いや別にやることがないわけではなく、初日の出を見たり初詣行ったりおばあちゃんち行ったり、は、した。けど、三が日はもたなかった。
お年玉を使いに出かける、という方法もボツ。お小遣いは全て本かマンガを買うことに費やしていた自分である。けれど本屋が開いていないのである。
たとえ欲しいものがお菓子とか文房具、あるいは外食だとしても同じこと。お店はどこもシャッターが降りていて、閑散としていた。
友達は田舎とやらに帰っている子が多く、うちは祖父母が父方も母方も1時間圏内に住んでいたので、孤立するはめになった。夏休みのラジオ体操と同じパターンである。
幸いにして、姉妹がいた。羽根つきとかコマ回しとかカルタとか、正月らしい遊びもしたが、やがてやることがなくなり、結局一緒に正月長時間時代劇を見ていた。確か2日間に渡っての12時間ドラマとかだった。
時代劇など全く興味のなかった年頃である。どれだけ暇を持て余していたか想像していただけると思う。
それでも、それはそれで笑えたのだ。
何が一番嫌だったかというと、お節料理が続くことだった。
黒豆、やつがしら、なます、こんにゃく、昆布巻き、栗きんとん、お雑煮に海苔餅……決して嫌いじゃない。むしろ普段に出たら喜ぶくらいな一品ばかり。
だとしても続くと嫌になる。あの頃は3日間もしくは余れば4日でも5日でも1週間でも食卓に並んだ。
もううんざりだ。パンが食べたい! そればかり思っていた。それこそコンビニに行けばよい。しかしあの頃は……以下繰り返し。
(ちなみにもう少し大きくなってからは、デパートが2日に開くと知り、いそいそ出かけるのが恒例になった。)
今は元旦以外はほとんどお節はいただかない。三が日でもパンもご飯も食べる。幸せな時代だと心から思う。
余談だが、今年のお正月、実家で大量にご飯が余った。みなお腹いっぱい、と手を出さない。が、おにぎりにしたら、持ち帰りを含め、瞬く間に消えた。
そそる料理、というやつなのか。だとしたら、お正月だけでいいや、と思ってしまうお節は、それ以外に分類されるんだな。いやでも、だからこそ特別感があるのかも、と……何だか納得した年初である。
(了)