ホプフのヴァイオリンとハミッヒのチェロ | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。



野生のビーバーです。ビーバーというとダムを作ると教わりますが、川の土手に穴があるのでそこにいるんじゃないかとずっと思っていました。穴には食べるために持ち込んだとみられる木の枝がはみ出ています。
この木は自然と倒れたようです。樹皮が日ごとに無くなっているので夜中にビーバーが来て食べているのではないかと思っていました。ついに現場を目撃しました。人が通る時間帯にはめったに姿を現しませんが、夜が明けても食べるのに夢中になっているようでした。ダムを作るのはむしろ例外的なケースかもしれません。でもドキュメンタリー番組ではせっせとダムを作る様子ばかりが紹介されます。良い所を見せようと苦心して撮影し番組は作られているのです。このようなものは教養番組でも「知るエンターテインメント」だと思います。だからヤラセなんだで騒ぐのも的外れだと思います。これがリアルなビーバーです。


またこんなヴァイオリンが来ました。

かなり独特の楽器です。

他ではまず見ることは無いかもしれません。クリンゲンタールのホプフです。
カタチが独特です。全体的に四角い形で、巨大なf字孔。全体の幅は狭いのに中央だけが広くなっています。

アーチはそれほど高くなく平らな部類に入るでしょう。
残念ながらヘッド部はオリジナルではなく、後の時代に別のものが取り付けてあります。
これは、ヴァイオリン教師のものです。
こんな楽器を教師が使っているというのが面白いですね。
ホプフは1700年代からありますが、これはもう少し後で1800年代のものでしょうか?どのホプフかまでは分かりませんが、ダビッド・ホプフが一番有名なのでしょうが、それよりは後の世代だと思います。特に有名ではないのでどのホプフでも値段は変わらないでしょう。つまり新品の楽器と同じで古いことに何のプレミアもついていないのですから、単に品質で値段をつければ良いだけです。
さすがに、こういう本当の古い楽器で明らかに量産品でなければ1万ユーロ(120~150万円)くらいはしても良いと思います。しかしスクロールがオリジナルではないので6000ユーロくらいのものでしょう。
逆に言うとスクロールがオリジナルでないためにお買い得ということです。ヴァイオリン教師が100万円もしないヴァイオリンを使っているというわけです。

修理が終わって本人が試奏すると、普通のヴァイオリンのように演奏に使用できます。その上で、音はオールド楽器のような枯れた独特の雰囲気があります。オールドの中では特別暗い方ではなくむしろ明るい感じです。それでも新作楽器の中ではかなり暗い方でしょう。
クランチーノとかランドルフィとかそれっぽい雰囲気があるように思います。それらは数千万円ですからいかに安いかということです。だから性能が優れているというよりは、十分な腕前の人が弾くことで現代の楽器と同じように音が出ても、音自体が別物という感じです。
オールド楽器も多くはそんな感じです。すごく性能が良いというよりは、音自体が違うという感じです。
ただし、高音は柔らくはありません。ほかのE線にするなどできることがあるかもしれません。

ピラストロのエヴァピラッチゴールドも明るさには影響しているかもしれません。明るい響きが豊かになり引っ掛かりが強く人為的に音が作られている感じがします。


ドイツのオールド楽器がシュタイナー型で画一的だと思っているのならとんだ過ちです。とても個性的なものがあります。ホプフ家はもともとマルクノイキルヒェン出身で、近郊のクリンゲンタールで家業を続けていました。こういうタイプの楽器はマルクノイキルヒェンでホプフ家以外にもありました。

もうひとつ面白いのはこんな形でもまともにヴァイオリンとして機能するのです。特に私がよく言うように楽器の中央がゆったりしているので使える楽器になっているのではないかと思います。他のオールド楽器では中央のくびれが大きく狭く窮屈になって、アーチも高いとなるとかなり難しくなるでしょう。これも少しモダンの影響が作風にあるようですので、オールドとモダンの中間的なものです。

すごく柔らかい高音というわけではありません。その意味ではモダン楽器的でもあります。ミルクールの楽器でも枯れたような雰囲気のものはあります。薬品か何かを木材に塗りこんだのか、ミルクールの量産品は何か木が弱ってる印象があります。年代以上に古い感じがすることがあります。だから枯れた音になるのは単に古いからということもあるでしょう。保存環境や処理によって木材の朽ち方は様々でしょうね。
やはりオールド楽器の独特の音の原因の一つは古さにもあると思います。


次はチェロです。

こちらはモダンチェロです。

W.H.ハミッヒの1878年ライプツィヒ製とラベルには書かれています。本で調べると同じ年に作られた別のチェロがそっくりで、その近辺の年代に作られた他のチェロもそっくりでした。おそらく本物でしょう。ヴィルヘルム・ヘルマン・ハミッヒ(1838-1925年)について調べるとマルクノイキルヒェンの出身でベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンで仕事をしていたようです。ザクセン、フォークトランドでのヴァイオリン製作の伝統の最高峰だと書かれています。相場はヴィオリンで最高で2万ユーロとなっています。チェロのなのですくなくともその倍の4万ユーロ、チェロは希少なので2.5倍の5万ユーロくらいしてもおかしくありません。5万ユーロだと今の相場では700万円を超えてしまいます。
同じ年のチェロが本に出てるくらいですから相当な数のチェロを作ったようです。このためドイツのモダンチェロでも特に有名なものでしょう。

f字孔の形や傾きや位置などが判で押したように同じです。楽器が持ち込まれた場合、本などで調べても、似てるような違うような曖昧な印象を受けることが多いです。しかしこの楽器では間違っているところが何一つないのです。本物と明らかにわかるのはレアなケースです。パッと見た感じでもきれいな感じはしますし、ニスの雰囲気も良いですので立派なチェロだとはわかります。

スクロールの型も本に出ているものとそっくりです。

正面や背面の溝の彫り方がとても浅いのが特徴です。

下の端のヒールというんでしょうか、その形もあっています。

さらに大きな特徴はアーチがとても平らであるということです。

これは売りたいということで持ち込まれたもので、プロのオーケストラ奏者が使っていたものです。弦は錆びていてしばらく使っていなかったようです。

こういう由緒のはっきりした立派なチェロはめったにないですね。値段もめちゃくちゃ高くは無いのでそれこそプロのオーケストラ奏者にはちょうどいいくらいでしょうか。読者の方でも4万ユーロで興味のある方がいらっしゃたらどうでしょうか?

元々ベルギー駒がついていて錆びた弦で鼻にかかったようなメタリックな音が重く鳴りにくい感じがしました。駒と魂柱を新しくして、弦も変えました。ピラストロ・パーペチュアルのソロイストというバージョンのものにしました。何が正解かはわかりません。
以前よりは良くなったと思います。低弦はかなり金属的で、トマスティク・スピルコアとかラーセン・マグナコア的な雰囲気もあります。ピラストロとしてはかなり荒々しい音なのではないでしょうか。しかし同じ楽器でパーペチュアルの別のバージョンを比較したことが無いのではっきりは分かりません。高音はまだ鼻にかかったような鋭さがあります。
ラーセンのイル・カノーネくらいのほうが良いのかもしれません。

板の厚みを測ってみるとかなり厚いです。持った感じも明らかに重いです。アーチが平らで板が厚いという典型的な現代の設計思想です。時代は1878年で極端にフラットなアーチは19世紀的です。板の厚みは20世紀の楽器の先駆けのような感じでもあります。ただ、ガンやベルナーデルなどは板が薄かったですが、ヴィヨームになると厚いものがあるようで、モダン楽器でもチェロでは厚みは定まっていなかったようです。
見るからに重厚感がありますが、弾く方もかなりパワーがいるようです。チェロを弾く同僚が弾いて重く音が出にくいのは聞いていてもわかりますが、本人もそう言っていました。やはり板が厚いのが原因ではないかと思います。これをもしかしたら弾きこなせる人が現れるのかもしれません。今のところはまだわかりません。今後も注目していきたいと思います。

やはり板が厚い楽器は鳴りにくいというのはあるでしょうね。私は板が厚い方が明るい音になると言っていますが、あまりにも厚いと明るい音すら鳴ってきません。その結果暗い音に感じるかもしれません。少なくとも低音はとても重々しい感じです。A線、D線は明るい響きを伴っているように思います。

私が作って厚めの板や薄めの板で実験した場合には、厚めや薄めというだけでとんでもなく厚いということはありませんでした。さらに厚くなると鳴り方はまた変わってくるでしょう。単純に法則性としては言えないのではないかと思います。量産楽器の板が厚いものも、同様です。この前は「作者の音」があるという話をしましたが、私が作るようなクオリティーで厚めと薄めの実験した場合ともっと違う楽器があるということです。

今回はいずれもザクセンの楽器製作のものです。ハミッヒもかなりの数のチェロを作ったと思われます。このため本人が一人で作ったとは考えにくいものです。やはり町工場くらいの規模はあったはずです。もしくは故郷のマルクノイキルヒェンに下請けを持っていたのかもしれません。それでも明らかに量産品とは違う綺麗さがあります。アンティーク塗装の雰囲気も良いです。典型的なドイツのモダン楽器という感じがします。

ちょうど同じころにミッテンバルトのオールドでクロッツ家のチェロも持ち込まれました。どのクロッツかよくわかりませんが、見た感じでゲオルグ・クロッツのような感じがします。クロッツくらいになればロンドンやニューヨークの楽器商でも知ってるくらい有名なものです。サイズはやや小型で弦長は7/8くらいのものですがハミッヒよりは音が軽く出ます。さすがオールドという感じがします。値段も違いますが・・・。

私は板が厚すぎることをとても気にします。しかし多くの職人やディーラーはあまり気にしないでしょう。業界全体としては欠点とは考えられておらず、こんなに鳴りにくくても高い評価になっています。作者の評価なんてものは何もあてになりません。このため名前でこのような楽器を仕入れてしまった業者はウンチクで板が厚い楽器を正当化するような理屈を語ることでしょう。厚い板の楽器は東ドイツに限りません。1900年頃から増えてきます。現代でもそれが良いと正しい知識として学ぶほどです。しかし、実際にこのような経験をするべきです。嘘を一つつくとつじつまを合わせるためにまた別の嘘をつかないといけません。ウンチクはどんどん机上の空論になっていきます。

板の厚みだけでなく、アーチの平らさも影響しているかもしれません。厚くて平らな板という組み合わせが特にチェロではどうなんでしょうね?


やはり現代の楽器は重厚長大という感じです。弓もまた同じように進化して来たようです。特に日本で新しめの楽器や弓が多いなら演奏技術も異なってくるかもしれません。音の出方が重い楽器を力で鳴らす弾き方が身についているかもしれません。先生がホプフのヴァイオリンを使っているという話でしたが、先生の教えにも影響するかなり重要なことです。一方で弓に力は入れてはいけないと先生に教わりヘロヘロな弾き方をする人もいます。ケースバイケースで言葉で理解できることではないでしょう。

多数決では難しいチェロとなると思います。しかし、このチェロを弾きこなせる人がいるものなのかも興味深いですね。

以前にも同じような記事がありました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12645825691.html
こちらでもホプフとハミッヒのチェロが出ています。
ホプフはもうちょっと古い時代のもの、ハミッヒはそっくりです。



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