ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -12ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。


週末は出かけていたので更新がありませんでした。
今回は軽い内容です。


ヴァイオリン製作の理論についてお話ししましょう。
運転免許の教習所に行くと、学科と実技の授業を受けると思います。その学科に当たるのがヴァイオリン製作理論です。効率的に楽器製作を学ぶためのものです。初心者にはわかりやすく、誰でもヴァイオリン職人になることができます。

これがヴァイオリン製作の理論です。

そんなレベルのものですから、私はそれを学んだくらいですべてわかった気になるなと言っているのです。初心者の学ぶ知識というわけです。

これが実際の楽器を見ていくと全く当てはまらないものが良い音がしていたり、理論上間違っているものでも音が悪くなかったりします。このためこのような理論は意味がないと分かります。そこまで来るのにヴァイオリン製作を学んでさらに実務経験が必要ですから、一般の人は到達しないでしょう。そのレベルの知識で評論家気取りのコメントをしてくる人がいますね。

例えばグラデーション理論があります。これは裏板や表板の厚みに関するもので、中央から外側に行くにしたがって同心円状に薄くする手法です。
それを偉い職人から教わるとさも正しい知識を学んだかのように思います。でも実際そのように作られた楽器がずば抜けて音が良いこともないし、それではないシステムで作られたものに音が良いものがゴロゴロあります。

古い楽器を見ることは、自分たちが思いつかない発想で作られたものを経験することができます。それに対してグラデーション理論を信じている人は、グラデーション理論が正しいかを知るために、グラデーションじゃないものを試作して比較実験しているかというと、師匠に教わったので優れていると思い込んで実験をしていないのです。それが理論的な楽器作りです。

本当に論理的に物事を考えているのではないのです。

ただ、「しきたり」を学んでその通りに作っているだけです。理論というよりはルールというか経典ですね。

板の厚みについて言えば、駒や魂柱の来るところは力がかかるので、変形や損傷などのリスクが高いので、あまり板を薄くし過ぎてはいけないということが、修理などを通じて学ぶことができます。
それ以外のところはもっと薄くしても大丈夫ということが言えます。それだけです。
それを、周りに行くにしたがって薄くすると音が良いというのは飛躍しています。

それに対してなぜ音が良いのか何の合理的な説明もありません。

じゃあ全部同じ厚さにしたらどんな音になるのかの説明もありません。やったことが無いのに理論を信じているからです。

理論がなぜダメなのかと言えば、およそ納得できるレベルの理論が無いからです。

初心者が学ぶ理論から研究を進めることもできるでしょうが、思い込みを無くすために何もかも一度否定しないといけません。それが楽器製作理論の否定です。
理論的に楽器を作っている人が現代の常識の枠をどれだけ打ち破っているか疑問です。常識の範囲内で理論を言っていてもただ常識をなぞっているだけです。
100年前でも作者や流派がたくさんあって、発想は今の一人の人が思いつくよりもずっと幅広いです。

試み自体は否定するべきではないでしょう。しかし結果について検証を行うという発想が無い人が少なくありません。なぜ頭で考えた時点で終わりにしてしまうのか私にはわかりません。逆に結果で音が良ければよいとなると理屈なんてどうでも良いということになります。私は本来理屈っぽい人間ですが、だからこそ理論家は理解できません。自分たちの流派や師匠を過大評価していて、100年前の職人たちを過小評価しているのです。彼らも自分たちと同じように楽器製作に取り組んでいたはずです。


地元の大学の音響工学の研究に協力したことがあります。そこで困ったのは弓で音を出す時に弾く人によって音が違うことです。そこでベルトコンベア式に弓の毛を動かして弦を擦る機械を開発することでした。この機械を開発することに成功しませんでした。私は、スピーカーの心臓部のようなもの(アクチュエーター)を当てて振動を起こすほうが良いのではないかと思いますけども・・・。
ヴァイオリンの自動演奏は100年くらい前にオルゴールであったと思います。それを今の人が作れないのですから。

いずれにしてもそうやって機械で測定すると、見てもよく分からない測定結果が出ることでしょう。ある人は、ストラディバリと自分の作った楽器の測定結果を並べて「ほら同じでしょう?」と見せるわけです。見ても全く同じではないし全く違うわけでも無さそうでよくわかりません。おそらくフルートよりはストラディバリの音に似ていることでしょう。でもこういうトリックに引っかかってしまう人もいるようですね。
常識の範囲で楽器を作り、普通のよくある現代楽器と同じような音なのに、機械で測定したデータを示してさも優れているかのように見せているのかもしれません。自分の楽器作りを肯定するデータを作っているのでは測定する意味がありません。


なんか書けば、文章の端っこに出て来た主題から外れた一つのことに食いついてしまいますね。職人の仕事でも、些細なことが気になりすぎて、本来考えるべきことが分からなくなると、作業の効率が下がり仕事の結果もおかしくなります。何のために仕事をしているかわからなくなっている状態です。職人としてはダメです、読書としても良いとは言えないでしょう。

もうそういう人のために文章を書くのではなく、私は普通の国語力を持った人のためにやっていきます。



以前音響工学の話が出ました。
測定でも、一つの視点からしか測定できません。
オーディオ製品では「周波数特性」というのはどの帯域の音がどれだけ出ているか計測するものです。
このような特性では明るい音や暗い音というような音色について知ることができるでしょう。音色について意識が行くのはオーディオの経験がある人に出やすい傾向かもしれません。音楽だけの興味なら音色にはあまりこだわりが出ないでしょう。

それに対して、「過渡特性」というものがあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E6%B8%A1%E7%8F%BE%E8%B1%A1
説明を見てもわかりにくいでしょう。
状態がそれまでと別の状態に変わる間のことでしょう。例えば太鼓の場合、音が出ていない時は静止して皮は振動していません。太鼓をたたくと振動が発生します。止まっていた皮が動いている状態に変わるのです。そのあとは動いている皮が止まります。その二つの変化があります。

太鼓をたたくと止まっていた皮が振動をはじめ、空気を振動させて耳まで届く一瞬のラグがあるわけです。その間に起きていることが音の性格を決めるのです。

過度特性と言われますが、オーディオ製品で測定されたスペックなどが表示されていることは見たことがありません。音がもやっとこもっているなら過度特性に難があると概念として理解するだけです。

太鼓の音なら、叩いた瞬間に音量が一気に最大になり、そこから減少していきます。打楽器の音はそうです。ピアノやギターでもそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=eYPjGMQXk08
この動画ではギターの音に加工を加えて鋭さを和らげる方法を紹介しています。
違いが分かったでしょうか?

クラシック以外のポピュラー音楽では、楽器ごとに別々に録音し音を調整してコンピューター上で混ぜるミックスが行われて製作されています。クラシックの場合には普通は合奏をしてそれを録音します。
ポピュラー音楽のように一つ一つの楽器をマイクの近くで演奏すると音が鋭くなることがあり、それを調整するコンピュータ上のソフトがあるというわけです。これは楽器から離れていくと楽器が振動を始めてから耳(マイク)に届くまでのタイムラグが大きくなっていきます。音はマイルドになっていくことでしょう。マイクが近すぎると鋭くなりすぎるということで、調整する必要性が出てくるということですね。距離によって過渡特性が変わってきます。「遠鳴り・傍鳴り」などの現象にも影響していることでしょう。

過渡現象のことをトランジェントと言います。
このトランジェントに加工を加えるソフトを使っているのが先ほどの動画です。
先ほどの説明のように止まっている楽器が振動を始めることを「アタック」または「パンチ」、音が弱まって振動が止まるまでの余韻を「サステイン」という言葉でパラメーターを変えられるようになっています。
https://www.youtube.com/watch?v=sjQIyAvbiJ4
トランジェントシェーパーというソフトがあります。
さらにどういうふうに動かせるかは次の動画
https://www.youtube.com/watch?v=xXu3R8yvRWM

私もこんなものをネットで見つけたというだけで使っているわけでも無いし意味も分かっていません。

面白いのはトランジェントという概念で音が硬いとか柔らかいということを説明しています。打楽器ならアタックを強調すると叩いた瞬間の音が強くタイトに感じます。アタックを弱めるとボヨンとにぶい音になります。サステインの余韻を増やせば甘くふくよかに感じ、サステインを締めればはっきりした音になります。

問題はこれが擦弦楽器でも言えるのかということです。
それに関しては情報はみつけられていません。録音技術者などで様々な楽器を扱う場合、擦弦楽器は持続的な音でありアタックのような現象は無いということです。そうなるとそもそも擦弦楽器は柔らかい音の楽器ということですね。

でも我々はヴァイオリンの中で、柔らかいか鋭いかということに興味があります。


でも私が以前から話してきた内容なのですが、量産楽器では弓が弦に触れたとたんにギャーっと音が出るのに対して、上質な楽器ではじわじわと音が出ると語っていました。このことと通じるところがあるように思います。「量産楽器の音」とはアタックが強調されている状態です。一方柔らかい音の楽器は音の立ち上がりが穏やかです。

数学では円を中心から同じ距離の点の集合体と説明することができます。これと同じように持続音でもアタックが連続していると考えることができないでしょうか?そうなると擦弦楽器でもトランジェントの概念で音の鋭さや柔らかさを説明できるのではないでしょうか?

たとえば、ピラストロ社のエヴァ・ピラッチ・ゴールドというヴァイオリン弦ではアタックが強調されているように感じます。


しかし楽器作りで、何をどうやったらトランジェントの特性に違いを生み出せるかはよく分からないですね。量産楽器はなぜアタックが強調されるのかわかりません。

100年くらい経った楽器で鋭い音の楽器が多いので、アタックが強くなっています。木材の化学的な変化があるのかもしれません。
低音が強くビオラのような深みのある音で、ギーっと乾いた音がするものがあります。アタックが鋭ければこもった音にはならないのでしょうか。逆にこもった音というのはアタックが甘いという事でしょう。アタックが鋭いと同時に高音がひどく耳障りになってしまいます。

これを明るい音、暗い音という概念は周波数特性であり音色のことです、的外れでしたね。トランジェントで説明する方が的を得ているかもしれません。


トランジェントシェーパーは音域ごとにトランジェントを調整できるので高音はマイルドに、低音はメリハリをつけた音にできるでしょう。しかしこれを実際の擦弦楽器で行うのは至難の業です。マイクで録音して音を加工するしかありません。

それが面白いのは以前私が修理した南ドイツの真っ黒のオールドヴァイオリンです。低音はアタックがとても強いのに、高音が柔らかいのです。なぜでしょうね?モダン楽器では低音が強いと高音も鋭いのです。

高い三角のアーチによってトランジェント特性に違いが出ているのかもしれません。高いアーチでは余韻が短いということはこれまでも説明してきました。つまりサステインのおさまりが早いのです。フラットな楽器のほうが音が消えるのに時間がかかることでしょう。
高いアーチの楽器がタイトでダイレクト、どちらかというと強い音になるのはトランジェントでタイトな音になっているのでしょう。しかし、高いアーチのオールド楽器でも柔らかい音のものがあります。

またフラットな楽器がソフトな音というわけでもありません。アタックは強いものがあります。

アタックを強めたり弱めたりする単純な方法は魂柱の位置です。駒に近づければアタックが強くなり、離せばマイルドになります。ただ他の音の要素も変わってしまうので、それですべてがうまく行くとは限らないでしょう。演奏者がアタックの強い音が良いのか、じわっと音が出るほうが良いのか、その人の演奏スタイルによって魂柱の位置は変えます。



私が分かっていないので説明もわからないことでしょう。
しかし現実の世界では相手の知らない知識をひけらかすと相手をビビらせることができます。自分の知らないことを言われると不安に襲われ相手を強く感じてしまいます。逆に分からないとか知らないという態度を見せると負けになります。そんなのはどちらが上かという心理的な戦いであって、知識の正しさとは関係がありません。そういう事を私はしたくありません。何でも知っていて知らないことが無い方がカッコいいですが、私は分からないことを恥を忍んで分からないと白状しています。



最後にヴァイオリン製作を産業としてやっていく場合と、私のように半分趣味のような場合では大きく違うようです。ビジネスとしてちゃんとやっている会社は、いかに安く作るかということに力を入れています。実際は力を入れるというよりはむしろ手を抜くことでコストを下げています。
メーカーが製造し、外国に輸出し、楽器店で販売するとなると、とにかく大事なのは安く作ることです。更新が遅れましたが、この間にそういうメーカーの話を聞いていました。私には信じられないほど安い値段で楽器を作っているそうです。同じ職業でも全く違います。私の方が趣味のようなもので、安い楽器を作る方がプロなのかもしれません。末端価格は安くないので見ても違いが分からない一般の人には安く作られているかもわからないことでしょう。

楽器店の店頭に並ぶ楽器というのは輸出産業のビジネスモデルとして確立しています。それは、安く作って商業的な「聞こえの良さ」があるということです。ですから、そのような作者の評価などは究極的な楽器作りとは全く違うものです。世界的に評価されるのはそのようなビジネスを確立したメーカーです。生産国ではむしろ出回っていません。

このように店頭に並ぶ楽器というのは楽器としてその値段で売り物になるギリギリまで減らした作業量で作られているものだということです。前回は子供用の楽器の話でしたが、丁寧に作れば音が良いのは分かりきっていてもそのようには作られてはいないという話でした。同様に4/4でも木材の加工を最小限の作業にとどめているのが店頭に並ぶ楽器です。音を作る工程などは当然ありません。板の厚みを薄くするほど作業時間がかかるので、その時間をケチって厚すぎる板のものが作られています。それをウンチクを言って名工だの天才だの言って売っているのです。そんなレベルの話なんですよ。


世界一の天才がどうかよりも、たまたま目の前にある楽器が並み以上の職人に作られたものであるかどうか、それを見分けるのが重要だと思います。近所に並み以上の職人がいたら仕事を任せることができるでしょう。ヨーロッパならどこの町にも職人がいますから、輸出産業として世界的に知られたメーカーよりも近所の職人がのほうがていねいに仕事をしているというそんなレベルの話です。私の言いたいことがわかるでしょうかね?観光客相手の店と地元客でにぎわう店の違いですよ。

コレクターには多いですが自分が知っているメーカー名で限定して楽器を探すととても可能性が小さくなります。自分が無知で少ししかメーカーを知らないせいで、良い楽器をたくさん見逃すのですからわかっている人から見ると哀れなものです。それで自分は詳しいと思っているのですから、何も知らずに試奏して楽器を選ぶ方がよほどましです。
こんにちはガリッポです。

時々質問がありますが、子供用の楽器についても、誰も教える人がいなければ情報が無いです。

うちの店では子供用の楽器はレンタルで貸し出しています。9割以上はこれを使っています。何故かというと成長するごとにサイズが変わるので自分で買ってもいずれ要らなくなるからです。合理的というか実用的な考え方です。東アジアと違ってヨーロッパでは教育にお金をかけるという慣習が無いというのもあります。

サイズはとても細かく分かれています。
大人用を4/4と言います。
3/4、1/2、1/4、1/8、1/16とだんだん小さくなっていきます。
このため子供用の楽器のことを分数楽器と言います。
実際には数センチずつ小さいだけで数字ほど小さくありません。

理論上はいくらでも小さくできますが、どこまで低い年齢で弦楽器を弾けるかという問題にもなってきます。

それともう一つの問題は弦が短くなると、大人用と同じ音程の音を出すのが難しくなります。ピアノでもハープでも低い音の弦が長くて、高い音の弦が短くなっているのが分かると思います。弦の長さが音程に関係するからです。ギターやヴァイオリンの場合には指で押さえて振動する範囲を短くすると音が高くなるのはご存知でしょう。
音の高さを調節するもう一つの方法は弦の張りの強さです。ギターやヴァイオリンでも調弦するときに弦を緩めたりきつく張ったりすることで音の高さが変わります。ピアノでは専門の調律師がいます。
このため小さな楽器では弦が短いので張りを緩くしないといけません。余りにも弦が短くなってくると張りが弱くてプランプランになってしまいます。

さらにもう一つの要素は弦の重さです。
一般に低い音の弦のほうが太く、高い音の方が細くなっているのは、重さを変えるためです。短い弦の長さで低い音を出すには太くしないといけません。しかし材質によって重さが違うので、必ずしも太い方が低い弦とは限りません。
大人用の弦でも同じ銘柄のものでもゲージと言って太さが違うものがあります。太いものは重いので同じ音程にするにはより強く張る必要があります。このため張力が強くなります。

難しいのは子供用のチェロです。
1/8までならチェロとして成立するでしょうが、それ以下になると難しいです。大きさはビオラくらいになりますが、1オクターブ違います。1/16は難しいです、うちレンタルしているものでは最小がその間の1/10という変則的なものがありますが、C線はプランプランです。ただ音を出す練習ならビオラ弦を張ることもできないことは無いでしょう。そのあたりは教育法の問題ですね。

チェロ弦は1/8からラインナップされていて、ヴァイオリンは1/16からあります。メーカーによっては最小のものがない場合もあります。

バロック用のガット弦には分数用は無いでしょう。特注で応じてくれることはありますが、メーカーは1セットだけを製造するのは手間となるようです。
変則的なサイズのものは簡単に考えるべきではありません。楽器は作れても弦が無いと音を出すことができません。

1/4くらいからが一般的です。戦前のものでは1/16のような小さいものは見たことが無いです。低年齢化が進んできたという事でしょう。弦楽器じゃなくても音楽自体は習うことができます。


通常はヴァイオリンとチェロに子供用があります。
しかしビオラも無いことは無いです。かつては、ヴァイオリンから初めてビオラに転向するのが一般的でした。今では初めからビオラを習う子供が増えてきました。はじめから子供用のビオラとして作られたものがありますが、ヴァイオリンに分数ビオラの弦を張ることができます。ドミナントが有名な弦メーカー、トマスティクの場合、4/4のヴァイオリンと同じ大きさで1/2のビオラになります。つまり弦が無いと無理ということになります。
ビオラ専用として作られた楽器は横板が高くなっているくらいで、私は音に違いは無いと思います。

コントラバスは大人でも4/4ではなく3/4を使うことが多いです。4/4は巨大すぎるというわけです。このため1/2のものは学校などで使われています。




まずは先生に相談すると、先生からサイズを言われるかもしれません。
年齢によって決まるのではなく、体格によって決まります。身長ではなく腕の長さです。
しかしうちではお子さんと一緒に来て実際に試してサイズを確認することを薦めています。ヴァイオリンの場合には楽器を構えて、左手を伸ばしてスクロールのところを余裕をもって握ることができるくらいが正しいサイズと考えています。
サイズが大きい方が音が良いということで先生などはサイズの大きなものを薦めるかもしれません。しかし今言ったサイズでも大人がビオラを持っているくらいの大きさです。体への負担を考えましょう。

チェロの場合には何となく構えてみて、こんなもんという感じです。

弓も楽器に合わせてサイズが違います。

ケースも違います。
特にチェロの場合には、ハードケースとソフトケースというものがあります。ハードケースはカーボンのような素材があり軽いものほど高価です。大人用のもので10万円位は普通です。チェロはとんでもなくお金がかかります。
それに対して安いのはソフトケースで、これは布のカバンのようなもので多少のクッション性はあるものの、強い衝撃から楽器を守ることができません。ネックが折れたりすると修理代はとても高く、量産楽器の場合には楽器の値段を超えることもしばしばです。

分数楽器の値段


うちではレンタルを使っているお客さんが多いですが、実際に買うこともできます。分数楽器は殆どが大量生産品です。何故かというと使用期間が限られているのに値段が大人用と変わらないからです。

メーカーや商社のカタログを見ると、同じ商品名のものにサイズがあります。ちょうど服のように同じデザインでサイズが違うのです。値段はすべて同じです。
私の服のサイズは日本ではMサイズですがこちらではSかXSです。XL,XXLよりも材料が少ないので安くしてもらい所ですが値段は同じです。それどころか店にはMからしか置いていないことがほとんどです。

弦楽器の場合には材料代は全体の製造コストのうちわずかでしかありません。作業に手間がかかるので、そちらのコストがほとんどです。機械で作る場合にはさほど変わらないという事と、さらに細かいものを作る方が難しいということもあるでしょう。これもイメージとは違うでしょう。材料なんてのは楽器の値段に占める割合は微々たるものです。量産楽器というのはそのわずかな材料費さえケチって作られています。このため通常、量産楽器は材料を見れば楽器のランクが分かります。

つまり楽器を作るのは労働としてとても大変なのです。
楽器を作るだけでも大変ですから、手抜きが横行するわけです。全力を尽くして楽器を作るのが当たり前ではありません。まじめに作られている事さえ少なく、楽器を完成させるだけで精一杯で、さらに「音を作る」なんてレベルではないです。
研究開発したところで、正確に同じものを作らないと意味がありません。そんな精密に楽器を作ることさえできません。

弦楽器とはそういうもので全く同じに作っても音は微妙に違います。このため試奏して選ばないといけません。ヴァイオリンよりもはるかに精密に作られてきたのが弓です。それでも同じメーカーでも一本一本違うので試してしっくりくるものを選ばないといけません。良い弓の理論や計算式があって欲しいと思う人がいても、そういう物なので仕方ないです。カーボンの弓でも完全に同じではありません。私が変わっているのではなく、経験豊富な職人に聞けば同じように言う人が多いでしょう。
これは弦楽器に限らず昔はそういうものだったようです。アンプに使う真空管も同じ生産ロットでさえ特性にばらつきがあります。専門店では測定してペアやカルテットを選んでくれます。しかしユーザーが「音が良い真空管はどれですか?」という質問をすると答えてくれません。電気的な特性は言えても、音は客観的に評価できないからです。そして有名ブランドのビンテージものに高値がついているのも同じです。しかし真空管の専門店は誠実であるほど音が良いとか悪いとかは決して言いません。



大人用と値段が同じならかわいらしい小さなヴァイオリンでも今の西ヨーロッパの生活水準なら職人が丁寧に作ったら200万円以上になるでしょう。チェロなら400万円くらいになるでしょう。このためハンドメイドの分数楽器は殆どありません。私は一つも作ったことがありません。職人が自分の子供のために作ったという例を知っているくらいです。

小さな楽器ほど精密さが必要なので精巧に作ることが音の良さに直結することでしょう。まじめに作るだけで分数楽器の中では最高ランクのものができるはずです。しかし楽器を作るというのは大変難しい作業なのです。人生をかけてヴァイオリン製作学校に入ってもあまりの難しさに3か月以内に8割ほどが辞めてしまうのは、それくらい大変で難しいのです。才能があるからチャチャっと作れるというものではありません。逆に誰でも訓練が必要なので、訓練さえすれば誰にでも作れるのです。
まじめに作ってあれば既に「良い楽器」であり、音は好き好きと考えています。業者としては手抜きをして安く作られたものを、ウンチクを語って高く売れば成功ということになります。


このため「分数楽器=大量生産品」と考えて良いです。
大人用と同じ値段といっても、量産メーカーでも大人用しかないグレードがほとんどで、子供用のサイズがあるのはその中でも安いものです。値段は大人用と同じでも低ランクの製品にのみ子供用があるというわけです。したがって、子供用の楽器で買えるのは量産品の中でも低ランクのものです。

これも、イメージと実際がかけ離れている例でしょう。それくらいが弦楽器は高いものです。

非常に安いものだと中国製でケースや弓がセットでヴァイオリンなら2万円、チェロでも4万円位でしょうか。しかしそれらは、演奏上問題があります。まず弓がヘナヘナでまともに弾くことは困難です。ペグは動かず調弦ができず、駒のカーブがおかしいので弓がほかの弦を触ってしまいます。テールピースはドイツのウィットナー社のコピー商品ですぐに壊れてしまい、弦もドミナントなどの偽物があります。
それらをやり直すと5万円以上かかります。このためうちではレンタルを薦めています。

弦楽器専門店以外の楽器店やオンラインショップなどで買って、幸運にも不具合が無ければ一度も職人の世話になることが無く、修理もされなければ使い捨てということになります。

これは1/8の新品のチェロで、うちでレンタル用として貸し出すものです。
小さいというだけで大人用のものと同じです。駒も同じように手間暇がかかります。




工具も小さいものを使えば縮尺が違うだけです。

メーカーで取り付けられている駒では演奏上問題があるかもしれません。そこでうちでは駒がついていない状態で仕入れて取り付けます。

弦はダダリオのスチール弦「ヘリコア」を張っています。
チェロ弦はスチールで古い銘柄ほど耳障りで嫌な音がします。安い量産楽器も同様の音がするものです。ヘリコアはピラストロ・クロムコア、トマスティク・スピルコアなどに比べても現代的なものです。新しい製品ではヤーガーのヤングタレントというのが安くて注目です(1/4から)。

電気を使わない製品は昔の方が優れていた?


スマートフォンでも10万円を超えれば高価な部類に入るでしょう。弦楽器は10万円でも最低のランクなのです。アナログ製品というのは、ある程度で完成されてしまい技術革新や改良が起きません。そうなると価格競争になり、どんどんコストが削減されて行きます。今の物価の上がり方を考えても、かつては当たり前に買えていたものさえ今では高価になっています。同じ値段ならはるかにコスト削減がなされた手抜き商品ばかりになっています。生産国も中国に切り替わっています。

改良され続け右肩上がりで性能がよくなるとともに、価格が下がっていくと考えているなら電気製品くらいですよ。その結果、日本の電機メーカーがどうなったかは皆さんも知っているでしょう。自動車などは同じ名前のものが数十年前の倍くらいの値段になっています。改良が進んできたというよりはグレードが上がったと考えたほうがいでしょう。

ヴァイオリンなどはアマティが作った時点ですでに最高水準であり、そこから下がるしかありません。現代の職人にアマティほどのものが作れる人の割合がどれくらいあるでしょうか?

これもハイテク技術に詳しい人ほど理解できないことでしょうね。
電気製品や自動車を職人が手作りで一つ一つ作っているものなんてないですよ。
進歩しているのは量産品だけです。機械の性能が上がっているので安いものは昔のものよりは良くなっています。



私はハンドドリルを購入しました。

これは50年くらい前にイギリスで作られたものです。アメリカのスタンレー社がイギリスのシェフィールドでも量産していました。今、こちらのホームセンターなどで売っているものはひどい粗悪なものです。穴をあけることが困難です。穴をあけるための道具なのに穴をあけることができません。そんなものが売られています。
日本ではまだ日本製のものがあるでしょうが、アマゾンなんかを見れば中国製で、使った人はギアがガチャガチャしてスムーズに回らず穴をあけることができません。ドリル刃も安ものなら、木材も荒いもので、穴はぐちゃぐちゃです。木工品のクオリティも安物です。

美しいのは戦前にアメリカで作られたものです。
https://oldtoolheaven.com/millers-falls/hand_drills/drill2.htm
アールヌーボーのような時代を感じさせるデザインセンスもありますが、機能的によく考えられていて、肉抜きにより重量も軽く持ちやすいことでしょう。今では電動のものが主流ですが、当時はそれくらいの意欲をもって製品を作っていたのです。その後は、多くの工具メーカーが安価なコピー商品を作り、価格競争になるとさらにコスト削減が図られました。日本で作られているものも、デザイン的にはチープなものです。50年前のものでも実用品としてはまだ使えるレベルにありました。それでイギリス製のものを購入したのです。値段はビッグマックくらいでしょうか。送料の方が高いです。今はこんな道具を使う人自体がいないのです。新品の中国製の全く使用できないものが3000円ほどです。

100年前のアメリカ製の美しいものでも1万円くらいで買えます。
しかし実用として摩耗などもあり状態が買ってみないと分かりません。
スタンレー社の手動工具は1920年頃をピークに右肩下がりで品質が落ちています。ネジの一つまで少しずつ安物に変わっています。50年くらい前のものなら、質は落ちていますが修理をせずに実用で使えます、掃除して油を差したらスムーズに動きます。実際に穴をあけてみても問題がありませんでした。まだ手動の工具がプロに使われていた時代だからです。

ドリルの構造は簡単なものですが、スムーズに動いて、安定感があり、効率よく力を伝えられるのは作るのにノウハウと品質の高さがいるはずです。弦楽器も似ています。

このようなことを経験していると、手動のアナログの製品は100年前のものの方が質が良く右肩下がりで品質が下がっていくのは普通です。機械で大量生産ができるようになって、経済は豊かになったようですが、チープなものが普通になっただけで、ハンドメイドのものは相対的にどんどん高価になっていきます。昔は普通の製法だったものが今では高級品となります。コストダウンの製造法が進んだからです。

弦楽器でも100年前にまじめに作られたものなら、今の職人のものと何も変わりません。当時の職人もいろいろな実験や工夫をしていました。100年後の我々の方が自動的に優れたものが作れるようになっているわけではありません。


弦楽器もハンドドリルと同じような運命のものです。
電子楽器やシンセサイザーは進歩していると思いますよ。
進歩したものが欲しいならそちらを買ってください。

量産品は機械の性能が上がり質が上がっていますので、30万円位のルーマニアのヴァイオリンではかなり音は良くなっています。

西ヨーロッパの経済水準なら、ハンドメイドでヴァイオリンを作ると200万円以上、チェロなら400万円以上になります(2023年10月現在)。左翼政党はデモをして労働時間の削減を訴えています。週4日労働を実現すればさらに高くなります。ヴァイオリン製作学校を出たての若い職人は、そのような考え方を持っていて、長時間労働なんてしません。



そこを何とかできないかと皆さんは考えるでしょう。それが「手抜き」です。
新作楽器に200万円も出すなら100年前の無名な職人がまじめに作ったものの方が値段が安く、よく鳴るようになっていて音が良いのです。だから職人が新作楽器を作るのに合理性が無いのです。


現実はそんな状況です。
そこで私は特殊な音の好みに特化しているというわけです。単に音が良いだけなら中古品の方が安く対抗できません。

日本の業者が輸入する場合、末端価格はその何倍かになるわけですからそんな高いものは輸入しません。はるかに安い値段で卸す職人からしか買いません。輸出に特化して安い値段で卸す職人が「国際的な流通ルートに乗る」というわけです。「国際的に評価される職人」というのはこういうことです。
その値段では仕事を受けない職人は、地元でしか楽器を売らないということです。

日本には「普通の音が良い楽器」が無いので新作楽器でも対抗できるというわけです。

上等な分数楽器は?


「分数楽器=量産品」というわけですが、その中で上等なものはどんなものでしょうか?

弦楽器では普通は古いものが音では有利になります。安価な楽器というのは間違いなく粗雑に作られています。しかし値段が高くても粗雑に作られたものがあります。品質ではなく生産地や知名度で楽器を選ぶ人がいるからです。ニセモノもあります。

安価な楽器で品質が高いものはありません

したがって量産楽器は粗雑に作られているので、古いか新しいかよりも、品質が大事になるわけです。分数楽器の場合、どうせ皆雑に作られているのなら古い方が上等と考えられるでしょう。

私が見たことがあるのはミッテンバルトのノイナー&ホルンシュタイナーの3/4のヴァイオリンです。ヴィヨームの弟子のルドビヒ・ノイナーの4/4の作風に近いものでとても美しいものでした。ヴィヨームの分数版という感じでした。しかし、同じメーカー名でもグレードがいろいろあるのでメーカー名で判断はできません。
ドイツで戦前に作られたものにもランクの差があります。マルクノイキルヒェンのものでも3/4になればかなり上等なものがあります。それより古いものとなるとミルクールのものですが、量産品は品質が様々でフランス製にこだわることは意味がありません。

才能があって親が熱心ならマルクノイキルヒェンの戦前の分数楽器を買う人もいます。次のサイズになる時に下取りするのです。また楽器の価値に応じて個別に料金を設定して上等な楽器のレンタルをすることもあります。

ともかくドイツ製かフランス製か、新しいか古いかは関係なく実際に弾いてみて音が良いものを選ばないといけません。才能のある子ならなおさらです。骨董品として選ぶのは親の趣味でしかありません。

最近は買う人が少なくなったので3/4は戦前のものが豊富にあります。売りに来る人がいても買い取ることもできません。こちらでは余っているので日本に輸出したらいいかもしれません。


オールドの時代には子供の教育用として小型のものはあまり作られていなかったでしょう。しかしサイズが定まっていなかったので、今では大人用として使えない小さなものもあります。

うちにはミッテンバルトの3/4のオールドチェロがありますし、クロッツのチェロも7/8くらいしかありません。

ヴァイオリンもアンドレア・アマティのものなら3/4くらいの小さなものがあります。またピッコロ・ヴァイオリンと呼ばれる小さなものがありました。これは規格が定まっておらずなぜ作られたのかもよくわかりません。胴体だけが小さくネックは長かったりします。子供用ではなく高い音を専門に受け持つ楽器として考えられたのかもしれません。ちょうどフルートのピッコロと同じですね。

しかし一般的にはミルクールやマルクノイキルヒェンの上等な量産品が子供用としては上級品となるでしょう。

このような古い楽器の鳴りの良さを知っていると4/4にするときでも新作楽器ではいくらウンチクや理屈を言われても物足りなく感じることでしょう。

分数楽器の現実

楽器を買うなら良いものを買いたいと思うかもしれません。しかし大人用と値段が変わらないのに使用する期間が短いので最善を尽くして作られた分数楽器はビジネスとして成立しません。

小さい楽器なら、精密に作られていることが音の良さに直結することが言えるでしょう。しかし現実にはそのようなものは作られていません。

私は子供用の楽器を作ったことがありません。機械ではなく手作業で作れば、サイズが小さいことで作業量が減ることでしょう。材料も節などを避けた余り物でできるかもしれません。このため量産品とは違い多少安くできるかもしれません。ほとんどのコストは作業によるものです。

工具も合わずに作ることさえできないかもしれません。木枠や型から作らないといけないので手間がかかります。音のためには小さな楽器ほど板は薄く作るべきでしょうが、子供が使って故障が起きるかもわかりません。経験もノウハウもありません。

工具から作り始めたら、完成する頃にはお子さんが大きくなっているかもしれません。

だから量産品を使うのが現実です。
現実を知らずにものを考えると机上の空論になってしまいます。
こんにちはガリッポです。

ヴァイオリン職人を志して、ヴァイオリン製作学校に入学すると3か月ほどで8割くらいは辞めていきます。何故かというと職人の仕事がイメージと違っていたからです。

日本の大学で一年以内で中退する人が1.95%だそうです。それに比べるとはるかに高いことが分かるでしょう。

イメージと実際が全く違うということをブログでは説明しています。しかしそれを読んでも自分のイメージを変えなければ実際のことは理解できません。

消費者が勝手に持っているイメージに沿うような宣伝をすれば商売は成功するでしょう。

これ以上書くと趣旨がぶれるので書かないこととにしますね。
こんにちはガリッポです。

一週間休んで元気が戻ってきました。
休みと言っても作っているヴァイオリンのニスを塗っていました。休みでも仕事です。

時々コメントをいただきますが、現実で出会った人には共感できる話を見つけていくものです。私の話を聞きたくて会っているのであれば間違いを正しても、「良い話を聞いた」となるでしょう。

ブログでせっかくコメントをしてもらったのに、返事に困ることが多くあります。書いていることを理解していなくて、その日に書いている事すら分かっていないこともありますね。
記事を読んでも「世の中には馬鹿な人がいるもんだ」と自分のことが言われていると考えないのかもしれませんね。そうなると書いても意味がありません。それで私と意見が食い違って争いになっても私は何の得もありません。私が教えなくてもすでに分かっていらっしゃるなら、私が意見を言う必要がありません。やめようかとも思います。


また何か書いてみましょうか?
どうせ読んでも深刻に受け止めないでしょうけども。

ヴァイオリンなど弦楽器は
①音は好き嫌いが大きい
②なぜかわからないが皆音が違う
③誰にでも作ることができる


①音は好き嫌いが大きい
「なにが良い音か」「音が良いとはどういうことか」というのは決まりがありません。だから音の良し悪しを客観的に評価することができません。

これを何度も言っているのに、真剣に受け止めず、何か作者の評価のようなものがあると思っている人がいます。

店頭で毎日のようにお客さんが来てみな楽器を弾いています。人によって音が違います。同じ人が弾けばどの楽器でも同じような音になります。楽器の差よりも弾く人の差の方がはるかに大きいです。

自分の音の性格と逆の音のものを選べば「平均的な音」に近づくでしょう。何を弾いても強い音を出せる人なら、楽器自体に音の強さは必要なく繊細な音のものが使えます。逆に何を弾いても柔らかい音が出るか弱い音しか出ない人は鋭い音の楽器でも耳障りな音にならないので使えます。こうなると評価は全く逆になります。


でも平均的であることが良いという決まりもありません。

演奏者の音と同じ性格のものが選ばれることもあるでしょう。それが好きな音だったり、不快だと思わないからです。感性が繊細で繊細な演奏をする人もいるし、強烈な強い音を出しても耳障りだと思わない人もいます。音大教授でもソリストとして強大な音を出す人もいるし、超絶技巧に凝っている人もいるし、バロックや古典派の音楽に精通し音量にこだわっていない人もいます。常連のコンサートマスターが不十分として手放した楽器を今では音大の先生が愛用しています。どちらも上級者ですが評価が異なっています。楽器にも相性があるのです。
音の調整をするときも、かなり個性的な音が出ていても、その人が満足しているのなら私たちは文句は言いません。本人は自分の音が変わっているとは気づいていないでしょうから。

これは音色の話をしているとは限りません。
ある人には音を出すのが難しいと言われた楽器があって、別の演奏者が試したときにその話をすると、「いや、まったく問題が無い」と言われたこともあります。うまく音が出せるか弾く人によって違いが出ます。わからないでしょうか?言葉でそのニュアンスを伝えるのが難しいですね。同じ楽器でも試奏した人の感想は様々です。

弾く人が自分の好みで判断するのが普通でしょうね。

「音が良い楽器」と言った時に具体的に音のどの面について評価しているのかわかりません。具体性がありません。
このため音についてその人がしっくりくるものを自分の基準で選ぶということを好き嫌いと言っています。

今私が話した具体的な音の話はどうでも良いのです。
とにかく同じ楽器でも音についての評価は弾く人によって違うということが話の主題です。


②なぜかわからないが皆音が違う
弦楽器は同じように作られていても個体差のような音の違いがあります。一つ一つの楽器の音がみな違うのです。それにははっきりとした理由は分かりませんし、作者が意図したとは限りません。むしろ意図して作るのは大変に難しいものです。たまたま自分が知っている作り方で作ったらそんな音になったというだけです。もしくは自分の方を騙して、出てくる音を自分の意図したものと思い込む人もいるでしょう。
職人としては師匠の楽器の音に近いことを誇りに思うのかもしれません。

実際に多いのは思い込みの激しい人で、何か工夫をしたりすると音が良くなったと思い込む人が多いでしょうね。

ともかく、なぜかわからないけども楽器の音はみな違います。演奏者の好む音もさっきの話で人によってバラバラです。ですから自分の好む音のものを見つけるしかないということです。このため客観的な評価などはあり得ないのです。


③誰にでも作ることができる
ヴァイオリンはまじめに勉強してまじめに働けば誰にでも作ることができます。才能は必要ありません。

誰にでもヴァイオリンを作ることができ、なぜかわからないけど音はバラバラです。演奏者の好む音も人によって違うので、どこの誰が作ったものに気に入る音のものがあるかはわかりません。目の前にある楽器を弾いてどれが気に入るかという事しかありません。目の前に楽器が無いのに、理屈で考えて自分の求める楽器を探しても意味がありません。

誰にでもヴァイオリンは作れるので、これまで通算で作った職人の数は数えきれないほどになるでしょう。一人一人について評価などはされておらず、同じ作者の楽器にもう一度出会う機会もそうありません。このため目の前にある楽器を自分にとってどうか評価するしかありません。


ミュシュランの星がついたレストランだけがおいしくてそれ以外の店はすべてまずいでしょうか?

ミュシュランの星がついた店の料理をおいしくないと思っていはいけないのでしょうか?

ミュシュランが調べた店の数は少ないでしょうし、高級店としてのふるい分けがありますよね。調べてない店がたくさんあることになります。調べたところでミュシュランの趣味であってすべての国の人がそれに従わなくてはいけないでしょうか?
そういう評価をしてる組織が弦楽器であるでしょうか?私のところに調べに来た人はいません。


音が良いということが人によってバラバラであるわけです。それに対して趣味趣向ではなく、誰にとっても望ましい音は全く無いのでしょうか?

基本的に「鳴る」ということをマイナスに評価する人は少ないでしょう。こうなると鳴るということは、誰にとっても「音が良い」ということになるかもしれません。この前、日本から楽器を買いに来た読者の話をしました。その人が日本で買ったイタリアの新作楽器に比べるとうちの店にあったものはたいていずっとよく鳴っていました。特別有名でも高価でも何でもないものでもそうでした。私は、それくらいは普通だと思っていたので特別に鳴るとは思っていませんでした。それに対してまれにものすごくよく鳴る楽器があります。私が鳴るというのはそのレベルの話です。このような鳴る楽器は作者が有名でないことがよくあります。つまりとんでも無くよく鳴る楽器なのに、作者が有名になっていないのです。もし作者について評価が網羅されているのならこのような作者が評価から漏れていてはいけません。でも実際には無名な作者の楽器によく鳴るものがあります。評価なんてのはザルですよね。

これだけ言ってるのに、私の書いていることをスルーして頭に何も入って行かないのでしょうね。

何時間もかけて記事を書くのがバカみたいです。


職人の腕が良いということは音には直結しないということを言っています。何故かというとどうやって作ったら音がよくなるか分からないからです。理想が分かっていて、とても高い工作精度でないとそれが作れないというのなら職人の腕の良さが音の良さに直結することになりますが、実際には何が理想かもわかりません。このため何も考えずに適当に作ってある楽器でも音が良いことが有り得ます。作者の技術や意図と関係ないという事でもあります。
そもそも音が良いということがバラバラなのですから考えても意味がないですね。

職人として言えることは楽器が正確にきれいに作られているかという事です。見た目に限っても形や風合いの個性などは評価することはできません。職人にも一人一人好みがあり、それを良い好みと悪い好みに分けることができません。私が評価しても私の好みを言っているだけになってしまうからです。変わった形をしていてもそれを良いとも悪いとも言えません。仕事が綺麗で正確であるかを言えるだけです。


コストを下げるために雑に作られたものかや一人前のレベルになっていない職人はわかります。未熟な職人の作るものは似ていますし、コスト削減の方法も思いつくことが同じです。
このため品質によって値段をつけることができます。

しかし一人前の職人が作ったものについてはその中でどれが良いかは職人の中の趣味趣向としか言えません。

形を変わったものにしても楽器作りの基本が現代の職人を覆すものでないなら、見た印象は現代的な楽器に見えます。それほど個性的にも革新的にも感じません。

一人前の職人がまじめに作ったものは見分けがつきます。しかし音は弾いてみないといけません。それより雑に作られたからと言って音が必ず悪いというわけでもありません。その上、音は好みですから。


値段についてはこのように生産者側の都合で考えることができます。作るのにどれだけコストがかかったかという考え方です。手抜きをして雑に作られた楽器が安いのはそのためです。しかし音は悪くないかもしれません。

それに対して、市場の需要と供給で値段を決める方法があります。オークションなどが典型です。日本人はどうもこの値段の決まり方が大好きなようです。商人の考え方なので、日本人は商人気質と言えるでしょう。

一方ヨーロッパではギルドなど昔から職人の組織があり、製造コストで値段を考えてきました。これは職人気質ですね。職人の技能は学習し訓練することで身に着きます。同じ技術を身につければ誰でも同じ値段ということになります。このような考え方が理解できないなら商人気質です。


アマチュアの職人のヴァイオリン




これはアマチュアの職人が販売したものです。その人によるとバチカン図書館でストラディバリのニスの秘密が見つかったそうです。工場で作られた量産楽器に自作のニスを塗って音が良いととんでもない高い値段で売られていたものです。
この人はプロのオーケストラのヴァイオリン奏者で呪術師でヴァイオリン職人だった人です。呪術師が入っているのが怪しいですね。
スマホの小さな画面ではわからないかもしれませんが、よく見てください表板のニスが汚らしいですね。

染みになっていて汚いです。こんなニスのストラディバリは見たことがありません。でも本人によるとストラディバリのニスの秘密だそうです。このように汚くなってしまうのはDIYなどで家具を作るとほとんどの人がやってしまいます。プロの職人に教わらないとこうなっちゃうのです。ストラディバリはこのような失敗をしていません。
でもなぜか既存のプロの職人よりも優れたものが作れたと思っていたようです。

裏板も汚らしく染みができていて、上に塗らているニスもまだらになっています。

ニスがまだらになっていますが、はげ落ちて無くなっている箇所があります。作られて20年ほどでこんなにニスが剥げてしまうのはおかしいです。これでストラディバリのと同じニスなのでしょうか?
工業製品としての品質もありません。

ナットと指板の先端が斜めになっているのが分かるでしょうか?これだと左側のG線と右のE線と長さが違ってしまいます。プロの演奏者がこれで良しとしてるのならプロの職人の方が間違っているのかもしれません。

掃除をするために弦を緩めて外すと魂柱が倒れてしまいました。普通は魂柱がしっかりと入っていれば弦を緩めても倒れません。皆さんが弦を交換するときはすべての弦を外さずに一本ずつか、ペグのところが窮屈なら2本ずつ変えることをおすすめします。駒の位置がずれることが無く、圧力がかかったままなので魂柱が倒れません。しかしそれで倒れるようなら魂柱は合っていません。交換が必要です。

それに対して魂柱を見ると面がボコボコです。倒れた魂柱を入れてみると全く表板と裏板の内側の面と。合っていませんでした。私たちが初めて魂柱を入れる仕事を習う時に、表板と裏板の面にピッタリ合うように加工していれるように習います。先日インターンの学生に教えたばかりです。

しかしこのアマチュアの職人は表板と裏板の間につっかえ棒が入っていればよく、面を合わせようという気が無いようでした。私には思いつかない発想でありビックリしました。合っていない魂柱は表板や裏板にヘコミを作ってしまいます。力が一点にかかると衝撃で割れやすくなってしまいます。割れなくても表板や裏板の内側がボコボコの穴だらけになっているとそこにピッタリと魂柱を合わせることができなくなり、魂柱パッチという修理が必要になります。

一方アマチュアの職人には魂柱を表板と裏板にピッタリ合わせるという発想が思いつかなかったことでしょう。
教わらないと分からないことがあります。面を合わせる気が無いのならヘコミができても関係ありませんね。

しかしなぜか、自分はストラディバリのニスの秘密を知っていて、既存の職人よりも優れていると思っていたようです。
プロのヴァイオリン奏者であるため、レッスンをする教え子などもいた事でしょう。先生が音が良いと言って購入を薦めれば信じることでしょう。


白木の量産品にストラディバリの秘密のニスを塗ってプロの演奏者が音が良いとべらぼうな値段で売っていた楽器です。皆さんは買うでしょうか?プロの演奏者が言うなら信じてしまうかもしれませんね。

しかし知っておくべきことは最初に言った三つのことです。理屈ではなく、実際に試して買わなければいけないのです。相手がどんな人が語っても「音が良い理由」を信じてはいけません。

プロの職人に見せれば品質が売りのものになるレベルではないことが分かります。
音は知りません、好き好きとしか言えません。

ネックは薄く平たいものでギターのような感じです。量産楽器ではこのようなものがありますが、プロの演奏者でも気にならないのでしょうかね?

アマチュアの場合にはどうしても自分が興味がある事しか頭になく、指導者に指摘されないと頭からすっぽり抜けていて気づかないことがあるのです。


量産楽器に自作のニスを塗っただけですから、プロの職人が作ったものよりも高い値段で売られていたら私は高すぎると思います。うちで中古品を売ることもしません。売り物になるレベルではないからです

ニスが剥げているからと言って補修することもできません。この人の理屈を尊重するなら私が別のニスを上から塗ったら音が悪くなってしまうことになります。そんな面倒なことはしません。

普通以上の音?



この前紹介したチューンナップ指板のチェロの話でしたが、続報があります。私は休みだったのでいませんでしたが、受け取りに来たプロオケのチェロ奏者は大変に気に入って帰ったそうです。もうちょっと弾きこんでから不具合があれば再び微調整をしましょうという話だったそうです。

仕上がった後、同僚が弾くとすごく鳴るという感じはしませんでした。これで大丈夫なのかなと心配でした。しかし、本人が修理前よりも音が良くなったと言っているのでそれで良いです。
私たちは全体の中でその楽器がどんな音かということは分かります。それに対して持ち主は、これまでと比べてどうかということになります。だから私たちが感じる音とは違います。

いずれにしても、チェロを普通の状態にしただけです。普通よりも音が良くなると理屈をこねて強引に秘密の改造修理を迫ったわけではありません。

普通の楽器なら、演奏技術を身に着けて弾けばちゃんと音が出るはずです。その中でも音はバラバラなので好きな音のものを選ばないといけません。それ以上を求めると、それ以下のものを手にすることになるのかもしれません。普通よりも音が良いと言って楽器を売っている人には気を付けてください。

音以上に気に入ったのは指板の形状です。弦を抑えるのがやりやすいということです。これも基本に忠実にしただけです。


さっきのアマチュアの職人のヴァイオリンでは指板の表面に裂けて割れた跡があります。これは、指板の質が悪いと起きやすいもので、安い指板ほど問題が起きます。
私が指板を削り直すと、特に難しい材質ではありませんでした。カンナがちゃんと調整できていません、それも興味が無いのでしょうね。


裏側は極端に削ってあり薄くなっています。あのチェロの指板と同じ感じですね。
なぜか同じ事に興味を持つタイプの人がいるようです。

指板を極限まで薄くするよりもネックの角度を正しくする方が音への影響が大きいと思われます。物事の因果関係や重要性の考え方が「呪術師」のような人はおかしいですね。

一人前の職人によって作られた普通の楽器かどうかは職人が見ればすぐにわかります。一般の人は分からないので粗悪品を避けようとすれば値段で判断するしかないようですね。

高いから一人前の職人が作っただろうと思うかもしれません。それすらデタラメなのです。


自分では音を判断する自信がないという人が日本人には多いのでしょうね。西洋の人では「自分が気に入ること」をとても重視します。この考え方の違いだけでも、日本で音が良いと評価された楽器がこちらでは通用しないかもしれません。

自分一人ならそれでもいいかもしれませんが、全員が自分で音を評価することを放棄すると、楽器を販売する業者は好きなようにできます。業者にとっては良い鴨というわけです。

夏休みをもらっています。

休みなので軽めの内容にしましょう。

インターンでヴァイオリン製作学校の生徒が来ていましたが、仕事の現場を教えるとなるといかにこの業界が汚い世界かということを教えることになります。これは日本だけではなくて、昔からずっとです。
学生も話していましたが、日本から来て驚くのはお店に売っている日用品で買ってみると全く使えない粗悪品がよくあります。工場で作っている人は一度くらい誰か試した人はいないのかと不思議に思います。
留学生は働くこともできずお金も無いので安いものを買うのですが、そうすると全く使えなくて完全に無駄な出費となります。
粗悪品が売られているのは弦楽器業界だけではありません。

缶詰すらこんな感じです。開けようとしたら取っ手が取れてしまいました。

こういう世界にいると、商品は手に取って自分で品定めしないといけないと身についていくでしょう。日本のニュースで企業不祥事があると「信頼を裏切られた」と憤慨する消費者のインタビューが流されますね。しかしそもそも信頼なんてしたらダメというのが世界の常識でしょう。日本人がブランドに異常にこだわるのは変わっています。

安物の粗悪品がダメなのはあることですが、じゃあ高いから大丈夫かというとそうでもないのが厄介です。ヨーロッパでは「デザイナー」が幅を利かせています。そういうものは高くても実用性が無いものです。
高ければ良いというのなら中国製品にロゴをつけて高い値段で売っているだけかもしれません。

弦楽器の業界は消費者を騙すことに楽器製作以上の情熱をつぎ込んできました。ありとあらゆる試みがなされたようです。何も信用できるものがありません。悪意のない人が先輩からまじめに学んでも知識がめちゃくちゃです。

しかし「善悪」について考えるのはとても難しいものです。職人からすれば手を抜いたような仕事と、見事な仕事は分かるわけです。しかし裁判所で証明するのは難しいです。ひどい仕事をされたと訴えても、相手側の弁護士は裁判で勝てば良いというわけです。職人から見れば手抜きでもそれの違法性を証明することはできません。

善悪は人によって違うことが厄介です。昔から悪行をしたら地獄に落とされると言われたものです。仏教の基準ならだれでも地獄行きです。皆多かれ少なかれ悪行をしています。それに対して宗教は人権や自由を侵していると言うこともできます。

最近は特に日本では悪いことをした人に対して「炎上」ということがあります。私個人として「言っている自分は悪行をしてないのか?」というのが気になります。悪人を責める人はなぜか自信満々で自分は一切の悪行をしていないかのようです。それはおそらく「自分のやっていることはセーフ」だという善悪の判断基準になっているのでしょう。何故か自分までがセーフになっているのです。もっと善人からすればその人も悪人です。

だから悪人を責めるような意見は聞く価値が無いなと思います。
悪人を責めるよりも自分を反省する方が善人でしょう。

しかしながら、そんなことをしていたら罪の意識にさいなまれて自殺してしまうかもしれません。精神を健康に保つためのことで意見に正当性は何もありません。まじめに聞くと聞いている方が精神を害してしまいます。

そうではなく怒る理由は自分もずるはしたいけども我慢してるんだという不満かもしれません。


「コンプライアンス」という言葉も聞くようになりました。私は20年以上前に大学で勉強しました。その時の理解では、「法令を守る事」と学びました。つまり、善悪というのは人によって違うため、そこは追及はできないのに対して、法律などには明文化されているのでそれを破るのはいけないという物でした。
法律を守っているからと言ってすべてが善意とは限りません。法律の範囲内で悪質な行為もできるでしょう。逆に法律を熟知し、証拠を残さないように気を付けるのです。
しかし、法律を違反することが「悪」であることは明白であるので、せめて法律違反はしないようにというものです。コンプライアンスというのはそんな理解です。


皆さんの求めているものは普通のものとは違う音が優れた楽器だと思います。しかし私が不憫に思うのは、そんなレベルではなく、業者に騙されてしまうことです。
値段と価値との話をずっとしてきています。なんでもない手抜きの楽器に高いお金を払っていると、私はバカバカしいと思います。普通のものよりも音が悪いものをバカ高い値段で買っているのです。
普通のものを普通の値段で買うだけでも私は大成功だと思います。業者は策を練っているので素人が値段以上のものを買うのは難しいでしょう。

私は普通以下のものと普通のものの違いを見分けることがとても重要だと考えています。それ以上の楽器の見分け方は私は分かりませんし、ブログでも追及しません。そんなものがあると思っていると業者からするとカモです。

普通のものを弾いてみて音が良いか悪いか自分で判断して普通の値段で買えば大成功です。

普通も時代によっては違うわけで、古い楽器の中で使えるものとなるととても難しくなります。私はすごく良いものを見つけるのではなくて「これだったら普通だろう」というものを見つけると貴重さに興奮します。200年以上前に普通に作られたものがあれば貴重です。

何が普通かというと、たくさん楽器を見て来て分かるようになってきたのか、いまだに音が予想と違って驚いたりして、分かっていないのかもしれません。

私はひどい粗悪品とか、あからさまな偽物など、それが分かるようになるというのが大事なことだと思っています。
頂点を見ているのではなくて、底辺を見ているのです。私がよく言うのは弦楽器というのは「ひどくなければなんでもいい」という考え方です。酷くないものなら弾けば音が出ます。それを良いと思うか悪いと思うかは主観でしかありません。

粗悪品のいけない所は、演奏上の問題があること、どこもかしこも壊れかけていることにあります。音はそれでもどう評価するかは個人の自由です。

底辺の楽器は我々なら見た瞬間にすぐわかります。物置から出て来たと持ってきても、修理代のほうが楽器の価値よりも高いと判断します。弓でも同じです。

しかしそれ以上音が良いかどうかは各自が自分で試すしかありません。それについては見分け方を知りません。楽器店としては品質で値段をつけておきます。好きなものを自由に選んでくださいと言うだけで私は音を評価しません。



私は善悪とは距離を置くようにしています。私の考え方は快楽主義です。でも酒もたばこもギャンブルもやりません。楽器作りや職人の仕事が一番楽しいのです。他のことは全然やる気がわいてきません。独立して起業するにはオールマイティーな能力が必要ですが、私の場合には職人の技能に偏り過ぎています。

ブログでも、オールド楽器のことを取り上げています。オールド楽器の価値をお金の価値として語っているわけではありません。
オールド楽器の音に何らかの快楽性を感じるかどうかです。感じる人には価値があるし、感じない人には価値が無いのです。

善悪で物事を考えていたらオールド楽器の魅力は分からないでしょう。
私が楽器を作る時は作っていて楽しいものを作りたいです。それは必ずしも消費者が求めているものと違うかもしれません。だから私は、私の楽器を買わなくてもいいので他にたくさん良いものがあるよと紹介しています。
自分が好きな楽器だけではありません。普通に作ってあれば、人によっては音が気に入る人もいるかもしれないと紹介しています。

職人がどれくらい意図して音を作れるかということは、自分で楽器を作っていないと分からないことです。そんな話はよくしています。でも他で知る機会は無いかもしれません。
神様のような職人がすべてわかりきって計算づくで音を作っていると考えているなら、とんだ勘違いです。そう思いたいという願望があるのかもしれません。そこを付け込まれて大金を失います。弦楽器の現実を知らないといけません。さほど腕の良くない職人によって適当に作られた楽器にも音が良いものがあります。それが分かってるのが詳しい人です。

職人の世界では傷や欠け、でこぼこが無くきちっとした仕事をするのが善で、いい加減で誤差が多くバラバラなのは悪です。しかし音はそれとは関係が無いというのも面白いですね。

現代の善悪とオールドの時代の善悪も違うのです。しかし、自分たちの世界の善悪を超越しないと、オールド楽器のようなものを理解することができません。

保守的な職人の世界では厳しく善悪が定まっています。やってはいけないことが決まっているのです。それが何千万円もするオールド楽器ではやってはいけないことのオンパレードです。

保守的な厳しい年長者に対して、若い職人は反発するでしょう。あらゆる言い訳を考えます。個性だのオリジナリティだの言うこともできます。しかし、だいたい未熟な職人がやることは皆似通っています。個性個性と言いながらずるさがあるので考えることは同じで、どこかで見たことがるようなものばかりです。それから比べるとオールド楽器は全く違うものがあります。だから偽造ラベルがあっても近代のものは一瞬でニセモノだと分かります。

職人の世界での善悪を超越しないと、年長者と若者が喧嘩している次元で終わってしまいます。そんなつまらないレベルの意見は興味がありません。

職人に限らず世の中全般でも、外国にいれば、日本とは違う善悪がありますし、時代が違うともっと違います。善悪も今の時代の一時的なものにすぎません。それも個人によって言うことが違います。

職人や芸術家にとっては良い作品を作ることが善という価値観を持っているものですね。しかし現実にはそういう人は少数派です。有名になってお金を稼ぐとかそんなことに夢中な人の方がはるかに多いでしょう。

製造業では情熱的な創業メンバーが魅力的な製品を作っても、会社が大きくなるほど製品がつまらなくなっていくのは常です。働いている人たちの多くは自分の会社の製品に興味が無いからです。






私は弦楽器業界でしか働いたことが無いので他の世の中がどうなっているかわかりません。何も信じられないくらいの不信感を持っているのが当たり前です。私が物を買う時は「どれくらい悪くても許せるか」と悪い前提で考えているくらいです。

音も美も善悪も似ています。
時代によっても、地域によっても、指導者によっても違います。あなたのいる世界で絶対的な価値も、他の場所に持って行けばだれも見向きもしないかもしれません。

それに対して世の中の人はよく考えずに思い込みや雰囲気や評判だけで判断しているようです。
こんにちはガリッポです。

私は弦楽器について理解するには「ブラックボックス」という考え方があっていると思います。ブラックボックスについてはリンクを参照してください。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
仕組みは分からないけども、使うことができるというものです。ユーザーにとっては使うことができればそれでいいわけです。

それを「仕組みを理解したい」と思っているなら残念ながら私のブログでは答えは期待できません。見るのはやめてください。むしろ、仕組みを理解したいという願望が誤った知識を広めて来た原因だと思います。このため音の仕組みを理解したいという願望を持った人には厳しくそれを止めるように求めます。それが嫌なら読むのは止めてください。世の中には何か研究している人がいるかもしれません。その人の意見を聞けば、その願望が満たされ喜びが得られるかもしれません。しかし、それによって間違った理解をするリスクがとても高いです。そのような楽しみはマニアにとって価値のあるコンテンツとなるかもしれません。私はそれを「知るエンターテインメント」と言っています。学問でも基礎から勉強するのはめんどくさいので素人の気を引く定番のネタってありますね。

そうではなく本当に弦楽器の音の仕組みを理解したいなら当ブログでは全く扱いませんし、私も理解はできていません。莫大な予算を投じて科学者を雇って研究所でも設立してください。F1のマシンを開発するようにあなたが毎年何十億円とつぎ込めば分かってくると思います。
ノーベル賞級の発見があっても宇宙のことは99・99%分からないままと同じように、一つの発見だけでは楽器の音について判断する根拠としては不十分なままでしょう。


弦楽器がブラックボックスであるという現実を受け止めることで弦楽器を使いこなすことに役立つでしょう。それが私のヴァイオリン技術というわけです。

私がブログで言えることは、これまで巷で言われてきたことは怪しい知識が多いということ。楽器の評判や値段も実力を表しているか怪しいという事。あてになるような知識は無いという現実を知るべきだということです。だから実際に弾いて自分で感じるしかないということです。

これだけでも目からウロコのレベルの情報だと思います。これを皆が知っていれば多くの被害を防ぐことができます。それ以上は私には提供できません。私はこの程度の無能で低能な人間です。

ブラックボックスという概念は「経験知」と考えることもきます。料理や食品の加工、発酵などもそうです。伝統的に様々な料理法や食品加工の方法があります。かつては化学でそれが解明されてはいませんでした。にもかかわらず人類はそのようなものを作ってきました。それが文化というものです。こんにゃくを作り出したのも化学ではありません。

これがオカルトや信仰とならないようにするためには「結果に対して厳しく評価する」ことが重要だと思います。

漢方薬でも、本当に病気が改善したかどうかを統計的に調べることはできるでしょう。しかし今ではワシントン条約に抵触し手に入りにくく、ものすごい高価だからというだけで、効果があると思い込むのは怪しいです。楽器も全く同じです。

料理ではおいしいとその人が感じるかどうかであり、弦楽器の音でも同じことです。

そこから先は各自が自由に取り組んで良いと思います。私は何も言いません。

薄い板の話も、現在では厚い板の楽器のほうが良いと信じられているとすれば、そんなことはどうでも良いと私は言ってるだけです。うちのお店では音だけで楽器を選んだ結果、薄い板のものが良く売れているということです。だから、そういうものが仕入れられると「これは良さそうだ」となるわけです。しかし音の評価は自由なのでそれとは違う印象を持つ人がいてもおかしくありません。日本人の好みも違うかもしれません。

ただはじめから知識で「薄い板のものはよくない」と信じられているとしてそれを否定する根拠を説明してきました。

厚い板のものも、薄い板のものも消費者が好みに応じて選ぶことができれば良いというわけです。もっと言うと厚みなどに興味を持たなくても、弾いて気に入ったものを選べばいいだけです。

つまり当ブログでは知らなくても良いということを教えているだけです。


左利き用の楽器というのはわずかに製造販売されています。実際にはほとんど見たことがありません。私が見たのは一度くらいです。
試してみたいという要望があり普通の1/2チェロに弦だけを左右逆に張ってみました。

左右逆に張っているので右に行くほど弦が太くなっています。ダ・ダリオのヘリコアです。

弦楽器は内部構造は左右非対称になっています。低音側にはバスバーが取り付けてあります。低音だからバスバーです。高音側には魂柱が入っています。弦だけを逆に張るとおかしなことになるでしょう。

さてどんな音がするでしょうか?

チェロ奏者の同僚が弾いてみると当然慣れないので弾きにくいです。左手で弓を持つことができません。そこで右手に弓をもって弾くと鏡の世界にいるようです。ちょっと考えないといけないようです。

低弦のC線から順番に音を出してみると意外にもしっかりした音が出ました。小型のチェロにしてはしっかりした低音が出ていました。
高音のA線ではとても強いウルフトーンが発生しました。普通A線では出ません。
しかし音自体は意外とまともでした。

弦楽器では低音が柔らかすぎて、高音が鋭すぎることがよくあります。それが魂柱とバスバーを反対に着ければ逆の特性になるのかもしれません。左右逆の方がむしろ理想的かもしれません。

ともかく全体としてはそんなにおかしな音ではありませんした。こんなことをほとんどだれも試したことは無いかもしれません。

この結果から考えることは、胴体は全体として一つの構造物になっていて一つの部品について考えてもしょうがないというくらいのことです。やはり弦楽器というものは大雑把にとらえないと見当違いな見方になってしまうのではないかと思います。

一つ一つの要素について考えることは意味が無く、全体として一つのシステムとなっているということです。地震や気象などの予想が難しいように楽器の音を予想することも難しいです。

このため、「弾いてみるしかない」という当たり前の答えになります。

「〇〇だから音が良い」と言われてきたことの多くがあてにならないと知った上で弦楽器に向き合うというのは、画期的な進歩だと思います。それが分かったら私のブログは卒業していただいて結構です。

音には理由は無いのです。マニアにとってはつまらないですがこれが現実です。



夏にゲストが来たり、同僚が休暇を取ったりしたので、これから夏休みをいただきます。今回も簡単な内容です。しかし、重要なことはシンプルなものです。
こんにちはガリッポです。

中高校生が200~300万円以上するヴァイオリンを使っているというのは日本くらいのものでしょう。こちらには100万円位でもそれ以上に音が良い楽器がゴロゴロあるということがわかってきました。そうなると100万円でも安いということになります。しかし普通に考えると100万円でも十分高価なものです。職人が一つ一つ手作業で作ったようなものは他にほとんど家には無いでしょう。高級車のメルセデスやフェラーリでもヴァイオリンで言えば機械で作られた量産品のレベルです。戦前には鉄板をハンマーでたたいて曲げてボディを作っていた時代もあったはずです。

これは一つにアマティ家によって4~500年前に基本的な設計がなされたためで、現代ならもっと製造しやすいものにしたはずです。単なる真四角の木箱でも十分音量は得られることでしょう。それに試行錯誤を加えれば機能的に優れたものになったかもしれません。


弦楽器では戦前より前の作者については、ごく一部の作者だけが有名になっていてオークションなどで人気が集中し高値となっています。それ以外は職人から見ても、演奏者が弾いても何の差もなくてもはるかに安いものです。むしろ高価なものよりも美しく精巧に作られていたり、音が良いと感じられることもあります。音や細工、つまり楽器の違いが分からないような人でも分かるのは「値段」と「名前」というわけです。
戦後や現役の職人では骨董品のような相場などはまだできておらず、自由経済システムの元で店が勝手に値段をつけているだけです。


それ以外の楽器については楽器の品質で値段をつけています。
高い品質のものを作るにはコストがかかるからです。しかしながら必ずしも品質が高いものが音が良いという事ではありません。何故かと言えば出てくる音は予測不能の要素が多すぎるし、音が良いということも演奏者によってもバラバラで主観でしかないからです。

職人としては手抜きをせず隅々まできちっと作ることが、全身全霊で楽器を作っていることになります。そうすると値段が高くなりすぎるというわけです。先進国ならヴァイオリンは200万円位でないと現代の普通の生活水準は得られないかもしれません。住む場所の地価によってはそれ以上です。それに対して100万円ほどの「中古品」に鳴りの良さではかなわないのですから対抗できません。職人にとって競争相手になるのは現代の同業者だけではなく、過去の職人も壁となります。過去には現代のようなハイテクな文明生活が無く、人の権利や尊厳、生命、健康、社会や環境に対する意識も低く、娯楽やレジャーも限られていたことでしょう。簡単に言えば職人の毎月の出費が製造する楽器の値段に含まれているというわけです。



夏休みを利用してこちらのヴァイオリン製作学校の生徒がインターンシップで職場体験に来ています。作業や道具の手入れなど学ぶことはたくさんあっていくら時間があっても足りませんが、作業以外の時間も使って、お店にある様々なヴァイオリンを試奏させました。
学生はなんと日本人で、本人は東京の楽器店で買ったマルクノイキルヒェン製の現代の量産楽器を使っているそうです。例によってうちの店にあるものをいろいろ弾いてみるとどれでも自分のものよりも格上の楽器ばかりだと感じたようです。この前の日本から買いに来た読者の方と同じようにどうも日本の楽器店の売っているもののレベルが怪しくなってきました。

はじめは音の強さや鳴る鳴らないということが評価の基準となっていました。パッと弾いた時に音が強く出る楽器が優れていると感じたようです。値段を言わずにいろいろな楽器を弾かせると、気に入ったのは現代のマイスター級のものではなく、むしろ値段の安い量産品でした。ミルクールのものも音が出やすく、プレスで作られたものだと教えました。プレスで音が良いなら学校で習っているヴァイオリン製作がバカみたいに思えた事でしょう。
しかし現実とはそんなものです。
これと同じように雑に作られ、同じような音のイタリア製の楽器があれば実際に試奏して音が良いと思う人はいることでしょうね。

さらにヤコブ・シュタイナーやクロッツなどオールド楽器を弾いてもらうと全く別世界であることにうっとりとしたようです。前日に量産楽器で言っていた音の良さの基準とは全く次元の違う物であり、知ってしまうと戻れないと言っていました。シュタイナーは3000万円くらいすると言うとビビっていましたが、それでもオールドでは特別高くはありません。私がこの前修理した南ドイツのものは魅力的な音が気に入ったようです。高いアーチでも音量が小さいということはなく、知識として学ぶことが実際とはかけ離れていることも経験しました。私がそのような楽器を目指して作っているということも興味がわいたようです。

同じ3000万円クラスでもJ・B・ヴィヨームを弾くと、やはり近代の楽器の音で魅惑的なオールドのものとは違います。音には鋭さがあり高音はかなりきつさがあります。ヴィヨームの名前がついているから3000万円するだけで、作ったのはヴィヨーム本人ではありません。下請けの職人が自分の名前で売ったものならせいぜい500万円位、ヴィヨームの弟子でもドイツ人のルドビヒ・ノイナーならさらに安いということも教えると目を丸くしていました。つまり3000万円すると言っても音も作りも普通の一人前のモダン作者と変わらないのです。しかし並みの人は「名前」と「値段」でしか楽器を見分けることができないので買う人がいるというわけです。
ちなみに以前所有していた人は亡くなられましたが、すでに耳が遠くなってきていたのかイタリアのオールドを買うお金があったのにこのヴィヨームを選んだそうです。持ち主が弾く演奏を聞くと我々は耳をふさがないといけませんでした。他のヴィヨームも全部同様の音かはわかりません。

他にフランスのものはありませんでしたが、この学生はオールドのようなものを好むようです。しかし、現在ではこのようなモダン楽器は音大生やプロの演奏者に求められ、ソリストや教授でも使っている人がいてむしろ主流だと教えました。

マニアックな読者の方たちには有名なヴィヨームも、学生にとってはテストに出るので覚えなくてはいけない歴史上の人物でしかありません。フランスの作者名を挙げろというテストでは全く書けなかったそうです。


たった数日間でこれだけの音の経験をしたのですが、一般の演奏者は何度か楽器を買い替え一生かかってすることかもしれません。日本にいる限りでは一生かかっても無理かもしれません。それに対して木材を決められた形に加工することは1~2週間ではどうにもなりません。それだけでも手一杯です。

修理で持ち込まれたイタリアのモダン楽器を見ても、全く美しく作ろうという気持ちのないもので、そんなのがなんで700万円もするのかと聞かれました。私が話しているような仕組みを教えました。

私が20年かかって得た経験を数日で体験します。急激に頭に入ってきて処理が追い付かないことでしょう。私はもっと教えたいところですが、許容範囲を超えてしまう事でしょう。新作楽器の製造でも学校ではニスは塗る事しか習いません。ニスを自分で作るとなると楽器製造と同じくらいかそれ以上の世界の広さがあります。修理もそうです。学ぶことが多すぎて気が遠くなると言っていました。高等専門教育を受けていてもこうですから、マニアが知った気になってもたかが知れてるわけです。


こんな様子ですから私が良い楽器と言えるようなものは条件としてはオールドでモダン楽器に遜色ないかそれ以上の性能を備えたものです。それは究極の存在ですね。

現実には限られた予算で妥協して値段に見合った楽器を買うしかありません。日本では値段以下の音のものを買っている人が少なくないわけですから弦楽器を特別なものと思い欲張るほど失敗していることになります。何かが根本的に間違っているようです。
うちではお客さんが予算を言うと、楽器をずらっと並べ、何も言わずお客さんはほったらかしにして自由に弾き比べてもらいます。その場で決めるのは難しいので予選を通過した候補をヴァイオリンなら4本ほど家に持って帰り最低1週間ほどはゆっくり試してもらいます。延長する場合は保険会社に申請が必要となります。チェロではケースと運搬の都合で一度に4本は難しく、2本ずつ交代でも良いし、勝ち抜き方式でも良いです。


このような販売法ですから、お店としては音が良い楽器を揃えないと売れないというわけです。言われれば当たり前ですが、日本では全く違う事でしょう。生産国がどうだのウンチクから始まるだけでなく、そもそも営業が教師とのパイプを作り生徒に楽器を売ってもらうように仕向けるのが営業マンの仕事となります。店頭で待っているだけではノルマや営業成績を達成できません。当然先生も仲介料を受け取るわけです。客からすれば同じ店ならだれが接客しても楽器を出してさえくれれば同じように思いますが売り上げ成績が営業マンにとっては同じではないようです。

生徒が楽器を買う場合、先生の影響はとても大きいものです。
ヨーロッパでは店を紹介することさえ禁止されている国もあります。うちではそこまで厳しくありませんが、熱心な先生であれば生徒は練習するのに適した楽器を使わせたいと思う事でしょう。しばし問題になるのは先生が自分で試奏して良かれと思って独善的に選んだ楽器を生徒に買わせ、生徒がその楽器を嫌いになってしまうことです。弓ではもっとひどいです。人によって使いやすいと感じ方が違います。骨格なども起因するのでしょうか?先生が勝手に選んで生徒が学校を卒業すると同時に弓を売りに来たことがありました。
音楽家らしいエモーションです。教師という立場もそれに輪をかけます。

理想的なのは先生はあくまで生徒の好みを尊重し、楽器選びを見守ることです。生徒が自分で弾いて選ぶわけですが、上達すればここまで出ると楽器の潜在能力を披露することが先生にはできるでしょう。

そういう教師たちに信頼されて、あの店に行けば良い楽器があると思ってもらうことがうちのお店の企業努力です。日本人は勤勉なのでそんなのんきなレベルではなく教師のもとに足しげく通いごまをすって気に入られ、仲介料を提示しパイプを築いていくのです。それができない営業マンは辞めていくことになります。こうなると音で楽器が選ばれなくなります。とにかく日本では音以外の要素が楽器選びの決め手になっているようです。このような現実は社会人の皆さんならわかっていると思いますが、日本全体でそういうものですよね。弦楽器業界だけが清廉潔白で違うということがあるでしょうか?このような営業マンが職人についてやれ天才だの一流だの語るのです。なぜ皆さんはそれを信じてしまうのか私には不思議でなりません。作者が一流かどうかは気にするのに、なぜかそれを語る日本の楽器店のレベルが世界の何流か気にする人がいません。

産地や作者の名前などの聞こえが良く、比較的手ごろなものはよく売れるでしょう。しかし手抜きのためにとんでもなく板が厚ければ後で音がどうしようもないことに気付きます。買った時に比べると雀の涙ほどの値段で売って買い替えます。その時に初めて楽器店の仕入れ値の安さに驚くことでしょう。リセールバリューだなんて知ったことを言って有名なものを買っても果たしてどんな運命になるのでしょうかね?

また無知な人がそれを買うわけです。ずっと日本に残り続け、常にお金を生み出し続けます。日本では弦楽器の歴史が浅いので誰かが輸入してこないと、楽器が入ってきません。その時の基準が日本に存在する楽器のレベルを決めるのです。こちらでは持ってこなくても初めからあります。

うちではよく売れるヴァイオリンがあります。ルーマニア製のもので機械で作られている大量生産品です。そんなにビックリするほど精巧にできてるわけでもありませんがなぜか音が価格以上なのです。同じメーカーのチェロについては音が柔らかく他の量産メーカーのものに比べて人気があり、それを指名してくる教師もいます。そこの経営者は誠実さがあり付き合いも長く、社長が自分の車を譲ったこともあります。
安価な楽器は音が小さいというよりはむしろギャーっとやかましいものだと説明しました。それについて量産品では上等な感じがします。特にスチール弦が主流のチェロでは有利に働くことになります。安いチェロに安い弦を張ると金属的な音が耳障りでしょうがないというわけです。

ルーマニアでは盛んに同様の楽器が作られていて、他のメーカーでも共通点があるので、部品ごとに下請け企業があるのかもしれません。つまり機械で表板と裏板、スクロールを荒加工する工場があり、それを各メーカーが購入して使っているということです。しかし仕上がりの品質には差があり、経営者の誠実さもあって同じ会社だけと取引が続いています。特にブランド名があるわけではありませんが、なぜか音が良くお客さんに好評で仕入れると先に売れて行くということが最大の要因です。
これがドイツの量産メーカーに比べても価格と音の両面で圧倒していますから、ドイツ製品を仕入れることはほぼなくなりました。うちではドイツ製品は中古品ばかりとなります。
うちでは中国製品はほぼ扱っていません。欧州のメーカーがどこで作っているか公開してない場合がありますが、そんな時は中国製品でしょうけども。
10万円以下のものも扱っていません。

ルーマニア製のものは世界中で売っているはずですから試してみてください。





価格は税抜きで2000ユーロ台で売っています。買う時はペグと駒と魂柱、弦、テールピース、あご当てはついておらずうちで取り付けます。指板も仕上げ直します。あご当ては試奏用に仮につけてあるだけで、あごの形状に合わせて別のものにすることができます。
その工賃や部品代も込みになっていて、別にやってもらえば10万円近くなります。だから安すぎる楽器を買うとさらにそれだけかかるということです。弦だけでも安くありません。それならレンタルの楽器を薦めています。


それに対して貴重なのは量産品でも中古品です。
しかし同じくらいの価格帯では現代の機械で作られたものよりも品質は悪く手作業で雑に作られています。1900年前後にドイツのマルクノイキルヒェンで作られたような量産品は粗悪なものです。音は枯れたような感じはあり、鳴りは強くなっていますが、高音には鋭さがあることが多いです、量産楽器のギャーッという音がさらに強いです。何を弾いても貧弱な音しかしない人には良いかもしれませんが、一般には粗悪品ということになります。今は空前のユーロ高なのでそれでも結構な値段になってしまいます。3000ユーロ~4000ユーロ出しても音の状況はさほど変わりません。マイスター級の楽器はその倍はします。

戦後の西ドイツの量産品では品質は向上していることもあります。70年代~80年代のものは鳴りがとてもよくなっています。200万円以上するクレモナの新作楽器よりもはるかによく鳴ると感じるでしょう。
ただし、音自体は量産品らしい音の印象があります。量産品として歴史がある分、これぞ量産品という感じがします。音は好みなので特に嫌な音だと思わなければ下手なものよりはいいでしょうね。

それに比べるとルーマニアのものは量産品以上の感じがあります。現時点でも鳴らないという印象はありませんが、今後さらに鳴ってくるでしょう。新作楽器と言うのは寝ぼけたような音の方がいいかもしれません。

それでも私が作ったヴァイオリンと比べると量産楽器特有の粗さを感じます。私の楽器はハンドメイドの中でも特別繊細な音がするものですから。現代の作者ではもっと荒い音のものが多いです。モダン楽器でも鳴りが強くなっている分さらに鋭くなっています。それを力強いと評価することもできます。

安い楽器は音が小さいというよりは、弓が触れたとたんにギャーと単純な音が出ます。弱い音が出しにくいというのも「発音が良くない」と言われます。耳元ではやかましく遠鳴りしない音でもあります。
上等な楽器になって来ると、音はじわっと出るようになり操る範囲があるようです。

一般論としては楽器の品質がそのような違いを生んでいるのではないかと思います。しかし〇〇であるほど良いというのではなく程度も重要です。荒々しすぎると耳障りですが、柔らかいと弱く感じます。プロの演奏者でも強い音を出すのが楽なものが喜ばれます。ですから自分の好みに合うものを選ぶ必要があります。

量産品と同じように荒く作られたイタリアの楽器の音が良いと感じられる可能性は十分にあるということです。特に量産楽器になれている人が試奏するとタイプが似ているので弾きやすいということはあるでしょうね。モダンなら値段は何十倍ですけど。


音は個体差がありますし、感じ方も個人差もあります。演奏も先生ごとに教えが違う事でしょう。大雑把なイメージとしてこのようなことは、今回ヴァイオリン製作学校の留学生が初めて知ったことです。演奏はアマチュアのレベルですがこれくらいの違いは自分ではっきりと分かります。





















こんにちはガリッポです。

今年の夏は空前の冷夏でした。私も初めてのことです。
8月の上旬には最高気温が15℃くらいの日もありました。
猛暑はニュースになるのに冷夏は伝えられないようですね。なぜでしょうね?
世界では暑い所と涼しい所があっても、暑い時だけ報じれば「世界的な猛暑」という印象になりますね。

外国の情報などはまっすぐ伝わらないものだと考えておいたほうが良いです。

それでも過去10日くらいは本来の夏が戻っていました。
とはいえ夜に気温が下がり始めるのが早くて、例年に比べるとそこまでではありませんでした。
それももう終わってまた20℃以下になるそうです。

2月ころから作っていた楽器も形ができたので一休みです。


学校も夏休みで、ヴァイオリン製作学校の生徒が研修に来ています。
同僚が休暇を取っているので私が教える係です。
何か思ったことがあれば次にでもお伝えしましょう。


こちらは新年度のようなことは9月からです。
オーケストラも8月にはお休みとなります。新しいシーズンが9月から始まるわけです。
夏休みの間に楽器をメンテナンスに出すので我々弦楽器職人は今が修理の最盛期となるわけです。近年はコロナ対策のために、演奏会が行われず、メンテナンスの仕事も減っていました。このためひざびさに持ち込まれた楽器は汚れなどが多くついてニスの補修も必要になっています。
このような費用はオーケストラが持ちます。したがって申請をするなど楽団によって手続きが違います。資金が潤沢な楽団とそうでない楽団があります。動物園のような感じです。

プロの演奏者でも楽器のことは素人のようなものです。
弦楽器職人のもとを訪ねて楽器を見てもらうといろいろなことを言われます。
「私が考案したこれにすると音が良くなる」と言われます。ほんとかウソが怪しいものです。
そんな話です。

プロオケのチェロ奏者がやってきました。
別の工房で、指板を交換する修理を受けました。その後音が気にいらずに前のほうが良かったと言っています。それで何とかしてくれというわけです。
前の音が分からないので修理の依頼としては最悪の条件です。
依頼を受ける時に何が不満でどんな音にして欲しいか明確に指示してもらう方が助かります。でもその通りにできるかはわかりません。

一番困るのは「何か分からないけどしっくりこない」とか「以前のほうが音が良かった」と言われる時です。具体的にわからないと何ともしようがありません。

以前に別の工房で指板を交換すると音が悪くなったので再び交換することになりました。

指板を外しました。裏側を見ると変わっています。

尾根のような筋が3本入っています。
何のためにこのようになっているかは想像ですが、強度を保ちながらも指板を薄くすることで軽量化をはかっているのではないかと思います。


職人は「私が考案した指板に交換すると音が良くなる」と持ち掛けたのでしょう。実際演奏者は愛想をつかしています。指板の外側の丸みも気に入らず触るのも嫌という感じです。

持ち主の人は元の指板も取ってあったのでそれに戻すこともできそうでした。しかし他の問題があるので全く別の修理をすることになりました。

弦楽器ではいつものことで「ネックの下がり」が生じています。ネックが弦に引っ張られて指板の下端が下がってくると、それに合わせて駒の高さを低くしないと弦を抑えにくくなります。このため駒が低くなっています。そのせいか弓が表板のエッジにぶつかって傷がついています。
そこで、駒を高くするように修理が必要だと指摘しました。
この時角度だけを上げると表板を押し付ける力が強くなり、ギャーと押しつぶしたような音になる恐れがあります。
そこで角度が正しくなるようにします。

ネックに板を張り付けて高さと角度を調整します。

木材を張り付ける時に材料が薄いと接着のためににかわの水分が染み込むと曲がってきてしまいます。木材は水につけると狂いがひどく出ます。この接着は非常に難しいものです。
接着前は隙間なくぴったり合うように加工したつもりになっていても接着すると隙間が空いてしまうのです。職人ならあるあるでしょう。

木材を厚くすれば歪みは少なくなりますが、後でたくさん削り落とさないといけません。そこで、合板に張り付けてそれごと接着する方法を試みてみました。

指板は角度を変えるだけなら新しいものにする必要がありませんが、持ち主がとにかく前回の修理でつけられた指板を嫌っているので新しくしました。
以前のプロの演奏者がコロナの前からメンテナンスをしていないので指板も摩耗していますし、表面のカーブがあっていないので多く削り直さないといけません。そうするとやってみたら指板が薄くなりすぎたなんてことになりかねません。そんな失敗はついこの前にヴィオリンでありました。

前の指板は触りたくもないということもあって新しいものにしました。費用はオーケストラ持ちです。過去の修理をした人ではありません。

でもこれで音が以前のようになるかはわかりません。教科書通りに正しくしただけです。しかしもともと駒が低くなっていたので、以前よりも元気よく鳴るのではないかと思います。以前の音に戻すのではなく、楽器本来の能力を引き出すということです。
今回の修理が正解かどうかは分かりません。わからないのですから標準的な状態にすることしか私にはできません。

それよりもしばらくメンテナンスをしていなかったニスの方が大変ですね。傷を直すなんて仕事はありますが気が遠くなります。傷がいくつあるんでしょうか?
傷ひとつあたりで料金を計算すれば大金をゲットできますがそうもいきません。完全に直すのは無理で、痛々しくない程度にすれば使い込まれた楽器という印象になることでしょう。


ニスの仕事が多いので結果音がどうなるかはしばらく先になります。また報告します。


しかし、過去に改造修理をした職人の態度というのは「典型的な職人」のものです。「軽い方が音が良い」という理屈を信じていて、「軽量化した指板に交換することで音が良くなる」と、演奏者に改造修理を持ち掛けたのでした。その結果音は持ち主の人は気に入りませんでした。

その職人も「音を分かっている」つもりなんでしょうね。でも理屈で考えているだけです。職人や技術者の言うことが「机上の空論」であることが多いと私が指摘していることです。

こういう場合に「音が良い」と言ことに具体性が無いのです。これがレーシングカーの改造なら、タイムとして結果が出ます。ドライバーが運転しやすいことも長丁場のレースではタイムアップにつながります。

でも、音が良いということに何の具体性もありません。
音というのは変化することはあってもそれを良いととらえるか悪いととらえるかは主観でしかないと考えるべきです。つまり同じ変化でもあるケースでは音が良くなり、別のケースでは悪くなったと評価されうるのです。

現状がどうで、それがどう変わったかということですから。

生物の進化と似ています。卵や子供が生まれると個体差のあるものが生まれます。そのうち生存に有利な個体が残ってさらに子孫を残します。たくさんの卵のうちほんのわずかだけが「良くなった」というわけです。
それでも環境が変化すると対応できなくなって栄えた生物も絶滅してきました。

ちょっとずつ違う指板を何十個も交換すれば一つや二つは音が良くなるかもしれません。チューンナップというのはそれくらいのリスクだと思ったほうが良いです。職人にそれくらいの経験があって、このケースではこうする、このケースではこうするというくらいの知識があれば「技術」として確立しているということになります。しかしそのようなケースはまれで今回のように頭がで考えた机上の空論であることが多いです。

演奏家としては職人に「指板を変えたら音が良くなりますよ」と言われるとそうかと思ってしまうでしょう。

今回の修理では指板を変えるだけでなく、駒の高さ、ネックの角度、魂柱、駒も交換します。そうやって多くの項目を同時にやるとすべてが最善ではないにしてもリスクが分散して極端に変な音にはならないでしょう。おそらく楽器本来の「普通の音」になるのではないかと思います。それを願って仕事をするしかありません。
実際弓が表板にぶつかっていたので駒を高くするのは楽器を守るために必要なことです。演奏を妨げる要素を改善するという事にもなります。

あとはもともとボディストップが短いチェロで、弦長が短い方が弾きやすいということで、その点も以前のものより厳密に調整します。


研修に来ている学生にはこんなことを見せて、職人というのは理屈で考えているけども、実際の音はそれとは全然違うんだということを教えました。
なんで職人がそんな思考に陥るかというのは一つは、ヴァイオリン製作学校の先生がそういう事を教えているからです。学校の先生というのはそういうものです。実際の楽器とお客さんとのやり取りで起きることを体験するのはいい刺激となるでしょう。
しかし現段階では、「決められた寸法に正確に加工する」ということがとても難しいものです。それができないのに音が良くなる秘密に夢中になるのはもってのほかです。
ヴァイオリン職人を志した人のうち最初の1~2か月で8割の人が辞めます。それは作業が苦行と感じられるからです。私はそれが楽しくてしょうがありませんでしたし、研修生も苦にならないようなので将来性があります。以前やめて行った見習いはつらくてしょうがなかったようです。職人としてまじめに仕事をできるだけでも「天才」なのですよ。

私が作っているようなヴァイオリンでも、ヴァイオリン製作学校では不合格になるものです。板は薄すぎるし、アーチは高すぎます。形もストラディバリとは違います。
学校で教えていることが間違っているとまではいいませんが、正解とされていることが狭すぎるのです。もっと幅があるということを知ってもらいたいです。

正解を頭で考えるのではなく、実際に出てきた音を耳で聞かないといけません。

今回のお客さんは割といろいろな工房を訪ねては職人の言うことを真に受けてしまい様々な「チューンナップ」を施しています。それに対してプロでも全く無頓着な人もいます。

私は指板を軽量化することよりもネックの角度や駒の高さのようなことの方がはるかに音の違いに直結するのではないかと思います。この手の修理は数えきれないほどやってきています。

よく分からない「発明品」に飛びつく前に普通の状態にしたほうが良いでしょうね。
安価なアクセサリー類なら試してダメなら没にすれば良いですが、チェロの指板交換は結構な仕事量です。学生にはヴァイオリンの指板交換をやってもらいました。学校では新作楽器の製造しかまだやっていないので、修理で指板を交換するのははるかに難度が高いです。
悪戦苦闘していましたが、プロは同じくらいの作業時間でチェロを交換できます。

当然生徒には発明品の指板を教えるのではなく、普通の指板交換を正しく行う方法を学んでもらいました。

このような失敗事例が起きる原因を皆さんも参考にしてもらいたいと思います。
つまり机上の空論で考えている職人が主流だということです。これは別の分野でも「理系マニア」が陥りやすいものです。そういうマニアを一般の人は頭がおかしいと思うでしょう。そういう人はマニアの中でも「下手くそ」な人です。下手くそなマニアを取り上げて「その趣味はクレイジー」と思われてしまいます。本当にマニアの上級者は理屈ではなく結果を客観的に受け入れ、センス良く生かすものです。科学とは客観的であるはずなのに、理系趣味の人が理屈に引っ張られて、先入観で結果を判断してしまうのです。だからおそらく理系出身者の中でも本当の科学者は少ないのでしょうね。職人の中でもそうなのですから。
ストラディバリや音響工学の研究も出てきます。それも先入観に満ちたものでおよそ科学とは言えないものです。

さらに、芸術や文化というのは科学とも違います。それを「美」という抽象的なものを作り上げなくてはいけません。美を生み出すための手段が技術というわけです。技術に興味があって美に興味がないと「下手くそなマニア」の典型となることでしょう。

ヘタクソなマニアが飛びつくようなものというのがあるんです。それと同類の職人がニーズに応えて収入を得ているというわけです。
健康食品とかパワーストーンとか他の分野でもいろいろありますね。


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こんにちはガリッポです。

弦楽器のおもしろさは「音」が人間の思考とは全く別の原理であるという事にもあります。ものを学ぶためにはこれまでの人生経験で培ってきたものをすべて忘れることが重要です。

天才や巨匠や名人のようなずば抜けた職人がいて彼の作る楽器の音だけが優れているという思い込みがあります。しかし人間の社会の中での地位と物理現象の音とは全く関係がありません。音は空気の振動ですが純粋な物理現象で、空気を読んではくれません。

例えば20世紀に作られたヴァイオリンは形は同じようなストラド型かガルネリ型でアーチは平ら、板の厚みはやや厚めのものが多いです。このように教科書通り20世紀初めの頃に作られたものはたいていよく鳴るようになっていて、新作楽器ではかないません。多くのものは作者も有名ではなく値段は新作よりも安いことも多いです。
たくさんある中から試奏して好みに合う音のものを探すことができます。



ドイツ、チェコ、ハンガリーなどのマイスター級のヴァイオリンであれば教科書通りきっちり作られています。値段は300万円もするようなものはめったになく、200万円もしないものがほとんどで作者が無名なら100万円位です。こうなるとイタリアの新作楽器には競争力がありません。日本ではこのようなモダンのマイスターヴァイオリンが存在することは知られておらず、仕入れても売れない、売れないから仕入れない、売ってないから誰も知らないというサイクルに陥っていることでしょう。安くて音が良い楽器の宣伝に費用をかけるよりもバブル時代の商売を続ける方が旨味があるというわけです。
何よりも一度嘘をつくとつじつまを合わせるために嘘をつき続けないといけなくなります。このため日本語で情報を集め弦楽器に詳しくなればなるほど、無知の人よりも理解から遠ざかっていくことになります。英語も独特の世界があって危険です。今まで嘘の上に嘘を積み重ねて構築して来たウンチクが崩れ去ってしまうのはせっかくの労苦が水の泡になってしまいます。

だから私は言葉で語られることなんて無視しろと言っているのです。そうすれば矛盾することもありません。なぜかはわからなくても弾いて音が気に入ればそれで良いのです。それが「悟りの境地」です。

日本国内でも地方から東京に行くと価値観の違いに驚きます。高価な楽器が飛ぶように売れて行くのが理解できません。東京中心の思考で弦楽器業界自体が時代錯誤にならないことを願います。


イタリアのもので同じ時代のものとなると普通は500~1000万円くらいします。しかし品質はバラバラで素人が作ったような一か八かのものも「イタリア製」と一緒くたにされています。業者は「個性がある」とほめるかもしれません。
しかし不真面目だったり、教育を受けられなかった職人はどこの国にでもたくさんいてドイツやチェコの個性的なものはマイスター作品とは区別され50万円位がせいぜいでしょう。手作りだからと言って音は量産楽器にもかなわないかもしれませんし、逆に何百万円もするものよりも良いかもしれません。ヴァイオリンの値段と音は直結せず1000万円~2000万円は誤差の範囲内くらいと思ったほうが良いでしょう。

500~1000万円、またはそれ以上するイタリアのモダン楽器を見ても職人たちが皆「見事なものだ」と絶賛するようなものではありません。鑑定書があるかどうかだけです。そういうものだと知ってください。

それを正当化するウンチクが捏造されます。
「フランスの楽器の方が美しく作られている、しかしイタリアの職人は見た目ではなく音を作っているのだ」と。私もイタリアのオールド楽器のファンですからそうあってほしいです。しかし実際には日本の業者が安くしか買い取ってくれないので見た目がそこそこのものを手早く作っているようです。日本の消費者も音に対してシビアではなく「言葉」に高いお金を払っているようです。

フランスの楽器製作は組織的に行われたので、それほどの規模で音について研究されたことも歴史上ないことでしょう。むしろ性能が優れています。そもそもモダン楽器を確立したのがフランスですから。モダン楽器というのは広いホールで演奏するため、作曲もスケールの大きなダイナミックな作品が作られるようになり、それに「音」を対応させるために考案されたものです。現在でもそれが主流となっていて、イタリアの職人もそれに習っています。
音のために考えらたのがモダン楽器であって、見た目だけを作ろうとしたものではありません。それならシュタイナー以上に工芸品を目指したことでしょう。かつて王侯貴族が所有していたヴィヨール族の楽器や宝飾品のように装飾に力を入れることでしょう。
ただ極限まで性能を追求しなくても、遊びがあっても良いのかなとも思います。意外と「柔よく剛を制す」ということがあるので弦楽器は面白いのです。


同じようなウンチクは弓についても言われます。
フランスの弓に比べるとドイツの弓のほうが正確に加工できていることがあります。「フランスの弓の方が個性や味があるんだ」と。今度はフランスの立場が逆転してるのが面白いですね。値段が安い産地のものが品質が高いと同じような言い訳を考えるものです。
日本人の職人についても同じようなことが言われることでしょう。

言葉で知るべきことはウンチクのようなものはいくらでも作れるということです。このため詳しい人ほど間違っていくのです。ヴァイオリン業界ではウンチクを作ることが楽器を作るよりも熱心なようです。


ともかく職人の腕の良さが音の良さとは直結しません。
作りながら音を調整する工程が無いので作っている時にはどんな音がするかわかりませんし、何が理想なのか分かっていないので卓越した技量で精密に加工してもそれが正解かわかりません。加工に失敗したと思ってもその方が音が良いかもしれません。音の良し悪しも演奏者によって感じ方が違います。


このため現在ヨーロッパで職人は楽器を製造するよりも修理の仕事の方が主になっています。たくさん作られ過ぎました。たくさん作られたので値段も安いのです。それを「高い=音が良い」と思い込んでいると試すことさえしません。安い楽器をバカにする人には弦楽器への愛がありません。愛が無いのに愛好家とは言えないでしょう。

コストパフォーマンスという概念はとても重要です。弦楽器に詳しいのであるならこのことを理解しているべきです。有名な作者の楽器を買っておけばいいというのは楽器に興味がないお金持ちの雑な買い方です。弦楽器のことを知らない親や祖父母が高い楽器を買うのはカモにされるだけです。

こちらで楽器自体に興味がない人は作者名なんてなんでもいいから音が良い楽器を試奏して選んでいます。作者名なんて知る必要が無いのです。



一方で20世紀には作風が定説としてマニュアル化し定まってしまっため、全く違う音のものは珍しくなります。特にオールド楽器や初期のモダン楽器とは音が違うと感じる人もいます。個人差があります。これを探すのは数が無いので難しいのです。有名なオールド楽器は高価なものですが、必ずしもお金の問題ではありません。評価額では新作よりも安いものがありますが売っているか分からないのです。

そのような楽器が音が違うのは「古さ」と「作り」の二つの要素が考えられます。古さを再現することは不可能ですが、作りなら可能性があります。

19世紀以降、近現代的な楽器を効果的に作る方法が研究されて来たのでオールド楽器のようなものは作り方が誰もわからなくなってしまいました。気持ちだけオールド風に作りたいと思っても工具を変えなければ出来上がってみるといつもと同じ現代風になってしまいます。
またオールド楽器は作風もバラバラなのでどれを再現すると結果が得られるかも重要です。特定の古い楽器と同じだから良いというわけではありません。


新作楽器でオールドのような音を再現するにはとても厳しい条件となります。オールドの時代なら適当に作っても今頃はオールドの音になっています。

オールドだから全部音が良いというわけでもありません。音もバラバラで好みも別れるでしょう。
したがって私が作っているようなもので200年以上前のものがあればものすごく期待が持てる貴重なものです。
それは私がたくさんの楽器を見て来て、試作を繰り返してこんなもんじゃないかというイメージです。
そのような条件を満たしてお手本となるものを探すのは難しいです。
このため何でもかんでもオールド楽器の複製を作れるというわけにもいきません。
ビオラになるとオールドで作られた数が少なく、サイズもバラバラで、ペッグボックスに難があるのでもっと難しいです。

モダン楽器すら製法が失われてしまったようです。19世紀的なものはすぐに売れてしまいます。うちでは板が薄く暗くて強い音のものは学生などに最もよく売れるトレンドです。こちらでも80年代にはまだ明るい音のものが売れていて、当時暗い音のものを買った人は少数派だったと言っています。今となっては鳴るようになっていますから羨まれるものです。

評判というのは「過去の知識」です。
国として間違いを教えるわけにはいかない小学校で教えるようなことは過去の知識であり、大学で行われる最先端の研究とは違います。いつでも定説が覆るのが高度な知識です。
何よりも自分の心に正直であることが重要です。それが私がこちらで学んだことです。

小型にモディファイしたピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンです。
横板を裏板に接着します。

アンティーク塗装なので中も古くします。


ラベルには偽造防止技術です。絵を描いてあります。小さく描かないといけないのが難しいです。

ここを切り取ってネックを取り付けます。

高いアーチの楽器ではネックの取り付け方が難しいです。正解が分かりません。

ネックがつくとヴァイオリンらしくなります。基本的にはアマティ譲りの造形をしています。しかし音響的には窮屈さが少ないと思います。モデルはアマティとデルジェスの間という感じですね。
というよりもデルジェスはこれを踏襲し、アマティのクオリティが無くなったというだけです。デルジェスの謎の一つは適当に作ってあるのに、後の時代の適当に作られたものと違うので、単なる適当でもないという所です。このような基本があるからでしょう。大雑把に言えばアマティやグァルネリ家のものを適当にしたのがデルジェスということです。さらにグァルネリ家で働いていたベルゴンツィの影響もあります。
これをデルジェスを革新的なものと考え、他のグァルネリ家やアマティを「従来の劣ったもの」ととらえるとデルジェスを理解することができません。

適当に作られた楽器の音が良いことがあるというのは説明してきました。適当にする何かベースみたいなものがあるはずです。

エッジの加工が終るとコーナーの印象も変わってきます。アマティ的な細長い感じがあります。しかしやや横方向に向かっているのが特徴です。
板は板目板でユニークです。
全体に丸みがあります。

アーチはかなり高さがあります。白木なので指板の影が映っています。中央を頂点としています。上が平ら過ぎると陥没してしまいます。
横板は板目板ではなく柾目板になっています。これはオリジナルに習ったためです。グァルネリ家では適当で木材を揃えようという気が無かったのでしょう。ネックも柾目になっています。アマティやストラディバリなら板目板で統一されていることでしょう。

アーチも立体感があり丸みがあります。楽器全体に丸みがありかわいらしい感じがします。クレモナのオールドヴァイオリンはかわいらしい印象があります。モダン楽器の方が立派という感じがします。


ネックは通常よりも2mm短くなっています。胴体のストップ(駒の位置)は3mm短くトータルで5mm短くなります。指板の位置をずらせばネックも最大で2mm伸ばすことができるようにしてあります。時を経てオーナーが変わっても通常のヴァイオリンとして使用できるようにするためです。

指板の幅も通常よりも0.5mm細くなっています。たった0.5mmですがネックを握った印象は異なるでしょう。1mm細いと細すぎます。これがクレモナの新作楽器では私の通常よりも1.5mm太かったのです。私のビオラよりも太い物でした。




これからニスを塗ります。
会社の仕事とは別の時間でやっているので、ここまでほとんど休まず半年かかっています。こんなに一生懸命作っても適当に作られた楽器の音が良かったりするんですからやってられません。


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こんにちはガリッポです。

チェロについて続報があります。
ハミッヒのチェロは板が厚くアマチュアには鳴らすのは難しいという話でした。

今度は男子音大生が試奏をしました。
ハミッヒのチェロを弾くと「弾きやすい」と好印象を持ったようでした。若くエネルギッシュな彼ならもしかしたら弾きこなせるかもしれないと私も思いました。その後、クロッツ家のチェロを弾くとパフォーマンスははるかにそれを上回るものでした。
演奏技量が高くなれば鳴りにくい楽器でも問題がなくなるかもしれないと考えていましたが、その逆で差はさらに開いたようです。


木材についても質問がありました。
ミッテンヴァルトではとても目の細かい木材が好まれました。成長速度が遅く密度が高いものです。同じ種類の木は平地にも生えていますが、成長速度が速いため年輪の間隔が広くなります。成長速度が遅いもので、チェロほどの大きさとなると樹齢が相当必要になります。必ずしも音が良いとか悪いとかではありませんが、特に表板でミッテンヴァルトの楽器の分かりやすい特徴です。
黄金期のストラディバリの裏板は横じま模様の杢が深いだけでなく、密度も高いものが使われています。ヴァイオリンの一枚板の裏板でチェロの半分と同じくらいの樹齢が必要ですが、今では入手は難しいです。
紳士服で言うと生地がどうだのこうだのいう話で、音は関係ないので楽器としてはそれほど気にする必要はありません。チェロだとそれ自体が貴重なので木材を選べるほど選択肢がありません。ハミッヒのほうが現代的には上等な木材に見えますが音は出にくいです。
一方でイタリアも含めてオールドの時代には低質な木材が使われることも多くありました。また均一で整っていないものの方がコピーを作ったときにオールドっぽさが出ると私はわざとそのようなものを探しています。

「年輪年代学」という学術研究があり、表板の年輪の特徴を分析しデータベース化する試みがなされています。素性が分からないシュタイナー型のオールドヴァイオリンを調べると、同じような木材の特徴が、ウィーン、ミュンヘン、ニュルンベルクの楽器と近かったそうです。このようにアルプスの木材は当時から木材商を通じて流通しており、特定の産地の楽器だけに使われていたのではないようです。表板は植林によって豊富にあり薪として燃やされるほどで、裏板は枯渇して来ているようです。

日本との格差


ブログを始めて随分となりますが、私もとても勉強になったことが多くあると思います。常にユーザーの視点を意識するようになったことです。職人には職人の世界の論理があります。日ごろから現地のお客さんの声にも耳を傾けるようになりましたが、読者の方との交流も思いがけない経験となります。特に日本とこちらの差について得ることが多くあります。

日本から楽器を買いに来るというのはとても珍しくて20年近く前にうちで買って行った人がいます。短い時間でしたが今年はコロナ対策も終わって久々にやってきて顔を見せてくれました。でもそんなことはとても珍しいことです。

主にオーケストラで仕事をしているという日本人のヴァイオリン奏者の方が、以前からブログを読んでいただいていて良い楽器があったら欲しいということで連絡をいただいていました。私は、わざわざ日本から来るほどの価値のある楽器がないと思っていたので当初は冷たい返答でした。そんな中急に南ドイツのオールドヴァイオリンが持ち込まれて、かつて記事でも紹介したオランダのヴァイオリンが安くなるということで急遽渡欧されることになりました。

ご自身は高校生の時にイタリアのモダン楽器を買ってもらって使っていたそうですが、音に不満があり見てもらうと素人が作ったような楽器で板の厚みがチェロのようだと言われたそうです。そこで5年ほど前に新作のクレモナのヴァイオリンを買ったそうですが、音量に不満があったそうです。そのヴァイオリンを持参してうちの店で楽器を探すことになりました。

長旅にもかかわらず着いてすぐに試奏を始めました。
本命はオランダのオールド、ヘンドリック・ヤコブスです。

しかし音量のことを言っていたので、とりあえずボヘミアのマティアス・ハイニケのヴァイオリンを弾いてもらいました。ご自身のクレモナのヴァオリンに比べてはるかによく鳴ることに驚いていました。

私は50年以上経っている楽器がこれくらい鳴るのは普通だと思っていたので日本から来る価値のあるほどの楽器だとは思っていませんでした。マルクノイキルヒェンのパウル・クノールやカールスルーエのパーデヴェットなどどれを弾いてもクレモナの新作楽器よりははるかに鳴るようです。私の作った楽器でもクレモナのものよりは鳴り、ミルクールの量産品でもよく鳴りました。

私は、チェコやドイツの楽器でもイタリアの楽器と決して遜色はないですよと、ブログでも書いてきました。しかし実際はそれどころではなく、その日店にあった楽器の中ではクレモナの新作楽器が最低レベルでした。名のあるものだけでなくあご当てを試すためにそこら辺にあった安い楽器を弾くとそれもよく鳴ってビックリしました。

そんなに差があるものだとは私も思っていませんでした。
もちろんクレモナの現代の楽器もいろいろあるでしょうが、うちの店に来ることが全くと言っていいほど無いので実力が未知でした。


ちょうど寿司と反対です。
こちらでは新鮮な魚が流通していないので、日本から来たどんなに腕が良い職人でも作れる寿司のレベルが低いです。こちらの高級店の寿司よりも、日本のスーパーマーケットの寿司のほうがレベルが高いです。こちらで高いお金を払って寿司屋に行くよりも、帰国してスーパーで買った方がずっとおいしいのです。
それと同じような感じです。こちらではなんでもない普通の楽器と思われているものが、日本で売られているクレモナの楽器に比べてはるかによく鳴るのです。

クレモナの楽器の厚みを測ってみるとかなり厚い物でした。外観は悪くないのに何故か板の厚みはかなり厚かったです。20世紀にはどこでも厚い楽器が多くクレモナの楽器のほうが薄いのではないかと期待していましたが変わらないですね。
その他にはネックはとても太い物でした。クレモナの楽器でも職人によっていろいろ違いますが、クレモナの学校の教科書通りに作ると太いネックになります。クレモナにはヴァイオリン職人のほうがヴァイオリン奏者よりも多いんじゃないかと思うほど、演奏者と職人の接点がありません。職人たちの論理がまかり通っているのです。偉いマエストロの言ったことの方がお客さんの言う事よりも重要なのでしょう。
仕事も新作楽器の製造しかないので、日本やアメリカの業者が安い値段でしか買い取ってくれないとしてもそれしか生計を立てる方法がありません。いかに安上りに作ってそれなり見栄えがするかということを流派全体として経験値を蓄積してきました。このため他の国の楽器とは見た目は違う独特な雰囲気があるでしょう。中国人も真似ているでしょうが「本物のイタリア製」だからと言って音が良いということはありません。

フランスでは1800年代にモダン楽器の製造が盛んになり、それが伝わったドイツでは1800年代の後半にドイツ的なモダン楽器の作風が確立し広まりました。ドイツの北から南の端まで作風はそっくりで1900年頃には多く作られるようになり、チェコのボヘミアでも独自の楽器が作られるようになりました。このような楽器はたくさんあり値段は200万円もしないようなものがほとんどです。作者名が不明だったり、無名な作者なら1万ユーロもしません。これらは何でもクレモナの新作楽器よりもよく鳴るのです。このようなマイスター作の楽器は日本にはほとんど輸入されず存在すら演奏者には知らされていません。

私はその中でもまれにすごくよく鳴る楽器があって、そのレベルを鳴ると考えていたので驚きです。このため私も自分の楽器は鳴らないと考えていました。

「鳴れば良いというものではない」と考えるかもしれませんが、そのクレモナの新作楽器に鳴る以上の魅力があるとも思えません。それに対してオールドや初期のモダン楽器を試してみると音色(おんしょく)が全く違いました。彼にとってはその違いはとても重要で20本くらいある19世紀終わりから20世紀前半の楽器の試奏はそれ以上しませんでした。


最初の印象ですぐに、飛行機代を払って楽器を買いに来る価値があると分かりました。どれでも自分の楽器よりは音が良いのです。100万円位のヴァイオリンを30万円の旅費をかけて買っても新作のイタリアの楽器よりははるかに安いのですから。中高生などはそれで練習したほうがずっと良いですね。彼も言っていましたが、当時は楽器が鳴らないのは自分の演奏が未熟だからだと考えていたそうです。そうではなくて楽器が鳴らなかったのです。日本の中高生はハンディキャップを背負っていることになります。

私がイタリアの楽器を悪く言うと、日本人の「ねたみ」ということになります。
そうなると客観的な技術者としての意見ではありません。しかし少なくともイタリア製の楽器がはるかに格上で、他の国のものはどうしようもなく劣っているという考えは改めたほうが良いと思います。
最近指摘しているように、国際的な流通ルートに乗るためにはイタリアの職人も安く楽器を作らなければいけないということですね。
20年ほど前に買って行った人も今でも自分の楽器を溺愛しているようで、そこまで愛情を持っているのが謎でしたが、日本で売られている楽器と比べれば納得です。

今回のようにプロの演奏者になると本当に音が良いかどうかが分かるようになります。例によってセールストークは無く、今回は3日間、営業中は何時間でも好きなだけ邪魔をせずに弾いてもらいました。それだけ弾かせてもらえることは日本ではないと言っていました。じっくり弾かれたら何か都合が悪いんでしょうかね?

楽器選びの次の段階


しかし、古い楽器限定で探すとなると急に状況は難しくなります。
なぜなら数が急に少なくなり、作風も品質もバラバラです。
ヤコブ・シュタイナーとJ.B.ヴィヨームも予算オーバーではありますが試してもらいました。またニセモノではないブッフシュテッターも売り物ではありませんがめったに手に取る機会はないので試してもらいました。


まずは弓から。
航空会社によって楽器の扱いが違うため今回は弓を持ってくることは断念しました。もちろんうちには売るほどありますから何でも好きなもので試すことができます。彼が選んだのはこの弓で十分に弾きやすいと言っていました。

フロッグの材質が変わっていますが、牛の角でしょうか?ホースト・シッカーという戦後の西ドイツ・ブーベンロイトの作者のマイスター弓です。

この弓は今の為替相場で27万円くらいになりますが、平年の相場で考えると22万円位になるでしょう。マイスターの弓としては最低ランクです。それはまだ新しすぎて骨董品としての相場ができていないためです。つまり新品の弓に骨董品のように値段がつくのはおかしいということです。メーカーや店が自由経済の下で勝手に好きな値段で売っているだけです。
他に100万円を超えるような弓もたくさんありますが、これで十分使いやすいと言っていました。かつてブログでもそのような記事を書いていましたがその通りであることを実感していただいたようです。
これは日本よりもずっと高い消費税が込みになった値段です。

今回の目的の一つとして私が修理してきた南ドイツのヴァイオリンです。


ピカピカに仕上がりました。

音は私も意外な感じで優雅で上品なものとは全く違いました。ダイレクトではっきりと強い音のするものでした。当然新作楽器よりもよく鳴ります。
私の予想は完全に外れました。こもったようなモヤモヤした音はありません。
19世紀のモダン楽器でも尖った暗い音で強い音がするものがありますが、それは高音がそれ以上に鋭いです。それとは違い高音は柔らかさがあります。音色は現代の楽器とは全く違います。

アーチはそれなりに高さがあります。表板の横方向の断面では三角になっています。そのあたりが柔らかい豊かな響きが抑えられているのではないかと思います。はっきりと特徴のある音で、強く鳴ります。
これは彼の好みではなかったようです。

大本命のヘンドリック・ヤコブスです。詳しくはリンクを参照してください。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12673287974.html?frm=theme




こちらはフワッと繊細な響きがあり、全体的に柔らかさがあります。アクセルが急に全開になるのではなくてじわっと音が出る感じですかね。弱い音がうまく出ることは言っていました。
音自体は好きなようでしたが、大きな音を出すのはちょっと労力がいるようです。それでも自分の楽器よりは上ですから買い替える意味はあります。

弦楽器の音は下克上だと言っていますが、思わぬ伏兵が現れました。

楽器庫の一番奥にあった謎の古そうな楽器です。

仕事も雑でかなりいびつです。
どこの誰が作ったのか全く分からない楽器です。量産品のような特徴も無いので手作り感があります。しかしどこの流派なのかも全く分かりません。普通はこのような楽器に偽造ラベルを貼って売るものですが、それならニセモノと判断されるものです。しかしノーラベルでなんだかわかりません。

アーチも平らでペタッとしたものです。

普通に考えればただの安物で1万ユーロもすることは無いです。クオリティだけで言えば5000ユーロもどうかと思うくらいです。古さをどう評価するかです。
ただし、仕事の雑さになんとなく雰囲気があります。まず無いとは思いますが、もしかしたら高価な楽器かもしれません。古い楽器は作者や流派によって値段が決まるのでそれが判明しないと値段のつけようがありません。値段がつけられないと売ることはできません。

ここまで粗雑に作られた楽器は名器を集めたような本には出てきません。本を作る時には美しい傑作を写真に収めようとするからです。

しかし音はよく鳴って豊かさと強さがあります。
彼が何度も何度も試奏を繰り返した結果この楽器を一番気に入りました。しかし社長も売り物として考えていなかったので困ったものです。私が変な楽器を楽器庫から見つけてしまったばっかりに厄介なことになってしまいました。粘り強く交渉するとこの後で鑑定士に見てもらうことになりました。
今回は予定通り自分の楽器だけを持って帰り私が次に帰国するときに楽器を届けるという予定です。謎の楽器が買えないようならヤコブスになります。
ヤコブスは最大で8万ユーロの相場となっています。今なら1000万円を超えます。謎の楽器は値段が不明です。普通なら1万ユーロもしないはずですが、念のため鑑定士の意見を聞きたいと思います。


鑑定士はなんて言うでしょうか?

古い楽器らしい音色があり、鳴りが良くて楽に音が出るということを高く評価していました。このような楽器を買わずに、なぜ苦労してわざわざ音が出にくい楽器を弾かなければいけないのかということです。

私の見た感じではオールドではないと思います。アーチが平ら過ぎるし大概のものはアマティやシュタイナー譲りの丸みがあります。ストラドモデルを適当に作った様な感じがあります。フランス風のモダン楽器をよく理解しないで自己流で作った様な感じがします。オールドとモダンの境目の時期なのかもしれません。
モダン楽器で有名な作者でこのようなものは見たことが無いのですごく高価ということは無いでしょう。それでももしイタリアの人が作ったならそれだけで最低でも3万ユーロはすることでしょう。
他にパターンがあるとすれば、有名な職人の息子がとんでもなく不器用なケースです。苗字が有名なら最低の評価でもそれなりにするでしょう。

このような楽器は職人には怒られるタイプのものです。「こんなひどい楽器をなんで選ぶんだ?」と。それに対して「でも音は良いんです」と反論しなくてはいけません。

修理は私が表板を開けてフルレストアしてあります。しかし私も覚えておらず、たいした楽器ではないという認識だったようです。それ以来売り物として出されることもなかったようです。その時に張られたオブリガートの弦も5年以上前のものですが新品のようです。

最後にあご当てを選んで、古い在庫についていたものがしっくり来たようです。金具が酸化して粉を吹いていましたが、未使用だったようです。磨いたらきれいになりました。昔のあご当てでメーカーも分かりません。

肩当を使わない場合にはこのような真ん中につけるものを使う人がいます。


とても面白い体験


読者の方が来るというのも初めてでしたが楽しい数日間となりました。

出どころ不明の謎の楽器を気に入ることになりました。私が言って来たとおり、弦楽器というのは弾いてみないと分からないということですし、どこの誰が作ったものに音が良いものがあるかもわかりません。
木材もチープなものです。

鑑定士は夏休みで休業しているので来月に鑑定に出します。結果が楽しみですね。私は鑑定士ごとに言うことが違うのではないかと思います。でも、鑑定士も分からないと言うのではないかと思いますけどね。どうでしょう。


どちらかのヴァイオリンと私が自分で作っているヴァイオリンの二つを持って帰るため他のものは次回の帰国では持って帰れません。ご了承ください。


鳴りにくい楽器を学生に使わせるのは酷です。仕事の道具としても使いやすいことが重要なのではないでしょうか?日本の楽器の流通には大きな問題があるようです。消費者の意識が大事だと思います。何でもない楽器をバカにせずちゃんと音を評価することが重要です。

冒頭のチェロの話も無視できなくなってきます。
ハミッヒのチェロは板が厚くて鳴りにくいという話でしたが、同じような厚さで新品だった場合はそれよりも鳴らない可能性が高いでしょう。あのハミッヒのチェロでさえ日本で売られているものよりもはるかに鳴るという可能性も出てきます。怖いので考えるのはよしたほうが良いかもしれません。

日本国内であれば他の生徒も同じようなものを使っているので競争においてはハンディキャップにはならないでしょう。しかし世界で一番高価な楽器を使っている日本人の学生が一番鳴らない楽器を使っているのではないかと思われます。留学生などを見ると心当たりがあります。

少なくとも留学する前に楽器を買っていくのはやめたほうが良いと思います。