いったん醤油の話から離れたですが、野田にいる限りはそうも言っておられず…。
キッコーマン
の前身・野田醤油会社の設立には醸造家たちが集まって…と言いましたですが、
そのうちに「茂木」という姓を名のる家が六家あったそうな。
その茂木の本家にあたる人なのでしょう、十二代茂木七左衛門という方が
収集した美術品を広く公開するため、2006年に設立したのが「茂木本家美術館」だそうでして。
略称を「MOMOA」(モモア)とは何とも可愛らしいですなあ。
まあ、さほどの大きな施設ではなかろうと想像していたところ、
実際かなりコンパクトな美術館でありましたですね。
建物にこだわるのは野田の人の気質でしょうか、
この茂木本家美術館も大層こだわりの設計であるようで、入館早々に
数々の万博に携わったという彦坂裕の設計である建物の随所に凝らされた工夫のほどを
ひとしきり説明してくれましたですよ。
というところで、展示作品を見て廻るわけですが、
小さな館内のそこここに置かれた品々がそれぞれに珠玉作と言いますか、
かなり見もの揃いなのでありました。
まずもってエントランスロビー側の、
展示室に足を踏み入れる入口脇に掛けられていましたのが、濱田昇児「樹」という作品。
瑞々しい緑が画面一杯に広がって、入口としては実にツカミのいい一枚でありましたですなあ。
日本画の作家をあまりよく知らないもので、
濱田昇児作品を意識して見たのは初めてですけれど、
小野竹喬に師事されていただけに奇を衒わずに明解な画面で勝負しているのかも。
もっとも竹喬のほのぼのさよりも幻想味があって、
東山魁夷 を思わせるようでもあるなと思いましたですが。
基本的には日本画を中心に彫刻なども日本作家のものが大多数の中で、
一枚の油絵が少々別格扱いで掛けられておりまして、梅原龍三郎の「鯛」でありました。
なんでも創設者お気に入りの作品で、多くの人にこれを楽しんでもらおうと考えたのが
美術館を作ってしまう原動力のひとつでもあったというのですね。
「チューブから直接キャンバスに絵の具を絞り出して描かれ」たというだけに
周囲に比べて相当に異彩を放っていますけれど、
お目出度い鯛をこれだけダイナミックに描いてありますと、
見ていて元気が出てきますし、何かしら御利益までありそうな気がしてきます。
展示室のひとつには「富士
」を描いた作品が集めてあり、
その中でひときわ目を引いたのが片岡球子
「めでたき富士」でありました。
片岡作品の大胆さには毎度驚かされるところですけれど、
あれこれの富士の絵を眺めつつ考えましたのはこんなことでして。
なるほど「富士」は絵になる山とは言うものの、
実際に描いてみてそれが「絵」になるというものでもないのだなと。
富士はそもそも見栄えのするものですから、それを写し取ろうとして下手をすれば
絵が負けてしまう…てなふうでもあろうかと。
もちろん先の片岡作品は太刀打ちできてる方だと思いますけれど。
ところでほんの一角といった感じながら企画展もありまして、
「北斎の瀧と橋」という展示が行われておりましたですよ。
たくさんの富士を描いて、その大胆な取扱いは片岡球子に比べて変幻自在な感のある葛飾北斎。
その北斎描くところの「諸国滝廻り」と「諸国名橋奇覧」からの作品が中心に並んでいたという。
変幻自在な様は滝の描写で大いに威力を発揮するものと予想したとおりで、
上のポスターの左手側に大きく配されている「木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝」などは
何とも面妖なことに滝口部分が円形に繰り抜かれてありますね。
そこに本来見えない上流の流れが押し寄せてくるさまが描かれて、
深山にある妖しげな雰囲気が醸されますが、それを気に掛けておらないのか、
左側の崖のテラス状の部分では暢気に滝見物をしておりますなあ。
一方で橋の方ですけれど、構図におけるバランス感覚の妙と言いますか、
なんとも収まりのいい形を生み出しているではありませんか。
上が「かうつけさのふなはし」、下が「飛越の堺つりはし」。
いずれにしても、たまたま見たとおりを描いたらこうなったという可能性無きにしもあらずながら、
先日のTV東京「美の巨人たち
」で取り上げられた「凱風快晴」や「山下白雨」ではありませんが、
富士山の高さをデフォルメし、見やる視点も自らを空中高く置いたものとしているといった作為は
計算づくでありましょうから、これらとて同様ではなかろうかと。
ということで、過度な期待を抱かずに臨んだ茂木本家美術館でしたですが、
予約制ということもあってか(単に地の利が悪いだけ?)鑑賞者の少ない館内で
じっくりのんびりと絵を眺めやるひと時となりましたですよ。