突然ですが、
「友の為に命を懸けられるのは2次元だけ」
だと、思っている金樫は薄情なのでしょうか(苦笑)
ちょっと前に、ある人が、
ずっと親友だと思っていた友人に裏切られた(?)
とか、友達がいなくなったと、ボヤく人がいた。
そんなボヤキが耳に入った瞬間に、
悪いけどwホントしょうもない話だなぁ・・・と、ほんのり思ったさ^^;
なんか小学生とか中学生の悩みかっ!?と見受けられるようなことを、
エエ年した大人(40歳以上?)が言っててびっくりなんだけど('ω')
だいたい、
親友だと思ってたのは、ただの一方的な片思いであって、
しかも、裏切られる(?)というのは、(詳しくは知らんけどw)
結果的に「ソレだけのモンだった」ということに他ならないw
そもそも他人に対して
過剰な期待を持つことがナンセンスなわけ。
友達とか友情については、
どのように定義しているか人それぞれでしょうが、
まぁ一般的には、
例えば、気軽にランチしたり、
お茶したりするのが友達だとかとか、
悩みや愚痴を聞いてくれるのが友達だとかですかね!?
でもそこには、
「友達だったら愚痴ぐらい聞いてくれてもいいでしょ」
みたいな女特有のノリというか、風潮(!?)ってあるけど、
そういうことに関して、私は個人的にものすごく嫌気がさします。
だって、聞く方の身のことも考えず、
ただただ一方的なことばかりをぶちまける。
つまり、会話になっていない状態は時間をつぶすだけ。
そこにエンタメみたいに笑えるよなオモろい話ならまだしも、
オモロない話を一方的に聞かされる方からしたら
人としてのマナーが無く、迷惑極まりないわけです。
友達なんだったら、相手のそんな一方的な身勝手な行動でさえ、
受け入れろってか!?
なんて、浅はかで、ずうすうしくて卑しいんだ。
そういうのは、友達でも友情でもないと思うんですよ。
なにかというと、ただのノイズです。
そんな程度のお付き合いで、
ほんま、友達という言葉の乱用でしかない。
親しき中にも礼儀あり。
せっかくの時間、人が会うなら、会話にならないとね。
会話、対話をしながら、
もし嫌なこととか、つらいこと悲しいことがあったときに、
実はこんなことがあってね、、、と打ち明けながらも、
それについてどうこうコミュニケーションとって
互いに理解しあったり、気づきがあったり、
仮に、一方的な話になったとしても、
そこに、聞いてくれてる人への配慮があるならいいんですよね。
本当の友人が誰であるかを知りたければ・・・
友人や知人の数の多さと、
幸せの度合いというのは、まったく関係無いことです。
でもなぜか、
一般的には友人知人が多いのは良いことで、
その逆は、淋しいとか、わびしいとかみたいな感じなのってありますが、
大人になっても、
そんな、まやかしのような感覚に気付いてない人が多いのはなぜなんでしょうね。
あくまで個人的な感覚でしょうが、
友人というのは、本当に少ない方が気楽だし、
むしろ、いなくても問題なっしんぐだったりしますw
昔の、生きるや死ぬやの時代の話。
例えば、
ユダヤ人が迫害を受けてたとかの時代背景の頃を経験した
アウシュビッツから生還したという人が
友情について、どう定義しているかという質問で、
「自分をかくまってくれるかどうか」という話を何かで聞いたことがあります。
現在の日本の日常で
何か敵に襲われ、生きるや死ぬやのことは、まぁ無いけど、
「友情」ということを考えた時に、これが本質ではないかと思います。
本当に困ったときに助けてくれる
手を差し伸べてくれる人が、本当に友達と呼べる人だと私は思うのよ。
そうなると現代社会においては、
もし、本当の友達が誰なのかを知りたいと思ったら、
例えばですが、
今すぐに1億以上のお金を集めないと
死んでしまう状況に陥ってしまうことを伝え、
いくらか貸してくれないか?と頼んだ時、
そこで、できる限りの、これが今の精一杯というお金を貸してくれる人。
あるいは、お金を集めることを真摯に協力してくれる人。
そのような人が本当の友達ではないかと思う。
「あなたの命の為なら、
お金を出すことをいとわない。」
という人。
じゃあはたして、そのような真の友人が、
皆どれだけいるのでしょうか?
きっと多くの人は、
そのような真の友人、10人以上もいないのでは!?
なーんて言うと、元も子もないんやけどw
現実に、友達のために、
友達が本当にピンチなときに、
命をかけて助けるとか。
まぁ命はかけなくても、せめてのお金でなんとか~といって
手を差し伸べてくれる人に対してのみ、
ホントに友達って思ったらいいと思う。
そのような人は、そもそも少数で稀なので、
逆に、一人もいないことの方が、むしろ一般的。
なので、、
友に命をかけれるのは2次元のみという発想に至る。
漫画やアニメ、ドラマや映画の世界には、
友の為に~が、いっぱい溢れてるでしょ。
見る人の心を揺さぶり、賞賛、感動するのは、
現実世界の3次元には無いから。
あったとしても、そんなの超稀だからなんだとw
そんな超稀な、
ひとりでも自分のピンチの時に助けてくれた人の恩というのは
一生忘れないし、
そういうのには報いていかないといけないわけで。
数少ない本当の友達のためには、
金樫自身も良い友達であろうとします。
母の遺言!?
母が健在だった頃に、
これだけは忘れるなと、聞かされたこと。
私も知ってる、母の昔からの友人(Iおばちゃん)について。
昔、まだ私が小さい頃に、
あるとき、Iおばちゃんが「大変やろ、これ使って」と、
母に、封筒を差し出したと。
そしてその中には現金10万円入ってたって。
当時、母が経済的にも困窮していたことを察してか(!?)
別に、母がIおばちゃんにヘルプを伝えたわけでもなかったのに、
「なんも言わんのに、そうやって突然お金をくれたことがあってな~」
と。
「あの時は、ほんまに助かったわ~」
と。
「もちろん、そのお金はとっくに返したんやけど、
Iおばちゃんには、そういう恩があるから、
この先Iおばちゃんのこと、もし何かあったらくれぐれも頼むで~」
と、言われたことを今でも覚えておるw
当時、母からそのような話を聞かされたときは、
ほんとうに奇特な人というか、
お祝い事とか、法事とかならまだしも、
普通は、そんな他人に、困ってるからといっても、
突然ポンと簡単にお金なんか渡さんよなぁ。
そんなことをしたら、
何かあったんやろかぁ??とか、考えてしまうご時世なのにと^^;
だから、そのIおばちゃんのこと、マジすごいなと思ったし、
自分の中の
ピンチの時には助けないといけない人リストに
ずっと深く刻まれています。
ピンチのときには助けないといけない人。
損得勘定一切抜きで、
助けてあげたいと思える人は、あなたにはいますか?
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大それたことはできないけど、何かの気づきになれば・・・
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