
伝説を紐解く面白さ ハーメルンの笛吹き男
諸兄姉は「ハーメルンの笛吹き男」の伝説を知っていると思う。この伝説は伝説としては珍しく、事件の起こった年月日が残されている。ということは史実であろうか。史実だとすると子供たちはどこへ消えたのだ?中世とはいえ町から130人もの子供たちが連れ去られるなど大事件だったに違いない。その謎に迫った一冊。
ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界
阿部謹也
ちくま文庫
1974年に上梓された本書は、半世紀以上経た現在でも版を重ね売れ続けている。それだけ笛吹き男の伝説が色褪せず魅力を保ち続けている証左であろう。wikiの解説を含め現在巷に溢れているハーメルンの笛吹き男関係の解説や概要は、全てこの本が元ネタである。
カバー装画はブリューゲル
著者は中世ドイツの西洋史学者、ドイツ留学中にひょんなことから笛吹き男を追いかけることになった。図書館で古文書を調べていたとき、思わぬ記録と出会ったためだ。曰く「ザクセン地方にハーメルンの笛吹き男にひき連られた子供たちが入植した可能性がある」という一文である。
え?ハーメルンの笛吹き男?子供たちが入植?ただの伝説ではないのか?もしかして史実?マジか。著者の脳裏には幼い頃に読み親しんだ懐かしい伝説がありありと蘇る。そこから著者は笛吹き男にドバマりしてしまったのである。本書は中世に起こった事件が世間でどのように語り継がれ伝説化したのかを探っている。解釈は幾通りもあるが、最も有力とされている説を見てみよう。
・当時の情勢
1284年6月26日、ハーメルンの子供たち130人が笛吹き男に連れられて町をでたまま帰ってこなかった。著者はこの年代で中世東ドイツ植民運動を想起する。そこから中世の村の運営、支配権の移譲、貴族階級の領土の拡大、都市の成立といった歴史背景が語られていく。中でも著者が一貫してスポットを当てているのが生まれた土地で細々と生活を営む下層階級(主に農民)のひとびとである。彼らは生まれた土地を捨てて別の場所へ移動するなど考えたこともなかったひとびとである。
農民たちの暮らしは当たり前だが楽ではなかった。作物の出来不出来、家畜の病気、家族の病気、支配者による強制的な権利変更、貢税(物品で納める税)の引き上げなどで常に疲弊していた。農民にとって最も過酷だと思われる災難は飢饉であった。本書に記載されている12~13世紀ヨーロッパにおける飢饉の発生をまとめた表を確認すると、だいたい5年ごとに飢饉が複数個所で発生し2~3年続いている。飢饉が1シーズンで終わることはなく酷い地域では人肉食まで行われた。
では事件のあった1284年はどうかというと、ヨーロッパに飢饉は起こっていなかった。しかし飢饉の記憶は残り、一度上昇した価格はもとに戻ることはない。
17世紀に描かれたハーメルンの水車場
・笛吹き男とは?
13世紀あたりの中世時代は貴族社会と都市形成の黎明期にあたる。貴族は広い土地を持っているだけでは生活できない。その土地を耕す小作人がいなければ貢税が徴収できないからだ。そこで登場するのが「植民請負人」、いわゆる小作人スカウト業者である。貴族に雇われた植民請負人はどこか遠い土地で小作人をスカウトし、植民領へ連れてくるのである。植民請負人は貴族の使者、宣伝員の役割であったので極めて上等な服を着用していた。曰く
30歳くらいとみられる若い男が橋を渡り、ヴェーゼルフォルデから町に入ってきた。この男は極めて上等の服を着、美しかったので皆感動したものである。男は奇妙な形の銀の笛を持っていて町中に吹き鳴らした。するとその笛の音を聞いた子供たちその数およそ130人はすべて男に従って、東門を通ってカルワリオあるいは処刑場のあたりまで行き、そこで姿を消してしまった。
(引用:修道士ハインリッヒ・フォン・ヘルフォルド(?~1370)の「金の鎖」の写本の最後の頁に追記されていたもので1430~50年頃に書かれたもの)
笛吹き男といえばコイツだ!
・6月24日
事件の起こった6月24日は聖ヨハネの日である。北ヨーロッパでは夏至祭に当たる。中世は宗教改革の過渡期にあった。ハーメルンにおいては旧宗教の夏至祭と新宗教の聖ヨハネの日が結びつきヨハネ祭となり、成人式や組合の加入、市民権の付与、職人の独立や昇格、集団結婚式などが行われ、6月24日は教区の重要な祝日であった。
集団結婚式の様子を描いた挿絵
以上3点を足掛かりとして謎解きをしてみよう。都市が形成されつつある中世、土地貴族は植民請負人を雇って小作人となるべき農民たちをスカウトしてくるよう依頼する。近所でスカウトしたら元いた土地に戻られる可能性があるので出来るだけ遠い土地でスカウトすることが肝心である。一方、都市形成から外れた小さな町は細々と生活していた。細々といっても人口は増加傾向にあり慢性的な土地不足でもあった。更に度々起こる飢饉が価格の上昇を招いている。そこへ現れたのが植民請負人である。
東部からやってきた植民請負人は新しい土地を約束する。しかし問題は移動距離だ。少なくとも500キロは移動しなければならない。そのためには資金と事前準備が必要である。幸いここ数年飢饉は起こっていないので多少の貯えはある。移動して最初の冬さえ超えてしまえば、あとは村や町の建設に従事すれば良い。到着して数年間は税免除の保証もある。
よって植民請負人が集めるのは若い人材だ。カップルだと猶更良い。ということでヨハネ祭で集団結婚式を終えたカップル65組は植民請負人に連れられて新しい土地へ移っていったのである。
最古とみられる笛吹き男の素描
という解釈が成り立つ。なるほど、伝説では子供と表現しているが実際は成人したばかりのティーンエイジャー、足の不自由な少年(耳の不自由な少年、目の不自由な少年など仮説あり)だけが取り残されたという説明もつく。とはいえこれは後年の考察に過ぎず、本当のところは分からない。本書でも答えは出ていない。なぜなら子供たちが入植した土地が不明、子供側の証言が不明、そもそも子供たちの名前が不明と、当事者であるはずの子供たちについて不明だらけだからである。笛吹き男の伝説は全て「出ていかれた側」の証言なのである。
だからこそ伝説として残っていると著者は言う。いつまでも忘れられないのは残された側である。自分の子供を遠い土地へ送ることは悲しいが、この土地で生きるより幸せになるのであればと涙を飲んで見送ったからこそ、口伝として各地へ伝わり、教会の文献に書かれ、碑文が建てられ、時代を超えて生き残ったのである。
16世紀に建てられた碑文には
「悪魔」が子供を連れ去ったと刻まれている
笛吹き男は社会情勢によって改変されている。最古の記録では「上等の服を着た男」が、宗教改革後は「悪魔」に置き換えられ人間の罪に対する神の怒りの結果で子供たちが消えるという一種の教化として語られるようになり、別の場所では「鼠捕り男」の教訓話(鼠を退治した男に金を払わなかったため子供たちが連れていかれる)になっている。伝説は姿かたちを変えながら語り継がれてゆくものなのだろう。それでも130人の子供の失踪だけは謎を含んで残り続けている。
笛吹き男伝説を世界的に有名にしたのがグリム兄弟が収集・編集したグリム童話である。ただし童話で語られているのは笛吹き男ではなく鼠捕り男だ。グリムが各地の民話や伝承を収集した19世紀当時は鼠捕り男が完成形だったのであろう。帝国主義が拡大し始めた19世紀、グリム童話は爆発的に売れた。
その理由はなにか。ナショナリズムの台頭である。18世紀末、ドイツは数多くの領分に分裂したままであった。島国イギリスは強力な国家体制を軸に広大な海域を支配、隣国フランスでは調子に乗ったナポレオンがブイブイいわせており、なんかヤベー予感がしてたら案の定ナポレオン戦争に突入、ドイツは(という国名ではないのでプロイセン、ナッサウ、バイエルン、ブラウンシュヴァイクとかそのへん)敗北を喫す。そこでプロイセン王国が音頭を取って国家統一(ドイツ帝国)に乗り出したのである。
みんな大好きグリム童話
しかし言語も習慣も違う地域を武力と政治力だけで統一することは難しい。人心を掌握するためにはそこに住まうひとびとの共通認識が必要だ。いわゆるソフト面である。その役割を担ったのが古くから伝わる民話や伝承である。それは国を超え時代を超え伝わってきたものだ。民話の登場人物たちと同じ日々を暮らし同じ苦しみを味わってきたひとびとは、民話に共感するだろう。共感を得て民族の一体性を図ったのである。
以上、笛吹き男のみサクッとまとめてみたが、本書はわりと脱線が多く、その脱線が面白い。中世ドイツの社会的諸状況、町の成り立ち、下層民の生活、乞食と貧民の違い(乞食は芸術枠の職人だった!)、練り歩き(祭りの行進)の実態、キリスト的禁欲と原始宗教的喜劇の対立、故郷を持たない遍歴芸人などなど、読みどころばかりである。
コミュニティから零れ落ちたひとびとへの優しいまなざしが本書を貫いているのにも好感を持った。
新しき娯楽 アールデコとモード
昨年から続くファッション系展覧会の締めくくり、アール・デコとモード展へ行ってきた。
年末に行ってきました
嬉しいことに撮影オッケーエリアがあったので、まずそこから紹介する。メインビジュアルに使用されているドレス3点。
ビーズのフリンジが細かい!
手刺繍ですよ!
シャネルのベルベットドレス
バッグはもちろんビーズバッグ
リングは橋本コレクションから
ロシア・アヴァンギャルドっぽくもある
デイドレスとアンサンブル。ブラックのアンサンブルは1928年のシャネルである。パールのロングネックレスとカメリアブローチも相まって既にスタイルが確立されているのが分かる。カッコ良い。
すっごくクール
ポール・ポワレの夏用デイドレスは赤い刺繍が超かわいい!
すっごくキュート
圧巻だったのがパンプスのヒール!ラインストーンやビーズの意匠がアールデコ!これ全部手作業。いつ、どこに履いて行ったんだろう?パーティーやダンスホールかな。もちろん送り迎えの車付きで。
意匠がアールデコのそれ
芸術品
カッコ良い~
ヒールのビーズ張りの仕事楽しそう
平成のデコ携帯みたいなものか
デザインにセンスある
オブジェじゃん
上品なアールデコ
さて、アールデコ直前はアールヌーボースタイルの時代であった。コルセットで腰を細く見せるS字型シルエットが特徴である。女性はコルセットでウェストをギュウギュウ締め上げ、たまに失神したりしていた(失神した振りも多かった)。失神は女性らしさを格上げする仕草であり、失神したら嗅ぎ煙草を嗅がされて蘇生するのである。嗅ぎ煙草入れは必須アイテムのひとつであった。蘇生も、いかに女性らしく蘇生するか工夫されていたと思われる。なかなか楽しそうではある。
コルセットのデザインは好きだけど
ここまで締め上げるの?
シュミーズ、ペチコート、コルセット
アールヌーボー3点セット
で、こういうドレスを着ると
レースが命
丈も長い
失神するほどウェストを締めるということは、身体加工の一種とも言える。過剰な身体加工が女性の必要不可欠な身だしなみとする時代は長く続いた。それに楔を打ち込んだのがアールデコである。アールデコは身体加工ファッションをタコ殴りし、とうとう息の根を止めた。
あっ、これなら楽そう!
ウェストマークはするけど
身体加工ほどではない
いま見てもモダン
見た目もスタイリッシュだし
デザインはモダンになってもドレスを飾るビーズや刺繍は手作業である。現在でもオートクチュールは手作業だ。なんと贅沢なことか!
針仕事って布地が薄いほど難しいんですよ
大小のビーズの縫込みがスゴイ
ビーズの形と配色で気が遠くなる
スゴイよスゴイよ!細かいよ!
どのくらいの日数をかけたのでしょうか
ドレープの美しいドレス
ギャザーも手作業だろうな~
アールデコデザインはもう現代のそれである。脚を必要以上に隠すこともないし、ウェストを必要以上に締め付けることもない。コルセットの時代が終わりブラジャーが登場する。履きやすい靴に絹のストッキング。
これは可愛いかった
現代のスリップと変わりません
ガーターベルト登場
顔がアールデコ
現代のパンプスと変わりません
女性用スポーツウェアが登場したのもこの時期である。テニス、ゴルフ、スキー、そして海水浴。モードはファッションだけではなくライフスタイルにも影響を及ぼした。(ミュージックシーンでは変人エリック・サティが変革を起こしていた)
スキーウェア
テニスウェア
女性のテニス選手
スイムウェア
ファッション雑誌は次々と新しいモードを紹介し、欧州はもとより新興国のメリケンにまで波及した。
VOGUEはメリケン発祥です
写真ではなくイラストでした
ファッションプレートといいます
アールデコの流行には産業革命が一役買っている。産業革命から消費文化が生まれた。人々はモードを享受しスポーツで余暇を過ごした。消費する愉しさを知った。消費が新しい娯楽となったのである。
身体を締め付けないファッションに身を包んだ女性たちは屋内から飛び出してアクティブに娯楽を楽しんだ。アクティブもいいけどお化粧も大事。ってことで手軽に持ち運ぶことのできるプレストパウダー入りコンパクトが大流行。産業革命のおかげでデザインだってより取り見取りだ。
コティのコンパクト
コンパクトいろいろ
個性的
ベンチに座って化粧直しするお嬢さん方
時計付きライター
シガレットホルダー
今更だがファッションにおけるモードとは流行やトレンドを表す。流行廃りは昔からあった。近代の女性ファッションを見てみると革命前はロココ様式のローブ・ア・ラ・フランセーズ、革命後は古代ローマに回帰したエンパイアスタイル、スカートを巨大化させたクリノリン、後ろが膨らんだバッスル、S字のアール・ヌーボースタイルなど、時代によってモードは変革していく。ファッションは社会情勢や経済、それらに伴う世相をバックボーンにした生き物なのだ。
この時代のデザインが大好き
現在はどうだろう?ファッションは自由だ。誰がどんな服装をしようと気にしないし、自分の服装を他人は気にしない。だからこそ「装う」ことを大事にしたい。自らのファッションに無関心にはなりたくない、と強く思うのである。
有閑マダムの密かな愉しみ 和食大量編
去年の和食画像が大量にあったので放流。新しい店を開拓するより、以前喰って美味かった店の再訪が増えた気がする。守りに入っているのだろうか。これが歳をとるってやつか。
飯田橋てんぷら金子は2度目の訪問。リーズナブルなランチでいつも満席。ランチコースをいただく。〆の天丼が美味いんだわ。
予約必須
ドレッシングが選べます
さあサクサク行くわよ!
おろしとつゆはおかわり自由
揚げたてサクサク
ちょうどよい量
真打登場!
かき揚げの海老がプリプリ
デセールはアイス
同僚と映画を観た後に渋谷スクランブルスクエアの居酒屋で乾杯。インバウンド狙いの店っぽかったけど客は全員日本人。地味な一画だからだろうか。20代の頃、このあたりでPCスクールの講師やってたな~。懐かしいというより激変し過ぎてココドコ状態。地味さだけは変わらず。
なかめのてっぺんらしいです
先付のバーニャカウダ
居酒屋で必ず頼む出汁巻き
鶏の炭火焼き(だと思う)
〆のごはん
これはなんだっけな~(忘れた)
神楽坂鳥茶屋別館でうどんすき。布団のような極太うどんが美味い。毎年の恒例になりそう。
月に一度の贅沢ランチ
ワクワクするわ~
和食屋だから刺身も美味い
焼き物も美味い
角煮も美味い
超柔らかいのよ
具沢山うどんすきです!
餅もあります
出汁が美味いのよ
極太うどん最高~
〆のシャーベット
3度目訪問の土佐料理祢保希(ねぼけ)。初ガツオの季節に来てしまうな~。カツオも天ぷらも角煮も付いてる定食をサクッと。
とりあえずアルコール摂取
豪華なお膳です
カツオが主役
天ぷら付が嬉しい
2度目の訪問、うなぎ四代目菊川。ここも夏の恒例になりそう。ほかの鰻屋を開拓するより、ここがいい!ってくらいお気に入り。今年もたぶんここで鰻喰うと思う。
個室なので思う存分しゃべり倒す
ハイボールでかんぱ~い
うなぎづくしコース
うなぎのなにか
うなぎではありません、尋常な刺身です
うまき
白焼き!!美味い!
わーい、うな重だ~
大盛りでも良かったな~
シャーベットで〆
ポンギのつるとんたんでランチ。本当はうどんだけでいいんだけど、席のみ予約は出来ないのでランチはコースを予約するしかない。モダンな店内、窓際の予約席ってことで悪くはない。悪くはないが、こんなもんかなって感じ。うどんは鶏クリームのおうどんを選択。こんなもんかな。
うどん屋のくせにモダン
先付うどん
かんぱいしましょう!
いろいろある
刺身もある
たけのこ??だったかな?
2杯目いきまーす
友達はしゃぶ肉のおうどん
チキンクリームうどん
うどんのコシとつるつる感が好き
アイスで〆
どーしたわけか続けざまにポンギつるとんたん。待ちたくないので予約。ってことでまーたコースランチ。
また来てしまった
乾杯しましょうかね
ミニうどん
いろいろ
刺身2種
揚げ物
友達が頼んだ鴨のおうどん
うどんは牛すじぼっかけのおうどんを選択。そしたらこれが!!
大正解!!!!
あ~美味かった
甘辛で牛すじの旨味がジュワ~っと拡がるマダムの好みド直球!コンニャクも良い仕事をしている。美味い!美味い!なにこれ美味い!つるとんたんで正解を見つけたかも知れん。もう次からはこれしか頼まんぞ!と強く誓うほど美味かった。もうね、コースで余計なものは喰いたくない。これだけを大盛りで食べたい!次は予約なしで並んで牛すじぼっかけのおうどんだけ喰ってやる!
和食じゃないけど神楽坂の魚金イタリアンCASA。魚金のくせにイタリアンだと?と思ってディナー予約してみたら正解だった。外装内装が隠れ家っぽくて良い雰囲気。コースで次々と出てくる皿は和あり洋ありで盛沢山!また行きたい!
路地を入った隠れ家
ウェ~~~イ!
豊洲市場直送鮮魚カルパッチョ
薄焼きパンにイタリア3色
ミニ海鮮丼
握り鮨!
柿(だったと思う)のフリットと生ハム
ハマグリのカッペリーニ
プレゼンが面白い
飯系またきた!
本鮪の手巻き寿司
海ぶどうが新鮮
赤茄子とゴルゴンゾーラグラタン
フゥー!そろそろ終わる?
終わらなかった!
猪豚アマトリチャーナリガトーニ
まだある!黒毛和牛
マジかよ!土鍋炊き込みご飯
いや~食べたね~~
って宇治金時キター!
もう食べられません・・・
和食、美味いっす。つるとんたんで正解を見つけたのが儲けもんでした。今年もあちこちに出張って美味いものを喰いたいです。美味い物しか喰いたくないです。
スタイリッシュな悪ふざけ サブスタンス
50歳を迎えたエリザベスは、長年続けてきた冠番組を体よく降ろされる。プロデューサーがもっと若い女を欲したためだ。急な降板に呆然自失のまま車で帰宅している途中に自身の大看板が無残に撤去されているのを目撃、目が逸らせず脇見運転で事故を起こす。
ショック
エリザベスは病院で手当てを受けるが相変わらず呆然としたままだ。そんなエリザベスにイケメン看護師がUSBを渡してきた。それは若返り薬「サブスタンス」の宣伝だった。DNAのロックを解除する薬品を注射し、細胞分裂でもうひとりの自分を作りだすという代物だ。大いにヤバそうなブツである。それでもエリザベスは連絡を取りサブスタンスを手に入れた。
サブスタンス一式
活性化剤を注射するとエリザベスの細胞が急激に分裂し始める。背中が盛り上がり眼球が増え、背骨に沿って背中が割れた。
分裂中
生まれ中
そこから美しい女が這い出てきた。
え、誰
これはエリザベス?それとも別人?母体であるエリザベスは背中を開いたままバスルームで横たわっている。死んでいるのか生きているのか分からない。女はエリザベスの背中を縫い合わせ母体用の栄養を与えた。母体の体液を吸い出し必要分を自らに注入する。母体液の注入は毎日やるべきルーティンのようだ。
女は外へ飛び出しオーディション会場へ向かった。エリザベスの後継者を決めるオーディションである。
記号化された男性と女性
名前を聞かれた女は「スー」と答える。スーは完璧な女だった。皮膚には張りがあり顔にはシワ一つない。細すぎず太すぎず、女性らしい体系で胸があってウェストは細い。引き締まった脚が伸びている。つまり、若いのだ。スーはオーディションに合格した。
もうひとりの自分
エリザベスが目覚めると知らない女が倒れていた。誰だこれ?あっ、もしかしてもうひとりの私?なんて若々しくて可愛いの!やっぱり母体の質がいいからかしら?
エリザベスのクローン(スー)は7日間交代という条件を守ったようだ。しかし目覚めてもエリザベスがやるべき仕事はない。TV局に荷物を取りに行ったりサブスタンスの補充キットを取りに行ったりするだけだ。
ロッカーまで取りに行くんですよ
次の7日間でスーは鮮烈なデビューを飾る。街の大看板はスーが独占した。もともとエリザベスが独占していた看板だ。
自分の部屋から自分の看板が
見えるってどーなのよ
次にエリザベスが目覚めたとき、右手の人差し指に異変があった。朽ちかけているのだ。どうしたのかしら?
大変なんですけど
母体とクローンは7日間で交代しなければならない。薬品は用法要領を守ってこそ効き目がある。スーが7日間交代を守らず、数時間超えてしまったためにエリザベスに異変が起こったのだ。もう元には戻らない。TVではエリザベスが持っていた番組枠までクローンが奪っている。クローンのくせに勝手な行動が過ぎる。
孤独と焦燥が募るっていく。知り合いの男と食事に行く約束を取りつけるものの、化粧をしても隠せない老いた自分に苛立ち、落ち込み、約束をすっぽかす。
デミ様きれいなのに
スーはすっかり用法要領を守らなくなった。際限なくエリザベスから体液を抜き取り、自分の時間を引き延ばす。するとどうなるか。母体がそれだけ老いるのである。エリザベスはクローンに激怒した。中止することも出来るが、老いた状態を戻すことは出来ない。エリザベスは中止をためらった。
一気に老けました
次にエリザベスが目覚めたとき、更に老いは深まっていた。背骨が曲がり髪が抜け落ち、歩く足取りもおぼつかない。クソ!あのビッチ!なんて酷いことをしてくれたんだ!もうこうなったら中止する!絶対に中止しなければ!エリザベスは中止を連絡し最終キットを受け取った。
おいおい、237号室の女みたいになってるよ!
終了液をクローンに注入しているとき、ふと部屋に飾ってある花束が眼についた。そこには「みんな君を好きになる」と書かれたメッセージカードがあった。エリザベスは躊躇した。そう、思い出したのだ。あのときの名声を。幸福を。自信に満ちた自分を。クローンはもうひとりのエリザベスであるはずだ。だったら名声を受けるべきだ。だってあなたは醜い私のもうひとりの美しい私だもの。エリザベスは終了液の注入を途中で止め、交代キットでクローンを蘇生させた。
どうすればいいの
目覚めたスーは終了液を見つけて激怒する。奇声をあげながらエリザベスを殴り、蹴り、叩きつけ、踏みつぶす。
ご対面
スーにとって今日は大事な日なのだ。大晦日番組の司会に抜擢されたからだ。しかも生放送である。早くスタジオに行かなくちゃ!これでスターの仲間入りは確約されたも同然よ。だから母体に足を引っ張られたくないの。
スタジオ入りしてドレスに着替えたスーは気分が悪くなった。もしかして母体を殺したせいかしら?ちょっとお手洗いに行ってくるわね。口内に異物感を感じて手で触ると歯が抜けた。3本も抜けた。
ここからショッキングシーンが続きます
次いで爪が取れ、耳が落ちた。このままでは司会どころかカメラの前に出ることも出来ない。そうだ!活性化剤が残っていたはずだわ。あれを注入しよう。スーは急いで部屋へ戻り、残っていた活性化剤を注入する。
倒れたスーの背中からなにかが誕生した。モンストロ・エリザスーであった。
もっと大変なことに
(ここからスクリーミング・マッド・ジョージばりの素晴らしい特殊メイクモンスターの快進撃!)
―略―
年末ヒマこいてたので全然興味のなかった本作をアマプラでうっかり観た。そしたらこれがあまりにも出来が良くて驚愕感激、スクリーンで観なかったことを大いに後悔した一本。いや素晴らしかった!!
面白かった!!
なぜ興味がなかったのかというと、予告を見る限り面白そうとは思えなかったからである。スタイリッシュ、主演デミ・ムーア、若さへの執着、そういった断片的な情報で「自己肯定感がどーの承認欲求がこーの」みたいな内容であろうと思い込んでいたのだ。いままで何度も予告に裏切られてきた実績もある。ところが!!!
「可愛いが暴走して阿鼻叫喚」というキャッチは伊達じゃなかった!マジで阿鼻叫喚!しかもだ~い好きな部類の!デミ・ムーア主演で大正解!なにもかもが面白かった。それら面白さをひとつひとつ紐解いてみたい。
まずスタイリッシュである。エリザベスの部屋、バスルーム、スタジオの廊下、サブスタンスキット、配達ロッカーなどが異常にスタイリッシュなのだ。記号化されたスタイリッシュは本来カッコ良いという意味のスタイリッシュではなく、スタイリッシュをおちょくっているように見える。生活感のないエリザベスの日常も同じように記号化されている。
自分の部屋に自分のポスター飾るってどーよ
ショットやアングルなどのカメラワーク、煽るようなBGMが非常に的確で、全てのシーンを印象的にしている。無駄にスタイリッシュのくせに構成に無駄はない。スタイリッシュを無意味にするための計算された緻密な構成とも言えよう。
廊下の絨毯があの映画のヤツに似ている
エリザベスが担当していたのは朝のエアロビクス番組であった。いまどきエアロビクス?80年代じゃあるまいし。と苦笑するシチュエーションなのに、無駄なスタイリッシュはエアロビクスさえスタイリッシュに魅せるのである。スーのエアロビに至ってはカッコ可愛い域に達している。
古臭いけどスタイリッシュ
白人男性の番組プロデューサーはセクシスト(性差別主義者)に記号化されている。これがもう申し分ない「前時代的白人男性プロデューサー」っぷりで、最大公約数のエスプタインといった味わい深さ。
見事に白人中年しかいない
エリザベスやスー、プロデューサー個々人は実は重要ではない。重要なのはエンターテインメント業界を均一化し記号化しているということだ。これは内輪でしか機能しない記号である。外部には全く干渉しないが、外部から覗き見ると業界そのものが野次馬的なエンターテインメントに成り得るという構造だ。本作はそれを狙っている。
つまりエリザベスは相応に歳をとったため業界から規格外の烙印を押された元スター女優、スーは容姿を武器にした若い女性、プロデューサーは女性を選ぶ権利を持った白人男性、そういった魑魅魍魎たちがハリウッドには蠢いているという風刺になっている。
これだけだと「よく出来た風刺だなあ」で終わるのだが、そうは問屋が卸さない。マダムも卸さない。本当の見所は後半だ。
今作は前半と後半に分かれている。きっちり半分ずつ分かれているわけではないが、モンストロ・エリザスーというモンスター誕生以前と以後だ。これまでシリアスなボディホラーだったはずが、モンスターの登場で一気に別の映画に様変わりする。
【注意】以下、画像ありの盛大なネタバレ。
一度しか使用を認められていない活性剤で誕生したモンストロ・エリザスーは、外見はモンスターといえども中身はエリザベスである。その証拠に背中にエリザベスの顔が付随している。表の顔はスーである。崩れてるけど。
いい!すごくいい!
しかしやっぱりモンスターなので断片的にしかしゃべれないし、知能も低下している。それでもモンスターは着飾るのである。ドレスを着てダイヤのピアスを付ける。といっても耳らしきものがどこにあるか不明なので耳のあたりにブッ刺すだけである。両側にピアスをブッ刺したモンスターはうっとりと鏡を見る。
あなたモンスターですよね
頭部から申し訳程度に生えている髪を一束、カールアイロンでカールする。が、手先が上手く使えないので髪が焦げる。仕上げにポスターから切り取ったエリザベスの顔をお面にして張り付け、ポスターに口紅を塗る。
一気にエライことになったな
この一連のシーンが切ない。モンスターになっても装わずにはいられない女優のささやかな自意識が垣間見えるからである。ゾンビみたいだな、と思った。
ゾンビは脳味噌が腐っているので考えることは出来ない。だが長らく習慣としていた行動は身体が覚えているのでゾンビは生前の習慣を繰り返すのである。サラリーマンゾンビは通勤電車に乗り、主婦ゾンビはスーパーに行き、昭和ゾンビは百貨店最上階のレストランでお子様ランチを頼むのである。切ない。
本番ギリギリにエリザスーはスタジオに到着した。ステージにはトップレスダンサーたちが既に並んでいる。会場の照明は落としてある。番組が始まりスポットライトがマイクを照らす。エリザスーはしずしずとマイクの前に登場した。
スポットライト大好き
このときのBGMがなんと未知との遭遇だ!!観客は凍り付いた表情でエリザスーを凝視している。いやマジで未知との遭遇だよ!これってジョーク?それとも本気?どんなカオして見りゃいいんだ?
戸惑う客に構わずエリザスーはもぐもぐと不明瞭な祝辞を述べた。そしておでこあたりからなにかを産み落とした。おっぱいだった。どーしておでこからおっぱいが出てくるんだよ!しかも産み落としてるし!なんて描写だ!素晴らしい!マダムは興奮した。こんなに生理的に気持ち悪い映像は「ソサエティー」以来だ!素晴らしい!ブラヴォオオオーーーー!
ちょっとこの発想はありませんでした
マダムは興奮状態にあったが、観客は恐慌状態にあった。そりゃそうだよな。バケモノかと思ってたら正真正銘のバケモノだったんだもんな。でもな、考えてみてくれ。なぜエリザスーがおっぱいを産みおとしたのかを。ステージに勢揃いしているダンサーはトップレスだ。それでエリザスーは思い出したんだ。権力を持ってる男どもはおっぱいが大好きだと。おっぱいを出せばプロデューサーが喜ぶと。知能が低下した脳味噌でもそれだけは覚えてたんだ。
一瞬の静寂の後、観客が悲鳴を上げた。そこから一斉に観客はエリザスーを指して「モンスター!」「フリーク!」と叫ぶ。エリザスーはショックを受けて弁解しようとする。怖がらないで、あたしよ。エリザベス、そしてスーよ。モンスターがいくら訴えたところで伝わらない。それどころか混乱はますます拡がっていく。
とうとう観客のひとりがエリザスーに一発くらわし、頭が弾け飛んだ。
ここからが本番だ!
ところがエリザスーの頭は再生したのだ。とんでもねえバケモノだ!!気持ち悪いったらないぜ!最高だ!
細胞分裂暴走中
そのときエリザスーの腕が千切れて盛大な血が噴出し始める。
誰がこんなことを予想できたでしょうか
ここからは正真正銘阿鼻叫喚。お前のどこにそんな大量の血が収まってたんだ!というほどの大量の血をまき散らすエリザスー。ステージも観客席もエリザスーの血で真っ赤に染まる。逃げ惑う観客。唸るエリザスー。そりゃもう地獄の大饗宴。BGMもスラッシュメタル系だ。全てが調和したエクセレントなシーンである。えーと、なんの映画見てたんだっけ?
細胞分裂で血も大量生産
会場から逃げ出したエリザスーはスタジオの廊下で崩れて肉塊と化す。肉塊のなかからエリザベスが顔を出す。顔だけのエリザベスは根性で這い続ける。這って這って這いまくり、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの自分のスタープレートの上で安らかな微笑みを浮かべるのであった。
安らかに眠ってくれ
ということで盛大にネタバレしてしまったが、エリザスーが活躍(?)するシーンについて知ってもらいたいがために、こういう形になった。どうもこのシーンを嫌う観客が多いようで、もしかしたら見なくてもいいひとが見て、見なければならないひとが見てない可能性があると思ったからだ。
マダムはエリザスーが大好きだ。どんなシーンもCGやAIで制作してしまう現在、エリザスーは特殊メイクやラテックススーツを使用して撮影されているのである。物理的特殊効果なんてもうロストテクノロジーの範囲だと思ってたぞ。それだけでもスゴイのに、出来上がったエリザスーの最高にグロテスクな造形が唯一無二で素晴らしい。スクリーミング・マッド・ジョージ(関西人)が特殊メイクを担当した「ソサエティー」好きなひとは見るがよろしい。
そして主演のデミ・ムーアに拍手を送りたい。マダムはあんまり気にしたことのない女優で、どっちかっつったら「G.I.ジェーン」あたりから迷走している女優と思っていた。だがデミは迷走などしていなかった!真の女優であったのだ。もう本当に今作品にぴったしカンカン(死語)の女優であった。
さて、モンストロ・エリザスーについて承認欲求の成れの果てとかルッキズムに対する問題提起といった解釈がなされている。その通りだと思う。付け加えると「誰がエリザスーを誕生させたか」も重要であるように思う。
量産され続けるモデルを安易に受け入れ消費する我々こそ、エリザスーの誕生に一役買っているのではないか。そして我々は鈍感でもある。エリザスーは我々の人身御供とも言えるのではなかろうか。
※画像が何枚か削除されてしまいました…
キンザザ★2025大総括! 映画編
今年最後の記事、映画編です。どーでした?
どーしたもこーしたもないわよ。手軽にサブスクで観られるから映画館に出掛けなくなっちゃった。退化よ、退化!
全国的に映画館が次々と閉館しています。
シネマカリテ新宿の閉館にはビックリよ!しょーもないB級をたくさん見たわ・・・。
カリテが閉館したら、一体どこがゾンビーバーみたいなB級を上映してくれるのでしょうか。
シネコンでは絶対上映しない系
これからはヒューマントラスト渋谷とシネマート新宿、K'sシネマが命綱ね。シネコンは期待してない。って文句ばっかり言ってちゃいけないわね。足を運ばないと。
では今年マダムが足を運んで映画館で観賞した作品の中からトップスリーをお願いします。
え・・・、そんなに映画館で観たっけ?まあいいわ、ちょっと思い出すから待ってて。
※メローイエロー:毎年恒例年末対談に現れる謎の人物。常に覆面姿なので、誰もその素顔を知らない。もちろんマダムも知らない。対談はいつも通りマダムが赤、メローイエローが緑という対話形式で進めます。
あらやだ。
どうしました?
ないわ。
そんなワケないでしょう?
いや、あることはあるんだけど、単独でレビュー書いた作品が本当にマジで少ない。っつか、まあ「書きたい!」って心の底から思ったものしか書いてない。
いいんじゃないすか?つまらん作品の薄いレビューより。
そう?じゃあいいか。まず、そうね、第3位は、うーん。これは甲乙付けがたいわね。
どっちでもいいっすよ。
そんならこっちにするわ。ANORA。
おっ、パルムドール受賞作品ですね!
これは公開前から楽しみにしてた作品よ。そして期待以上だった。アノーラの自立心と胸のすくようなラスト!なんてったってアノーラが可愛いの!
ショーン・ベイカー監督の底力を感じる作品でした。
監督が参考としたのが「女囚さそり」ってのがいいわね!70年代東映の姐さんたちにやっと世界が追い付いたのね。
好き勝手出来ていた頃
教皇選挙とパルムドールを争ったんでしたっけ?
そうだっけ?でもアノーラ受賞ってところがカンヌって感じ。ブレないというか。
アカデミーはどうです?脚本賞とか獲ったじゃん。
アカデミーは細分化され過ぎて賞が多すぎてよくわかんない。カンヌみたいにスパっと1作品を最優秀にすればいいのに。
最近はAIとかも出てきて映画産業も大変らしいけど。ってこんなことここで言ってもどーにもならんしどーにかできるとも思わないので進めます。今年の第2位をお願いします。
ベルばらでーす!!
フランス革命マニアのマダムには嬉しい作品でしたね、これは。
フランス革命マニア、且つベルばら漫画原理主義者にとっては最高の映画化作品でしたっ!
ベルばら漫画原理主義者とは。
原作の漫画しか認めない主義であります!マダムは宝塚もアニメも無理でした!今年挑戦してみましたがヅカはいきなり歌い始めて挫折、TVアニメ版は初っ端から原作に忠実ではないので挫折。マダムのベルばらは漫画だけであります!
しかし今年のベルばらも大幅に改変されていたのではありませんか。
それは良い改変であります!改変はあっても大筋に干渉しておりません!ベルばらがベルばらたる本質は変わっておりません!劇中に登場するミニコミ誌が「Le Vieux Cordelier」でありましたことを嬉しく思います!
っしゃああああ!って叫びそうになった
ベルナールがオスカルに渡した個人新聞のことですね。ベルナールのモデルとなったデムーランが発行していた個人新聞がまさに「Le Vieux Cordelier」でした。
マダムは、マダムはもう思い残すことはありません!最高のアニメ映画でした!
まあね~、ベルばら映画っつったら例のベルばらしかなかったもんね。
汚点
うがあああああああああ~~~~(泡を吹いて倒れる)
Z級ベルばらを思い出して憤死。では第1位をお願いします。
「肉体の悪魔」よ。(泡を拭きながら起き上がる)
すごかった(語彙)
えっ?それは初耳。いつどこで観ました?っつかレビューしてないじゃん。
11月にシネマート新宿で観た。1週間限定だった。すごかった。
ちょっと情報が断片的で理解出来かねます。
ルーダンの悪魔付き事件を映画化したやつ。ケン・ラッセル監督の。
あ~~~!あれか!!あれをスクリーンで観たんですか!この作品は配信してないからアイテムを購入するしかないんですよね。観たかった作品を観ることが出来て良かったですね。
ケン・ラッセルの作品は日本であまり劇場公開されてないのよね。マダムは「トミー」しか観たことない。しかもレンタルVHSで。
で、どうでした?
すごかった。
・・・・。
またそのうちレビューするから。ルーダンの悪魔付き事件って中世の有名な事件じゃない?元ネタになった「ルーダンの悪魔」と「尼僧ヨアンナ」は持ってるから、まずそれらを読み込んで時代背景を総体的に理解したいの。じゃないと劇中の権力闘争の説明が出来ないわ。
当時の有名な事件には絶対宗教革命とそれによる権力闘争が絡んでますからね~。ではマダムの来年の宿題にしましょう。中世フランスの権力闘争。時系列でいうと「肉体の悪魔」の後に「尼僧ヨアンナ」と続きますね。ヨアンナはポーランドで映画化されているのでこれも見ないといけません。
首を長~~くして待ってて頂戴。
ところで「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」の話はいいんですか?映画のあとアマプラでアニメ全話見ましたよね?
うん、見た。ラストに感動した。「こうだったらいいのに」っていう終わりでみんな幸せ。
難民キャンプにいるララァをシャアが探しに来るんですよね。そしてふたりが出会う・・・
でも結局ララァの妄想じゃん。良い終わり方だけど軸になってんのはファーストでしょ。ファーストがないとララァとシャアの出会いもないワケで。
出たよ、原理主義。マダムはガンダムもファースト原理主義者だった。
老害と言われようと、これだけは譲れない!
はいはい。じゃあ今年は以上ですかね?
そうね~、とっとと終わらせて買い出しに行かないと。
急に年末感出してきよった。じゃあ今年も終わりましょうかね。
マダムのブログを読んでいただいたみなさま、今年もありがとうございました。来年はいつから始めるか、もしかしたら始まらないかも知れませんが、また来年も暇つぶしにたまにはマダムのブログにアクセスしてみるといいわ。
腰が低いんだか高いんだか。ではみなさま、来年もよろしくおねがいしますです~~。
です~~~。
・・・・・あー、つっかれたー!いつまで続けるつもりかしら、自分。ブログ形式はもう主流でもないのに。っつっても使い慣れてるし文章書くの楽しいし、やっぱりここで続けるしかないのかしら・・・(と言いつつ、おもむろに覆面を取る)。
※この座談会は、一部フィクションとなっております


































































































































































































