石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -37ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 先週、ヨーロッパ方面に旅行に出た際のオドロキを書いた。書き切れなかったオドロキを続けてみる。

 

街を歩いてバスに乗ろうとした。旅先で必ずやってみたいことの一つである。

ガイドブックを見ると、乗る前にバス停で切符を買う、となっている。が、切符を買う機械がどこにも見当たらず、ウロウロ。すると、近くにいたお兄ちゃんが「Ticket? Touch this」と教えてくれた。何と、広告板に見えた設置物が、タッチすると広告から切符売りに切り替わるのだった。お兄ちゃんは「How many? Two?」とさっさかリードしてくれ、無事買って乗車することができた(英語はテキトーな再現です)。

 

彼はこちらが「Thank you」と言うのも待たずいなくなった。着崩した服や髪型がお洒落で、でも日本だったら学校で問題児に分類されそうなタイプに見えた。それが、ごはんを食べる前にはいただきますを言う、くらいのごく当たり前な感じで手助けをしてくれたのである。

 

また、トラムに乗ったときのこと。降りる駅が近付いてブザーを押した。すると、運転手さんがマイクで何かがなり立てた。途端、乗客みんなの視線が一斉にこちらに向いた。

何? 何かやらかした? 焦ってもマイクの声は何語かも不明でサッパリわからん。そしたらすぐ横にいたお婆さんが何やら運転手に言い返し、さらりと降りていった。それでどうにか収束。

 

一体何だったんだ? と、よく見ると、押した赤いブザーには「emergency」(たぶん旅行客を意識して英語)と書いてある。えっ、非常ボタンてこと? 更によくよく見ると、それよりずっと押しやすい位置に緑色のブザーがある。……あれ、こっちを押すんだったの? 

 

想像であるが、「何かあったのか? 具合でも悪いのか? 緊急ブザーを押したのは誰だ!?」みたいなことを運転手が言い、こちらが「???」となっていると「いたずらするなっ」と運転手が怒り、そこでお婆さんが「外国人の観光客よ。間違いなんだからそれでいいじゃない」……みたいな経緯かと。このときも、当然のようにフォローしてくれる方がいたのだった。

 

またトラム内では、「優先席」と書かれた席(読めなかったけどおそらく)があった。若い女の子が座っていたのだが、年配の女性が乗ってきたら即座に立った。そしてその年配女性は即座にそこに座った。「どうぞ」でも「ありがとう」でもなく、一瞬のことだった。つまり、その席は空いていたら座っても良いが、座るべき人が来たらどくのが当然。それは「親切」ではなく「must」なのだ。という風に見えた。


30年前の旅行でのことも思い出した。突如連れと別行動することになったが、英語すら通じない地。一人で立ち悩んでいたところ、現地のおじさんに声をかけられた。40~50歳くらい? 案内すると言ってるらしき片言英語。今ならおっかないと逃げるだろうが、当時20代の怖いもの知らずだった自分は乗った。おじさん、あちこち名所につれてってくれ、現地の人と調整が必要であればやってくれた。お互い怪しい英語でのコミュニケーションで巡った半日は新鮮だった最後は手を差し出され、握手して別れた。終始紳士的だった。

 

困ってる風な人がいたら普通に教える。フォローする。年配への尊敬といたわりは絶対的。できるヘルプならするのが当たり前。そういった配慮が習慣として根付いている。

 

たかだか数日観光に行っただけのことで、その感じ方が正しいのかどうかはわからない。けれど「お・も・て・な・し」という言葉を高々とスローガンに掲げなくてはならない日本は、そういう面では遅れているのかな、と思ったりしたのだった。

 

(了)

 

 

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ヨーロッパ方面に旅行に出た。実に30年ぶりのことである。

 

前回は、学生の時だった。卒業前に海外へ旅するという風潮があった時代。それに乗って自分も格安ツアーで出かけた。


今回、そのときとかぶっている旅先もあったが、何一つ覚えていなかったので新鮮に楽しめた(いいのか悪いのか……)。

 

その果てしなくおぼろな記憶力でも、卒業旅行の時とは変わったな、とオドロいたことがいくつもあった。

 

まずはもちろんスマホ。

自分の場合、便利さの面でそう言うのではなく、むしろめんどくさくて思ったのだった。

 

当然昔はそんなものはなかったので、何も考える必要はなかった。ところがこれ、持ち歩かずにはいられない必需品となった。けど、自分のようなあまりスマホに長けてない人間がヘタに持っていると、便利さより不安が先立つ。渡航先でへらへら何も考えずに使うとぺらぼうな高額料金となる、なんて話を聞くわけで。

 

どういう電波が出ていてアプリがどうの、電話とネットは違うの、データローミングがどうの、と、この器械をよく理解していないので考えるのがイヤになり、家に置いてっちゃおうかな、とすら思った。

結局、旅行会社お薦めの「Wi-Fiレンタル」を借りることにしたが、その検討段階であちこち聞き回って疲れ果てた。

 

ドイツ語圏内に行くので辞書とか必要? とまたまたジタバタしていたら、Wi-Fiレンタルのお店で翻訳機も勧められた。おお、こんなものまで今は存在するのか。ドラえもんに出てきた翻訳こんにゃくが、現実に存在する時代になったというオドロキ。


昔は「地球の歩き方」とか旅行フレーズの翻訳集的な重たい冊子をバッグに突っ込み、それぞれの国の「ありがとう」「こんにちは」などをしゃべってみたりした。

が、この機器は、日本語を言えば即座にそっちの言葉に言い換えてくれるという優れ物。74言語にも対応しているとな。


ただし、結果的にはどちらもほぼ必要なかった。Wi-Fiならホテルで使えたし、めちゃくちゃ拙くても英単語のつなぎ合わせであちらの人は親切に教えてくれたし。

 

それからカメラの進化のオドロキ。

昔はフィルムを白い円筒ケースにいくつも持って行って、しかも旅行後現像に出してから手振れや変顔に気付いて歯噛みしたものだった。

今じゃちっちゃなデジタルで荷物にもならず、その場ですぐに出来映えを確認、何度でも撮り直しが可。

あらためて考えると感極まる。


また、ガイドさんの解説を受けるイヤホンマイクというのを初体験。ガイドさんが発信器に話し、こちらが受信する仕組み。

離れていても聞き逃すこともなく、音声もクリア。いつの間にかガイドつき観光とはこんなシステムになっていたことにオドロキ。

ただ、声が近くに聞こえるもんで一緒に動いているものと錯覚する。あちこち目移りしている間に迷子になる危険性は大。

 

そして、昔はメールなんかもちろんなかったから……送り出す親が自分に一つ約束をさせた。

「毎日絵葉書を一枚出す」こと。

忠実に必ず寝る前、ハガキにびっしり感想を書いた自分にオドロキだ。内容は全く覚えていないけれど、今思えばほっこりする風流な約束だった。

 

実家を探せばどこかに取ってあるのだろう。でも、読みたいような読みたくないような。もしかしたら今回の旅行とほとんど変わらない感想かも。30年の成長がまるでない、と思い知らされ、それが一番のオドロキかも知れないから……。

 

(了)

 

 

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 千葉テレビで再放送されていた「太陽にほえろ!」が、先日このタイトルの回をもって放送を終了した。ボンボンというあだ名の若手刑事が殉職した回である。

 

 40年ほど前、本放送を欠かさず見ていた自分、この番組へのハマり方は尋常でなく、特にこの回をリアルタイムで見た後は灰になった。ボンボン刑事の大ファンだったのである。
 
 簡潔にあらすじをつまむと……

 目の前で自殺しようとした女性を思い止まらせたボンボン刑事。しかし彼女は翌日自殺。実は恋人の男に殺されたのだった。男は強盗犯。盗んだ宝石は彼女の妹に託されており、妹が危ない。ボンは一人で妹を追っていくが、彼女と共に銃弾に倒れる。彼女を救うため、瀕死の重傷ながら力を振り絞って電話ボックスに向かう。そしてようやくたどり着いて電話がボスに繋がったとき、安心感で事切れる……。
 
 あああ。
 当時、どれだけ泣いただろう。ビデオなんてものは我が家にはまだなく、カセットテープに録音した音だけを繰り返し繰り返し聞いた。時と共にその回数が減っても、5年ほどは毎月13日は喪に服す意味で必ず聞いた。おかげで今でも、次にどんな音や音楽、誰のどういったセリフが来るかわかるのである。人の名前や昨日のごはんすら思い出せない昨今でも、これだけは事細かに暗唱できる。あの頃の記憶力は侮れない。
 
 ただ、数十年が過ぎて、変わったなあと思うことがある。
 目線だ。
 
 あの頃のボンボンは自分の憧れのお兄さんだった。大好きで大好きで彼氏になってもらいたいくらいの夢中度だった。だから死んでしまった時には、恋が終わった喪失感で脱け殻だった。ボンがあんな女を助けて死ぬなんて、と、妹役の根岸とし江(現根岸季衣)を恨んだものだった。

 大体ね、前半でボスがボンを褒めちぎる。人の命を助けるのも俺たちの仕事。それを忘れなかったお前を誇りに思う、なんて。それが嬉しすぎたボンは、もう一度やろうとして命を落とすのだ。上司、褒め方考えなきゃダメだろ! って、もう相手構わず八つ当たりした自分。
 
 そんな少女も今やもうアラフィフである。アラフィフになろうがアラカンになろうが憧れは変わらない。けれど今回久しぶりに視聴して思ったのは。妹を助けようと電話ボックスまでの長い距離を必死でたどったシーンに涙したのは同じ。(当時はケータイなんて影も形もない。助けを呼ぶなら電話ボックスへ行くしかなかったのだ)
 でも。

 もういいよボン。頑張らなくてもいい。お願いだからそのまま動かないで安静にしてて。無理しないで。少しでも長らえて。20歳そこそこの男の子が、血まみれで辛くて苦しくてフラフラなのにあんな遠くまで行こうとするなんて、もうやめて。
 そう思ってしまった。
 
 完全に親目線である。
 昔は同世代目線だった。「ボン、頑張って!」と思いながら見ていた。

 ああ、こういう風に見方は変わっていくんだなあ。そういえば、同じ映画でも本でも昔とは感じ方が変わった。そう思うことが増えている。それはそれで面白いけれど。
 
 ところで、この番組は殉職が目立つし、長寿ゆえにそれが一つの区切りにはなっているけれど、他の話も秀逸なものが多い。見直してみると、現代にも通じる問題を40年以上も前にすくい上げ、鋭く斬っている傑作が数多くある。ここで終わらせてしまうなんてもったいない。続きでなくても、マカロニからまた始まってもいいなあと思う。

 千葉テレビさん。伝説の刑事ドラマの放送、再開しませんか。
 
(了)
 
 
 

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もう10年くらいになるだろうか。

家で取っている新聞をチェックし、1日最低1つは気になる記事の見出しをノートに書き出す。そんなことをやってきた。

 

きっかけは、ある物語を作ろうとしていたときのこと。ちょっと前に読んだ覚えのある記事が、エピソードとしてうまくハマるんじゃないか、と思いついた。で、それが載っていた新聞を探し始めた。

 

……これが。これが猛烈にめんどくさかったのである。つい最近と思ったけれど、どれだけ最近だったかを思い出せない。朝刊だったか夕刊だったかも定かじゃない。三面だったか地方版だったかも。


その日1日はその記事を探して新聞の山をひっくり返すことに費やされた。見つかったことは見つかったが、結局うまくハマらず使えなかった……。

 

これで懲りた。せめてデータベース的に、気になった記事を日付と見出しだけでいいからノートにつけていこう。そう思ったのだった。

 

で、始めたのはいいが。

 

新聞を毎日読み込むのは、自分には結構大変な作業だった。もちろん作家の方々は多くの新聞を読んでおられると聞くし、池上彰さんなどは11紙も購読されているとか。自分も物書きを目指す以上、たかが1紙くらい読みこなせなくてどうする。

 

……読みこなせない。

 

いわゆる言い訳というやつだが、家事炊事が回らない日もある。バイトの繁忙期が定期的にやってきて、新聞のちっちゃな文字を見る気にならない日がある。やれ旅行だ、葬式だ、宴会だ、とかが立て込んで、後回しになってしまう日も。

 

で、たまっていくのである。でも「1日見出し1つ」と一度決めてしまった以上、諦めの悪い自分は読まずに捨てることができない。最大で40日分積み上げたままになっていたことがある。

 

それでも何とか消化していった。今更めっちゃ古いニュースじゃん? とか思いつつ、とにかく見出しを1つ以上ずつ。でも、曜日ごとに気になるコラムもあるし、相談コーナーなどは目を通さずにいられない。なのですごく時間がかかる。


毎日ちょっとずつやらんといかん。その方が楽だ。大量に片付けて身も心も朽ち果てた後には、いつもそう大反省する。

 

先日、新聞の契約期間が切れた。ちょうど旅行の予定も入っていたので、1ヶ月間休むことにした。


 たまらない。サボっているのにたまっていかない。

    何て楽チンなんだろう。どうしよう、もう新聞なんて復活しなくてもよくない? とか悪魔の囁きがよぎる。

 

 そのノートは今や10冊を超えた。でも読み返してエピソードとして使ったことは、1,2回。管理が悪くて何冊かは行方不明。

    う~ん、意味があるのかないのか微妙。自分の首を絞めるような余計な誓いを立ててしまったのではなかろうか。

 

 いやいや。きっと時代の流れやトピックを肌で感じるのに役立っているはず。そう念じながら、今日も積み上がっていく新聞を見ないフリしている。(了)

 

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三浦雄一郎さんが南米最高峰アコンカグアの登頂挑戦を中止した、というニュースがあった。ドクターストップに従ったとのことだ。

 

86歳での挑戦。心臓に持病もおありとか。

以前何かのドキュメンタリーで見たウロ覚えなのだが、雄一郎さんの果敢な冒険は、息子さん娘さんドクター他関係者総出の一大プロジェクトであるとの内容だった。健康、備品、案内人、天候、科学、等々、様々な角度からの入念な準備がされていると。

 

それには、どれだけの時間と労力とお金がかかることだろう。そう考えると、中止なんて絶対できない。ド素人の自分には、そんな風に「実行」一択になってしまうと思う。別次元の小さな事ですら。

 

例えば休暇に旅行を計画したとする。ツアーを申し込んだり宿を予約したり交通のチケットを取ったり。場合によっては服やら小物やらを買い揃えたり。その休暇を取るために、もしかしたら上司と喧嘩だってするかもしれない。期限より早く仕事を進め、引き継ぎもすませ。

 

それがもし、天候や交通機関や健康上の理由で可不可をせまられたら。

 

多少の不備や不具合ならば強行してしまうだろう。

せっかくスキーに来たんだから、ちょっとくらいの吹雪なんかで中止したらもったいない。せっかく休みを取ったんだから、少し熱があるくらいで温泉をやめたくない。何より直近になって中止すればキャンセル料がかかる。それを払いたくない。

などと思ってしまう。現に何度もそういう事態をそういう感覚ですませてきた。

 

旅行に限らない。大掃除で大量に発見した、賞味期限切れの缶詰。もったいないから、と、食べてしまった。自分、鉄壁の胃だったようで大丈夫ではあったが、大幅な期限切れだったので、医者代の方が勝ってしまう危険もあった。

 

繁忙期だからと捻挫を押して松葉杖で出勤したことがある。自分の不注意の怪我のせいで周りに迷惑をかけたくなかった。しかし結局使い者にならず、逆に迷惑をかけまくり、早退することになった。最初から休めば良かった……。

 

等々、些細なことなのに中止にできない自分がいる。

 

人生においてもそうかもしれない。物書きになりたくて、中途半端な位置にしか行けなくて、それでも○○年も続けてきたのだからもったいない、と。

モノにならないのにやめることができない。まだできるのではないか。もう少し先に行けるかも知れないじゃないか。その思いが捨てられないがために、書く時間を取りたいがために、ずっと非正規の仕事しか選ばなかったが、いつも迷っていた。

 

中止するには勇気が要る。捨てる勇気。きっぱり割り切る勇気。

 

三浦さんはそれをできる人だからこそ、あれだけの偉業を遂げてこられたのだろう。そしてまた次の挑戦へ向かうのだろう。止まる時は止まる。そして次。やめるのではなく。

 

やめることはない。でも必要なら止まる。そうやって、自分も書き続けていいのかも……そんな風に思えた。

 

最高年齢での快挙も素晴らしいが、中止しても教わるものがある。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

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1月23日、高橋留美子さんが、フランスのアングレーム国際漫画祭でグランプリを受賞したとのこと。漫画の発展に貢献した作家に贈られる賞だそうで、日本人は大友克洋さんに次いで2人目という。(読売新聞1/25より)

 

高橋さんといえば、「うる星やつら」「めぞん一刻」。

その二つ、自分にとって青春ど真ん中の漫画であった。うる星で笑い、うる星に学び、めぞんから大人のじれったさや、当時の大学生の実態、就職の厳しさなどを感じ想像したものだった。

 

うる星からの「学び」というのは、学校で習う事柄が巧みに織り交ざっていたからである。宇宙人とか雪女とか閉所恐怖症とか男装の女子などの登場人物からしてぶっ飛んだ、ナンセンスなコメディでありながら、である。自分は、表面張力とかインプリンティング(刷り込み)とか、ここで覚えたも同然。「よくもやってくれたな」と「よくぞやってくれました」がちょっとしか違わないのに全く逆の意味になるという日本語の機微に気付いたりとかもあった。教室でウトウトしながら聞いていたことより、よほど頭に残っている。

 

また、漫画家を目指していたわけではないながら、ラムちゃんの脚線美に憧れ、セーラー服の下にすらりと伸びる靴下にスニーカーの足をノートに落書きしまくったものである。ちなみに何年か前の「高橋留美子原画展」も見に行った。そのくらい絵柄が好きである。

 

めぞんでは、普段はエプロンにジーンズの響子さんが、お出かけするときの服が素敵だった。こずえちゃんや八神さん、九条さんの、それぞれの個性に合ったファッションも楽しかった。自分は特に三鷹さん推しで、きらりと光る歯と、苦手な犬に最後まで翻弄されるギャップが大好きだった。

 

どちらの作品も男性誌向け雑誌に連載され、男女の恋模様や、時に過激なセリフや危険な妄想があった(今にしてみればそうでもないだろうが)。が、高橋さんの人柄のせいなのか女性目線だからなのか、全くいやらしくならなかった。そこが、ずっと高橋さんのファンでいられた一番の理由かな、とも思う。


また、「しーん」とか「わはは」とか、普通は擬音を表す手書き文字の中に、「きっぱりと」とか「あっさり」などの修飾語が時折混ざっていて大笑いした。当時はあまり見なかった手法で、その斬新さに虜になった。

 

とにかく絵や構図の上手さ、しっかりした舞台設定、多彩なキャラを生む力、時代のとらえ方の確かさ。そして、何よりセリフや話運びのテンポがダントツ。

自分は読み直すたびにそういった違う面が見つかるのが面白くて、一粒で何度も楽しんできた。今、自分で創作をするときも、お手本にしているところが多々ある。教科書といってもいい。

 

ラムちゃんは実家に全部置いてきてしまったけれど、めぞんは今も押入れにある。久しぶりに読み直してみようか。(了)

 

 

 

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 昨日、大坂なおみ選手が優勝し、ランキング1位に上り詰めた。こんなすごいことを見られる日が来るなんて。とても贅沢な気がして泣けた。


    その上で、また大変贅沢な愚痴なのだが、男子テニス。錦織圭選手の試合を観ているとものすごく疲弊する、というお話。(以下、敬称略)

 

始めは調子が出なくて、ブレイクを先に許し、1セットを落とし、2セット目はサービスキープはするものの相手のサービスも破れずタイブレイク……とかの、絶体絶命のピンチに陥る。でもそこから起死回生の大逆転劇が始まり、フルセットに持ち込んだ末、辛くも勝利。

 

……みたいな試合がしょっちゅうだから。錦織を応援して観戦している方ならよくご存じだと思うが。

 

これ、シナリオとか小説のコンクールなら、間違いなく賞を取るだろう。主人公を窮地に窮地に追いやるのがセオリーであり、それをひっくり返す爽快感こそ物語の醍醐味だから。いや、物書きを目指している身としては、見習わなければならない。

 

というくらい、面白すぎるほど面白いのである。錦織の試合は。手に汗握る、思わず声を上げてしまう、ドキドキハラハラ、そして歓喜爆発の結末。

 

けど、リアルタイムで観ているともう胃も心臓もでんぐり返りそうに痛くなる。一つ一つのラリーが長く、一打一打がスーパーショットばかりで、それをとんでもないフットワークで返し合う、なんて奇跡を連発する。まばたきもできないし、肩の力が緩む間もない。

 

そんなのの最たるやつが、今回ベスト8を決めた試合だった。5時間を超えるフルセットマッチ。勝利をモノにした時は、錦織自身も疲れ切って顔が死んでいたが、こちらもクタクタだった。見届けずにはいられない、ホントに凄まじい、観る価値のあった心底震えた試合だった。

 

しかし、おそらくこのダメージが、次のジョコビッチ戦で響いたと思われる。第2セット途中で棄権。……本当に残念だ。太股の痛みが、どうか重傷ではありませんように。

(ちなみに棄権で早く終わって浮いてしまった時間を、ジョコビッチが長いインタビューでファンサービスしていた。試合中は強すぎて憎ったらしいことこの上ないが、ナイスガイなのである。)

 

けど……正直なところ、お願いだから錦織、出だしでセットを落としたりするの、なしにしてくれ~、と叫びたくなることが多い。もう少し楽に勝てたらどんなにいいだろう、と。

 

が、これこそが贅沢というもの。

 

自分もテニスをかじって○十年。始めたのは、まだウッドのラケットが主流だった頃。ウインブルドンとかグランドスラムとか言葉は知っていたけれど、外国人選手のものという認識だった。日本人は、特に男子は、パワーと速さとフットワークでどうしても見劣りしていた。

当時「エースをねらえ!」を愛読していた自分だが、岡ひろみが世界レベルを目指す――日本人がそれをやってくれちゃう。なんて、マンガだからできることだと思っていた。

 

それが。それがである。

錦織はランク7位が確定らしい。世界のトップクラスで対等に戦い、あわよくば頂点も見えている。大坂は既にもう上がいない。

自分が生きている間には起こり得ないことだと思っていた。こんな時代が来るなんて。感無量である。

 

だから、文句を言うなんてとんでもない贅沢。

 

圭くん、しっかり養生してね。なおみちゃん、もう存分に泣いていいよ……。

次の大会もお二人を全力応援します。

 

(了)

 

 

 

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 今回が100回目の投稿だということに、今更気付いた。かねてから節目の回は何か特別なことを書きたいと思っていたのだが……。2年近く定期更新を続けてこられたこと(だけ)は自信になったので、特別感よりは毎週日曜更新を継続する方を優先します。

 

マンガなら和田慎二、小説なら東野圭吾、音楽ならGLAY、日本人俳優は山田孝之で、外国人俳優ならケビン・ベーコン。(敬称略)

 

私の好きな方々である。ちょっとだけ100回らしく、自分的な祭りにしてみることにする。

 

「スケバン刑事」を始め、リアルで迫力ある画力と荒唐無稽に近い設定でも説得力抜群のストーリーテラー、和田慎二。

中学生の頃にハマって以来、雑誌連載は立ち読み、殆ど全てのコミックスを買いあさり、文庫化されるとまた買い直した。筋書きがわかっていても何度も読みたくなるという力を持っていた。いつか自分の書いた物が世に出回ったら「対談」とかして大好きですと伝えたい……などと妄想していたのだが、2011年に亡くなられた。本当に残念である。

 

東野圭吾は説明するまでもなく。今や超売れっ子でドラマも映画も引きも切らない。

自分がハマッたのはもう20年以上も前だった。転居して仕事も友達もなくなった時期、本屋をぶらつくことだけが楽しみだった頃。「天使の耳」という本が目についた。あおりや違法駐車など、今を見通していたとも取れる、交通問題をキーにした短編集で、抜群の面白さ。以来やっぱり著作を買いあさり、何度でも読んだ。初版本も多いので、今売ったら結構な財産になるのかも……。

 

GLAYへの始まりも20年前くらいか。メロディに惹かれ、声に惹かれ、歌詞に惹かれ。最低でも三度美味しい。

当時買ってみたアルバム「REVEIEW」、その収録曲全てが心地よかった。選ぶ言葉が美しくて深くて沁みる。以来、未だにドライブのお供である。毎週水曜のTERUのラジオまで聴いている。いつか自分の書いた物がドラマになるときは、主題歌はGLAYと決めている(←またも妄想)。

 

山田孝之、ケビン・ベーコンは、共にカメレオンなところが好きでたまらない。若い頃は色男、いい人、純愛、頭がいい、落ちこぼれなど青春の定番ながら真逆の役柄もあり、出演作が変わると同一人物とは気付かなかったくらい。その後冷徹、極悪人などのクセ役が多くなったのも共通点。上手いという証明だろう。無論、出演作は見まくった。ドラマも映画も。

彼らの出演シーンだけ集めようと試行錯誤したこともあるが、録画機に詳しくないので頓挫した。ご本人達に接点はないが、私的には同列なので一緒に語らせていただいた。

いつか自分の書いたものを原作にしたドラマなり映画なりに出演してもらえたら……(またまた妄想)。いや、本気でそのつもりで書いた小説も存在する。とっくに落選しているけれども。

 

こうして好きな物をあらためて挙げてみると……「物を書く」ときのこだわりにつながっている。


何度でも読みたくなる物を、という目標は、和田慎二、東野圭吾の両氏の作品の影響だし、GLAYの歌詞に倣ってきれいな日本語を綴りたいと心がけるようになった。山田、ケビンのお二人のような上手い役者さんをイメージするとキャラ設定がぶれない。


ただの趣味、好み、気分転換。そう思っていても、どこかで何かがつながっている。きっとそれは物書きに限った事じゃなく、誰もがそうなのだろうと思う。



以上、ささやかな100回記念祭りでした。


(了)

 

 

 

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 何年も宛先構わず投稿しまくっている今頃になって、こんなことを思うのも何なんだけど。

 

 応募先はよく考えて選定しなさい、とはどの学校、先生にも言われること。理屈では、言葉の上ではわかっていたつもり。どう見ても純文学系なのにエンタメ系の賞に応募しても、またその逆でも、まあシャットアウトされても仕方ないだろう、という。内容以前に、ジャンルでふるい落とされてしまうということであろうと。

 

 わかっていたつもりではあるのだが、そもそも一番問題なのが、自分の書く物がどういうジャンルなのかが自分でわかっていないということ。


純文学かエンタメか、と考えれば、純文学ではない。消去法でエンタメである、ということになる。では、どういう系統のエンタメかというと、推理小説やミステリーではないけど、恋愛でもない。時代小説ではもちろんない、というか無理。強いて言えば「人間ドラマ」、かなあ……。

 

ではターゲットの年齢は、と考えると、まず児童文学ではない。少年少女が主人公の話も書くけど、あまり多くないし、夢や希望が将来に広がっているという内容にはあまりなっていないし……(汗)。

 

かといって大人向けでもない。自分があまりに幼稚で知識ないし自己チューだし、……大人の考え方、分析、大人へ向けてのメッセージとかが弱々しいのは明らか。文章や人物に色気もない。

 

男女どっち向け? というのもどっちつかず。自分、女らしくないし、かといって男性の気持ちがわかるわけじゃなし。

 

中途半端だなあ、といつも思う。結局、わがままな年配の書く若めな人向けのストーリー? ……誰が読みたいんだ、それ。

 

というわけで、どこに応募していいのか本当にわからない状態が何年も。なので、めぼしい賞の受賞作品を片っ端から読んでみている。この系統なら好き、この審査員に読んでもらいたい、とかそういうことで選ぼうと思い立ち。

 

ところが、ここでまた立ち往生。受賞するくらいの作品だから、とてもとても上手いのだ。話にもよるけど、スケールが大きかったりバックグラウンドが緻密だったり並大抵でない表現力だったり。


ああこんな人達と肩を並べられるわけがない、と、打ちのめされてしまうことを繰り返す。そうなると、好きな作家さんが審査員だとしても「こんなレベルのを応募してくるなんて」と舌打ちされたらどうしよう、などと腰が引けてくる。

 

でも。

最近思うのは、書くのはやめられないなあ、ということ。くだらなくてもつまらなくても、何かを込めた物語を創る、ということが、面白くてたまらない。落選し続けても、それだけは確か。


だから、恥も外聞もなくこれからも投稿を繰り返すのだろう。ま、ツラノカワを厚くして、できればちゃんと趣旨に合った賞に応募してみたいので、……最初に戻る。

 

(了)

 

 

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子供の頃、お正月は暇だった。

いや別にやることがないわけではなく、初日の出を見たり初詣行ったりおばあちゃんち行ったり、は、した。けど、三が日はもたなかった。

お年玉を使いに出かける、という方法もボツ。お小遣いは全て本かマンガを買うことに費やしていた自分である。けれど本屋が開いていないのである。

たとえ欲しいものがお菓子とか文房具、あるいは外食だとしても同じこと。お店はどこもシャッターが降りていて、閑散としていた。

今じゃコンビニもファミレスもあるけれど、それがそうそうなかった頃なのだ。近年、人の手配がつかずに元旦は休む店も増えてきて、昔に戻っている感も少しあるが。

友達は田舎とやらに帰っている子が多く、うちは祖父母が父方も母方も1時間圏内に住んでいたので、孤立するはめになった。夏休みのラジオ体操と同じパターンである。

幸いにして、姉妹がいた。羽根つきとかコマ回しとかカルタとか、正月らしい遊びもしたが、やがてやることがなくなり、結局一緒に正月長時間時代劇を見ていた。確か2日間に渡っての12時間ドラマとかだった。

時代劇など全く興味のなかった年頃である。どれだけ暇を持て余していたか想像していただけると思う。

それでも、それはそれで笑えたのだ。

何が一番嫌だったかというと、お節料理が続くことだった。
黒豆、やつがしら、なます、こんにゃく、昆布巻き、栗きんとん、お雑煮に海苔餅……決して嫌いじゃない。むしろ普段に出たら喜ぶくらいな一品ばかり。

だとしても続くと嫌になる。あの頃は3日間もしくは余れば4日でも5日でも1週間でも食卓に並んだ。

もううんざりだ。パンが食べたい! そればかり思っていた。それこそコンビニに行けばよい。しかしあの頃は……以下繰り返し。
(ちなみにもう少し大きくなってからは、デパートが2日に開くと知り、いそいそ出かけるのが恒例になった。)

今は元旦以外はほとんどお節はいただかない。三が日でもパンもご飯も食べる。幸せな時代だと心から思う。

余談だが、今年のお正月、実家で大量にご飯が余った。みなお腹いっぱい、と手を出さない。が、おにぎりにしたら、持ち帰りを含め、瞬く間に消えた。

そそる料理、というやつなのか。だとしたら、お正月だけでいいや、と思ってしまうお節は、それ以外に分類されるんだな。いやでも、だからこそ特別感があるのかも、と……何だか納得した年初である。

(了)