熊野「中将姫伝説」=日本中世の神話・縁起③
東大日本史・一橋対策直前情報夜、山の風が運ぶ血の匂いを嗅ぎ付けて…十二頭の獰猛な虎の群れは獲物を探して鬼谷山から谷へと急ぎ合っていた。勿論、獲物とは…殺された中将姫の骸…そして泣き叫ぶ王子…それ以外には存在しなかった。分け入った森のある場所に至った。すると虎達の目が光った。生臭い血の香りよりも、獲物を正確に探し当てたのだ。「うぇーん・ばあー」と泣き続ける声、そして手足をばたばたさせる気配が森中の一所に集中していたのである。虎達の目はさらに光り、牙からは既に涎が滴っていたのである。「うぇーん」という泣声に混じって「うっうーぐふー」という虎の獰猛な吼声が入り混じる。最悪の状況が予見された。しかしその時、奇跡は突然起こった。いったい何という事がおきたのだろう。眼光の鋭さよりも数千倍の煌きが残された王子から発せられたのである。全く不意に強烈な光が差してきた。一瞬のことだったが、あちらこちらから王子に襲い掛かろうとする虎達に対して目も眩むような閃光が走ったのであった。「をー、ふふほーん」と、身を捻ってたじろぎ、不思議そうにしながらも、また虎は懲りずに王子を屠ろうとする。しかしまたもや同じ閃光が襲う。…数回の閃光の後…これら「百獣の王」達にもこの王子の素性を悟るべき意識が宿り伝わっていった。眩く光り輝く至宝の様な幼い王子に、虎達は仕えるべき存在なのだと。そしてその王子を虎の群れ達が囲み、恭しく礼をしつつ、水や食料を運び与え、寒さを黄色い毛皮で暖め、害毒虫やその他の獣を追い払いつつ、大切に養育し始めたのである。…全くの奇跡が起こったのであった…。それから四年の歳月が経った。その頃、王子の居場所から三十里程離れた山奥で「喜見上人」が仏道修行をしていた。険峻で深淵の余る山々と向き合い仏性を求め、衆生の安穏を模索する崇高な理念で彼は行者となった。寺院の学僧達とも論議したが…経文読みの経文知らず…知識をひけらかすだけの僧達に別れを告げ,厳しく大乗の教えと向き合い、答えが出なければ下山は出来ない、恩愛を断った決死の修行であった。「法華一乗」とは如何なる教えなのか。大乗とは何か?一切衆生をどのように導き救済できるのであろうか…。彼の手には『法華経』第二十三・薬王菩薩本事品が握られていた。この真理に如何にして触れれば道が開かれるのか。彼の苦悩は尽きなかった。独り山での読誦の行は続いた。「宿王華、譬如一切。川流江河、諸水之中、海為第一。此法華経亦復如是。於諸如来所説経中最為深大。又如土山黒山。小鐵圍山。大鐵圍山。及十宝山…」分け入っても岩と緑の山々には答えは存在しないのではないか?ふとそんな疑問が行者の脳裏に過ぎる。彼は迷いつつも朗々と『法華経』(※一応、漢文訳を参照)読誦・写経を勤行していった。迷えば日々に迷いは大きくなり、そのうち喧嘩腰に戦う如くに読む様になった。「日天子(にってんし)の能く諸の闇を除くが如く、この経もまたかくの如し、能く一切の不善の闇を破するなり。…この経は能く一切衆生を救うものなり。この経は能く一切衆生をして、諸の苦悩を離れしむるなり。この経は能く大いに一切衆生を饒益して、その願を充満せしむること、清涼の池の能く一切の諸の渇乏せる者を満たすが如く、寒き者の火を得たるが如く、 裸なる者の衣を得たるが如く、商人の主を得たるが如く、子の母を得たるが如く、渡りに船を得たるが如く、病に医を得たるが如く、暗に燈を得たるが如く、貧しきに宝を得たるが如く、民の王を得たるが如く、賈客の海を得たるが如く、炬(かがりび)の暗を除くが如く、この法華経もまたかくの如し、能く衆生をして一切の苦、一切の病痛を離れ、能く一切の生死の 縛を解かしむるなり。」「所得功徳。以仏智慧。籌量多少…」 読経の終わりかけた深更…カラカラに渇いた喉と冷え切った行屋…すると天井から黒く大きな…見たことも無い様な女郎蜘蛛が糸を引いて降りてきて彼の鼻先にヌッと現れた。流石の上人も「ふーとくふへん…っひゃ」という普段なら決して出さない驚きを隠せない声を挙げてしまった。恥ずかしさもあったが、それを見透かし笑いかけるように蜘蛛は視界を塞いで揺れていた。…すると恐ろしさや気味悪さは不思議と去っていった。そして蜘蛛はあろうことか上人の前でまるで楽しく舞うように糸を紡ぎ、何と、巣に字を記し始めているのである!!(※サンスクリット?漢字?不明…)そしてこれも聞いたことの無いような素晴らしい女性の美しい声で頭中に直接、話し掛けてきた。「驚くには及びません、沙門喜見よ。私は観世音菩薩の使いが放った化身です。菩薩の教えを敬い、良く聞き届けなさい。」上人は手足に印を組み、軽く頭を垂れて畏まった。使いは続けた。「鬼持ヶ谷にマガダ国善財王の王子が十二頭の虎に養われています。あなたの使命はその王子を引き取って大王に引見させることです。その導きによって救いが光となって皆に放たれるでしょう。」と糸で文字を書き、それを彼の脳にも響かせた。はっと我に返った。平凡過ぎる普通の夜中に戻った。…夢だったのかどうか分からないが、蜘蛛も糸の巣も消えていた。しかし上人はこの経験によって自我を開放させ覚醒したのだった。愈々、自分の探していたこと、自分が衆生救済のためにすべきことを知って、身の震えを覚えながら、次の日から法華経を念誦しつつ山中を回する「荒行」に勤め、王子という「衆生の救い」を探そうとしていったのであった。(つづく)東大テストゼミ日本史解説動画東大テストゼミに参加しよう!東大PJゼミ生になろう!大学受験 ブログランキングへにほんブログ村 受験