海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

2023年 12月4日

私は中国に赴任するまでは、日本は世界の2番目くらいの先進国と思っていた。

そして、中国は海外旅行も出来ない貧しい国と思っていた。

しかし中国に住んでみて、それは大違いであることが分かった。

住居でもスーパーでも交通でも、日本は中国の10年か20年は遅れているように見える。

日本では中国の田舎の貧しい所だけを放送されているようだが、都会ではビルが林立し人々の買い物の凄さに驚いた。

スーパーでも無料の送迎バスが街中を走り、買い物のカートも日本の倍の大きさがあり、大駐車場がある。

また人口数万の小都市でもバス路線は数十あり、2、3分おきにバスが来て、料金は15円ぐらい。

日本では今ごろリニア鉄道の建設をしているが、上海ではもう20年くらい前から走っている。

新幹線も国中を走っているが、従来の鉄道も新幹線なみのスピードがあり、2日がかりの長距離もある。

こちらの方が新幹線より振動もなく楽であるので、普通はそちらに乗る。

駅間も30分ぐらいで日本とは大違い、静かで快適である。

中国人の都会の人なら、日本は一昔の前の後進国と思うであろう。

日本の在来線は中国では山間鉄道ぐらい。

その建設現場も見て歩いたが、日本では存在しないような大型機械が入っていた。

日本には大体それを運ぶ広い道路がないようだ。

キリスト教会も同じく。

クリスチャンは人口の一割もおり、日本の十倍、神様への依存度も高く、どんどん増えているので家の教会ではそれを減らすのが大変のようだ。

日本の教職も含めて中国では初心者の集まりと見ているようだ。

中国のように密告で家や仕事を取られる状態では、日本の牧師も殆どが信仰を捨てるのでは、、、。

献金に頼っている教会は、中国では失格のクリスチャンである。 

日本では神様は頼りにならないので献金に頼るようだ。


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ある時、全ての事について、正しい生活をしようと思い立った。

その一つに交通規則を守る、とりわけスピ-ド制限を守る様、トライしてみた。

大抵の車は5キロ~10キロのオ-バ-は普通であって、大阪市内の道路はそのスピ-ドで流れていた。

広い道では左端をゆっくり走っていても大して支障はなかったが、幹線道路では大変な交通渋滞を作ったし、後続の車は何台もクラクションを鳴らすし、度々いやがらせをされた。

阪神高速ではもっとひどく、私の車の前はガラガラであったが、私の後には何キロもの列が出来た。

一週間位は頑張ったが、私もついに困り果てた。

丁度、阪神高速を走っている時、神様は助け舟をだして呉れた。

そして言われた。

「堂々と出来る事は 罪でもなく法律でもない」

と同時に、

「罪とは、やましい心を持つ事である」

との啓示を受けた。

そして私はスピ-ド制限を厳格に守る事をやめた。

交通障害にならない程度に走った。

たとえパトカ-が隣を走っていようと。

ちなみに私は免許を取って以来約30年、一度もスピ-ド違反で捕まった事はない。


【聖書の言葉】

食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。

すべての物はきよいのです。

しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。

なぜなら、それが信仰から出ていないからです。

信仰から出ていないことは、みな罪です。

(ローマ人への手紙14章より抜粋)



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2010年 2月8日

今朝、明け方の幻。

まだ良く憶えている。


暗い場所で、百人位の人が一列に並んでいる。

右の方から歩いて私の前を通り過ぎている。

整然としてはいない。

私は一人一人の顔を見ながら、

「父よ、彼らにあなたの思いが行われますように」

と祈った。

知っている人は一人もいなかった。

全員通り過ぎて、2、30mも行かない内に歩みが止まり、集まってしまった。

良く見ると先は壁であった。

彼らは帰って来て、私の右側へぞろぞろと移動した。

回りはすべて洞窟か地下通路の様で有った。

しばらくすると、右の通路でも又止まってしまった。

ガヤガヤ言いながら、あちこちへ行き始めた。

どこも出口が無く、もう完全に迷ってしまった。

見ていると、少し右前方のトンネルの様な処へ2、3人が走り出し、他の人もそちらへ物凄い勢いで走り出した。

アッと言う間に、全員がトンネルに入ってしまった。

私も後からついて行くと、トンネルの先にオレンジがかった白い光がポツンと見えてきた。

全員その光の方へ行って、闇から抜け出た様である。

それにしても彼らの眼の良い事。

トンネルの入り口では私には全然見えなかった。


私は現在、中国全土の祝福のため旅行中で、昨日から上海に宿泊している。

今日からは、

「神よ彼らに光を与えて下さい」

と祈ろう。

中国人は唯物論者が多く、光とか真理は誰も求めていないと思っていたが、そうでも無い様だ。


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自分の病気のために祈る


1987年 7月


病気に便乗してサタンが入っているのか、又その逆か判らないが、サタンの為に気分が悪く、何度も、


「サタンよ出ていけ!」

と言ったが、一向に出ていかない。

一週間位して、英語の一つの単語を何度も思い出すので辞書を引いてみると、

「犠牲」(いけにえ)

とあった。

神様が知らせようとしているのなら、どんな意味だろうと思っていた。

(もしかすると、私が神様の犠牲で殺されるのかな)

と思ったので、神様に言った。

「犠牲で結構ですので、いつでも殺して下さい」

1、2日たってから、昔神様が言われた事を思い出した。

その時も病気の時であった。

「(悪霊を)追い出す事が難しければ、動物に手を置いて追い出しなさい」

その時に近所の野良犬に手を置いて祈った処、その犬は数日して口から膿を出していた。

私の方は2、3日で治った(病気=口内炎)。

話しを現在に戻し、私は近所の犬(野良犬を飼っていた)に手を置いて、

「サタンよ出ていけ」

と云った。

それから1、2日して私の病は癒された。

その犬の側を私は毎日通っているのだが、いつもは私の足音が聞こえただけで喜んで出てくるのだが、その後2、3日は全然姿を見せなかった。


7月13日

今朝も犬がいないので家の中へ入って行くと、奥の方でじっとうずくまって、眼だけこちらを見ていた。

どうも病気の様である。

可哀相な気もしたが、人間優先である。


関連記事

質問「悪霊の種類について」 

質問「サタンに取り憑かれた母について」 









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2009年 5月13日

【質問】聖書において、理解や把握に時間のかかった事柄はありますか?

是非お聞かせくださいませ。


【回答】聖書の言葉は、熱心なクリスチャンほど理解出来ない事が多いと思いますよ。

聖書のレベルが大学生とすると、現代人のレベルは小学生位と感じています。

理解出来なくて、当然です。

でも信じる事は簡単です。

私も救われた時から疑問は沢山あり、何十年も神様に問い続けていました。

でもそれぞれ理由があり、回答がありました。

神様には、教えるのに時期があり、その理由があり、それは人間を愛しているからです。

その一つが、

「何十年も神様の為に労してきた人が、老年、なぜ貧しい生活をしているのか…神は余りに無責任ではないですか」

…の質問です。

20年くらい前でしょうか、

「もう待てない。神がしないのなら、私がやる」

と、救済基金を作りました。

条件は、

○ 10年以上の熱心な教会員で、老後生活に困っている人。

○ 一人30万円で返済は気が向いた時。

○ 催促は一切しない。


それでパンフレットを作り、いくつかの教会に配りました。

100人で打ち切りにしようかな…と考えながら。

何ヶ月の間に他の目的に使った人が2人いただけで、該当者は一人も出てきませんでした。

神に仕えた熱心なクリスチャンで、老後生活に困っている人は存在しなかったのです。

それで何十年間の疑問は解けました。

一年後には、基金は止めました。

海南島のヨハネ


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2000年 11月

93年頃?

私は自分の健康の為に、こたつを試作していた。

自分の為には予想以上の効果があったのだが、製品にするのは躊躇していた。

その頃は、税金対策に苦慮する程利益があったので、金儲けには余り興味がなかった。

然し神様は言われた。

「あなたはこの事によって、29億6千万円を得るであろう。しかし次にやる事では、2兆4千億円を得るであろう」

又あとで言われた。

「もしあなたが一生の間、私に従順であったなら、日本の国家予算程を得たであろうに」(当時70兆円位)。

30億儲かるのであればと思い、非常に苦労して製品化するまでにした(電気用品の認定を取る迄でも大変であった)。

200台ばかり製作し発売してみたが、予想通りには売れなかった。

どうしたら良いのか神様に聞いてみた。

返事は全くの予想外であった。

「なぜ売らなければならないのか?」

売る以外に30億円得る方法があるのか、私には全く見当もつかない。

だから次の指示があるまで在庫のまま置いてある。


追記 2000年 12月

創世記を読んでいて、アブラハムは神の言葉が現実になる迄25年掛かった。

私も25年信仰を貫くか…。



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2011年 3月

【質問】聖書では「神に不可能なことは無い」と書かれていますが、悪魔を滅ぼさないのはなぜでしょう?


【回答】天地創造の神は悪魔を利用している面がありますね。

私の育った田舎、山陰では多くの人が金縛りに日常的に罹っていました。

でも処し方を会得するとそんなに苦しい事でもなく、病気とも、霊に憑かれたとも言わず、あまり話題にもなりません。

多分、今でもそうだと思いますが。

私も田舎に疎開してから直ぐにかかり、精神病の一種とずっと思っていました。

金縛りで身体が動かなくなったら、

(過ぎ去って下さい!)

と徹底的に願えば、スーっと解けていました。

上京してからは長い間金縛りも無く、喜んでいましたが、クリスチャンになった後、聖霊を受け、確か2、3日後に金縛りが再発しました。

しかし今度は金縛りに願う事が出来なくなり、息を止められているので、物凄い苦しみでした。

それで会社の先輩に話したところ、

「それは悪霊の仕業だ。イエス・キリストの名によって追い出しなさい」

と教えられ、実行しましたら、パッと出て行きました。

それが何回か続き、しばらくは来なっかったのですが、次に来た時は強力で、出て行くどころか、命ずる毎に身体の中を引っ掻きし、もう大変な苦しみでした。

不思議なことに、私が聖霊に満たされているとやって来なかったし、来ても直ぐに追い出せました。

その時から金縛りは病気の様にでは無く、私の霊状の一瞬を突いて堂々とやって来るようになりました。

悪魔が正体を現して、昼だろうと夜だろうと。

形を現したり、音を出したり…。

例えば、立っている時に金縛りに遭えば、非常に危険でした。

それで私は命を保つ為、常時聖霊の満たしをしなければなりませんでした。

実際、息を止められて、首がガクッと落ちる感じになった事も10回以上あったと覚えています。

これは死の経験でした。

そこまで行くと、霊の世界が少し見えてきます。

しかしこれが私の霊性を物凄く引き上げました。

これがしばらく続いた後、霊と会話ができるようになったのです。

神様とも会話が出来るようになりました。

丁度、お爺さんと話をしているように、非常に高度な話を平易な言葉で。

10分20分は普通でした。

何年も続いた後、私は悪魔に言いました。

「悪魔は本当に馬鹿だ。金縛りの形で私に取り憑かなかったら、私も神との会話は出来なかっただろうに」

それから後、霊性が落ちても金縛りは来なくなりました。

そして神との会話も出来なくなりました。

何十年か後、神様は私に、

「中国の海南島へ行け」

と言われ、何の為か2年位は判らなかったのですが、死ぬ程の苦しみの後、神との会話の能力が甦ったのです。

神様もこうして悪魔を結構利用していますよ。

海南島のヨハネ

【聖書の言葉】

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。(ローマ人への手紙 8章28節)



あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。(創世記 50章20節)




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長く生きていると、他人との関係で助けたり助けられたり、又、裏切ったり裏切られたり、その経験も豊富になってくる。

騙された経験も多くなり、他人に対して用心深くなったりする。

老人になって静かに人生を振り返ると、イスカリオテのユダ位の裏切りは、誰にでもある様に思う。

神様からみれば、人間は殆ど凶悪人に値すると思う。

この様な人間を神様はどうして愛するのであろうか…。


今頃よく思うのであるが、何十回と他人からひどい仕打ちを受けた人が、隣人を愛する事は不可能の様に思われるが、しかし神様はこれを可能にして下さった。

私も子供の頃から記憶に残っている事柄が幾つかある。

一番古いものでは、小学3、4年生の時である。

学校の教室の掃除の為、雑巾を全員持って来る様に先生に言われていた。

クラスの中には、その雑巾すら持参出来ない貧しい子供もいた(戦時中だから)。

私は可哀相に思い、自分の雑巾をその子に貸してやった。

掃除が終わった後、先生が雑巾を持っていなかった子供数人を教室の後ろへ立たせて、残り全員に顔を殴らせた。

私もその時50人以上から殴られたのであるが、私が非常にショックを受けたのは、私が身代わりになったその子からも殴られた事である。

50人に殴られた以上にショックであった。


中学生の時も、弁当が持参出来ない友達に(当時は食料難で何人もいた)、しばらく私の弁当をあげていた。

しかしその友達からも悪口を言われ、これも覚えているショックである。

然し考えてみると、この10倍くらい私も人を裏切った様に思う。

救われた後でも幾らでもある。

仕事上の失敗を他人に押しつけ、謝るどころか、その事故責任を追求する様な凶悪犯並の悪事をやった記憶もある(後で悔い改め弁償金をもって謝りに行った)。

しかし善人の根もあるらしく、色々とボランティアをやったり、他人を助けたりもしている。

隣人を愛する事は、神の第二の戒めであるが、並大抵の事では出来ない。

他人に慈悲深い行いをしたばっかりに、その人の罠に落ちてしまう事も度々である。

その場合、イエス様ならどうされるであろうか…。


貧しい事を売り物にして、生活や金儲けをしている人々も沢山いる。

2、3年前の中国・上海での事であるが、ボロを纏(まと)った小学生位の子が、地面に顔をこすり付ける様にして金をせびるので、小銭を少し渡した。

その途端、その子は私に飛びついて足にかじりつき、大声でわめいた。

数秒の内に、どこにいたのか同類の様な子が何人も私に飛び掛かろうとしたので、私は腕力で彼等をけちらかした。

この子らは、どうも常習的な子供ギャングの様であった(中国では物売りも大勢で小人数の客を取り囲み、脅迫的に売りつける人もいた)。

私の手持ち金の全部をその子達に渡せば、私も暴力を振るわなくても済んだかもしれない。


もう一つ。

これは今年の事である。

エジプトで土産物店に入ったら、その入り口付近に、数人の物売りが貧しい姿で叫んでいた。

バスの出発間際まで一人の物売りは粘っているので、バスの乗客数人が、

「かわいそうだから、少し買って上げよう」

と言いだして、何人かは買った。

バスが発車する時、一台の高級乗用車が先に発車した。

運転していたのは、先の物売りであった。

見ていた私達は唖然とした。

ガイドの牧師さんの話しでは、高級住宅に住み、外車を乗り回している貧しい姿の物売りはこの辺ではいくらもいる、との事であった。

牧師さんはグル-プ全員に質問した。

「この中でBMWに乗っている人はいますか?」

誰もいなかった。

先程、憐れんだ物売りが持っていた乗用車すら持っていない貧しい人々は、我々の方であった。


最近、特に思うのであるが、アフリカ他、難民問題は、世界的な大問題であると思う。

一日に数万人の人が食糧不足の為に死んで行く事は、世界大戦を上回る数字ではないであろうか。

40年以上前から、難民救済のキャンペ-ンが有ったと記憶している。

私の20代の時には、バングラデシュが問題になっていた。

僅かの金で大勢の子供が助かるとの事であった。

これは大変だと思い、私も貯めていた預金、全部を日赤に寄付した事もあった。

その後も関心は持っていたが、20年経っても30年経っても、依然として難民国であるし、その数も少しも減っていない様であった。

2、3年前から難民問題に対し、我々は何をなすべきか、神は何をして居られるのか、又、どう思っておられるのか…。

時々、深く考えさせられた。

出版物で多少調べてみたが、募金の宣伝文句と現実では、かなりの違いがあると思った。

結論から云うと、彼等は、貧しい事を理由にして生活している難民産業のように推定した。

10年位前、郵政省はボランティア貯金を創設した。

私も結構な事だと、多少の協力をした。

何年後かに、その預金の収支報告が新聞に載っていたので私も見たが、宣伝文句であった。

アフリカの子供の救援の為には1円も使われていなかった。

テレビのニュ-スでも、国連の救援はアフリカから手を引く様であった。

善意で協力した多くの人達の為にも、その理由を知らせるべきだと思うが…。

私の知る処では、事実を発表すると、大抵の人は募金しなくなる様である…。

その対応は、現代の先進国が抱える大問題だと思うが。


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神への従順


2007年 2月2日


危ない、危ない。


この歳になっても、まだ初歩的なミスを犯す処であった。


この処ずっと朝の祈りの途中で書くことのタイトルを与えられていた。

4、5日前には二つも同時に与えられて、結構、忙しいと思っていた。

そして中国へ来て毎日の朝の祈りを忘れてしまった。

(父なる神様、今日あなたの思いが、又、計画が少しでも実行されますように。私に出来る事は教えて下さい。)

体調が悪く、朝からフラフラする時には、

(今日、私は夕方まで生きておれば結構ですから、兎に角、私のするべき事を示して下さい)

これが毎朝ビルの屋上から全地を祝福しながらの2年間の祈りであった。

3日程前から示されたタイトルを書いているのに、途中で止まり何の考えも浮かばなくなった。

何でだろう、と思っていたが、今日朝の祈りで原因が判った。

順序を間違えていたのである。

「神よ、あなたの思いが今日全地で行われます様に」

が、最優先の祈りであるべきであった。

他人には、「神への従順は最高の働きである」といつも教えているのに。

若い頃、神学校へ入学しようと着々と準備をして、辞表を出す日になったので、引き出しから辞表を出した途端、 神様からこっぴどく叱られた。

いわく、

「あなたは何をするのか。私に従う力があなたにあるのか」

これを聞いて私は全く驚いた。

神様は喜んで下さると思っていたからである。

兎に角、辞表を出すのを止めた。

そしてその時、神に従ったから現在があると思っている。

長い間に従順は神から与えられた力によらなければ到底出来ない事を学んだ。

私たちには今日の神の思いが最優先である。

ある人にとっては勉強が、ある人には労働が、又ある人には伝道が、又宣教が。

以前、自分の子供に小学校にも行かせないで伝道に従事させているキリスト教団があると聞いてびっくりした。

今日、一人一人に対する神様の計画や思いを知った上での行動であろうか。

私は順序が逆であると思っている。

私が現在行っている神との会話の記録は、千人や万人、いや十万人の教会を創るより小さいとは思っていない。

しかし、今日の神様の思いの実行は、それ以上に重要である。

多くの人は順序を間違えている。

その結果ある事が成功するのなら、悪魔の力でも借りたいと云う事になる。

神様に不従順、敵対する事はどんなにうまくいかないか旧約聖書には沢山書いてある。

神様に従順で神と共に歩む人には、神様が4倍の祝福を与える事は相場だと思っている。

すなわち、良いことは2倍起こり、悪いことは2分の1になる。

【キリストの祈り】

「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」

すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。

(ルカの福音書22章42節〜43節)






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2007年 9月13日

神に対するつぶやきは悪である。

これは感謝とは反対であって、神の喜ばれるものではない。

日本人の言うつぶやきの中には、色々な意味も含まれている様である。

神に対し恨み心を持って不平を云う。

これは罪である。

しかし、神に対し強烈に意見を云う。

対応を求める。

回答を求める。

これは、むしろ神から期待されている事で、罪では無いと思っている。

しかし余りにしつこいと悪魔に乗じられる。

私は今迄に何十回、いや何百回も神様に食い下がった。

もう祈りと云える様なものではない。

期限を切って回答を要求する。

さんざん悪態をつく。

これで神様から叱られた事は一度もない。

良く云えば、神様には回答出来る、対応出来るとの信仰があるからであり、最初から何も期待しない人よりも神に喜ばれる。

私は、感謝する賜物を持っている人を羨ましく思う。

私には神様に文句を云い食い下がる方の賜物かと思っている。

色々と文句は云うが、神様の判断は最善である事を知っているので、最後は、

「すべて神の思い通りになります様に」

で終わりである。


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