3/4のヴァイオリンの修理 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

子供用の楽器は使用する期間が短いため、高価なものは需要がありません。それどころかレンタルを利用する人が多くなり買う人すらめったにいなくなりました。
世の中は何でも「定額制」とか「サブスク」とか言いますね。
うちでは月の料金はヴァイオリンで保険を含めて3000円ほどです。弓とケースと松脂がついて肩当も選ぶことができます。先生によって薦めるものが違うからです。
こんな感じですから、4/4の楽器の購入でもコストパフォーマンスが重要視されるわけです。

このため3/4の販売用の在庫がたくさんあります。サイズアップで楽器を買い替える際に下取りすることで払った費用を無駄にしないで購入することもできます。

たくさんの3/4の中から試奏して音が良いと購入されたものですが、表板が割れてしまいました。保険に入っていたので修理代は保険から支払われます。幸い駒や魂柱のところから割れが外れていたので高度な修理は必要ありませんでした。
また下取りするのでついでに板の厚さを調整します。

もともと音の良さで選ばれた楽器です。量産品としては珍しく隅っこギリギリまできっちり表板がくりぬかれています。板の厚みは現代の4/4くらいの感じです。つまり歴史的に見ると4/4でも厚めということになります。

裏板も隅っこにわずかに削り残しがあるくらいです。コーナーやライニングの仕事もきれいです。

この前紹介したものはこんな感じでした。


クオリティが違います。


中央は十分に薄いのでそのままにしました。それでも極端に厚いわけではないのでそれほど多く削ってもいません。
これもザクセンの昔の量産品ですが、3/4ではクオリティが高いです。ミルクールのものもありましたが、ザクセンのほうが選ばれました。ミルクールのものでも安価なものは質が悪いのでフランス製だとかドイツ製だとかは意味を成しません。

それでも現代の4/4の厚みなので薄めにします。これで4/4では薄めになるでしょう。


板を薄くするために元のバスバーを削り落としていたので、バスバーも新しくします。3/4のバスバーを交換することはめったにないです。ちょうどバロックヴァイオリンの4/4と同じくらいです。

木片をつけて割れた部分と接着しなおしたセンターの合わせ目を補強しました。
ちなみに右下に写っている消しゴムはこの前ひさびさに帰国したときに買ったものです。

これで表板の修理は完了です。
割れているのがちょうど魂柱のところではないので普通の修理で十分でした。その代わり板を薄くしてバスバーを交換しました。
割れは魂柱の位置からずれているとはいえ、木片のつける位置は魂柱を入れる際に邪魔にならないようにしないといけません。

指板も交換です。4/4のヴァイオリンを交換したときに外したものをリサイクルしています。

やはり外枠式です。先端にちょっと隙間がありますが、丁寧な方です。

こちらは安物です。

左右のf字孔の上の丸い所の感覚が狭すぎるためバスバーの位置が楽器のセンターよりに来ています。駒の脚との位置関係がしっくりきません。エッジの周辺に削り残しが多かったので仕上げ直しました。

今回のものが綺麗なのが分かるでしょう。

修理が完了。

ニスもラッカーでいかにも量産品という感じですが、その中では質が高いです。
マルクノイキルヒェンのもので1930~40年代くらいでしょうか?
1900年頃のものに比べると新しく見えます。

ビックリするほど見事なものではありませんが、量産品の中ではましな方です。
スクロールも特別美しいということはありません。

楽器のクオリティと音が必ずしも直結しないということを言ってきましたが、子供用になるほど精密な加工が必要になるでしょう。それに対してユーザーは短い期間しか使わないものに対価を支払うのが難しいので粗悪なものが多いというわけです。

元々現代の4/4と同じような板の厚さになっていました。4/4としては薄めにしてみました。3/4ならさらに薄く作ったほうが理想的なのかもしれません。しかしもともと音が良いと選ばれたものですから全く違う音にする必要も無いでしょう。
子供用の楽器では華奢すぎずに丈夫であることも求められるでしょう。余りにも繊細に作るわけにもいかないのが問題です。

今回手直した結果3/4としては希少な楽器になったと思います。


割れた部分も分からないくらいに修理ができました。

隅っこまで丁寧に加工し、板を薄くすると柔軟性が増し、小さな楽器の窮屈さがとれてキャパシティが大きくなるでしょう。低音も出やすくなるはずです。
一方クッション性が生まれるので吸い込まれるような感じで、ダイレクトに跳ね返ってくるようなはっきりした明るい音は弱まると思います。このあたりを私は好き嫌いの問題と考えています。とはいえ50~100年経ってますから鳴りが弱いということは無いでしょう。

小型の楽器のデメリットを改善するにはぎりぎりまで精密に加工することが音の良さに直結すると言えるでしょう。

同じことは4/4の楽器にも言えます。量産品で隅っこまで丁寧に加工されていなかったり、20世紀以降には厚めの板のものが多くあります.それを良いか悪いかは弾く人が決めることです。

うちの店の在庫を調べてみても、モダン楽器で、板が薄いものはほとんど売り切れて残っていません。厚めのものは何年でも残っています。
こちらでは低音が強いバランスの「暗い音」が好まれることを表しています。明るい音の楽器を選ぶのも好みですから自由です。それでも明るい音のものばかりが売れ残っています。

日本では全く逆になるかもしれません。このことからも音について楽器の価値を客観的に評価することができないと分かるでしょう。

なにしろ日本とは楽器を弾き比べて音が良いと感じることが全く逆で、日本人が良いと思う音がこちらでは悪い音と考えられ、こちらで良い音と考えられるのが悪い音というわけです。つまりヴァイオリンに「世界的な評価が高い」なんてものは無いのです。ニューヨークやロンドン、東京で人気でもヨーロッパ大陸では音が好まれないかもしれません。弓の方がその違いがさらに大きいのではないかと気づき始めましたよ。

レンタルではなく品質とコストパフォーマンスの高い楽器を購入し、保険をかけて損害も補償されました。保険に入っていなければ表板を開けずに外側から接着するやっつけ仕事になってしまいます。こうなるときれいに直らないばかりか、後で下取りするときの価値が激減します。
修理中も練習する楽器が必要ですが、うちの店の好意で代わりの楽器を貸し出していました。消費者と楽器店の良い関係ですね。


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