石上神宮(布留社)



■表記
紀 … 五十瓊敷命(イニシキノミコト)、五十瓊敷入彦命(イニシキイリヒコノミコト)
記 … 印色入日子命(イニシキイリヒコノミコト)


■概要
紀においては4箇所に登場します。

◎垂仁天皇即位三十年
天皇が兄の五十瓊敷命と弟の大足彦尊(オオタラシヒコノミコト)に欲しいものを尋ねると、五十瓊敷命は弓矢と答え、大足彦尊は皇位と答えた。天皇はその通りに与えた(大足彦尊は景行天皇となる)
*これは当時の長兄が祭祀を司り、末子が祭祀で授かった「教え」を基に政治を行ったというものが踏襲されていたと思われます。ただし大足彦尊は末子ではなく、三男に稚城瓊入彦命(ワカキニイリヒコノミコト)がいますが。

◎垂仁天皇即位三十五年
河内国に派遣されて、「高石池」「茅渟池」「狭城池」「迹見池」を造った。
*記には「血沼池」「狭山池」「高津池」とあります(「狭山池」→狭山神社の記事参照)。

◎垂仁天皇即位三十九年
「茅渟(ちぬ)」の「菟砥川上宮」に居て、剣一千口を作った。それを石上神宮に収め、石上神宮の神宝の管理者となった。
別伝として、五十瓊敷命は剣一千口を作り、十の品部(とものみやつこ)を賜った。「忍阪邑(おしさかのへき)」に収められた後、石上神宮に収められた。

「茅渟」については和泉国(当時はまだ河内国から分離していない)日根郡が比定地。宇度墓(淡輪ニサンザイ古墳)が治定墓となっています。

◎垂仁天皇即位八十七年
五十瓊敷命は老齢となり神宝の管理を妹の大中姫命に託そうとするが、手弱女(たおやめ)であることを理由に断られる。結局、物部十千根命が管理することとなる。

一方で記においては河内国の池を造ったことと(こちらは3箇所)、横刀一千口を作った記述のみ。

千口の剣を作る説話、武器を作る集団の組織化や管理、武器庫の管理と、武器に関する記述がこの皇子に集中しています。垂仁天皇を巡っては「鉄」に関連すると思われる記述が多く、この時期、特にヤマト王権が「鉄」の確保に躍起になっていたと思われます。

美濃国厚見郡に鎮座し五十瓊敷入彦命を祀る伊奈波神社には、非常に興味深い伝承があります。
それによると五十瓊敷命は奥州に派遣され平定。ところがその功を妬んだ陸奥守豊益の讒言により朝敵に。そして伊奈波神社の地で討たれたというもの。また妃(渟熨斗姫命)を祀る金神社、その間の御子(市隼雄命)を祀る橿森神社が近くに鎮座しています。

「美濃国第三宮因幡写本縁起」には以下のようにあり、これが上記伝承元かと思われます。
━━陸奥の「金石」を得るため日本武尊が派遣されるも失敗に終わる。天皇は五十瓊敷命にその獲得を命ずる。「金石」を得るが逆賊の汚名を着せられ朝廷軍と対峙する。陸奥の「金石」は一夜のうちに山となる。五十瓊敷命及び一族はその山中に入って死す。五十瓊敷命は因幡大菩薩と化して「金山」に住み、人々を済度した。天皇は五十瓊敷命らの無実と、「金山」に社殿を設けて彼らを当山の峯に祀る━━(大意)

「金山」とは上記美濃国厚見郡の3社が麓に鎮座する「金華山」のこと。

崇神天皇の四道将軍派遣、景行天皇の日本武尊の東国派遣の後に、五十瓊敷命の奥州派遣があったのでしょうか。

また日本武尊(小碓命)の兄(大碓命)が美濃国造の娘と密通しています。その後、景行天皇が蝦夷平定の適任者を群臣に問うたところ、小碓命が大碓命を推挙。ところが大碓命は身を隠したため天皇の怒りを買い美濃国に封じたとあります。

美濃国はヤマト王権から見て北東、つまり鬼門の位置。「鉄」確保には欠かせない地ではあるものの、幽閉の地と見られていた可能性もあると考えます。

五十瓊敷命の最期については詳細不明ながらも、上述通りに陸奥の地とも、美濃国厚見郡のの「金華山」とも、また和泉国日根郡とも言われています。和泉国日根郡に於いては宇度墓(淡輪ニサンザイ古墳)が治定墓となっています。


生前には華々しい事蹟を有するも、朝敵となったが故なのか知名度の低さが甚だしいのが現状。ただし宇度墓に於いては、全長173mもの巨大前方後円墳が築かれています。これは偉大なる勲功を称えたものであると解したいと考えています。



■系譜
父 … 垂仁天皇、
母 … 日葉酢媛
兄弟 … (長男 五十瓊敷命)、次男 大足彦尊(景行天皇)、長女 大中姫命、次女 倭姫命、三男 … 稚城瓊入彦(ワカキニイリヒコノミコト)


五十瓊敷命の子は記されない。
*ただし美濃国においては上述の通り妃と御子神がいたと伝わる


■祀られる社・関連する史跡等(参拝、訪問済みのみ)
[美濃国] 伊奈波神社
[美濃国] 金神社 … 渟熨斗姫命を祀る
[美濃国] 橿森神社 … 市隼雄命を祀る
[大和国山邊郡] 石上神宮(配祀神)
[河内国丹比郡] 狭山神社
[河内国丹比郡] 狭山堤神社(狭山神社境内社)

[和泉国] 鳥取神社
[和泉国] 波太神社

[和泉国] 男乃宇刀神社


*関連史跡
[河内国丹比郡] 龍神社(狭山池)



伊奈波神社と背後の「金華山」