私の野球ファン歴は長い。その中継の視聴時間も相当なもの。なので試合そのものや選手、チームの傾向などの知識は結構あるつもりになっていて、更に解説者についても一家言あるくらいのうるさ型になってしまった。
子供の頃、一番ダメだったのが、声が甲高かったりかすれてたりの耳障りな解説者だった。
中高生の頃は、偉そうな解説者が嫌だった。自身の現役時代の成績が誇らしいあまり、上から目線で現役をけなしてばかりといった人。
その後は、どんなプレーや裏話が出ても、必ず自分の話にすり替えていく解説者にイラッとした。
のべつ幕なしにしゃべり続ける解説者も、ちょっと苦手。せめてバッターが打つ瞬間くらいは黙ってて、と思ってしまう。サービス精神旺盛なのは買うけどメリハリつけて欲しいかなと。
最近は、そのチームなりのカラーや戦略をろくに知らないで「解説」して下さる方がダメ。例えばセ・リーグのことしか詳しくないのにパ・リーグの解説をしてしまったがために、それがばれてしまう、という。「勉強して来いや!」と、テレビに叫んでいる私である。
そんなとき、解説者なんか要らなくない? などと傲慢にも思ったりした。
でも、最近はそうでもないかな、と思い直している。野球以外で、思うところがあったから。
先日、宝塚にハマッた旨のブログを上げた。→宝塚にハマる、宝塚にハマり、シナリオを起こす
なぜハマッたか。もちろん、その世界がとても素敵で、ちょうど「美しさ」を目や耳が欲していた、というのが直接の理由ではある。
けれど、そんなにも素直にハマレたのは、誘ってくれた方がとても通だったからである。
初心者の私に、「あのジェンヌさんは別の演目でこんな役を演じていた」「このショーは昔からの定番だけれど、こういうところが新しい」等、知っていればより興味深く見られる情報を都度都度解説してくれた。疑問があると即答してくれた。何でも教えてもらえた。
遠い、30年くらい前のことも思い出した。
初めての欧州旅行。その旅程には美術館がたくさん組み込まれていた。ろくに前提知識もなく訪れた私は、危うく「ふうん」で終わってしまうところだった。
が、同じツアーにいた方がとても絵画に詳しくて、絵を一枚一枚解説してくれたのだった。細かいことは忘れてしまったが、背景にある歴史、宗教、聖書等について聞かせてくれたので、とても楽しかったのを覚えている。
野球解説者も同じかも知れない。
かなりの辛口でもこちらを楽しい気持ちにさせてくれる方がいる。よく聞いてみれば、裏に後輩達への愛が溢れているのが透けて見えるから。しゃべりすぎの人でもかすれ声の人でも、野球愛が伝わってくれば嫌になることはない、と気づいた。
結局のところ、宝塚でも絵画でも野球でも、その方のそこへの愛が解説を生かす。こちらの心を揺さぶる。そんな気がしている。
(了)