自作の楽器のニスが塗り終わりました | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。


秋も深まってまいりました。年末年始には帰国します。
御用の方は考えておいてください。

前回はチェロの弦の話をしました。
スピルコア+ラーセンを使っている人は年々少なくなっています、他の選択肢が増えたからです。
弦については好みの問題ですし把握し切れて無いので網羅することはできませんが、スピルコア+ラーセンに代わるものというテーマで多くの人の参考になるかと思って記事にしました。
うちは地方なので音楽家や先生、職人などが個人的にどう考えるかの話なんですが、大きな都市になるほどスピルコア+ラーセンを使っている人が多くなります。大都市や国際的になるほど、一人一人の人間の存在価値が薄く軽くなるようです。

弦についてはオンラインショップの方が安いので、関心が高いユーザーは自分で発注して購入していることでしょう。お店に買いに来る人はよくわかっていないので、「切れたからヴァイオリンのA線をください」とかそんな感じです。「どのA線ですか?」と聞くと「Aの線です」と答えられます。「A線にもメーカーや銘柄がちがうものがたくさんあります」と教えます。「楽器を持ってくれば同じものを張り替えますよ」と言います。
実際にはめちゃめちゃにミックスした弦を使っている人がよくいます。ガット弦やスチール弦、高級弦や初心者用のものがごちゃ混ぜになっていたりします。それでも不自由なく演奏しています。
お店に来る人は自分が使っている弦の銘柄も知らない人が多いです。
何を使っている人が多いかと言っても、買った時についていた弦を使っている人が多いとしか言えないでしょう。
店が何をつけるかによります、うちの店で買ったものならうちの店でつけているものを使っている人が当然多いです。
それを前提としてもドミナントのヴァイオリン弦を使っている人はとても少ないです。詳しくない人はドミナントも知らないし、新しい製品がどんどん出ているので今時使っている人がいないということですが、外国から来た人などたまに求める人がいます。


中級者以上ではヴァイオリンのナイロン弦は張り立ててすぐは硬さがありしばらく使うと馴染んでくると言うユーザーが多いです。それ以降は徐々に劣化するため音の変化は気付きません。
新品は全く松脂がついておらず、徐々に弓から松脂が擦り込まれて行き、それも音や感触の変化の原因となるでしょう。つき過ぎた松脂や汚れはアルコールによって除去することができ、少しフレッシュな感触が戻ります。ナイロン弦やスチール弦では何かを塗る必要はありません、専用のクリーナーなどは必要なく松脂はアルコールに溶けるので除去することが可能で薬局などで手に入れることができます、小瓶などに分けておくと便利です。ただしアルコールはニスを溶かすので絶対にニスには触れないようにしてください。指板は黒檀がむき出しであればついても構いません。

しかし、それにも限界があります。巻いてある金属がほころびていたり、錆びたりしているのを見るとさすがに交換を薦めます。新しい弦にして劣化していたことに気付くというパターンです。弦の寿命は切れたら交換という人も少なくないでしょう。それで言うとドミナントなどトマスティクの製品は丈夫にできていて長持ちするというイメージを持っています。トマスティクの本拠地オーストリアはもともと経済水準の低い東ヨーロッパと関係が深く音のクオリティよりも丈夫で長持ちするものが求められていると私は師匠に教わりました。ドミナントは安くて丈夫でまさにこのような需要にあったものだそうですが、仕入れ値は割引などがあり、うちではピラストロのヴィオリーノの方が安く仕入れられるので、初心者には薦めています。親戚から譲り受けたような古い量産楽器などやかましい音のものを使っている人も多いので合っていることでしょう。

日本人は勉強家で何十年も前の知識をしっかり学んでいますね。
知識を学ぶと現実から遠くなっていきます。
何も学ばないでフィーリングで選んだほうが可能性が出てきます。


ドミナントについてもしばらく使ってからの音で評価すべきでしょうね。何のことを言っているか分からない人は分からないままで良いです。
日本では短期間でドミナントを張り変えて使うという話をこちらですれば奇妙に思われます。おかしいと思っていた人は自信を持っておかしいと考えて良いと思います。
弦を売っている人は頻繁に変えてくれた方が儲かるでしょうけども。

こちらではガット弦を使っている人がとても少ないです。
特に仕事で楽器を弾く上級者ほど実用性を重視し、調弦の安定する合成繊維のものを使っています。ガット弦を使っているのは教師や年配の人です。

ナイロン弦というのは俗称で、正確にはナイロンとは別の合成繊維が使われていることが多いです。それも古い知識が定着するという例です。日本の気候ではさらに調弦は安定しないそうです。日本でガット弦を使用するのは大変なことになります。偉い先生が「弦はガットに限る」なんて言っていてガット弦しか使わせてもらったことが無い人もいるでしょう。それで弾き方を身につけたならそれ以外のものでは弾けないということになります。いかにも日本的という感じがします。偉い人や有名な演奏者が言うと皆それに従うということは、こちらでは無いですね。

楽器に対する考え方からしても初めから実用的ですね。
でもヨーロッパの人は物事にそれほど実用性は重視しません。弦楽器というのは完全に実用的に作られていないのはそのためです。
これからペグの話もしますが、日本ではツゲのペグはかなり厳しいということが私の経験でも分かってきました。
私は見た目を楽しむためにはツゲの茶色の色も良いかなと思っていましたが、どうも特に日本では実用的にかなり厳しいようです。


現実的には弦メーカーは国や地域によって営業力の差があります。
プロの演奏者や指導者に無料で提供し生徒に薦めるように働きかけています。
このため彼らはラーセンのチェロ弦のような短い寿命に設計されている弦でも平気です。他の人たちはそれに代わるものを探さないといけません。

目にする機会が多いものを使うことが多いでしょう、しかしたまたま自分の周りがそうだというだけで絶対的と思い込むのは違います。
本当に音が良い製品をすべて試して探すことをしている人はお金持ちのマニア以外皆無でしょうね。種類が多すぎて不可能だからです。年間で弦に費やす予算を決めれば「投資」と考えることもできるでしょう。




2月から作って来たヴァイオリンが8月に白木のホワイトヴァオリンとなったところまでお伝えしました。8月は暑さと訪問者があって、9月からニスを塗り始めて11月になって塗り終わりました。まだ細かい修正はあります、ここからは修理のようなものです。
こんなに時間がかかっているとおよそ商売にはならないでしょう。「プロのヴァイオリン職人」なら1~2週間で終わるような塗り方でないといけません。楽器店に卸す職人なら1週間で終わらせないといけないでしょう。

季節としては本当は夏至の6月ころが一番良いんでしょうけども、始める時期が悪くて間に合いません。それをカバーする方法はいくらでもあります。オイルニスの場合には紫外線を受けて酸化して固まるのでその時期が良いということになりますが、こういう話はウンチクとして語るとカッコいいですね。でも天候はそんなに重要なことではなく、その時期に塗らなくてもニスは塗れます。それよりも、ニスを塗っている時は天気や時間帯によって塗っている楽器の色が違って見えます。つまり部屋の光によって色が違って見えるのです。朝まだ暗い時には濃い色に見えます。十分な色になったと思っていると昼間には色が薄く見えます。層を何度も重ねていくので、一度の変化は小さいものです。時間の変化の方が大きいくらいです。日没が早くなると色が分からなくなってしまいます。10月中には終わらせたいと思っていました。演奏会は夜でステージも暗いので落ち着いた色に見えますが、昼間に工房で見ると目が痛くなるような楽器もあります。新作楽器を売りたい日本の楽器店は店を暗くして暖かみのある照明をつけています。ニスは透明度があり光が通過し木材まで届くと反射して戻ってきます。この時ニスが光学フィルターの役割を果たします。特定の色を吸収するのでその色に見えるわけです。このため木材そのものの色が大きく影響します。新作のように木が白いと光が多く反射するので明るく見えます。古い楽器は反射が少ないので暗く見えます。暗く見えるほうが立派に見えるので店を暗くするのです。文字通り白昼堂々と売ってもらいたいですね。


色は相対的なので周りに古い楽器が多いのと、新しい楽器が多いのでも見え方は違ってきます。
壁や室内の色でも変わって見えますし、アンサンブルやオケの他の楽器もあります。日本のオケでは明るいオレンジ色の楽器を使っている人が多いですね。ヨーロッパのオケでは暗い色のものが多いです。
カメラで撮っても実物とは違う色になりますが、それを画像を加工したとしても、見る人のディスプレイによって違ってしまいます。アマゾンに出ている中国製品なら実物よりもよく見えるように加工しているでしょうが、私の場合には写真の方が実物以下になってしまいます。


楽器作りをビジネスとするなら、売り物になる最低限で仕事を切り上げないといけないでしょう。ニスは濃い色にするほど塗る回数が増えてしまいます。一度に濃い色を塗れば色ムラができてしまいますし、濃い色に塗れても擦れるとすぐに剥げてしまいます。将来無残な姿になります。明るい色の楽器のほうが手間が少ないというわけです。

板の厚みも薄くするほど時間がかかり、音色も暗く深くなります。
明るい色のニスで音も明るいといかにも新作という感じがします。
そういうものは他にたくさんあるので私は作りません。

初級者の価格帯でも濃い色の楽器が欲しいという要望はお客さんからよく聞きます。特に女性が色に関心が高いようです。そうなると、「楽器は色ではなく音で選んでください」と説明しないといけません。別に音で選ばないといけないという決まりはありませんが、初心者は楽器の何に関心を持ったらいいかもわからないので、優先事項を教えます。日本の楽器店なら製造国から始まって全く違うウンチクを披露するでしょうが・・・。
我々からすると量産楽器の濃い色は人工染料を使っているので安っぽく見えますが、自分でニスを作っていないとそんな違いは見えません。天然のニスでも明るい色では高級品のはずなのに通用しません。



こんな様子でした。
ニスを塗っていく過程を見せたいところですが、上手く撮影ができません。


いきなり塗り終わった写真です。
こんなになりました。

わざとらしくなく自然と古さを表現するのが目標です。
古い楽器と見間違えるようなものを目指しているのではなく、アンティーク塗装で2023年に作られたヴァイオリンです。それでもわざとらしさを出さずに古く見せるのは難しいもので、短時間ではできません。2か月もニスにかかっていたら商売にはならないでしょうが、通常数百年かかることを考えれば時間を短縮しています。

古い楽器はもともとのニスははげ落ちてしまい、木材が変色しニスの色と木の色が似ているものがあります。そうなるとどこにニスが残っていてどこが剥げているのかわかりません。それ以上に多くの汚れがついています。汚れが付きやすいのは特にオイルニスの場合にはニス自体に粘着性があり、松脂も付着します。したがってはっきりと二色に塗り分けられているようなものはわざとらしいとなります。せいぜい150年くらい経ったもので、木材とは違う真っ赤なニスなどのものです。ヴィヨームなどの時代のアンティーク塗装ではストラディバリも150年くらいしか経っていません。
塗る場合もニスそのものよりも汚れを塗っている感じです。それを削り落として隅っこに残っているようにします。実際の古い楽器を掃除するのと同じ作業です。

古い楽器ではニスを塗り直されていることも少なくありません。
100年以上前に塗り直されたものならそれも剥げています。
モダン楽器のようにきれいに見えるオールド楽器がありますが、そういうことです。

オリジナルのニスはわずかで残っている所には汚れも残っています。
塗りたての状態を目にすることは不可能です。
ニスがあると思っても後の時代に塗られたものと境目が分かりません。
これは絵画などと違いそれ自体は道具であって芸術作品ではないので観賞用として保存されるわけではないからです。


肉眼に近い感じで撮れた写真です。
汚れがついているのが分かるでしょうか?
これは私の独特のアンティーク塗装で、他で同じようなものを見たことがありません。新品として自分独自の作品を作ったほうがどれも同じに見えて、オールド楽器を模したほうが人によって違いが出るのは皮肉です。私は、ものごとを長期的に考えているので現代人の考え方は気にしていません。

綺麗すぎるのは使っていくうちに古くなっていくので構いませんが、わざとらしいのは永遠にわざとらしいままです。私以外には誰も気づかないかもしれませんがそうなると私は悔やんでも悔やみきれません。
とはいえ汚れをしっかりつけないと迫力が出ません。

古い楽器が立派に見えるのは巨匠の秘密のニスではなく「汚れ」だというのが本当のところでしょう。
「名工は神様のような天才」という前提で物を考えていると、それを汚すような説明はできなくなってしまいます。一度嘘をついたばかりに嘘の上に嘘の理屈を積み重ねていくことになります。知識を学べば学ぶほど実際から遠くなってしまうのです。


丸く膨らんだ高いアーチの楽器は裏板のニスが剥げやすいです。ミドルバウツの溝のところに残っているだけです。そこには汚れも残っているのでもともとのニスの色はよくわかりません。今回は赤オレンジのニスを作りましたが、汚れがつくことで茶色になっています。
しかし広い部分でニスが剥げているのでそこは別の色です。木材が古くなると黒ずんでくるので木の色です。これは新作なのでいわゆる黄金色を作ってあります。これも難しく経験がいるものです。
本当の古い楽器なら薄い色の普通のニスを塗るだけでそう見えます。
茶色でもオレンジでも黄色でも薄い層ではほんのり黄色く見えるので、下地が古くなって黒ずんでいると黄金色に見えるのです。これはクレモナの楽器だけではなくマルクノイキルヒェンの楽器でも同様です。

ここでもニスがはげたところがはっきりと分かるようだとわざとらしすぎます。オールド楽器でもそういうこともありますが、実は例外的でメンテナンスを繰り返しながら演奏で使われている楽器はニスがはがれている境界があいまいになっています。したがってよくあるアンティーク塗装のように剥げたてホヤホヤの状態が保存されているということは珍しいです。


アーチを作る工程で溝のところだけ後から彫り直すということをしました。グァルネリ家の楽器ではそこだけ仕上げが甘かったりします。白木の楽器では見えないほどの微妙な凹凸にも汚れが残って見えるわけです。これをノミの刃の跡を残そうと意図的にやるとわざとらしくなりすぎてしまいます。

一度溝全体を黒っぽくしてからそれを削り取ると、実際の汚れと同じようにわずかなくぼみに残ります。これはきれいに仕上げてあるほど残らないわけですが、それでも最後はちょっとは残るのです。それを刃の跡をつけようと思ってやると角が白くなってわざとらしいのです。

ヘッド部でも難しいのは、色が明るい所です。濃い所は塗りまくればいい所なのですが、少ない色で表現する方がミスが許されません。実は3回目くらいの層でミスをしてしまい、それがごまかしきれず塗り直すことになってしまいました。一か月の作業がパーになり、ニスに2か月もかかってしまったのはそのことも原因です。


アーチは高さがあります。

エッジが丸くなり、溝に汚れがたまったようになるとアーチのふくらみが一層感じられるようになります。新作楽器のままで高いアーチにしてもオールド楽器のようには見えないのです。そういう意味では見た目を近づけることでオールド楽器を研究した答え合わせとなります。
お金が必要になったり歳を取って気力がなくなったら凝った塗装もやらなくなるかもしれません。

このヴァイオリンは以前から依頼されていた日本の方のために作ったものです。
これともう一つのヴァイオリンを持って帰らないといけないため、Wケースでは以前考えていたオールドヴァイオリンなどを持って帰ることはできません。

amebaブログというものを使っていまして、いろいろな制約があります。
個人の特定に関わるようなことは書かないようにということも言われていますのでそれに従っています、ご協力ください。
かつては商用利用が禁止となっていました。芸能事務所がやっていて商用利用じゃないというのもおかしな話でしたが、商品を販売する目的で掲載するようなことはできませんでした。

今は解禁されているのでそのようなこともできるようになっています。
そこで、面白いヴァイオリンなどがあればブログ上で紹介し日本に持って帰って販売するということも考えられます。
しかし今回は荷物の関係で無理です。

以前から連絡をいただいていた方は再び連絡をください。
それ以外の方は問い合わせの方からよろしくお願いします。


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