前回の記事で、
ここにある言葉に少しでも
何かを感じ取っていただけていたら、
その言葉を通して、
あなた自身の“未来”を観ている、
ということ一緒にみてきました。
それは、
偶然ではありません。
スピリチュアルな話でもなく、
シンプルな構造に還元されます。
それは、
関係の中でしか生じないから。
一方的なものでなく、
双方向なものであるという以前からの議論に繋がります。
「ビジョン(未来)」は、
勘違いや思い込みで生じるのでもありません。
新年講座でもみてきた、
欲望も、言葉も、アイデアも。
それらはすべて、
関係の中で、生じる現象です。
関係の中に生じる。
もう少しいうなら、
僕もあなたも厳密には存在しないのです。
だからこそ、
固定された“個人”というものを前提にすると、
現実を正しく理解できなくなります。
それゆえ、
僕らの人生はランダムの連続であって、
それが後から(未来から)観ると一つの連なりのように物語をみます。
けど、
一つひとつの結節点は信じるしかない程度にランダムに支配されているのだということが、T理論から考えれば自然なことでした。
この感覚を端的に表現しているのが、次の言葉です。
我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
(スティーブ・ジョブズ米スタンフォード大卒業式 2005年6月)
このあたりの議論は、
価値というのは、関係性に生じる、
ということで、随分前から一緒にみてきていることですね。
価値は関係性に生じて、そこから驚くような変化が起こるプロセスが始まるのだと思います。
それは、グレゴリー・ベイトソンがいう木こりの魂は木こり自身ではなく、斧でもなく、対象の木でもなく、木を切る関係性全体に生じるものである、ということからもよくわかります。(余計わかりづいのかな)
その意味でコンテンツは存在しません。
にわかには信じられないような変化が起こっている「場」が存在するだけです。(略)
単純な足し算ではない変化が起こります。
仲間で動いていくことで、1人では経験することのできない結果を一緒に観ることができて、1人では決してみることのできなかった風景を観ることができて、それらを共有して移動していくことができます。
“関係そのもの”しか存在しないのです。
この流れが繋がるのは、
才能もそうなのでしょう。
これを掘り出し、
価値が立ち上がってくるきっかけは他者。
自分ではないということ。
ただ、他者が決めるわけでもなく、
関係の中から立ち上がってくるだけなのでしょう。
わたしたちが知っている最も美しい人は、敗北、苦悩、葛藤、喪失を知り、その深みから抜け出す道を見つけた人です。そういう人は人生の真価を認め、人生を味わい、理解しており、思いやりや優しさや深い愛に満ちています。美しい人は、偶然存在するわけではありません。
(スコット・バリー・カウフマン&キャロリン・グレゴワール著『FUTURE INTELLIGENCE』)
これらは最近のキーワードでいうなら、
「再創造」をとしてずっと見続けていることです。
そして、
関係のなかで、
選んだ道を正解にしていくしかないのだと──
The road not taken
Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;
Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same,
And both that morning equally lay
In
leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.
(Robert Frost, 1916)
夕焼けに黄色く染まった森の中で、道が二手に分かれていた
残念ながら、両方の道を選ぶことはできない
私はどちらを選ぶか長く考え、片方の道に目をやった
その道は、多くの人が通り、整備されていた道だった
それから、もう一方の道に目をやった
そっちは誰も通らない道で、草が生い茂っている
私にはそっちの道のほうが、とても魅力的に見え、その道を歩き始めた
わたしは自分の歩む道は、自分が作らなければならないと思ったから
あの日、私は自分自身の道を選ばなければならなかった
あっちの道はまたの機会にしよう、と思ったが、二度とこの場所に戻ってこないことを、私は知っていた
私はいま、昔のことを思い出し、ため息をついた
ずっと昔、森の中で道が二手に分かれていた
そして私は、人が通らない道を選んだ
そのためにどんなに大きな違いができたことか
最後に、
「まといのば」のマスタークラスのメンバーも多いのでご紹介して終わります。
(探しても僕はいないのであしからず)
どこで人生が動き出すかは分かりません。
そして、
動き出すときには、
そこに“関係”があります。
その関係は、
いつも突然、思いもよらないカタチで現れます。
だからこそ──
いま触れているものを、大切に。
「“私”という概念は、“あなた”がいて初めて生まれてくる」(G.H.ミード)
あと、
この言葉も。
ではでは、今回はこの辺で。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro
追伸:
感想・ご質問、大歓迎です!
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
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