愛×義務×因習の三つ巴 ジャンヌ・デュ・バリー | 不思議戦隊★キンザザ

愛×義務×因習の三つ巴 ジャンヌ・デュ・バリー

ルイ15世時代のフランスは宮廷文化の最高潮にあった。何事も秩序付けられ厳格なルールがヴェルサイユを支配していた。王は起床したときから人目にさらされる。なぜなら近親者取り巻き官僚に囲まれてお着換えするからである。お着換えを手伝う人物、順番も大切だった。

今日も今日とていつも通り面倒なしきたりに沿ってお着換えするルイ15世だったが、気持ちは弾んでいた。新しい愛人を手に入れたからである。愛人の名はジャンヌ・ベキュといった。のちにジャンヌ・デュ・バリーと呼ばれることになる女性である。

 

トウが立ってる感じがジャンヌっぽい

 

ジャンヌは貧乏人の私生児として生まれた。というか宮廷文化が最高潮に達した裏で市井の民衆はそこそこ貧乏が普通だった。王や貴族は民衆に対してなんの感情も抱かず自分らだけで悦楽を消費し続ける。そんな時代である。

 

絢爛豪華ヴェルサイユ宮殿

 

一般民衆ながらも野心ある母親に育てられたジャンヌは、持って生まれた美貌を武器にしてのし上がる。もちろん美貌だけではダメで、言葉遣いや会話術、美術文芸、秀でたセンス、優雅な立ち振る舞いなども習得しなければならない。そして最も大切なのが閨房術である。ジャンヌは自らを商品とすることを厭わなかった。

だって貧乏なんていやだもの。清廉潔白に生きた結果が餓死なんて絶対いや。

 

ドゥミ・モンドのクルティザーヌ

(裏社会の高級娼婦)

 

美しく磨かれた売春婦にはあらゆる男どもが寄ってくる。売春婦に惚れたからではない。楽しい遊び相手として、自慢できるアクセサリーとして、そして強力なコネクションを得るための貢物として手なずけようとするのである。

ジャンヌは相棒の女衒バリー=セレ伯爵を通して高級娼婦の階段を駆け上る。その階段の頂点で、ジャンヌはルイ15世と出会った。

 

頂点にジョニデ

 

ふたりの出会いは仕組まれたものだった。それでも15世はジャンヌを気に入った。宮廷の空気に染まっていないジャンヌが新鮮だった。ジャンヌは自由奔放だった。ジャンヌは自由奔放に王を愛した。

 

ルイ15世なら仕方ないな

 

しかしふたりの蜜月は5年で終止符を打つ。ルイ15世が病に倒れたからだ。天然痘であった。献身的に看病するジャンヌだったが、とうとう王の居室から追い出される。ジャンヌは神聖な家族ではないからである。王が回復する見込みはない。そのためジャンヌは宮廷からも出ていかなければならない。庭にはジャンヌを修道院へ連れていくための馬車が既に用意してある。ジャンヌの愛した王はベッドで苦しんでいる。そう思ったジャンヌは踵を返し、再度王の居室の前に戻る。

最後にもう一度だけ彼にあわせて。さよならを言わせて。泣きながら訴えるジャンヌを、居合わせたひとびとは冷たい目で見る。なんて浅ましい女だろう。この期に及んでまで王を汚すつもりか。

「彼女を通してやれ」と命令したのは15世の孫、ルイ16世であった。ジャンヌは次期国王の優しさに感謝しつつ、死にゆく王に最後のキスをしてさよならを告げた。

 

―略―

 

デュ・バリー夫人が映画化されたと知ったとき、「は?映画にする要素なんてあるんか?」と思った。そしてルイ15世役がジョニデだと知ったとき、「絶対観なきゃ!」と思った。

サブタイトルは「国王最期の愛人」である。間違っていない。その通りだからだ。次期国王のルイ16世は妻アントワネット一筋というフランス王にあるまじき正直で実直な性格だったので愛人をひとりも作らなかった。そんで実質ジャンヌが「国王最後の愛人」となったのである。

フランス宮廷は昔っから爛れていたが、フランス王きっての女好きと言えばルイ15世であろう。女好きというより病的なヤリチンに近い(非嫡出の子供多数あり)。結婚当初から皇后のマリー・レグザンスカを毎年孕ませつつ愛人を数人囲い、皇后が「もう妊娠したくない」と王を断ってからはポンパドール夫人を公妾とした。王の惚れやすく飽きやすい性格を知ったポンパドール夫人は飽きられる前に娼館「鹿の園」を経営し、王に女をあてがった。それほどルイ15世は女遊びが大好きだった。否、女遊びをするか狩りをするか、それ以外にやることがなかったのである。

王なんだからそんなことより国を治める方が先だろ、と思われるかもしれんが、もうこの頃のフランスは王自らの責任において政に手を出す覚悟など微塵も持ち得ていなかった。自分のことしか考えない官僚どもが王に国を治めさせなかった側面もある。ルイ15世は煌びやかに飾り立てられた神輿に過ぎず、決められたスケジュール通りに儀式が終われば狩猟か娼館通いで時間を潰す。ルイ15世が最も恐れていたもの、それは「退屈」であった。

 

退屈王、ルイ15世

 

そうやって退屈を潰していた王の前に現れたのがジャンヌである。

 

デュ・バリー夫人肖像画

画家がヴィジェ・ルブランだからロココ調

 

といっても簡単に出会えるワケではなく、それなりの計画を立てなければならない。そもそもジャンヌを王の愛人にすることを目論んだのはジャンヌの愛人でもあり女衒のバリー=セレ伯爵である。しかし伯爵は王と親しい間柄ではないのでリシュリュー公爵を味方に引き入れる。バリー=セレ伯爵は王とのコネクションを、リシュリュー公爵は女を紹介することで政敵よりポイントを稼ぐという下心あっての計画だ。もちろんジャンヌはその計画を知った上で受けて立つ。

この頃の王はポンパドール夫人を亡くし、「鹿の園」も解散させられ女日照りが続いていた。極上の女を用意すればきっと王は飛びつくだろう。

 

女漁りを娘たちに戒められ中の15世

 

ジャンヌは一時期ポンパドール夫人の娼館のメンバーであったとされる。美貌を持ち閨房術にも長けているということだ。あとは宮廷のマナーを覚えるだけである。

 

髪を下したヘアスタイルは商売女の証

 

王との初夜は密会であった。いくらルイ15世といえども出自の怪しい商売女と遊ぶとなると人目を避けなければならない。ジャンヌは黒いローブを着せられ、夜の闇に紛れて裏口から王の部屋へ案内された。

 

ここまでさせて王はやりたいのか

王「やりたい」

 

たった一夜の関係のはずであった。ところが王はジャンヌを公妾に欲しがった。そのためには貴族の称号がいる。ということでジャンヌはバリー=セレ伯爵の弟、ギヨーム・デュ・バリー伯爵と結婚させてデュ・バリー伯爵の妻ベアルン伯爵夫人とした。

かようにジャンヌが宮廷で公妾となるためには面倒な手順が必要だった。こういったところにも良く分からんルールが適用されるのである。それが宮廷という場所なのである。

 

お披露目は鏡の間で

 

ジャンヌの宮廷入りは宮廷側にとって大事件であった。一夜の相手と公妾では意味が違い過ぎる。なぜなら私生児の商売女が正式に宮廷に入ることを王が認めた形になるからだ。宮廷側としてはやっとポンパドール夫人がいなくなったと思ったのに、また次の公妾に好き勝手やられてはたまったものではない。ポンパドール夫人は貴族ではなかったがブルジョワだった。ところがジャンヌは父親不明の貧乏私生児である。これならポンパドール夫人の方がまだマシだった。

 

長年15世のお気に入りだったポンパドール夫人

 

史実のジャンヌは機知に長けた朗らかな女性であったという。それに加えて男性服を着る、馬に跨る、ストライプのドレスを着る。ストライプは男性だけが身に着けていた柄である。これらは当時としては破格の不作法であった。

 

女性が馬に跨るなど言語道断の時代

 

こういったジャンヌの不作法を、劇中では性差を超えた革新性としてポジティブに描いている。そこが今作品の見どころのひとつになっているようだ。ジャンヌが卓越したファッションセンスを持っていたことは間違いない。いつの時代でも女性はファッションアイコンを真似る。ジャンヌのストライプドレス事件のあと、多くの女性がストライプ柄をドレスに取り入れるようになった。これはマジな史実である。

これだけだと「ジャンヌスゴイじゃん」みたいな感想で終わりそうだが、15世がジャンヌの不作法に目くじら立てず許していたのは公妾といえども中身はただの愛人で遺産や政治になんの影響がなかったためで、もし自分の娘が同じように振る舞ったら怒髪天をついていたであろう。逆説的だが、15世はジャンヌの尊厳を認めているようで実は認めていない。というところにまでどーせなら踏み込んで欲しかった。

 

ストライプ模様のドレスが流行った

 

ルイ15世の娘たちとの確執、輿入れしてきたマリー・アントワネットとの一連のエピソード、小姓として迎え入れたアフリカの少年ザモールの存在、15世が崩御して消されるバルコニーの蝋燭、礼拝堂で祈っていた16世とアントワネットの元に臣下が集まり「ルイ16世陛下、万歳!」と叫ぶなど、ちゃんと史実に沿っていてなかなか骨太な作品であった(出典はたぶんツヴァイク)。

 

黒人少年ザモール君

 

参考:ベルばら1巻

 

参考:ベルばら2巻

 

史実に沿っているようで、所々にフィクションが散りばめられている。それがまた上手い入れ方で、ジャンヌが最後のお別れの際に部屋の入室をルイ16世が許すエピソードはフィクションである。フィクションであろうともルイ16世だったらジャンヌに押し切られて入室を許すかも知れないな~と思わせる絶妙な匙加減。ザモール君と初対面したときに躊躇なく握手したシーンもルイ16世っぽかった。次期国王が家臣と握手なんてするワケないけど、これもルイ16世だったらやりかねないと思わせる。しかもルイ16世がイケメン。調べたらジャンヌを演じた(脚本・監督も)マイウェンの息子だそうだ。

 

ルイ16世が男前!

 

ザモール君と握手する男前

 

撮影はヴェルサイユ宮殿、15世が公妾としてジャンヌを披露する場所は鏡の間。絢爛豪華な衣装はシャネルである。んも~~~目の保養!目の保養!

 

いつか行きたい

 

デコルテがステキ

 

宮廷ファッションも似合うジョニデ

 

ジョニデのルイ15世も素晴らしい。薄化粧に宮廷ファッションが違和感ない。ほぼ無能の女好き、信仰心を持たず娘たちから嫌われている(ちなみに若くして亡くなった息子のルイ・フェルディナン(ルイ16世の父親)からも猛烈嫌われていた)ルイ15世を、退屈に苛まれる孤独な王として好演。ちゃんとフランス語使ってるのが高得点!まあ、前妻がヴァネッサ・パラディでフランスに住んでたことあるもんな。

 

貫禄出てきてたまりませんな!

 

さて、ジャンヌの最期はギロチンであった。革命の始まりとともに英国へ亡命したはずが、自分家に泥棒が入ったと聞き及んで宝石類が心配になってフランスに戻ってきたところを捕まったのである。タイミング悪いなあ、と思ったら、なんと元小姓のザモール君がジャンヌをジャコバンに売ったのである。ザモール君は熱心な共和党員となっていた。「小姓時代にジャンヌに弄ばれた」との証言があったともいわれており、その真相は不明だがザモール君がジャンヌを裏切ったのは本当である。

 

ザモール君の肖像画(画家不明)

 

よくよく考えると可哀そうな女性である。15世の公妾でさえなければ生き延びていたかも知れない。野心など持たずテキトーな貴族の庇護を受けて亡命していればそれなりに天寿を全うできたかも知れない。でもそんな生き方を選ばないのがジャンヌなのかも知れない。

ジャンヌはギロチンを前にして泣き叫んだと、処刑人のサンソンが回想している。