海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

2008年 2月25日

【質問】海南島のヨハネさんに質問です。

今でも宣教師っているんですか?

海南島のヨハネさんが前おっしゃっていた日本で亡くなった宣教師はどのような理由で日本で伝道していたんですか?

もう一つ質問です。

人間だれでも罪があります。

地上の罪を天で悔い改めることは全くできないんですか?


【回答】海南島のヨハネです。

質問、有難う御座います。

又、神様に聞くタイトルが 一つ増えました。

質問の件ですが…今でも宣教師はいますよ。

昔よりも多いのではないですか。

教会に行けば、所により逢えますよ。

以前回答した宣教師は、娘さんの頃にオーストラリアから日本に来て、神戸で宣教師の助手をしながら、子供ホームで孤児たちの面倒を何十年間も見ていました。

派遣の宣教師ではないので、本国からの援助は無かったようです。

人生を他国の孤児の為に捧げた様な人でした。

人間的な報いは何一つ無かったと思いましたが、でも神様からの報酬は大でした。

日本へ来た理由は神様が行けと言われたのでしょう。

こんな宣教師は沢山いますよ。

私も3年前に、神様から行けと言われ時、何で私が中国なんかへ行かなければいけないのか、英語圏ならともかくも、と断る理由を色々探しました。

結局行きましたけど、他の人も同じようですね。

「私はそんな器ではありません」

「何かの間違いでしょう」

と断っている人が多いようです。

でも最後には従っている様です。

でも神様から直接任命された宣教師の働きは凄い物があります。

戦後、神様の命令で家族を引き連れて日本へ来た宣教師は、船から下りても行き先を全く知らなかったと言っていました。

その後、何千人の人達がその宣教師を通して救われました。

多くの宣教師の日本に来た理由は、大きく言えば、神様の愛にほだされたと言うべきでしょうか。

愛に報いる為と言うべきでしょうか。

人間すべて、罪びとですね。

基本的には、死後、天において悔い改めができないでしょう。

神は全能であるから、全く出来ないとも思いませんが、人間、死ぬときの苦しみは、他人を許す最高のチャンスの様です。

「私も憎んでいたあの人を赦しますので、私も赦して下さい、そしてこの苦しみから放して下さい…」

悔い改めの絶好のチャンスです。

このような人を何人も見ました。

私は、今頃、死後の世界について神様に聞いている最中ですが、人間死んだら脳が有りませんので、霊は受身だけのように思いますが、これは宿題にして下さい。

長くなりますのでこの辺で、又質問して下さい。

海南島のヨハネ


【管理人のコメント】
サンダー・シングの本の中から抜粋を張り付けておきます。


ある哲学者の死

ドイツのある哲学者の霊魂が霊の世界に入り、霊界の例えようのない栄光と、そこに住む人々の尽きることなき喜びを遠くから眺めた。

彼は自分の目にしたものに歓喜にしたが、頑固な知識主義が邪魔をして、そこに入り幸せを楽しむことを阻(はば)んでいた。

それが現実であることを認める代わりに、彼は一人で自問自答し始めた。

「自分がこのすべてをみていることは本当だ。だからといって、それが客観的事実で自分の作り上げた幻影でないという証拠はどこにもない。この光景を一つ残らず論理学と哲学、科学で解いてみよう。これが幻ではなく現実そのものだと確信するのはそれからだ」

このとき、天使が答えていった。

「知識偏重主義があなたの性格全体を歪めてしまっている。それは今のあなたの言葉からも明らかである。霊界をみるには肉眼ならぬ霊眼が必要なように、霊界の実在を理解するにも論理的哲学がごとき初歩の知識作業ではなく、霊的理解が必要なのだ。あなたは物質的事象を扱う科学を、あなたの脳と頭蓋骨ともども現世に置いてきた。ここでは、神を畏れ愛することからくる霊的知恵しか役に立たない」

それから、もう一人の天使が別の天使にいった。 

「悔い改めて子供のようにならない限り、 誰も天界に入れないという主の御言葉を人々が忘れているというのは何と嘆かわしいことだろう」

わたし(サンダー・シング)が、天使の一人にこの男の運命についてたずねると、彼はこう答えた。

「この男の人生がことごとく悪いものだったら、すぐさま闇の霊どもと一緒になっているところだが、彼は倫理観がなかったわけではない。そこで、非常に長いこと中有界下層の薄暗がりの中をやみくもに歩き回り、あの哲学の頭をぶつけ続け、やがて自分の愚かさに疲れて悔い改める時がくる。こうして、ようやく教える目的を授かった天使から、必要な教示を受ける用意が整うのだ。教示を受ければ、より高き層にある神の光の中に入るに相応しくなっていくことだろう」


次にサンダー・シングがカイラスで出会った聖者の見た幻を以下に抜粋します。


神を否定する人

サットンという名のあるジュネーブの科学者は、神の存在を否定していた。

彼は命と魂は同じなので、死後の生命は存在しないと信じていた。

ところが、この人の妻は大変に敬虔な宗教者で、母の感化を受けて育った子供たちもまた、母同様に宗教的で、神を畏れる性格だった。

妻子はしばしば家族会議で夫に神の存在を説いたのだが、サットン一人が彼らの話を笑い、迷信深い愚か者よと蔑んでいた。

サットンの妻子は、一人また一人と死んでいき、二、三年後に、サットンにも死期が迫った。

彼の信念によれば、死後の生命は存在しない。

臨終が近づくと、息を引き取れば自分は無になると彼は考えたが、この世を去るや否や、体だけを残して、もう一つの世界に移行したのを知って驚いた。

そのとき、死後に天国があるとしきりに説いていた妻子のことを考えた。

その途端、眼前に全員の姿が現れた。

だが、自分と彼らとの間には大きな淵があった。

姿が見え、 声も聞こえるのに、淵を超えて行き来できないと知り、深く失望した。

輝かしく、幸せそうな妻子と不愉快で汚れた自分を見較べているうちに、涙がこみ上げて、激しく泣き出した。

そのとき、サットンの妻が声をかけた。 

「あなたは私の死を悲しみ、何日も泣いていましたね。でも、臨終の床で申し上げたはずです。私はもう一つの生に移るだけで、また会うのですよと。でも、あなたは私の言葉を信じず、ご自分の考えに固執されたのです。今、私たちは永遠に別れてしまいました。あの別れは一時のものでしたが、この別れは永遠です」

その話を聞くと、サットンは自分の場所から飛び出して、妻に近づこうとした。

だが、そうすればするほど、ますます下に沈むのを私は見た。

妻子は悲しげに背を向けて、天の故郷に向かって歩き出した。

さて、天に引き返した妻子は、サットンの運命にひどく胸を痛めたので、天の門をくぐる前に神に訴えた。

「神様、私の夫が地獄の苦しみと処罰に定められているというのに、天国を喜べるでしょうか」

 悲しみの訴えに答が返されぬまま、彼らは天の住居へと静かに導かれた。

だが、天国に入るや否や、彼らはサットンのことをすべて忘れ、まるで悲しみを知らないかのように、歓びに浸り始めた。

天国の大気そのものが、苦しみと悲しみを排しているのである。

サタンの子らは神の子らとは縁がない。

彼らは苦しみと永遠の死以外、何ももってはいない。

神の子は、どんな悲しみも問題ももたず、天の自由の中で歓びに浸るのである。


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2026年 4月2日

今日もブログを見ていて神様の摂理、計画をゾッとする感じで思い出した。

海南島での宣教者であった私は、教団からも教会からも誰からも宣教を頼まれてはいない。

ただ神様からはもう無理矢理に現地へ行かされた。

だから私は自分のことを現地駐在員と呼んでいる。

任命者は神自身である。

日本へは宣教報告書を出したことはあるが、1円の献金ももらったことはない。

こんな人は他に世界には居ないと思っていたら、海南島には何人もいた。

みんな自国では、教会からも教団からも送り出されていないようだ。

牧師でもなく、教団の教職でもなく、一信者のようである。

彼らも又中国では、経歴を偽る必要もなく、密告を怯える事もなく、質問に答える形で何を話しても違法ではなく逮捕をされたことはないようだ。

私は、海南島政府で写真を撮って逮捕された事があるが、取り調べの高官が、私の前で項垂れて何分間も命乞いをしてきた。

勝手に帰ったが、何十人の警官は誰も追ってこなかった。

海南島での神様の働きはすごかった。

先ず、大学の共産党の幹部が私を親しい友人だと言い出し、警察は私を特別扱いし、外出時にはパトカーを何台でも出して「お守りします」と所長が挨拶に来た。

「私はそんな大物ではない」と断っても、共産党が恐ろしいのか、私の素性を調べようとした役人は一人もいなかった。

大学の講堂で学生を集め、式典をはじめ、私は祭り上げられた。

本人には良い迷惑。

そして近くのキリスト教会では、大胆に大学の塀についている家屋を借りて、塀に人が通れる穴を開け、コピー屋を開業してしまった。

2万人の大学生はその穴を通ってお出入り自由、警察は黙っているだけ。

その話は地方に広まり、宣教も警察が手出しができないと分かり、大学校内に教会ができ、私も最後の一年ぐらいは一部の人に聖人扱い。

私は最後まで共産党のでっち上げと思っていたが。

最後は関空まで私一人のチャター便で送ってくれた。

関空では中国の高官として出迎えてくれた。

昔、牧師になろうとした時、神様は強硬に反対されたが、こんな結末になるとは誰が予想できたか。

日本のキリスト教団が束になってもできない事であろう。

でも神様は数人を用いてできた。  


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2026年 4月1日

今日もブログを見ていると、多くの宗教家は、群衆の後ろで顔の見えないところで、「嘘をつけ!」とか「サタンだ!」とか叫んでいる野次馬に見える。

私は牧師でもなく正式な宣教師でもないが、神様に押されるように多くの人にしゃべってきた。 

大阪の西成の教会では週に一度、何年間も説教してきた。

椅子は三百ぐらいしか無いが、いつも五百人位集まり、二百人くらいは後ろに立っていた。

その中には私の反対者もいたようである。

彼らは教会の牧師達ではないかと思っている。

私は野次が飛ぶと、

「前に出てきて、はっきり言ったらどうですか。」

と返事すれど、出てきた人は無し。

顔すら見せない。

白装束で鈴を持った人が、講壇の面前に立ち、私に呪文をかけてきた事もあったが、私には何の変化もなく帰って行った。

野次馬より彼らの方が堂々としていた。

現在でも動画を見れば、多くの宗教家が聖書を引き合いに、「我こそは正しい」と言っているようだが…。

宗教家の間でも意見は違い、そしてみんな、

「神は今も生きておられる。全能だ。」

と主張しているようだ。

私は昔から、

「それなら神様本人へ聞いたらどうですか。できたら出てきてもらって。」

と主張している。

それに対して未だに返答をする者はいない。

昔は、若い牧師が信者に教えるように言ってきた事もあったが、その教団の理事長さえ私の生徒だったことがわかると、もう反論どころではない。

理事長さえ、私には何も語らない。

この記事は消えなかったから聖霊の承認と思っている。


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2020年 9月4日

今日も、朝から家内の小言の挨拶である。

老人になると、「お早う」よりも先に小言が来る。

「はきかけのパンツが何枚も溜まっている」

である。

台所へ行ったが、何をしに行ったか忘れてしまった。

家内いわく、

「忘れるぐらいならどうでも良い」

と。

海南島のアメリカ人の老教師を思い出す。

私と同じくらいの高齢であったが、日頃のスタイルは、アロハシャツに短いパンツ、それにビーチサンダル。

私と同じ服装である。

あの暑さでは、男も女も大学教授もアメリカ人も日本人も、同じスタイルである。

しかし、若い人や学生は少しマシ。

彼女は、アメリカで神様に中国行きを命ぜられ、一週間泣いて神様に反抗したと言っていた。

私も、決心するまで一ヶ月ぐらいかかった。

海南島には、外国の宣教師にそんな人が何人もいた。

教団や教会から送り出されたのではない。

だから、本国からサポートもない。

普通の宣教師とは段違いの信仰である。

でも、神様に従った結果、良い人生を送った様である。

彼女は、国立大学の英語の教師に迎えられ、教壇でも宣教し、教会では大勢の学生がついてきて、アメリカでは出来ないことをした様である。

住宅や生活、全てが中国政府の特別待遇。

大学でもあのスタイルで学生に教えていたのか、聞くのを忘れた。


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2026年 3月31日

これも思い出したくもない、関わりたくない、面前には到底出たくないと思っている人は、宗教家も含めてまだいると私は思っている。

ヤフーの知恵袋の宗教カテである。

もう20年も昔であるが、その影響は現在に及ぶ程に大事件であった。

当時の知恵袋は、荒れに荒れ、もう雑言のし放題。

私は知恵袋を始めたばかりであったが、連日罵詈雑言の嵐であった。

その中にはキリストのボディを名乗る人もあった。

彼は私の素性を調べ上げ、所属教会を突き止めたり、信者へ命令するように(私に)命令してきた。

多分どこかの牧師と思ったが…。

ついに私は腹をたて夜も寝られず、反論を考え送信ボタンを押そうとした時、神様の声があった。

「どんな人にも争ってはならない。しかし彼らはいなくなるであろう。」

私は涙を飲む思いで神に従った。

数日後にはヤフーの知恵袋に異変が起きた。

神様とキリストと私を気狂いのようにあざけていた連中が投稿をやめた。

私は彼らのIDを記録していた。

18人である。

2、3ヶ月後には結果がわかってきた。

2、3人は死んだようだ。

あと何人の目が潰れたか分からない。

神様が言われた通り、多くの人に起こった。

現在、私に対する反論、罵詈雑言が無いのは、その時の経験者の影響かなと思っている。

日頃私が言っている「神様は人には運命で答えて下さる」は、この時の経験である。



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2026年 3月30日

私がこれを言うので大抵の教会から異端扱いされる。

キリスト教の教義に反するからである。

私も若い時は、聖書は間違いのない神の言葉であると信じていた。

しかし、信仰生活も70年にもなるとその経験も豊富になった。

聖書を信じ車にぶつかり、金を持たずに旅行し、ガソリンを気にせず車を運転し、どんな危険も顧みず…。

天地創造の神とは何年間も喧嘩をし…こんな人間を私は他に知らない。

結論を言えば、聖書の約束は事実があった。

口先や説教だけで見てきたような事を言う宗教家とは大違い、神様は奇跡を持って応えてくれた。

でも聖書は事実でないこともあった。

例え嘘でも真理だと信ずるのが信仰だと言う宗教家もある様である。

昔であるが、聖書は一部書き換えられた。

文語訳では「エホバ神言い給えける」が、口語訳では「主は言われた」に変わった。 

私はこれは重大問題だと東京銀座の教文館へ抗議に行った。

他にも抗議する人があったようで、説明にプリントが用意されていた。

神の名前と存在の大変更であった。

地動説についても、昔バチカンでは聖書の言葉で反対した様だが、地動説を認めた時に聖書は大変更されたようだ。

今では聖書では地動説に反対はない様である。

今でも世界の誕生は6千年説を信じる人がある様だが、これは嘘八百以上の大嘘である。

専門の学者によれば、幼児のお話ほどにもとられないかも…。

今でも聖書によればそうなるようだ。

私には神に聞く能力がある。

だから分からないことは何でも神に聞いた。

聖書の創世記については、「あれは物語であって全部を信じなくて良い」であった。

それに対して猛反対があり、私は、「現在神がおられると言うのであれば、本人に聞いて確かめたらどうですか。」と昔から言っておる。

結果、「目くらや死で神様は返答されるかもしれないので、名前と覚悟を公表しなさい。」と世界中に言っておるが、何十年今に至るも返事をする者もいない。

事実は宗教家も神の存在を信じていないと私は思っている。

ついでにイスラエルに言いたい。

「パレスチナは約束の土地であるか、現在はどうなのか。神を信じるなら本人に聞いたらどうですか。」

これを連絡してくれるようイスラエル大使館へメールをしたが、全くの無視のようで…。

反論したらどうですか。


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2008年 10月20日

私は昨年の6月頃から死後の世界について、ずっと神様に聞いているが、天国や地獄についても少しずつ判ってきた。

天国も地獄も霊の世界に属し、実際にそんな場所がある訳ではない。

でも作ろうとすればどんな形でも作れる。

霊の次元は3次元も含んでいるからである。

霊の世界は3次元世界、すなわちこの世にもあるので、天国も地獄もこの世から存在する。

「神の国は、ここにある、あそこにある、と云う物ではない。実にあなた方の真っ只中にある」

とイエス・キリストが言われたと聖書に書いてある。

これが判らないと霊の世界は判らない。

霊の世界は聖とか愛とか信じるとかの情念の世界である。

これを的確に言い表す言葉はこの世には無い。

でも昔から例え話として語ってきた。

人間が知るにはこの方法しかない様だ。

多くの人はあの世の天国も地獄も見た様である。

例えや言い伝えには本当に感心する。

神は太陽の様な存在である。

非常に空気のきれいな場所か、又は1万mの高空で太陽を見ると、通常の10倍以上の光の塊りに見える。

中心にある太陽は輪郭さえ判別できない。

実際の神も栄光の光に包まれていて、中身は到底見えない。

栄光の少ないこの世に生きている我々人間はそれを直視する能力はない。

神は存在してもそれは見えない。

私は昔、天国を見て来たが、その美しい色は何年間も忘れる事は出来なかった。

主に画材店で色を探して見たが、同じ色は無かった。

しかし偶然イスラエルで発見した。

イスラム寺院のステンドグラスである。

日本の教会のステンドグラスも同じであった。

天気や太陽の位置で色も変わるが、良く似ている時もあった。

教会のステンドグラスは天国を見た人が始めたのではないかと思っている。

もう一つ発見した。

これは最近であるが、空が真っ青で太陽の角度によって海全体が巨大な宝石のように見える時がある。

これも天国の色かなと思っている。

日本では沖縄へ行かないと無理かも。

次に音楽であるが、これも偶然CDを聴いていて発見した。

賛美歌で、曲名は「こんな美しい朝に」と記憶している。

其の中の一部分は天使のハーモニーであると、これは聖霊が教えて呉れた。

教会の聖歌隊も、最初は天使の歌を聴いた人が始めたのではないかと思っている。

天国の例えは沢山ある様に思うが、心の中から湧き上がる喜び、平安、確信は皆、例えではなく天国そのものであると、神は言われる。

天国は死んで見なくても、この世から幾らでも見れる様である。

大抵の教会で、喜び、讃美、感謝に溢れている人を見つける。

1~2割以上はいると思っている。

これは正しく天国の性質である。

彼らはこの世から天国に住んでいる。

私はプロテスタントに所属しているが、カトリックに多く見つけた。

これ等は感じる感覚の無い人には、何とも思わないかも知れない。

私にしても、霊性の悪い時には何とも思わないから…。


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2026年 3月28日

今日ブログを書いていて昔のことを思い出した。

電気製品の事である。

点灯管を売り出し始め、特許もとり、大儲けをしようと値段を決めようとした。

私の考えではーーこれまで苦労したのでなるべく高くして他社には作らせず独占販売をするーーであった。

それで神様に聞いた、幾らにしよう…と。

神の返事はーー物の値段はあなたが親戚に頒布する物の値段であるーー。

私は愕然とした。

儲けは入っていないのである。

まるでボランティアのようで、私の思考の外である。

でも結局、一個150円にして神様の返事は無視。

これでも一流メーカーの2倍の価格である。

世界中の独占販売であるので、日本の電機メーカーはいやいや買った様である。

随分苦情は聞いた。

それで当方は余裕であった。

子供が幼児の時は、日本中旅行をしまくり、一年に50日以上旅行していた年もあった。

最近になって考えるのであるが、その時、特許を解放して謝礼だけにしていたら、多くの会社が飛びついて世界中に広まったかも。

多分現在の十倍か百倍の収益があるだろう。

今頃気がついても遅いのであるが…。

聖書には、

「十字架の言葉は、滅び行く者には愚かであるが、救いに与る私たちには、神の力である。」(第一コリント1章18節)

とあるが、私も昔は神様の返事には全く愚かであった。

これは個人も国も人類も同じであろう。

神は馬鹿に見えても人よりも賢かった。


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2026年 3月27日

昨日のブログを見ていて昔を思い出した。

電気製品のグローランプの製造を始めたら、関西で爆発的に売れ出し、私は日本中に広まると思っていた。

それで広告を出したり、札幌から九州まで大企業にセールスして歩いた。

ほとんどのところは相手にもしてくれなかった。

大阪だけでは実績にならなかった。

大阪は地下鉄が全面使用してくれて、何年も何万個も使われていても大阪以外は殆ど売れなかった。

もう何年間も試行錯誤していたが、大阪だけ神様の協力や許可があったが、その他はなかった事が、やっと分かった。

本当は大阪で製品が売れたのは神様の恩恵であり、私の努力は関係がなかったのである。


東京におる時に駒込から銀座へ通勤に自転車を買った。。

同僚は雨の日にはどうするか聞いてきたが、私は「父が神様だから通勤では雨は降らない」と返事したが、誰も笑うだけ…。

でも何ヶ月もそうであったので、同僚は不思議がり、カレンダーに記録し始めた。

それは6ヶ月も続いた。

大抵の人はそれは偶然というであろうが…私はそれを神の奇跡だと、何の不思議も感じなかった。

その頃、会社で慰安旅行があり、伊香保の温泉に社員が2台のバスに分乗して夕方出かけた。

その日は台風があり、だんだんひどくなり、どうするか支店長は総務課長に判断を委ねた。

課長は私に聞いてきた。

私は「大事をとって引き返した方が良い」と答え、引き返した。

その頃、雨を止める私は社内では知れ渡っておった。

あとで考えたら、その時台風の予想をするのではなく、天に命じて台風を無くすればよかった…と気がついたが後の祭り。

神の奇跡を何度も経験する私には、何の不思議もなく、感謝もなかった。

現在でも、何億の天国の星を肉眼で何年間も見た人は、世界に何人いたであろうか。

でも世界では奇跡の人は大勢いる様である。

日本でもメンソレータム、外国ではオスラムの電球、ヒルティの鑿(さく)岩機、コカコーラもそうだと思っている。

私の電気製品の奇跡も聖書のマナの奇跡とよく似ている。

経験者が累積何億人、40年に渡り…私と同じである。


【管理人のコメント】
旧約聖書の出エジプト記に記されているマナの奇跡の要約を載せておきます。

イスラエルの民はエジプトでの奴隷生活から解放され喜びましたが、荒野に入ると水や食料がなくなり、モーセに不満をぶつけました 。

そこで神様はモーセを通じて苦い水を甘くし、夕方にはうずら(肉)、朝にはマナ(パン)を降らせて民を養いました 。

マナは毎日必要な分だけ集め、次の日まで取っておいてはいけないというルールがありました。

また、6日目には2日分を集め、7日目の安息日は休んで神様を礼拝するよう教えられました 。

イスラエルの民が荒野をさまよった40年間、毎日(安息日を除く)マナは降り続けました。

民数記によると、エジプトを出た時点の第1回人口調査では、20歳以上の男性の数は約60万人であり、これに女性、子供、高齢者を含めると、総数は200万〜300万人に達したと推測されています。

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高齢者の特権

2021年 11月3日

このブログの読者の皆様、読んでくださり感謝しています。

現在、私は88歳になりますが、高齢者の神様に対する特権を見つけました。

体が衰え、だんだん動くのが苦痛となり、これが老化だなと感じているが、良いことも最近発見しました。

神様の憐れみは、元気な時以上に感じています。

壮年の頃は、今の時期1ヶ月は断食して、いろいろ神様に訴えていましたが、高齢者は生きるだけで、断食くらいの苦しみをもう味わっている。

生きるだけで、神様は憐んでくださっている事を発見しました。

犬を飼っている頃、十数年もして老犬となり、ついに留守番のカゴにも入れなくなり、それでも昔の命令を守ろうと、懸命に登ろうとしているペットを見て、思わず涙が出ました。

この犬の為ならなんでもしてやろうと。

神様も愛する子には同じではないかと。

高齢者の皆さん、神の憐れみを引き出すには、高齢者は特権ですよ。


【管理人のコメント】
聖書のやもめの献金の話がヨハネさんのお話しと少し通じるものがあるような気がしたので、以下に引用しておきます。


それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。

多くの金持ちが大金を投げ入れていた。

そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。

それは一コドラントに当たる。

すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。

「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」

(マルコによる福音書 12章41節〜44節)


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