海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

2011年 5月

【質問】地獄ってどんなとこですか?


【回答】私は天国も地獄も見て来ましたが(それが本職です)、どちらも場所は無いのです。

霊の世界では場所は必要ありません。

地獄は2種類ありました。

天国と遠く離れた地下のような所と、天国とは境が無く、創造の神から遠く離れた霊の消滅の所。

先の地獄は霊が苦しみで絶叫していました。

仏教は良く描写しています。

あとの地獄は大抵の人は経験済みでしょう。

心が空虚で何か刺激が無ければ、気が狂いそうになる。

その気になれば誰でも5分で地獄を経験できます。

息を止めてみれば初めは肉体が苦しみます。

感覚が無くなると霊の苦しみが始まります。

これが地獄です。

地獄とは霊の苦しむ状態です。

99.9%以上の人は知らないでしょうが、神は知っています。

だから肉体の死後、霊が生きるようにと叫んでいるのです。

新約聖書には克明に書いてあります。

なお人に死については、旧約の伝道の書の終わりに詳細に書いてあります。

昔から死の経験者は沢山いるようです…。

海南島のヨハネ


【管理人のコメント】
参考までに手島郁郎著「天界の黙示」からの抜粋を貼り付けて起きます。

「天国は雑居を許さず」という厳然たる原則があります。

すなわち、霊界は、善くも悪しくも愛の世界でして、愛の引力で離合集散します。

言いかえると、愛の世界は 心の共鳴の世界ですから、霊的な人間には霊的な話をしたり霊的雰囲気にあることが幸福なのであって、その最も慕わしい状況下にある時に、一番楽しいのであります。

天国ほどに、愛が愛を呼び、類が類をもって集まる心の場はないのであります。

それは悪い意味においても同様でして、低い地獄には、人殺し、強盗、残酷な人、 搾取的な金持ち、陰謀家、酒乱癖の男、淫乱な男女など、いろいろのいやらしい霊魂が巣食っておりますが、互いに苦しめ合い嫌がらせをし合って喜んだり、苦しめられたりしています。

実に多数の霊魂がむらがり、いどみいがみ合っています。

中には牧師や僧侶が、群れ混じって、暗躍し合っている光景には驚きます。

何故か、彼らが非常に奇妙に大きく目立ちます。

それは、遠くから眺めると、如何にも偽善性が見えすいて見えるからですが、そこの中に入ると、凡てが混乱してわからず、ただ殺気立って、残忍な妖しい暗い空気が漂っていることです。

はたから見ると、如何にも悲惨で私はいたたまれないのですが、彼らはそれでも結構で、いじめられたり苦しめられたりすることにスリル感を覚え、また、他を虐めつけ苦しめて、打撃を与えることを喜んでやっているようでした。

神様が地獄を与えているのではなく、自ら地獄を作る心を備えている連中が集まって来て、それから脱出しようともしません。

「類が類を呼ぶ」とは、よく言ったものだと思いました。



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2011年 8月

【質問】海南島のヨハネさんに質問です。

霊を見分ける賜物を授かった時、人間に憑いている悪霊を感じてとても苦痛だったとのことですが、逆に、人間を守護する善霊を見たり感じたりしたことはなかったのでしょうか。

よろしくお願いします。


【回答】海南島のヨハネです。

質問、感謝します。

回答が遅くなりました。

霊を見分ける賜物を持った時、人を支配している霊は判りましたが、守護霊は記憶にありません。

丁度その頃、聖会があって教職や信者500人位集まっていましたが、教職、信者を問わず、その霊の汚さに愕然とした記憶が有ります。

その時、幾つかの聖句が判りました。

「人はうわべを見るが、神は心を見る」
(第一サムエル記 16章7節)

「義人はいない。一人もいない。」
(ローマ信徒への手紙 3章10節)

「わたし(イエス)はいつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか」
(ルカによる福音書 9章41節)

人間には聖人に見られても、聖霊を受けられない、これは現実。

キリスト教会ですら、神の見た眼と人間の常識では大違いのようです。

私自身、救われた時、すべての悪の霊から解放されたと思っていましたが、その根は残っており、機会を捉えては支配をしてくる、これを追い出すのは容易では無かったですよ。

数年間も断食(昼間のみ)し、苦労しました。

まー、一生戦いですね。

前回の回答で云い忘れた事ですが、神からの啓示で、

(気のせいかな…?)

と思われる位、小さな声がありますよ。

これは不従順であっても、

「聞こえなかった」

と、言い訳が出来る為ですね。

この小さな声に従ってみると、段々と大きな声になって来る場合もあります。

又、敵では無いが、誰が言ったかわからない時もあります。

その場合、教えてくれた霊に敬意を表して、出来るだけやってみる。

物事の決定する前に5分間、神に聞いて、これで良いかと念押しをする。

以上ですが、霊的な経験は本何冊にもなる程、沢山あります。


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2009年 12月

【質問】神様は本当に存在するのですか?

自分は神様の存在は非現実的だと思います。

神様の存在について根拠が知りたいです。


【回答】神はいますか?という質問は度々、目にしますが、何を神と言っているのか、良く判りません…。

日本人の言う神は、すべて一緒くたで、これは霊と言うべきでしょう。

天地創造の神も霊です。

霊の関係していない宗教は道徳や哲学と言うべきでしょう。

多くの無神論者は、神など絶対いないと回答していますが、どの位、調べたのでしょうか…。

私は中国人の中でもう5年も住んでいますが、唯物論の教育を受けた殆どの中国人と無神論者とは、同レベルと思いますよ。

言っている事は殆ど同じようです。

実は私も若い頃は無神論者で、このカテの回答者と同じ考えでした。

多くの人は理屈で神を知ろうとしていますが、判る能力を持てば、何でもない事です。

能力の無い人について、聖書には、

「盲人の手引きをする盲人」(マタイによる福音書15章14節)

と書いてあります。

丁度、盲人が太陽の存在を触れる方法で証明してくれ、と喚くのと同じでしょう。

見えると云う事を空想だとか思っているようです。

私の友人は熱心な仏教徒で、結婚式もお寺でしたが、ある時、人生はこれで良いのだろうか?と疑問を持ち、大会社を辞めて、図書館通いをして追及しました。

最後には天地創造の神、キリスト教にたどりつき、もう50年以上になります。

若い人は心の綺麗な内に自分の人生について本気で追求したら良いですね。

神など有るものか、という意見を簡単に信じ込み、真面目に考える事から逃げるのは敗残者です。

聖書には、本気で熱心に追求する人には神が判る能力を与えて呉れる、と約束しています。

無神論者は、本気で人生を考えた事の無い人と思っています。

天地創造の神なら存在しています。

海南島のヨハネ


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2013年 2月

【質問】海南島ヨハネさんにリクエスト

前回は回答ありがとうございました。

創造主の神の声を聞く事は、一般の人にも可能なのでしょうか?

最近、脳科学者が、

「神様の不在は、数学的にも、哲学的にも、科学的にも証明されています」

と自信満々に書いてある記事を見つけて、神の存在に疑問も感じましたのですが、神の存在の証明はあるのでしょうか?

ボクもできるなら神様の声を聞いたりしたいです。


【回答】海南島のヨハネです。

質問を感謝します。

創造主の神の声を聞く事は特別な人にでは無く、本来は誰でも聞ける筈だと思っています。

だから私は特別な人では無く、これが普通の人です。

過去、何十年を振り返ってみると、毎日10分以上、神と会話をしていた時もありましたが、何年間も神から何の連絡も無かった時もありました。

それは、大阪府警を相手に裁判をやっていた
時でした…。

多くの人は、神の声は聞こえないと言っていますが、心が神の方を向いていない、耳をふさいでいる、と聖書に書いてあります。

「この民は口ではわたしを敬うが、その心は遠く離れている」

これが現状のようです。

絶対の権力者の前には尻込みをして、出て行かない、見ようともしない、存在すら否定したい、無視をする。

…これが普通の人の心の奥にある心理のようです。

私は犯罪者心理といっています。

私も何か言われたら非常に困る時、口では「神の思いがなります様に」と祈りながら、心は神を向いていない時がありますよ。

自分の思いで旅行に出かける時です。

事実、何回も旅行を止められた事があります。

その時、神の言葉に従わず、無視をする人に神は語らないでしょう。

罪意識が残るだけですから…。

聖書には、あのイスラエル民族にでさえも何百年も神の声が聞こえなかったとありますね。

神も見えず声も聞こえない時代や人々には、神の啓示は無かった方が、その人達にとっては幸いだった様です。

私は現在でも散歩を兼ねて、近くの池へ祈りに行きます。

毎日の様に釣りの人の横を通ります。

池には釣り禁止の看板があり、柵もあります。

彼らは遠くで私を見つけたら、全く私の方を向きません。

只、もじもじとしていますが、釣りをしていた事は明白です。

100人に一人も顔を見せません。

私を監視員と思っているようです。

これを犯罪者心理と言っています。

私が何か言っても、多分、聞こえないふりをするでしょう…。

無神論者の態度と同じようです。

私に、

「神様に聞いて下さい」

と頼む人が結構いますが、

「もしあなたが、神に従う状態であれば、神様は何らかの方法で教えて下さるでしょう。そうでなければ、聞かないほうが幸いです」

と答えています。

神の存在証明ですが、神は霊ですから物理学とは次元が違います。

学者は霊に対して全くの素人であり、盲人です。

いかに有名な学者であっても、未経験な事については素人です。

自分が理解出来ない事は存在しないという理屈は、未成年のレベルだと思っています。

この前 太平洋で起こった地震の津波予報は、大幅に外れました。

そんな事すら予想出来ない学問が、神の存在証明など、噴飯ものでしょう…。

本当の科学者は、自分が知らない事は素直に認める謙虚のようですよ…。

聖書には、

「心の清い人は幸いである。彼らは神を見るであろう」

とあります。

心が清ければ、神は見え、声も聞こえるようです。

神の存在証拠は神を見た(知った)、又は神の声を聞いたと言う人が、この世にも何万人とおり、命すら賭けていますよ。

私もその一人です。

神に対して盲人の意見などは、戯言と思って下さい…。


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2008年 12月11日

【質問】海南島のヨハネさんに質問です。

人生で挫折、辛酸をなめて現在も苦しんでいるのですが、私の心の中に社会や関わってきた人間に対して憎しみや恨みの念があり、いけないと思いつつも超越できずに悩んでいます。

ある種の生き地獄だと思います。

神様はこの様な私でも救ってくださるのでしょうか。

どうすればいいのでしょうか、ヨハネさん助けて下さい、お願いいたします。


【回答】海南島のヨハネです。質問感謝します。

質問者さんはクリスチャンでしょうか?

私には助ける力は到底ないのですが、このような経験は何度もあります。

クリスチャンも大抵そうでしょう。

只クリスチャンは逃れる方法を知っています。

神様は、苦しみには原因があると言っています。

挫折や辛酸の原因は何なのか、神様の方から見れば、あなたを愛する故の警告でしょう。

人間も又苦しみが無ければ自分を変えないと神様は言っています。

原因が判れば対処もわかります。

しかし憎しみの念(霊)から逃れるのは大変です。

人間には出来ない場合もあります。

これは人間を創った神の出番です。

私も昔、憎しみの霊に取り憑かれて本当に苦しんだ事がありました。

私を会社から追い出そうとした人に対してです。

結果は、その人は左遷されて北海道へ泣きながら転勤して行きました。

しかし私の方は憎しみが募るばかりで、朝起きた途端、むらむらと憎しみが燃え上がり、何か仕返しをしなければ居れない程でした。

そんな事をしてはいけないとの良心との戦いでした。

あなたの苦しみは幾らかは判ります。

遂に神様に聞きました。

直ぐ返事があり、

「あなたは嫌がらせをしてはどうか?」

でした。

これは相手に対してではなく、自分の内に住みつく悪の霊に対してでした。

憎しみの霊の嫌がる事は、その人を愛する事であるのは知っていました。

それで、すぐ電話をしました。

「北海道は寒いでしょう。体は大丈夫ですか?」と…。

その人は、環境の激変で私を追い出そうとした事を殆ど忘れていました。

それ以前と同じように和やかに電話は終わりましたが、憎しみの原因は私の妄想である事が分かり、憎しみは一度になくなりました。

みんなそうでしょうが、一度人を憎むと心の中でどんどん増幅して、架空の人間像を作ってしまいます。

神様に祈り願いながら、先ず行動を起こして下さい。

愛する事の行動です。

電話や手紙でも良いでしょう。

相手と話をしてると、何だそんな事だったのか…と、和解する事もありますよ。

たとえ和解しなくても、あなたの内から憎しみは無くなるでしょう。

長くなりますので、この辺で…。

神様の助けがありますように。


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2024年 1月12日

世界の大学者もできない事が預言者には出来る。

いくつか教えましょう。

遠方の事が幻でわかる。

イエス様も弟子ナタナエル(12弟子のバルトロマイの別名で同一人物とみられている)を選ぶ時、

「わたしは、ピリポがあなた(ナタナエル)を呼ぶ前に、あなたがいちじくの木の下にいるのを見たのです。」(ヨハネの福音書 1章48節)

と言われた。

これで彼はイエス様を信じた。

私も同じ経験が何度かあります。

昔、南米の宣教師を海南島に招いた。

関空で彼女を待っている時に、「本当に来るかな」と思っていると、彼女が今バスに乗った幻を見た。

何時間か後、関空で会った時、

「あなたは何時何分に何処の駅でバスに乗ったでしょう。」

と言ったら、

「どうしてそれを知っているの?」

と。

瞬間、私への疑いが吹っ飛んだ。

こんな事は何度かあった。

次は歴史の先が見える事。

ある時、大勢で野球のテレビを見ていた。

私には5分ぐらい先の場面が見えていた。

同じアナウンサーで同じ球場で。

それで他の人に教えてあげた。

「この試合は何対何でこのチームの勝ちだ。」

と。

みんな
「そんな馬鹿なー。今、試合はやっている。」
と言ったが、その通りになった。

当然である。

結果を見た人が言ったのである。

こんな事も何度もあった。

次は瞬間移動。

これは記録があったと思う。

つい最近もあった。

バスを待っていて、5分だけ記憶がなかった。

後で神様は言われた。

「その5分あなたはこの世に居なかった。」

…と。

これで瞬間移動をハッキリと経験した。

空中を飛ぶのではなく、この世から消えて他の場所に現れる。

それなら地球の裏側でも5分で行ける。

預言者は将来が見える。

予想ではない。

旧約では先見者と言っていた様である。

ある時点で歴史の先を見ているのである。

私はユダヤ人の大富豪はそうではないかと思っている。

例えばレートの一年先が見えていれば、誰でも大金持ちになれる。

以上、預言者は誰でもなれるものではないらしい。


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2007年 5月26日

(今日、神は私に何かを書かせようとしている)

との声で眼が覚めた。

しかし眠くて仕様が無い。

最近では目覚めから一日中、神に心が向かっている(逆に言えば他に考える事が無い)。

今日、一つの事を示された。

40年以上も前に神様が言われた言葉

「あなたの心が私のそばに居てください」

が、今頃やっと出来た。

献身を神様から拒否されて後、何ヶ月間、私は将来の仕事について本当に真剣に祈った。

神様の命令なら、便所の汲み取りの仕事でもするつもりであった。

何の返事もなく殆ど諦めかけていた頃、神様から、もう泣かんばかりの訴えがあったのが先の言葉である。

(一体これは何の仕事であろう?)

と判断に苦しんだが、何の仕事をしていても出来そうにも思えた。

実際、出来た時もあった。

しかし現実の社会では難しいことも多かった。

或る時、会社の中で、

「明日の予定は?」

と聞かれた。

それで私は、

「明日の事は、明日、神様が示して呉れます。だから今日は判りません」

と返事をした。

それを聞いた会社の同僚達は、

「そんな馬鹿な…」

と絶句した。

いま思うと、神様は私に本当に良い環境を永い間与えて下さった。

思い返すに涙が出る程である。

神様、本当に有難う。

28才の時に独立してから、私に指図する人は居なくなった。

何十年の永い間、明日以降の予定はなるべく持たない様にした。

これは、神様が朝何かを言われても、従い易くする為であった。


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2009年 3月4日

【質問】キリスト教に興味があって勉強していますが、イエスの生き方を見習い、尊敬し、同じように生きようとすると、時代が厳しくなった時、同じような生き方、つまり死に方をしなければいけないのか、という恐怖に駆られる時があります。

アホな質問で申し訳ないのですが、結構真剣です。

どなたか詳しい方教えてください。


【回答】殉教はしたくない…それは殉教した人でも大抵はそうだと思いますよ。

しかし、殆どの人は信じられないでしょうが、死んでも手放したくない世界があるのです。

長崎のキリシタン迫害で、一度棄教したが、死が判っていても再度、神に帰った人が沢山いましたね。

ジャンヌダルクもそうでしたね。

神にある人生がどんなに素晴らしい生活であるか、棄教した人は確認したようです。

時代が厳しくなった時でも、そうでない時でも、殉教者はそれを選んでいるのです。

何がそうさせるのか?…という疑問を持つ、これが大人です。

無知だ馬鹿だ洗脳だで片付ける…これが子供です。

殆どの日本人はキリスト教を誤解している様です。

他の多くの宗教のように、教えだけだと思っているようです。

本当は「イエス・キリストは私を助ける事が出来る」と本心から信じた人に働く力です。

私も救われた時、半月ほど後に酒や煙草をやめていた自分を発見しました。

何の努力もしていないのです。

それはどんなに努力しても出来なかった事でした。

イエス・キリストは、

「我に従え、我が荷は軽い」

…と言われましたが、本当にその通りでした。

殉教の心配は全く不要です。

どんな事が起こっても、神様は知恵や能力、また不思議な助けをその時与えてくれますよ。

海南島のヨハネ


【管理人のコメント】
サンダー・シングの本の中からの引用を貼っておきます。


何週間か前に、わたしはアルメニアの宣教師から手紙を受け取った。

彼は、二、三年前にアルメニアで起きた大虐殺の場に居合わせた一人だった。

彼はこう書いている。

「数千人の真のクリスチャンが目の前で殺害され、わたしも重傷を負い放置されました。それは恐ろしく、胸の裂かれるような光景でありましたが、同時に非常な歓びを伴うものでもありました。男も女も、老いも若きも、残酷極まりない方法で虐殺されました。しかし、生けるキリストの力がどの人にも現われていました。それを見て、殺す側も驚いたほどです。

わたしたちは、必要に応じて力を与えられました。キリストと天使をくっきりと見、歓喜の中で魂を主の御手に託す人々もいました。事実、それは虐殺の日ではなく、主との婚姻の日でありました。 わたしはこの人々と一緒に命を奪われていれば、どんなによかったかと思います。しかし、わたしは神に感謝しています。今少しお仕えするために、主はわたしを虐殺から救い出し、ある場所に移してくださいました。そこで傷は癒され、ふたたび仕事に戻ることができたからです」

これ以外にも、類似の体験をしたアルメニアの友人たちがいるが、ここで引用するまでもないだろう。

クリスチャン生活の真実を立証する奇蹟は、他にも数多くある。

どの国、どの国民にも、キリストに生き、主から受けとる数知れぬ恵みによって、人生を実りあるものにしている人々がいる。

神の民が、生命を与える主の現存を知り、

「みよ、わたしはいつまでもあなた方とともにいる」

といわれた主の尊い約束を、生きている内に体験できることは、何という慰めであろう。


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2007年 6月23日

昨日は朝から内にある聖霊が悲しんでいた。

何が悲しいのか。

しばらく聞いていたが、小さい声あり。

「今日わたしは、あなたのために大いなる事を行った。しかし、あなたは喜んでくれなかった」

本当に私は感謝も喜びも足りない。

それで一つの事が判った。

被造物の喜びは、実に神の喜びである。

特に人間の喜びは神を喜ばせる。

生き生きとした植物でも動物でも喜んでいる様に見える。

私の子供が幼い頃を思い出した。

息子は、「ニコニコのあっちゃん」と云うアダ名が付く程、いつもニコニコしていた。

親にして見れば本当に嬉しかった。

神様も同じ様である。

少し前、神様は言われた。

「わたしは人間にすごい贈り物をしたのに、人間はわたしを認めない」

植物にしても動物にしても、今生きている事はすごい事である。

何万、何百万の内から一つだけの幸運である。

もし選ばれているとしたら、すごく感謝するべき事である。

木や花を見ていると、創造者に向って喜びのポーズを取っている様にも見える。

私も今頃気が付いたのでは本当に遅いのであるが、人生残る時間、創造者である神様に向って喜びの声をあげよう。

この世に生きて来た事を喜ぼう。

そして今迄生かされて来た事を喜ぼう。

心で喜ぼう。

魂で喜ぼう。

喜びの声で神を賛美しよう。


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2018年 11月25日

もう少しと言いながら、もう三年も生きてしまった。

(生きているうちに、これだけは伝えなければならない)

と、今日思い出した。

「人に恨まれることはするな」

である。

その人が天国に住んでいたら、天国は住み良い所ではなくなる。

この世でもそんな状況はいくらもある様だ。

私の母は熱心な霊友会の信者であったが、死んですぐに地獄へ落ちた。

私に現れ、凄い形相で、

「あんた知ってたんね!」

と噛み付いた。

地獄は人間の為ではない様だ。

悪霊のための様であった。

天国の様子を少しでも知っている私は、人に知らせる義務があると思う。

地獄から叫ばれない為にも。


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