石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -36ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 先日、書き物の恩師とも言うべき方にいただいた言葉がある。

「自分で書き上げたものの中でも好き嫌いが出てくる。好きと思えるものが本当に書きたいことだから掘り下げるべき」と。

 

 結構長い年月の間、物語を作り続けてきた私。本当にたくさんのコンクールに応募しては落選し、たまに当選もあり。みたいなことを繰り返している。

 

 なので、手持ちの習作はかなりの数にのぼるのだが、それらに対する思い入れがそれぞれ異なるのが不思議だ。

 

 作品の傾向やトーン、扱う素材にそう違いはないと思っている。なのに、書き上がった時の満足度が作品によって違う。どれも「書きたい」と思って書き始めたはずなのに。

何度でも手直しして読み返したくなるものと、二度と読み返す気にならず放り出しているものと。未だにその違いがよくわからないでいる。

 

スカッとハマッて思い通り、いや思った以上に展開がうまくいった。人物が気に入った出来になった。この主人公を何とか幸せにしてあげたい、という一心で書き上げた。そんな作品は、読み直してみると細かいところまで丁寧に修正したくなる。

それを繰り返して、一度何かのコンクールに落ちても生まれ変わらせて別のものに応募してみると、いいセンまで行ったりした。

 

書いたことすら忘れていたけど、ネタ切れしているから使えるかも。なんていう下心から思い出したものは、書いた時点で「何かイマイチ」と思っていたやつ(それすら忘れていたわけで)。読み直してもひどすぎて手を入れる気もしないことが多い。

 

ストーリーだけを追いかけて、強引に思い通りの結末に持って行く。だから登場人物がその人なりの動きができていない。こういうものは絶対に「好き」とは思えない出来になっている。こっぴどい評価をいただいた経験もある。


よく、キャラが勝手に動き出す、と言われるが、それが「好き」と言える出来になる鍵かも知れない。

自分のイメージとしては、あるべき位置にちゃんと配置するというか、埋まっているままの形を掘り出してやる、というか、そんな感覚。

 

小説にしろシナリオにしろ、書き上げるのには結構な時間と体力が要る。だったら丁寧に作って何度でも読み直したくなる物を書いていきたい。その気持ちを忘れずに。……忘れてはいないつもりだけど、やっぱり好き嫌いが出てくる、この不思議。

 

(了)

 

 

 

 

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 今年は、平成→令和の改元があって、5/1、5/2がお休み。それでGWは10連休となった方も多かったと思う。

 

我が家も同じ。

 

けれど、毎年思うのだが、……連休、要らない。

 

どこに行くにも混んでいる。だから行くのも帰るのも倍も三倍も時間がかかるし労力も。目的地でも大混雑でやたらに疲れたことばかり記憶に残り、楽しめない。価格も相当に割高。なのにマスコミはどこかへ行かなくちゃ非国民かのように煽り立てまくる。……うんざり。


こんな時期に旅行とか観光とか行く方には、ものぐさな私は心底敬意を表してしまう。もちろん、この時期にしかお休みがとれなくて、数少ない長期旅行のチャンス! という方、帰省がマストの方もいらっしゃるだろう。でもニュースで放映されている交通機関の混雑ほどそんな方がいるんだろうか? といぶかっている。

私の場合、実家は日帰りできるので帰省の必要もないし。結局、近場をチョロチョロ食べ歩くか、衣替えをやっつける等して過ごした。


が、終わった後も憂鬱だ。バイト先がGW明けから凄まじい繁忙期となるのだが、この連休がなければもっと分散して緩和できたはずなのだ。頭も身体も鈍ってるから、復活するだけでも辛いのに、いきなりそんなピークが来ても死ぬ。

同じような懸念を、世間では五月病と騒いでいるけど、だったら国策として間に平日を挟んだままで良かったのでは?

 

私のささやかな物書き修行にも差し障っている。

時間を見つけてはなるべく毎日少しずつでも続け、遠ざからないようにしているのに、GWだと家族がずっと家にいる。物を書くのは基本家で行う作業なので、これではほとんど集中できなくなる。自分の裁量で時間を使えないのだ。


休み明けはバイトに明け暮れ、結局1ヶ月くらい全く手をつけられない状態が続く。そうなると、それまで何をどう書いていたのかさっぱり忘れている。

取り敢えず書き上がってるものは第三者の目で読み直せるのでよし。が、書きかけのものはゼロどころかマイナス状態からのリスタートとなる……。

 

ため息。

  

加えて、連休のしょっぱな、4/28に喉の痛みが発生。あれよあれよという間に奥まで広がって、咳、鼻。いつもなら最初の時点でやばそうだ、と駆け込む医者も連休。しかたなく、ドラッグストアで風邪薬を買い、その服用で何となくごまかし続けた。

が、後から気付いたのだが、私は緑内障の疑いがあって、点眼薬を常用している。これは風邪薬と併用してはいけないらしく、薬箱にも「医者に相談のこと」とか書いてある。……どうしろってのよ。

 

まずは風邪を退治。そして点眼を再開。と決めた。で、連休明けにその旨、医者に説明しに行くべきか……けど、観光地以上に大混雑の大混乱に巻き込まれそうなのでやめた……。今更もういいでしょ、そこそこ抜けたし、と思っていたら、ぶり返し。突発的に襲ってくる強烈な咳にぶっ倒れそうになっている現在。どうしても医者行くしかないのか……なら、早く行きたかったさ……。

 

そんなこんなで、皆の者、一斉大型連休ってどうなのよ、と叫びたくなる。

心底思う。要りません、そんなもの。

休みはほどほど、できれば個人個人で好きなときに取りたいです。

 

(了)


 

 

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私の野球ファン歴は長い。その中継の視聴時間も相当なもの。なので試合そのものや選手、チームの傾向などの知識は結構あるつもりになっていて、更に解説者についても一家言あるくらいのうるさ型になってしまった。

 

 子供の頃、一番ダメだったのが、声が甲高かったりかすれてたりの耳障りな解説者だった。


 中高生の頃は、偉そうな解説者が嫌だった。自身の現役時代の成績が誇らしいあまり、上から目線で現役をけなしてばかりといった人。


 その後は、どんなプレーや裏話が出ても、必ず自分の話にすり替えていく解説者にイラッとした。


 のべつ幕なしにしゃべり続ける解説者も、ちょっと苦手。せめてバッターが打つ瞬間くらいは黙ってて、と思ってしまう。サービス精神旺盛なのは買うけどメリハリつけて欲しいかなと。

 

最近は、そのチームなりのカラーや戦略をろくに知らないで「解説」して下さる方がダメ。例えばセ・リーグのことしか詳しくないのにパ・リーグの解説をしてしまったがために、それがばれてしまう、という。「勉強して来いや!」と、テレビに叫んでいる私である。


そんなとき、解説者なんか要らなくない? などと傲慢にも思ったりした。


でも、最近はそうでもないかな、と思い直している。野球以外で、思うところがあったから。

 

先日、宝塚にハマッた旨のブログを上げた。→宝塚にハマる宝塚にハマり、シナリオを起こす

 

なぜハマッたか。もちろん、その世界がとても素敵で、ちょうど「美しさ」を目や耳が欲していた、というのが直接の理由ではある。


けれど、そんなにも素直にハマレたのは、誘ってくれた方がとても通だったからである。


初心者の私に、「あのジェンヌさんは別の演目でこんな役を演じていた」「このショーは昔からの定番だけれど、こういうところが新しい」等、知っていればより興味深く見られる情報を都度都度解説してくれた。疑問があると即答してくれた。何でも教えてもらえた。

 

遠い、30年くらい前のことも思い出した。


初めての欧州旅行。その旅程には美術館がたくさん組み込まれていた。ろくに前提知識もなく訪れた私は、危うく「ふうん」で終わってしまうところだった。


が、同じツアーにいた方がとても絵画に詳しくて、絵を一枚一枚解説してくれたのだった。細かいことは忘れてしまったが、背景にある歴史、宗教、聖書等について聞かせてくれたので、とても楽しかったのを覚えている。

 

野球解説者も同じかも知れない。

かなりの辛口でもこちらを楽しい気持ちにさせてくれる方がいる。よく聞いてみれば、裏に後輩達への愛が溢れているのが透けて見えるから。しゃべりすぎの人でもかすれ声の人でも、野球愛が伝わってくれば嫌になることはない、と気づいた。

 

結局のところ、宝塚でも絵画でも野球でも、その方のそこへの愛が解説を生かす。こちらの心を揺さぶる。そんな気がしている。

 

 

(了)

 

 
 

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 自殺を食い止める。あるいは説得に東奔西走する。妻の態度が冷たくなったと思ったら死期が近く、その後の夫を心配してのことだった。等々。

 

最近の小説やシナリオコンクールの傾向は、そんな感じで「死」を扱う話がブームだということである。

 

選評をいくつか読んだ。

 

自殺関係物がとても多く、そういうテーマを書けば入選する、などと思われては困る、とか。

応募作の実に8割が、主要人物が死ぬ。死にすぎる。本当にそれが、その物語を語る上で必要なことかよく吟味して欲しい、とか。

 

私自身、苦い思い出もある。

 

2年前、あるコンクールに応募するつもりの作品を書き上げたとき、その前年の選評を読んだらそんなだった。げっ、と思った。ご多分に漏れず、オチが「実はこの人は死んでいた」というものだったのだ……。書く前に読んでおけばよかったと、深~~く後悔。

 

とにかく何とかしなくては、と、死んだのではなく、膨大な借金を苦に夜逃げして音信不通、という設定に変えた。けれど明らかに無理な展開となり、自分でも「ダメだな、こりゃ」とため息が出た。もちろん落選したことは言うまでもない。

 

昨今の映画や書籍の売り文句として、「泣ける話」がやたら氾濫しているように思う。受け手が思い切り泣きたい時代なのか、わかりやすいキャッチフレーズだからなのか、とにかく多い。

 

誰かの言葉を思い出した。人が泣く理由は、死とか別れとか誰にでも共通するものが多いので、共感しやすいのだと。笑うツボは、人によりかなり多岐に渡るので笑わせる話を書く方が難しい、のだとか。

 

だから、コンクールに応募するような初心者が、「泣ける話」を自分の経験などに基づいて書くことは、間違ってはいないと思う。それがたくさんの人に響く話になる可能性は高い。

 

ただ、こんなにあちこちの選評で「多い」と言われると、「求ム、違うモノ」ということなのかと思う。それでもこれが書きたい、とこだわるなら、よほど味付けが上手いか、キャラが立っているか、背景が特殊か等の抜きん出た何かが必要と思える。

 

コンクールに応募する以上、せめて最後まで読んでもらいたい。「またか」と思われてそこで切られてしまうのは残念だ。

 

というわけで、抜きん出る要素のない私は、人が死なない話を書くしかないと思った。既に死んでいるという設定の人はいても、登場人物は死なせないと決めた。

 

そんな中で、何かの「感動」を書けるか。読み手の気持ちのどこかを揺さぶることができるか。最後まで読んでもらえる話を創れるか。

 

それはそれでなかなかハードルの高い挑戦であり、日々悪戦苦闘している。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

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 先週、宝塚にハマッたことを書いた。

宝塚にハマる

 

 その後、YouTubeやDVDで、作品&ショーをチェックしまくった。

 

 トーク映像を見つけては舞台上のかっこよさと素の可愛らしさとのギャップに萌え、同じジェンヌさんを好きな方のブログやコメントを見てはうんうんとうなずいて幸せになったりしている。

 

 ちなみに私が惚れ込んでしまったのは芹香斗亜さん。

 きっかけは「カリスタの海に抱かれて」という4年前の作品で、芹香さんはその準主役。気の毒な役所なのだけどステキすぎる。何度も何度も観てしまう。

 

 そんなお目当てが一人いると、自ずとその周りのジェンヌさん達の顔もわかるようになり、面白さも愛しさも倍増。そしてDVD再生をもう一度。なんてことを繰り返して。

 

ふと思いついた。

 

私の場合、物語を書くことは、テレビドラマのシナリオを習うところから始めた。そのときに言われたことがある。放映されたドラマから逆にシナリオを起こしてみると、とても勉強になると。

 

実は、わかっていてもこれまであまり実行していなかった。これ、私にとっては大変な時間のかかる面倒な作業で。

 

1セリフごとに一時停止しては書き取る。しかしその短いセリフも一瞬のうちに頭から抜け、微妙に違った言い回しになったり忘れたりして、3度も4度も巻き戻しては聞き直し書き直す。

 

最終的に、1時間ドラマでも10倍くらいの時間がかかってしまい、疲れ果てる。たぶん5作に届かないくらいで挫折した。

 

その敬遠していた作業を、この「カリスタの海に抱かれて」でやりたくなってしまったのである。芹香さんの役をシナリオに起こしてみたい、と思った。

 

そして、たまたまこの作品は、長いことお手本と思い続けてきた脚本家大石静さんの書き下ろしだった。もうやるしかないと決意が高まる。

 

あまりに繰り返し観たので、いくら私でも大まかに覚え込んでいたりする(おかげでずっと寝不足続き)。

 

なので、まずそらでそこそこ覚えている部分をパソコンに打ち込んでみる。それから映像を見てその言葉尻や順序などを直す。そういった手順で芹香さんが出るシーンは早々と仕上がる。

 

後はその間を、聞いては止め書き取り、地道に埋めていく。そうして1時間半の演目を、ほぼシナリオ化することができたのである!(歌や群舞シーンの書き方はよくわからないので自己流で……)

 

1日1時間を何とか捻り出して10日かかった。結局やっぱり上演時間の10倍近くかかり、量は大体400字×100枚くらいにもなったけど、疲れ果てることなどなく、仕上がった達成感にうち震えている。

 

何だ、このものすごいエネルギー。改めて思い知る。「好き」という気持ちには無限大のパワーがある。面倒だの大変だの疲れるだのの後ろ向きな感情を、一気に払い落とし軽く飛び越える。何に対してにせよ、「好き」を持つことは強みだと確信した。

 

で、シナリオ起こし。これ、確かにものすごく勉強になる。ただシーン割とか話運びだけの問題ではなく。 

 

例えば、ラブシーン。

男女と言っても宝塚、女性同士だからマイルドなのか、男性のかっこよさを強調してもキザがいやらしくならない品があるからなのか、純粋に「いい! このシーン好き!」と思った。

けれど文字にしてみたら(というより文字だけの時点だと)、めちゃくちゃ生々しい。気恥ずかしくなって照れてしまうほど。

 

また、信念のぶつかり合いや愛憎のもつれ。観たときはそんなにも激しく感じなかった言動が、紙上だけだと直接的に突き刺さって辛くなるくらいに強い。

 

そうか。シナリオとはそういうもの。設計図なわけだから、舞台になってみると色合いが変わってくるものなのだ。そのくらい強弱ハッキリ書いた方がいいのだと思った。

 

ドラマを書くのに必要不可欠と言われ続けてきたことも実感した。人物同士の対立、ぶつかり合い、三角関係、葛藤。背景の重厚な世界感、そのための史実。

 

これらは全て、私の書く物には欠けていた要素だった。歴史、特に世界史は得意ではなく、学生時代にテストを白紙で出したほど嫌いだった。もったいない……、心底そう思い始めた。

 

宝塚にはそういったものがてんこ盛り、勉強の題材としてはうってつけだったんじゃないだろうか。

 

そういうものももっと創作に取り入れてみようという気になった。だからこれから書くものは、少しは変わってくるはずである。成長するはずである……たぶん。

 

(了)

 

 

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「そして彼女はえんぜんと微笑んだ」

 

 昔読んだマンガの一コマにあったセリフである。その「彼女」が中学生という設定と、絵がとても可愛かったせいもあり、「えんぜんと」(たぶん平仮名だった)というのがどういう意味なのか、ピンと来なかった。

 

それが、うん十年の長い歳月を経て、つい先月。ガツンときたのである。「これだ!」と一瞬で納得した。

 

宝塚の、男役トップスターさんの笑み。もう、ビックリするほどそれ。妖しくて魅力的で目をそらせない強烈な力を持った微笑み。それこそが「えんぜんと」じゃないかと思った。

 

婉然と=女性がしとやかで美しい様

艶然と=美しい女性が色っぽくにっこり笑っている様

(コトバンクより)

 

たぶん、私が読んだマンガは前者で、宝塚に感じたのは後者。微妙に違うが、今や私にとって「えんぜん」はもう「艶然」にしか思えない。

 

生まれて初めて宝塚の舞台を生で観たのである。華やかな美しさに目を奪われた。音楽や歌の迫力と心地よさに引きずられた。リズミカルなダンスに心が踊った。特に、ショーでの男役さん達群舞はキレッキレで壮観で、泣きそうになるほど気持ちを揺さぶられた。

 

こんな世界があったんだ……。知ってはいたけど知らなかった。頭では認識していたけれど実感はしていなかった。これが、宝塚。

 

そもそも、天海祐希さんとか真矢ミキさんくらいしか知らなかった宝塚ド素人の私。もう、誘ってくれた知人に大感謝である。

 

アラフィフにもなると、モヤモヤすることの多い、というより、毎日の殆どがモヤモヤ、ストレス。それなりに発散法は持っていたつもりだった。


でも、私の発散法と言えば、晩酌。飲み会。プロ野球観戦。げ。オヤジじゃないかっ! どうも最近、殺伐としてると思ってたんだよ……。

 

足りなかったのは、美しさとかキラキラ感とか、……つまり女子っぽいもの。ああ、いつのまになくしてしまったんだろう。いや、元々あんまりなかったのか……(汗)。

 

きらびやかでゴージャスな衣装。凝った舞台セット。美しいジェンヌさん達。そういうものを見るだけでこんなにも心が洗われると初めて知った。そして美しい男役さんがジェントルな所作でエスコートし、すさまじい目力を持って決めゼリフ。

白旗。ノックアウトです。

 

全く前提知識なく観劇した初心者だったがそうなった。その後、他の演目のDVDを手当たり次第見まくっているうちに……うわあ、どうしても目を引かれるジェンヌさんがいた! 


彼女が踊って歌って愛に破れるたびに撃ち抜かれてしまう私。もう彼女しか見えません!

これが「ご贔屓さん」と呼ばれる「推し」というものかあ……。

 

この話、長くなりそうなので、また別の回に続きます。(了)

 

 

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少し間が空いたけど、海外旅行に出かけた際の準備編、おもてなし編から、食べ物編としてパート3につなげてみる。
 
旅行慣れしてる方や物知りな方なら常識だろうが、海外の食べ物屋さんで出てくる量は半端ではない。

私も何度か遭遇したはずなのだが、何せ海外旅行の機会はそうそうないので、何年かぶりに出かけるときには忘れている。そして失敗を繰り返す。
 
以前特大ステーキを頼んだ上に前菜と主食とサラダを人数分。3割ほど食べたところで首までステーキ状態。意地汚くもう少しあとちょっとだけ、と頑張ったのだが、半分以上残すはめに。そのあと観光するはずが、寝込んで起き上がれなくなった。
 
トマトサラダを頼んだら、本当にトマトのスライスだけが山盛り来たのにビックリしたこともあった。間違いじゃないけど、トマト多め、でもキュウリやレタスも当然添えられている日本仕様しか頭になかった。
 
また、ケーキなどのスイーツが甘い。甘過ぎてデカ過ぎる。スイーツ食べたいけどあまり甘くないやつ、ってみんな思ってないですかね? 日本では。

海外の方に言わせると、甘いものを頼むのに甘さ控えめってワケわかんない、とのことである。甘いのを食べたいのだから、ガッツリ甘くなくてはならないとな。
なるほど……とは思いますが。
 
今回の海外旅行は、機内食含め、ほとんど食事つきだった。だから頼むときの失敗はなかった、と言えるかというと、そうでもない。
 
そのついていたお食事自体が大量だったのである。仔牛のカツレツとかマスの焼き魚とかめちゃくちゃ美味しいのに……とても食べきれる量じゃなかった。10センチ×10センチくらいの揚げ物2枚ドーン、その下にジャガイモ3個分くらいのマッシュポテトがバーン。豊富な種類のパンおかわり自由。サラダ山盛り。そんなのに三度三度キッチリ大型ケーキがつく(もちろんコッテリ甘いやつ)。

もったいないと思うから必死で食べたが、……やはり半分くらいずつ残す結果に。何回か目には、またケーキつくの? と、同じツアーの方達とウンザリ顔を見合わせてしまったくらいで。
 
おかげで胃が大きくなった。旅行のおしまいの方には7割くらいはたいらげられるようになった。
 
って、まずいよね、体重的には。帰ってヘルスメーターに乗るのがドキドキものだった。
 
ところが。
 
そんな大量な食事とデザートと、おまけにお酒三昧。常にお腹いっぱい状態。なのに驚くべきことに、体重は増えていなかったのである。えええー、嘘でしょ、とヘルスメーターを二度見三度見。

胃袋は確かに大きくなった。けど、旅行というものは歩く。そういえば毎日くたくたになるまで歩いた。スマホの歩数計で確認すると、1日平均2万5千歩ほど歩いていた。

ダイエットの極意、つかんだり! と、小躍りした。帰った直後から毎日そのくらい歩けばよい、と決意。

しかし……、あれから1ヶ月以上が経つ。なのに1日足りともその決意が実行されることはなかった。

自分のあまりの怠け癖に、一番のオドロキを感じたのであった。

(了)

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 2017年の直木賞受賞作、恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」を、今更ながらようやく読んだ。

 

 これは本屋大賞とダブル受賞の話題作。自分はこの作家さんのファン歴は長く、「六番目の小夜子」や「不安な童話」「夜のピクニック」などをよく読み返していたにも関わらず、完全に出遅れた……。

 

起こる出来事や事件はそんなにおどろおどろしているわけではないのだが、どこかしらいつも不穏。不気味な何かが後ろにある。それが知りたくてページをめくる手が止まらない。自分はこの作家さんをそんな風に感じていた。

 

今回の「蜜蜂と遠雷」は、そんな今までの印象とちょっと違った。

最初から最後まで一つのピアノコンクールの話である。1142枚という大長編にもかかわらず、それだけである。なのにやっぱりページを繰る手が止まらない。


これはすごいことだと思う。そもそも小説は音を出せない。読者にその感動を直接伝えることができない。だから、その曲をどういう風に弾いたのか、どんな音だったのか、それぞれの参加者の奏でる音にどんな違いがあるのか。すべて書き手の表現力にかかっているのだ。

 

そのピアノコンクール審査に残るのは、違った種類の天才達。その描き分けがものすごい。この子はこうで、こっちの人はこんな感じ。その中で読み手の自分はこの人を推したい、とか思えてしまう。その描写力にため息が出てしまうほど。

 

以前、自分がマンガ原作に関わっていた時に担当さんに言われたことがある。音楽は扱うことができないと。

え、何で? と思った。


自分の好きなマンガに赤石路代さんの「あるとのあ」というのがあって、これもピアノやバイオリンが主軸の音楽もの。そういうマンガが存在するのに、なぜ「できない」とダメ出しされてしまうのか。納得できなかったのである。

 

でも今思えば、それがどれだけ無謀なことだったのかがわかる。


「あるとのあ」は、音を、森林や草原などの素晴らしい風景を描くことで表現している。音の深さや透明さを目に訴えているのだ。そういうのを漫画家さんに描いてもらえるような原作を書くには、とてつもない力量が必要なのだと思われる。

 

マンガ原作とはまた違うけれど、「蜜蜂と遠雷」はそれをやってのけている。絵で訴えるということすらできない小説。文章で、言葉だけで、それこそ森林や草原を喚起させ、そこからその音楽を読み手に想像させる。こちらにそのイメージががんがん伝わってくる。……と自分は思った。(クラシックにあまり詳しくないので、この辺は通な人に言わせたら違うのかもしれないが)

 

そんな風に「音を書く」ことができるか否か。自分も物書きを目指すなら、挑戦していきたいことの一つだと思った。

 

(了)

 

 

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木曜日、イチローの最後の試合と引退会見を見た。


 昔は尖っていたけれど、最近は態度も言葉も優しくなったように思う。勝負師としては、だから幕引きになったのかもしれない。
 
 ただ、これだけ長い年月の間、人を惹き付けるプレーヤーであり続けたことは、尊敬と憧れはもちろん、同じ日本人として(同じなのはそれだけだが……)誇りに思う。
 
 イチローの長きにわたる活躍はアイコンとして使えると思っている。つまり、何年もに渡る物語を書いたとき、イチローの存在はそれだけで時代背景になるのである。
 
 振り子打法を引っ提げてオリックスで日本一になったことを描写すれば1996年、WBCで不振のため胃潰瘍になってああイチローも人間だったと安心すれば2009年、メジャーで通算最多安打を打ち立てたスタンディングオベーションシーンがあれば2016年。
 20世紀、21世紀、親世代が若かった頃、現代、等々、時代の匂いを書き分けることができるのである。

 実際、日本で首位打者を取ったこと(1994~2000)、メジャーで50歳まで続けると宣言した(2015くらい?)ことを使い、母と息子の二世代物語を書いたことがある。

 それだけ多くの、誰もが「これはあの頃だ」とわかる名シーンを、長期間ずっと生み出し続けてくれていた。

 プレーだけでなく、発言も響くものがたくさんある。

 昔からこの人の会見のたびにずっと感じていた。彼なりの言葉を探し、思っていることをひとつひとつ誤解なく伝えようとしている、ということ。その中に、励まされ、もう少し頑張ってみようと思わせてくれる言葉がどれほどあったことか。

 

 木曜日の会見も、いつものように考え考え話していた。スポーツのジャンルに分類されるイチローが、これだけ「自分の言葉」にこだわっている。なのに、言葉を扱う物書きを目指す私が、それを探して見つけないでどうする。ありきたりに「お疲れ様」とか「ありがとう」とかですませてはいけない。イチローのプレーに、野球への姿勢に、その功績に、その発言や努力やスター性に、どれだけ敬意を持っているかは、より言葉を選んで、自分の切り口で語らなくてはいけない。たとえこの文章をイチローが読むことはないとしても。そう思う。


 その会見で一番沁みた言葉。
「人より頑張ったとはとても言えないが、自分なりに頑張ったとは言えます」。

 アラフィフにもなると、どうしても思い通りの結果が出なかったことも多い。手が届いても詰めが甘かったり、無知でチャンスをふいにしたこともあった。

 人より厳しさが不足していたのかもしれない。努力が足りなかったかもしれない。でも、あれ以上は私にはできなかった。私にはあそこまでが精一杯だった。だからやっぱりもうあきらめるしかないのかな、と何度も思った。

 でも、イチローのその言葉は、ああ私はそれでよかったんだ、とストンと思わせてくれた。まだあきらめなくてもいいんだ、とも。努力も目指すものもレベルが違うことは、重々承知の上である。

 この言葉、座右の銘として、心に刻みます。
 そして、これからのイチローも楽しみにしたいと思います。
 
(了)
 
 

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 プロ野球の日本人選手のうち、4~6月生まれは1~3月生まれの2.5倍もいる。早生まれの選手は非常に少ないというデータである(2009年プロ野球年鑑より)。

 

これは10年ほど前に、プロ野球を題材に書いた物語の出だしである。

 

簡単な理屈なのだが、子供のうちは同学年でも4月生まれと翌年3月生まれではずいぶんと体格に差が出てしまう。だから野球にしても他のスポーツなり勉強なり、早生まれはどうしても劣等生になる。


レギュラーは上手い子がなるもの。つまり早生まれでない子が選ばれることが多くなる。レギュラーは試合にたくさん出るわけで、そういった実践経験を積むことで更に上手くなり、元々差があった早生まれとはどんどん開いていく……そういうことである。

 

もちろん、元ジャイアンツの桑田真澄さんみたいな方もいる。4月1日という早生まれのどん尻でありながら、あの現役時代の活躍である。だから早生まれの全員が全員、埋もれてしまうわけではない。が、不利なことは確かだと思う。

 

自分も早生まれである。もうすぐ誕生日である。もはや数えるのも面倒な年齢になり、何歳になるのか思い出せん。とか平然と言うほど今は面の皮が厚くなった。けれど幼少の頃は早生まれのおかげでずいぶんと泣き虫だった。

 

何をやってもクラスの誰よりできない。できないからやりたくない。やりたくないからずっとグズグズ泣いていて、やらずにすませてしまう(思い返してみると、早生まれにかこつけてズルしてたんじゃないかって気もしてきた)。

 

でも、忘れられないことがある。


小学校1年だか2年のときだったか。担任の先生がずいぶんと根気よく付き合ってくれて、いつもいつも励ましてくれた。


で、図工で何かの絵を描きましょう、といった時間だった。案の定、ぐずぐずとなかなか描き出さなかった自分だが、ちょっと気が向いて画用紙に広く大きく描き始めた。絵の具を淡く塗ったひまわりの絵は、自分でもちょっと気に入った出来映えになった。そうしたらその先生、「○ちゃん、素晴らしいわ。すごく素敵な絵が描けたわね!」と、文言はうろ覚えだが、みんなの前で手放しで褒めてくれたのである。


自分はまた泣いていた。生まれて初めての嬉し泣きだった。

 

それからだったと思う。何をするにもずっと楽に始められるようになった。泣かなくなった。その先生が「自信」の元のようなものをくれたのだ。

 

まあ何にせよ、子供の頃はそんな感じで四苦八苦する早生まれ。でも、20代から30代くらいかなあ。早生まれの方がいつも同学年の中で少し若いので、うらやましがられるようになった。メリットといえばメリットである。


が、もう少し年齢が進むと、1年未満の違いなんぞあってなきが如し。誰かと何かの差があるとすれば、それまでの努力や経験に裏打ちされた人徳とか懐の深さとかだろう。


早生まれだからこそ、負けるもんかと踏ん張った方も多いと聞く。自分にそんな根性はなかったが、気持ちはわかる。


早生まれ、頑張れ!

 

(了)

 

 

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