ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -11ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。

夏にこんな記事を書きました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12817824358.html
前編と言いながら後編が来ていませんでした。

過去に別の職人が指板を交換して音が悪くなったので元に戻してほしいという依頼でした。その職人は指板の裏側を特殊な加工をすることで音が良くなると考えたのでしょう。しかし、頭で考えただけでは机上の空論でしかありません。

修理の依頼として難しいのはその以前の音を知ることができないので、以前の音に戻してほしいと言われてもわかりません。

しかし問題は他に見つかりました。駒が低くなりすぎています。
弦に引っ張られネックの角度が寝ていきます。そうすると弦と指板の間隔(弦高)が広くなりすぎて弦を抑えるのが難しくなります。弦高を正しくするためには駒を低くします。それを繰り返していると駒が低くなりすぎてしまいます。
20年くらい前に大きな修理をしているチェロですが、そこからネックが下がったのか、もともと低めに入れていたのかよくわかりません。

そこでネックに木材を張り付けて角度を調整しました。

同時に指板も新しくしました。以前のチューンナップ指板は上のカーブが平らすぎるのを不満に思っていたそうです。丸すぎるものを削って平らにすることはできますが、平らすぎるものを丸くすると両端が薄くなりすぎてしまいます。そこで新しいものに交換です。裏側に特殊な処理はせずに普通のものです。


ニスの補修を終えるとこんな感じになりました。継ぎ目が全く分からないというまでにはいきません。しかし修理法としては楽器にダメージを与えず最も経済的な方法です。チェロの場合には数十年に一回はこのような修理が必要です。


ニスもこんなにひどい状況でした。

最低限の補修でも随分とましになりました。

オーケストラの夏休みを利用しての修理でしたから、また新シーズンが始まってしばらく試してもらいました。
基本的にはすごく気に入ってもらえたそうです。しかし高音に荒々しい音がついてくるのが不満だと言っていました。
修理を終えたときに、弦の交換も考えたのですが、とりあえずそれ以前に張ってあった弦をそのまま使って、修理後の音の変化を見てから、弦の交換を考えようということになっていました。

弦は低音側の二本がトマスティクのスピルコア、高音側がラーセンです。これは20年以上前に流行した組み合わせでしょう。私が始めたときにも新製品の弦が登場し、すでに時代遅れになっていました。
チェロはスチール弦を使っている人が99%で、弦の音や演奏感覚への影響がとても大きいです。かつてはチェロでもガット弦が使われていました。ガット弦では柔らかすぎるので、スチール弦も背に腹は代えられず音量を得るために使われてきました。欠点ははっきりしていて金属的な耳障りな音がすることです。

ヴァイオリンではガット弦に変わるものとしてナイロン弦が主流になりました。しかしチェロでナイロン弦は柔すぎます。トマスティク・ドミナントやピラストロ・オブリガートなどわずかな製品にナイロン弦がありますが、スチール弦になれた人はグニャグニャして弾きにくい印象を受けるでしょう。

一つはチェロが低音楽器であること、サイズの割に板が薄く構造に柔軟性がある事などが原因でしょう。ヴァイオリンでもスチールはかつては耳障りな嫌な音と考えられていました。ガット弦が高級でスチール弦は安物と考えられてきました。安い楽器にスチール弦を張るのでよけいに耳障りな音になったことでしょう。今ではナイロン弦が開発され音の滑らかさはガット以上で、張力もガットよりも強いものです。
現在ではスチール弦も進歩しそのようなことはありませんが、細かな音の表情が失われてしまうと感じるかもしれません。使う人がいないので開発は止まっています。ナイロン弦はもともと特性が万人向きで望ましいものであり、スチール弦は欠点を抱えているものでした。このためか、チェロのスチール弦は新製品が出るごとに改良が進み、金属的な音が軽減して来ています。ヴァイオリンのナイロン弦は進歩しているかどうかよくわかりません。新製品は出ますが、定番になるものはありません。

このためトマスティクのスピルコアは古い世代のスチール弦ということになります。荒々しく針金のような音です。それに対してラーセンというメーカーは進歩的なスチール弦の開発でリードしてきました。他社よりも金属的な音が少ない柔らかい音が特徴です。
多くのチェロでは低音が頼りなく、高音が耳障りという問題を抱えています。それは人間の耳が高い音には敏感だからではないかと考えていましたが、楽器の構造で高音側に魂柱が入っているために、高音にクッション性が少なく音が強くなっているのではないかとも思います。これは以前左利きの人のために弦を左右反対に張る実験をした結果得られた見識です。

そのようなチェロの癖にあわせて、低音には金属的な音のトマスティク・スピルコア、高音側にはラーセンのラーセンを組み合わせました。ラーセンは張力を増したソロイストというバージョンが追加されました。

私はあまりのも両極端な組み合わせだと思います。
すべてスピルコアにすると高音が耳障りで、すべてラーセンにすると低音が頼りないというわけです。もし同じ弦のセットで上手くいくのであればそれが優れた製品と言えるでしょう。それで言うと中庸なのがピラストロ社です。パーマネントまたはパーマネント・ソロイストであれば、4弦をセットで使うことができます。逆に言えば高音が特別柔らかいわけでも無く、低音が特別強いわけでもありません。チェロ自体が問題のないものならばそれでいいでしょう。その後はエヴァピラッチ・ゴールドが出ました。これは全体的に柔らかい音のもので明るく豊かなボリューム感のあるものです。さらにパーペチュアルというものが出ました。これは引き締まって筋肉質の角の尖った暗い音です。

ラーセンはトマスティクから低音市場を奪還するためか、マグナコアというものを発売しました。柔らかい一辺倒ではなくスピルコアのような荒々しさを持たせています。高級スピルコアといった感じです。楽器によって相性がありますが、今学生などには人気があります。ただラーセンの得意な音では無いようです。

さらに新たに出たのがイル・カノーネというもので、これにはDirect&FocusedとWarm&Boadの2種類のバージョンがあります。基本的にはDirect&Focusedでスチール弦の正常進化が実感できると思います。特に耳障りなチェロではWarm&Boadが救世主となるかもしれません。

ただしラーセンで問題になるのは、高音の弦の寿命が短いことです。スピルコアとともに使うとA線を頻繁に変えないといけません。プロの使用頻度では数か月、半年も使うと長い方でしょう。低音の方のスピルコアは何年でも大丈夫です。むしろうちのお客さんん間ではスピルコアは新品の頃の硬さが取れて使い込んだ方が良いとう認識になっています。
このためチェロの弦は高音のものほど頻繁に変える必要があり、低音の方は劣化はあまり気にしなくてもいいというものです。

ラーセンがそのようになっているのは、もともとそういう設計になっているからです。ピラストロのほうがそこまで柔らかい音ではないものの耐久性はもう少しあるということです。ピラストロでは一番新しいフレクソコア・デラックスが最も柔らかい音と公式HPでも示されています。これは値段の安いものですが、安い楽器ほど耳障りな音のものが多いのでピッタリです。ただし、低音はやや頼りないので、同社のエヴァピラッチゴールドとの組み合わせを考えているようです。高音用の弦としても可能性を感じます。

トマスティクは伝統的に高音が耳障りになるケースが多いです。高音が柔らかい音のチェロなら可能性はあります。新製品がどんどん出ていますが、私どもは追いついていません。


話を戻すとチェロの持ち主は、マグナコアぐらいまでは試したことがあるそうです。10年以内の新製品は知らないようでした。いくつか試したけどもスピルコア+ラーセンに戻っていたようです。
そのチェロは特殊で離れて聞いているとそうでもないのですが、弾いている本人にはとても柔らかく感じるようです。それでスピルコアに戻っていたというわけです。

新製品がたくさん出ているのでアップデートを考えることができます。また本人が言っていた高音の耳障りな音も、ラーセンの弦が古くなっていることが考えられます。本人が演奏するとすぐにそれが弦の劣化によるものだと分かりました。基本的にのチェロのA線は古くなるとビョーンと金属的な付帯音が出てきます。ラーセンでは最初は柔らかいだけに目立ちます。これは当たりはずれや、楽器との相性などのレベルではなく必ず生じる変化と考えて良いと思います。
アマチュアでも2年くらい手入れも何もしていないようなチェロでは高音がメタリックになっていることが多いです。そうなるとA線の交換を薦めます。高音ほど劣化が感じられるので次の機会にはA線とD線を交換することになります。

本人としては低音はスピルコアが悪くないと考えているようなので、単に新製品にするだけでは低音が頼りなくなってしまうでしょう。メーカーは金属的な音を減らし柔らかい音を目指して開発を続けていますが、時にはそれによって柔らかすぎるということも起き得ます。新しい製品にすれば何でもスピルコアよりもマイルドな音になってしまい持ち主はそれは望んでいないとのことでした。

そこで芯のしっかりした音のピラストロ・パーペチュアルを薦めました。パーペチュアルはバージョンの違いが山ほどあって我々も覚えられないくらいです。パーペチュアルは楽器によって相性があって上手くいったりいかなかったりします。その辺の難しさがバージョン違いを次々と発売する原因かもしれません。
もっとも新しいのは「エディション」というバージョンでマイナーチェンジバージョンと考えて良いでしょう。

これをスピルコアのGとC線と交換すると、芯の強さは残しつつも開放的に豊かに鳴りました。タングステン巻きの弦なので最初は本調子ではありませんが、すぐに新世代の弦の違いを実感できたようです。
これは楽器との相性もあり、押さえつけたような重い音の出方になることもあります。今回のケースでは上手くいきました。

今度は高音側です。
劣化したラーセンを新品にするだけでも効果はあると思いますが、同社では一番新しい高級弦のイル・カノーネを試してみることになりました。始めにWarm&Boadを試すと耳障りな金属的な付帯音は無くなりました。さらにDierct&Focusedにすると伸び伸びと開放的に鳴るようになり、とてもスチール弦とは思えない柔らかい音でした。

このような体験は新製品が出るごとにします。かつて柔らかさに驚いた弦もさらに新製品と比べると針金のように感じます。ただそれがユーザーの求めている方向性なのかは分かりません。

プロの演奏者なのでこれが劣化すれば経費として交換が必要です。
アマチュアならそこまで劣化が速くありませんし、さらに経済性を考えるならフレクソコア・デラックスも考えられます。

スピルコア+ラーセンに変わる弦のアップデートとして面白い結果を得られました。パーペチュアルはバージョンがいろいろあるので他がどうなのかは気になりますが、すべて試せる人はいないでしょう。カデンツァというバージョンはG線とC線のみで用意されています。ということはスピルコアの市場を奪うべく開発されたのかもしれません。今回はエディションで十分な効果を得られたのでそれ以上詮索しませんでした。

かつてはチェロのスチール弦は欠陥を抱えたものであり、良いものが無い中苦肉の策で、スピルコア+ラーセンの組み合わせが流行しました。その後新製品が次々と出てどれを選んでいいか分からないという状況になっています。値段もどんどん高くなっていて気軽に買って試すというわけにもいきません。
そんな中ピラストロのフレクソコア・デラックスは値段も安く、耳障りな嫌な音を抑えてくれる悪くない製品です。ただ積極的に音を追い込んでいくというまではいかないでしょう。高級弦に比べると低音には頼りなさもあります。しかしランニングコストも考えると量産楽器にはとりあえずこれでいいのではないかと思うくらいです。

このチェロの持ち主の方はジョージア(グルジア)の出身だそうです。チェロも学生時代に買ってもらったものだそうです。サイズは小さめでその割には音が良く、他のものを借りてもピンとこないそうです。
楽器自体はボロボロで、どこの産地のものかもわかりませんが特別高価なのではないでしょう。そんなものを東ヨーロッパの人たちは使っています。ミルクール、マルクノイキルヒェン、シェーンバッハなど大きな産地の特徴が無いので地理的に考えてもハンガリーのものかなとも思います。


これはウクライナから来たばかりの親子が持っている子供用のチェロです。ラベルにはロシア語のような文字が書かれています。

酷いボロボロのものです。

修理もひどく絵の具のようなものが塗ってあります。


たまたまそこらにあった古い駒をあてがってみると奇跡的にぴったりだったので
タダで修理してあげました。
こんな粗末な楽器で練習している国もあります。

ロシア出身の人では24年使っていたチェロの弦が切れてしまって耐久性の不足を嘆いていました。それに比べるとラーセンの弦などはぜいたく品です。高価な新製品に次々と交換しなくてはいけないとまでは言うことはできません。


結果的に修理は上手くいって持ちの主の方には大変満足してもらったようです。指板の軽量化よりも、駒の高さ=ネックの角度のほうが音への影響が大きいでしょう。駒が低すぎると弓が表板にぶつかってしまうので弓の可動範囲を確保するために必要な修理で、結果音も良くなったと感じたようです。
物事というのは優先順位というものがあります。細かいことに夢中になってしまうと大事なことを見落としてしまいます。細かいことを知っている方が優れていると錯覚しがちです。マニアにはそのような製品が魅力的に見えビジネスとなって目立ってきます。

しかし大きなことを理解する方が難しいです。
具体性やつかみどころがなく、それが分かっていることの方が理解度が上です。


私は音は好みだという話をしています。
これは、職人の論理で「これは良い楽器だからこの楽器を買いなさい」と強要するのではなくて、ユーザーに選択権があるということを言っています。

そんなのは配給制度じゃないんだから民主主義の社会では当たり前でしょう。それが当り前じゃないのが職人の世界です、中世の大昔のままなのです。
こんにちはガリッポです。

まずはミルクールのヴァイオリンから


かつてこの楽器を買った人の領収書はミルクールのJTL(ジェローム・ティブヴィル・ラミー)のものと書かれています。
どこを調べても名前や印はありません。私にはJTLのものであるかどうかは分かりません。
しかしミルクールのヴァイオリンであることはすぐにわかります。

なぜこれを見てミルクールのヴァイオリンと分かるのでしょうか?
「ミルクールのヴァイオリンの特徴を挙げよ」と質問されたときになんと答えるでしょうか?

ストラディバリモデルでアーチはフラットです。
でもそれだけでは、他にもたくさん同様のものがありそうです。
エッジの仕上げ方に特徴がありますが、言葉でなんと説明しましょうか?

スクロールの縁が黒くなっています。しかしこれだけでミルクールの楽器とは断定できないでしょう。

つまり言葉では説明できなくても、楽器を見ることによってこれがミルクールの量産品であることが分かります。逆に言えば楽器がどのようなものであるかは楽器を見ないと分かりません

量産品であるということがなぜわかるかと言えばクオリティが、一流の職人のハンドメイドのレベルには無いからです。しかしながら、他の国のものを含めれば高級品に匹敵する高い水準で作られています。とはいえ量産品、中よりも見た目のほうが美しくできているでしょう。板の厚みはやや厚めで、フランスの一流の作者のものとは違うようです。
その代わりにプレス(平らな板を曲げてアーチを作ったもの)では無いようです。無垢材というわけです。

JTLは当時ミルクールでは大きな企業であり、自社だけでなく他の工場からも買って販売していたことでしょう。したがって、どこの工場のものなのかはよくわかりません。しかしミルクールのものであることは明らかです。

マルクノイキルヒェンのマイスターヴァイオリン



これも見た瞬間に上等なものだと分かります。

ラベルは無く「K.A.ギュッター」という焼き印が押されています。楽器のクオリティからハンドメイドのヴァイオリンだと分かります。作者を調べるとマルクノイキルヒェンの作者ということが分かりました。


裏板の材質も高級な一枚板であるだけでなくアーチのカーブがとても美しく立体造形のセンスがあることが分かります。このため職人の腕前としては一流であることが分かります。
エッジには丸みがつけられています。古い楽器の雰囲気を出すためで、オールドイミテーションの一つです。これは1900年頃には流行し、イタリアのモダン楽器にも見られる特徴です。現在でも主流で19世紀フランスのようなものの方が珍しいです。今ではそれがオールドイミテーションの手法とは知らずに作っている職人が多いことでしょう。

一流の腕前の職人の楽器に、ギュッターという名前が押されているのでおそらく本物と考えて良いでしょう。
一般の人は私とは逆です。一流の作者の情報をどこかで聞いて、その名前がついているとその楽器が一流の職人に作られたものと認識します。この方法だとどこかで聞いた評価が怪しいですし、名前がついていても偽造ラベルだったり、作者が弟子や工場で作らせたものかもしれません。腕の良い職人でも知られいていないことが多いです。

本には1978年にヴァイオリン製作コンクールで金賞を取ったと書かれています。この楽器は戦前のものでしょう。1991年まで存命だったそうです。
にもかかわらず日本でこの作者を知っている人は皆無でしょう。腕が良い職人でもマルクノイキルヒェンの作者は日本では注目されないのです。評価というのは一体何なんでしょうか?・・・ザルですね。

スクロールも丸みが綺麗に作られていますがニスにも特徴があります。


赤くて柔らかいニスです。同様のニスはドイツの19世後半から戦前にかけてのモダン楽器に見られるものです。フランスの楽器製作を元にしながらドイツ独特のスタイルが確立されています。もはやフランスのまねではありません。北ドイツのハンブルクから南のミッテンバルトまで作風が酷似しています。それでも作者ごとに微妙な違いがあり個性ということができます。

マルクノイキルヒェンでは量産品には硬いラッカーが使われ、独特なアンティーク塗装が施されました。


それに対してグレードの違いがあり、高級品には柔らかいオイルニスが分厚く塗られています。

コーナーとパフリングの仕事もきれいです。

柔らかいニスなので実際に剥がれたところもあるでしょうが、オールドイミテーションがほどこされていたのではないかと思います。


ひび割れなどは人工的につけられたものでしょう。
バスバーのところに割れがあります。これが安価な量産品なら致命的な損傷となるでしょう。この楽器はマイスター作品であることが明かなので修理する値打ちがあります。作られてから大きな修理は受けて無いようなのでちょうどオーバーホールでフルレストアする時でしょう。修理が済んでいるか済んでいないかも値段や音に大きな違いとなることでしょう。ですから試奏するときには注意が必要です。

この楽器は見たところで上等なドイツのモダン楽器であることが分かります。そこに焼き印があるので作者名が分かります。高いクオリティで作られているのでおそらく本物であろうと思います。さらに本で調べてみると形が酷似しています。

これも実際に楽器を見ることによって量産品ではなくマイスターのハンドメイドの楽器だと分かりました。文章で特徴を記述してもわかりません。実際に楽器を見ないといけません。

この楽器も板を測ると厚めに作られています。
しかし100年くらいは経っているので、同じような厚さで作られた新品の楽器よりはよく鳴ることでしょう。厚めの板で作るのは1900年以降は多くなります。それが手抜きのためなのか、それが音が良いと考えていたのかはわかりません。

私は板の厚みは音の個体差を生み出すので、好き嫌いの問題だと考えています。厚めの板の音が好きな人は、わりとたくさんあるので容易に入手できます。それに対して薄めの板の楽器は少ないのでそれが好みである場合には入手は苦労します。

この楽器はストラディバリモデルで赤いオイルニス、フラットなアーチです。しかしそれをマルクノイキルヒェンの特徴とは言えません。他の産地でも同様のものがたくさんあります。フランスやイタリアにもあります。

どうして量産品とマイスター作品との違いがわかるのでしょうか?
それはクオリティの違いであり、訓練されていれば見ればわかります。写真ではちょっと怖いです。現物を見れば一目瞭然です。


「マルクノイキルヒェンの楽器の特徴は?」と問われた場合の知識について考えてみます。

(正解)マルクノイキルヒェンではシュピールマン式のネックで作られ、木枠を使わないで横板が作られ、コーナーブロックが入ってない。


これが分かっていれば「知識がある」と言えます。
シュピールマン式が何か分かっている人は相当知識があることでしょう。
しかしこの楽器はシュピールマン式のネックではありませんし、おそらく外枠か何かの木枠を使ったことでしょう、コーナーブロックも入っています。
知識として学ぶことと、実際の楽器が違うのです。上記のような特徴はマルクノイキルヒェンのオールド楽器に見られる特徴です、モダン楽器ではもう変わっています。

ヴァイオリン製作学校の留学生の話をしましたが、このような知識を学んでいるところです。しかし現実の楽器とはかけ離れていて、学校では実物を見る機会もありません。
ヴァイオリン製作学校で何年も知識を学んだあと、実務経験を積んでそれが現実とは違っていることを学ぶことができます。
ですから、弦楽器について知識を学ぶと一旦、現実から遠ざかります。そしてさらに現場で勉強するとそれが間違っていることを学べます。この時「理論家」であると現実を受け入れることができません。

当ブログでも知識を教えると、学んだことによって現実から遠ざかってしまいます。知れば知るほど理解から遠のいていくのです。私が教えてしまっていることに罪を感じます。日本ではその機会すら難しいですが、先入観を捨ててできるだけいろいろな楽器を弾いてみてください。


先日、レンタルのチェロを使っている子の家族が4/4の初心者用のチェロを購入しようと来店していました。師匠は「値段は手作業の量が多いほど高くなる」と説明していました。うちですべて手作業で作ると4万ユーロになると言っていました。しかし4万ユーロ分音が良いというわけではなく、手作業で作るとそれだけのコストがかかるからその値段です。音で値段がついているのではありません。

4万ユーロなら今の相場では640万円ほどになります。
こちらの消費税込を抜くと520万円程度になります。日本に輸出する場合には日本の消費税がかかりますが、全額に対してかかるわけではなく現地で買うよりも~15%くらい安くなるでしょう。

ともかく師匠はコストで値段を説明しました。
さらに「音については主観です」と説明すると、お客さんは「じゃあ、音は好みの問題ですね」と自分から言ってきました。私がいつも言っているようなことがすんなりと理解されました。これが日本人には理解できないようです。

日本ではまったく違う説明がなされることでしょう。
営業マンはまず製造国がどこであるかから始まって、その楽器がいかに優れているか説明します。

しかしうちでは「値段は製造コストで決まっていて、好きな音のものを選んでください」というだけです。

日本の営業マンは必要ないことしか説明していません。
それを入社して先輩から学ぶのでしょうから、真面目に働いているわけです。
むしろ製造コストはうやむやにして、製造コストによって値段が決まるという概念自体を消費者の頭から消し去りたいようです。


このため楽器について知識を得ることは意味がないことになります。
それどころか知るほど現実から遠ざかっていきます。プロの職業人を育てるヴァイオリン製作学校でも例外ではありません。学校で学んだことが、職場で間違っていることに気付けるかということです。職場も様々で、師匠が自分の楽器を作っているだけの工房なら、師匠の楽器しか知らないままです。演奏家のお客さんと接し、いろいろな楽器を目にして行くと学んだ知識と現実が違っていることに直面するでしょう。理論家という人は頑なに現実を受け入れません。

そういう中で音大生や音大を目指す人たちがどんな楽器を求めているかを知っていると、今回出てきたような楽器が注目されます。

知識を勉強するとまず、アマティ、ストラディバリ、デルジェス、シュタイナーなど古い名器を学びます。「100年くらい前の普通の楽器」の価値が分かるのはずっと後です。一方新作楽器であれば、宣伝やメディアへの露出があって知られています。マニアで詳しい人はこの両方には詳しいかもしれません。ヴァイオリン職人でも19世紀のフランスの楽器に興味がある人はとても少なくなります。1900年頃のドイツの楽器ともなると誰も知らないという状況です。オークションでも注目されません。しかし楽器自体が現代のものと変わらないので同じ系統の音で新作楽器よりも鳴りが良くなっています。

楽器マニアではない学生と親は限られた予算の中で作者名を見ずに試奏して音が良い楽器を選ぶとこれらの楽器を購入するわけです。マニアでも何でもない人たちに選ばれるので我々は注目しているのです。このあたりの楽器が分かるということは相当詳しいということですね。でも作者名を知っても意味がありません。名前を伏せて選んだ結果、どの作者だったかということです。見て量産品なのかマイスターの作品なのかクオリティが分かることが重要です。楽器を見分けるのはそのレベルの話であって、作者が天才かどうかは私にもわかりません。


このような感じですから、言葉で言われていることは全くあてになりません。
言葉で物事を理解したいというのが「人間の性(さが)」でしょうね。しかし実態とは違っています。
そういうことを常に経験しているので私は言葉なんてものは全く信用していません。


こんにちはガリッポです。

コメントについては常に丁寧に応えることはできません。
時間が無いので応えることすらやめようかと考えています。

その時の時間の余裕や気分次第です。
いろいろ考えた結果結論だけを書くと冷たいと思われるかもしれません。質問であれば答えがはっきりしている場合は即答です。答えが分からない質問には分からないと答えます。
そういう事が少なくないと思います。そうなりえると思ってください。無視されたとしても怒らない覚悟のうえ書き込んでください。

友達に「ビオラ・ダ・ガンバ」を作ってくれと半分冗談で言われたことがあります。「ビオラ・ダ・ガンバは作れない」と即答してケンカになりました。それくらいできるだろうと思うかもしれませんが、私にとってはヴァイオリンやチェロとは全く違う未知の楽器であり、寸法や製法が分かりません。そもそも弦楽器は時間がかかるので友達だからと言ってプレゼントのように作ることはできません。弾く方も難しく、まずチェロから練習するように言いました。私は職人としてそれくらいシビアに物事を考えています。はっきりわからないものは分からないとしか言いませんし、できないものはできないと言います。友達としては「良いよ、いつか作ってやるよ」というくらいの答えで良かったのかもしれません。そんな答えが欲しいですか?

職人と一般の人ではかなりギャップがあるようです。それを埋めるためにブログを始めたわけですが、どうも無理そうです。



前回はトランジェントという概念で音を説明してみました。そのような発想を頭に置いて実際の楽器の音を聞いてみるとやはりよくわかりません。本当にそれが言い当てているのでしょうか?
音が鋭いとか柔らかいということを「時間軸」の特性で説明しました。

そんなことは考えずに音が鋭いとか柔らかいと感じたままに感じれば良いんじゃないかと思います。

作業などをしていると音が発生します。工房では作業音が出ます。ハンマーなどで叩いたりするのはもちろんやすりで削ったり擦ったりするだけでも思ったよりも大きな音が出て周囲の人を驚かせることがあります。これは、特に響板のような振動体を持っていない部品でも意外と大きな音がするものです。
何か机から落下しただけでも相当な音が出ます。そう考えると松脂のついた弓で弦を擦って出る振動はとても微弱なものでしょう。その微弱な振動を響かせるのが弦楽器の胴体ということですね。

世の中には騒音が溢れていて、音を響かせようとして作られていないのに大きな音になっていることがよくあります。ものを叩いたり擦ったりするときのように、弓と弦が擦れる瞬間にもいろいろな音が出ることでしょう。そのような音が楽器によっては吸収されたり、微弱な振動も失われずに響いたり差があるのではないかと思います。



さてヴァイオリン職人の職業について質問がありました。
イメージと現実が違うかもしれませんので皆さんにも説明しましょう。

クリエイティブな職業

ヴァイオリン職人として思い浮かべる仕事はヴァイオリンを作って販売することでしょう。これは、小説家や漫画家、イラストレーターや画家、作曲家、デザイナー、ゲームクリエイターのような作品を作って販売する仕事です。どうやったらそれらの職業になれるか決まったルートは無いでしょう。
もっと言うとお笑い芸人とか歌手ミュージシャンとか役者やアイドルなどそのようなものもあります。
これらの仕事はやりたいと思っている人が、求められている仕事の量よりも多いのでその職業に就くことがとても難しいものです。

クリエーター系の専門学校は日本にはありますね。
全く誰一人その職業につけないということは無いですが、ほとんどは辞めていくものです。学校に入ったからと就職できるわけではなく、クラスに一人、ものになる目の輝きの違うやつがいるかいないかの世界です。就職率などをアピールしてもやめて行った人はカウントされていません。


職業は需要と供給の関係にありますから、働き手が多い仕事ほど待遇は悪くなり、働き手が足りない仕事ほど良くなるはずです。仕事の重要度も大事です。暮らしや命を守るのに重要な仕事であるほど待遇は良くなるでしょうし、そうでなければ悪くなるでしょう。

それで言うと弦楽器はそれほど生きていくのに重要ではありません。ラーメンを食べる人は人口の大半を占めるかもしれませんが、ヴァイオリンを弾く人はわずかです。弾く人でも生涯に買う楽器の数はそれほど多くありません。ラーメン屋でさえ従業員の数がヴァイオリン工房よりもはるかに多いものです。ヴァイオリン工房に就職することはそれくらい難しいのです。

自動車なら製造するのはメーカーです。
メーカーは下請けの会社が作った部品を組み立てているだけです。
出来上がった車はディーラーという売る専門の会社で販売します。外国の車を輸入して販売する会社もあります。故障を修理する整備士がいたり、修理を専門にする会社もあります。古い車は中古車を販売する会社があります。クラシックカーを修理して販売したり、レースカーを改造して作ったりする会社もあるでしょう。レンタカーもあります。

このように自動車の産業は多くの会社が携わり、それぞれ専門の職業があります。ディーラーだけでも経営者、事務、経理、営業、整備士などヴァイオリン工房では考えられないほど多くの人が働いています。

しかしヴァイオリン職人はこれらの仕事をすべて一人でやらなければいけません。それほど多くの人に給料を払うほど演奏者が多くないからです。

ヴァイオリン職人になるということは「ヴァイオリン産業に就職する」という意味になります。ヴァイオリンを作るというのはその中のほんの一つの仕事にすぎません。

お客さんの立場になって考えることが重要です。
自分がヴァイオリンを買いたいとします。そんなにお金は持っていないかもしれません。30万円でも大金でしょう。
ヴァイオリンを作るのに3か月かかるとすると1か月10万円になります。材料代と工房の家賃や自分の家の家賃、光熱費を払うとその時点で赤字です。
ということはその値段では自分で作って売るのは無理なのです。
お客さんからすれば100万円も200万円も出すことはできません。

それをもっと早く作れば可能性が出てきます。
仕事は手早く雑に作ります。それができることが「ヴァイオリン職人の才能」と言えるかもしれません。つまり、大雑把で適当な人が向いているというわけです。チェロなら間違いなくそうです。
それよりも早くするには機械を使えば良いかもしれません。
機械はとても高価なので、元を取るためにもっとたくさん作らないといけません。自分のお店では売れ残ってしまうので、お店に販売します。

お店は30万円のヴァイオリンを30万円で仕入れたのでは儲けが出ません。もっと安い値段で仕入れます。さらに安く作らないといけません。工場を大きくして機械と従業員を増やして極力安く作れるようにします。たくさん販売して機械を買うために払った費用を回収します。

それに対して中国のメーカーがもっと安い値段で楽器を作ってきます。楽器店はそちらの方を買った方が儲かるので買ってくれなくなるかもしれません。


つまり自分で楽器を作って売る場合の価格帯が限られてきます。
お客さんは人によって出せる金額が違うので自分で作った楽器で対応できるお客さんの割合がずっと少ないのです。さらにもっとお金持ちの人がいると、骨董品のような古いものを買うようになります。

楽器の販売全体の中で、職人が自分で作った楽器を販売するのはわずかな割合であるということです。そもそも弦楽器を買う人自体が少ないです。それに対してヴァイオリン職人になりたいという人の方が多いのです。


人は皆自分のことを第一に考えています。他人を成功させようなんて考える人はいないと思ったほうが良いです。
若い職人が楽器を作っても、それを大きな楽器店の社長が「君の才能に惚れ込んだ、ぜひうちで販売させてほしい」なんて言ってくることはありません。楽器店の社長はいかに安く買って高く売るかを考えています。若い職人がほかに収入が無いことを知っていればものすごい安い値段で買いたたかれます。クレモナの職人などは、新作楽器の製造以外に収入源がありません。クレモナには職人が多すぎて、お客さんである演奏者が少なすぎるからです。それを知っている社長はものすごく安い値段を提示します。それしか収入源が無い職人の中にはその日のパンを買うためにやむなくそれを受け入れる人もでてくるでしょう。それが店頭に並ぶ時には何倍にもなっているのです。


このように自分でが作った楽器を売るのは、ものすごく安く作って楽器店に卸すか、自分で演奏者に直接売るかのどちらかです。

自分で演奏者に楽器を売るなら、楽器製造の能力だけではなく、販売員としての能力が必要になります。これは営業マンの能力です。
ただし、もしこの能力を持っているのなら、何も自分で作った楽器を売る必要がありません。人が作ったものを売ればその方が楽です。何か月も働かなくても、人が作ったものを買うのはお金を払えば一日で手に入ります。自分よりも知名度が高いものなら、もっと簡単に売れますし、安く買ったものなら安い値段にもできます。さっきの楽器店社長の立場です。


楽器を作ることはとても難しいです。
8割の人はそれすらできずに数か月以内に辞めていきます。
それ以上に難しいのは楽器を売ることです。
逆に楽器を売る能力があるなら作る必要はないのです。

このため職業としてヴァイオリンを作ることは世の中にそれほど必要性が無いのです。
日本では「イタリア製」ということが喜ばれます。日本人に生まれた時点でハンディキャップです。ヨーロッパでは中古楽器がたくさんあるのでそれに対抗するのが難しいです。楽器は古くなる方が音が良くなってくるので新品の楽器は難しいです。現代の物価の高さからすると値段が高くなってしまいます。中古品の方が音が良くて値段が安いので自分で楽器を作る意味がないのです。

お医者さんや弁護士が、患者や依頼者とお話をします。ヨーロッパでは30分お話をしただけでお金がたくさん入ります。楽器職人はお客さんと話をしてもお金は入りません。コメント欄で質問に答えるようなことは弁護士なら有料です。命や権利を守ることと、楽器とは重要性が違うからです。その上難しい試験によって人数が制限されているからです。こちらでは病気の治療を受けるためには何か月も待たないといけない状況になっていますが、お医者さんは長い休暇を取って優雅な生活をしています。
これに近いのは鑑定士です。鑑定士なら楽器を見て作者を判別し、書類を作成すると一日の仕事で何百万円も稼ぐことができることもあります。つまり楽器の作者が誰なのか判定するのは有料です。なぜなら高価な楽器は鑑定書が無いとその価値を保証できないからです。ただしその地位に就くのは大変なことです。そのような人たちは「マフィア」とも揶揄されています。


職人の仕事というのが世界全体でどんどん減ってきています。昔はそれしか物を作る方法が無かったのが、産業革命以降機械で作られるようになり、工場では分業で一人一人が別々の工程を担当するようになってきました。今では外国で作ったものを売るのが普通になっています。アマゾンでは中国製品ばかりが売られています。



弟子とヴァイオリン製作学校


楽器を作って売ることは職業として人々から求められていないという話でした。
それに対して趣味で楽器作りをしたらどうかと思うかもしれません。これは私はお薦めしません。ヴァイオリン作りは趣味でやるには難易度が高すぎるし、時間がかかり過ぎます。まず教わることが困難です。何年も修行しないとまともな楽器は作れません。

教える人も大変です。
職人が弟子を育てるにはつきっきりで面倒を見ないといけません。少し作業をしたらチェックして、もうちょっとこうしろとか、ああしろとか四六時中指導しないといけません。教えていると自分の仕事が半分もできなくなります。
それでいて弟子が作った楽器が売りものになるまでには何年もかかります。親方にとっては何年も自分の仕事が邪魔されるわけです。
その上に給料を払わないといけません。技術を身につけた後に独立すると商売敵になるかもしれません。どう考えても損です。そのため弟子を取りたくないという人が多いでしょう。

さらに最低賃金というものがあります。こちらでは左翼政党が一生懸命頑張って最低賃金を上げてきています。一時間あたりに支払わなくてはいけない給料が決まっているのです。何年か売り物にならないものを作っている間もその給料を払わないといけません。授業料を徴収したいくらいです。

このためヴァイオリン製作学校があります。
うちの工房に若者が「ヴァイオリン職人になりたいのでヴァイオリンの作り方を教えて欲しい」と言って来たら「こういう学校があるので行ってください」と答えます。


日本では職人は昔は住み込みで雑用をしながら、たまに教えてもらえる程度で、自分で盗めと言われたものです。従業員というよりはその家の子供に養子に行くようなものです。そのため「弟子」という言い方です。つまり子供の代わりというわけです。親方というのも親の代わりということです。昔は職業は親から子供へと受け継ぐのが普通でしたから本当の親子であることが多かったはずです。そうなると時間当たりの給料などはもらえずご飯を食べさせてもらえるだけでした。

それが今では会社の社長と従業員です。児童労働もできないので子供がお手伝いをしながら修行することもできません。100年くらい前のフランスやドイツの弓工房の写真が残っています。工房の中には子供がたくさんいて働いています。集合写真にも10歳くらいの子供がたくさん写っています。今は子供に働かせることが禁止されているので子供たちを雑用係として使いながら、英才教育を施すこともできません。今の我々職人は昔の職人のように熟練してはいません。また雑用も全部自分でやらないといけません。子供に変わるものが機械です、機械を使わないと100年前の弓工房のような生産数はできないのです。逆に言うと高価な弓もかつては、一人の職人が一本一本こだわって作っていたのではなく、子供たちでごったがえする工房で右から左と次々に完成させていたのです。だから私は作者名ではなく必ず試奏して選ぶように言っています。


学校が良いというよりは、全くの素人を一から教える余裕のある工房がまず無いでしょう。学校のメリットは他の生徒と比較できることで、自分の能力が分かります。幅広い知識や理論を学ぶこともできます。しかし実務とはかけ離れているので現場で学ばないとそれだけで開業するのは難しいでしょう。
数年では道具を使う事すらできません。働けるようになるには道具を使って作業ができるようにならないといけません。学校だけでは無理です。
アマチュアでは一生そこまで行かないでしょう。
だから趣味で楽器を作る方法を私は教えることができません。
段階としては道具が使えるようになる事が初めで、そうなったら本格的に作り方を教えることができます。道具が使えれば、指図をして仕事を任せることができます。
学校では道具の使い方を学ぶために楽器を作るという感じです。アマチュアは道具が使えないで楽器を作るわけですから不可能です。


普通の職業は就職するとその月から給料がもらえます。アルバイトなら言われた作業をすると給料がもらえます。しかし職人は道具が使えないと仕事ができません。それまでに何年もかかります。学校だけではそれすら難しいです。私も就職してすぐは給料だけでは暮らしていくことはできませんでした。当時は最低賃金が低かったのでフルタイムで働いても暮らせるだけの金額にはなりませんでした。今は同じ給料でパートタイムの雇用になっているケースが普通だそうです。他の仕事を掛け持ちしながら働くことになります。しかしEU外の人は他の仕事をするにはまた別の労働許可(就労ビザ)が必要になります。このような状況では技能が身に着かず修業期間が倍増します。暮らすために他の仕事もするのならそちらの仕事に専念しても真っ当な人生です。



今でも「無給の弟子」というのはあると思います。
親方とは雇用契約は結ばず、従業員にはなりません。
従業員ではないので給料は払う必要はありません。
仕事を手伝うことで学校の授業料を払う代わりにします。

クレモナの有名なマエストロに日本人のヴァイオリン製作学校の生徒が無償で働いて「マエストロの弟子」という肩書を手に入れます。マエストロの方は彼らに楽器を作らせて日本に輸出します。東京でイタリア製の楽器を買ったら作っていたのは日本人かもしれません。今では中国人の可能性があります。クレモナにはたくさん中国人がいるそうですがどうやって収入を得ているのかは謎です。

これも楽器を安く作るための手法です。
つまり無給の弟子に作らせるというものです。
チェロではかなりあると思います。

そういうグレーゾーンの場合もあれば、昔ながらの人情に厚い場合もあるでしょう。日本なら弟子を取って無償で教えて、食べ物をごちそうしたりお小遣いをあげたりすることで弟子の暮らしを支えます。この場合は個人的な人間関係で、親方が気に入るかどうかだけです、優秀かどうかは関係ありません。案外ダメな子ほどかわいいものです。ずっと続けられても困るので楽器が完成するまでの何年間と制限している場合もあるでしょう。これで道具が使えるようになると楽器店に就職することができて給料がもらえるようになるというわけです。
こちらでは労働組合がお金を出してくれます。しかし期限が決まっていて厳しいです。

日本の楽器店に就職するとまず楽器製作はあきらめることになります。従業員に作らせるよりも、よそで作ったものを買ってきた方が売れやすくて儲かるからです。このためヴァイオリン職人でもヴァイオリンを作っていない人の方が圧倒的多数になります。ヴァイオリン職人のほとんどは若い頃の修行時代に「ヴァイオリンを作ったことがある」という人がほとんどです。結婚などをして生活に追われると趣味などで楽器を作るなんてことはほとんど不可能です。


ヴァイオリン作りを学ぶのはこれほど大変なことなので趣味でヴァイオリンを作るよりも職人が作ったものを買った方がはるかに安いです。絶対に元は取れません。


弓については、ヴァイオリン職人として修業をしてからさらに弓職人に転向することが多いはずです。ヴァイオリン製作学校では弓職人のカリキュラムが別にあったりします。弓学校の生徒として学び直す必要があります。また弓工房や工場に就職して修行することもあるでしょう。

ヴァイオリン工房でも毛替えや修理などはやっていますので師匠に学ぶことはできます。大きな楽器店なら弓職人を雇っている場合もあります。


就職が難しいのは、個人レベルでやっている人は人は雇わないし、日本の楽器店に就職するとアフターサービス要員になるだけです。
こちらでも日本人だから難しいということではなく現地のヴァイオリン製作学校の生徒にとっても就職先は狭き門です。学校に求人が来て即就職が決まるような状況ではないそうです。私は運よく就職できましたが、決まったパターンはありません。コネが無ければ片っ端から工房を訪ねて弟子にしてくれというレベルです。ヴァイオリン製作学校の生徒のインターンというのもあります。
私が会社を辞めれば一つ枠が空くとしか言えません。

厳しい現実を知ってからがスタート


世の中には政治家の悪口を言ったり、宝くじを買ったりする人がいますが、そんなことを言っていても何も状況が好転することはありません。政府によって支援されるような産業であれば、政策が自分の職業や暮らしに直結します。弦楽器は何の支援も得られません。

すべて自分でやるしかありません。
誰もこんな事は教えてくれませんでしたが、私が20年以上やって分かってきたことです。

世の中から職人ができる仕事がどんどんなくなってきています。それでヴァイオリン職人に希望者が集中してきます。このため職人が多すぎるというわけです。
また自然志向のようなものが強い人が集まっているようです。
こちらのヴァイオリン製作学校でも生徒の半分くらいがベジタリアンやビーガンだそうです。研修などで来ると食べ物を御馳走するにも気を遣います。圧倒的に女子生徒が多いそうです。しかし独立して工房を経営している人は男性がほとんどです。

実際には森林資源を使用して自然保護に役立つような仕事ではありません。ただし、電気のような動力源を必要としない楽器ではありますし、耐用年数が長く数百年使うこともできます。
そうなるとますます新しい楽器を作ることが難しくなりますね。

少子化が進んで私の頃とは子供の数が違っていますので、様々な職業で人手不足が深刻化することでしょう。手作業の汚れるような仕事をするのはダサくて、スーツを着てオフィスで仕事をするのがオシャレだと考えられてきました。そんなドラマが多かったですね。私はそんな仕事をしたことが無いのでオフィスを見ても一日何をやってるのか全く想像もできません。

日本の社会がやって行けるように人手不足の職業にうまく人員が分配されることが良いと思います。かつてはバカにされたような職業でもいないと家も建たないし暮らしも維持できません。そのような職人の仕事もカッコいいと認められてちゃんと対価を払ってもらいたいものです。必要度の高い職業を見極めるのが重要だと思います。
私が子供の頃は景気が良く、公務員などは安月給として馬鹿にされていました。今では安定収入の特権階級だと非難されるくらいです。学生にとっても難関試験になっています。

親や先生は世代が違うためこのような現実は分かっていません。
良い大学に行けば就職できると思い込んでいます。
とにかく勉強するように言う事でしょう。

しかし具体的な職業を想定して準備する方が有利です。
この時、実現できる可能性、夢がかなわなかったときに最悪どうするかも考えないといけません。



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こんにちはガリッポです。


週末は出かけていたので更新がありませんでした。
今回は軽い内容です。


ヴァイオリン製作の理論についてお話ししましょう。
運転免許の教習所に行くと、学科と実技の授業を受けると思います。その学科に当たるのがヴァイオリン製作理論です。効率的に楽器製作を学ぶためのものです。初心者にはわかりやすく、誰でもヴァイオリン職人になることができます。

これがヴァイオリン製作の理論です。

そんなレベルのものですから、私はそれを学んだくらいですべてわかった気になるなと言っているのです。初心者の学ぶ知識というわけです。

これが実際の楽器を見ていくと全く当てはまらないものが良い音がしていたり、理論上間違っているものでも音が悪くなかったりします。このためこのような理論は意味がないと分かります。そこまで来るのにヴァイオリン製作を学んでさらに実務経験が必要ですから、一般の人は到達しないでしょう。そのレベルの知識で評論家気取りのコメントをしてくる人がいますね。

例えばグラデーション理論があります。これは裏板や表板の厚みに関するもので、中央から外側に行くにしたがって同心円状に薄くする手法です。
それを偉い職人から教わるとさも正しい知識を学んだかのように思います。でも実際そのように作られた楽器がずば抜けて音が良いこともないし、それではないシステムで作られたものに音が良いものがゴロゴロあります。

古い楽器を見ることは、自分たちが思いつかない発想で作られたものを経験することができます。それに対してグラデーション理論を信じている人は、グラデーション理論が正しいかを知るために、グラデーションじゃないものを試作して比較実験しているかというと、師匠に教わったので優れていると思い込んで実験をしていないのです。それが理論的な楽器作りです。

本当に論理的に物事を考えているのではないのです。

ただ、「しきたり」を学んでその通りに作っているだけです。理論というよりはルールというか経典ですね。

板の厚みについて言えば、駒や魂柱の来るところは力がかかるので、変形や損傷などのリスクが高いので、あまり板を薄くし過ぎてはいけないということが、修理などを通じて学ぶことができます。
それ以外のところはもっと薄くしても大丈夫ということが言えます。それだけです。
それを、周りに行くにしたがって薄くすると音が良いというのは飛躍しています。

それに対してなぜ音が良いのか何の合理的な説明もありません。

じゃあ全部同じ厚さにしたらどんな音になるのかの説明もありません。やったことが無いのに理論を信じているからです。

理論がなぜダメなのかと言えば、およそ納得できるレベルの理論が無いからです。

初心者が学ぶ理論から研究を進めることもできるでしょうが、思い込みを無くすために何もかも一度否定しないといけません。それが楽器製作理論の否定です。
理論的に楽器を作っている人が現代の常識の枠をどれだけ打ち破っているか疑問です。常識の範囲内で理論を言っていてもただ常識をなぞっているだけです。
100年前でも作者や流派がたくさんあって、発想は今の一人の人が思いつくよりもずっと幅広いです。

試み自体は否定するべきではないでしょう。しかし結果について検証を行うという発想が無い人が少なくありません。なぜ頭で考えた時点で終わりにしてしまうのか私にはわかりません。逆に結果で音が良ければよいとなると理屈なんてどうでも良いということになります。私は本来理屈っぽい人間ですが、だからこそ理論家は理解できません。自分たちの流派や師匠を過大評価していて、100年前の職人たちを過小評価しているのです。彼らも自分たちと同じように楽器製作に取り組んでいたはずです。


地元の大学の音響工学の研究に協力したことがあります。そこで困ったのは弓で音を出す時に弾く人によって音が違うことです。そこでベルトコンベア式に弓の毛を動かして弦を擦る機械を開発することでした。この機械を開発することに成功しませんでした。私は、スピーカーの心臓部のようなもの(アクチュエーター)を当てて振動を起こすほうが良いのではないかと思いますけども・・・。
ヴァイオリンの自動演奏は100年くらい前にオルゴールであったと思います。それを今の人が作れないのですから。

いずれにしてもそうやって機械で測定すると、見てもよく分からない測定結果が出ることでしょう。ある人は、ストラディバリと自分の作った楽器の測定結果を並べて「ほら同じでしょう?」と見せるわけです。見ても全く同じではないし全く違うわけでも無さそうでよくわかりません。おそらくフルートよりはストラディバリの音に似ていることでしょう。でもこういうトリックに引っかかってしまう人もいるようですね。
常識の範囲で楽器を作り、普通のよくある現代楽器と同じような音なのに、機械で測定したデータを示してさも優れているかのように見せているのかもしれません。自分の楽器作りを肯定するデータを作っているのでは測定する意味がありません。


なんか書けば、文章の端っこに出て来た主題から外れた一つのことに食いついてしまいますね。職人の仕事でも、些細なことが気になりすぎて、本来考えるべきことが分からなくなると、作業の効率が下がり仕事の結果もおかしくなります。何のために仕事をしているかわからなくなっている状態です。職人としてはダメです、読書としても良いとは言えないでしょう。

もうそういう人のために文章を書くのではなく、私は普通の国語力を持った人のためにやっていきます。



以前音響工学の話が出ました。
測定でも、一つの視点からしか測定できません。
オーディオ製品では「周波数特性」というのはどの帯域の音がどれだけ出ているか計測するものです。
このような特性では明るい音や暗い音というような音色について知ることができるでしょう。音色について意識が行くのはオーディオの経験がある人に出やすい傾向かもしれません。音楽だけの興味なら音色にはあまりこだわりが出ないでしょう。

それに対して、「過渡特性」というものがあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E6%B8%A1%E7%8F%BE%E8%B1%A1
説明を見てもわかりにくいでしょう。
状態がそれまでと別の状態に変わる間のことでしょう。例えば太鼓の場合、音が出ていない時は静止して皮は振動していません。太鼓をたたくと振動が発生します。止まっていた皮が動いている状態に変わるのです。そのあとは動いている皮が止まります。その二つの変化があります。

太鼓をたたくと止まっていた皮が振動をはじめ、空気を振動させて耳まで届く一瞬のラグがあるわけです。その間に起きていることが音の性格を決めるのです。

過度特性と言われますが、オーディオ製品で測定されたスペックなどが表示されていることは見たことがありません。音がもやっとこもっているなら過度特性に難があると概念として理解するだけです。

太鼓の音なら、叩いた瞬間に音量が一気に最大になり、そこから減少していきます。打楽器の音はそうです。ピアノやギターでもそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=eYPjGMQXk08
この動画ではギターの音に加工を加えて鋭さを和らげる方法を紹介しています。
違いが分かったでしょうか?

クラシック以外のポピュラー音楽では、楽器ごとに別々に録音し音を調整してコンピューター上で混ぜるミックスが行われて製作されています。クラシックの場合には普通は合奏をしてそれを録音します。
ポピュラー音楽のように一つ一つの楽器をマイクの近くで演奏すると音が鋭くなることがあり、それを調整するコンピュータ上のソフトがあるというわけです。これは楽器から離れていくと楽器が振動を始めてから耳(マイク)に届くまでのタイムラグが大きくなっていきます。音はマイルドになっていくことでしょう。マイクが近すぎると鋭くなりすぎるということで、調整する必要性が出てくるということですね。距離によって過渡特性が変わってきます。「遠鳴り・傍鳴り」などの現象にも影響していることでしょう。

過渡現象のことをトランジェントと言います。
このトランジェントに加工を加えるソフトを使っているのが先ほどの動画です。
先ほどの説明のように止まっている楽器が振動を始めることを「アタック」または「パンチ」、音が弱まって振動が止まるまでの余韻を「サステイン」という言葉でパラメーターを変えられるようになっています。
https://www.youtube.com/watch?v=sjQIyAvbiJ4
トランジェントシェーパーというソフトがあります。
さらにどういうふうに動かせるかは次の動画
https://www.youtube.com/watch?v=xXu3R8yvRWM

私もこんなものをネットで見つけたというだけで使っているわけでも無いし意味も分かっていません。

面白いのはトランジェントという概念で音が硬いとか柔らかいということを説明しています。打楽器ならアタックを強調すると叩いた瞬間の音が強くタイトに感じます。アタックを弱めるとボヨンとにぶい音になります。サステインの余韻を増やせば甘くふくよかに感じ、サステインを締めればはっきりした音になります。

問題はこれが擦弦楽器でも言えるのかということです。
それに関しては情報はみつけられていません。録音技術者などで様々な楽器を扱う場合、擦弦楽器は持続的な音でありアタックのような現象は無いということです。そうなるとそもそも擦弦楽器は柔らかい音の楽器ということですね。

でも我々はヴァイオリンの中で、柔らかいか鋭いかということに興味があります。


でも私が以前から話してきた内容なのですが、量産楽器では弓が弦に触れたとたんにギャーっと音が出るのに対して、上質な楽器ではじわじわと音が出ると語っていました。このことと通じるところがあるように思います。「量産楽器の音」とはアタックが強調されている状態です。一方柔らかい音の楽器は音の立ち上がりが穏やかです。

数学では円を中心から同じ距離の点の集合体と説明することができます。これと同じように持続音でもアタックが連続していると考えることができないでしょうか?そうなると擦弦楽器でもトランジェントの概念で音の鋭さや柔らかさを説明できるのではないでしょうか?

たとえば、ピラストロ社のエヴァ・ピラッチ・ゴールドというヴァイオリン弦ではアタックが強調されているように感じます。


しかし楽器作りで、何をどうやったらトランジェントの特性に違いを生み出せるかはよく分からないですね。量産楽器はなぜアタックが強調されるのかわかりません。

100年くらい経った楽器で鋭い音の楽器が多いので、アタックが強くなっています。木材の化学的な変化があるのかもしれません。
低音が強くビオラのような深みのある音で、ギーっと乾いた音がするものがあります。アタックが鋭ければこもった音にはならないのでしょうか。逆にこもった音というのはアタックが甘いという事でしょう。アタックが鋭いと同時に高音がひどく耳障りになってしまいます。

これを明るい音、暗い音という概念は周波数特性であり音色のことです、的外れでしたね。トランジェントで説明する方が的を得ているかもしれません。


トランジェントシェーパーは音域ごとにトランジェントを調整できるので高音はマイルドに、低音はメリハリをつけた音にできるでしょう。しかしこれを実際の擦弦楽器で行うのは至難の業です。マイクで録音して音を加工するしかありません。

それが面白いのは以前私が修理した南ドイツの真っ黒のオールドヴァイオリンです。低音はアタックがとても強いのに、高音が柔らかいのです。なぜでしょうね?モダン楽器では低音が強いと高音も鋭いのです。

高い三角のアーチによってトランジェント特性に違いが出ているのかもしれません。高いアーチでは余韻が短いということはこれまでも説明してきました。つまりサステインのおさまりが早いのです。フラットな楽器のほうが音が消えるのに時間がかかることでしょう。
高いアーチの楽器がタイトでダイレクト、どちらかというと強い音になるのはトランジェントでタイトな音になっているのでしょう。しかし、高いアーチのオールド楽器でも柔らかい音のものがあります。

またフラットな楽器がソフトな音というわけでもありません。アタックは強いものがあります。

アタックを強めたり弱めたりする単純な方法は魂柱の位置です。駒に近づければアタックが強くなり、離せばマイルドになります。ただ他の音の要素も変わってしまうので、それですべてがうまく行くとは限らないでしょう。演奏者がアタックの強い音が良いのか、じわっと音が出るほうが良いのか、その人の演奏スタイルによって魂柱の位置は変えます。



私が分かっていないので説明もわからないことでしょう。
しかし現実の世界では相手の知らない知識をひけらかすと相手をビビらせることができます。自分の知らないことを言われると不安に襲われ相手を強く感じてしまいます。逆に分からないとか知らないという態度を見せると負けになります。そんなのはどちらが上かという心理的な戦いであって、知識の正しさとは関係がありません。そういう事を私はしたくありません。何でも知っていて知らないことが無い方がカッコいいですが、私は分からないことを恥を忍んで分からないと白状しています。



最後にヴァイオリン製作を産業としてやっていく場合と、私のように半分趣味のような場合では大きく違うようです。ビジネスとしてちゃんとやっている会社は、いかに安く作るかということに力を入れています。実際は力を入れるというよりはむしろ手を抜くことでコストを下げています。
メーカーが製造し、外国に輸出し、楽器店で販売するとなると、とにかく大事なのは安く作ることです。更新が遅れましたが、この間にそういうメーカーの話を聞いていました。私には信じられないほど安い値段で楽器を作っているそうです。同じ職業でも全く違います。私の方が趣味のようなもので、安い楽器を作る方がプロなのかもしれません。末端価格は安くないので見ても違いが分からない一般の人には安く作られているかもわからないことでしょう。

楽器店の店頭に並ぶ楽器というのは輸出産業のビジネスモデルとして確立しています。それは、安く作って商業的な「聞こえの良さ」があるということです。ですから、そのような作者の評価などは究極的な楽器作りとは全く違うものです。世界的に評価されるのはそのようなビジネスを確立したメーカーです。生産国ではむしろ出回っていません。

このように店頭に並ぶ楽器というのは楽器としてその値段で売り物になるギリギリまで減らした作業量で作られているものだということです。前回は子供用の楽器の話でしたが、丁寧に作れば音が良いのは分かりきっていてもそのようには作られてはいないという話でした。同様に4/4でも木材の加工を最小限の作業にとどめているのが店頭に並ぶ楽器です。音を作る工程などは当然ありません。板の厚みを薄くするほど作業時間がかかるので、その時間をケチって厚すぎる板のものが作られています。それをウンチクを言って名工だの天才だの言って売っているのです。そんなレベルの話なんですよ。


世界一の天才がどうかよりも、たまたま目の前にある楽器が並み以上の職人に作られたものであるかどうか、それを見分けるのが重要だと思います。近所に並み以上の職人がいたら仕事を任せることができるでしょう。ヨーロッパならどこの町にも職人がいますから、輸出産業として世界的に知られたメーカーよりも近所の職人がのほうがていねいに仕事をしているというそんなレベルの話です。私の言いたいことがわかるでしょうかね?観光客相手の店と地元客でにぎわう店の違いですよ。

コレクターには多いですが自分が知っているメーカー名で限定して楽器を探すととても可能性が小さくなります。自分が無知で少ししかメーカーを知らないせいで、良い楽器をたくさん見逃すのですからわかっている人から見ると哀れなものです。それで自分は詳しいと思っているのですから、何も知らずに試奏して楽器を選ぶ方がよほどましです。
こんにちはガリッポです。

時々質問がありますが、子供用の楽器についても、誰も教える人がいなければ情報が無いです。

うちの店では子供用の楽器はレンタルで貸し出しています。9割以上はこれを使っています。何故かというと成長するごとにサイズが変わるので自分で買ってもいずれ要らなくなるからです。合理的というか実用的な考え方です。東アジアと違ってヨーロッパでは教育にお金をかけるという慣習が無いというのもあります。

サイズはとても細かく分かれています。
大人用を4/4と言います。
3/4、1/2、1/4、1/8、1/16とだんだん小さくなっていきます。
このため子供用の楽器のことを分数楽器と言います。
実際には数センチずつ小さいだけで数字ほど小さくありません。

理論上はいくらでも小さくできますが、どこまで低い年齢で弦楽器を弾けるかという問題にもなってきます。

それともう一つの問題は弦が短くなると、大人用と同じ音程の音を出すのが難しくなります。ピアノでもハープでも低い音の弦が長くて、高い音の弦が短くなっているのが分かると思います。弦の長さが音程に関係するからです。ギターやヴァイオリンの場合には指で押さえて振動する範囲を短くすると音が高くなるのはご存知でしょう。
音の高さを調節するもう一つの方法は弦の張りの強さです。ギターやヴァイオリンでも調弦するときに弦を緩めたりきつく張ったりすることで音の高さが変わります。ピアノでは専門の調律師がいます。
このため小さな楽器では弦が短いので張りを緩くしないといけません。余りにも弦が短くなってくると張りが弱くてプランプランになってしまいます。

さらにもう一つの要素は弦の重さです。
一般に低い音の弦のほうが太く、高い音の方が細くなっているのは、重さを変えるためです。短い弦の長さで低い音を出すには太くしないといけません。しかし材質によって重さが違うので、必ずしも太い方が低い弦とは限りません。
大人用の弦でも同じ銘柄のものでもゲージと言って太さが違うものがあります。太いものは重いので同じ音程にするにはより強く張る必要があります。このため張力が強くなります。

難しいのは子供用のチェロです。
1/8までならチェロとして成立するでしょうが、それ以下になると難しいです。大きさはビオラくらいになりますが、1オクターブ違います。1/16は難しいです、うちレンタルしているものでは最小がその間の1/10という変則的なものがありますが、C線はプランプランです。ただ音を出す練習ならビオラ弦を張ることもできないことは無いでしょう。そのあたりは教育法の問題ですね。

チェロ弦は1/8からラインナップされていて、ヴァイオリンは1/16からあります。メーカーによっては最小のものがない場合もあります。

バロック用のガット弦には分数用は無いでしょう。特注で応じてくれることはありますが、メーカーは1セットだけを製造するのは手間となるようです。
変則的なサイズのものは簡単に考えるべきではありません。楽器は作れても弦が無いと音を出すことができません。

1/4くらいからが一般的です。戦前のものでは1/16のような小さいものは見たことが無いです。低年齢化が進んできたという事でしょう。弦楽器じゃなくても音楽自体は習うことができます。


通常はヴァイオリンとチェロに子供用があります。
しかしビオラも無いことは無いです。かつては、ヴァイオリンから初めてビオラに転向するのが一般的でした。今では初めからビオラを習う子供が増えてきました。はじめから子供用のビオラとして作られたものがありますが、ヴァイオリンに分数ビオラの弦を張ることができます。ドミナントが有名な弦メーカー、トマスティクの場合、4/4のヴァイオリンと同じ大きさで1/2のビオラになります。つまり弦が無いと無理ということになります。
ビオラ専用として作られた楽器は横板が高くなっているくらいで、私は音に違いは無いと思います。

コントラバスは大人でも4/4ではなく3/4を使うことが多いです。4/4は巨大すぎるというわけです。このため1/2のものは学校などで使われています。




まずは先生に相談すると、先生からサイズを言われるかもしれません。
年齢によって決まるのではなく、体格によって決まります。身長ではなく腕の長さです。
しかしうちではお子さんと一緒に来て実際に試してサイズを確認することを薦めています。ヴァイオリンの場合には楽器を構えて、左手を伸ばしてスクロールのところを余裕をもって握ることができるくらいが正しいサイズと考えています。
サイズが大きい方が音が良いということで先生などはサイズの大きなものを薦めるかもしれません。しかし今言ったサイズでも大人がビオラを持っているくらいの大きさです。体への負担を考えましょう。

チェロの場合には何となく構えてみて、こんなもんという感じです。

弓も楽器に合わせてサイズが違います。

ケースも違います。
特にチェロの場合には、ハードケースとソフトケースというものがあります。ハードケースはカーボンのような素材があり軽いものほど高価です。大人用のもので10万円位は普通です。チェロはとんでもなくお金がかかります。
それに対して安いのはソフトケースで、これは布のカバンのようなもので多少のクッション性はあるものの、強い衝撃から楽器を守ることができません。ネックが折れたりすると修理代はとても高く、量産楽器の場合には楽器の値段を超えることもしばしばです。

分数楽器の値段


うちではレンタルを使っているお客さんが多いですが、実際に買うこともできます。分数楽器は殆どが大量生産品です。何故かというと使用期間が限られているのに値段が大人用と変わらないからです。

メーカーや商社のカタログを見ると、同じ商品名のものにサイズがあります。ちょうど服のように同じデザインでサイズが違うのです。値段はすべて同じです。
私の服のサイズは日本ではMサイズですがこちらではSかXSです。XL,XXLよりも材料が少ないので安くしてもらい所ですが値段は同じです。それどころか店にはMからしか置いていないことがほとんどです。

弦楽器の場合には材料代は全体の製造コストのうちわずかでしかありません。作業に手間がかかるので、そちらのコストがほとんどです。機械で作る場合にはさほど変わらないという事と、さらに細かいものを作る方が難しいということもあるでしょう。これもイメージとは違うでしょう。材料なんてのは楽器の値段に占める割合は微々たるものです。量産楽器というのはそのわずかな材料費さえケチって作られています。このため通常、量産楽器は材料を見れば楽器のランクが分かります。

つまり楽器を作るのは労働としてとても大変なのです。
楽器を作るだけでも大変ですから、手抜きが横行するわけです。全力を尽くして楽器を作るのが当たり前ではありません。まじめに作られている事さえ少なく、楽器を完成させるだけで精一杯で、さらに「音を作る」なんてレベルではないです。
研究開発したところで、正確に同じものを作らないと意味がありません。そんな精密に楽器を作ることさえできません。

弦楽器とはそういうもので全く同じに作っても音は微妙に違います。このため試奏して選ばないといけません。ヴァイオリンよりもはるかに精密に作られてきたのが弓です。それでも同じメーカーでも一本一本違うので試してしっくりくるものを選ばないといけません。良い弓の理論や計算式があって欲しいと思う人がいても、そういう物なので仕方ないです。カーボンの弓でも完全に同じではありません。私が変わっているのではなく、経験豊富な職人に聞けば同じように言う人が多いでしょう。
これは弦楽器に限らず昔はそういうものだったようです。アンプに使う真空管も同じ生産ロットでさえ特性にばらつきがあります。専門店では測定してペアやカルテットを選んでくれます。しかしユーザーが「音が良い真空管はどれですか?」という質問をすると答えてくれません。電気的な特性は言えても、音は客観的に評価できないからです。そして有名ブランドのビンテージものに高値がついているのも同じです。しかし真空管の専門店は誠実であるほど音が良いとか悪いとかは決して言いません。



大人用と値段が同じならかわいらしい小さなヴァイオリンでも今の西ヨーロッパの生活水準なら職人が丁寧に作ったら200万円以上になるでしょう。チェロなら400万円くらいになるでしょう。このためハンドメイドの分数楽器は殆どありません。私は一つも作ったことがありません。職人が自分の子供のために作ったという例を知っているくらいです。

小さな楽器ほど精密さが必要なので精巧に作ることが音の良さに直結することでしょう。まじめに作るだけで分数楽器の中では最高ランクのものができるはずです。しかし楽器を作るというのは大変難しい作業なのです。人生をかけてヴァイオリン製作学校に入ってもあまりの難しさに3か月以内に8割ほどが辞めてしまうのは、それくらい大変で難しいのです。才能があるからチャチャっと作れるというものではありません。逆に誰でも訓練が必要なので、訓練さえすれば誰にでも作れるのです。
まじめに作ってあれば既に「良い楽器」であり、音は好き好きと考えています。業者としては手抜きをして安く作られたものを、ウンチクを語って高く売れば成功ということになります。


このため「分数楽器=大量生産品」と考えて良いです。
大人用と同じ値段といっても、量産メーカーでも大人用しかないグレードがほとんどで、子供用のサイズがあるのはその中でも安いものです。値段は大人用と同じでも低ランクの製品にのみ子供用があるというわけです。したがって、子供用の楽器で買えるのは量産品の中でも低ランクのものです。

これも、イメージと実際がかけ離れている例でしょう。それくらいが弦楽器は高いものです。

非常に安いものだと中国製でケースや弓がセットでヴァイオリンなら2万円、チェロでも4万円位でしょうか。しかしそれらは、演奏上問題があります。まず弓がヘナヘナでまともに弾くことは困難です。ペグは動かず調弦ができず、駒のカーブがおかしいので弓がほかの弦を触ってしまいます。テールピースはドイツのウィットナー社のコピー商品ですぐに壊れてしまい、弦もドミナントなどの偽物があります。
それらをやり直すと5万円以上かかります。このためうちではレンタルを薦めています。

弦楽器専門店以外の楽器店やオンラインショップなどで買って、幸運にも不具合が無ければ一度も職人の世話になることが無く、修理もされなければ使い捨てということになります。

これは1/8の新品のチェロで、うちでレンタル用として貸し出すものです。
小さいというだけで大人用のものと同じです。駒も同じように手間暇がかかります。




工具も小さいものを使えば縮尺が違うだけです。

メーカーで取り付けられている駒では演奏上問題があるかもしれません。そこでうちでは駒がついていない状態で仕入れて取り付けます。

弦はダダリオのスチール弦「ヘリコア」を張っています。
チェロ弦はスチールで古い銘柄ほど耳障りで嫌な音がします。安い量産楽器も同様の音がするものです。ヘリコアはピラストロ・クロムコア、トマスティク・スピルコアなどに比べても現代的なものです。新しい製品ではヤーガーのヤングタレントというのが安くて注目です(1/4から)。

電気を使わない製品は昔の方が優れていた?


スマートフォンでも10万円を超えれば高価な部類に入るでしょう。弦楽器は10万円でも最低のランクなのです。アナログ製品というのは、ある程度で完成されてしまい技術革新や改良が起きません。そうなると価格競争になり、どんどんコストが削減されて行きます。今の物価の上がり方を考えても、かつては当たり前に買えていたものさえ今では高価になっています。同じ値段ならはるかにコスト削減がなされた手抜き商品ばかりになっています。生産国も中国に切り替わっています。

改良され続け右肩上がりで性能がよくなるとともに、価格が下がっていくと考えているなら電気製品くらいですよ。その結果、日本の電機メーカーがどうなったかは皆さんも知っているでしょう。自動車などは同じ名前のものが数十年前の倍くらいの値段になっています。改良が進んできたというよりはグレードが上がったと考えたほうがいでしょう。

ヴァイオリンなどはアマティが作った時点ですでに最高水準であり、そこから下がるしかありません。現代の職人にアマティほどのものが作れる人の割合がどれくらいあるでしょうか?

これもハイテク技術に詳しい人ほど理解できないことでしょうね。
電気製品や自動車を職人が手作りで一つ一つ作っているものなんてないですよ。
進歩しているのは量産品だけです。機械の性能が上がっているので安いものは昔のものよりは良くなっています。



私はハンドドリルを購入しました。

これは50年くらい前にイギリスで作られたものです。アメリカのスタンレー社がイギリスのシェフィールドでも量産していました。今、こちらのホームセンターなどで売っているものはひどい粗悪なものです。穴をあけることが困難です。穴をあけるための道具なのに穴をあけることができません。そんなものが売られています。
日本ではまだ日本製のものがあるでしょうが、アマゾンなんかを見れば中国製で、使った人はギアがガチャガチャしてスムーズに回らず穴をあけることができません。ドリル刃も安ものなら、木材も荒いもので、穴はぐちゃぐちゃです。木工品のクオリティも安物です。

美しいのは戦前にアメリカで作られたものです。
https://oldtoolheaven.com/millers-falls/hand_drills/drill2.htm
アールヌーボーのような時代を感じさせるデザインセンスもありますが、機能的によく考えられていて、肉抜きにより重量も軽く持ちやすいことでしょう。今では電動のものが主流ですが、当時はそれくらいの意欲をもって製品を作っていたのです。その後は、多くの工具メーカーが安価なコピー商品を作り、価格競争になるとさらにコスト削減が図られました。日本で作られているものも、デザイン的にはチープなものです。50年前のものでも実用品としてはまだ使えるレベルにありました。それでイギリス製のものを購入したのです。値段はビッグマックくらいでしょうか。送料の方が高いです。今はこんな道具を使う人自体がいないのです。新品の中国製の全く使用できないものが3000円ほどです。

100年前のアメリカ製の美しいものでも1万円くらいで買えます。
しかし実用として摩耗などもあり状態が買ってみないと分かりません。
スタンレー社の手動工具は1920年頃をピークに右肩下がりで品質が落ちています。ネジの一つまで少しずつ安物に変わっています。50年くらい前のものなら、質は落ちていますが修理をせずに実用で使えます、掃除して油を差したらスムーズに動きます。実際に穴をあけてみても問題がありませんでした。まだ手動の工具がプロに使われていた時代だからです。

ドリルの構造は簡単なものですが、スムーズに動いて、安定感があり、効率よく力を伝えられるのは作るのにノウハウと品質の高さがいるはずです。弦楽器も似ています。

このようなことを経験していると、手動のアナログの製品は100年前のものの方が質が良く右肩下がりで品質が下がっていくのは普通です。機械で大量生産ができるようになって、経済は豊かになったようですが、チープなものが普通になっただけで、ハンドメイドのものは相対的にどんどん高価になっていきます。昔は普通の製法だったものが今では高級品となります。コストダウンの製造法が進んだからです。

弦楽器でも100年前にまじめに作られたものなら、今の職人のものと何も変わりません。当時の職人もいろいろな実験や工夫をしていました。100年後の我々の方が自動的に優れたものが作れるようになっているわけではありません。


弦楽器もハンドドリルと同じような運命のものです。
電子楽器やシンセサイザーは進歩していると思いますよ。
進歩したものが欲しいならそちらを買ってください。

量産品は機械の性能が上がり質が上がっていますので、30万円位のルーマニアのヴァイオリンではかなり音は良くなっています。

西ヨーロッパの経済水準なら、ハンドメイドでヴァイオリンを作ると200万円以上、チェロなら400万円以上になります(2023年10月現在)。左翼政党はデモをして労働時間の削減を訴えています。週4日労働を実現すればさらに高くなります。ヴァイオリン製作学校を出たての若い職人は、そのような考え方を持っていて、長時間労働なんてしません。



そこを何とかできないかと皆さんは考えるでしょう。それが「手抜き」です。
新作楽器に200万円も出すなら100年前の無名な職人がまじめに作ったものの方が値段が安く、よく鳴るようになっていて音が良いのです。だから職人が新作楽器を作るのに合理性が無いのです。


現実はそんな状況です。
そこで私は特殊な音の好みに特化しているというわけです。単に音が良いだけなら中古品の方が安く対抗できません。

日本の業者が輸入する場合、末端価格はその何倍かになるわけですからそんな高いものは輸入しません。はるかに安い値段で卸す職人からしか買いません。輸出に特化して安い値段で卸す職人が「国際的な流通ルートに乗る」というわけです。「国際的に評価される職人」というのはこういうことです。
その値段では仕事を受けない職人は、地元でしか楽器を売らないということです。

日本には「普通の音が良い楽器」が無いので新作楽器でも対抗できるというわけです。

上等な分数楽器は?


「分数楽器=量産品」というわけですが、その中で上等なものはどんなものでしょうか?

弦楽器では普通は古いものが音では有利になります。安価な楽器というのは間違いなく粗雑に作られています。しかし値段が高くても粗雑に作られたものがあります。品質ではなく生産地や知名度で楽器を選ぶ人がいるからです。ニセモノもあります。

安価な楽器で品質が高いものはありません

したがって量産楽器は粗雑に作られているので、古いか新しいかよりも、品質が大事になるわけです。分数楽器の場合、どうせ皆雑に作られているのなら古い方が上等と考えられるでしょう。

私が見たことがあるのはミッテンバルトのノイナー&ホルンシュタイナーの3/4のヴァイオリンです。ヴィヨームの弟子のルドビヒ・ノイナーの4/4の作風に近いものでとても美しいものでした。ヴィヨームの分数版という感じでした。しかし、同じメーカー名でもグレードがいろいろあるのでメーカー名で判断はできません。
ドイツで戦前に作られたものにもランクの差があります。マルクノイキルヒェンのものでも3/4になればかなり上等なものがあります。それより古いものとなるとミルクールのものですが、量産品は品質が様々でフランス製にこだわることは意味がありません。

才能があって親が熱心ならマルクノイキルヒェンの戦前の分数楽器を買う人もいます。次のサイズになる時に下取りするのです。また楽器の価値に応じて個別に料金を設定して上等な楽器のレンタルをすることもあります。

ともかくドイツ製かフランス製か、新しいか古いかは関係なく実際に弾いてみて音が良いものを選ばないといけません。才能のある子ならなおさらです。骨董品として選ぶのは親の趣味でしかありません。

最近は買う人が少なくなったので3/4は戦前のものが豊富にあります。売りに来る人がいても買い取ることもできません。こちらでは余っているので日本に輸出したらいいかもしれません。


オールドの時代には子供の教育用として小型のものはあまり作られていなかったでしょう。しかしサイズが定まっていなかったので、今では大人用として使えない小さなものもあります。

うちにはミッテンバルトの3/4のオールドチェロがありますし、クロッツのチェロも7/8くらいしかありません。

ヴァイオリンもアンドレア・アマティのものなら3/4くらいの小さなものがあります。またピッコロ・ヴァイオリンと呼ばれる小さなものがありました。これは規格が定まっておらずなぜ作られたのかもよくわかりません。胴体だけが小さくネックは長かったりします。子供用ではなく高い音を専門に受け持つ楽器として考えられたのかもしれません。ちょうどフルートのピッコロと同じですね。

しかし一般的にはミルクールやマルクノイキルヒェンの上等な量産品が子供用としては上級品となるでしょう。

このような古い楽器の鳴りの良さを知っていると4/4にするときでも新作楽器ではいくらウンチクや理屈を言われても物足りなく感じることでしょう。

分数楽器の現実

楽器を買うなら良いものを買いたいと思うかもしれません。しかし大人用と値段が変わらないのに使用する期間が短いので最善を尽くして作られた分数楽器はビジネスとして成立しません。

小さい楽器なら、精密に作られていることが音の良さに直結することが言えるでしょう。しかし現実にはそのようなものは作られていません。

私は子供用の楽器を作ったことがありません。機械ではなく手作業で作れば、サイズが小さいことで作業量が減ることでしょう。材料も節などを避けた余り物でできるかもしれません。このため量産品とは違い多少安くできるかもしれません。ほとんどのコストは作業によるものです。

工具も合わずに作ることさえできないかもしれません。木枠や型から作らないといけないので手間がかかります。音のためには小さな楽器ほど板は薄く作るべきでしょうが、子供が使って故障が起きるかもわかりません。経験もノウハウもありません。

工具から作り始めたら、完成する頃にはお子さんが大きくなっているかもしれません。

だから量産品を使うのが現実です。
現実を知らずにものを考えると机上の空論になってしまいます。
こんにちはガリッポです。

ヴァイオリン職人を志して、ヴァイオリン製作学校に入学すると3か月ほどで8割くらいは辞めていきます。何故かというと職人の仕事がイメージと違っていたからです。

日本の大学で一年以内で中退する人が1.95%だそうです。それに比べるとはるかに高いことが分かるでしょう。

イメージと実際が全く違うということをブログでは説明しています。しかしそれを読んでも自分のイメージを変えなければ実際のことは理解できません。

消費者が勝手に持っているイメージに沿うような宣伝をすれば商売は成功するでしょう。

これ以上書くと趣旨がぶれるので書かないこととにしますね。
こんにちはガリッポです。

一週間休んで元気が戻ってきました。
休みと言っても作っているヴァイオリンのニスを塗っていました。休みでも仕事です。

時々コメントをいただきますが、現実で出会った人には共感できる話を見つけていくものです。私の話を聞きたくて会っているのであれば間違いを正しても、「良い話を聞いた」となるでしょう。

ブログでせっかくコメントをしてもらったのに、返事に困ることが多くあります。書いていることを理解していなくて、その日に書いている事すら分かっていないこともありますね。
記事を読んでも「世の中には馬鹿な人がいるもんだ」と自分のことが言われていると考えないのかもしれませんね。そうなると書いても意味がありません。それで私と意見が食い違って争いになっても私は何の得もありません。私が教えなくてもすでに分かっていらっしゃるなら、私が意見を言う必要がありません。やめようかとも思います。


また何か書いてみましょうか?
どうせ読んでも深刻に受け止めないでしょうけども。

ヴァイオリンなど弦楽器は
①音は好き嫌いが大きい
②なぜかわからないが皆音が違う
③誰にでも作ることができる


①音は好き嫌いが大きい
「なにが良い音か」「音が良いとはどういうことか」というのは決まりがありません。だから音の良し悪しを客観的に評価することができません。

これを何度も言っているのに、真剣に受け止めず、何か作者の評価のようなものがあると思っている人がいます。

店頭で毎日のようにお客さんが来てみな楽器を弾いています。人によって音が違います。同じ人が弾けばどの楽器でも同じような音になります。楽器の差よりも弾く人の差の方がはるかに大きいです。

自分の音の性格と逆の音のものを選べば「平均的な音」に近づくでしょう。何を弾いても強い音を出せる人なら、楽器自体に音の強さは必要なく繊細な音のものが使えます。逆に何を弾いても柔らかい音が出るか弱い音しか出ない人は鋭い音の楽器でも耳障りな音にならないので使えます。こうなると評価は全く逆になります。


でも平均的であることが良いという決まりもありません。

演奏者の音と同じ性格のものが選ばれることもあるでしょう。それが好きな音だったり、不快だと思わないからです。感性が繊細で繊細な演奏をする人もいるし、強烈な強い音を出しても耳障りだと思わない人もいます。音大教授でもソリストとして強大な音を出す人もいるし、超絶技巧に凝っている人もいるし、バロックや古典派の音楽に精通し音量にこだわっていない人もいます。常連のコンサートマスターが不十分として手放した楽器を今では音大の先生が愛用しています。どちらも上級者ですが評価が異なっています。楽器にも相性があるのです。
音の調整をするときも、かなり個性的な音が出ていても、その人が満足しているのなら私たちは文句は言いません。本人は自分の音が変わっているとは気づいていないでしょうから。

これは音色の話をしているとは限りません。
ある人には音を出すのが難しいと言われた楽器があって、別の演奏者が試したときにその話をすると、「いや、まったく問題が無い」と言われたこともあります。うまく音が出せるか弾く人によって違いが出ます。わからないでしょうか?言葉でそのニュアンスを伝えるのが難しいですね。同じ楽器でも試奏した人の感想は様々です。

弾く人が自分の好みで判断するのが普通でしょうね。

「音が良い楽器」と言った時に具体的に音のどの面について評価しているのかわかりません。具体性がありません。
このため音についてその人がしっくりくるものを自分の基準で選ぶということを好き嫌いと言っています。

今私が話した具体的な音の話はどうでも良いのです。
とにかく同じ楽器でも音についての評価は弾く人によって違うということが話の主題です。


②なぜかわからないが皆音が違う
弦楽器は同じように作られていても個体差のような音の違いがあります。一つ一つの楽器の音がみな違うのです。それにははっきりとした理由は分かりませんし、作者が意図したとは限りません。むしろ意図して作るのは大変に難しいものです。たまたま自分が知っている作り方で作ったらそんな音になったというだけです。もしくは自分の方を騙して、出てくる音を自分の意図したものと思い込む人もいるでしょう。
職人としては師匠の楽器の音に近いことを誇りに思うのかもしれません。

実際に多いのは思い込みの激しい人で、何か工夫をしたりすると音が良くなったと思い込む人が多いでしょうね。

ともかく、なぜかわからないけども楽器の音はみな違います。演奏者の好む音もさっきの話で人によってバラバラです。ですから自分の好む音のものを見つけるしかないということです。このため客観的な評価などはあり得ないのです。


③誰にでも作ることができる
ヴァイオリンはまじめに勉強してまじめに働けば誰にでも作ることができます。才能は必要ありません。

誰にでもヴァイオリンを作ることができ、なぜかわからないけど音はバラバラです。演奏者の好む音も人によって違うので、どこの誰が作ったものに気に入る音のものがあるかはわかりません。目の前にある楽器を弾いてどれが気に入るかという事しかありません。目の前に楽器が無いのに、理屈で考えて自分の求める楽器を探しても意味がありません。

誰にでもヴァイオリンは作れるので、これまで通算で作った職人の数は数えきれないほどになるでしょう。一人一人について評価などはされておらず、同じ作者の楽器にもう一度出会う機会もそうありません。このため目の前にある楽器を自分にとってどうか評価するしかありません。


ミュシュランの星がついたレストランだけがおいしくてそれ以外の店はすべてまずいでしょうか?

ミュシュランの星がついた店の料理をおいしくないと思っていはいけないのでしょうか?

ミュシュランが調べた店の数は少ないでしょうし、高級店としてのふるい分けがありますよね。調べてない店がたくさんあることになります。調べたところでミュシュランの趣味であってすべての国の人がそれに従わなくてはいけないでしょうか?
そういう評価をしてる組織が弦楽器であるでしょうか?私のところに調べに来た人はいません。


音が良いということが人によってバラバラであるわけです。それに対して趣味趣向ではなく、誰にとっても望ましい音は全く無いのでしょうか?

基本的に「鳴る」ということをマイナスに評価する人は少ないでしょう。こうなると鳴るということは、誰にとっても「音が良い」ということになるかもしれません。この前、日本から楽器を買いに来た読者の話をしました。その人が日本で買ったイタリアの新作楽器に比べるとうちの店にあったものはたいていずっとよく鳴っていました。特別有名でも高価でも何でもないものでもそうでした。私は、それくらいは普通だと思っていたので特別に鳴るとは思っていませんでした。それに対してまれにものすごくよく鳴る楽器があります。私が鳴るというのはそのレベルの話です。このような鳴る楽器は作者が有名でないことがよくあります。つまりとんでも無くよく鳴る楽器なのに、作者が有名になっていないのです。もし作者について評価が網羅されているのならこのような作者が評価から漏れていてはいけません。でも実際には無名な作者の楽器によく鳴るものがあります。評価なんてのはザルですよね。

これだけ言ってるのに、私の書いていることをスルーして頭に何も入って行かないのでしょうね。

何時間もかけて記事を書くのがバカみたいです。


職人の腕が良いということは音には直結しないということを言っています。何故かというとどうやって作ったら音がよくなるか分からないからです。理想が分かっていて、とても高い工作精度でないとそれが作れないというのなら職人の腕の良さが音の良さに直結することになりますが、実際には何が理想かもわかりません。このため何も考えずに適当に作ってある楽器でも音が良いことが有り得ます。作者の技術や意図と関係ないという事でもあります。
そもそも音が良いということがバラバラなのですから考えても意味がないですね。

職人として言えることは楽器が正確にきれいに作られているかという事です。見た目に限っても形や風合いの個性などは評価することはできません。職人にも一人一人好みがあり、それを良い好みと悪い好みに分けることができません。私が評価しても私の好みを言っているだけになってしまうからです。変わった形をしていてもそれを良いとも悪いとも言えません。仕事が綺麗で正確であるかを言えるだけです。


コストを下げるために雑に作られたものかや一人前のレベルになっていない職人はわかります。未熟な職人の作るものは似ていますし、コスト削減の方法も思いつくことが同じです。
このため品質によって値段をつけることができます。

しかし一人前の職人が作ったものについてはその中でどれが良いかは職人の中の趣味趣向としか言えません。

形を変わったものにしても楽器作りの基本が現代の職人を覆すものでないなら、見た印象は現代的な楽器に見えます。それほど個性的にも革新的にも感じません。

一人前の職人がまじめに作ったものは見分けがつきます。しかし音は弾いてみないといけません。それより雑に作られたからと言って音が必ず悪いというわけでもありません。その上、音は好みですから。


値段についてはこのように生産者側の都合で考えることができます。作るのにどれだけコストがかかったかという考え方です。手抜きをして雑に作られた楽器が安いのはそのためです。しかし音は悪くないかもしれません。

それに対して、市場の需要と供給で値段を決める方法があります。オークションなどが典型です。日本人はどうもこの値段の決まり方が大好きなようです。商人の考え方なので、日本人は商人気質と言えるでしょう。

一方ヨーロッパではギルドなど昔から職人の組織があり、製造コストで値段を考えてきました。これは職人気質ですね。職人の技能は学習し訓練することで身に着きます。同じ技術を身につければ誰でも同じ値段ということになります。このような考え方が理解できないなら商人気質です。


アマチュアの職人のヴァイオリン




これはアマチュアの職人が販売したものです。その人によるとバチカン図書館でストラディバリのニスの秘密が見つかったそうです。工場で作られた量産楽器に自作のニスを塗って音が良いととんでもない高い値段で売られていたものです。
この人はプロのオーケストラのヴァイオリン奏者で呪術師でヴァイオリン職人だった人です。呪術師が入っているのが怪しいですね。
スマホの小さな画面ではわからないかもしれませんが、よく見てください表板のニスが汚らしいですね。

染みになっていて汚いです。こんなニスのストラディバリは見たことがありません。でも本人によるとストラディバリのニスの秘密だそうです。このように汚くなってしまうのはDIYなどで家具を作るとほとんどの人がやってしまいます。プロの職人に教わらないとこうなっちゃうのです。ストラディバリはこのような失敗をしていません。
でもなぜか既存のプロの職人よりも優れたものが作れたと思っていたようです。

裏板も汚らしく染みができていて、上に塗らているニスもまだらになっています。

ニスがまだらになっていますが、はげ落ちて無くなっている箇所があります。作られて20年ほどでこんなにニスが剥げてしまうのはおかしいです。これでストラディバリのと同じニスなのでしょうか?
工業製品としての品質もありません。

ナットと指板の先端が斜めになっているのが分かるでしょうか?これだと左側のG線と右のE線と長さが違ってしまいます。プロの演奏者がこれで良しとしてるのならプロの職人の方が間違っているのかもしれません。

掃除をするために弦を緩めて外すと魂柱が倒れてしまいました。普通は魂柱がしっかりと入っていれば弦を緩めても倒れません。皆さんが弦を交換するときはすべての弦を外さずに一本ずつか、ペグのところが窮屈なら2本ずつ変えることをおすすめします。駒の位置がずれることが無く、圧力がかかったままなので魂柱が倒れません。しかしそれで倒れるようなら魂柱は合っていません。交換が必要です。

それに対して魂柱を見ると面がボコボコです。倒れた魂柱を入れてみると全く表板と裏板の内側の面と。合っていませんでした。私たちが初めて魂柱を入れる仕事を習う時に、表板と裏板の面にピッタリ合うように加工していれるように習います。先日インターンの学生に教えたばかりです。

しかしこのアマチュアの職人は表板と裏板の間につっかえ棒が入っていればよく、面を合わせようという気が無いようでした。私には思いつかない発想でありビックリしました。合っていない魂柱は表板や裏板にヘコミを作ってしまいます。力が一点にかかると衝撃で割れやすくなってしまいます。割れなくても表板や裏板の内側がボコボコの穴だらけになっているとそこにピッタリと魂柱を合わせることができなくなり、魂柱パッチという修理が必要になります。

一方アマチュアの職人には魂柱を表板と裏板にピッタリ合わせるという発想が思いつかなかったことでしょう。
教わらないと分からないことがあります。面を合わせる気が無いのならヘコミができても関係ありませんね。

しかしなぜか、自分はストラディバリのニスの秘密を知っていて、既存の職人よりも優れていると思っていたようです。
プロのヴァイオリン奏者であるため、レッスンをする教え子などもいた事でしょう。先生が音が良いと言って購入を薦めれば信じることでしょう。


白木の量産品にストラディバリの秘密のニスを塗ってプロの演奏者が音が良いとべらぼうな値段で売っていた楽器です。皆さんは買うでしょうか?プロの演奏者が言うなら信じてしまうかもしれませんね。

しかし知っておくべきことは最初に言った三つのことです。理屈ではなく、実際に試して買わなければいけないのです。相手がどんな人が語っても「音が良い理由」を信じてはいけません。

プロの職人に見せれば品質が売りのものになるレベルではないことが分かります。
音は知りません、好き好きとしか言えません。

ネックは薄く平たいものでギターのような感じです。量産楽器ではこのようなものがありますが、プロの演奏者でも気にならないのでしょうかね?

アマチュアの場合にはどうしても自分が興味がある事しか頭になく、指導者に指摘されないと頭からすっぽり抜けていて気づかないことがあるのです。


量産楽器に自作のニスを塗っただけですから、プロの職人が作ったものよりも高い値段で売られていたら私は高すぎると思います。うちで中古品を売ることもしません。売り物になるレベルではないからです

ニスが剥げているからと言って補修することもできません。この人の理屈を尊重するなら私が別のニスを上から塗ったら音が悪くなってしまうことになります。そんな面倒なことはしません。

普通以上の音?



この前紹介したチューンナップ指板のチェロの話でしたが、続報があります。私は休みだったのでいませんでしたが、受け取りに来たプロオケのチェロ奏者は大変に気に入って帰ったそうです。もうちょっと弾きこんでから不具合があれば再び微調整をしましょうという話だったそうです。

仕上がった後、同僚が弾くとすごく鳴るという感じはしませんでした。これで大丈夫なのかなと心配でした。しかし、本人が修理前よりも音が良くなったと言っているのでそれで良いです。
私たちは全体の中でその楽器がどんな音かということは分かります。それに対して持ち主は、これまでと比べてどうかということになります。だから私たちが感じる音とは違います。

いずれにしても、チェロを普通の状態にしただけです。普通よりも音が良くなると理屈をこねて強引に秘密の改造修理を迫ったわけではありません。

普通の楽器なら、演奏技術を身に着けて弾けばちゃんと音が出るはずです。その中でも音はバラバラなので好きな音のものを選ばないといけません。それ以上を求めると、それ以下のものを手にすることになるのかもしれません。普通よりも音が良いと言って楽器を売っている人には気を付けてください。

音以上に気に入ったのは指板の形状です。弦を抑えるのがやりやすいということです。これも基本に忠実にしただけです。


さっきのアマチュアの職人のヴァイオリンでは指板の表面に裂けて割れた跡があります。これは、指板の質が悪いと起きやすいもので、安い指板ほど問題が起きます。
私が指板を削り直すと、特に難しい材質ではありませんでした。カンナがちゃんと調整できていません、それも興味が無いのでしょうね。


裏側は極端に削ってあり薄くなっています。あのチェロの指板と同じ感じですね。
なぜか同じ事に興味を持つタイプの人がいるようです。

指板を極限まで薄くするよりもネックの角度を正しくする方が音への影響が大きいと思われます。物事の因果関係や重要性の考え方が「呪術師」のような人はおかしいですね。

一人前の職人によって作られた普通の楽器かどうかは職人が見ればすぐにわかります。一般の人は分からないので粗悪品を避けようとすれば値段で判断するしかないようですね。

高いから一人前の職人が作っただろうと思うかもしれません。それすらデタラメなのです。


自分では音を判断する自信がないという人が日本人には多いのでしょうね。西洋の人では「自分が気に入ること」をとても重視します。この考え方の違いだけでも、日本で音が良いと評価された楽器がこちらでは通用しないかもしれません。

自分一人ならそれでもいいかもしれませんが、全員が自分で音を評価することを放棄すると、楽器を販売する業者は好きなようにできます。業者にとっては良い鴨というわけです。

夏休みをもらっています。

休みなので軽めの内容にしましょう。

インターンでヴァイオリン製作学校の生徒が来ていましたが、仕事の現場を教えるとなるといかにこの業界が汚い世界かということを教えることになります。これは日本だけではなくて、昔からずっとです。
学生も話していましたが、日本から来て驚くのはお店に売っている日用品で買ってみると全く使えない粗悪品がよくあります。工場で作っている人は一度くらい誰か試した人はいないのかと不思議に思います。
留学生は働くこともできずお金も無いので安いものを買うのですが、そうすると全く使えなくて完全に無駄な出費となります。
粗悪品が売られているのは弦楽器業界だけではありません。

缶詰すらこんな感じです。開けようとしたら取っ手が取れてしまいました。

こういう世界にいると、商品は手に取って自分で品定めしないといけないと身についていくでしょう。日本のニュースで企業不祥事があると「信頼を裏切られた」と憤慨する消費者のインタビューが流されますね。しかしそもそも信頼なんてしたらダメというのが世界の常識でしょう。日本人がブランドに異常にこだわるのは変わっています。

安物の粗悪品がダメなのはあることですが、じゃあ高いから大丈夫かというとそうでもないのが厄介です。ヨーロッパでは「デザイナー」が幅を利かせています。そういうものは高くても実用性が無いものです。
高ければ良いというのなら中国製品にロゴをつけて高い値段で売っているだけかもしれません。

弦楽器の業界は消費者を騙すことに楽器製作以上の情熱をつぎ込んできました。ありとあらゆる試みがなされたようです。何も信用できるものがありません。悪意のない人が先輩からまじめに学んでも知識がめちゃくちゃです。

しかし「善悪」について考えるのはとても難しいものです。職人からすれば手を抜いたような仕事と、見事な仕事は分かるわけです。しかし裁判所で証明するのは難しいです。ひどい仕事をされたと訴えても、相手側の弁護士は裁判で勝てば良いというわけです。職人から見れば手抜きでもそれの違法性を証明することはできません。

善悪は人によって違うことが厄介です。昔から悪行をしたら地獄に落とされると言われたものです。仏教の基準ならだれでも地獄行きです。皆多かれ少なかれ悪行をしています。それに対して宗教は人権や自由を侵していると言うこともできます。

最近は特に日本では悪いことをした人に対して「炎上」ということがあります。私個人として「言っている自分は悪行をしてないのか?」というのが気になります。悪人を責める人はなぜか自信満々で自分は一切の悪行をしていないかのようです。それはおそらく「自分のやっていることはセーフ」だという善悪の判断基準になっているのでしょう。何故か自分までがセーフになっているのです。もっと善人からすればその人も悪人です。

だから悪人を責めるような意見は聞く価値が無いなと思います。
悪人を責めるよりも自分を反省する方が善人でしょう。

しかしながら、そんなことをしていたら罪の意識にさいなまれて自殺してしまうかもしれません。精神を健康に保つためのことで意見に正当性は何もありません。まじめに聞くと聞いている方が精神を害してしまいます。

そうではなく怒る理由は自分もずるはしたいけども我慢してるんだという不満かもしれません。


「コンプライアンス」という言葉も聞くようになりました。私は20年以上前に大学で勉強しました。その時の理解では、「法令を守る事」と学びました。つまり、善悪というのは人によって違うため、そこは追及はできないのに対して、法律などには明文化されているのでそれを破るのはいけないという物でした。
法律を守っているからと言ってすべてが善意とは限りません。法律の範囲内で悪質な行為もできるでしょう。逆に法律を熟知し、証拠を残さないように気を付けるのです。
しかし、法律を違反することが「悪」であることは明白であるので、せめて法律違反はしないようにというものです。コンプライアンスというのはそんな理解です。


皆さんの求めているものは普通のものとは違う音が優れた楽器だと思います。しかし私が不憫に思うのは、そんなレベルではなく、業者に騙されてしまうことです。
値段と価値との話をずっとしてきています。なんでもない手抜きの楽器に高いお金を払っていると、私はバカバカしいと思います。普通のものよりも音が悪いものをバカ高い値段で買っているのです。
普通のものを普通の値段で買うだけでも私は大成功だと思います。業者は策を練っているので素人が値段以上のものを買うのは難しいでしょう。

私は普通以下のものと普通のものの違いを見分けることがとても重要だと考えています。それ以上の楽器の見分け方は私は分かりませんし、ブログでも追及しません。そんなものがあると思っていると業者からするとカモです。

普通のものを弾いてみて音が良いか悪いか自分で判断して普通の値段で買えば大成功です。

普通も時代によっては違うわけで、古い楽器の中で使えるものとなるととても難しくなります。私はすごく良いものを見つけるのではなくて「これだったら普通だろう」というものを見つけると貴重さに興奮します。200年以上前に普通に作られたものがあれば貴重です。

何が普通かというと、たくさん楽器を見て来て分かるようになってきたのか、いまだに音が予想と違って驚いたりして、分かっていないのかもしれません。

私はひどい粗悪品とか、あからさまな偽物など、それが分かるようになるというのが大事なことだと思っています。
頂点を見ているのではなくて、底辺を見ているのです。私がよく言うのは弦楽器というのは「ひどくなければなんでもいい」という考え方です。酷くないものなら弾けば音が出ます。それを良いと思うか悪いと思うかは主観でしかありません。

粗悪品のいけない所は、演奏上の問題があること、どこもかしこも壊れかけていることにあります。音はそれでもどう評価するかは個人の自由です。

底辺の楽器は我々なら見た瞬間にすぐわかります。物置から出て来たと持ってきても、修理代のほうが楽器の価値よりも高いと判断します。弓でも同じです。

しかしそれ以上音が良いかどうかは各自が自分で試すしかありません。それについては見分け方を知りません。楽器店としては品質で値段をつけておきます。好きなものを自由に選んでくださいと言うだけで私は音を評価しません。



私は善悪とは距離を置くようにしています。私の考え方は快楽主義です。でも酒もたばこもギャンブルもやりません。楽器作りや職人の仕事が一番楽しいのです。他のことは全然やる気がわいてきません。独立して起業するにはオールマイティーな能力が必要ですが、私の場合には職人の技能に偏り過ぎています。

ブログでも、オールド楽器のことを取り上げています。オールド楽器の価値をお金の価値として語っているわけではありません。
オールド楽器の音に何らかの快楽性を感じるかどうかです。感じる人には価値があるし、感じない人には価値が無いのです。

善悪で物事を考えていたらオールド楽器の魅力は分からないでしょう。
私が楽器を作る時は作っていて楽しいものを作りたいです。それは必ずしも消費者が求めているものと違うかもしれません。だから私は、私の楽器を買わなくてもいいので他にたくさん良いものがあるよと紹介しています。
自分が好きな楽器だけではありません。普通に作ってあれば、人によっては音が気に入る人もいるかもしれないと紹介しています。

職人がどれくらい意図して音を作れるかということは、自分で楽器を作っていないと分からないことです。そんな話はよくしています。でも他で知る機会は無いかもしれません。
神様のような職人がすべてわかりきって計算づくで音を作っていると考えているなら、とんだ勘違いです。そう思いたいという願望があるのかもしれません。そこを付け込まれて大金を失います。弦楽器の現実を知らないといけません。さほど腕の良くない職人によって適当に作られた楽器にも音が良いものがあります。それが分かってるのが詳しい人です。

職人の世界では傷や欠け、でこぼこが無くきちっとした仕事をするのが善で、いい加減で誤差が多くバラバラなのは悪です。しかし音はそれとは関係が無いというのも面白いですね。

現代の善悪とオールドの時代の善悪も違うのです。しかし、自分たちの世界の善悪を超越しないと、オールド楽器のようなものを理解することができません。

保守的な職人の世界では厳しく善悪が定まっています。やってはいけないことが決まっているのです。それが何千万円もするオールド楽器ではやってはいけないことのオンパレードです。

保守的な厳しい年長者に対して、若い職人は反発するでしょう。あらゆる言い訳を考えます。個性だのオリジナリティだの言うこともできます。しかし、だいたい未熟な職人がやることは皆似通っています。個性個性と言いながらずるさがあるので考えることは同じで、どこかで見たことがるようなものばかりです。それから比べるとオールド楽器は全く違うものがあります。だから偽造ラベルがあっても近代のものは一瞬でニセモノだと分かります。

職人の世界での善悪を超越しないと、年長者と若者が喧嘩している次元で終わってしまいます。そんなつまらないレベルの意見は興味がありません。

職人に限らず世の中全般でも、外国にいれば、日本とは違う善悪がありますし、時代が違うともっと違います。善悪も今の時代の一時的なものにすぎません。それも個人によって言うことが違います。

職人や芸術家にとっては良い作品を作ることが善という価値観を持っているものですね。しかし現実にはそういう人は少数派です。有名になってお金を稼ぐとかそんなことに夢中な人の方がはるかに多いでしょう。

製造業では情熱的な創業メンバーが魅力的な製品を作っても、会社が大きくなるほど製品がつまらなくなっていくのは常です。働いている人たちの多くは自分の会社の製品に興味が無いからです。






私は弦楽器業界でしか働いたことが無いので他の世の中がどうなっているかわかりません。何も信じられないくらいの不信感を持っているのが当たり前です。私が物を買う時は「どれくらい悪くても許せるか」と悪い前提で考えているくらいです。

音も美も善悪も似ています。
時代によっても、地域によっても、指導者によっても違います。あなたのいる世界で絶対的な価値も、他の場所に持って行けばだれも見向きもしないかもしれません。

それに対して世の中の人はよく考えずに思い込みや雰囲気や評判だけで判断しているようです。
こんにちはガリッポです。

私は弦楽器について理解するには「ブラックボックス」という考え方があっていると思います。ブラックボックスについてはリンクを参照してください。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
仕組みは分からないけども、使うことができるというものです。ユーザーにとっては使うことができればそれでいいわけです。

それを「仕組みを理解したい」と思っているなら残念ながら私のブログでは答えは期待できません。見るのはやめてください。むしろ、仕組みを理解したいという願望が誤った知識を広めて来た原因だと思います。このため音の仕組みを理解したいという願望を持った人には厳しくそれを止めるように求めます。それが嫌なら読むのは止めてください。世の中には何か研究している人がいるかもしれません。その人の意見を聞けば、その願望が満たされ喜びが得られるかもしれません。しかし、それによって間違った理解をするリスクがとても高いです。そのような楽しみはマニアにとって価値のあるコンテンツとなるかもしれません。私はそれを「知るエンターテインメント」と言っています。学問でも基礎から勉強するのはめんどくさいので素人の気を引く定番のネタってありますね。

そうではなく本当に弦楽器の音の仕組みを理解したいなら当ブログでは全く扱いませんし、私も理解はできていません。莫大な予算を投じて科学者を雇って研究所でも設立してください。F1のマシンを開発するようにあなたが毎年何十億円とつぎ込めば分かってくると思います。
ノーベル賞級の発見があっても宇宙のことは99・99%分からないままと同じように、一つの発見だけでは楽器の音について判断する根拠としては不十分なままでしょう。


弦楽器がブラックボックスであるという現実を受け止めることで弦楽器を使いこなすことに役立つでしょう。それが私のヴァイオリン技術というわけです。

私がブログで言えることは、これまで巷で言われてきたことは怪しい知識が多いということ。楽器の評判や値段も実力を表しているか怪しいという事。あてになるような知識は無いという現実を知るべきだということです。だから実際に弾いて自分で感じるしかないということです。

これだけでも目からウロコのレベルの情報だと思います。これを皆が知っていれば多くの被害を防ぐことができます。それ以上は私には提供できません。私はこの程度の無能で低能な人間です。

ブラックボックスという概念は「経験知」と考えることもきます。料理や食品の加工、発酵などもそうです。伝統的に様々な料理法や食品加工の方法があります。かつては化学でそれが解明されてはいませんでした。にもかかわらず人類はそのようなものを作ってきました。それが文化というものです。こんにゃくを作り出したのも化学ではありません。

これがオカルトや信仰とならないようにするためには「結果に対して厳しく評価する」ことが重要だと思います。

漢方薬でも、本当に病気が改善したかどうかを統計的に調べることはできるでしょう。しかし今ではワシントン条約に抵触し手に入りにくく、ものすごい高価だからというだけで、効果があると思い込むのは怪しいです。楽器も全く同じです。

料理ではおいしいとその人が感じるかどうかであり、弦楽器の音でも同じことです。

そこから先は各自が自由に取り組んで良いと思います。私は何も言いません。

薄い板の話も、現在では厚い板の楽器のほうが良いと信じられているとすれば、そんなことはどうでも良いと私は言ってるだけです。うちのお店では音だけで楽器を選んだ結果、薄い板のものが良く売れているということです。だから、そういうものが仕入れられると「これは良さそうだ」となるわけです。しかし音の評価は自由なのでそれとは違う印象を持つ人がいてもおかしくありません。日本人の好みも違うかもしれません。

ただはじめから知識で「薄い板のものはよくない」と信じられているとしてそれを否定する根拠を説明してきました。

厚い板のものも、薄い板のものも消費者が好みに応じて選ぶことができれば良いというわけです。もっと言うと厚みなどに興味を持たなくても、弾いて気に入ったものを選べばいいだけです。

つまり当ブログでは知らなくても良いということを教えているだけです。


左利き用の楽器というのはわずかに製造販売されています。実際にはほとんど見たことがありません。私が見たのは一度くらいです。
試してみたいという要望があり普通の1/2チェロに弦だけを左右逆に張ってみました。

左右逆に張っているので右に行くほど弦が太くなっています。ダ・ダリオのヘリコアです。

弦楽器は内部構造は左右非対称になっています。低音側にはバスバーが取り付けてあります。低音だからバスバーです。高音側には魂柱が入っています。弦だけを逆に張るとおかしなことになるでしょう。

さてどんな音がするでしょうか?

チェロ奏者の同僚が弾いてみると当然慣れないので弾きにくいです。左手で弓を持つことができません。そこで右手に弓をもって弾くと鏡の世界にいるようです。ちょっと考えないといけないようです。

低弦のC線から順番に音を出してみると意外にもしっかりした音が出ました。小型のチェロにしてはしっかりした低音が出ていました。
高音のA線ではとても強いウルフトーンが発生しました。普通A線では出ません。
しかし音自体は意外とまともでした。

弦楽器では低音が柔らかすぎて、高音が鋭すぎることがよくあります。それが魂柱とバスバーを反対に着ければ逆の特性になるのかもしれません。左右逆の方がむしろ理想的かもしれません。

ともかく全体としてはそんなにおかしな音ではありませんした。こんなことをほとんどだれも試したことは無いかもしれません。

この結果から考えることは、胴体は全体として一つの構造物になっていて一つの部品について考えてもしょうがないというくらいのことです。やはり弦楽器というものは大雑把にとらえないと見当違いな見方になってしまうのではないかと思います。

一つ一つの要素について考えることは意味が無く、全体として一つのシステムとなっているということです。地震や気象などの予想が難しいように楽器の音を予想することも難しいです。

このため、「弾いてみるしかない」という当たり前の答えになります。

「〇〇だから音が良い」と言われてきたことの多くがあてにならないと知った上で弦楽器に向き合うというのは、画期的な進歩だと思います。それが分かったら私のブログは卒業していただいて結構です。

音には理由は無いのです。マニアにとってはつまらないですがこれが現実です。



夏にゲストが来たり、同僚が休暇を取ったりしたので、これから夏休みをいただきます。今回も簡単な内容です。しかし、重要なことはシンプルなものです。
こんにちはガリッポです。

中高校生が200~300万円以上するヴァイオリンを使っているというのは日本くらいのものでしょう。こちらには100万円位でもそれ以上に音が良い楽器がゴロゴロあるということがわかってきました。そうなると100万円でも安いということになります。しかし普通に考えると100万円でも十分高価なものです。職人が一つ一つ手作業で作ったようなものは他にほとんど家には無いでしょう。高級車のメルセデスやフェラーリでもヴァイオリンで言えば機械で作られた量産品のレベルです。戦前には鉄板をハンマーでたたいて曲げてボディを作っていた時代もあったはずです。

これは一つにアマティ家によって4~500年前に基本的な設計がなされたためで、現代ならもっと製造しやすいものにしたはずです。単なる真四角の木箱でも十分音量は得られることでしょう。それに試行錯誤を加えれば機能的に優れたものになったかもしれません。


弦楽器では戦前より前の作者については、ごく一部の作者だけが有名になっていてオークションなどで人気が集中し高値となっています。それ以外は職人から見ても、演奏者が弾いても何の差もなくてもはるかに安いものです。むしろ高価なものよりも美しく精巧に作られていたり、音が良いと感じられることもあります。音や細工、つまり楽器の違いが分からないような人でも分かるのは「値段」と「名前」というわけです。
戦後や現役の職人では骨董品のような相場などはまだできておらず、自由経済システムの元で店が勝手に値段をつけているだけです。


それ以外の楽器については楽器の品質で値段をつけています。
高い品質のものを作るにはコストがかかるからです。しかしながら必ずしも品質が高いものが音が良いという事ではありません。何故かと言えば出てくる音は予測不能の要素が多すぎるし、音が良いということも演奏者によってもバラバラで主観でしかないからです。

職人としては手抜きをせず隅々まできちっと作ることが、全身全霊で楽器を作っていることになります。そうすると値段が高くなりすぎるというわけです。先進国ならヴァイオリンは200万円位でないと現代の普通の生活水準は得られないかもしれません。住む場所の地価によってはそれ以上です。それに対して100万円ほどの「中古品」に鳴りの良さではかなわないのですから対抗できません。職人にとって競争相手になるのは現代の同業者だけではなく、過去の職人も壁となります。過去には現代のようなハイテクな文明生活が無く、人の権利や尊厳、生命、健康、社会や環境に対する意識も低く、娯楽やレジャーも限られていたことでしょう。簡単に言えば職人の毎月の出費が製造する楽器の値段に含まれているというわけです。



夏休みを利用してこちらのヴァイオリン製作学校の生徒がインターンシップで職場体験に来ています。作業や道具の手入れなど学ぶことはたくさんあっていくら時間があっても足りませんが、作業以外の時間も使って、お店にある様々なヴァイオリンを試奏させました。
学生はなんと日本人で、本人は東京の楽器店で買ったマルクノイキルヒェン製の現代の量産楽器を使っているそうです。例によってうちの店にあるものをいろいろ弾いてみるとどれでも自分のものよりも格上の楽器ばかりだと感じたようです。この前の日本から買いに来た読者の方と同じようにどうも日本の楽器店の売っているもののレベルが怪しくなってきました。

はじめは音の強さや鳴る鳴らないということが評価の基準となっていました。パッと弾いた時に音が強く出る楽器が優れていると感じたようです。値段を言わずにいろいろな楽器を弾かせると、気に入ったのは現代のマイスター級のものではなく、むしろ値段の安い量産品でした。ミルクールのものも音が出やすく、プレスで作られたものだと教えました。プレスで音が良いなら学校で習っているヴァイオリン製作がバカみたいに思えた事でしょう。
しかし現実とはそんなものです。
これと同じように雑に作られ、同じような音のイタリア製の楽器があれば実際に試奏して音が良いと思う人はいることでしょうね。

さらにヤコブ・シュタイナーやクロッツなどオールド楽器を弾いてもらうと全く別世界であることにうっとりとしたようです。前日に量産楽器で言っていた音の良さの基準とは全く次元の違う物であり、知ってしまうと戻れないと言っていました。シュタイナーは3000万円くらいすると言うとビビっていましたが、それでもオールドでは特別高くはありません。私がこの前修理した南ドイツのものは魅力的な音が気に入ったようです。高いアーチでも音量が小さいということはなく、知識として学ぶことが実際とはかけ離れていることも経験しました。私がそのような楽器を目指して作っているということも興味がわいたようです。

同じ3000万円クラスでもJ・B・ヴィヨームを弾くと、やはり近代の楽器の音で魅惑的なオールドのものとは違います。音には鋭さがあり高音はかなりきつさがあります。ヴィヨームの名前がついているから3000万円するだけで、作ったのはヴィヨーム本人ではありません。下請けの職人が自分の名前で売ったものならせいぜい500万円位、ヴィヨームの弟子でもドイツ人のルドビヒ・ノイナーならさらに安いということも教えると目を丸くしていました。つまり3000万円すると言っても音も作りも普通の一人前のモダン作者と変わらないのです。しかし並みの人は「名前」と「値段」でしか楽器を見分けることができないので買う人がいるというわけです。
ちなみに以前所有していた人は亡くなられましたが、すでに耳が遠くなってきていたのかイタリアのオールドを買うお金があったのにこのヴィヨームを選んだそうです。持ち主が弾く演奏を聞くと我々は耳をふさがないといけませんでした。他のヴィヨームも全部同様の音かはわかりません。

他にフランスのものはありませんでしたが、この学生はオールドのようなものを好むようです。しかし、現在ではこのようなモダン楽器は音大生やプロの演奏者に求められ、ソリストや教授でも使っている人がいてむしろ主流だと教えました。

マニアックな読者の方たちには有名なヴィヨームも、学生にとってはテストに出るので覚えなくてはいけない歴史上の人物でしかありません。フランスの作者名を挙げろというテストでは全く書けなかったそうです。


たった数日間でこれだけの音の経験をしたのですが、一般の演奏者は何度か楽器を買い替え一生かかってすることかもしれません。日本にいる限りでは一生かかっても無理かもしれません。それに対して木材を決められた形に加工することは1~2週間ではどうにもなりません。それだけでも手一杯です。

修理で持ち込まれたイタリアのモダン楽器を見ても、全く美しく作ろうという気持ちのないもので、そんなのがなんで700万円もするのかと聞かれました。私が話しているような仕組みを教えました。

私が20年かかって得た経験を数日で体験します。急激に頭に入ってきて処理が追い付かないことでしょう。私はもっと教えたいところですが、許容範囲を超えてしまう事でしょう。新作楽器の製造でも学校ではニスは塗る事しか習いません。ニスを自分で作るとなると楽器製造と同じくらいかそれ以上の世界の広さがあります。修理もそうです。学ぶことが多すぎて気が遠くなると言っていました。高等専門教育を受けていてもこうですから、マニアが知った気になってもたかが知れてるわけです。


こんな様子ですから私が良い楽器と言えるようなものは条件としてはオールドでモダン楽器に遜色ないかそれ以上の性能を備えたものです。それは究極の存在ですね。

現実には限られた予算で妥協して値段に見合った楽器を買うしかありません。日本では値段以下の音のものを買っている人が少なくないわけですから弦楽器を特別なものと思い欲張るほど失敗していることになります。何かが根本的に間違っているようです。
うちではお客さんが予算を言うと、楽器をずらっと並べ、何も言わずお客さんはほったらかしにして自由に弾き比べてもらいます。その場で決めるのは難しいので予選を通過した候補をヴァイオリンなら4本ほど家に持って帰り最低1週間ほどはゆっくり試してもらいます。延長する場合は保険会社に申請が必要となります。チェロではケースと運搬の都合で一度に4本は難しく、2本ずつ交代でも良いし、勝ち抜き方式でも良いです。


このような販売法ですから、お店としては音が良い楽器を揃えないと売れないというわけです。言われれば当たり前ですが、日本では全く違う事でしょう。生産国がどうだのウンチクから始まるだけでなく、そもそも営業が教師とのパイプを作り生徒に楽器を売ってもらうように仕向けるのが営業マンの仕事となります。店頭で待っているだけではノルマや営業成績を達成できません。当然先生も仲介料を受け取るわけです。客からすれば同じ店ならだれが接客しても楽器を出してさえくれれば同じように思いますが売り上げ成績が営業マンにとっては同じではないようです。

生徒が楽器を買う場合、先生の影響はとても大きいものです。
ヨーロッパでは店を紹介することさえ禁止されている国もあります。うちではそこまで厳しくありませんが、熱心な先生であれば生徒は練習するのに適した楽器を使わせたいと思う事でしょう。しばし問題になるのは先生が自分で試奏して良かれと思って独善的に選んだ楽器を生徒に買わせ、生徒がその楽器を嫌いになってしまうことです。弓ではもっとひどいです。人によって使いやすいと感じ方が違います。骨格なども起因するのでしょうか?先生が勝手に選んで生徒が学校を卒業すると同時に弓を売りに来たことがありました。
音楽家らしいエモーションです。教師という立場もそれに輪をかけます。

理想的なのは先生はあくまで生徒の好みを尊重し、楽器選びを見守ることです。生徒が自分で弾いて選ぶわけですが、上達すればここまで出ると楽器の潜在能力を披露することが先生にはできるでしょう。

そういう教師たちに信頼されて、あの店に行けば良い楽器があると思ってもらうことがうちのお店の企業努力です。日本人は勤勉なのでそんなのんきなレベルではなく教師のもとに足しげく通いごまをすって気に入られ、仲介料を提示しパイプを築いていくのです。それができない営業マンは辞めていくことになります。こうなると音で楽器が選ばれなくなります。とにかく日本では音以外の要素が楽器選びの決め手になっているようです。このような現実は社会人の皆さんならわかっていると思いますが、日本全体でそういうものですよね。弦楽器業界だけが清廉潔白で違うということがあるでしょうか?このような営業マンが職人についてやれ天才だの一流だの語るのです。なぜ皆さんはそれを信じてしまうのか私には不思議でなりません。作者が一流かどうかは気にするのに、なぜかそれを語る日本の楽器店のレベルが世界の何流か気にする人がいません。

産地や作者の名前などの聞こえが良く、比較的手ごろなものはよく売れるでしょう。しかし手抜きのためにとんでもなく板が厚ければ後で音がどうしようもないことに気付きます。買った時に比べると雀の涙ほどの値段で売って買い替えます。その時に初めて楽器店の仕入れ値の安さに驚くことでしょう。リセールバリューだなんて知ったことを言って有名なものを買っても果たしてどんな運命になるのでしょうかね?

また無知な人がそれを買うわけです。ずっと日本に残り続け、常にお金を生み出し続けます。日本では弦楽器の歴史が浅いので誰かが輸入してこないと、楽器が入ってきません。その時の基準が日本に存在する楽器のレベルを決めるのです。こちらでは持ってこなくても初めからあります。

うちではよく売れるヴァイオリンがあります。ルーマニア製のもので機械で作られている大量生産品です。そんなにビックリするほど精巧にできてるわけでもありませんがなぜか音が価格以上なのです。同じメーカーのチェロについては音が柔らかく他の量産メーカーのものに比べて人気があり、それを指名してくる教師もいます。そこの経営者は誠実さがあり付き合いも長く、社長が自分の車を譲ったこともあります。
安価な楽器は音が小さいというよりはむしろギャーっとやかましいものだと説明しました。それについて量産品では上等な感じがします。特にスチール弦が主流のチェロでは有利に働くことになります。安いチェロに安い弦を張ると金属的な音が耳障りでしょうがないというわけです。

ルーマニアでは盛んに同様の楽器が作られていて、他のメーカーでも共通点があるので、部品ごとに下請け企業があるのかもしれません。つまり機械で表板と裏板、スクロールを荒加工する工場があり、それを各メーカーが購入して使っているということです。しかし仕上がりの品質には差があり、経営者の誠実さもあって同じ会社だけと取引が続いています。特にブランド名があるわけではありませんが、なぜか音が良くお客さんに好評で仕入れると先に売れて行くということが最大の要因です。
これがドイツの量産メーカーに比べても価格と音の両面で圧倒していますから、ドイツ製品を仕入れることはほぼなくなりました。うちではドイツ製品は中古品ばかりとなります。
うちでは中国製品はほぼ扱っていません。欧州のメーカーがどこで作っているか公開してない場合がありますが、そんな時は中国製品でしょうけども。
10万円以下のものも扱っていません。

ルーマニア製のものは世界中で売っているはずですから試してみてください。





価格は税抜きで2000ユーロ台で売っています。買う時はペグと駒と魂柱、弦、テールピース、あご当てはついておらずうちで取り付けます。指板も仕上げ直します。あご当ては試奏用に仮につけてあるだけで、あごの形状に合わせて別のものにすることができます。
その工賃や部品代も込みになっていて、別にやってもらえば10万円近くなります。だから安すぎる楽器を買うとさらにそれだけかかるということです。弦だけでも安くありません。それならレンタルの楽器を薦めています。


それに対して貴重なのは量産品でも中古品です。
しかし同じくらいの価格帯では現代の機械で作られたものよりも品質は悪く手作業で雑に作られています。1900年前後にドイツのマルクノイキルヒェンで作られたような量産品は粗悪なものです。音は枯れたような感じはあり、鳴りは強くなっていますが、高音には鋭さがあることが多いです、量産楽器のギャーッという音がさらに強いです。何を弾いても貧弱な音しかしない人には良いかもしれませんが、一般には粗悪品ということになります。今は空前のユーロ高なのでそれでも結構な値段になってしまいます。3000ユーロ~4000ユーロ出しても音の状況はさほど変わりません。マイスター級の楽器はその倍はします。

戦後の西ドイツの量産品では品質は向上していることもあります。70年代~80年代のものは鳴りがとてもよくなっています。200万円以上するクレモナの新作楽器よりもはるかによく鳴ると感じるでしょう。
ただし、音自体は量産品らしい音の印象があります。量産品として歴史がある分、これぞ量産品という感じがします。音は好みなので特に嫌な音だと思わなければ下手なものよりはいいでしょうね。

それに比べるとルーマニアのものは量産品以上の感じがあります。現時点でも鳴らないという印象はありませんが、今後さらに鳴ってくるでしょう。新作楽器と言うのは寝ぼけたような音の方がいいかもしれません。

それでも私が作ったヴァイオリンと比べると量産楽器特有の粗さを感じます。私の楽器はハンドメイドの中でも特別繊細な音がするものですから。現代の作者ではもっと荒い音のものが多いです。モダン楽器でも鳴りが強くなっている分さらに鋭くなっています。それを力強いと評価することもできます。

安い楽器は音が小さいというよりは、弓が触れたとたんにギャーと単純な音が出ます。弱い音が出しにくいというのも「発音が良くない」と言われます。耳元ではやかましく遠鳴りしない音でもあります。
上等な楽器になって来ると、音はじわっと出るようになり操る範囲があるようです。

一般論としては楽器の品質がそのような違いを生んでいるのではないかと思います。しかし〇〇であるほど良いというのではなく程度も重要です。荒々しすぎると耳障りですが、柔らかいと弱く感じます。プロの演奏者でも強い音を出すのが楽なものが喜ばれます。ですから自分の好みに合うものを選ぶ必要があります。

量産品と同じように荒く作られたイタリアの楽器の音が良いと感じられる可能性は十分にあるということです。特に量産楽器になれている人が試奏するとタイプが似ているので弾きやすいということはあるでしょうね。モダンなら値段は何十倍ですけど。


音は個体差がありますし、感じ方も個人差もあります。演奏も先生ごとに教えが違う事でしょう。大雑把なイメージとしてこのようなことは、今回ヴァイオリン製作学校の留学生が初めて知ったことです。演奏はアマチュアのレベルですがこれくらいの違いは自分ではっきりと分かります。