自分で書いたものなのに(19/5/19) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 先日、書き物の恩師とも言うべき方にいただいた言葉がある。

「自分で書き上げたものの中でも好き嫌いが出てくる。好きと思えるものが本当に書きたいことだから掘り下げるべき」と。

 

 結構長い年月の間、物語を作り続けてきた私。本当にたくさんのコンクールに応募しては落選し、たまに当選もあり。みたいなことを繰り返している。

 

 なので、手持ちの習作はかなりの数にのぼるのだが、それらに対する思い入れがそれぞれ異なるのが不思議だ。

 

 作品の傾向やトーン、扱う素材にそう違いはないと思っている。なのに、書き上がった時の満足度が作品によって違う。どれも「書きたい」と思って書き始めたはずなのに。

何度でも手直しして読み返したくなるものと、二度と読み返す気にならず放り出しているものと。未だにその違いがよくわからないでいる。

 

スカッとハマッて思い通り、いや思った以上に展開がうまくいった。人物が気に入った出来になった。この主人公を何とか幸せにしてあげたい、という一心で書き上げた。そんな作品は、読み直してみると細かいところまで丁寧に修正したくなる。

それを繰り返して、一度何かのコンクールに落ちても生まれ変わらせて別のものに応募してみると、いいセンまで行ったりした。

 

書いたことすら忘れていたけど、ネタ切れしているから使えるかも。なんていう下心から思い出したものは、書いた時点で「何かイマイチ」と思っていたやつ(それすら忘れていたわけで)。読み直してもひどすぎて手を入れる気もしないことが多い。

 

ストーリーだけを追いかけて、強引に思い通りの結末に持って行く。だから登場人物がその人なりの動きができていない。こういうものは絶対に「好き」とは思えない出来になっている。こっぴどい評価をいただいた経験もある。


よく、キャラが勝手に動き出す、と言われるが、それが「好き」と言える出来になる鍵かも知れない。

自分のイメージとしては、あるべき位置にちゃんと配置するというか、埋まっているままの形を掘り出してやる、というか、そんな感覚。

 

小説にしろシナリオにしろ、書き上げるのには結構な時間と体力が要る。だったら丁寧に作って何度でも読み直したくなる物を書いていきたい。その気持ちを忘れずに。……忘れてはいないつもりだけど、やっぱり好き嫌いが出てくる、この不思議。

 

(了)

 

 

 

 

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