アナライズミー
ロバート・デ・ニーロ
ビリー・クリスタル
結婚を間近に控えた精神分析医ベンの前に表れたのは、NY一体を牛耳るマフィアのボスポールでした。
そのポールに、天才ドクターと見込まれてしまったことから、ベンの生活はメチャクチャ、挙句、マフィアの勢力争いに巻き込まれるハメに陥ったベンの運命やいかに!?
時々遮二無二デ・ニーロを見たい発作に襲われます。
特に理由はないけれど、とにかくデ・ニーロ。
2004のアカデミー賞の司会をやってたコメディアン、ビリー・クリスタルが共演。いっちょ笑わせてもらいましょうか、という感じ。
好きです、これ。
適度に力の抜けたデ・ニーロが素敵。
そして、これ以上なく迷惑なデ・ニーロがとても素敵。
本当に迷惑で、ビリー・クリスタル演じるベンには、本当にお気の毒さまなのだけど、人事なので面白い。
その迷惑さ加減が、本人にはまったく悪意がなく、善意だと思い込んでいる辺りがとても嬉しい(喜ぶな)
パニック症候群は、結構深刻な病気なのだけど、すみません、これ見ていると笑ってしまう…
たわいも無いCM見てよよよ、と泣き崩れるデ・ニーロ。
素敵過ぎる…
そんな感じで、バタバタしつつ、その影でマフィアの勢力争いも続く。
どっちも愛嬌たっぷりで、そんなにヒヤヒヤしなかったりするのだけど(なんか、敵マフィアはいかにもミスしそう)、ポールもポールで大層危うい。
そのドタバタにもクスクスおかしくて、大変よろしい(そうか?)
そうしておかしいのに、どういうワケか、デ・ニーロが泣き出すと一緒に泣いてしまったりするから、デ・ニーロは矢張り素敵だ。
これがデ・ニーロ・クオリティ。
と、まあ、こんな感じで、とりあえず満足。
今のところ、そうだ、とりあえずデ・ニーロ見とくか、で失敗したことないなあ。
「バレエカンパニー」
ロバート・アルトマン監督。
シカゴの人気バレエ団の舞台上の華やかなパフォーマンスと、その舞台裏とも言うべき日常を描く半ドキュメンタリー
その中に成長目覚しいバレリーナ・ライの日常のドラマをちょこっと挿入。
本物の一流ダンサーを使った、舞台の映像が最高に美しいです。
一度だけ、私はナマでバレエを見たことがあります(自慢)
サンクトペテルブルグバレエ団の「眠りの森の美女」(自慢)
とにかく可愛いプリマドンナと、ナマオーケストラ。ゴージャスで、とても思い出深いのだが、そのオーケストラの指揮者の頭が超アフロで、その頭が舞台のライトでシースルー。
それが可愛いプリマドンナの足元で(舞台下にオケがいた)ゆらゆらゆれるのが、あまりにおかしかったものだから、バレエになんてとてもじゃないが集中出来なかった。
それを私は今でももったいないと悔やんでいて、バレエものを見ると、ついつい借りてきてしまう。
自前ではバレエのチケットなんて、とてもじゃないが買えないからだ。
そんなワケで、借りてきた。
ひっそりとジェームズ・フランコが出ていて、なんだか得した気分。
んでもって、このバレエ団の代表作(多分)がいくつも見られるのもお得だ。
ちなみに私がバレエについ求めてしまうのは、「ボレロ」の力強さよりも、「ジゼル」の優美で儚い美しさだったりするので、一番の見せ場の新作「青い蛇」は、正直私好みではなかった。
そんなワケで、冒頭のリボン?を使ったやつ、天井から吊ったブランコみたいなロープでプリマがくるくるするやつがお気に入り。こうゆうトコだけ少女趣味。
バレエもの見る度に思うのですが、プリマはとにかく可愛いのに、何故男はあんな、ズボンはき忘れたみたいな格好をしているのだろう。
ズボン履いてほしい。心から
一日練習を休むと、取り戻すのに一週間かかるのがバレエだそうだ。
だから彼ら彼女らは、病気になっても何がなんでもトウシューズを毎日履くのだそうだ。
それが日常だと聞くと、それがいくら好きなことだって言われても、想像しただけで息がつまってしまうのです。
途中、アキレス腱断裂という目に遭うプリマが出てくる(ものすごい音がした…あれって効果?撮影してて本当に切れちゃった?どっちだろう…)のだけど、彼女がこれからどうするのか気になってしまう。
すごく才能のあるダンサーだったんだけど、アキレス腱…
水面の白鳥と、水面下で足掻くその姿を描いた作品です。
美しいけれど、なるべく、登場人物に感情移入させないように描いているような気がする。
「物語」というものは、はっきり言えばないと思う。
それは私のよーな人間とは、全く違う世界の話だからだろうか。
それは、自分が通ったことのない学校(しかもかなり特殊な)の卒業アルバムを見ているような、そんな感覚に似ている。
案外それが面白いのに似ていて、この作品も面白い。
Dot the i

- ガエル・ガルシア・ベルナル
ナタリア・
ジェームズ・ダーシー
結婚を控え、女友達と結婚祝いのヘン・ナイトのパーティー。
会場内の男性から一人を選び、独身最後のキスをするのがパーティーの決まり。
そうして、カルメンが選んだのは、キットだった。
そのキスがきっかけで惹かれ合う二人だが…
小柄で、くるくるの大きな目に八重歯(?)がのぞく笑顔で、チワワのように可愛いガエル・ガルシア・ベルナルと、端正な顔立ちで、長い手足のスラリとした長身がボルゾイのように優雅なジェームズ・ダーシーと、ヒジョーに眼福な本作。
彼らの間で揺れるヒロインのナタリアもポメラニアンのように可愛く、ビジュアル的には文句なし!
ビジュアル的には。
お話には、色々問題があると思う…などと私に言われるようでは駄目です。
駄目と言われても大丈夫な最低ラインは井筒監督?ですが、私はその遥か下ですよ?
<ネタバレ>一応、ドンデン返し映画。見る前からラストにサプライズがあるのを知っていたのが失敗。
すごく分かりやすい伏線で、そういう意味では相当ガッカリ…
仕組まれた三角関係も、彼らの復讐も、バレバレで、なんか、あまりに想像通りに物語が進むのでどうしようかと…
サプライズものとしては、はっきり言って失敗だと思う。</ネタバレ>
とにかく美形揃いの登場人物たちだけど、どうもキャラが薄くて物足りない感じなのが残念。
可愛いだけじゃ駄目なのよ!
ガエル&ナタリアのラテンコンビが小柄な一方、ダーシーが190センチ超の超長身なため、同じカットに入れるの大変だったろうなあ、と、その辺は大変微笑ましかったですが。
全体的に惜しい!その一言です。
リアリティが無さ過ぎるのが難点かなあと思いました。
いっそコントだったら面白かったかも。あの辺(ってどこよ)でガエルあたりが「アンタ何ゆーてんねん!」とか「アンタとはやってられんわ!」とか言ってくれたら救われた(見てる側が)
何に感情移入したらいいのか、何に怒り、何に驚けばいいのか分からないんですよ。
悪役は悪役らしくちゃんと悪いのですが、イマイチ頭悪いし、イマイチ動機付けが曖昧で、こじつけっぽくてなんだかなあ、と思ってしまうし、それ以降の展開も矢張りなんだかなあ…なのですよね…警察ってそこまで無能じゃないと思うの。硝煙反応くらい調べるんじゃないかなあ、どうなの、その辺。
ツッコミ所が多いのは悪いことではないのだけど、それを押し切る程の力が必要で、残念ながらこの作品にはその力がないと思う。
勢いで見せてくれないと、私の理屈っぽさが頭をもたげてくるのです。
悪人が悪事のすべてを「~が~で~をどうして~したって筋書きよう!」てな具合に、洗いざらい告白するという、そういう種明かし方法は時代劇だけにして欲しい…
いっそのことダーシーあたりが「お主も悪よのう…」とか言ってくれたら救われた(見てる側が)
てゆーか<ネタバレ>まっすぐで、高潔で、心身ともに健康そうな「マスターアンドコマンダー」の彼が好きなので、ダーシーの悪役見たくねーーー!</ネタバレ>ってことかもです、要するに。
キングアーサー
クライブ・オーエン
キーラ・ナイトレイ
ヨアン・グリフィスほか。
伝説のアーサーが王になるまでを描いた歴史アクション。
舞台はローマ帝国支配化のブリテン島。サルマートの騎士と呼ばれる、植民地下の地元の先住民族で、乗馬に秀でたひとたちを率いる者、それがアーサー。
それは、15年の兵役期間が義務で、それを終えれば騎士を辞して故郷に帰ることが出来る、まさにその日、セーフゾーンであるハドリアヌスの城壁の外に、ローマの有力な貴族を救出という危険な任務が課せられる。
城壁の外は、サクソン人の侵略を受け、ローマ軍の撤退が決定、アーサーはブリテン島を守れるのか。
やー迫力迫力。
霧に煙る稜線なんかも大層美しい。
誰がなんと言おうと、私は疾走する騎兵は問答無用にカッコイイと感じる人間なので、なかなか楽しく見られました。
脚本がかなり弱いのですが、まあ、製作ブラッカイマーだからね…(禁句)
グウィネヴィア役のキーラが、どういうワケかイチバン男前であります。
迫り来るサクソン人の部隊に、たった8人で立ち向かう、オマエらは昔のジャンプの漫画か、というような展開。
その中、可愛い顔してバッタバッタと敵をなぎ倒し、歴戦の騎士に下がっていろというニュアンスのことを言われても一言、
私が守ってあげるわ
誰がヒロインだ!!
カッコイイのだが、それはしかしグウィネヴィアなのだろうか。別にいいけど。
一方で、オーエンのアーサーは、こう、なんか不器用な誠実さとか、リーダーとしての責任感とか、そういうのを感じられて、まあ、いいかな、と思いました。ちょっと地味ですけども。
その、右腕で親友という立場のはずの、グリフィスのランスロットは…弟みたいですよね、どっちかって言うと。
それならばそれに徹するわけにはいかなかったのかな、とかエラそうにも思う。
ランスロットは間違いなくアーサーに依存いている部分があるのだけど、アーサーにとってランスロットの存在が、そんなに特別重要に見えなかったんですよね…
他の騎士と同等くらい?
イロイロあって、「俺を一番分かっているお前が止めるのか?」という一言だけで引き下がり、アーサーを止めることが出来ないランスロット。「お前のこと分かってるから止めるんだろーが!」くらい言って欲しかった。
ちょっと困らせるくらいが丁度いいと思う。
この作品は、義務で騎士やってた男たちが、自分の意志でアーサーの騎士になるまでを描いた作品でもあるのだが、矢張り、そういう決意や意思を、是非その騎士たちの口から言わせてもらいたかった。
アーサーに彼らの気持ちを代弁させるよりも、誰よりもアーサーに言い聞かせるように、そう言わせて欲しかった。
アーサーは、自分の部下を死なせることを何より恐れているひとだと思うので、俺は好きでお前の傍にいるんだよ、みたいな。
言うなれば、男の友情を描いているワケで、そこを、戦闘シーンより大事に描いてくれたらDVD買ったかもしれない。
しかし、私の頭が古いんだろうなあ、と思いつつ、アーサーものは悲劇であるべきだよなあ…とも思うのだった。
キーラ・ナイトレイ
ヨアン・グリフィスほか。
伝説のアーサーが王になるまでを描いた歴史アクション。
舞台はローマ帝国支配化のブリテン島。サルマートの騎士と呼ばれる、植民地下の地元の先住民族で、乗馬に秀でたひとたちを率いる者、それがアーサー。
それは、15年の兵役期間が義務で、それを終えれば騎士を辞して故郷に帰ることが出来る、まさにその日、セーフゾーンであるハドリアヌスの城壁の外に、ローマの有力な貴族を救出という危険な任務が課せられる。
城壁の外は、サクソン人の侵略を受け、ローマ軍の撤退が決定、アーサーはブリテン島を守れるのか。
やー迫力迫力。
霧に煙る稜線なんかも大層美しい。
誰がなんと言おうと、私は疾走する騎兵は問答無用にカッコイイと感じる人間なので、なかなか楽しく見られました。
脚本がかなり弱いのですが、まあ、製作ブラッカイマーだからね…(禁句)
グウィネヴィア役のキーラが、どういうワケかイチバン男前であります。
迫り来るサクソン人の部隊に、たった8人で立ち向かう、オマエらは昔のジャンプの漫画か、というような展開。
その中、可愛い顔してバッタバッタと敵をなぎ倒し、歴戦の騎士に下がっていろというニュアンスのことを言われても一言、
私が守ってあげるわ
誰がヒロインだ!!
カッコイイのだが、それはしかしグウィネヴィアなのだろうか。別にいいけど。
一方で、オーエンのアーサーは、こう、なんか不器用な誠実さとか、リーダーとしての責任感とか、そういうのを感じられて、まあ、いいかな、と思いました。ちょっと地味ですけども。
その、右腕で親友という立場のはずの、グリフィスのランスロットは…弟みたいですよね、どっちかって言うと。
それならばそれに徹するわけにはいかなかったのかな、とかエラそうにも思う。
ランスロットは間違いなくアーサーに依存いている部分があるのだけど、アーサーにとってランスロットの存在が、そんなに特別重要に見えなかったんですよね…
他の騎士と同等くらい?
イロイロあって、「俺を一番分かっているお前が止めるのか?」という一言だけで引き下がり、アーサーを止めることが出来ないランスロット。「お前のこと分かってるから止めるんだろーが!」くらい言って欲しかった。
ちょっと困らせるくらいが丁度いいと思う。
この作品は、義務で騎士やってた男たちが、自分の意志でアーサーの騎士になるまでを描いた作品でもあるのだが、矢張り、そういう決意や意思を、是非その騎士たちの口から言わせてもらいたかった。
アーサーに彼らの気持ちを代弁させるよりも、誰よりもアーサーに言い聞かせるように、そう言わせて欲しかった。
アーサーは、自分の部下を死なせることを何より恐れているひとだと思うので、俺は好きでお前の傍にいるんだよ、みたいな。
言うなれば、男の友情を描いているワケで、そこを、戦闘シーンより大事に描いてくれたらDVD買ったかもしれない。
しかし、私の頭が古いんだろうなあ、と思いつつ、アーサーものは悲劇であるべきだよなあ…とも思うのだった。
アビエイター
レオナルド・デカプリオ
ケイト・ブランシェット
ケイト・ベッキンセール
アレックス・ボールドウィン
イアン・ホルム
などなど兎に角豪華。
監督はマーティン・スコセッシ。
音楽はハワード・ショア。
こちらも豪華。
ハリウッド黄金期に君臨し、さらに航空業界を大きく動かした、アメリカの実業家で飛行家で映画人で大富豪のハワード・ヒューズの栄光とその影を描く大作。
19歳で両親を喪い、莫大な遺産を引き継ぎ、それを元手に当時としては法外な制作費を投入し、半ば失笑されつつ作った映画「地獄の天使」の成功で、一躍時代の寵児になったヒューズは、さらに夢であった航空業界に参入、当時の最速記録を塗り替えるなど、次々と様々な成功を収める。
その成功の影で、彼は強迫神経症にも苛まれ、成功は敵も作り、彼は大きな窮地にも立たされる。
ネタバレ注意です。
見てきました。
そこのけそこのけ185分でありながら、それを感じさせない大作でした。
華やかで迫力満点の映像に、時に挿入されるレトロな当時のフィルム(ですよね?)、その中で生きる俳優陣、なんと言っても、クライマックスのひとつである公聴会のシークエンスは大興奮。
これでオスカーを逃すとは、スコセッシもつくづく運のない人だ。
とは言え、スコセッシは「タクシードライバー」のような、乾いた、他人の共感を拒否する男の悲哀を描く名手だと、勝手に思っているので、これではなく、そういう作品でオスカーを手にするべきだと無責任に思い込んでいたりもする。
デカプリオは流石の熱演です。
ただ、ヒューズをやるには如何せんちょっと若い。
未だ少年っぽさの抜けない顔立ちもそうだけど、何より声が若い。
ヒューズ自身、少年性を持ち続けた人だと思うのですが、それにしたって若いのであります。
だもんだから、敵を作り、国会議員やらライバル会社の幹部やら映画業界の重鎮やらと対すると、児童虐待のようでした。
ある意味、それ故に敵が本当に悪そうで、ヒューズ頑張れ!と無心に応援して見られるから、大成功なのかもしれませんね。
デカプリオの少年っぽさが、ヒューズの純粋性の表現であるなら、大成功か。なんだ、ならいいじゃん(何が言いたい…)
そしてケイト・ブランシェット
私はアメリカ人ではないので、アイコン的な意味合いでのキャサリン・ヘップバーンを知らないのだけど、「スカート持ってないの?」と訊かれて「アンタの葬式用のがあるわ」と答えたその人そのものだ!と納得しました。
「ハッハ!」という笑い方はちょっと伝染った。
ベッキンセールのエヴァ・ガードナー(こちらは私は一作も見てない…)も可愛かったんだけど、ヒューズの人生に於いて、より比重を置かれているのがヘップバーンなんだよなあ。
ヒューズは、伝染病を恐れて何度も手を洗う。
なんだけど、彼が恐れているのは、多分本当の意味での伝染病ではなくて、他人の目だと思うのですよ。
その目の中に、自分に対する得体の知れない悪意みたいなものを、必要以上に感じとって、それにさらされると、汚れたような気持ちになるんじゃないかと思うんですよ。
だから、誰からの視線から逃れて、自分ひとりきりで引き篭もれば、不潔にしていられるんだと思うんですよ。
そんな中、ヘップバーンは、自分によく似たところを持っていて、そういうものと戦って勝てる人で、ヒューズを分かり、ヒューズのための無菌室を作るみたいに、唯一守ってくれる存在だったと思うのです。
もしもヘップバーンが男性で、恋人ではなく親友として傍にいることが出来ていたなら、と思う。
親身になって彼の傍にいる恋人や右腕のガードナーやノアの存在も、勿論大きいのだけど、だけど、ヒューズを守れるのはヘップバーンだけだったと思うのです。
ヘップバーンが必ずヒューズの傍でヒューズを守る義務などないのだけど、だけど、彼女が彼の傍にいないことが、とても悔しい。
すべての夢を手に入れたら、その先に何が見えるのだろう
中々の名コピーだと思います。
ヒューズはすべての夢のその先にもまた、夢を見ていた人だと思う。
だけど、彼が手に入れたかったのは、夢だったのかなあと思う。
私はヒューズも当時のアメリカのこともよく知らない。
大きな存在の影もまた大きいが、ヒューズの陰にいるのもまたヒューズだと思う。彼が大きくなればなるほど、影は大きくなってしまう。
何もかも手に入れたのに、ヒューズは幸せに見えなかった。
ケイト・ブランシェット
ケイト・ベッキンセール
アレックス・ボールドウィン
イアン・ホルム
などなど兎に角豪華。
監督はマーティン・スコセッシ。
音楽はハワード・ショア。
こちらも豪華。
ハリウッド黄金期に君臨し、さらに航空業界を大きく動かした、アメリカの実業家で飛行家で映画人で大富豪のハワード・ヒューズの栄光とその影を描く大作。
19歳で両親を喪い、莫大な遺産を引き継ぎ、それを元手に当時としては法外な制作費を投入し、半ば失笑されつつ作った映画「地獄の天使」の成功で、一躍時代の寵児になったヒューズは、さらに夢であった航空業界に参入、当時の最速記録を塗り替えるなど、次々と様々な成功を収める。
その成功の影で、彼は強迫神経症にも苛まれ、成功は敵も作り、彼は大きな窮地にも立たされる。
ネタバレ注意です。
見てきました。
そこのけそこのけ185分でありながら、それを感じさせない大作でした。
華やかで迫力満点の映像に、時に挿入されるレトロな当時のフィルム(ですよね?)、その中で生きる俳優陣、なんと言っても、クライマックスのひとつである公聴会のシークエンスは大興奮。
これでオスカーを逃すとは、スコセッシもつくづく運のない人だ。
とは言え、スコセッシは「タクシードライバー」のような、乾いた、他人の共感を拒否する男の悲哀を描く名手だと、勝手に思っているので、これではなく、そういう作品でオスカーを手にするべきだと無責任に思い込んでいたりもする。
デカプリオは流石の熱演です。
ただ、ヒューズをやるには如何せんちょっと若い。
未だ少年っぽさの抜けない顔立ちもそうだけど、何より声が若い。
ヒューズ自身、少年性を持ち続けた人だと思うのですが、それにしたって若いのであります。
だもんだから、敵を作り、国会議員やらライバル会社の幹部やら映画業界の重鎮やらと対すると、児童虐待のようでした。
ある意味、それ故に敵が本当に悪そうで、ヒューズ頑張れ!と無心に応援して見られるから、大成功なのかもしれませんね。
デカプリオの少年っぽさが、ヒューズの純粋性の表現であるなら、大成功か。なんだ、ならいいじゃん(何が言いたい…)
そしてケイト・ブランシェット
私はアメリカ人ではないので、アイコン的な意味合いでのキャサリン・ヘップバーンを知らないのだけど、「スカート持ってないの?」と訊かれて「アンタの葬式用のがあるわ」と答えたその人そのものだ!と納得しました。
「ハッハ!」という笑い方はちょっと伝染った。
ベッキンセールのエヴァ・ガードナー(こちらは私は一作も見てない…)も可愛かったんだけど、ヒューズの人生に於いて、より比重を置かれているのがヘップバーンなんだよなあ。
ヒューズは、伝染病を恐れて何度も手を洗う。
なんだけど、彼が恐れているのは、多分本当の意味での伝染病ではなくて、他人の目だと思うのですよ。
その目の中に、自分に対する得体の知れない悪意みたいなものを、必要以上に感じとって、それにさらされると、汚れたような気持ちになるんじゃないかと思うんですよ。
だから、誰からの視線から逃れて、自分ひとりきりで引き篭もれば、不潔にしていられるんだと思うんですよ。
そんな中、ヘップバーンは、自分によく似たところを持っていて、そういうものと戦って勝てる人で、ヒューズを分かり、ヒューズのための無菌室を作るみたいに、唯一守ってくれる存在だったと思うのです。
もしもヘップバーンが男性で、恋人ではなく親友として傍にいることが出来ていたなら、と思う。
親身になって彼の傍にいる恋人や右腕のガードナーやノアの存在も、勿論大きいのだけど、だけど、ヒューズを守れるのはヘップバーンだけだったと思うのです。
ヘップバーンが必ずヒューズの傍でヒューズを守る義務などないのだけど、だけど、彼女が彼の傍にいないことが、とても悔しい。
すべての夢を手に入れたら、その先に何が見えるのだろう
中々の名コピーだと思います。
ヒューズはすべての夢のその先にもまた、夢を見ていた人だと思う。
だけど、彼が手に入れたかったのは、夢だったのかなあと思う。
私はヒューズも当時のアメリカのこともよく知らない。
大きな存在の影もまた大きいが、ヒューズの陰にいるのもまたヒューズだと思う。彼が大きくなればなるほど、影は大きくなってしまう。
何もかも手に入れたのに、ヒューズは幸せに見えなかった。
僕の妻はシャルロット・ゲンズブール

- シュルロット・ケンズブール主演。
イヴォン・アタル監督・脚本・共演。
実際の夫婦共演。
人気女優を妻に持ったイヴォンの悩みを、赤裸々に(笑)抜群のリアリティで描く、セルフ・パロディみたいな作品。
流石はフランス人だ
非常に巧い。
この作品は、皮肉と、自嘲と、ちょっとした愚痴と、それからノロケで出来ています。
と、言いつつ大半はノロケだと思うんですよね。
作中のイヴォンはやきもきハラハラし通しなんだけど、監督イヴォンは絶対、オレの妻どーよ!チョー可愛いでしょ!どーよ!!とか、思っているに違いないのである。
その甲斐あって、シャルロットの可愛いこと可愛いこと。
だもんで、もー心配で心配でたまらない気持ちがよく分かるよ、イヴォン!
そのノロケをきちんと作品にしてしまえるところが、流石は恋愛大国のフランスのお人。
夫婦共演でやらしさとか、それを感じさせない辺りの巧さがね、良いのですよ。
遠まわしに、オレ、もう彼女にメロメロなんだよー、もうバカみたいに惚れてんだよーと、熱愛宣言してるよーな作品でもあるわけだが、そのバカさ加減を自分で笑って見せる余裕が、イコール愛されてる余裕だよね~
ごちそうさまでした
作中のシャルロットは、映画の中でヌードやら、ラブシーンやらを演じていたりするわけだけど、この作品では、シャルロットは一度も脱がない。他の人はすげー勢いで脱いでんだけど(笑)
愛だよねえ。
とは言え、誘惑の多い職場であるし、シャルロットはロンドンで撮影、イヴォンはパリでお仕事(スポーツ番組の編集とかしてるです)の別居状態、距離が誤解を生んだり、すれ違ったり、時にハラハラさせられるのだけど、まあ、このお二人は大丈夫でしょう。
そもそも、イヴォンの不満ったって、シャルロットが有名過ぎて、サインを求めるファンに囲まれたり、仕事が忙しくて一緒にいられなかったり、要するに二人っきりになれないってことだもんねえ。
「パニックルーム」のジョディ・フォスターのような安定感(いや…なんつーか、あれって、あんなコソ泥棒にジョディ・フォスターが負けるわけねーよ、クラリスだぜ?と安心して見られませんか?)で、結局、彼らは安泰なわけだ。
ついでと言ってはなんですが、なんだかんだ言っても、彼らの周囲は暖かい。
幸せなのはいいことだ!
クリムゾン・リバー2
<

- ジャン・レノ
ブノワ・マジメル
クリストファー・リー
寂れた田舎の教会で、壁から血が流れるという事件が起こる。
その捜査に向かうニーマンス警視は、その壁の中から生き埋めにされた死体を発見する。
同じころ、レダ刑事は何者かに追われ、負傷した「イエス」を助ける。
ふたつの事件には何かつながりがあるらしいが、それが何だか分からない。
分からないまま、不可思議な殺人事件は続く。
事件と黙示録との一致点、WW2の頃に作られたフランスドイツ間をつなぐトンネル、そして顔のない「天使」…
事件の陰に何があるのか?
オカルトっぽい事件をレノ扮するニーマンス警視と、マジメル扮する若手刑事レダ(前作ではヴァンサン・カッセル)が追うシリーズ第二弾。
犬嫌いのニーマンスが、犬嫌いを克服し、自らも犬を飼うまでに成長した第二弾(どうでもいいだろ)
ラスボスにクリストファー・リーを迎え(キャスティング見た瞬間ネタバレしてるから、書いちゃっていいかな、と。善人っぽいトコ少しもないし…つーか出番も少ない)ゴージャスになりました。
お蔭で顔のない天使たちがナズグルに見えたというのは、とっても内緒だ。
事件はとにかくスプラッタ
13日の金曜日。大変。
宗教からんで、気持ち悪さは三倍増し。
宗教の絡んだ殺人と言うのは、その宗教に帰依してない人間から見ると、これ以上なく馬鹿馬鹿しい。
この大掛かりな事件は正直言って馬鹿馬鹿しく、アホや…コイツら…と思うこと請け合いです。
一見そう見えないのはリー様(なんとなく様付け)のお蔭だ。
この作品の売りは、謎解きの面白さや、スプラッタな事件たちではなく、矢張りニーマンス&レダの師弟コンビだと思うので、矢張りその辺を。< br> もうすっかり気心知れちゃってるのが良いですね。
すっごい親子ぶり。
良いのですが、この人らの普段の相棒はどうしてるのかなあ、とか思う。警視なニーマンスはともかく、レダには通常捜査の時にはきっといるハズ。
てゆーか、警視自ら最前線に登場してしまっていますが、その間の部下の指揮は一体誰がとっているのだろう、とか、そういう無粋な疑問が、見終わって、これ書いている今、次から次へと沸いてきます。
そんなの気にしちゃ駄目なんだけども…
それなりに面白く見られるんだけど、なんだか、イロイロ、後で疑問が沸いて出てくるシリーズなのですよね、これ。
「2」だから仕方ないんだけど、そもそもタイトルの「クリムゾン・リバー」はその意味を「1」の段階で失っているのでは。
いや、本当、理屈っぽくてすみません…でも気になるの…
映画化!「MONSTER」
シャーリーズ・セロンのじゃないですよ!
これです!
ハリウッドで映画化されるそうですね。
絶対映画化出来ないだろうと思っていた、浦沢直樹の傑作コミック!
うわーうわーどうしよう!!
絶対映像化できないと思っていたけれど、なんかの加減で見れたら嬉しいなあ、と思ってたんですよねー!
うわーうわーどうしよう!!
粗筋を説明するならば、ドイツで活躍する日本人の天才外科医テンマが、人の命は平等であるという命題を与えられたところから始まる。
大病院の腕利き外科医として、一流有名人の手術を成功させ、病院の名を挙げるの一翼を担っていたテンマだが、人間の命は平等と信じ、市長の手術より、先に担ぎ込まれた患者の手術を優先させ、頭を撃たれた少年を助けた。(市長は死亡)
その少年こど、「怪物」ヨハン。
「怪物」は何故生まれたのか。「怪物」は何をしようとしているのか。
東西ドイツの壁の崩壊を絡めながら、テンマはヨハンの半身で双子の妹ニナとともに、「怪物」の秘密を探るが…
…と言うわけです。
18巻に及ぶ大長編を、どうやって2時間にまとめるのかとても心配ですが、矢張り好きな漫画なので心配しつつも気になります。
勝手にキャスティングとか考えたくなるのです。すみませんが、こんな感じで。
天馬賢三→真田広之
ヨハン→ヘイデン・クリステンセン
ニナ→キーラ・ナイトレイ
ルンゲ警部→レイフ・ファインズ
絶対アカンわ…
テンマの真田広之はいいと思うのですが(駄目ですか?)ヘイデンは「SW3」の演技次第だし、キーラなニナやらルンゲなレイフ・ファインズは相当無謀だ…と自分でも分かっているらしい。
夢は広がるけれど、実は不安の方が大きいです。
「指輪物語」映画化と聞いた時の原作ファンの気持ちって、こんな感じだったのでしょうか。
何しろ思い入れの強い作品。
それなりに巧くまとめてくれることを祈ります。(原作を超えるのは絶対不可能)
カットされるのは間違いないけれど、「砂糖5杯」のエピソードを映像で見たら泣く。
こんな感じで浮き足立ってる私なのです…
絶対映画化出来ないだろうと思っていた、浦沢直樹の傑作コミック!
うわーうわーどうしよう!!
絶対映像化できないと思っていたけれど、なんかの加減で見れたら嬉しいなあ、と思ってたんですよねー!
うわーうわーどうしよう!!
粗筋を説明するならば、ドイツで活躍する日本人の天才外科医テンマが、人の命は平等であるという命題を与えられたところから始まる。
大病院の腕利き外科医として、一流有名人の手術を成功させ、病院の名を挙げるの一翼を担っていたテンマだが、人間の命は平等と信じ、市長の手術より、先に担ぎ込まれた患者の手術を優先させ、頭を撃たれた少年を助けた。(市長は死亡)
その少年こど、「怪物」ヨハン。
「怪物」は何故生まれたのか。「怪物」は何をしようとしているのか。
東西ドイツの壁の崩壊を絡めながら、テンマはヨハンの半身で双子の妹ニナとともに、「怪物」の秘密を探るが…
…と言うわけです。
18巻に及ぶ大長編を、どうやって2時間にまとめるのかとても心配ですが、矢張り好きな漫画なので心配しつつも気になります。
勝手にキャスティングとか考えたくなるのです。すみませんが、こんな感じで。
天馬賢三→真田広之
ヨハン→ヘイデン・クリステンセン
ニナ→キーラ・ナイトレイ
ルンゲ警部→レイフ・ファインズ
絶対アカンわ…
テンマの真田広之はいいと思うのですが(駄目ですか?)ヘイデンは「SW3」の演技次第だし、キーラなニナやらルンゲなレイフ・ファインズは相当無謀だ…と自分でも分かっているらしい。
夢は広がるけれど、実は不安の方が大きいです。
「指輪物語」映画化と聞いた時の原作ファンの気持ちって、こんな感じだったのでしょうか。
何しろ思い入れの強い作品。
それなりに巧くまとめてくれることを祈ります。(原作を超えるのは絶対不可能)
カットされるのは間違いないけれど、「砂糖5杯」のエピソードを映像で見たら泣く。
こんな感じで浮き足立ってる私なのです…
24 3rd

- キーファー・サザーランド主演。
テロ対策ユニットCTUの捜査員、ジャック・バウアーの暴走を描く、リアルタイムドラマの第三弾。
今度の危機はバイオテロ。
ロサンゼルスの衛生局前に放り出された死体は、兵器用に開発されたウィルス。これがLAに散布されたら途轍もない被害が出る。早速捜査を始めるジャックたち、CTUの面々。
その頃、パーマー大統領も、再選を目指しLA入り。
テロの脅威と大統領選の二つの難題を抱えることになるが…
と、言うわけです。
見始めたら最後、You can't stop.なスリリングな作品である。それは素直に認めよう。
仕事がドン詰まって、一週間5巻を見れなかった時、夢に見るほど見たかった。
だが思うのです。
あんたらいい加減成長しろと。
CTUはデルタを顎で使えるほどの組織らしい。だから有能なはずだ。デルタと言えば、限度額無制限のカードを政府から支給され、自己の装備を自由に選べ、あるいは兵器会社と個人でスポンサー契約して、最先端の兵器を無償提供されて戦う、プロフェッショナルな兵士集団だ。
それを顎で使うのだ。
有能に決まっている。(言うまでもなくデルタ、グリーンベレー、SEALS、SASなど、特殊部隊大好きです)
なのに、何故こんなに意志疎通が不自由なのか
ジャックは相変わらず、自分の真意を伝えず暴走、その真意が分からないCTUの面々は、その有能を駆使してジャックの行動を妨げる。
いっぱい無辜の一般市民や無辜の一般刑事などにめーーーーーいっぱい迷惑をかけ、死者を出し、ジャックはようやく真意を告白、CTU一丸となって捜査に当たる。最初からやれ。
そんなこんなで、24時間持たせるために(もうそうとしか思えない)、無駄な奔走でハラハラさせるのはそろそろ卒業していただきたい。
オマエはリチャード三世か。自分のことは自分でやる次元はとっくに超えてる。
その割に、ジャックは絶対死なないので、そういう意味では安心して見られます。
心臓が止まっても死なないし、元気にテロリストと大立ち回りも平気です。その分無辜の一般市民が死にますが。
最近はその不死身ぶりが他のレギュラー陣にも伝染った気がして心配です。
CTU総ターミネーター化。就業期間の短い捜査官はまだ潜伏期間で、発症していないので、死ぬこともあります。
とか、なんか、悪口ばっか書いてるんですが、面白いんですよねー…
次も次も多分、間違いなく見ると思う。
そして、それを肴に文句を言うのが楽しいという、なんか、捻くれた楽しみ方をしてしまう。
いい加減、秘密主義はやめて欲しいけれども。
大統領の青臭い正義漢ぶりも。
これのせいで物語が進まないのよーーーー
夜になる前に
ハビエル・バルデム主演。確か主演男優賞ノミネート。
実在の作家レイナルド・アレナスの生涯を描く作品。
革命下のキューバで、その作風と性癖から迫害を受け、アメリカに亡命。
その彼がつづった作品をフューチャーしながら、彼の思い、彼の生き方にスポットを当てる、画家でもあるジュリアン・シュナーベル監督作品。
気をつけていても見逃すところにショーン・ペンが、寝た子も起きるスパイシーな役でジョニー・デップが華を添える。
木々の抱える秘密は、よじ登るものにしか分からない
と、作家の言葉で格調高く(?)始まるこの作品、昔、デップ見たさでDVDを借りてきて、イロイロな時間の兼ね合いから、デップのとこだけ見て返却してしまったという、非常に罪悪感に苛まれる一本…
その節は本当に……
しかし、レンタル代250円の価値が充分にある、素晴らしいデップぶりでした。
女装ゲイとサディスティック中尉の二役。どっちもすげえ。
スズメ船長の撮影時期に近いらしく、さりげに金歯なところやら、女性も嫉妬するセクシーヒップ、特典の、オフスクリーンで、思いっきり男らしく歩いているボンボンちゃん(役名。女装ゲイ)姿のデップなど、デップファン的にお宝衝撃映像のとても多い素敵な作品だ。
それだけでも満足できてしまう一本であるが、この作品はきちんと見るべき。
本当にその節は…………(反省)
まず、作品中にちりばめられたアレナスの詩がカッコイイです。
美しくて醜くて、悲しくて、強くて、繊細で、諦めちゃう寸前の怒りみたいなものが、塗り込められていて、それを伝えるのにとても的確だ。
彼がその詩を書くのに至った心の葛藤を、静かに、だけどギリギリの演技でバルデムが魅せる。
う~~んアーティスティック!
それにしても、終盤、病に倒れたアレナスを演じる時、髪とかごっそり抜けているわけですが、矢張りあれはわざわざ脱毛したんでしょうか…
アレナスは同性愛者なので、女優陣には期待出来ない。
ラテンなので、俳優陣も濃い目。
その中で、最期までアレナスの傍にいた、ラセロはワタクシ好みです(聞いてないから)
奥二重で黒目がちってえのが好きなのじゃ(だから聞いてないってば)
それが、盲導犬のように、対等に近い立場で、忠実に寄り添う姿はなんだかとても神聖だと思った。
仏陀に寄り添うアーナンダみたいだと思った。
私は女なので、男性同士の気持ちやら思いやら、そういうものはきっと理解出来ないのだけど、そして、私は女なので、あんな風に寄り添うことは出来ないだろうから、ちょっと彼らが羨ましかった。
“誰にも望まれない子供”と、彼は書いている。
でも、本当はそうじゃないから、自分をそういう風に書けるんだろうな、と思う。
だからそれが残ったんだろうな、とも思う。
レイナルド・アレナス本人も、それをちゃんと分かって書いていたと思いたい。
実在の作家レイナルド・アレナスの生涯を描く作品。
革命下のキューバで、その作風と性癖から迫害を受け、アメリカに亡命。
その彼がつづった作品をフューチャーしながら、彼の思い、彼の生き方にスポットを当てる、画家でもあるジュリアン・シュナーベル監督作品。
気をつけていても見逃すところにショーン・ペンが、寝た子も起きるスパイシーな役でジョニー・デップが華を添える。
木々の抱える秘密は、よじ登るものにしか分からない
と、作家の言葉で格調高く(?)始まるこの作品、昔、デップ見たさでDVDを借りてきて、イロイロな時間の兼ね合いから、デップのとこだけ見て返却してしまったという、非常に罪悪感に苛まれる一本…
その節は本当に……
しかし、レンタル代250円の価値が充分にある、素晴らしいデップぶりでした。
女装ゲイとサディスティック中尉の二役。どっちもすげえ。
スズメ船長の撮影時期に近いらしく、さりげに金歯なところやら、女性も嫉妬するセクシーヒップ、特典の、オフスクリーンで、思いっきり男らしく歩いているボンボンちゃん(役名。女装ゲイ)姿のデップなど、デップファン的にお宝衝撃映像のとても多い素敵な作品だ。
それだけでも満足できてしまう一本であるが、この作品はきちんと見るべき。
本当にその節は…………(反省)
まず、作品中にちりばめられたアレナスの詩がカッコイイです。
美しくて醜くて、悲しくて、強くて、繊細で、諦めちゃう寸前の怒りみたいなものが、塗り込められていて、それを伝えるのにとても的確だ。
彼がその詩を書くのに至った心の葛藤を、静かに、だけどギリギリの演技でバルデムが魅せる。
う~~んアーティスティック!
それにしても、終盤、病に倒れたアレナスを演じる時、髪とかごっそり抜けているわけですが、矢張りあれはわざわざ脱毛したんでしょうか…
アレナスは同性愛者なので、女優陣には期待出来ない。
ラテンなので、俳優陣も濃い目。
その中で、最期までアレナスの傍にいた、ラセロはワタクシ好みです(聞いてないから)
奥二重で黒目がちってえのが好きなのじゃ(だから聞いてないってば)
それが、盲導犬のように、対等に近い立場で、忠実に寄り添う姿はなんだかとても神聖だと思った。
仏陀に寄り添うアーナンダみたいだと思った。
私は女なので、男性同士の気持ちやら思いやら、そういうものはきっと理解出来ないのだけど、そして、私は女なので、あんな風に寄り添うことは出来ないだろうから、ちょっと彼らが羨ましかった。
“誰にも望まれない子供”と、彼は書いている。
でも、本当はそうじゃないから、自分をそういう風に書けるんだろうな、と思う。
だからそれが残ったんだろうな、とも思う。
レイナルド・アレナス本人も、それをちゃんと分かって書いていたと思いたい。




