三浦雄一郎さんが南米最高峰アコンカグアの登頂挑戦を中止した、というニュースがあった。ドクターストップに従ったとのことだ。
86歳での挑戦。心臓に持病もおありとか。
以前何かのドキュメンタリーで見たウロ覚えなのだが、雄一郎さんの果敢な冒険は、息子さん娘さんドクター他関係者総出の一大プロジェクトであるとの内容だった。健康、備品、案内人、天候、科学、等々、様々な角度からの入念な準備がされていると。
それには、どれだけの時間と労力とお金がかかることだろう。そう考えると、中止なんて絶対できない。ド素人の自分には、そんな風に「実行」一択になってしまうと思う。別次元の小さな事ですら。
例えば休暇に旅行を計画したとする。ツアーを申し込んだり宿を予約したり交通のチケットを取ったり。場合によっては服やら小物やらを買い揃えたり。その休暇を取るために、もしかしたら上司と喧嘩だってするかもしれない。期限より早く仕事を進め、引き継ぎもすませ。
それがもし、天候や交通機関や健康上の理由で可不可をせまられたら。
多少の不備や不具合ならば強行してしまうだろう。
せっかくスキーに来たんだから、ちょっとくらいの吹雪なんかで中止したらもったいない。せっかく休みを取ったんだから、少し熱があるくらいで温泉をやめたくない。何より直近になって中止すればキャンセル料がかかる。それを払いたくない。
などと思ってしまう。現に何度もそういう事態をそういう感覚ですませてきた。
旅行に限らない。大掃除で大量に発見した、賞味期限切れの缶詰。もったいないから、と、食べてしまった。自分、鉄壁の胃だったようで大丈夫ではあったが、大幅な期限切れだったので、医者代の方が勝ってしまう危険もあった。
繁忙期だからと捻挫を押して松葉杖で出勤したことがある。自分の不注意の怪我のせいで周りに迷惑をかけたくなかった。しかし結局使い者にならず、逆に迷惑をかけまくり、早退することになった。最初から休めば良かった……。
等々、些細なことなのに中止にできない自分がいる。
人生においてもそうかもしれない。物書きになりたくて、中途半端な位置にしか行けなくて、それでも○○年も続けてきたのだからもったいない、と。
モノにならないのにやめることができない。まだできるのではないか。もう少し先に行けるかも知れないじゃないか。その思いが捨てられないがために、書く時間を取りたいがために、ずっと非正規の仕事しか選ばなかったが、いつも迷っていた。
中止するには勇気が要る。捨てる勇気。きっぱり割り切る勇気。
三浦さんはそれをできる人だからこそ、あれだけの偉業を遂げてこられたのだろう。そしてまた次の挑戦へ向かうのだろう。止まる時は止まる。そして次。やめるのではなく。
やめることはない。でも必要なら止まる。そうやって、自分も書き続けていいのかも……そんな風に思えた。
最高年齢での快挙も素晴らしいが、中止しても教わるものがある。
(了)
~~以下の小説サイトに投稿しております~~
↓↓↓よかったらお立ち寄り下さい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~