前回の記事では、
半期の節目を飾る講座が無事に終了したことを、
参加者の方からいただいた素敵なフィードバックとともに一緒にみてきました。
マネタイズの講座のはずが、
人生の、仲間との物語の講座だった。
そう受け取っていただけたことは、
本当に感動的ですし、嬉しいことでした。
新年講座からの一連の講座に参加いただいている方々も、一定数いらしゃって、いろんな繋がりが観えてきたのは、僕としても有り難い時間でした。
言葉の膜が剥がれて、
情報空間の構造と一度繋がり始めると、
いろんなことが有機的に深く繋がっていきます。
たったひとつ、単純な事実に気づけば、人生は可能性がずっと開けたものとなる。それは、自分を取り囲んでいるすべてのもの、人生と呼んでいるものが、自分より賢いわけではない人々が作り出しているということだ。
(1994年にシリコンバレー歴史協会(Silicon Valley Historical Association)がスティーブ・ジョブズ(当時NeXT社)に行ったインタビュー)
「やっと繋がりがわかった!!」
と喜んでいただけた方もいらっしゃるように、
それ自体が幸福な体験です。
なぜそう感じるのかというと、
そういう経験自体が新しい自分との出会いであり、
より良い自分に変容していくことであり、
これまでの悩みや苦しみからの解放となるからです。
それはSemanticsで、
膜が心の隅々まで蔓延っている状態で、
同じことをしても観えてこない構造ですね。
そして、
Stealであり、
創造性のコアに関わってくるものだと思います。
過去、現在を問わず、画家が誰か他人の作品に暗示、ないしは影響を受けて制作するという事実そのものは、けっしてそれほど珍しいことではない。美術の歴史は、そのような影響関係の事例を、たちどころにいくつも提供してくれるであろう。しかし、部分的な借用やあるかなきかの影響は別として、ピカソほど正々堂々と真正面から他人の作品と取り組んで、しかも執拗に繰り返しその試みを続けた作家はほかにいない。まして、一点の作品をもとに、数十点、ときには百点をも越える大量の連作を生み出した画家はほかにいない。何よりも、生涯を通じて絶えず「剽窃」を試み、歳とともにいよいよ頻繁に、いよいよ大がかりに行うようになった芸術家はほかにいない。ピカソほどすぐれた創造力を示しながら、その代表作のほとんどに「剽窃」の影がうかがわれるような作家は、まったく他に例を見ないのである。
ということは、この「剽窃」という試みが、ピカソにあってはけっして単なる気紛れや、あるいは筆の訓練というに止まるものではなく、もっと彼自身の内部の本質的なものと深く結びついていることをはっきりと物語っている。
(高階 秀爾著『ピカソ剽窃の論理』p232)
そこには相手に対するリスペクトがあり、
内へ内へ潜っていくことの先にあるものであり、
理想への意図があるから掴んで移動できるものなのかもしれません。
なぜなら、
知らないうちに自分に侵食し、その欲望によって競争に塗れた泥沼に自ら沈み込んでしまい悲劇の結果になっていく──欲望の模倣からは基本的に逃れることが出来ないから、というのはこれまでの議論の通りですね。
c.f.「自分らしく」生きようとするほど、誰かの「コピー」になってしまうのはなぜか?
であれば、その構造を掴み、
適切にデザインする必要があります。
模倣理論はそれについて重要なことを明らかにしている。人間は戦えば戦うほどお互いに似てくる。敵は賢く選ぶべきだ。その敵に似るのだから。
だが、もっと大きな問題がある。私たちは一人一人が、他者の欲望を形づくる責任を負っている。同じように、相手はこちらの欲望を形づくる。出会いの一つ一つが、双方の欲望を強めたり、弱めたり、もしくは欲望を別のものに向けさせたりするのである。
つまるところ、二つの問いが重要となる。「あなたは何が欲しいのか」「あなたは他者の欲望の形成にどのような役割を果たしたか」。どちらの問いも、もう一方の問いに答える助けとなる。
今日出した答えに満足できなかったとしても、問題ない。もっとも重要な問いは、私たちが明日、何を欲しいと思うかだ。
(ルーク・バージス『欲望の見つけ方 お金・恋愛・キャリア』
それらは、
ゴールや能力の輪とも密接に絡んでくるものです。
▽新年講座からの一連の講座でも扱っていました。
ここに、
前回の記事で一緒にみた、
「バランスホイール」が絡んできます。
バランスホイールが大切だと知り、
「職業・家族・趣味・健康・社会貢献・ファイナンス」を、本当にバランスよく現実に実行していくと、悲しいことに、どんどん平凡にありきたりになっていく可能性が高まります。
なぜなら、
物理空間で一つひとつを実行していくと、
能力の輪を広げて、時間もリソースも分散されていく現象が起こりやすいから。
いろんなことをたくさんやり、
いろんな領域に広げていこうとすればするほど。
「上手くいく人」と、
まったく「上手くいかない人」に分かれていきます。
物理的には同じことをしていても、
ある本質的なことが抜けていると、
ひたすらに薄っぺらい近似解しか出てこず、
ずっと人間性が立ち上がってこなくなります。
(それが何かは、明確ですよね。)
それは、本末転倒であり、
僕たちが本来目指すものから、
遠ざかっていく行為になってしまいます。
では、
どうすればいいのでしょうか。
・・・
・・
・
結論を置いておくと、
能力に輪に留まりながら、
それぞれのゴールを認知空間に置いておくことです。
ゴールに基づいて「配置」し、
それを盆地から羅盤のように境界(V=θ)を拡張し続けておくこと。(先日のワークでは、みんなでやりましたね。)
その臨場感の強度によって、
ための趣味(ミメーシス)以上に簡単にスコトーマを外せるきっかけとなるはずです。(ある概念を無くして、ひたすらに趣味を増やしても、それに意味がないといことです)
一見すると無関係なゴールを配置しておくだけで、
RASに作用し、関係する情報が上がってくるようになります。
なぜなら、
心の世界にまで広がったホメオスタシスが、
物理空間だけをみていては説明できないような変化を起こしていくからです。(どうすればいいか都度立ち止まって考えるのではなく、素早く走り出して、行動しながら考える方が効率が良い状態になっていくと思います。)
それは、
これまで決して、
意識に上がることもなく、
観えなかった情報や経験。
全く無関係に観えることが、
スコトーマが外れたことで、
関係あるものとして意識に上がる。
そういうイベントが起こる確率が上がる。
そうすることで、
全く無関係な点と点が結ばれ、
ランダムネスを起こしてくれるきっかけになっていく、と。
それらはすべて、
関係の中で、生じる現象です。
関係の中に生じる。
もう少しいうなら、
僕もあなたも厳密には存在しないのです。
だからこそ、
固定された“個人”というものを前提にすると、
現実を正しく理解できなくなります。
それゆえ、
僕らの人生はランダムの連続であって、
それが後から(未来から)観ると一つの連なりのように物語をみます。
けど、
一つひとつの結節点は信じるしかない程度にランダムに支配されているのだということが、T理論から考えれば自然なことでした。
この感覚を端的に表現しているのが、次の言葉です。
我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
(スティーブ・ジョブズ米スタンフォード大卒業式 2005年6月)
そう考えると、
現状から飛び出すランダムネスの「きっかけ」のために、バランスホイールがあるのであって、必ずしも現実に実行するためだけにあるわけではない、ということがうっすらと観えてくるかもしれません。
そのプロセスの中で、
抽象度の次元を上がっていくことで、
「マネタイズまでの5ステップ」も、
その再帰的な循環構造も、
もっと綺麗に観えてくると思います。
この講座の特典になっている
「遠隔ヒーリング特別編」は、
明後日の6月17日(水)に開催予定です。
そのため、
特別に明日6月16日(火)中までのアーカイブお申し込みであれば、遠隔ヒーリングにも参加できるように調整いたします。
このタイミングで一緒に
変化の流れに乗っていきましょう。
あと──
先日の講座についての
素敵な記事が書かれていたので、
ご紹介して終わります。
(JUMPEIさんのブログ)
ではでは、今回はこの辺で。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro












