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農学博士の偉大な研究
■ その9 ◇美しき応酬 ■
朝顔、というと、朝お水をたっぷりあげるもの、と思っている人が多いかもしれない。
それは間違いではないけれど、適正でもないという事を知っている人はどれぐらい居るだろう。
朝顔は夜にツルを伸ばす。
だから成長段階の間は、朝と夕方2回に分けてお水をあげる方が早く成長してくれるのだ。
それを実行したからか、遅蒔きながら朝顔たちは今年の夏もたくさんの花を咲かせてくれた。
その様子を頻繁に見に来てくれたのは、ユキちゃんではなく敦賀さんだった。
「 正直、びっくりした。まさかこんな色とりどりの朝顔が咲くなんて予想していなかったから 」
とは、敦賀さんのセリフだ。
朝顔の基本色は、紅、紅紫、紫、青の4色で、この4色が薄くなったり濃くなったり濁ったりすることで様々な色があらわれ、花色によってツルの色味も異なる。
余談だけど最近では黄色や黒の朝顔なんていうのもあるとか。
※黄色の朝顔は絶滅品種と言われていますが、現在ある黄色の朝顔は、金魚草由来の遺伝子を朝顔で機能させることで得られた色らしいです。
ちなみに白い朝顔は色素が発現していないタイプだ。
「 ユキちゃんが子供の頃、最初に買ってもらった種がごちゃまぜだったらしいです。それで、花が咲いた時に色をチェックして、種を色別に採取したらしいんですけど、翌年蒔いたら違う姿の朝顔になったそうで 」
「 え?そんなことってある? 」
「 私もその話を聞いたときにそう質問したんです。そしたら、F1種っていう、別々の品種を掛け合わせた雑種の朝顔の姿は一代限りなんだって教えてくれました。だから次世代の花は先祖がえりをするんだって…。それでユキちゃん、タネを分けるのをやめたみたいです。さらに翌年にはあらゆる品種の種を購入したって。色んな色や形があった方が楽しいし、その方が今年できた種が翌年の夏に、もしかしたら新たな朝顔の姿で花開くかもっていう楽しみが出来るからって、ユキちゃんが 」
「 ああ!なんか、分かる。それって社教授らしいな 」
「 ふふ、ですよね 」
朝顔は、花が終わってから種が出来るまで長いと二ヶ月ぐらいかかる。
だから敦賀さんは夏が終わっても変わらず我が家に来てくれていて、種摘みにも付き合ってくれていた。
種を採取しながら小さな朝顔の花を避ける。
今年は蒔くのが少し遅かったことが影響しているのか、11月になってもまだ朝顔は咲いていた。
「 この種のどれかが、来年、新しい姿を見せてくれるかもしれないんだね 」
「 はい。楽しみです 」
「 だね。毎年、種蒔きしたくなる気持ちが分かるよ 」
そう言ったあと敦賀さんは、来年も一緒に種を蒔こうねと私に向けて笑ってくれた。
来年になったら、ユキちゃんは日本からいなくなる。
ユキちゃんがそれを決めてから私と顔を合わせる機会は格段に減ってしまっていて、それが最初のうちは寂しくて死にそうだと思っていたけれど。
「 所で最上さん、聞いてる?明日の話 」
「 はい!ユキちゃんが紅葉狩りに連れて行ってくれるって話ですよね 」
「 そう、それ。実は俺、その行き先が気になっているんだけど。いつもどこに行ってるの? 」
「 いつも?いつも・・・は、大学のキャンパスでしたけど 」
「 ・・・冗談だろ 」
そう突っ込んできた敦賀さんの顔を見て、私は吹き出してしまった。
だって本気か?・・って、顔に書いてあるのだもの。案外、正直。
敦賀さんがそばにいてくれるおかげで、だいぶ寂しさが紛れていた。
笑うことも、勉強に集中することもちゃんと出来る自分になっている。
それだけに、ユキちゃんと敦賀さんと3人で紅葉狩りに行くのには少しの抵抗を感じていた。
もしかしたらまた寂しさがぶり返すんじゃないかって、心のどこかでそれを予想して。
でも平気にならなくちゃ。
大丈夫。
敦賀さんがそばにいてくれるなら。
翌日の朝、ユキちゃんが指定した時間に敦賀さんと我が家の庭で待っていると、どこからかクラクションが聞こえた。続いて車のドアを閉める音が届いて、少しの間をおいてから右手を上げたユキちゃんが現れた。
だからてっきりユキちゃんが直前にクラクションを鳴らされたのかと思ったけど、真相は全く違うものだった。
ユキちゃんはまだ咲いている朝顔に気付いて満足そうに微笑んだあと、右手で小さく空を泳いだ。
「 2人とも、お待たせ!さ、行こう。乗って 」
「 乗って、とは? 」
「 何にですか?教授 」
「 もちろん車に決まっているだろ。レンタカーだけどなっ 」
「 え?ユキちゃんってば、免許を取ったの? 」
「 そ。支援国に行ったらとにかく不便だろうから、自分で動ける方法を確保しておこうと思ってね 」
「「 知らなかった 」」
「 そりゃそうだ。誰にも内緒にしていたんだから。ビックリさせようと思ってな、さぁ、行くぞぉ 」
ということは、つまり免許を取りに行っていたからユキちゃんは我が家に来られなくなっていたってこと?
そうか。避けられていた訳じゃなかったんだ。
「 ・・・ということは、まだ若葉マークってことですよね? 」
「 当たり前だろ。取りたてほやほやだぞ、ほれ 」
「 確かに。なら俺が運転しますよ。どこに向かえば良いですか、教授? 」
「 なんでだよ!俺が運転するに決まっているだろ。今のうちに公道になれておかなきゃなんだから 」
「 っっ!だから紅葉狩りなんて言い出したんですね?冗談じゃない。練習なら人を乗せずに一人でやってくださいよ! 」
「 付き合ってくれてもいいだろ。疲れたら運転を変わってくれる相棒が欲しいんだよ 」
「 そんな、俺に事前の了承も無く 」
ユキちゃんと敦賀さんのやり取りを見て私は笑ってしまった。
本当に二人は仲が良いんだなって思った。
「 あははははは 」
「 笑い事じゃないよ、最上さん! 」
「 ええぇぇ、だってぇぇぇ。…それで?ユキちゃん 」
「 うん? 」
「 どこに連れて行ってくれるの? 」
私がお腹を抱えながらそう質問すると、ユキちゃんは眼鏡の奥で目を細めた。
「 そりゃあ山だよ、山。絶景の紅葉に会いに行くぞ 」
向かったのは筑波山だった。
筑波山は標高の低い日本百名山の一つで、関東平野を一望できる紅葉スポットというのがあるという。
山頂から御幸ヶ原にかけ、ブナをはじめとした落葉広葉樹が多く、毎年11月上旬ぐらいから紅葉を楽しめるという情報を、さも当たり前のようにユキちゃんが教えてくれた。
もみじ祭りの間はライトアップも実施され、ケーブルカーやロープウェイも夜間運行されるらしく、その景色は日本夜景遺産に認定されているという。
とはいえ、私たちが現地についたのはお昼ぐらいだったので当然ライトアップはなく。けれどそれを抜きにしても、木々の紅葉は美しい以外に形容できない見事な景観だった。
「 うわ、うわ、すごい綺麗!信じられないぐらい素敵!ユキちゃん、すごい!!連れて来てくれてありがとう 」
「 そうだろう。俺、すごいだろう 」
「 違いますよ、教授。最上さんが褒めたのは景色であって、社教授ではないです 」
「 うるさい、なんだその言い方は。せっかく俺が気を利かせて二人を後部座席に座らせてやったのに 」
「 へー。それで、お心遣い感謝します、とか俺が言うとでも思ったんですか 」
「 思う訳ないだろ 」
「 その通りです 」
「 もう!どうして二人はそうやってすぐ二人だけの会話をするの 」
「 おやぁ?それはヤキモチかな、キョーコちゃん 」
誰が誰によ!?
「 それじゃ、ここでユキちゃんクイーズ 」
「「 クイズ? 」」
「 秋の低温期になるこの時期になると、全ての葉を落とし、翌春に新しい葉を生じる樹木のことを、属に何と言うでしょう?キョーコちゃん 」
「 落葉樹 」
「 はい、正解。ソフトクリームをゲット。では、種類は何があるでしょうか。蓮 」
「 俺ですか。ブナ、ミズラ、イチョウ、ケヤキ、カラマツ、セコイア・・・とか 」
「 ピンポーン。なんだ、知ってたのか 」
「 いえ、実は昨夜、もしかしたら聞かれるかもと予想して予習しておいたんです 」
「 お前、生徒の鑑だな。それじゃあ、追加だ。どうして紅葉する? 」
「 それは、クロロフィルが分解し、残っている黄色のカロチノイド色素が目立つから、ですよね 」
「 正しいけど美しくない。その言い方ではまんま教科書だ 」
「 じゃあ、社教授ならどう説明するんですか 」
「 それ、私も聞きたい、ユキちゃん 」
「 その前に、キョーコちゃんは分かる?落葉樹はなぜ紅葉したあとに落葉するのか 」
「 それは、生き残るためじゃないの。前にそうユキちゃんから聞いたことがあったけど 」
「 言ったっけ?俺、そんなこと。ま、いっか。それはそうなんだけど、それだけじゃ説明不足だ。
なぜ葉の色が変わるか。それは、日差しが弱くなる秋~冬にかけて、十分な光合成が行えなくなる一方で、にもかかわらず葉が気孔から水分を蒸発させるという働きを維持しているからだ。冬や乾季では充分に水分を吸収できなくなる。それを知っているから、木は水分不足で死なないよう、葉からの蒸発を避ける目的で葉を落とす。
もちろんその前に葉から将来使える栄養分を受け取るため、葉が色を無くす仕組みだ。
蓄えた栄養分は翌年、芽や葉を出すときに使われるんだけど、実は落ちた葉にはまだリンや窒素が残っていて、だけどそれらが地中に戻る事で再び木にとって貴重な栄養物となる。実に美しいやり取りだよ。
命は循環している。葉を落とすなんて一見意味なく見えるけど、彼らが行っている事に無駄なんて一つも無いんだ 」
あ、それ。
ユキちゃんの口癖だ。
それを久しぶりに聞いた、と思った。
知り合ってから今日まで、本当にいろんな話をユキちゃんから教わった。
草のように見える木があるとか
木のように見せる草があるとか。
砂漠の地中でも休眠している種子や球根はあって
場所によっては1メートル四方の地中に1万個もの球根が眠っていることすらある、とか。
その土をふるいにかけて、いつか自分で種子を見つけてみたいとユキちゃんが熱く語ったのはいつだっただろうか。
時には何年も土の中に埋まったままのそれらの表面には、発芽を抑制する化学物質でコーティングされていることが多いらしい。
それは、慌てて発芽しても再び乾燥が酷くなれば種子が枯れてしまうことを彼らは知っているからで、その物質を完全に洗い流すほどの雨が降らないと発芽しないシステムになっているのだ。
それを初めて聞いたとき、私はちょっと感動した。
なんて強かで挑戦的な生き方だろうと思った。
命は循環している。無駄なものはひとつもない。
胸にじんと染み渡る。
ユキちゃんと過ごした時間は間違いなく、私にとっての栄養だった。
それがまだ、私の中にはたんまりと残っている。
だから私も必ず乗り越えられるはず。
これからも成長できるはず。
大丈夫。私は大丈夫なのだ。
徐々に寂しくなってゆく季節に倣うように
心のどこかで木枯らしが舞っている。
それを敏感に感じ取り、癒してくれていたのは他ならぬ敦賀さんだった。
今までよりもっと熱く瞳を輝かせたユキちゃんを見つめ続ける私の背に、覚えのある温みが灯る。
暖かで、大きな彼の手が
そばにあると安心する。
美しく紅葉している木々の様を眺めながら
ユキちゃんが、世界中どこに行ってもこんな豊かな景色が見られるようにしたい、としみじみと呟いたそれが、私の心の隅々にまで響き渡った。
ユキちゃんは繰り返し口を開いた。
「 綺麗な景色だよな、本当に。こんな景色を、世界中どこに行っても見られるようにしたいんだ 」
これこそがユキちゃんだ・・・って思いながら
いつの間にか私は心の中でユキちゃんにエールを送っていた。
大丈夫!!
ユキちゃんならきっといつか実現できる。
だって、私が大好きなユキちゃんだもの。
E N D
ちなみに、我が家の朝顔もまだ花をつけていますw白だけですけどね。サイズもだいぶ小さく、洗濯ばさみと同じぐらい(3センチぐらい)しか無いんですけど。
とっくに時期は過ぎていますが、ツルが枯れるまでは刈ったりせずに見守る所存です。
⇒農学博士の偉大な研究◇その9・拍手
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※ラストはこちら⇒農学博士の偉大な研究◇その10
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