僕たちを現状に止める言葉。

上手くいくはずがない
失敗したらどうするの
リスクを冒してまでやる必要あるの

そういうのをある種の洗脳といってもいいように、何かを始めようとする人を不安にさせる言葉で日常は溢れています。

だから、

やりたいことを始めたいけど、
まだ準備ができていないとか、
ヒーラーになりたいけど自信がないとか、
こんな自分ではまだ上手くいかないのではとか、
脱サラしたいけど怖いとか、
副業から始めたいけどリスクがとか、
扶養控除の範囲内で考えるのが妥当なのかなとか。

そんな不安が常に頭によぎる人が多いのかもしれません。



何をそんなに悩んでるの?
って、思うことはあったとしても、
言葉によってそういう制約を創り出してしまっているのだから仕方のないことだと思います。

これは他人事ではなく、
いつも自分のすぐそばにあること。

言葉に触れること、
誰かと関係すること、
それ自体が情報空間に影響を与える。

それによって洗脳もミメーシスも起こります。

どんな未来を描けるか、
ということも。

であれば、
どんな“”に接続していればいいのか、
といういつもの話になってきます。


 
今のあなたが何者であるか、五年後に何者になっているかは、どの本を読むかと誰に出会うかにかかっているというのが真実だとしたら、あなたは自分のクリエイティブな生活に招き入れるこれらのものについて、もっと積極的に考える必要がある。新しい協力者たちは、新しいエネルギーのベクトルをあなたの静的な世界に持ってくる。彼らは興奮しやすいかもしれない。人びとが、他の誰かと、櫻性がいいと言うとき、彼らは実験室の暗喩を漫然と使っているわけではない。彼らの分子が、あなたの分子に眺ね返っているのだ。
(トワイラ・サープ著「THE CREATIVE HABIT」)

もう少しいうならば、

意志の力で無理やり現実を動かそうとするのではなく、適切な“(未来のゴールや高いエフィカシーを持つ空間)に身を委ねれば、時間の経過とともに、エントロピー(無秩序)を増大させながら、同時により自己組織化(秩序の向上)を達成するという現象を生み出します。

c.f.流れに身を置くということ



たとえば──

準備ということについて。

準備はどれだけしても終わることはありません。

それには簡単かつ明快な理由があって、

世界も自分も、絶えず変化しているから

です。

常に変わっているから。

常に変わっているのだから、
仮に準備が終わったと思っても、その時にはすでに違う世界と自分になっていて、また準備が必要となっていきます。

その繰り返しがずっと続いていきます。

準備が終わるときというのは、
世界が終る時か、自分の人生が終わるとき。

つまり、
変化が完全に止まるとき以外には、
原理的にないでしょう。

いつか準備が終わると思っていると、
延々と準備して、気づいたら驚くほど月日は経っています。

あっという間に過ぎ去っていく。

もう取り戻せない時間が。

そういう生き方もひとつの在り方なのかもしれませんが、せっかくなら楽しく幸せになる可能性のある選択を少しづつでもしたらいいじゃないのかな、と僕は思うんです。

動けないと思ってしまう思考によって
正しいのか確証のないことをやるのは勇気がいるし、抵抗が生まれる気持ちは、よくわかります。

けど、
いざ好き勝手やってみたら、
恐れていたことは何も起こらなかった。

怖がっていたことは、
何一つ起こらなかった。

なんてことがほとんどです。

僕自身で考えても、
もしかしたら起こっていたのかもしれません。

けど、もう忘れました。

結局、思っていることなんて、
その程度のものだということです。



それを自然とできるようになっていくのが
”という共通の価値観で集ってきた情報空間のコミュニティです。



何かをする何の抵抗もなくできる人、
自然と上手くいってしまう人というのは、
ほっといても成功していきます。
(そう見えるだけで、実際には必ずどこかの“場”に接続しています。)

そうじゃなくて、
僕を含めてほとんどの人は、
きれいに牙を抜かれてしまってる。

そう簡単には好き勝手できません。

だから、
ほんのちょっとだけでも勇気を出した人が、
上手くいくのだと思います。

で、
準備は決して終わることがない、という事実。

そして、
どんな言葉に触れているのか。
(どんな場に接続しているのか)

この二つ。

これを実感ベースで持っていれば、
多くの悩んだり、不安になったりという現象は、
ただの洗脳みたいなもので不要だったということが、よくわかるようになると思います。

現状に満足していて、
やりたいことも全てしていて不満も何もない、
というのでしたら何もいうことありません。

けど、
何かを変えようとしているのであれば、
「とりあえず」一歩踏み出してみて、その都度いろいろ考えればいい、ということで何も問題ないことが多いはずです。

踏み出してみないと観えないこと、
ただの思い込みに過ぎなかったこと、
聞けば一瞬で解決すること、
横にいたら普通にできるようになったこと、
何に躊躇していたのかわからなくなること、

そんなことばかりです。

そういう関係の中に、
一見すると無駄のように観えない中に、
本当の「創造性」が隠されています。

創造的であるとは、
新たな価値を生み出すということです。



世界に対して、他者に対して、
新たな貢献を、他の誰でもないあなたとして貢献するということです。

そして、その生み出した価値のおかげで、
あなた自身も成功していくということです。

極端かもしれませんが、
どうせ生まれてきたなら、
どうせ死ぬなら、そんな人生が、いいと思うんですよね。

そういう好きに生きる人が、
価値を創造できる仲間が増えてくれたらいいな、
と思っています。

半年間にわたる
「Khronos Mentoring Program 1st」も無事終わり、「Khronos Mentoring Program 2nd」もいよいよ今週末から始まります。
Programに参加するしないに関わらず、
良かったら一歩踏み出してみてください。

思っている以上に、楽しいですよ。


ではでは、今回はこの辺で。

また次回の記事でお会いしましょう!

Khronos / The salone|Hiro

追伸:
感想・ご質問、大歓迎です! 
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力になります。