雰囲気の良い街だな~。ごちゃついてもないし、ゆったりした空間っていうか。さすが高級住宅地。いつかマダムもこんな街に住みたいな~。まあ無理だけど(即答)。
しゅわしゅわでかんぱ~い
ミニサラダ
前菜いろいろ
パスタは忘れましたが選べました
これはトマトソースのなにかだな
バースディランチだったので
ゴージャスデセール
あ~~美味かった
こんな感じで日々ランチをいただいておるわけです。そんなマダムがいま一番喰いたいのが街中華。でも近所にないんだよ~。街中華って普通どこにでもあるだろ?でもないんだよ~。隣駅との中間に一軒あるんだけどそこまで移動してまで食わなくてもいいかな、って感じじゃん?街中華って。思い立ってつるっと喰いたいんだよ。ウチの近所に街中華出来ないかな~~。でもな~、街中華って「既にそこにある」から街中華なんだよな~。
探究 VS 抑圧 薔薇の名前
いつか読もうと思っていた作品の完全版がでたのでやっと読んだ。発表は1980年、1986年に映画化、日本語訳は1990年である。発表と国内版に10年のズレがあるのは歴史背景、カトリック諸教派の関係、ラテン語、哲学的対話など、難解で入り組んだ内容のため翻訳に時間を要したためと思われる。
今回の完全版は刊行後に著者ウンベルト・エーコの手による訂正や削除を反映したものであり、さらにエーコ自身が描いた登場人物や舞台となる文書館のスケッチなども掲載。これまで別冊だった「薔薇の名前覚書」も収録されてお得感ある上下巻セットであった。
翻訳者は河島英昭氏と河島思朗氏の二名である。90年に日本語訳を担当された河島英昭氏は完全版見直し途中で病に倒れられ、ご子息の思朗氏が引き継がれたということである。
薔薇の名前 完全版
ウンベルト・エーコ
東京創元社
北イタリアの修道院を訪れたパスカヴィルのウィリアム修道士と見習修道士アドソ。ウィリアムは院長から数日前に起きた細密画家であった修道士の死について調べるよう依頼された。それは事故ではなく殺人であった。しかも修道士の不審死はさらに続き、「ヨハネの黙示録」の記述に沿うように起きていく。そしてすべての鍵は、迷宮構造を持つ文書館に隠されている。
重い(物理)
推理小説という体裁ではあるものの、ちょっといろいろ壮大過ぎて読み辛い部分があった。読み辛い部分というのは主に時代背景と当時の社会通念である。
今作品の時代背景は14世紀の中世、アヴィニョン捕囚の教皇ヨハネス22世の治世である。その頃、カトリック教会ではいろいろ問題があった。というか、そもそも教皇がアヴィニョンにいることが問題じゃねえのかという意見もあろうが、ヨハネス22世にとってはそんなことより自分の権力を強化し守ることが先決だ。そんで、自分のことは棚に上げたヨハネス22世が目下の問題としていたのがフランシスコ修道会である。フランシスコ修道会は清貧をモットーとし実践している団体で、清貧だったらいいじゃねえかと思ったら大間違いで、フランシスコ修道会の中でもスピリチュアル派の「小さき兄弟団」ってーのが過激思想を持っており、どういう過激思想かというと一切の所有権を放棄し説教と托鉢で宗教生活を送るというものである。あんまり過激には思えんかも知れんが、こいつらが流浪しながらあちこちで清貧を説くもんだからいらん支持を集めて一種の宗教運動の様相を帯びてきた。
従来の修道士の宗教活動は修道院に籠って瞑想と祈りを捧げることである。これが常識であった。ところが「小さき兄弟団」は常識的な宗教生活から大いに外れて襤褸をまとって流浪し托鉢で食いつなぎ、ひとびとに清貧を説いたりしてアクティブに活動しているのである。これにはフランシスコ修道会内部からも「ちょっと迷惑」という声もあった。さらに付け加えると当時は聖職者や修道士の托鉢は禁止されており、司教職を持たない俗人が説教することは掟破りに等しかった。兄弟団が異端と断罪された所以である。
そしてもうひとつ、カトリック総本山が兄弟団を異端とするべき理由があった。ビンボー兄弟団が各地で多くの信者を獲得していたことである。兄弟団の教義は「清貧」である。所有権を放棄しろと説いているのである。カトリック総本山は各地の貴族たちから様々な献上品を受け取って当たり前だった。それは悪いことではなかった。まあ、ぶっちゃけ清貧からほど遠い存在がカトリック総本山の教皇庁であり教皇ヨハネス22世であった。なので清貧を説く団体が力を持ったら困る。教皇庁の足元を危うくする存在にならないとは限らない。権力者は権力を脅かす(おびやかす)相手を常に危険視する。よって兄弟団は教皇庁から目の敵にされたのである。
一方、教皇庁の敵となった兄弟団は神聖ローマ皇帝ルードヴィヒ4世に庇護を求める。なぜなら神聖ローマ皇帝ルードヴィヒ4世はヨハネス22世と敵対していたからである。ルードヴィヒ4世はヨハネス22世を教皇として認めず、対立教皇としてローマでニコラウス5世を擁立したほどである。南北朝みたいだ。だもんだから敵の敵は味方ってんで、兄弟団はルードヴィヒ4世に助けを求め、ルードヴィヒ4世は兄弟団を庇護することとなったのである。
ざっと説明してみたものの脳味噌のシワの乏しいマダムがヨチヨチ調べてやっとこさ理解したものなので心許ないが、以上が「薔薇の名前」の舞台となる背景の前提である。そうなんだ、これが前提なんだ。こういった教皇と皇帝、修道会の内部事情を前提として読まないと読み辛いことこの上なしなんだ。
エーコによる登場人物のスケッチ
物語は年老いた修道士アドソの回想という形式である。アドソがまだ若く、見習い修道士だった遠い昔、師匠であるフランシスコ修道会のウィリアム修道士に連れられて北イタリアの山深きベネディクト会の修道院に赴き、そこで起こった連続殺人事件の謎と顛末を語る。
さて、見習い修道士アドソがどーして師匠ウィリアムに連れられてそんな場所を訪れたのかというと、フランシスコ修道会と教皇庁の代表団を呼んで兄弟団の対処をどーするか会談の手配のためであった。ウィリアムはフランシスコ修道会所属の皇帝側ポジションだが、優秀な元異端審問官として白羽の矢を立てられたのである。
とはいえ会談はローマ教皇とローマ皇帝の代理戦争の代理の調停みたいなもんで紛糾することは必定、でもまあどうにか治めないことにはどーにもならんしっつって件の修道院に到着してみると、今朝方ひとりの修道士が死体で見つかったという。他殺なのか自殺なのか不明。修道院の院長はウィリアムに事件の調査を秘密裏に依頼する。好奇心が旺盛で理知的なウィリアムは依頼を受ける。まずは実態調査だ。
修道院には正規の修道士、不正規の修道士、台所を預かる厨房係、家畜の面倒を見る馬丁など俗人を含めてさまざまなひとびとが暮らしていた。また修道士も薬草係、ガラス細工係、細密画家、古典翻訳係、修辞学専門といったそれぞれの特性に合った仕事を与えられていた。
僧院平面図
ウィリアムと弟子のアドソは調査のため誰とでも会話ができ、どの部屋にも立ち入ることの了解を院長に要請すると「文書館の立ち入りだけは禁止」との答えであった。この修道院には不気味なほど立派な文書館があったのである。
書籍の収集は修道院が出来た当初からの方針だったらしく、世界中のあらゆる文献を集め管理保存していた。何百年も前の本さえ保管しているという噂である。文書館の立ち入りは禁止されたが、希望する書籍があれば文書館長に依頼して借りることは出来るという。文書館には館長と館長補佐しか入館を許されておらず、文書館の鍵は館長が持っている。後日、この文書館にウィリアムとアドソは夜中に忍び込むことになる。
到着した初日は実態調査のみで終えたが、翌日また犠牲者が出た。犠牲者の修道僧は豚小屋の前に据えられた豚の血を湛えた大きな甕に逆さに突っ込まれているという残酷さであった。
いつ、だれが、どうやって?まだ最初の事件の調査さえ終わっていないというのに。ここまで派手な死体遺棄は明確なメッセージだ。常なら静かな修道院が俄然騒がしくなる。会談は1週間後に迫っている。それなのに第二の事件。会談の準備と同時に事件の調査を進めなくてはならない。修道院の空気が微妙に変化し始めている。しかし事件はこれで終わらない。ウィリアムとアドソが謎に近づけば近づくほど、誰かが犠牲になるのであった。
-略-
重厚な推理小説としても読めるが、それだけに収まりきらない作品であった。既に述べたがなにもかもが壮大難解過ぎて簡単に説明できない。あらすじに要約することもマダムには不可能だ。なので読みながら思ったこと、よぎったこと、考えたことを列挙してみる。
まず難解さについて。難解さにはいくつか理由があって、先に説明した時代背景社会通念のほかに、哲学的対話っぽいもの、神学的対話っぽいものが読み難さに拍車をかけている。「っぽいもの」と表現したのはマダムはそれらを体系的に知らないからである。そのうえそれら対話は修辞学によってなされているので更に難解に思えるのである。これもマダムの無学によるものである。ただ、あんまり重要じゃないというか、深く読み取ろうとしなくても問題ない。なぜなら哲学や神学の修辞だからである。いくら深く考えてみたところで最終的な答えはないというか、個人によって答えは違うだろうからだ。難解な対話は著者エーコのサービス精神によるものではないかと推測している。
エーコのサービス精神はあらゆる箇所で発揮されており、例えばアドソが聖堂正面の彫刻を子細に眺めるシーンなどもそうである。坐せる者やら恐ろしげなもの、面妖な生き物の彫刻に驚嘆したことを事細かに語るので、我々読者は「創世記?神曲?なにかの物語?伏線?要重要?」と眼を鋭くしてワケもわからず読むのだが特に回収とかない。ただ単にアドソが驚嘆していただけである。
じゃあそんなシーンはいらないじゃん、とも言えないのは「なにかあるんじゃないか」と思いながら読むことでワクワク感が増すし、マダムには重要とは思えないシーンでもヒントを見つける読者がいるかも知れないし、ただ単にこういった文章が大好きな読者がいるかも知れないからである。解釈をするも自由、しないも自由なのである。
あんまり自由過ぎるのも読者にとっては困惑の原因になる。読みどころが不明だからである。逆に全編読みどころとも言える。読むひとによって読みどころは異なる。ということでマダムの読みどころを披露したい。
劇中で幾度か問答される議題がある。それは姿を変え形を変え討論する人物もさまざま、しかし本質的には同じテーマであると言える。それがなにかというと「許諾」である。誰が許諾するのか、その範囲は無限か有限か。どういった理由で許諾の権利を持っているのか。許諾を担保するものはなにか。聖と俗、正統と異端の基準はなにか。それを顕著に表しているのが文書館であった。
権限を持つ者しか入室することは許されず、書物の貸出しは館長の裁量で決められる。世界中のあらゆる書物があるのに、自由に手に取ることは出来ない。なぜか。書物は常に真実が書かれているとは限らないからである。では真実を見分ける者は誰か。文書館長である。いわば文書館長は検閲官として機能している。ただし館長自身はそれに気づいておらず、これまでの習慣をシステマティックに続けているだけである。
ウィリアムはこれが気に入らない。一体どうしてこんなつまらん規則があるのだろう。それに対する文書館の言い分は、異教徒の書物や怪物が登場する読み物などに惑わされたら困るというものであった。バカじゃねえのか、とウィリアムは心の底から思った。マダムも思った。たぶん、著者のエーコも思っていたはずだ。
文書館の図面
ウィリアムとアドソが事件の謎を紐解いていく過程で一冊の本の存在が明らかになってくる。件の本は誰の目にもとまらないように、誰にも読まれないように、文書館の奥深くに保管されている。それを読んだ者は死せる運命にあるだろう。事実、その本に触れた者は次々と死んでいった。本の呪いか?あるいはトリックか。なんという本で、どのような内容か。
それはアリストテレスの「詩学 第二巻」、内容は喜劇だと推測される。これを知ったウィリアムは俄然張り切った。散逸したまま存在しないはずの詩学第二巻があるなんて!是非この目で読まなければ!と、事件の解明より未知の本を読みたい欲望がウィリアムを覆った。
しかしなぜ文書館はこの本を禁忌とするのか。危険を及ぼすような内容とは思えない。だがカトリックの教義や自らの厳格さにおいて相応しくないと考える者がいて、そいつは自分こそ正しく、自分以外を迷える子羊と見ている。迷える子羊は導いてやらなければならない。全てを知る者が、なにも知らない子羊を導いてやるのだ。
この見解にウィリアムは憤る。なにボケたこと言ってやがる!なにも知らないのはなにも知らされないからだ。お前らが知識を独占してるからだろ!報道しない自由と同じじゃねえか!
自分を正義だと信じる者はどこまでも残酷になる。正義を担保としているからだ。正義は素晴らしい。正義に勝るものなどない。正義を実践する自分に間違いはない。正義だからだ。正義に酔った悪魔は正義を盾にして対話をしようとしない。というか、出来ない。狂っているからである。
ウィリアムが異端審問官の仕事に限界を感じたのは、狂っていなかったからである。
話は飛ぶが、16世紀の英国にウィリアム・ティンダルという人物がいる。新訳聖書を英訳した人物である。それまで英国で聖書はラテン語版しかなかったので、英訳は画期的であった。英語話者であれば誰でも読める(聞ける)からである。すげえなあ、大偉業じゃん、と教会に褒められたのかというとそんなことはなく、カトリック総本山は大激怒した。ラテン語で書かれた聖書は一種の権威であったからだ。誰でも読めないからこそ、ラテン語を解す上流階級(王族貴族教会関係者)によってのみ民衆を「教え諭す」ポーズが出来ていたのである。それが英語に翻訳されてしまっては権威を剥ぎ取られたも同然だ。ウィリアム・ティンダルは火刑に処された。
かように知識は権力と結びついている。知識は情報の集約である。情報の価値を知っていたヴェネツィア共和国は長らく繁栄を誇った。情報は多ければ多いほど精度は高くなるが、偽情報も比例して多くなる。情報の取捨選択が最も重要なところだ。取り扱いは慎重にしなければならない。ではどうやって取捨選択するのか?知識である。それの出来るウィリアムは好奇心と探究心で知識を蓄積し理性を保ってきた。だがウィリアムにも落とし穴があった。知識への貪欲さである。この世に存在しないアリストテレスの詩篇第二巻に目のくらんだウィリアムは饕餮に堕落した。
劇中ではあまり堕落感はないが、執着心は露になっている。ウィリアムの知識に執着する堕落は、権力とカネに執着する教皇庁の堕落と対を為しているように思える。
ということで、とっちらかってしまったが以上である。これはマダム個人の興味と関心で少々ポリティックな読み方になってしまった。時世も関係してる気がする。中世専門家や古典哲学愛好家、神学マニアだとまた違った読み方になると思う。
あ、薔薇の名前というタイトルについてマダムは全然分かりません。まあなんかタイトルいるやろ、みたいなノリで付けたんじゃないっすかね。
不滅の美は肝っ玉 森英恵
森英恵展に行ってきた。実はマダムは「ハナヱ・モリ」に時代遅れのデザイナーというイメージを勝手に持っていた。というのも80年代以降のファッション業界はDCブランドとキューティー世代のストリートブランド全盛期だったからである。しかしながら今回の展覧会で初めて森英恵の功績を知り、そのパワフルさに心の底から感服した。
面白かった!
森英恵のスタートは1956年、新宿東口に開いた洋装店「ひよしや」であった。この頃はまだ洋服の既製品(いわゆる吊るし)は普及しておらずオーダーメイドが基本である。
こんな時代があったのか
驚くべきはひよしやをオープンした当時、森は既に母親であったことだ。戦後すぐに結婚したものの専業主婦生活に物足りなさを感じ洋裁学校へ入学、洋裁を学ぶ2年間の間に妊娠、出産している。スゴイと思った。
スゴイのは森だけではなく、洋裁学校へ通いたいという森を後押しした夫もスゴイ。夫はさらに貸店舗を探し開店を手助けした。それが「ひよしや」である。夫について森はのちにこう語っている。
夫は、当時の男性としては珍しく、女性が仕事を持つことに抵抗がない人で、自由にやらせてくれました。
いやあ、スゴイ。夫婦揃って胆力と行動力がスゴイ。お互いに信頼と尊重があったのだろう。もし夫が世間体や体裁、昔ながらの男の沽券に拘る野郎だったらハナヱ・モリは誕生しなかったかもしれない。
そう思ったらもうここでマダム感動である。その感動を諸兄姉にシェアさせてくれ。
ひよしや開店の次は映画衣装である。映画が最大の娯楽であった当時、石原裕次郎や長門裕之主演の作品が次々と制作され、森は彼らの衣装を担当した。
実際の映画衣装
こちらは「狂った果実」で裕次郎が着用したアロハ。作品自体はモノクロだが、衣装に選んだ生地は女性用の赤い柄物であるところに森の心意気が現れていると思う。この作品の影響で若人たちの間でアロハシャツが流行った。
ここから男性の柄物が流行ったのか
新進気鋭の女性デザイナーとして雑誌で度々特集が組まれた。
奥様雑誌の常連に
モデルは女優の岡田茉莉子さん
走り続けて10年目、あまりの忙しさに限界を感じた森は長い休暇を取る。休暇の間にパリへ飛びフランス語教室に通いながらショーを見る日々。シャネルブティックで直接ココ・シャネルに会い、ここで初めてオートクチュールの醍醐味を知った。
金襴緞子仕様のドレス
金銀扇柄
最高峰の絹織物
続いて訪問したアメリカでは負の衝撃を受ける。日本製の衣料品は「安かろう悪かろう」の代表として1ドルで売られていたのである。屈辱だった。実際に手に取ると確かに安物である。しかしこのまま日本を安物のイメージに定着させてはならない。戦争には負けたが、技術も伝統も失ってはいない。森は奮起した。
柄物のセンスが良い
ジュディ・オングを彷彿とさせる袖
オートクチュールのドレスが沢山ありました
アメリカでファッションは巨大ビジネスだった。新しいものに貪欲で勢いがあり発展の余地があった。森はアメリカで勝負したいと思った。狙いは上流階級。日本の伝統をドレスに昇華させよう。
軽めのディドレス
絹は最高級の日本産、そこへ職人の手刷りによる昔ながらの和柄を施す。
大胆で品が良い
千鳥ですかね?
会場には絹の精錬過程と手刷りによるオリジナルプリントの制作フィルムが流れていた。織りあがった絹地を畳み石鹸湯で煮沸し不純物を除去、何度も水洗いして干す。これが精練である。柄入れは職人の手作業である。染料は職人が自ら調合、拡げた布地にシルクスクリーンの要領で刷っていく。高度な技術である。
超和風
色、織柄、ボタン、シルエットが完璧
役者絵に龍のドレス
絣ドレス
絣は高田賢三より先だったんですね
こちらも絣、超カワイイ!!
森はそういった職人を持つ工房に生地の制作を依頼している。これが本当のデザイナーだと思った。技術を大切にしているのだ。オートクチュールは高い。しかし、ただの贅沢品ではない。技術の保持継承という面も持っているのである。
圧巻のシルクの柄ワンピ
柄の原画とドレスが並んでました
見てよ、この発色!
反物とドレス
きゃー!カワイイ~!
ヒッピーっぽくもあります
柄はもちろんオリジナルです
こういうのは大好物!
森はゲストデザイナーとして呼ばれたショーで日本技術の粋を詰め込んだドレスを披露し、アメリカで劇的なデビューを飾った。1965年のことである。アメリカを代表する高級百貨店と契約を結び、森の作品は百貨店のウィンドーに飾られ、高級品売場で販売された。東京の事務所には次々に注文が舞い込んでくる。顧客名簿にはナンシー・レーガン、グレース・ケリーなどが名を連ねた。
資生堂の広告ポスター
森英恵のドレス
アメリカの百貨店ポスター
森英恵「EAST MEETS WEST」
森英恵の香水
香水出してたなんて知らなかった!
もうね、展示が圧巻です
鶴ドレス!
アメリカで成功を収めた森はライセンスビジネスに参入する。他社に商標権(ブランド名、ロゴ)の使用を許諾してロイヤリティを得る戦略である。このビジネスモデルの先鞭をつけたのがピエール・カルダン、森の良き相談者であった。
洗濯機・・・?
スクーターに蝶のワンポイント
蝶は森英恵のアイコン
アメリカ用のバスタオル
国際的な名声を持つブランドともなればプレタポルテでさえ庶民には手の出ない値段である。しかしライセンスアイテムは手頃な値段設定で大いに流通した。マダムがハナヱ・モリを知ったのは80年代の頃だと思う。ほかにピエール・カルダン、サンローラン、ヴァレンティノ、トラサルディ、バーバーリー、マリー・クヮント・・・。ライセンスビジネスが花盛りであった。
布アイテムのカーテン
鉄板の食器アイテム
90年代に入りライセンスビジネスのブームは徐々に去り、安易なライセンスビジネスは終わった。もちろん現在もライセンスビジネスを続けている企業はあり、ちゃんとブランドのイメージに則ったデザインで運営している(例:マッキントッシュ・フィロソフィー)。
そう、昔のライセンスビジネスは手あたり次第といった様相だった。100円ライター、傘、ベルト、タオル、スウェット、スリッパ、布団カバー、シーツ、マグカップなど、身近な生活臭あふれるアイテムにまで浸透していたのだ。特にトイレマット、トイレフタカバーなどはブランドのイメージを棄損していたと思う。なのでブームが去って、マダムはこれで良かったと思っている。
ストッキングは今でも各ブランドが出してますね
森は新しいことに挑戦し続ける。情報誌の先駆けとなる流行通信、STUDIO VOICEといった雑誌を創刊し、1978年に表参道にモリハナエビルを建てる。イベントスペース、ブティック、スタジオ、カフェ、レストランを兼ね備えたファッションビルであった。設計は丹下健三、カフェの内装は横尾忠則、イベントスペースでは毎年各国のデザイナーを招いてファッションショーを行った。情報発信地としての機能を持ったビルは2010年に取り壊され、現在はもうない。
全然知りませんでした
流行通信が森英恵だったとは
1977年のSTUDIO VOICEは
ウォーホル特集、マジですか!
当時としては貴重な海外情報
カフェのマッチ箱は横尾忠則
森が戦後の日本女性たちに与えたパワーの大きさは計り知れない。敗戦を生き残った女性たちに森は「バイタル・タイプ」を提唱した。現代的で生き生きとした女性像のことである。鮮やかな色彩を纏い背筋を伸ばして街を闊歩するイメージだ。肝っ玉を据えて、懐は深く、そして優雅に美しく。
森はアメリカで成功し、パリで日本人初のオートクチュールデザイナーとなったが、亡くなるまで日本を離れることはなかった。軸足は常に日本に置き、発信し続けた。
JALの制服、配色のバランスが良い
日本語モチーフのドレス
いろいろドレス
カラフルドレス
ウェディングドレス
森英恵展で興奮してしまった記録は以上である。最後にマダムの選んだベストスリーを発表したい。
まず第3位はこちら!いまでも普段使い出来そうなワンピース。渋い色合いと柄の配置がカッコいい。裾の柄が完璧なバランス。
着れるじゃん!今でも!
第2位は花札柄ドレス!文句なしの大胆さ!色彩と柄は強烈なのに、布地の縮緬とシルエットで調和が取れている。後ろも抜かりない。いやあ、スゴイなあ、欲しいなあ。
胸元の編み上げがポイント
うわー、カッコいい!
芒に月、8月札ですね
第1位はこちら!襟と袖口にラビットファーをあしらったウールのジャケットとミニワンピのセット。映画「夜霧よ今夜もありがとう」で使用された衣装である。クラシカルで素敵!
こういうスーツの似合う女性になりたい
マダムもバイタルタイプの女性を目指したい。二度寝と昼寝は止めようと思う。
有閑マダムの密かな愉しみ まーた和食編
スタンディングのライブに行った。18時開場で前座ありである。前座が18:30から約30分プレイした後セッティング入れ替えを多く見積もって30分かかるとして、そしたらメインバンドの開始は19:30とする。そっからアンコールを入れた演奏時間を2時間とすると、終わるのは21:30くらいであろうか。立ちっぱなしで3時間か・・・。辛い。立ち時間を短縮するため前座を見ないことにして入場を遅らせることもできるが、そうなると後方しか空いてないだろう。
2000人収容のハコでチケットの番号は400番台、前方を諦めきれない番号である。意を決して順番通りに入場した。
4年ぶり!
大騒ぎして終わってみれば全身の節々が痛いのであった。スタンディングは体力勝負であることを痛感した。平均年齢50オーバーの客層を考えて会場をセッティングして欲しい。しかしかなり前方で観れたので良しとする。
夢のようなライブは一瞬、筋肉痛は1週間。老体には和食が優しい。ということで和食編である。
まずは手軽な定食から。選べるおかずは唐揚げタルタルソースと焼き鮭。小鉢が嬉しい歳である。
あ~安心する
野暮用で秘境に帰省したときにうどん屋でランチ。このうどん屋は昔から知ってはいたが入店したのは初めて。そしたら近所の顔見知り姐さんたち(70歳オーバー)がいて井戸端会議してたのでママと一緒に参加する。なんなら店のひととも顔見知りっていう。田舎あるあるである。
うどん屋樽ちゃん
近所の姐さん手作りの土産も売ってます
肉うどんとオムスビ
食後は可愛いカップでコーヒーを
いつもの川勢で鰻重。鰻はいつ食っても美味い。
まず愛でます
これが一瞬でなくなるんです!
ポンギですき焼き。すき焼き喰いてえな~っつってテキトーに予約して行ってみるとインバウンド狙いの店だった。カウンター席のみ、店員はどう見てもバイト。BGMが酷い。しくじった。
野菜が足りない
でも肉は良い肉
とりあえず乾杯するか
ひとり用すき焼きです
肉が良いので美味いです
2杯目はトリュフかけごはん
野菜が少なすぎるうえ白菜ではなく大根だった。しらたきもなかった。と不満はあるものの肉は普通に美味かったし、ごはんとおみおつけのオカワリは無料だし、2杯目のごはんはトリュフかけごはんで贅沢ではあった。物腰柔らかい店員さんは英語で外国人の客をさくさく裁いてて、外国人が手軽に「日本風」を楽しむにはちょうど良い店なのかも。我々が間違えて訪問しただけで。
訪問2回目の神楽坂「千」。入口も内装もしつらえもザ・神楽坂!メニュー内容ももちろん神楽坂っぽい淑やかさである。
入口を内部から
酢味噌!ぬた!
激美味の焼き生麩
艶やか~
全部美味い
セオリー通りの椀と白飯
可愛いデセール
神楽坂で鴨しゃぶランチ。初めて訪問した店だけど、こちらもザ・神楽坂!門口もしつらえも雰囲気も内容も大満足!初めて鴨しゃぶ食べたけど美味しいなあ。次は鴨すき焼き食べたいなあ。
鴨専門店の鴨匠
窓から見える新緑がいいね
わーい、鴨がたくさんある~
その他もボリューム満点
白髪ねぎと鴨をブッ込んで
ひたすら食す
最後に蕎麦を投入!
美味しーい、お腹いっぱーい
デザートとコーヒー付きでお得
締めは丸の内「魚匠 銀平」!いやあ、ここは凄かった。美味かった。刺身、煮魚、鯛めしのすべてが豪快!また行きたい。
いきなり豪華だぜ!
ダイナミックな盛り付け
刺身が厚い!嬉しい!
うっまああああああああ!
乾杯しなきゃ!
揚げ里芋のあんかけ、極上
鯛のお頭の煮付け
極限までほじくって食べました
箸休め的なお蕎麦
来たぞ!天婦羅!
土鍋サーブされる鯛めし
鯛の良い香りがします!
わーいわーい
あ~~美味かった
最近は魚を良く食べるようになった。夜は毎日鯖を食っている。なぜか。コレステロールを下げるためである。6月に健診があるのである。青魚食ってライブで運動してるので今年は良い結果になると信じている。
芳しき英国調推理小説 湖畔荘
えれー久しぶりに推理小説を読んだ。疲れた精神と脳味噌にちょうど良い匙加減の作品であった。答えも動機も全て用意されているので読後はスッキリ爽快。って書いたところで思い出した。そういや「殺人事件に巻き込まれて走ってる場合ではないメロス」も一応推理小説だったっけ・・・。まあアレは亜流というかパロディというか、爆笑するほど面白かったけど王道ではないだろう。今回のやつは正真正銘の王道だ。
湖畔荘
ケイト・モートン
創元推理文庫
スコットランドヤードの女性刑事ケイディは担当した事件でしくじって謹慎処分の身であった。なのでしばらくロンドンから離れて、コーンウォールの祖父の家で過ごすことにした。祖父には謹慎処分のことは言い出せず、休暇と偽った。
ジャケ買いです
ある日ジョギング中に勝手に走り出した犬を追って大きな屋敷を見つける。庭と思しき平地は雑草がはびこり、蔦に覆われた屋敷はひっそりとしていた。曇った窓から中をのぞくと蓋が開いたままのピアノ、位置がずれたソファのクッション、テーブルの上のティーカップ・・・。さっきまで誰かがいたような形跡が残っている。打ち捨てられた屋敷は「誰か」をずっと待っているように思えた。
ケイディはちょっとした好奇心で屋敷について調査してみると70年前に屋敷で乳児失踪事件が起こっていたことが分かった。現在に至るまで犯人は不明、失踪した乳児の行方も不明、事件は迷宮入りのままであった。
物語は過去と現在が入れ替わり立ち代わりし、それぞれの時間軸で物語が進行していく。戦争の記憶、残された家族の記憶をつなぎ合わせ、当時は誰も気付かなかった一家の秘密が徐々に詳らかになっていく。しかしその秘密は保身や隠蔽のためではなく、大切なひとたちを守るためのものであった。
-略-
品の良い表紙に惹かれてジャケ買いした作品。木陰から姿を現す屋敷を描いた深緑色の上巻、アンティークな室内を描いた臙脂色の下巻、これこそ品の良さを標榜したがりのマダムが読むべき書籍ではなかろうか。
レースの飾り罫が素敵
こういう部屋に住みたい
果たして正解であった。久しぶりに王道を読んだ思いである。ロンドンと海沿いの地方都市コーンウォールを舞台としているのが良い。やっぱ舞台はエゲレスが王道よ。また、王道推理小説の例によって登場人物が多い。こういった推理小説には登場人物の簡単な紹介ページが欠かせないが当作品にはない。マジかよ、と思ったが読み続けるうちに理解できているので作者に筆力があるのだと思う。
焦点となる70年前の乳児失踪事件では当時の関係者が存命しており過去と現在が絡み合い、最初のうちは時代と場所、登場人物が頻繁に切り替わるので粗い印象だが、物語が進むにつれ断片的だったパーツがあるべき場所に収まり全ての謎が一気に解ける。美しいモザイク模様のようだ。よく練られた構成である。
さらに情景描写が素晴らしい。地方都市の広大な敷地に立つ屋敷にある秘密の出入り口、湖畔のピクニック、恋人たちが逢瀬に使用したボート小屋、蔦が描かれたレターセット。ヴィクトリア&アルバート博物館のティールーム。
なんて英国的なんだ!と思った。英国以上に英国的である。ところがコッテコテの英国調とは裏腹に、著者のケイト・モートンさんはオーストラリア出身であった。あー、なるほど、これはアレか、モヒカンの高さと鋭さは都市からの距離に比例するっていうアレか。距離があればあるほど想いが募り過ぎて原理主義者に近づくってやつか。確かに「英国的過ぎる」と感じる部分はあった。一家総出でティーバスケットを持って湖畔でピクニックするとか、ヴィクトリア&アルバート博物館でお茶するとか。憧れるわあ~。
ケイト・モートンさんは旧き良き英国が大好きなんだと思う。そんで、行間からほとばしる「好き」に英国過剰さを感じたのだと思う。最近の推理小説でここまで英国調なのって珍しいんじゃないかな。まあ、全部の推理小説を読んでるワケじゃないから知らんけど。イメージで語ってるだけだけど。
なかなか良い読み心地でラストはみんな幸福になったので、また別の作品を読んでみようと思う。



































































































































































