ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -13ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。

ブログの問い合わせの機能が何か月か前から生きていなかったようなので新しくしました。


ヴァイオリン職人として20年以上やって分かったことは、弦楽器に関する知識はいい加減なもので何もわからないということが分かったにすぎません。私が体験できることも全体像では限られています。ですから当ブログでも世間で言われていることは何もあてにならないので「自分で感じてください」というだけです。具体的な知識ではなく、思い込みを抜け出すような考え方のヒントになればと思っています。

私は職人なので、品質の低い量産楽器を見ればすぐに安物だと分かりますが、それを音大教授が音が良いと絶賛することもありました。こんなこともあるので私が何か言ったことに絶対にすべての演奏者も同じ感想を持つかはわかりません。

20年やってわかったことは時代遅れの弦楽器業界には構造的な問題があり職人の労力では手に負えないということでもあります。我々職人も弦楽器業界もみなさんが当然のように期待しているレベルからははるかに未熟なのが現実です。職人もそこら辺にいる質の悪い困った「普通の人間」と同じです。どれだけ無知で無力かを一生懸命アピールしていますが、受け手が真剣に受け止めてくれないと伝えるのが難しいです。特に昨今の日本では他人に対して期待度が上がっているように思います。

弦楽器について知ることは人間のどうしようもなさについて知ることとなるでしょう。同時にそれは素晴らしさでもあるかもしれません。



さてウィーンは音楽の都としてクラシックファンには有名ですが、ヴァイオリンの生産地としてはそれほど知られていないでしょう。しかし実際にはオールドの時代から職人が多くいて楽器を供給していたようです。他の産地と違うのは「消費地」であるという点です。

なぜウィーンの職人が知られていないのかはよくわからない所ではありますが、一つはモダン楽器の開発競争で敗れたということが大きいでしょう。ウィーンでもっとも有名な職人はフランツ・ガイゼンホフです。商人的にはウィーンのストラディバリという感じですね。ちなみにロシアのストラディバリもいます。
ガイゼンホフは1800年頃からストラディバリを模したヴァイオリンを作り、各地で同時に起きていたモダン楽器開発者の一人です。しかし組織的に力を持っていたフランスのモダン楽器が勝利し世界標準となりました。今日まで続いています。

この辺りは西洋史に詳しい人は背景も想像できるかもしれません。

19世紀以降職人の間ではストラディバリを模したモダン楽器が優れたものだと考えられるようになっています。このためストラディバリを真似てヴァイオリンを作ったガイゼンホフがウィーンでは最高の職人と考えられています。そうなるとそれ以前の職人たちは「従来の」の劣ったものとなってしまいます。

現在の国境でオーストリアまで範囲を広げると、ヤコブ・シュタイナーがもっとも有名な作者となるでしょう。これも「従来の」スタイルと考えられています。

しかしこれがイタリアの作者になると状況は全く変わります。ストラディバリ以前のアマティ型の楽器でも「従来のもの」と否定的には考えられず名器とされ値段は数千万円は下りません。楽器の作風ではなく、ストラディバリと同じ「イタリア」ということで扱いが全く違うのです。

オーストリアのザルツブルクにもヴァイオリン職人がいました。そのうちダビッド・テヒラーはベネツィアやローマに移ったため「イタリアの楽器」と扱われています。つまり楽器自体がどうかではなく、住所によって値段が10倍くらい違うということです。何故かというと、多くの人には楽器の作りの違いが分からないからです。
テヒラーはテクラーと呼ばれることがあります。それは英語読みで、英語圏から楽器の売買の慣習が伝わったということを表しています。つまりイギリス人やアメリカ人の趣味が入っているのです。日本人からすればイギリスやアメリカは海外と思うかもしれませんが、ヨーロッパ大陸から見ても文字通り「海外」です。ちなみにヨーロッパ大陸内は外国でも海の向こうではないので「海外」ではありません。
逆に日本の寿司などは世界中にSUSHIとしてアメリカを経由して伝わっています。このためカリフォルニアロールが入っています。世界中の人はアメリカ風のSHUSHIを寿司だと思っているわけです。弦楽器も同じことです。

ドイツ系民族で最も高価な楽器はゴフリラーでしょうかね?特にチェロでは最高峰の評価です。調べてみないとちょっとわかりません。フランス人ではリュポーでもヴィヨームでも無くベネツィアのデコネーが一番高価な作者ではないでしょうか。週明けには確認してみます。

つまり値段は違いが分からない無知な人たちでも分かる肩書で決まっていると考えて良いでしょう。


こんなヴァイオリンが来ました。

ラベルにはブッフシュテッターと書いてありますが全く違います。普通なら「こんなものはニセモノだ」と門前払いするものですが・・・・。

私はラベルを見るよりも先、見た瞬間にウィーンのオールドヴァイオリンではないかと思いました。輪郭の形に特徴があります。
この楽器は色が真っ黒いのが目立ちますが、19世紀の終わりころのミルクールや20世紀の初めマルクノイキルヒェンでも真っ黒なラッカーで台地状のアーチの「シュタイナーモデル」の量産品が作られました。よくあるのはそのようなものです。
しかしこれはそれらとは繊細さが違います。綺麗な丸みがあります。もちろんラッカーではありません。

量産品のような台地状のアーチではなく中央に向かってきれいなアーチを描いています。20世紀の量産品でも低品質なものは横板がもっとグニャグニャです。うまく作られたオールド楽器は恐るべき耐用年数があります。表板の中央も陥没などが起きていません。

表板のアーチの高さは測ってみると19mmありました。現在の標準が15mmくらいですから高いアーチに入ります。しかし典型的な「室内楽用」と言われるような極端に高いアーチではありません。その上カーブが滑らかで癖があまりありません。これはイタリアのオールド楽器の特徴で、ドイツのものは四角いアーチなのが特徴です。シュタイナーの癖がそういうものだったので真似て作られました。それに対してこれは素直な膨らみをしています。

裏板も若い頃のストラディバリのような感じもあります。典型的なドイツ的なものというよりもイタリア的なアーチです。
板の厚みもオールドなのでもちろん薄いのですが、裏板の中央に厚みがありドイツの典型とは違う物です。

仕事は全体的に繊細で丸みもきれいに作られています。唯一粗さを感じるのがf字孔です。

文献でウィーンのオールドの作者を調べてみるとこのようなf字孔の作者を何人か見つけました。そのため、仕事の粗さでこうなったというのではなく、こんなスタイルがあったようです。

時代は1750年頃だと思います。それより前だと素朴な感じがしますし、それより後だと近代的な感じがします。ちょうどモーツァルトが生まれたころになります。そう考えると面白いですね。最もよく似ている写真が出ていたのがライドルフという一族のものでしたが、他のウィーンの作者もそっくりだったので特定は難しいです。

ウィーンではガイゼンホフの印象が強くオールドの作者は忘れられているようです。値段はそれほど高いものがありません。500万円以上もするようなものは皆無です。

私はウィーンの楽器と思いますが、私がそう思うだけです。ブッフシュテッターのラベルは偽造で、一般的には「南ドイツのオールドヴァイオリン」ということになるでしょう。
フュッセン、ミッテンバルト、ザルツブルク、ウィーンなどは作者の行き来もあり作風に類似性が見られるためひとまとめにして「南ドイツの流派」と考えられています。現在の国境ではドイツとオーストリアにまたがっている地域です。チェコのプラハにも移住した職人の影響があるようです。国の概念が島国の我々とは違う所です。

ドイツ系の楽器の鑑定は難しくそれ以上詮索しない方が消費者にとってはお買い得です。「作者不明の南ドイツのオールドヴァイオリン」ということにしておけば、この楽器も2万ユーロもしないでしょう。1万5000ユーロくらいを考えています。南ドイツのほうが東ドイツ(マルクノイキルヒェン)のものより高価です。

はっきり言ってこれは新作楽器の値段です。今は空前のユーロ高なので200~300万円です。それでも東京の新作楽器の値段でしょう。ユーロ高でイタリアの現代の楽器はそれ以上に値上がりするかもしれません。

長年手入れがされていない感じですが、音を出してみるとオールドらしい音がします。G線は角があり締まっています。D線は急に鳴る感じで量感があります。古いスチール弦が張られているA線とE線は柔らかく太さがあります。特にE線はモダン楽器では無いような柔らかさではないかと思います。

少しでも音量があるほうが優れているというようなそんな評価の仕方をしてる人にはピンとこないでしょう。音が全く現代のものとは違います。

現代の職人が職人同士で音を競うのと全く違う音の楽器です。それもそのはず見た目も違います。

アーチをまたいでサイズを測ってみます。
裏板のボディサイズは353mmですから現代の標準355mmよりはやや小さく、フランスの19世紀のものよりは1㎝ほど小さいものです。

横幅はアッパーバウツが164mmで現代のストラド型なら168mmくらいです。ミドルバウツは113mmあり現代のものよりも幅があるように思えます。しかしアーチが高いとかなり大きめに出ます。アーチを含めずに測ると108mmで現代のストラド型と同じくらいです。
ロワーバウツは199mmでストラド型は205mm以上あるでしょう。
モダンや現代のストラド型よりは小さめの楽器ですが、オールド楽器の中では極端に小さい方ではありません。特にミドルバウツがアマティよりも広めになっています。ドイツの楽器にはよくあります。


オールド楽器としては典型的なものでありモダン的な影響を一切受けていないものです。フランスのモダン楽器のようなものとは設計思想が全く違います。どちらが優れているかは上級者の間でも意見が分かれることでしょう。使う人の考え方次第です。数千万円足してアマティ型のイタリアのオールド楽器にしてもこれと同じことです。

新作楽器の予算で探していてこの楽器が売っていれば全く音が違う事でしょう。「現代のマエストロ」のようなよくあるような音とは全く違うでしょう。優れているか劣っているかという評価の仕方は役に立たないくらい違うと思います。逆に言えば現代の名工も無名の職人もそんなに違いが無いということです。

表板には割れがあり、過去の修理も怪しいものです。完全な状態に直せば立派なオールドヴァイオリンになるのではないかと思います。少なくとも音量も並みの新作器以下ということは無いでしょう。

モーツァルトなどの時代にウィーンでこんな楽器が使われていたというのは面白いです。ザルツブルクにも職人がいましたが残っている楽器の数はもっと少ないでしょう。

作曲家の評価に比べると全く知られていないのがウィーンのヴァイオリン職人たちです。フュッセンなどから移住してきた職人がルーツのようですが、仕事の繊細さには当時のウィーンの気質がしのばれます。
今でもウィーンと言えば優雅で繊細な趣味を持つ、日本で言ったら京都のようなイメージがあるでしょう。
しかし楽器の音については必ずしもそうは言えません。フランスの影響を受けた後のウィーンのモダン楽器で耳が痛くなるようなとても鋭い音のものを知っています。職人は自分たちの望む音を作れないのです。

しかしこの楽器はなにかその時代の音楽のインスピレーションを感じることができるかもしれません。優劣という次元では語れないものなのではないでしょうか。弓もバロックとモダンの間の時代のものがありクラシック弓と呼ばれています。古典派などを得意とする人は持っている人もいます。

職人は「考え方」に染まっていて楽器の魅力を素直に感じられなくなっています。良い楽器の特徴とされるものを修行するときに信じ込まされるので、このように現代の常識からかけ離れたものの良さを感じることができません。専門家ですらこんな状況ですから、「評価」なんてものはあてになりません。自分が自分で何を感じるかだけです。


このヴァイオリンは売りたいということで持ち込まれたもので今がチャンスです。誰も興味が無いならこの楽器はうちでは販売せず流れていきます。

もし読者の方で興味があるというのなら連絡ください。
修理して販売することを前向きに考えます。日本に持って帰って試奏することもできるでしょう。

新作の値段で本当のオールド楽器ですから売れるのは時間の問題だとは思います。高音の柔らかさだけでもめったにないでしょう。

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長年ブログをやってきましたが、どうやら「問い合わせ」の機能が何か月か前から生きていないようです。清水の舞台から飛び降りる覚悟で問い合わせをしていただいた方には無視したようになってしまい申し訳ありません。

スマホ版のブログではそもそも表示もされていませんし、送信もできないという問題がありました。

そこで新しい方法に変更します。


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こんにちはガリッポです。



野生のビーバーです。ビーバーというとダムを作ると教わりますが、川の土手に穴があるのでそこにいるんじゃないかとずっと思っていました。穴には食べるために持ち込んだとみられる木の枝がはみ出ています。
この木は自然と倒れたようです。樹皮が日ごとに無くなっているので夜中にビーバーが来て食べているのではないかと思っていました。ついに現場を目撃しました。人が通る時間帯にはめったに姿を現しませんが、夜が明けても食べるのに夢中になっているようでした。ダムを作るのはむしろ例外的なケースかもしれません。でもドキュメンタリー番組ではせっせとダムを作る様子ばかりが紹介されます。良い所を見せようと苦心して撮影し番組は作られているのです。このようなものは教養番組でも「知るエンターテインメント」だと思います。だからヤラセなんだで騒ぐのも的外れだと思います。これがリアルなビーバーです。


またこんなヴァイオリンが来ました。

かなり独特の楽器です。

他ではまず見ることは無いかもしれません。クリンゲンタールのホプフです。
カタチが独特です。全体的に四角い形で、巨大なf字孔。全体の幅は狭いのに中央だけが広くなっています。

アーチはそれほど高くなく平らな部類に入るでしょう。
残念ながらヘッド部はオリジナルではなく、後の時代に別のものが取り付けてあります。
これは、ヴァイオリン教師のものです。
こんな楽器を教師が使っているというのが面白いですね。
ホプフは1700年代からありますが、これはもう少し後で1800年代のものでしょうか?どのホプフかまでは分かりませんが、ダビッド・ホプフが一番有名なのでしょうが、それよりは後の世代だと思います。特に有名ではないのでどのホプフでも値段は変わらないでしょう。つまり新品の楽器と同じで古いことに何のプレミアもついていないのですから、単に品質で値段をつければ良いだけです。
さすがに、こういう本当の古い楽器で明らかに量産品でなければ1万ユーロ(120~150万円)くらいはしても良いと思います。しかしスクロールがオリジナルではないので6000ユーロくらいのものでしょう。
逆に言うとスクロールがオリジナルでないためにお買い得ということです。ヴァイオリン教師が100万円もしないヴァイオリンを使っているというわけです。

修理が終わって本人が試奏すると、普通のヴァイオリンのように演奏に使用できます。その上で、音はオールド楽器のような枯れた独特の雰囲気があります。オールドの中では特別暗い方ではなくむしろ明るい感じです。それでも新作楽器の中ではかなり暗い方でしょう。
クランチーノとかランドルフィとかそれっぽい雰囲気があるように思います。それらは数千万円ですからいかに安いかということです。だから性能が優れているというよりは、十分な腕前の人が弾くことで現代の楽器と同じように音が出ても、音自体が別物という感じです。
オールド楽器も多くはそんな感じです。すごく性能が良いというよりは、音自体が違うという感じです。
ただし、高音は柔らくはありません。ほかのE線にするなどできることがあるかもしれません。

ピラストロのエヴァピラッチゴールドも明るさには影響しているかもしれません。明るい響きが豊かになり引っ掛かりが強く人為的に音が作られている感じがします。


ドイツのオールド楽器がシュタイナー型で画一的だと思っているのならとんだ過ちです。とても個性的なものがあります。ホプフ家はもともとマルクノイキルヒェン出身で、近郊のクリンゲンタールで家業を続けていました。こういうタイプの楽器はマルクノイキルヒェンでホプフ家以外にもありました。

もうひとつ面白いのはこんな形でもまともにヴァイオリンとして機能するのです。特に私がよく言うように楽器の中央がゆったりしているので使える楽器になっているのではないかと思います。他のオールド楽器では中央のくびれが大きく狭く窮屈になって、アーチも高いとなるとかなり難しくなるでしょう。これも少しモダンの影響が作風にあるようですので、オールドとモダンの中間的なものです。

すごく柔らかい高音というわけではありません。その意味ではモダン楽器的でもあります。ミルクールの楽器でも枯れたような雰囲気のものはあります。薬品か何かを木材に塗りこんだのか、ミルクールの量産品は何か木が弱ってる印象があります。年代以上に古い感じがすることがあります。だから枯れた音になるのは単に古いからということもあるでしょう。保存環境や処理によって木材の朽ち方は様々でしょうね。
やはりオールド楽器の独特の音の原因の一つは古さにもあると思います。


次はチェロです。

こちらはモダンチェロです。

W.H.ハミッヒの1878年ライプツィヒ製とラベルには書かれています。本で調べると同じ年に作られた別のチェロがそっくりで、その近辺の年代に作られた他のチェロもそっくりでした。おそらく本物でしょう。ヴィルヘルム・ヘルマン・ハミッヒ(1838-1925年)について調べるとマルクノイキルヒェンの出身でベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンで仕事をしていたようです。ザクセン、フォークトランドでのヴァイオリン製作の伝統の最高峰だと書かれています。相場はヴィオリンで最高で2万ユーロとなっています。チェロのなのですくなくともその倍の4万ユーロ、チェロは希少なので2.5倍の5万ユーロくらいしてもおかしくありません。5万ユーロだと今の相場では700万円を超えてしまいます。
同じ年のチェロが本に出てるくらいですから相当な数のチェロを作ったようです。このためドイツのモダンチェロでも特に有名なものでしょう。

f字孔の形や傾きや位置などが判で押したように同じです。楽器が持ち込まれた場合、本などで調べても、似てるような違うような曖昧な印象を受けることが多いです。しかしこの楽器では間違っているところが何一つないのです。本物と明らかにわかるのはレアなケースです。パッと見た感じでもきれいな感じはしますし、ニスの雰囲気も良いですので立派なチェロだとはわかります。

スクロールの型も本に出ているものとそっくりです。

正面や背面の溝の彫り方がとても浅いのが特徴です。

下の端のヒールというんでしょうか、その形もあっています。

さらに大きな特徴はアーチがとても平らであるということです。

これは売りたいということで持ち込まれたもので、プロのオーケストラ奏者が使っていたものです。弦は錆びていてしばらく使っていなかったようです。

こういう由緒のはっきりした立派なチェロはめったにないですね。値段もめちゃくちゃ高くは無いのでそれこそプロのオーケストラ奏者にはちょうどいいくらいでしょうか。読者の方でも4万ユーロで興味のある方がいらっしゃたらどうでしょうか?

元々ベルギー駒がついていて錆びた弦で鼻にかかったようなメタリックな音が重く鳴りにくい感じがしました。駒と魂柱を新しくして、弦も変えました。ピラストロ・パーペチュアルのソロイストというバージョンのものにしました。何が正解かはわかりません。
以前よりは良くなったと思います。低弦はかなり金属的で、トマスティク・スピルコアとかラーセン・マグナコア的な雰囲気もあります。ピラストロとしてはかなり荒々しい音なのではないでしょうか。しかし同じ楽器でパーペチュアルの別のバージョンを比較したことが無いのではっきりは分かりません。高音はまだ鼻にかかったような鋭さがあります。
ラーセンのイル・カノーネくらいのほうが良いのかもしれません。

板の厚みを測ってみるとかなり厚いです。持った感じも明らかに重いです。アーチが平らで板が厚いという典型的な現代の設計思想です。時代は1878年で極端にフラットなアーチは19世紀的です。板の厚みは20世紀の楽器の先駆けのような感じでもあります。ただ、ガンやベルナーデルなどは板が薄かったですが、ヴィヨームになると厚いものがあるようで、モダン楽器でもチェロでは厚みは定まっていなかったようです。
見るからに重厚感がありますが、弾く方もかなりパワーがいるようです。チェロを弾く同僚が弾いて重く音が出にくいのは聞いていてもわかりますが、本人もそう言っていました。やはり板が厚いのが原因ではないかと思います。これをもしかしたら弾きこなせる人が現れるのかもしれません。今のところはまだわかりません。今後も注目していきたいと思います。

やはり板が厚い楽器は鳴りにくいというのはあるでしょうね。私は板が厚い方が明るい音になると言っていますが、あまりにも厚いと明るい音すら鳴ってきません。その結果暗い音に感じるかもしれません。少なくとも低音はとても重々しい感じです。A線、D線は明るい響きを伴っているように思います。

私が作って厚めの板や薄めの板で実験した場合には、厚めや薄めというだけでとんでもなく厚いということはありませんでした。さらに厚くなると鳴り方はまた変わってくるでしょう。単純に法則性としては言えないのではないかと思います。量産楽器の板が厚いものも、同様です。この前は「作者の音」があるという話をしましたが、私が作るようなクオリティーで厚めと薄めの実験した場合ともっと違う楽器があるということです。

今回はいずれもザクセンの楽器製作のものです。ハミッヒもかなりの数のチェロを作ったと思われます。このため本人が一人で作ったとは考えにくいものです。やはり町工場くらいの規模はあったはずです。もしくは故郷のマルクノイキルヒェンに下請けを持っていたのかもしれません。それでも明らかに量産品とは違う綺麗さがあります。アンティーク塗装の雰囲気も良いです。典型的なドイツのモダン楽器という感じがします。

ちょうど同じころにミッテンバルトのオールドでクロッツ家のチェロも持ち込まれました。どのクロッツかよくわかりませんが、見た感じでゲオルグ・クロッツのような感じがします。クロッツくらいになればロンドンやニューヨークの楽器商でも知ってるくらい有名なものです。サイズはやや小型で弦長は7/8くらいのものですがハミッヒよりは音が軽く出ます。さすがオールドという感じがします。値段も違いますが・・・。

私は板が厚すぎることをとても気にします。しかし多くの職人やディーラーはあまり気にしないでしょう。業界全体としては欠点とは考えられておらず、こんなに鳴りにくくても高い評価になっています。作者の評価なんてものは何もあてになりません。このため名前でこのような楽器を仕入れてしまった業者はウンチクで板が厚い楽器を正当化するような理屈を語ることでしょう。厚い板の楽器は東ドイツに限りません。1900年頃から増えてきます。現代でもそれが良いと正しい知識として学ぶほどです。しかし、実際にこのような経験をするべきです。嘘を一つつくとつじつまを合わせるためにまた別の嘘をつかないといけません。ウンチクはどんどん机上の空論になっていきます。

板の厚みだけでなく、アーチの平らさも影響しているかもしれません。厚くて平らな板という組み合わせが特にチェロではどうなんでしょうね?


やはり現代の楽器は重厚長大という感じです。弓もまた同じように進化して来たようです。特に日本で新しめの楽器や弓が多いなら演奏技術も異なってくるかもしれません。音の出方が重い楽器を力で鳴らす弾き方が身についているかもしれません。先生がホプフのヴァイオリンを使っているという話でしたが、先生の教えにも影響するかなり重要なことです。一方で弓に力は入れてはいけないと先生に教わりヘロヘロな弾き方をする人もいます。ケースバイケースで言葉で理解できることではないでしょう。

多数決では難しいチェロとなると思います。しかし、このチェロを弾きこなせる人がいるものなのかも興味深いですね。

以前にも同じような記事がありました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12645825691.html
こちらでもホプフとハミッヒのチェロが出ています。
ホプフはもうちょっと古い時代のもの、ハミッヒはそっくりです。



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こんにちはガリッポです。

子供用の楽器は使用する期間が短いため、高価なものは需要がありません。それどころかレンタルを利用する人が多くなり買う人すらめったにいなくなりました。
世の中は何でも「定額制」とか「サブスク」とか言いますね。
うちでは月の料金はヴァイオリンで保険を含めて3000円ほどです。弓とケースと松脂がついて肩当も選ぶことができます。先生によって薦めるものが違うからです。
こんな感じですから、4/4の楽器の購入でもコストパフォーマンスが重要視されるわけです。

このため3/4の販売用の在庫がたくさんあります。サイズアップで楽器を買い替える際に下取りすることで払った費用を無駄にしないで購入することもできます。

たくさんの3/4の中から試奏して音が良いと購入されたものですが、表板が割れてしまいました。保険に入っていたので修理代は保険から支払われます。幸い駒や魂柱のところから割れが外れていたので高度な修理は必要ありませんでした。
また下取りするのでついでに板の厚さを調整します。

もともと音の良さで選ばれた楽器です。量産品としては珍しく隅っこギリギリまできっちり表板がくりぬかれています。板の厚みは現代の4/4くらいの感じです。つまり歴史的に見ると4/4でも厚めということになります。

裏板も隅っこにわずかに削り残しがあるくらいです。コーナーやライニングの仕事もきれいです。

この前紹介したものはこんな感じでした。


クオリティが違います。


中央は十分に薄いのでそのままにしました。それでも極端に厚いわけではないのでそれほど多く削ってもいません。
これもザクセンの昔の量産品ですが、3/4ではクオリティが高いです。ミルクールのものもありましたが、ザクセンのほうが選ばれました。ミルクールのものでも安価なものは質が悪いのでフランス製だとかドイツ製だとかは意味を成しません。

それでも現代の4/4の厚みなので薄めにします。これで4/4では薄めになるでしょう。


板を薄くするために元のバスバーを削り落としていたので、バスバーも新しくします。3/4のバスバーを交換することはめったにないです。ちょうどバロックヴァイオリンの4/4と同じくらいです。

木片をつけて割れた部分と接着しなおしたセンターの合わせ目を補強しました。
ちなみに右下に写っている消しゴムはこの前ひさびさに帰国したときに買ったものです。

これで表板の修理は完了です。
割れているのがちょうど魂柱のところではないので普通の修理で十分でした。その代わり板を薄くしてバスバーを交換しました。
割れは魂柱の位置からずれているとはいえ、木片のつける位置は魂柱を入れる際に邪魔にならないようにしないといけません。

指板も交換です。4/4のヴァイオリンを交換したときに外したものをリサイクルしています。

やはり外枠式です。先端にちょっと隙間がありますが、丁寧な方です。

こちらは安物です。

左右のf字孔の上の丸い所の感覚が狭すぎるためバスバーの位置が楽器のセンターよりに来ています。駒の脚との位置関係がしっくりきません。エッジの周辺に削り残しが多かったので仕上げ直しました。

今回のものが綺麗なのが分かるでしょう。

修理が完了。

ニスもラッカーでいかにも量産品という感じですが、その中では質が高いです。
マルクノイキルヒェンのもので1930~40年代くらいでしょうか?
1900年頃のものに比べると新しく見えます。

ビックリするほど見事なものではありませんが、量産品の中ではましな方です。
スクロールも特別美しいということはありません。

楽器のクオリティと音が必ずしも直結しないということを言ってきましたが、子供用になるほど精密な加工が必要になるでしょう。それに対してユーザーは短い期間しか使わないものに対価を支払うのが難しいので粗悪なものが多いというわけです。

元々現代の4/4と同じような板の厚さになっていました。4/4としては薄めにしてみました。3/4ならさらに薄く作ったほうが理想的なのかもしれません。しかしもともと音が良いと選ばれたものですから全く違う音にする必要も無いでしょう。
子供用の楽器では華奢すぎずに丈夫であることも求められるでしょう。余りにも繊細に作るわけにもいかないのが問題です。

今回手直した結果3/4としては希少な楽器になったと思います。


割れた部分も分からないくらいに修理ができました。

隅っこまで丁寧に加工し、板を薄くすると柔軟性が増し、小さな楽器の窮屈さがとれてキャパシティが大きくなるでしょう。低音も出やすくなるはずです。
一方クッション性が生まれるので吸い込まれるような感じで、ダイレクトに跳ね返ってくるようなはっきりした明るい音は弱まると思います。このあたりを私は好き嫌いの問題と考えています。とはいえ50~100年経ってますから鳴りが弱いということは無いでしょう。

小型の楽器のデメリットを改善するにはぎりぎりまで精密に加工することが音の良さに直結すると言えるでしょう。

同じことは4/4の楽器にも言えます。量産品で隅っこまで丁寧に加工されていなかったり、20世紀以降には厚めの板のものが多くあります.それを良いか悪いかは弾く人が決めることです。

うちの店の在庫を調べてみても、モダン楽器で、板が薄いものはほとんど売り切れて残っていません。厚めのものは何年でも残っています。
こちらでは低音が強いバランスの「暗い音」が好まれることを表しています。明るい音の楽器を選ぶのも好みですから自由です。それでも明るい音のものばかりが売れ残っています。

日本では全く逆になるかもしれません。このことからも音について楽器の価値を客観的に評価することができないと分かるでしょう。

なにしろ日本とは楽器を弾き比べて音が良いと感じることが全く逆で、日本人が良いと思う音がこちらでは悪い音と考えられ、こちらで良い音と考えられるのが悪い音というわけです。つまりヴァイオリンに「世界的な評価が高い」なんてものは無いのです。ニューヨークやロンドン、東京で人気でもヨーロッパ大陸では音が好まれないかもしれません。弓の方がその違いがさらに大きいのではないかと気づき始めましたよ。

レンタルではなく品質とコストパフォーマンスの高い楽器を購入し、保険をかけて損害も補償されました。保険に入っていなければ表板を開けずに外側から接着するやっつけ仕事になってしまいます。こうなるときれいに直らないばかりか、後で下取りするときの価値が激減します。
修理中も練習する楽器が必要ですが、うちの店の好意で代わりの楽器を貸し出していました。消費者と楽器店の良い関係ですね。


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こんにちはガリッポです。

音を自在に作ることがいかに難しいかということを説明しています。
楽器の作りと音の関係はよくわからないことが多いという話なのですが、同じ人が作った楽器が毎回全くデタラメな音になるということではなく、むしろ同じような傾向が出ます。モデルや板の厚み、ニスを変えてもある程度「その人の音」というのはあると思います。
一方同じ工房内で、同じ木枠、同じ寸法、同じところで買った木材、同じニスで作ったにもかかわらず作る人によってかなり違う音になることがあります。見た目がそっくりの師匠と弟子の楽器でも音が全然違うことがあります。

作り手によって音が違う、その原因が何なのかはわかりません。

コンピュータ制御の機械で作る現代の量産メーカーでも、メーカーに共通する音というのはあると思います。このため評判が良かったメーカーからまた仕入れます。またすぐに売り切れてしまいます。
量産楽器を仕入れる時は、ペグや駒、弦など付属部品がついていない状態で購入します。工場で仕上げたものは演奏上重要な部分が十分な水準に無いからですが、音を確かめないで買ってもすでに音が分かっているメーカーなら大丈夫です。

しかし、量産メーカーでもどのヴァイオリンも全く同じ音ということはありません。これがおそらく木材の個体差とか偶然みたいな要素だと思います。逆に言えば、量産メーカーのように木材をランダムに選ばれたとしても、それほど大きな個体差ができないという事でもあり、木材の差は正反対の性格の音になるというほどではないということです。ちなみにヴァイオリンよりもチェロのほうが木材の差が音に出るように思います。
異なる産地の木材を試したことがありますが、いつも私の音になります。

量産楽器では多少ばらつきがあっても、店頭でお客さんが試奏して好きなものを選べばいいです。この前はチェロをいくつも仕入れました。音はかなり近くてどれでも変な音や極端な音というのはありません。中でも微妙に柔らかい音やダイレクトな音、比較すると明るかったり暗かったりします。でもあらゆるチェロの中で考えるとどれも似ています。


つまり人の声が一人一人違うように、なぜかわからないけども作る人によって音が違うのです。声の出し方を変えることはできるかもしれません、しかしそれにも限界があります。

それが何なのかわかりません。
音楽家の人は「作る人の性格が音に出ている」と考えるかもしれません。そう指摘されるとなんとなく心当たりがあってそれはあながち外れてるとも言えません。でも技術者としてはメカニズムが分かりません。性格がどうして音になるのかその途中が分からないのです。また、古い楽器では作者の性格は分からないのでデータに根拠があるかもわかりません。

もちろん性格が仕事の仕方に影響することは十分にあり得ます。仕事の仕方に差が出るなら音に差が出てもおかしくはないです。
したがって仕事の質が音に影響するかもしれないということがあります。
現に荒々しい作りの楽器は荒々しい音がする印象があります。荒々しい音が好みなら、雑に作られた安い楽器でも良いということです。一方繊細な音を好むなら丁寧に作られた楽器のほうが良いということになります。しかし丁寧な楽器でも鋭いきつい音がするものがあります。仕事は丁寧でも性格にきつさがあるのでしょうか?性格特性の分類も占い師の語るような曖昧さがあります。



作者固有の音がする理由としてもう一つはアーチが考えられます。
アーチのふくらみの形は測定が難しいものです。人の声帯がみな違うように、それによって音の違いが生まれるのではないかということです。

私は高いアーチと低いアーチの話をしています。しかし、同じ人が高いアーチと低いアーチの楽器を作っても、同じ形のアーチが高さ方向に引き伸ばされたり、押しつぶされたりするだけです。このためアーチの高さを変えたことで音が変わる部分と変わらない部分があるというわけです。
ストラディバリやデルジェズなどはアーチの高さは毎度バラバラです。若い時にはどちらも高いアーチの楽器を習ったと思います。しかしフラットなアーチに作風を固定することは無く、晩年になっても高いアーチの楽器がランダムで見られます。それでは音が全く別になってしまうかというとそうではなく作者の音があるとしたら、アーチの高さを変えても変わらない部分があるというわけです。

現代の量産メーカーではコンピュータのデータでアーチが作られます。仕上げが手作業でも基本の形がどれも同じというわけです。


性格説なのか、アーチ説なのか、両方なのか、性格がアーチの違いを生むのか、両方とも見当違いなのかそれすらもわからないです。これが分からない以上は「作者の音」を超えて違う音の楽器を作ることができません。

アーチがどれくらい音に影響があるのかそれすらもわからないという状況です。それに対して明らかに分かるのは「板の厚み」です。逆に言うとそれしか分からないということです。でも板の厚みだけで音が決まるわけではありません。
弦楽器の音に重要な要素として、フィッティングがあります。しかし、バスバーや駒、魂柱を交換し、ネックを入れ直してもやはりその楽器が持っている音というのはあると思います。それは胴体です。一番影響が大きい部品は表板、ついで裏板ということになるでしょう。表板や裏板には、輪郭の形、板の厚さ、アーチが主要な要素となります。輪郭の形は現在では寸法がわりと決まっていてストラドモデルかガルネリモデルがほとんどです。同じストラドモデルでも音は作る人によって様々で、別々の人が作ったストラドモデルやガルネリモデルに共通する音の特徴は分かりません。同じ人が作るとストラドモデルでもガルネリモデルでも似たような音になります。その範囲なら大きな違いは無いでしょう。

板の厚みはかなりはっきりした違いが出ると思いますし、数字で表すこともでき検証もできます。

アーチはそもそも設計を定めたりタイプを分けて分類することさえも難しいです。これが「ブラックボックス」であるとすれば作者の音の原因かもしれません。


一方でオールド楽器とモダン楽器を手に取ったときにすぐに見た目の印象が違うことに気付きます。考え方がガラッと変わるからなのですが、特に特徴的なのはアーチです。これもオールド楽器とモダン楽器の音の違いを生み出す原因ではないかと考えることができます。それに反論するなら、オールド楽器のほうがモダン楽器よりも古いからそのような音になっているとも考えられます。つまりモダン楽器もあと100年くらいすればオールド楽器のような音になるんだという説です。結果が出るまであと100年待たないといけません。でも私の経験では1800年頃のフランスのモダン楽器ではとても鋭い音がして、オールド楽器らしい柔らかい音はしていませんでした。板の厚みなどは初期のモダン楽器はオールドに近いものでアーチと幅の広いモデルがモダン楽器の特徴です。・・・まあ性格説だとフランスで出世するには気の強さが必要ということになるかもしれません。


そんな感じで私もよく分かりません。
よく分からないことが多いので、何かを聞いても話半分で聞いて真剣に考えすぎないほうが良いと思います。

楽器のタイプとしてどのようなものがあるでしょうか?
オールドヴァイオリンのようなもの、フランス的なモダンヴァイオリン、20世紀の常識的なヴァイオリン、自己流のヴァイオリン、量産楽器・・・大きく分けるとそんな感じです。それぞれの中間みたいなものもあります。結局は一つ一つ違うのですが、少なくとも国で分けるよりはリアリティがある分類でしょう。

20世紀の常識的なヴァイオリンはたくさん数があって、50年以上経っていれば鳴りは良くなっています。音も常識を超えるような感じではありませんがなぜかわからない微妙な音の違いがあるのでたくさんの中から選ぶことができます。
値段だけが常識をはるかに超えて売られていても、職人から見ると楽器自体は常識の範囲を超えないので音は好き嫌いの問題でしかないでしょう。
「常識的な良い楽器」でも一人前の職人が作ったものですから、それ以下の品質や手抜きのものの方がはるかに多いです。見た目は悪くても音は良いものもあるし、単なる粗悪品もあります。

ソリスト向きで優れているのはフランス的なモダンヴァイオリンです。しかし鋭い音のものが多い印象です。近代現代にはフランス的なものをちゃんと勉強していない自己流のものもあります。量産楽器も同様で品質がバラバラで音も一か八かです。量産品は数が圧倒的に多い上に値段が安いので音だけで選ぶと案外掘り出し物があるかもしれません。フランス的な特徴も世代を重ねるごとに徐々に薄れて行き20世紀になってくるとどこの国でも同じようなものになってきます。

フランス的なモダンヴァイオリンのようなものでなおかつ音が鋭くないものとなると店を何軒も回って探すことになるでしょう。穏やかな音のものとなると際立った性能は感じないでしょう。一長一短です。客観的にはとても鋭い音のものでも持ち主はコツが分かっていて信じられない柔らかい音を出すこともあります。弾く人によってどうにかなるのかならないのかもあります。

私が作るものはなぜか鋭い音ではありません。私はそのようなものを作ることができますが、いかんせん新作ですから楽器が勝手に鳴るというようなものではありません。


オールドヴァイオリンのようなものがこの世に存在することは私は知っています。しかしソリスト的なモダンヴァイオリン以上の性能で、美しい音という理想的なものが限られた予算の中でいつでも買えるかというと分かりません。

オールド楽器を見ると近代や現代の楽器とは全く違う雰囲気があるので手に取れば一瞬で分かります。ラベルに書いてある作者名などはあてになりません。ヴァイオリン作りの考え方がある時期を境にガラッと変わったからです。しかしだからといってオールド楽器らしいものが必ずしも理想的な音とは限りません。私は典型的なモダン楽器と典型的なオールド楽器の中間的なものが「無難」だと思います。ストラディバリやデルジェスがまさにそんなものです。本当のオールドヴァイオリンがあっても、そんなにオールドらし過ぎないものの方が癖が少なくベターだと思います。そのようなものがこの世に存在することは知っていますが売っているかどうかは分かりません。オールドらしすぎるものはしばしバロック仕様に再改造されています。それも本当にバロックヴァイオリンとして良いのかもわかりません。

そのようなものを私は作るわけですが、第三者の専門家から見たときにオールド風に見えるのか、ただの自己流なのか、いまだに現代の常識の範囲内なのか分かりません。しかしオールド楽器のような「タイプ」の楽器を目指しています。同じようなタイプでも200年以上経ってはいないので同じ音ではありません。

そのように私はヴァイオリン製作の歴史の中で私が理想的だと思うタイプの楽器を作ろうとしています。その結果それっぽい音がしてるよねというそんな感じです。作ってみたらこんな音がしたということで、具体的な音を計算して作っているわけではありません。

以前紹介したザクセンのモダンヴァイオリンです。


完全に近代的なモダンヴァイオリンになる以前のもので、オールドとモダンの中間的なものです。こんな楽器に注目するのは私くらいかもしれません、オークションなどでは全く相手にされるようなものではありません。金銭的な価値ではただの安物としかみなされないでしょう。その後の調べでこれはおそらくクリンゲンタールのホプフ家のものではないかと思います。ホプフはオールドの時代からフラットめのアーチで、巨大なf字孔を持っています。近代化を目指してもまだホプフ家の作風も残っていています。フランスの楽器製作が完全に伝わる前のものですが、同時発生的にモダン化のトレンドはあったようです。オールドの時代でも1700年代の終わりごろにはすでにモダン楽器の先駆けとなるようなものがヨーロッパ各地で作られていました。その中でスタンダードになったのがフランス式のモダン楽器ということです。

面白い楽器と思っていましたが、修理を終えて今は商談中です。3/4のヴァイオリンを使っている子が、大人用のものを探していて店中のものから試奏して音が良いとすぐに選ばれました。ホプフというのも確かではないので100万円もしないものです。
現代のイタリアのマエストロのものよりもはるかに個性的な楽器で伝統もあります。商人の語るウンチクは理論が破綻しています。

それにしても、初めての4/4がこんな楽器だとしたら渋いですね。経験値が違いすぎます。日本の親が必死になって子供に良い楽器を持たせようと思ってもたどり着かないでしょう。それも一期一会で私も二度とこのようなものをお目にかかることは無いかもしれません。

さて現在作っているピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンを小型にしたものです。

今回は周囲の溝を小さくアーチはドーム状にぷっくらと膨らんだようにします。

アーチの立体感は仕上げると分かりにくくなります。ふくらみを削っていくときは多少のチェックポイントがあります。それ以外は感覚で作っていきます。仕上がっていない段階で測ってもデコボコがあるため正確な数字は出ませんし、測る箇所が少しでもずれると数字が変わってしまいます。5mmほど短いモデルではいつもよりその誤差大きくなることも感じます。縦方向の傾斜が急になっています。しかしおおよその目安があることは品質を管理する上で役に立ちます。これをストラディバリがすべて感覚だけでやっていたならアーチがバラバラである一つの理由でしょう。

感覚で作るというのは頭で考えるというよりは体が反射して邪魔なところを削り落としていく感じです。なんとなく不自然だなと思う所を削っていくのです。人によっては不自然さを感じないかもしれません。このため癖が加わることでしょう。ひと削りで音がどうなるかなんてわかるはずが無く、これも音を頭で計算していないという根拠です。

このように彫っていくと意外と削り過ぎが起きやすいものです。ですからあまり大胆に行くよりも注意深くいく必要があります。もちろんオールドでも注意深さが足りない作者もあるし、注意深い作者もあります。現代では削り過ぎが怖いので小さなカンナを多用します、そうなると形を作るというよりはデコボコなく表面を滑らかに仕上げるという発想になります、平らなアーチを作るために進化してきた作り方とも言えます。

デコボコをならしていきます。

さらに小さなカンナを使って表面をならします。

表面をスクレーパーで仕上げます。

アーチが仕上がった後で周囲をもう一度彫り直します。

これはオールドの時代にはパフリングを入れるタイミングが違ったのでその結果を再現するためです。これによって周囲の溝が強調されます。特にグァルネリ家の楽器ではエッジ周辺だけ仕上げのクオリティが低い場合があります。おそらくこのような作業の後、仕上げが甘かったのでしょう。
ドイツのオールド楽器にも周囲の溝が全体のアーチとは不自然なほど深く彫り込まれているものがあります。これは作業の手順によって起きる特徴で、音を考えてそうしてるとは思えません。

溝も仕上げると


こうなると写真では写らなくなります。
写真だけでなく肉眼でも白木では明るく光ってしまい立体感は分かりにくいです。このため立体感を作るにはノミで削る作業が重要になるわけです。デコボコができてあまり精密には作業はできません。ちょこちょこ彫っていると効率が悪いのである程度まで来るとカンナでザーッとならすようになるはずです。基本的にはノミを使うと削れすぎてしまうくらいなのでカンナのほうがチマチマして作業は時間がかかります。


ちょっとずつ違うアーチを作る中で今はこのようなものが好みです。実際にアンドレア・グァルネリを見たときの印象が元になっています。ドーム状で高めのアーチなので力が分散して強度が高くなるでしょう。これで板が厚いとカチコチになってしまうでしょう。高いアーチの楽器はオールドの時代に作られ板が薄いものが多いです。高いアーチで板が厚いようなものはあまり見たこともないかもしれません。

それに対してフラットなアーチで板が厚めなら現代風になります。音も現代的なものになるでしょう。

台地状のアーチの場合には硬い所と柔らかい所に差が出るでしょう。周囲の溝があまりにも大きくてもアーチの丸みが小さくなり響きは抑えられすぎるかもしれません。
それに比べるとぷっくらとしたアーチなら癖が少なくて窮屈さや抑え込まれた感じがしにくいのではないかと思います。

アーチの高さ自体は板の柔軟性に影響してきます。音がどうというよりも、演奏スタイルへの影響が大きいでしょう。

板をタッピングしてみるとフラットなアーチでは長く響くのに対して、高いアーチではすぐに音が消えます。つまり高いアーチのほうが歯切れが良く、フラットな方がブワ~ッと響いて量感が出るわけです。しかしフラットなアーチでも尖った音のものでは豊かな量感は無く、歯切れも良いものです。この時、高音はかなり鋭い音になります。単純に規則性を言えないほど複雑です。

高いアーチのオールド楽器は見た目の丸っこさや貴族時代のイメージで甘く優美な音がすると思うかしれません。職人でさえ自分で作ったことが無いので、イメージ先行で勘違いしている人も少なくないでしょう。
少なくとも高いアーチの楽器はフワッと柔らかい音というよりは細くはっきりした音になりやすいでしょう。それでも高音は金属的な鋭さを感じないことがよくあります。モダン楽器では全く得られない柔らかい高音もあります。逆に鋭い音のオールド楽器もあります。



音についてはこんな漠然としたイメージがあるだけです。
つまりオールドの時代にも作者の音があって全て同じではありません。

私は何を作っても柔らかい音になりますが、それがオールド楽器のイメージに近いように思います。ちなみに特に柔らかいのはストラディバリをイメージして作ったものです。音はフワッと豊かに柔らかく響きます。それに比べるとこのような高いアーチのほうが締まった音になると思います。アーチの形はある程度違います。その影響でしょうか?

今回のようなアーチの基本的なルールはデルジェズ型に応用ができます。

しかし全体としてはどれも柔らかい音になります。他の人が作った場合も同じようになるかはわかりません。ストラド型が特に柔らかい音になるのは私だけで、一般には耳が痛くなるような近現代のストラド型のヴァイオリンがたくさんあります。





こんにちはガリッポです。

音を自在に作るのが難しいという話をしています。私はそんなに顔が広いわけではありませんが、音を自在に作れる職人を一人も知りません。日本の職人も含めてです。職人10人のうち自在に音を作れる職人は0人くらいでしょうね。それくらいに考えてください。ヴァイオリン製作学校では決められた寸法に加工することを学ぶだけで、どうすればどんな音になるか習うことはありませんし、書かれた教科書もありません。音を変える方法は一般に知られていません。そもそも音を記述することすら共通理解がありません。モラッシの教え子というイタリア人の職人も知らず、私がわずかながら知っていることを教えたくらいです。何か作り方を変えて音の違いを試して実感するのは難しく、偉い人の言った作り方を守るのが典型的な弦楽器職人の世界です。私も初心者のころ経験豊富な職人に音について「はっきりしたことは分からない」と教わりました。同じことを皆さんにも伝える番です。

このため国などによって美意識や好まれる音が違ってもその音を職人は作ることができず生産国で選ぶことに意味がありません。私のところでは現代の職人が消費者の望む音を作れないため古い楽器に人気があります。
思い込みが激しくさもわかったかように理屈を言う大胆な人はたくさんいます。そういう人を目にすることが多いのでしょうかね?まあ、弦楽器に限らずできないことをアピールするメーカーの情報はあまり無いんでしょうけど。


音についての工夫は100年前にも考えている人がいました。100年もすれば楽器は鳴るようになっているので今から見ると「余計な工夫」に思えます。普通に作ってあればよかったのにと残念に思います。


また同じ人が作ったAとBのヴァイオリンがあるとします。それらを比較試奏すれば音は全く同じではなく違うことが分かります。違う音の楽器を作ったと言えます。しかし全く別の時代の別の人が作ったEやFのヴァイオリンはそれとははるかに違う音がします。そうなるとAとBは似たような音に感じられるようになります。どれくらいの音を知っているかも印象に違いが出るでしょう。世に存在するヴァイオリンの中で両極端な音を一人の職人が作り分けるのは難しいでしょう。

このようなことは魂柱を動かす調整した時にもあります。僅かコンマ数ミリ動かしただけで音が激変したと感じる人もいるし、全体としてはその楽器の音のままととらえることもできます。同じ結果について全く逆の評価ができるわけです。このため出来上がった楽器の魂柱をいじって機嫌を取るのが常套手段です。「弾き込んでいけば音が変わっていきます」と言うのもよくある言い訳です。

この前は横板の話でした。

このヴァイオリンは表板のオーバーハングに問題があります。オーバーハングが小さすぎてなおかつ均一ではありません。表板の輪郭と横板が合っていません。これはザクセンの戦前くらいの3/4の量産品でランクの低いものです。

ザクセンの量産品は外枠式で作られました。コーナーにブロックが入ってないのも安価な製品の特徴です。f字孔からのぞいた時にブロックが入っているように見えるように蓋されています。

横板は曲げに失敗して割れています。横板は1.7~1.9mmありとても厚いです。

横板の加工も失敗して割れています。
調子の悪いカンナを使うとこんなになってしまいます。
この頃は今のような機械は無かったはずです。

ライニングの幅もバラバラで、裏板との接着面に隙間があります。これではしっかり接着できません。

表板との接着面がグニャグニャになっているのが分かるでしょうか?

下のブロックのところが高くなっています。表板を押し付けるとバスバーの延長上で割れてしまうことがあります。

これが原因と断定はできませんが表板が割れています。品質の高い楽器に故障が起きないとは言えません。しかし低品質の楽器のほうが傷んでいることが多い印象があります。安価な楽器では修理代が楽器の値段を超えてしまうと価値がゼロとみなされてしまいます。

失敗しやすいことは決まっているので注意しないと誰がやっても同じことが起きます。このため注意深さが足りず、雑な仕事で作られた楽器は似ています。品質が低い楽器は個性的ではなく同じような雰囲気になります。厳しく師匠にダメ出しをされるような教育を受けないと身に着かないものです。

オールドの時代には大量生産の方法が確立されておらず、安価な製品はただただ雑に作られました。それが現在では1000万円を超えるようなものもあります。このため近代の安物の楽器で雰囲気が似て見えることがあります。そのような楽器には偽造ラベルが貼られて出回っています。しかしよく見るとアマティの基礎がありません。アマティやストラディバリ、シュタイナーなどはそのようなものとは全く違います。オールドの時代には名工は限られています。近代以降は腕の良い職人が多すぎて名前を覚えきれません。雑に作られたものでも修理を繰り返して現在まで伝わっているものは音が良いものがあります。壊れたほうが音が良くなるんじゃないかと思うくらいボロボロの楽器が良い音がして驚くことがよくあります。王侯貴族が家宝とするような楽器と単なる実用的な楽器があるというわけです。実用的に優れているだけの楽器は何千万円しても天才職人の仕事ではありません。


木枠、横板、オーバーハングと関連して表板や裏板の輪郭の形ができます。しかしオールド楽器では長年の使用で摩耗していてオリジナルの輪郭の形は狂っています。それに対してパフリングのカーブが残っています。パフリングは輪郭から一定の間隔で溝を掘って象嵌を埋め込むからです。
これらはすべて音には関係がないと言えるでしょう。

弦楽器においては何が音に影響あるかはよくわかりません。わずかな違いもあらゆる部分が音に影響することでしょう。しかし意図的に音を作ることができないなら音を作るという意味では選択肢にはなりません。
音をイメージして特定の音にするためにパフリングを変えることはできません。したがってここでは音には関係ないとします。

パフリングの溝を彫ることで強度に影響があるかもしれません。しかし埋め込む木材も強度が高いものです。ぶかぶかでなくきっちり埋め込まれていると一つの木材と変わらないと思います。溝の位置もちょうど横板の接着面の上に来るので自由に振動する部分にはかかりません。一方溝とパフリングに隙間があるとビリつきが発生する原因となります。修理は大変でにかわを流し込んで隙間を埋めようとしますが、乾燥したらまた開いてしまうかもしれません。深く彫りすぎるとエッジがボロッと取れたりすることもありますし、裏板のネックとの接合部分のボタンが弱くなります。

パフリングは現存する最古のヴァイオリンにはすでに入っているし、それ以前の楽器にも入っていたことでしょう。表板は針葉樹のため衝撃を受けると竹を割ったように割れやすいものです。パフリングが入っているとそのような割れをある程度防ぐことができます。でも絶対にそれしか方法が無いかどうかは分かりません。

もし自分で弾くためだけに趣味でヴァイオリンを作るならパフリングを入れなくても良いでしょう。ミラノのテストーレやザクセンのオールド楽器には裏板にパフリングが入っていないものがあります。現代でもとても安価なものでは線が描いてあるだけのものがあります。パフリングが無いヴァイオリンでも機能には問題が無いでしょう。しかし職人に楽器を見せたら嫌な顔をされるでしょうし、演奏家同士でも冷たい目で見られることになるでしょう。それに耐えられるかという話です。

まあ塗装だって、ピンクとかシルバーとか他の色でも良いでしょうし、そうなるとパフリングも何でも良いんでしょう。スクロールも無くても良いし、何か動物や人の顔を彫っても良いでしょう。調弦するときに握りやすいようにスポンジでグリップを作ったほうが実用的です。
実際にイベントのために自動車の塗装工場に頼んで黄色と黒の縞模様で子供用のチェロを作ったことがあります。子供番組のマスコットを連想させ子供たちに大人気でチェロを習いたいという希望が殺到したそうです。良い意味でも悪い意味でも現代のビジネスには染まっていない業界です。

オーケストラによってはドレスコードみたいなことにうるさい所もあるようです。そうなると保守的なものを使うのが一般的です。


このように木枠から丁寧に仕事をすることでパフリングのラインが綺麗に出るようになるというわけです。そしてこれは音には関係がありません。現存する最古のヴァイオリンの一つであるアンドレア・アマティのパフリングはとてもきれいなカーブを描いています。現代のような合理主義の時代に作られたものではないのでなぜそのように作ったのか我々の常識では理解できないかもしれません。顧客もフランス国王だったりするわけで消費者の感覚も理解できません。
ヴァイオリンが現代に設計されたなら生産がしやすい、つまり機械で作りやすい構造に設計することでしょう。その時音を計算しやすいように単純な構造にするかもしれません。つまりヴァイオリンというのはそういうものではないということです。

パフリングは近代の量産品でもそれを専門に作る業者があったはずです。ザクセンでは産地に共通するパフリングがあります。パフリングは現在でも市販されていてほとんどの人が買って使っているでしょう。白い木を黒い木でサンドイッチして2本の黒い線ができます。安価なものは黒い部分は木ではなく人工的な繊維になっています。

一般に市販されているものは現代の流行があり、白い部分が太目のものです。その方が綺麗に見えるからです。それを買って使うと現代風に見えてしまうので私は自分で作ります。
機械で作られたものはそれぞれの厚みが均一です。オールドの時代にはそのような機械が無かったので厚みに微妙なムラがありました。と言っても黒い部分の厚みが0.2mmと0.3mmではたった0.1mmの誤差しかありませんが、厚みでは33%も違いますので肉眼ではっきりと厚みのムラが分かります。これが10cmのものなら0.1mm違っても肉眼では見分けがつきません。

そんなこともあって。自分で作るとオールド楽器のような雰囲気が出るというわけです。

同じものをたくさん作らないといけません。

パフリングカッターという道具で線を付けた後はナイフで溝を切り込んでいきます。

溝を彫っていきます。
現在の量産品はコンピュータ制御の工作機械で自動的に溝が彫られます。

このように埋め込みます。


現代の楽器やストラディバリモデルとはだいぶ違います。アマティ的な感じもします。隙間が無く切り込みの失敗がなく入っていれば仕事が正確だと言えるでしょう。ピエトロ・グァルネリもマントヴァの宮廷の楽器製作者でした。

コーナーの先端も難しい所です。

私も特別パフリングが得意というわけでもありません。しかしうちの工房にもたまに求職者というか弟子入り希望者というか、若者がやってきます。自作の楽器を見せるわけですが私のクオリティにもはるかに及ばないものです。パフリングは職人の能力を示すのに分かりやすいポイントです。それは能力を認めてもらうために努力でできることなのにそれすらしません。そのような人が「私は音が大事です」と言うことに説得力があるのでしょうか?

見た目は軽視して雑に作り、音に重要なところだけを丁寧に作られた楽器がどれくらいあるでしょうか?
そうではなく全体的に雑に作られた楽器が構造上問題が無く、また修理によってたまたま良い音になることのほうが多くあると思います。弦楽器とはそういうものです。論理的に間違った理屈を語っても結果的に音が良ければそれもまた構いません。ただし、意図してその音を作ったとは言えません。基本的に弦楽器の音はすべて「結果オーライ」なので理屈は無視して試してみるしかありません。

楽器を完成させるには音にしか興味が無い人が退屈に感じるような面倒な仕事がたくさんあります。そちらの方が現実にはメインの作業となるわけです。さらに刃を研ぐなど道具の整備に20%~25%くらい時間が取られる工程も珍しくありません。
こんにちはガリッポです。

上下とコーナーのブロックを用意します。


内側のブロックを加工して横板を曲げます。横板を曲げるのが難しいのはカエデ材には杢があるからです。杢は繊維がうねっているので断面が光の当たり方で縞模様になって見えるものです。繊維のうねりのせいで曲げるのが難しいのです。木材は水分と熱で柔らかくして曲げることができます。木材を曲げて加工する製品では圧力釜の蒸し器のようなところに長時間入れれば柔らかくなるでしょう。しかし弦楽器では曲げるのに適しているという理由で木材が選ばれているわけではないのでそんなことをしたらうねりが出て波打ってしまいます。
このため正確に曲げるのが難しいのです。

とても古いベンディングアイロンです。おそらく西ドイツのものでしょう。昔のものは頑強で壊れる気配もありません。今は中国製のものしかありません。それは中国が世界最大の弦楽器生産地だからでしょう。
不思議なことに世界中で一つしか製品を見ません。すべての工房が同じ中国製のものを使っていることになります。改良型も出てきません。

これまでも中央の部分は誤差が大きかったので木枠の高さを増してあります。後で取り外しが可能になっています。ライニングという部材を取り付けないといけないからです。

このようにぎっちり抑えることで木枠と横板の隙間が生じないようにします。とはいえできる限り正確に曲げていないと治具を外せば開いてしまうでしょう。少なくとも接着時のずれは防げます。木材を削って加工する場合は少し削っては確認していけば、時間をかければかけるほど正確に加工ができます。
横板を曲げる仕事は一発勝負のところがあります。何度も同じところを熱していると曲がらなくなってくるからです。
さらに接着は完全に一発勝負です。位置がずれてしまうとそれまでの苦労が台無しです。

木枠に対して隙間なく曲げることができました。木枠の厚みを増してあるのでかなり正確になっています。これをしていないと木枠と隙間が無くても結構歪みが出ます。
この部分は接着するときにごまかしがきかない部分でもあります。


残りの部分です。
迷う要素があるとしたら、杢の向きです。杢は少し斜めに入っていることが多いです。どの向きにするかを考えなくてはいけません。今回は裏板が一枚板なので同じ向きで一周ぐるっと回るようにします。つまり左右は逆になります。
間違えて曲げてしまうと失敗です。
もちろん音には関係ありません。

このように曲げていきます。少し強めに曲げていくほうが良いでしょう。曲げてから接着するまでの間に多少戻ってしまいます。曲げ足りない所を曲げ増すよりも、曲げ過ぎたところを戻すほうが簡単です。

最終的に接着されるブロックのところで固定して隙間が無くなっていれば曲げは完成です。
木枠の穴を何に使うかと言えば…。

このように固定します。
曲げができても接着するときに緩んでしまうことがよくありました。緩んでしまうと隙間がずっと空いてしまいます。そうなると横板がわずかに大きくなります。

プラスチックの板を介して椹木をクランプでつけていきます。


一個ずつ順番に固定していけば横板が緩むことなく固定できます。

これで接着のミスが100%防げます。こんなのは初心者の職人が使えればずっと楽になりますが、20年以上やっている私はズルいですね。でもあくまで固定するときにずれないようにするためであって、正しく曲げていないのにこれで合うというわけではないでしょう。たいがい初心者が曲げたものは木枠との間に明らかな隙間があるものです。

これで横板が一周できました。
裏板や表板の接着面を平らにするのも重要です。量産品では裏板や表板との接着が不良のものがよくあります。ビリつく原因になります。表板が割れる原因にもなります。

ライニングを接着するときも同じシステムを使用します。これで変形も最小です。

出来上がるとこのような感じです。

部品の接着部分に隙間が無いこと、カーブが滑らかになっていると気持ちが良いですね。
もちろん設計に対して正確であることが重要です。

通常は左右半分の型を作ります、それを元に木枠を作ります。木枠にあわせて横板を曲げます。横板から一定のオーバーハングを取って表板と裏板の輪郭の形を決めます。
このためそれぞれの工程で少しずつ誤差が出て出来上がりにばらつきができます。
特に横板と木枠に隙間があると一回り大きく膨らんでしまうことになります。このため同じ木枠で作っても違うものができるかもしれません。

それに対して外枠式では、横板が膨らむことが決してありません。このため横板を基準に輪郭の形を決めるのではなく、設計通りの輪郭の形に加工することができます。

私も同様に先に裏板や表板を作ります。

横板の加工が正確なら裏板の形と横板の形が合うわけです。

オーバーハングの張り出し分は2.3~2.5mmです。アメリカでは端数を1/2、1/4で言います。その場合は2.25mmになりますが、ほぼ2.3mmです。これは小さすぎると肩当などがつけにくなります。裏板や表板の接着がうまくできなくなり横板を縮める修理が必要になるものもあります。
大きすぎるとニスが塗りにくくなりますし、実質的な楽器のサイズが小さくなることになってしまいます。素人が作った楽器にあるのがオーバーハングが大きすぎるものです。精力的に楽器を販売してプロとして生活していても、オーバーハングが異常に大きいとその作者は独学で自己流だと分かります。
料理なら、修行しなくても「家庭料理」と言って人柄などを売りに店をやっていくこともできるでしょう。イラストなら「ヘタウマ」なんてものもありますし、
壁をムラだらけに塗って「オシャレ」と考えている人もいるようです。染みだらけの塗装の木工品もおしゃれだそうです。今はそんなものが主流なのかもしれません。しかしオーバーハングがおかしいとすぐに素人が作ったものだと分かります。


このような正確性は一般的な木工とは全く違うものです。今回使った小さなクランプでも一つが3000円~4000円とかします。普通の木工用のものは大きすぎるからです。弦楽器製作専用となると高くなります。この感覚の違いから私はDIY木工を趣味にしようとしましたが断念しました。

弓になるとさらに精密な加工が必要になるでしょう。加工の正確さによる美しさは見た目のためというだけではありません。品質の高さの表れです。弓であれば加工が甘ければ安物と考えます。極限まで行けばそこまで正確である必要がないということになりますが、基本的に無駄がない弓は高い精密さが求められるものだと思います。弦楽器の音はそうでもないという話をしてきています。

通常は横板を基準に裏板や表板の輪郭を決めるので正確さが重要になってきます。例えば横板よりも2.3mm大きくしたのが輪郭の形です。
それに対して横板を無視して裏板や表板の形を作ると、オーバーハングがバラバラになります。どちらが重要かと言えば私は多少オーバーハングにばらつきがあっても裏板や表板の形のほうが重要だと思います。誰も楽器を手に取ったときにすぐにオーバーハングを見ないからです。意地悪な師匠ならオーバーハングを測って「お前これなんだ?」と指摘することができるでしょう。しかし楽器の輪郭の形を見た目で美しいかどうか指摘するのは美的センスがいります。寸法をチマチマ指摘する方が簡単です。

オールド楽器の場合にはすでにエッジが摩耗してオーバーハングは小さくなっていますが、場所によって摩耗が違います。
修理によって何度も表板や裏板を開けて接着するとその時にもずれていきます。古い楽器ではめちゃくちゃになっています。
オールド楽器の複製を作る場合はそこまで神経質になる必要はありません。このような治具を使えば大失敗することは無いので何も考えなくてもできるという点で楽だということです。
ストラディバリなどは左右や裏表もかなり横板に誤差があることでしょう。しかし何となくうまくまとめ上げてしまうのです。これが意地悪な師匠との違いです。


しかしこれだけのことをやっても設計図と見比べると誤差が出ています。ということは並以下の品質の楽器では精度が出ないというわけです。こうなるとストラディバリのモデルで作ってもそう見えなくなってしまいます。それを「作者のオリジナリティがある!」と神妙な顔で語っていたら笑ってしまいます。本人はストラディバリのつもりかもしれません。

一方デルジェスなどはコーナーなどに癖があって、例えばアンドレア・グァルネリなど家にあった木枠を使って作っても見た目はデルジェズらしい楽器になったことでしょう。木枠が同じでもブロックの部分で形が変わる可能性もあります。デルジェズなら上端と下端は丸みが無く平らになっています。上下のブロックを丁寧に作っていなかったのかもしれません。コーナーも独特です。一方でデルジェズがただのヘタクソな作者と違うのはグァルネリ家の基礎があるからです。ピエトロ・グァルネリはグァルネリ家でも中核の役割を果たしたことでしょう。デルジェスを研究するにはピエトロがとても重要です。デルジェスで不思議に思っていたのは現代的な感覚では仕事が粗く見えます。しかししばらく見ていると全くのデタラメではないことに気付きます。それが不真面目な現代の職人や素人の作ったただ雑なだけの楽器と違うのです。デルジェスはストラディバリと違って近代の楽器製作のスタイルに落とし込むのは難しいものです。「ガルネリモデル」では品質が高くても全くデルジェスを理解していないものが多いです。

横板のクオリティはまずうまく曲げないと割れてしまう事が一番大きな問題です。ひびが入ってるようなものはあります。高級な木材ほど杢が深く加工が難しくなります。安いものなら簡単です。曲げに失敗していてもイタリア製なら1000万円なんてこともあります。
接着や加工が不完全だとビリつきや故障の原因となります。昔のザクセンの量産品のチェロではコーナー部分の損傷が多いです。高さが揃っておらず無理に表板を接着すると割れの原因になります。特にブロックのところが他よりも高くなっていることが多いです。

そして表板や裏板の輪郭の形に影響が出ます。ただし、これも音に影響が出るレベルではありません。
この仕事にはヴァイオリン弓一本分くらいの時間がかかることでしょう。しかし音には差が出ません。横板の厚みくらいでチェロになれば影響は少なくないかもしれません。かと言って薄くし過ぎると故障の原因になって、厚すぎると曲げにくいので「音のため」に寸法を自由に決めるわけにはいきません。少なくとも意図的に音を作るような余地はありません。

あとはブロックやライニングの材質には、表板と同じスプルースのほかに柳が使われることがあります。私はその時々で半々くらいでしょうか?音の違いは分かりません。ライニングの幅も異なるものを試したことがありますが分かりませんし、過去の楽器に作られた極端に特徴があるものでも音の違いは分かりません。

音にしか興味がない人は読み飛ばしてしまう記事かもしれません。それでも弓一本くらいのコストがかかっているということです。

逆に言うと音に直結するような仕事は全体のほんのわずかでしかありません。
私たちは品質が高く、極端におかしなところが無く普通の設計で作ってあれば良い楽器だと思います。音は好き好きで選べばいいというくらいに考えています。

こんにちはガリッポです。

まずはマルクノイキルヒェン派の弓の値段から。
主に20世紀前半に最盛期を迎えたのがマルクノイキルヒェンの弓製造です。戦後は東ドイツになって市場を失い衰退します。西ドイツ側のブーベンロイトに移った職人もいます。

値段は普通マイスターの名前があるヴァイオリン弓はこちらで20~40万円位です。為替が安定してないので日本円で考えるのも難しいところもあります。ユーロは記事を書いた現在では140円台後半ですが、過去20年くらいの平均では120~130円くらいでしょうか?
ちょっと有名になると50万円前後、100万円を超えるようなメーカーもいくつかあります。
1万ユーロを超える作者の多くは19世紀の職人でちょっと古いものです。このようなものは数も少なくめったに見ることはありません。それらよりも新しいとなるとニュルンベルガー家のもので実用で使われています。さらにH.R.プレッチナーも有名ですが、工房の規模が大きくて数は多いです。プレッチナー家は今でもつづいていて、ずっとH.R.プレッチナーのスタンプですが、最初のヘルマン・リヒャルトがヴィヨームの弟子で最も高価なものです。100万円くらいはするでしょう。後の世代のものは安くなります。この辺りはニセモノにも注意が必要です。また部品のどれくらいがオリジナルなのかも値段には重要です。
100万円または1万ユーロを超える価格帯になってくるとフランスの古い弓も候補に挙がってくることになります。
50万円越えの作者になるとずっと限られてくるのでプロの人が持っているのにふさわしい感じがします。ただし、やはり試してみて判断しないと高い弓だからと言って必ずしも気に入るとは限りません。

現在でも続いている家もあり、機械化して輸出を行う大量生産になっているメーカーもあります。大量生産品でよく見る名前であっても、かつては立派な弓を作っていたというケースもあります。現在でもカタログには上級品のラインナップも出ているでしょうけども。日本でよく見るドイツのメーカーがあるとしたらの新品を作る量産メーカーでしょうか。マイスター作とは言えなくても品質の良いものは見たことがあります。

あとは金属の素材によってランクが違います。金属部分に金を使用したものは最も高価でそれに合わせて最上級の木材で作られています。通常は銀製さらに廉価な500円玉の洋白という合金もあります。しかし演奏上は必ずしも金が良いということは無くコスパは悪くなります。洋白も当時は新素材で必ずしも安物として用いられたわけではないという説もあります。またフロッグに象牙やべっ甲などを使ったものがありますが、今日では野生動物保護の対象になるようなものです。
チェロになるとずっと高くなりますし、ビオラ弓は数が少ないです。

弓は作るのに1週間かからないと聞いたことがあります。ヴァイオリンに比べるとはるかに短い時間で作れます。そう考えると値段がどれくらいが妥当かはおよその見当がつくでしょう。骨董品ではない新品の場合、1週間で職人が作るものの値段としておかしい場合は、中間業者の取り分が多いということになってしまいますね。


こんなケースで困っていることは無いかもしれません。誰も参考にならないでしょうが・・・。

以前から話しているニスが失われたヴァイオリンです。
これで音が出ないわけではないでしょう。しかし売り物にはなりません。不用品として安く買い取ったものの、売りに出せなければいくら安くても損でしかありません。

簡単にニスが塗れないかと思うわけです。

ニスにばかり注意が行きますが他にも問題があります。いわゆるネックの下がりです。ネックが下がってしまうのは何か作りに欠陥があって起きるのではなく、仕方のないことです。急に下がってしまうのは置かれていた環境に原因があるかもしれません。
戦前に作られたような楽器では多くの場合問題があります。
指板も薄くなっているので指板を交換することでも最大2mmくらい高くすることができます。しかしこのケースでは指板だけではダメそうです。
そこでネックに板を張り付ける修理をしました。

さらにニスの剥がし方も中途半端で隅っこに多く残っています。これを完全に取り去るのに丸一日かかってしまいました。剥がすならちゃんと剥がしてもらいたいものです。
おそらくもともとのニスはザクセン特有のアンティーク塗装だったと思われます。ラベルは偽造でフランスの作者のものがついています。

木材の質は高いもので仕事も悪くはありません。ニスをはがしてみるとすでに色がついています。これは染めてある部分もありますが、おそらく100年くらいは経っているでしょう、木材自体も変色して色が濃くなっているでしょう。つまり100年経った楽器でニスをはがすとこんな色になっているのです。白木とは全く色が違います。これならそんなに色を塗らなくてもいい感じもします。

二日間で7回アルコールニスを塗ってみました。黄金色になりました。ニスは樹脂自体にうっすら黄色っぽい色があります。黄金色は何もニスのことを分かっていない人が、イタリアやクレモナの楽器の専売特許のように言いますが、なんてことは無いです。古くなった楽器にうっすらと黄色いニスを塗ると黄金色に見えます。
ニスが剥げてしまったような古い楽器に保護のニスを塗ったりもともと薄い黄色やオレンジの楽器の楽器では黄金色に見えます。南ドイツでは黒っぽい楽器が多いですが、ザクセンのオールド楽器では黄金色のものがあります。クレモナの楽器は秘伝の処理してあったわけではありません。

私もこれで完成でも良いかなと思っていましたが…。表面には刷毛の跡がついていて滑らかになっていないので研磨しないといけません。そこで目の細かい耐水ペーパーで研磨すると木の地肌が露出するところが出てきました。つまりニスの層が薄すぎて削ったらなくなってしまいました。7層くらいでは薄すぎて保護の層もできていないことになります。その理由の一つとして、古い楽器では杢の強いカエデ材は段々うねってきます。洗濯板のようになってきます。そうすると山になっているところが先に削れて地肌が出てしまうのです。表板も年輪の木目を凹ませるような仕上げになっていたので
夏目(木目の白い所)のニスが無くなってしまいました。

やはり簡単にニスを塗るというわけにはいかないようです。そこで考えを変えてある種のアンティーク塗装をやってみようと実験台にしました。これは今までも成功したことのない手法です。

さらに20回以上うっすらと汚れを模した色を付けたニスを塗り重ね、研磨すると自然と汚れが付いたようになりました。

写真ではうまく写っていませんが古びた感じになったのは分かるでしょうか?

ニスが無くなって台無しになっていた楽器が戦前の楽器のようになりました。わざとらしく傷や汚れを付けたわけではないのになんとなく古い感じがするでしょう。私が研究しているのは、どこがどうなっているのかわからないほどの微妙な汚れの付き方です。100年間手入れされている楽器は、汚れがついては掃除し、取りきれない部分が残り、ニスは補修され光沢を保っています。そんな感じがします。

微妙すぎて写真に撮るのは難しいのですが、これなんかでもただの新品のようには見えないでしょう。

裏板も上に層ができて色がつくといかにも着色してある染みのような感じが和らぎました。汚れもついていますが、どこにどれだけついてるかは微妙すぎるものです。これが人工的に汚れを描いてしまうとわざとらしくなります。

琥珀色のニスのモダン楽器のようです。

スクロールもわざらしく汚れをつけたというようなことは無いのですが全くの新品とは違います。そしてもともとの仕事も悪くないですね。

当初の予定ではちょっとニスを塗れば売り物になるかと思いましたが、結局29層もニスを塗らないと十分なニスの厚さが築けませんでした。自然の汚れの色というのは黒でも茶色でも無い灰色っぽいものです。やや緑っぽい方向性で、赤っぽいと茶色になってザクセンのイミテーションのように見えます。いずれにしても2~3回くらい塗ってもダメで20回くらい塗って研磨をすると削れやすい所と削れにくい所に差ができて自然と汚れが残ったようになりました。もしこれを普通の新作楽器にやろうとしたらまず20回くらい塗って色を付けて新品として完成させてから汚れを20回塗らないといけません。普通よりも倍の仕事量にはなるでしょう。真剣にアンティーク塗装をやるにはよくあるようなものとは全く違う考え方が必要です。

こうして天然樹脂のニスで汚れも再現することでニスは戦前のハンドメイドの楽器のようななりました。同じニスを全くの白木の楽器に塗ったのではここまではいかなかったでしょう。
その結果つける値段は迷います。予想よりもはるかに立派なものになってしまいました。ニスはそれだけ重要だということです。

これならザクセンの量産品の上級品を集めてニスを塗り直して偽造ラベルを貼って10年くらい貸し出して使い込ませればモダン楽器として通用しそうです。

というのは使い込まれている楽器は手入れのために磨き上げられたり、保護のためにアルコールニスでコーティングされていたりするので全体を同じような処理をすれば似たような雰囲気が出ます。

未だに仕事は初めに予測したことと結果が全く違います。

一方で間抜けな話もしましょう。ネックの下がりを直すため修理では指板を交換するか、くさびとしてネックに木材を足すかどちらにするか悩んだ結果、くさびを入れることに決定しました。指板はまだ古いものが使えると思いました。現在では木材、とりわけ黒檀は貴重な資源なので中古品を修理して売り出すからと言って必ずしも交換はせず、できるだけ使えるところまで使うのがエコなのではないかと思うのです。それで指板は古いものを使うためにくさびの修理を決めました。

しかし出来上がって元の指板を貼ったあと、削り直し見ると思いのほか薄くなってしまいました。これでは売りに出せません。

結局新しい指板に交換しました。

未だに仕事はこんな事ばっかりです。始めてみると誤算ばかりです、これは見積もりを取ったような仕事ではないので良いのですが、思いのほか手間がかかってしまいました。
職人の仕事が儲からないのはこんな事ばかり起きて予測ができないからです。いつも思っているよりもはるかに手間がかかってしまいます。逆はめったにありません。

この前紹介した楽器で現代のものです。


普通は軽いアンティーク塗装というとこういう感じです。でもこれでは古く見えません。うっすらと汚れている感じが無いのです。

それが今回は剥げている部分を塗り分けていないのにこんな感じです。これのほうが古く見えることでしょう。

思いのほか立派に見えるようになったのですが、表板を開けて厚みを変えたりバスバーを変えたりしなかったのがもったいないくらいです。100年くらいったったザクセンの量産品の上級品を「魔改造」すれば音響面でも新作楽器をはるかに超えたものになるでしょう。ニスが楽器の印象に与える影響が大きくパターン化したアンティーク塗装の手法によってザクセンの楽器に見えていたことになります。天然樹脂のニスになってハンドメイドの楽器のように見えます。

100年くらい使い込まれた楽器がそのように見えるのは、木が古いことと損傷、汚れと手入れの積み重ねによるものでしょう。オールドの名器が立派に見える大きな原因の一つは秘伝のニスや天才的な技量ではなく「汚れ」です。それを再現するのがいかに大変かというのが今回の実験で分かったことです。まだまだオールドには程遠いものです。


日本の業界の特徴としては職人に払われる対価が安く、輸入した楽器や弓の販売で利益を上げる仕組みになっていることでしょう。聞くところによると弓の毛替えの費用は日本の方がはるかに安いようです。これは職人の仕事に対する対価が軽く見られていて、アフターサービスくらいに考えているからでしょう。
ブランド産地の毛で値段を上げてようやくまともな毛替えの費用になっているのかもしれません。

父親が持っていたアナログのカメラを日本で修理に出したときも丁寧な仕事なのに驚くべき安さでした。こちらで修理したらはるかに費用が掛かったことでしょう。日本の職人が良心的すぎることもあります。

こちらのようにものの値段が職人の作業時間を基に計算されると高価ではありますが、べらぼうにはなりません。弓では一週間の仕事の対価としてどうか考えてみてください。日本の弦楽器店はそのような基準では値段を考えていないようです。あくまで需要と供給による市場価格で考えています。消費者が「高いから良いものだ」という考え方を受け入れているとそのようにしかなりません。良いものが欲しいお客さんの期待に応えるためには値札の数字を増やせばいいのです。それを説明する理屈をでっち上げるとそれに矛盾させないための理屈が構築され何もかもが滅茶苦茶になってしまいます。そのようなウンチクを熟知した「超専門家」にならないように気を付けてください。
こんにちはガリッポです。


弓用の毛が入荷しました。安価なものが供給に遅れが出ているようです。これは中国産でうちでは初心者用に使っているものです。

左が今回入荷した中国産のもので右がモンゴル産の上級品です。色がまず違うのが分かるでしょう。毛もモンゴル産のほうが細くきめ細かいものです。こちらでは上級品と考えられています。モンゴル産にもランクがあり、これは入手しうる最上級品です。

馬の毛が最も多く使われているのは紳士服の内側に入れて型崩れを防ぐ芯地と言われる生地だそうで、馬の毛でできているものがあります。
その他ブラシや筆など様々な用途で使われています。こちらでは小学校の図工の授業で使う筆がそれのようですし、ホームセンターに行けば塗装や接着剤を塗るための筆が売られています。うちでもにかわの接着剤用に使っています。にかわを塗るときに腰があるので隙間に筆先を入れるのに便利だったり、溢れたにかわを掃除するのに適しています。日本に帰って作業するときに手に入らなくて困るものです。楽器を掃除したり奥まった所のニスを研磨剤とともに研磨することもできます。

そのような用途では質の低いものでも良いかもしれません。質だけでなく長さによっても値段が大きく違います。ケチって短い毛を買うと届かなかったり毛替えの作業がやりにくくなります。

それに比べると上等なものが弓用として使われています。毛の産地としては、モンゴル、中国、シベリア、カナダ、日本などが知られていますが、実際にこちらの卸売業者が取り扱っているのはモンゴル、中国、シベリアくらいです。モンゴル産にはランクが3~4段階くらいあります。イタリア産などは聞いたこともありません。

しかしうちでは産地のイメージではなく、毛の質で選んでいます。
弦楽器に限らず浅いマニアは産出国のイメージで思い込みを持つ人がいるものです。日本の弦楽器業界が重視してきたことで、こちらにいると理解できないことです。都会の方が流行に敏感で、しのぎを削る音大生の間で何かが流行することもあるでしょう。そういう意味ではこちらの方が古いということもあるかもしれません。それもまた音楽の楽しみ方として肩の力が抜けたものでもあります。


質問をいただくと、何を知りたがっているのかわかるので参考になります。そうすると日頃から注目するようになるでしょう。ただし程度の問題で次々と質問をされると答えられるかどうかわかりません。

よく工場見学のようなことが勤め先では要望が来ます。先日は大学の先生と学生でした。先日横板をカンナで加工するのはとても難しいと書きました。それに対して木工技術の知識のある学生に「なぜ機械で加工しないのか」聞かれて師匠は答えに苦労していました。教育の一環として来ているので合理的な説明が求められる暗黙の了解があります。西洋では慣習としてそういうものだというのは許されません。なぜ機械ではうまく加工できないか説明しないといけません。
しかしうちには機械が無いので、機械を使った時にどんな問題が出るかもわかりません。

なぜ機械が無いかと言えば、大量生産の工場ではないからです。ヴァイオリンとは全く違うジャンルの木工の業界の人に説明するのは全くの素人よりも難しいです。具体的な技術の問題ではなく根本的な問題です。伝統的な技術を持っていることで、オールド楽器などの修理を任せることもできるし、そのような名器に匹敵するものが作れるということになります。他の産業では伝統的なものと比較されません。この説明も今思いついただけで怪しいです。横板を加工するという具体的な問題ではありません。単純に最新の機械を知らないというのが正直なところでしょう。私の場合には手作業が面白くてヴァイオリン作りをやっています。機械でやらないといけないというのならストレスになります。楽器の演奏も同じでしょう、コンピュータで自動演奏したほうが正確です。

おそらく回転式の研磨マシーンのようなもので隙間があって、そこを板を通すとその厚さになって出てくるというようなものでしょう。工場製の楽器には枯山水の庭のように研磨傷のような筋が入っていることがよくあります。これをスクレーパーで削り取ろうとするとカンナで削ったほうが早いです。工場製の白木の楽器にニスを塗る作業を担当している私にはわかります。

機械特有のひっかき傷が横板に残っていても音には影響はありません。音にしか興味が無い人に職人が労力を費やしていることを分かってもらうことはできないでしょう。

質問に答える難しさはバックグラウンドの共通理解にもあります。2時間程度の工房見学で細かい具体的なことを理解するのは不可能です。10年は働かないと分からないでしょう。なんで工房見学のような無駄なことをするのかと私は思うくらいです。
職人でも楽器以外のことになんでも興味を持って自作したり修理したりする人がいますが、私はヴァイオリンだけで精一杯です。おもしろいのは分かりますが、やり出すときりが無いのが分かっているので手が出せないです。
観光客ともなるとなんの意味があるのかと思います。私はそれらを「知るエンターテインメント」と考えています。娯楽として楽しめれば良いというわけです。

本当に理解したいならまず知るべきことは具体的なことではなくバックグランドとなるような理解です。その方が難しいです。素人やマニアほど細かいことにこだわって、本質を理解できないものです。だから何も知らないほうがましなことが多いです。当ブログで行っている主なことは、知らないほうが良いウンチクを根拠を示して説明しています。

つまり私が書いていることの趣旨は「あまり気にするな」ということですが、それを無視して根拠を示すために書いた一部の記述ばかりに興味を持って読みたいように読まれてしまいます。何かに興味が強いと国語のテストで問われる「作者の言いたいこと」が全く理解できない人がいます。論旨ではなくてエサに食いついてしまうのです。書けば書くほど余計なエサを撒いてしまいます。
そのような人をうちでは直訳すると「超専門家」と呼んでいます。「超」というのはオーバーワークの「オーバー」のような意味です。
つまり、細かいことを気にしすぎて他に気を付けることや全体的なことが全く分かっていない様子です。特定のことだけで頭がいっぱいでそれ以外が留守になっています。私もそのような過ちを多くしてきました。

演奏者は個人的に様々なこだわりがあります。先生によっても違います。だから私は
その人の自由にさせています。弓などはまさにそんな世界です。

高いアーチの楽器は柔軟性が無いから弓は柔らかいものが良いと考えることができるかもしれません。しかし腕の良い演奏者は普段フラットな楽器を使っていても難なく弾きこなしてしまいます。そうかと思えばフラットな楽器特有の弾き方を身に着け、高いアーチでは音が潰れてしまう人もいます。
お客さんでは音楽の時代によって弓をいくつも持っている人もいます。室内オーケストラでは小規模な編成になるでしょう。古典派は特に得意ジャンルでしょうが、現代曲も弾くことはあるでしょう。時代よりもオーケストラの編成と人数の問題です。古典派なら柔らかくて軽めの弓、ロマン派で特にソロ曲なら硬めで重い弓なんてこともあるでしょう。
でもそれは私が言うことではなくて、先生が言うことでしょう。

弓もだんだん進化しているので古い時代のほうが柔らかくて軽い傾向があって、経年変化も音に関係がありそうです。それも私が試して個人で感じることなのか、一般知識として言って良いのかわかりません。だからヴァイオリン職人としては加工の質がどうで、材料がどうだとかそのくらいしか言えません。すべての弓で音と使い勝手が違います。同じメーカーでも一本一本みな違います。選ぶのは自由です。

弓について知るべきことは、生産国や値段とか名前ではなく、手に取ってしっくりくるものを選ぶべきということです。

弓には重さがあります。これにこだわり始めると重さが何グラムだと気にします。しかし持った感じの重さと測った重さは違うかもしれません。重心の位置によっても重さが違うように感じられます。何グラムかの数字で弓を選ぶ人は「超専門家」です。メーカーで同じように作っても微妙な違いが出ます。弓では特に仕事の正確さが大事であることは分かるでしょうがそれよりも人間の感じ方のほうが敏感でもあり鈍感でもあります。しかし重さの数字が気にいらないという理由で弓を手に入れるチャンスを逃していたらもったいないです。

うちの店では最も安いヴァイオリン弓はカーボン製で2万円位です。それより安いものは毛替えをする値打ちがありません。木製で材質がひどい物よりはカーボンの方がましです。カーボン弓は当初はとても軽く演奏感が全く違う物でしたが、プラスチックでコーティングされ重さが木製の弓と同じなっています。
よく物置から古い楽器が出てきて持ち込まれますが、楽器と同じように弓も大半が毛替えや修理をする価値のないものです。またセットで数万円の中国製のものでは、弓が悪すぎて練習するのにかなり厳しいと思います。
数万円では木製も大量生産品があり、機械を多用しています。大量生産品でもランクが細かくありメーカー名ではなくグレードを見ないといけません。その辺の見極めは私は自信がありません。ヴァイオリンでも量産品の中のグレードの違いを見分けるのは難しいです。

そうなると10万円位で作者名が無いものでも品質が良いものならはるかにましで、弓と人によってはばっちり当たる事もあるかもしれません。まさに掘り出し物です。

うちではそんな感じで新品よりも中古品が多いです。20世紀前半のマルクノイキルヒェンの大量生産品で作者名が無かったり、トルテの印があるようなものはヴァイオリン弓で最高でも10万円位ですが、品質が悪くないものもあります。
マイスターの名前がつくものは20万円位からになります。20~30万円くらいでもヴァイオリンの先生からすると、生徒でもっとひどいものを使っている人が多いので良い弓だと言ってくれる人がいます。プロの演奏者でも使っている人がいます。しかし個人的な好みで理想的なものを探せば際限がありません。製造工程からすると一本一本を芸術品として作っていたのではなく工場として品質の高いものを作っていたという感じでしょう。

こちらでは古い弓が主流なので弓職人も自分で作るよりも修理などの仕事の方が多いでしょう。ヴァイオリン職人の手に負えない複雑な修理をすることになります。

それから鑑定が大事で、ヴァイオリン職人や営業マンが勝手にそう思うという程度では価値は保証されません。ニセモノはもちろんありますし、下請けのような形で別の名前で売っていたものもあります。大したもんで鑑定士は真の作者もわかるようです。ドイツ弓の鑑定士にうちの師匠が妙にかわいがられて今は鑑定が確かなものが多くあります。それとていつまで続くかわかりません。私にはみな同じように見えて誰の弟子だとか何かのモデルなのかが分かりません。ヴァイオリンでも同じことで、それが分かるのはヴァイオリンを作っている職人でも一部の人だけです。私は弓を作っていないのでまったく分かりません。作ると作らないとでは目には大きな差があるでしょう。作るためには多くの知識が必要で、何百回も見ます。眺めるのは誰でもできます。センスの問題ではありません。

「寸法表」の話もこの前初めてしました。
様々な工業製品に寸法表というものがあります。例えばねじでは長さや太さなど各部の寸法が決まっていて、サイズごとに表になっています。これが規格になっているので別のメーカーの作ったねじでも使用できますし、ねじ回しの工具も専用のものがあります。こういうのは当たり前のようでも規格が統一されているというのはすごいことです。弓では異なる規格のネジがあり、回転してフロッグが前後する速度が違います。間違えて使うとネジ穴が壊れます。あご当ての金具のネジも互換性が怪しいです。

服でもサイズは各部の寸法が事細かに定められているので工員や職人がサイズの違う服を作ることができ、消費者は自分のサイズの服を買うことができます。職人が自分で試着して服を作っていたら自分用の服しか作れません。寸法表によってあらゆるサイズのものを作り分けられます。
西洋と日本では体格が違うのでサイズが違います。そういう意味では統一されていません。
同じメーカーが同じ寸法表を使っていれば、別の服でもサイズを見て買うことができるわけです。それでも微妙なものは試着してみないと分かりません。

これと同じように弦楽器もサイズごとに細かく寸法が規格化されています。子供用に細かくサイズ違いがありますが、ヴァイオリンとビオラやチェロも寸法表に従って作られるサイズ違いのようなものです。
このような規格があるのでヴァイオリンやチェロを持ち換えても弾くことができますし、ビオラでは服を選ぶように体格で楽器を選ぶことができます。

職人は基本的にはこの規格に従って仕事をします。規格に対して正確な人とそうでない人、仕上げが綺麗なものとそうでないものがあります。
ヴァイオリンなどはそんなレベル作られています。弓も各部の寸法が細かく決まっていて師匠から学ぶものだと思いますがどうでしょうね。

楽器も弓も同じような規格で作られても実際に使ってみると音や演奏感が微妙に違います。好きなものを選べというだけです。

私がやってるのはそのような規格に対して疑問を持ち始めたくらいです。結論ではありません。また西洋の規格なので日本人には合っていないかもしれません。



とはいえコロナ対策でマスクの件でも西洋の人は全然規律を守りません。規格があっても緩くしか守られず品質も様々です。規格をまじめに勉強しておらずボディストップが間違っていて使えない楽器も多くあります。規格自体も完全に統一されていません。国ごとに法律のように統一されていることもありませんし真面目に守られてもいません。音にはっきりした違いが出るレベルではありません。どうせ中国人の手に渡ります。
彼らは日本人ではないので自分たちの考え方で推測しても意味がありません。日本の職人でまじめで腕が良い人は規格通りにきちっと作るでしょう。でも不真面目な人はどこの国にでもいて作るものは発想が似通っています。

























こんにちはガリッポです。

けっこう長くブログをやってきましたが、弦楽器について間違った知識が広まることについて職人の側の責任を感じて始めました。
どれくらいの人に見ていただいているのかもよくわかりません。以前はGoogleの分析ソフトを利用できましたが、いつしか使えなくなり正確な数字もわかりません。
広告はついていますが、すべてブログの運営会社の収入になるもので私は一銭も得ていません。
運営会社の指示でもありますがトラブルになっても困るので個人情報にかかわる内容は避けています。内容もきわどく快く思わない人もいるでしょう。そのため閲覧者数を増やすための「工作」は一切せずに、ハッシュタグとやらも利用していません。隠れてやりたいくらいです。
職人だからというだけではなく個人的にもITにはとんでもなく疎く、仕事は完全にアナログでコンピュータも使いませんからこのようなサービスを利用して何とかブログができているわけです。

ヴァイオリン製作について努力することは職人の本分であるわけですが、それ以外に労力や時間を費やすと努力ができなくなります。
当初は張り切って書きまくってしまいました。普通はブログなんていうのは飲食店で食べ物の写真を撮ってちょっとコメントして終わりですが、ひとつ記事を書くのに6時間くらいかかっていました。何週間も前から企画を考えて写真などを用意しないといけません。それが慣れれば楽になるかと思いましたが、2~3時間は軽くかかります。

頭でやろうと思っていることに対して実際にできることが10分の1くらいです。ヴァイオリン製作にしても作ろうとしているものが商業として成立しないレベルなのでしょう。思い描いているものを作ろうとすること自体に無理があるようです。世の中に手抜き楽器がたくさんあるのは当然のことです。自分が10人くらいいればチェロも作れて良いとは思いますが、こんな偏屈な人が集まってうまくやって行けるとも思えません。

あれをやったらどうだとか、これをやったらどうだとかアイデアを出していくのは楽しい時期かもしれません。しかし一度始めたらそれをやり続けないといけません。そうなると無理なアイデアを出したことが失敗だったということになります。このブログでも当初はヴァイオリンを分析して項目ごとに点数をつけて良し悪しを判定できるくらいに思っていました。全くの見当違いでした。

今は毎日空いている時間で楽器作りをやっています。正規の仕事としてやると手間がかかりすぎて値段が高くなりすぎてしまうので、余暇の時間で半分趣味のようにやっています。生活水準が高く労働時間が短い国では一時間当たりの単価を計算すると安くはできないのです。
日本のように便利ではない国で毎日の食事の支度だけでも仕事です。ヴァイオリン作りに用意できる時間は一日に1~2時間がせいぜいです。質問などに応えようとすれば一日の作業がまるっきり飛んでしまいます。夜寝れないと疲れがどんどん蓄積していきます。

研究については会社でそのための人員はありません。今は従業員が2人の会社でありとあらゆる仕事をしなければいけません。それでも弦楽器工房としては一人でやっているところも少なくないのでそれに比べれば業務に幅があります。他の産業なら販売、製造、開発、修理、貿易などは別の会社の仕事でさらに部署や子会社に分かれていますが、それを一人の人が全部やらないといけません。
東京の楽器店なら営業と職人は分かれていることでしょう。
その弊害も語ってきました。

そういうわけで、記事の質を落とすということを考えなければいけません。
内容も一巡すれば同じことになりますので、もうわかったと思われた方は卒業してください。
何かしら日々の仕事の中で感じたことは書いていきたいと思います。


皆さんの意見でもっと発展させるのも素晴らしいことかもしれません。
私はクイズ王みたいなタイプの人間ではなく細かな正誤には割といい加減なので、質問に答えるとなると知識があやふやなのです。調べ直したりとかになるとできる自信はありません。

即答するには勘が鈍いので相手の気持ちを読み取るのが難しいです。後で何日も経って、「そういう事だったのか」という具合です。


私は一つのことを始めるとそればかりを探求していくタイプでしょう。同じことにしか興味が無いので新しいことはそんなに出てきません。多少飽きっぽくて次々と違うことに興味が移っていけば何でも知っているという事にもなるでしょうが。
楽器製作もとても奥深いものですが、ニスだけでもそれと同じくらいかそれ以上の奥深さがあります。このため普通の産業では別の会社が製造しています。フランスの19世紀でもニスがあまりにも似ているため、ニスを作る業者から買っていたと思います。
それに弓が加わるとそれだけでもまた奥深い世界だろうとは思います。とてもじゃないけども私には手が出せません。
自分の能力を最大限に発揮するとなったときに特別弓に向いているとは思えません。

実際弓職人はヴァイオリン職人の10分の1にも満たないかもしれません。弓職人の方も情報を発信するような暇は無いのかもしれません。


長期的には考えますけども、皆さんが意見を言いたいならコメントを言い合う場にするというのもアイデアではあります。
様々な経験を持ち寄ることも面白いかもしれません。

そうなると演奏者のコミュニティになりますね。
ただネットのコメント欄なんて喧嘩になってしょうがないですよ。

しばらく考えさせてください。