ぼくは占い師じゃない -38ページ目

ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

「刹那的」というコトバがある。
仏教用語と聞く。
いい意味で使われない場合もある。
「その場限り」とか、
「キエモノ」とか。

実際は、過去は思い出の中にあって、未来は不安や期待、もしくは想像の中にあって、過去も未来も実際には存在していない……らしい。

言い換えると、実在しているのは「刹那」のみで、来歴とか過程とか、おれ、これからどうなっちまうんだろう……的、そういう「刹那の連なり」というのは、フェイクだという。

記憶やこうありたいという思い、自分という概念は、この「連なり」を骨組みにして成り立つ。
キエモノなのは「刹那」ではなく、その「連なり」という構造の方……らしい。

   ☆

MAP13はぼくが勝手に組み上げた、
多面体の複合構造である。

これこそ、「キエモノ」の最たるもので、構造体の各頂点に大成卦を配し、大成卦どうしの関係を考えようとした地図だ。

こんなカッコウをしている。

MAP13全体像

【MAP13全図】

天秤のようにもみえる。

天秤の両皿にはベクトル平衡体(立方八面体)がある。全体の形も両皿と相似なベクトル平衡体だ。

両皿にあたるベクトル平衡体の真ん中の水平断面、それぞれの正六角形をつないだ∞形の平面を形作る線が、ぼくらが普段意識している日常世界だという想定である。

ここに十二消息卦を配した。
MAP13を占断に使う場合はその面が主役になる。

MAP13メイン

【∞形面に配された十二消息卦と、同じ頂点にオーバーチャージされたその他の卦】

ある時、MAP13を上から見下ろした図が、マンダラになることに気づいた。

ちょっとだけ、時間をかけて描き起してみた。

マンダラ


三重円は、一番大きなベクトル平衡体を骨格とする、トーラスの外郭である。

トーラスは径の異なる円の無限の積み重ね。
無限のレイヤ。
無限階層の意識。
代表選手をとりあえず三つだけ描き込んだ。

ベクトル平衡体はトーラスの骨格である。
中央の六芒星は上下に空いたトーラスのヘソの骨格だ。

全体の説明は、たとえば、こんなもの。

説明付きマンダラ


マンダラはブルーの海に浮いている。
主役はこのブルーである。
ていうか、そもそもこれしかない。

これが、「刹那」。

浮いている様に見えるマンダラはこの「刹那」の海からたちあがった仮想構造なのである。

この「刹那」は絵の説明では「基盤」と記されている。
この「基盤」以外、どこをさがしても、自分はない。

え、じゃあ、この「基盤」が自分ってことなんだ?

それもちがう。

自分はどこにもない……らしい。

   ☆

ほんとうにそうなのか?
じっくり内省してみる必要がある。

その自分てえのは、マンダラをこっち側で見ている誰かさんかね?

それも仮定である。

いったいこの「てめえ」はどこにいるんでえ。

やっぱりいないのかなあ。
どこにも。

正八面体の各頂点に、大成卦の各爻を対応づけた構造をながめていると、いろいろおもしろいことに気づく。

   ☆

大成卦は、八卦が2つ(上下卦)組合わさったものだが、下卦の初爻と上卦の四爻、下卦の二爻と上卦の五爻、下卦の三爻と上卦の上爻は、陰陽の組み合わせによってそれぞれ「応(異符号)」または「不応(同符号)」になる。

この様子を正八面体になぞらえて描くと、次の絵のようになる。
初—二—三でできた下卦のフレーム(実線)と、四—五ー上でできた上卦のフレーム(実線)が、応・不応の関係(破線)でもって組み合わされている様子が、立体的にわかっておもしろい。

上下卦


陰爻と陽爻の連なりは、いかんせんノベタンに見えてしまいがちなので、こういうパースは新鮮である。

   ☆

同じ正八面体を別の角度から見てみる。
△初二三を手前に持ってきて、正面に。

ダビデ


正八面体をこの角度から見ると、見かけは、いわゆる六芒星、ダビデの星になる。
下向きの△初二三が下卦、上向きの△四五上が上卦に。
肉体と魂、魄と魂、ダイアードとトライアード、意識と無意識、人と神。

   ☆

実占ではあまり用いることはないが、大成卦の各爻を初爻からふたつづつ、初二は「地」、三四は「人」、五上は「天」、の位としてまとめて観るやり方あって、これを「三才観」という。

爻の位を観るバリエーションのひとつだが、このやり方で観ると、「人」の位にあたる部分が、正八面体の正方形断面(上向きの四角錐と下向きの四角錐の分割面)の対角線の一本に対応する。

天人地


この様子を観る限り、図形の基盤になっているのは、天でも地でもなく、「人」である。
線分三四=「人」が横たわる正方形(□二三五四)は、大成卦の要だ。

   ☆

直、方、大。

東西南北の方向をもつ豊穣な正方形の大地に四肢を投げ出して横たわってみよう。

人間の基盤は女性原理なのだ。

この女性原理、4、から1欠けると3、の男性原理になる。

3、三角形は男性性、4、正方形は女性性。

レガシーでも奇数は2で割れないから固い陽、男性であり、偶数は2で割れるから柔らかな陰、女性である。

正八面体は、4=正方形と、3=正三角形が組み合わさってできた、男性原理と女性原理の統合体でもある。

3+4=7は、6=六つの爻でできた大成卦を超えて、さらにその向こう側を目指す(6+1)数である。

   ☆

次回は、上述のどれともちがう、少々練金術的な話を。


☆ 前回の続きです ☆

さて、お仕事の見通しやいかに?
という占的の方ですが、こちらはもう素直に読みました。

しつこいようですが、以前の記事、

「得卦は宵闇の夢にも似て~スイングする回答」

に書いた「2:質問(占的)に対する正確な答えや、解決策を提供してくれる卦」のケースであろうと観た、いうことです。

中孚の益にいく

【中孚の二爻変、益に之く】 

卦辞は「豚魚に通じる誠心あり。大川を渡るによろしい」。

「大川を渡るによろしい」。
決まり文句ですね。
爻辞は「物陰で鶴が鳴けば子がそれに応じる。我によき杯あり、我、これを汝とともにせん(拙作ハンドブックより)」。

親と子。さしつさされつ。
爻辞はパートナーの存在を暗示しているように観えます。

「風沢チュー孚、キッスの象」と幸田露伴が言ったとか。
これは、下卦「兌」を上を向いた口、上卦は「巽」ですがこれを倒兌、ひっくり返った兌、下を向いた口と観て、口と口が三四爻でくっついているからキスというわけです。
キスも一人ではできないですね。
相手が必要。

で、この占でのポイントは、

・パートナーがいるということ。
・そのパートナーはこちらに呼応してくれる存在であるということ。
・策を弄したり損得勘定ではなく、誠実に仕事しなさいということ。
・上記に反しないかぎり、冒険してもよろしい。

そうすれば、之卦の「益」、利益があるというわけですが、そうなったときの益は単なるショーバイ上の利鞘ではなくて、「さずかりもの」といった益になるでしょう。

否から益

【「益」は天地否の交代生卦】

之卦の「益」は、天地否の交代生卦、天地否の天から一陽が落ちてきた象で「さずかりもの」というわけです。これがまた前回に書いた「子供でもできたのかな」の連想につながったのですが。

回答としては、

「悪くはないが今はまだ成果がみられない(鳥が卵をかかえている時期)。必ず呼びかけにこたえるパートナー(卵の中あるいは物陰から応えるヒナ)が必ずいるはず。今はとにかく誠実に進む。そうすれば近いうちに成果がある。」


☆ 結局使わなかった「易システム」 ☆

話としては一応ここで終わったんですが、考えられる追加の質問としては「近いうち」とはいつか、「パートナー」とはだれかということでしょう。

「近いうち」は、二爻が変じて即、「益」になっていますから、ほんとうに「近いうち」です。

1単位にも満たないかもしれません。「単位」の長さのだしかたについては前回記事を参照してください。

パートナーはだれかというのは、この得卦の様子ではご本人にはもう明確すぎるほど明確なのかもしれません。

そこまできかれませんでしたが、もし複数考えられてそのうちのだれかということになったら、拙作「風と羅針盤」で紹介させていただいた「フランクリン・マトリクス」が役にたったかもしれません。

このマトリクスは六四卦を4つづつのまとまりにわけたもので、この4つの卦は、電車の同じボックス席に居合わせた「旅の仲間」という想定ですから、自分自身を示す得卦(この場合は中孚)以外の三つの易卦の中にそのパートナーがいる、といわけです。

Fマトリクス上の中孚

【「フランクリン・マトリクス」上の中孚とその「旅の仲間」】

ひとつにしぼれないところがクヤシイところですが、構造からいうと、基準となる易卦(この場合は得卦の中孚)の倒卦(リバース)がもっとも近い「仲間」ということになります。

ところがこの中孚のように逆さま(倒卦)にしても変わらない、自分自身になってしまう易卦もあります。
その場合はその易卦のすべての爻の陰陽を反転した易卦(裏卦、インバース、易システムではツイストペア)が、その「もっとも近い仲間」になります。中孚の場合は小過がこれにあたります。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この「もっとも近い仲間」のペアは、レガシー(*1)における大成卦の並びで、となりあったものどうしです。

あるいはまた、この4つの易卦を意味と、相談者からのヒアリング内容を勘案して判定します。上記のように機械的に判断するのではなく、むしろ意味から判断した方が直観が働いていいかもしれません。

結局、この易システムによる観方も今回は使うことはありませんでした。
これは裏をかえせば、大方の日常占にはレガシーにおける仕組みで充分ということなのかもしれません。そのように鍛えられ発展してきたものでしょうからあたりまえかもしれませんが、やはり伝統は偉大です。

「レガシー、レガシー」というと、ギョーカイ(コンピュータ業界)では「レガシー・システム=古くさい厄介者」というニュアンスを帯びたりしますが、易システムではそういう意味で使っているわけではありません。

レガシーは遺産であり、基盤です。


☆ ところで最後に ☆

これも気づかれた方がいらっしゃるかもしれせんが、前回の「大過」と「中孚」、これは上下卦をそれぞれ倒立させた卦どうしの関係になっています。

大過と中孚

【「大過」と「中孚」】

易システムには(おそらくレガシーでも)この関係についての定石的観方はありませんので、その場その場で象から判断するしかありません。

ひょっとしたら「仕事」と「転居」がウラハラの関係になるようななにかの事情が潜んでいるのかもしれません。あるいは、大過では、兌が互いにそっぽを向いて反目し合っている象でもありますから、夫婦仲になにかあるのかも。

やたらなことをいうとひっぱたかれますから、まあ、今回は課題とさせていただきます。

プロの方には言わずもがなですが、最初に相談者が何を求めているかよく見極めてから判断しましょう。

・正確な答えを求めているのか、
・なんでもいいから回答を得て安心したいのか、
・自分の話を聞いてほしいのか。

たいがい「全部!」でしょうが、
かならずそこには強弱があります。

老爺心ながら。

ではまた。


--------------------

(*1) 【レガシー】
「易システム」以前の、「易経」やその周辺ドキュメント、慣習的解釈によって意味づけられた「易」。いわゆる「伝統的な解釈」。
「いやあ、御社のレガシー、なんとかなりませんかねぇ」
(とっととウチの新しいの入れてよ、今期売り上げヤバいんだからさあ)
↑こういうタイドで仕事をしていると「益(さずかりもの)」はないと思います(笑)。

   ☆

肝心の確認を忘れていました。
「相談者の許可」を得まして、
改めてアップロード。

占例の話です。

   ☆

ここで紹介するのは、たいがいは一人で占う日常占ですが、ときには珍しく「占ってくれ」なんていわれることもあります。

ある女性から娘家族のことを占ってくれといわれました。

占的はふたつで、ひとつは転居。
転居したいのだが、するとしたらいつがいいのか。
もうひとつはお仕事の見通し。
こちらは旦那さんのお仕事ということになります。

後日回答することにして、
その気になったタイミングで、自宅でサイをふってみます(*1)。

得られた卦は、転居の方は、大過の三爻変。
仕事の方は中孚の二爻です。

大過中孚

【大過の三爻変、困に之く。中孚の二爻変、益に之く】

読むのはそんなにむつかしくはないと思ったのですが、どうでしょうか。


☆ スイングしなかった回答 ☆

今回は易システム(*1)からの観方も少し加えて……
対面じゃないのでゆっくり読んでいたら、あることに気づきました。

大過は「棟木たわむ」で大きな荷物を抱えてる様子。
中孚は大離、タマゴで、親鳥が卵をあたためている様子です。

これって……お子さんができたということかなあ。
まだ大過っていうほどでははないにしろ、これからそうなるってこと?

連想としてはそんなに不自然な発想ではないと思いますが、いかがでしょう。

占的とは直接関係ありません。

しかし易占の場合、直接は関係ないけれどもその占的の周辺事項を、得卦(*2)が示すことがあるのは、以前の記事

「得卦は宵闇の夢にも似て~スイングする回答」

に書いたとおりです。
でまあ、きいてみたんですが、そんな兆候はなし、と。
こういうのを「誤占」といいます。


☆ やっぱりスイングしてる ☆

気をとりなおして、今一度得卦に向かいます。
まず、転居の方。
得卦は「25:沢風大過」。
三爻変だから之卦は「66:沢水困」になります。

大過困

【大過の三爻変、困に之く】

卦辞も爻辞も「棟木たわむ」です。
棟木は家をささえる屋台骨のことで、それがたわんでしまうくらい屋根が重い。

手間が大変なのか、本当に荷物が多いのか、気がかりがたくさんあるのか、とにかく今の時点で動くのはよくないと観ました。

「だったらいつ?」

これが占的です。
ですがそもそも転居自体いいのか悪いのか、どうもこの卦は答えてくれていないように感じました。
とにかく「今」、急いで動くとどうなるかだけを示しているように観えたのです。
これも「得卦は宵闇の夢にも似て~」に書いた「4:質問に取り組んでくれない卦」というわけです。
この大過は、直接の回答でないということで、やっぱりスイングしているとはいえないでしょうか。

レガシー(*3)にも(たぶん大岳易)こんな観方があったかと思いますが、易システム的(*4)には、今すぐの時点で転居を強行すると次のようになると観ることができます。

一連

【大過からの一連の流れ】

大過の三爻から上爻へ順番に爻をひっくりかえしていき、大過の三爻からの一連の流れを観ます。易システムではこれを「バリアントの流れ(*5)」としました。

判断はざっとですが、こんな感じ……

大過 今動くと(たいへん)
困  そのままいくと(つかれる)
坎  さらにそのままいくと(身動きとれず)
師  さらにさらにそのままいくと(いいけど強引)
蒙  ほうっておくと(行き先不明)

大過は「もし現時点で転居をしたならば」というバリアントですから、大過からはじまるバリアントの流れをやりすごす必要があるのではと思い、結論としては「もう4単位待って転居するかしないかも含めて仕切り直しましょう」ということになりました。


☆ 時期を観る ☆

で、4単位ってなんだよっていう話ですが、周易の場合、時を観るには消息卦(*6)を使うか爻位を観るのが一般的だと思います。

この場合は爻位を観て、爻位は三爻ですからまだ河をわたる手前(でも、河のキワだから今にも飛び出さん、という感じですかね)、実際に転居をしておらず、上図の流れをやりすごすのに4ステップかかる、1ステップ(1単位)がどのくらいなのかは、この相談に至る状況がいつ生じたのかをはっきりさせ、それを初爻の段階と考えて判断します。

確認したところ、今の転居の話が出てきたのはだいたいひと月くらい前ということでしたから、雑駁ではあるけれども、1単位=おおむね1週間と観て、少なくとも1.3ヶ月くらい以上は待って、それから仕切り直してはいかがでしょう、とお伝えしました。

ええと、今が10月だから11月中くらい?
年の瀬は忙しいから、まあ、来年かなあ……
という話になりましたが。

周易では時期を特定するのはちょっとむつかしいかもしれません。
というより、ぼくが苦手なだけなのかもしれませんが。

断易(*7)ならもっとバシッと出るのでしょう。

さて、依頼された占的にはもうひとつあります。
お仕事の見通しの件ですが、このままずらずらやるとまた長くなりそうなのでそれはまた次回に。

ではまた。

--------------------

(*1)【サイをふる】
擲銭、投げ算木、カード、心易的立卦、もちろん筮竹……いろいろやってみましたが、易占用のサイコロをふるのがぼくには一番合っているようです。

(*2)【得卦】
易占で占って得られた大成卦のこと。

(*3) 【レガシー】
「易システム」以前の、「易経」やその周辺ドキュメント、慣習的解釈によって意味づけられた「易」。いわゆる「伝統的な解釈」。

(*4)【易システム】
筆者独自解釈の「易」。

(*5)【バリアントの流れ】
「易とトランサーフィン」参照

(*6)【消息卦】
「この、くりかえすもの (その2)」参照

(*7)【断易】
「五行易」とも。周易と同じ易卦のシンボルを使うが、その機序、判断方法は周易とはまったくことなる干支(暦)術。

さて、正八面体(の各頂点)に大成卦(の各爻)を対応づけた所で、今度はその「意味」について観たてていこう。

正八面体の下の頂点から上の頂点まで一連に大成卦の各爻をわりふったわけだから、まずはレガシー(*)にしたがって、ひとつらなりのものとして観ていく。

レガシーにおける大成卦の一般構造を示すと、例えば次の絵のようになる。

一般構造

【大成卦の一般構造(拙作「易システムハンドブック」より)】

この構造を踏襲して、大成卦をツイストペア・ホイール(「ツイストペア・ホイールのガイドツアー」参照)の成り立ちになぞらえたのが以下の絵である。

創造の六ステップ

【創造の6ステップ(拙作「易システムハンドブック」より)】

ツイストペア・ホイール自身はこの宇宙をシンボライズするという想定だから、左側の六つの爻で示されるステップはそのまま、この宇宙の創造過程を示す。
この過程は初爻から上爻へと向かい、三爻と四爻の間にはギャップがあり、二爻と五爻の段階は前半と後半における安定点である。

ここまでは「易システムハンドブック」までで提示させていただいた内容である。
さらにそれから、「風と羅針盤」では、「自己の境界」を単独の大成卦の範囲を超えて拡大するという試みを行っているので(「大成卦ふたたび」参照)、それをふまえて六つの爻の意味を観なおしてみたい。

その様子は「創造の6ステップ」より、さらに拡張されたカタチになるはずである。

  ☆

たとえば、こんなのはどうだろう。

○ 初爻=時空/物質
両儀、四象のレベル。
素材と、基本的な周期が現れたレベル。

○ 二爻=心/四元素
八卦のレベル。精霊のレベル。
本能、元型レベル。

○ 三爻=意識/自我
大成卦のレベル。肉体。個人の意識、個人的無意識。
「易システムハンドブック」における「創造の6ステップ」が説明しているのはこの段階までである。
大成卦は意識(ego)が解読できるようにチューニングされたシンボル体系であるという前提がある。

● GAP
レガシーに則り、三と四の間には間隙があるものとする。この間隙の中点を正八面体の中心軸が垂直に刺しつらぬく。

○ 四爻=気/鋳型
FO(ファースト・オーダー)、地球意識。
肉体の鋳型(テンプレート)となるボディ・ダブルのレベル。この段階で意識は初めて物理的肉体の範囲外に出る。

○ 五爻=イマジナル(ドリーム)・ボディ
SO(セカンド・オーダー)、太陽系意識。
アストラル・レベル。
このレベルで意識は完全に肉体の拘束を離れる。

○ 上爻=元型の元型/セルフ
TO(サード・オーダー)、銀河系意識

前回と同じ図に、各頂点の定義を追加すると次のようになる。

ピラミッド上の六ステップ

【各頂点に新しい定義を追加した正八面体】

ここまでは、初爻から上爻までを一連なりに観たてた、いわば「創造の6ステップ」の拡張版であり、とくに正八面体から導かれるという構造ではない。

   ☆

易卦はただながめていても、そこには、切れた線とつながった線の連なりしか観えてこない。
実のところ、何がこの連なりに構造を与えてもいいはずである。

一般的には、卦爻辞、八卦、応爻、比爻などの意味や、そこから導かれる占者のイメージを、陰陽爻の連なりに構造として適用することが、いわゆる「占う」ことである。

しかしたとえば、幾何学的な図形または立体といった、だれもが直観的に把握できる、親しみ易いイデアを、陰陽爻の連なり……すなわち易卦に適用してもいいのではないだろうか。

正八面体はとてもシンプルな立体だけれども、魅力的な対称性にあふれている。

というわけで……次回に続く。

--------------------

(*) レガシー
「易システム」以前の、「易経」やその周辺ドキュメント、慣習的解釈によって意味づけられた「易」。いわゆる「伝統的な解釈」。

「升、師に会う」では64卦中でひとつ、「自分の大成卦」というのを決めておくいいですよ、というようなお話をさせていただきました。
今回も「自分の大成卦」のお話をさせていただきます。

でも、ぼくの大成卦ではありません。

   ☆

まずは、誤占例から。

あるお店で懇意にさせていただいている方がいまして(ぼくもその人も飲み助です)、渡したいものがあったのですが、そういうお店ですから、今日行って会えるかどうかわからない。
で、占ってみたというわけです。

占的は、

「今日そのお店に行って、その人に渡したいものを渡せるか」

です。

単純でしょ。

得られたの山沢損の三爻。

伏卦(之卦)は、大蓄になります。

sontotaichiku

【損の大蓄に之く】

卦辞をみてみます。

「誠ありおおいによし。とがめられることなし。ただしくあれ。進んでことをなしてよし。なにをもちいるか。質素な竹皿二つ。(拙作ハンドブックより)」


これから飲みにいくつもりです。


「質素な竹皿」がひっかかるけど……


まあいいか。


三爻の爻辞は、


「三人でいけば一人減る。一人でゆけば友を得る。」


一人で行きます。


「友を得る」。


だから、会えるってことでいいかな。


卦象をみても、三は二の陽爻に乗っているし、上爻とも応じてる。


イキオイのあるときです。

noriou

【三に乗り、上に応じる】

伏卦の「大蓄」は、それまでしばらく会えなかったので、その時間の長さをあらわしているのだろうと判断しました。


損は欠損につながる(下卦の兌も欠けたものをあらわす)のが、ちょっと気になりましたが山沢損は地天泰の三爻にあった陽爻が上爻に移動したともとれ(交代生卦)、陽爻を上爻位に献上したカタチとみました。


つまり、渡したいものをその人に渡せるだろう、と。

koutai

【損は泰の交代生卦】


うん、会える会える。


さあいこう、飲みにいこう。


まあなんていうんですか、

サケノミの日常占なんてこんなもんです。

誤占例ですから、その人には会えませんでした。

渡したいものは、お店の人に預けてきましたが。


その後、事情があってその人とはしばらく会えませんでした。伏卦大蓄が、「大いに待たされる」で、之く卦、なりゆき、文字通り「之卦」だったわけです。


   ☆


で、「自分の大成卦」の話です。


その、会いたかった人も易をやるのですが、その人が


「おれの卦は地天泰だあ」


とよく言っていたのを思い出しました。


その人の場合は、自分で自分のことを占うとよく出くわす大成卦だそうで、なんとなくその卦に親しみを感じていたんでしょうね。


へえ、おめでたい卦でいいですねー


なんて、テキトーに相づちを打ったりしてました。


後知恵なのでなんとでも言えるのですが、上の占例では、せっかく得卦、損が泰の交代生卦だということまで気づいたのですから、もう一歩ふみこんで、


「泰(その人)が損(欠損)していて不在、しばらく会えない(大蓄)。」


と、カタチ(象)だけで観れば、さっと読めてバッチリだったわけです。


とにかく早く渡したいという気持ちのバイアスがかかり、これから飲みにいくってんで、浮ついた気持ちで占った結果の誤占。


乗や応、卦爻辞の判断もすべてそのようなバイアスのもとで行われた……と考えるべきでしょう。


そんな反省もふまえて、「自分の大成卦」というものが占断のキーポイントになることもあるんだなあ、という例でした。


ではまた。

卜か。命か。」では、「ひとつの大成卦を一人の人間として観たててみる」ことが、自分とはいったいなんなのか、という究極の問いに対する回答になるのではないだろうか、と、そんなお話をさせていただいた。

自分というひとりの人間に、ひとつの大成卦が対応する。

その大成卦をどうやって読み解くかは、いくつかやり方がある。

● 普通に占うのと同じように意味解釈する。

● 「占って得られた卦。それだけ観てればいいの?
で紹介した、易システムにおけるさまざまな地図上でその大成卦の位置を確認する。

などなど。

では、こんなのはどうだろう。

「大成卦の構造を正八面体と対応づけて読み解いてみる」

   ☆

「正八面体」が出てきたわけは……

正八面体の頂点の数6と、大成卦をつくる爻の数6が、なんとなく呼応しているようにみえたからである。

「なんとなく」である。

6に関係する立体・図形はもちろん他にもある(*1)ので、大成卦に対応した立体に正八面体を選んだのは必然ではない。

そのように観たてたらどうなるかといった話。

その程度のことだ。

つまりは恣意的なことであり、空想・夢想に近い。

   ☆

夢想と言えば、だいぶ前になるが、友人らとともにピラミッドを見る夢をみた。

夢でぼくは、何人かの友人とトレッキングをしている。

その途中、灰色のピラミッドがある所に出る。
ピラミッドの地上部分には入り口があって、その入り口の上には「眼」の模様が描かれている。
入り口から下へ暗い階段が続いていて、記憶ははっきりしないが、倉庫のような、博物館だか美術館のようだった。
地上に見えているのは一部分だけで、本体はほとんど地下に埋まっているいうことが、夢の中では、ただなんとなく、わかっていた。

この夢のイメージは、「風と羅針盤」の中で紹介したマンダラのもとになった。

ピラミッド

日記を見ると2008年の12月に見た夢で、「易の基本原理は何か?」という問いに対する孵化夢(*2)というメモがある。


ピラミッドの実体はエネルギー的には正八面体様のカタチをしていて、地上に見えているのは正八面体の上半分の四角錐だという話を、何かの本で読んだ記憶がある。


つまり、下半分はまるまる隠れているわけだ。


何の本だったかは忘れた。

どなたかのチャネリング・マテリアルだったような気がする。


   ☆


正八面体の八は八卦を連想させる。

いつも使っている立筮用のサイコロは正八面体だ。

各面を構成する正三角形は、三、「天人地」に対応する。


いろいろなことを想いながら……

正八面体の頂点と大成卦の各爻の対応を、たとえばこんなふうに夢想してみた。

マスターエイト

【正八面体と大成卦(大成卦の例は「85:地風升」)】

「初」から「上」へ。生命の木の階をジグザグにかけのぼる創造の衝動。


この衝動は元来、「空」の中の、他の無数にある衝動のうちのひとつだった。


かすかなきっかけが指数関数的に拡大されて、「易は逆数なり」の原則にしたがって、稲妻のように初爻から上爻へと駆け抜けてゆくのである。

卑近な例だが、我先にと空いた座席へと突進する朝の列車の乗客たちのようだ。

そうでもあるし、あるいは……

必死に卵子に到達しようとする、無数の命の片割れのうちのひとつ……かもしれない。

宇宙が宇宙を自分で確認しようとするプロセスは、たった今はじまったばかりのようでもあるし、無始無終の中で不断にくりかえされているようでもある。

おそらくその両方なのだろう。

さて、お話はここから始まるのだが……


長くなりそうなので、今回はこのへんで。


----------


*1
たとえば、小野満麿(トーラス)さんの論考では正四面体の辺(6本)に対応づけられている。また、銀河ツールの「コドンの立方体では各面(6面)に、大成卦の6つの爻が対応づけられている。

*2

孵化夢:特定の問いに対して回答として得られた夢のこと。「夢とともに生きる」参照。



「MAP13」ってなによ。
タイトルからしてよくわかりません。

   ☆

MAP13は「易システム」の「地図」のうちのひとつです。
このたび、新しく作りました。
キングジムが運営する電子書籍公開サイト、wookにて、電子版の公開をはじめました。

→こちら

   ☆

「易システム」というのは、中国の古典である占術書「易経」を筆者が独自解釈、拡張した世界観のモデルです。

「地図」は、64パターンある易のシンボル、易卦の地図ですから、任意の易卦と他の63卦の位置関係をあらわした図、ということになります。

MAP13は十二消息卦を基本として、十二消息卦の12段階に「原点」ともいえるゼロポイントという転換点を加え、13段階にしたものです。

ゼロポイントをのぞく各12段階には「五次元卦」「六次元卦」という名称で、さらにふたつの特定の易卦を対応させてあります。

十二消息卦の12段階が日常的な世界(四次元時空)で起こる出来事に対応し、「五次元卦」「六次元卦」はその背後で働く精妙な諸力という位置づけです。

実用的には、上述の枠組みを使って実際の占断の参考にしていただければ、ということになります。
MAP13は、なにをおいても、まずは占断ツールなのです。

   ☆

ここまでは「MAP13」前半のお話で、後半は地図自体の成り立ちの説明になっています。

十二消息卦があって、その各々の十二段階の背後に特定の易卦が二つづつ、さらに対応づけられています。

なぜ、その対応になったか。
その対応の意味はなにか。

地図を作る者は、やっぱり、そういうことを曲がりなりにも説明しておく必要があるのではないでしょうか。
それを説明しておけば、あとはユーザーが自由に応用できます。

「説明」といっても到底、論理的なものでもなければ合理的なものでもありません。
悪く言えば、ぶっちゃけ、恣意的なイメージの展開です。
それでもそこにはそれなりの筋道はある。
その道程を説明させてもらっています。

   ☆

【MAP13の、もっとも実用になる部分。十二消息卦(一番内側の黒い色の易卦)と、その外側にチャージされた五次元卦(グレーの易卦)、六次元卦(白ヌキの易卦)】

え、残りの卦はどこにいったの?

詳しくは「MAP13」を読んでみてください!

【MAP13全体イメージ】

   ☆

最後に大事なこと。

*********************************************
MAP13(電子版)は無料です。
*********************************************

よろしくお願いいたします。

まだ作っていなし、いくらになるかわかりませんが、
紙の本がご入用の方は、

oyanokao@gmail.com(半角で)

までご相談ください。

よろしくお願いいたします。

占って得られた卦。それだけ観てればいいの?」の記事では、やや自己嫌悪的な感じで書きっ放しになってしまった。
だけど、その感じは、「占う」ということは結局のところどういうことなんだろうか、ということをもう一度考え直すきっかけになった。

   ☆

易システムは、問いとそれに対する回答から成り立っている。

問い(悩み)を抱えた相談者がいる。

占者が卦をたてて、それに対する回答・提案・アドバイスを与える。
もし適切な回答が得られて、それが相談者の役に立てば、それはそれで占者にとっては気持ちのいいことだし、一定の満足感もある。
相談者と占者が一致しているケースである一人占いの場合も同じことだ。

では、ただ単にそれをくり返していくことが、「占う」ということのすべてなのか。

なんかちがう。

それじゃたぶん、いつまでたってもなにもみえてこない気もする。

いったいなんのために「占う」のだろうか。

よりよく生きるため?

では、ぼくたちはなんのために生きているのか。

まさか、問いと答え、ひたすらそれだけをくりかえすためにだけ生きているわけでもあるまい。

だいたい、「よりよく生きる」の「よく」ってのはどういうことなんだ。

一過性の問い、そして一過性の答えは無数にある。

しかし、つまるところ、あらゆる問いはひとつの問いに集約されるのではなかろうか。

「私(人間)っていったいなんなの」

まずはそれがわからなければ、「生きる」意味も、「よい」の意味もでてこない。

易システムを使用する際の「問い」には原則、制限はない。

ということは、先の問い、「私(人間)っていったいなんなの」をシステムに放り込んでもよい、ということになるのではないだろうか。

そうして、システムの回答としてあるひとつの大成卦が得られたとしよう。

この大成卦を、あなたという一人の人間として観たててみる。

「私(人間)っていったいなんなの」という問いの回答としては、当然そういう読みになるだろう。

システムの回答パターンとしては64通りある。

そのうちのどれが、あなたの、「私(人間)っていったいなんなの」という問いの回答にあてはまるのか。

それを決めるやり方の例を「易システムハンドブック」で提示させていただいたが、選ばれたひとつの大成卦は、テンプレートにおける、ODという卦にあたる。

一生に、ひとつ問い。
一生に、ひとつの回答。

すべての問いとすべての回答を包含する、「問い」を発し、「回答」を得る。
これが「占う」とうことの究極的な意味ではないだろうか。

   ☆

占術には命、卜、相、とある。

易は原則、そのうちの「卜」にあたる。

「卜」は比較的スパンの短い問いに対して有効であって、瞬間瞬間における決断を補佐するような、日常生活の一断面をとらえる。
どちらかといえば微分(刹那)的な占術である。

一生の「問い」と「回答」ということになると、それは当然、積分、「命」の領分ということになる。

「相」の方は勉強不足でよくわかっていないが、どちらかというと「命」に近いと思う。「卜」ほど刹那的ではないだろう。

易システムは、筆者独自の解釈による「易」である。

そこではシステム構造の構築という名目で、問いをその根源に向かってたどることによって、いつの間にか「卜」の分野にあった易が「命」の領分に入り込まざるをえなくなってしまった。

いまから占星術や推命や算命のような命占を勉強するにはちょっと手遅れ。

守備範囲を逸脱しているように観えるのは「易システム」のハナシで、そこは、伝統的な「卜」としての易とは切り離して考えてください、ということで勘弁してもらおう。

東洋的(中国)な占術にかぎっていえば、易は、命・卜・相、いずれの領分においてもその基盤に関与しているので、その応用は「卜」に限らなくてもいいのではないだろうか。そんな気もする。

少々いいわけじみているかもしれないが。

さて、「あなたの易卦(OD)」は64卦中のいったいどれだろうか。そして、「私(人間)っていったいなんなのだろうか」。

   ☆

「大成卦と正八面体」というテーマを設けてみた。
新しいお話をここから始めてみたい。

某ジャングル(*1)で、古本を買いました。

どうしても読みたかった本でしたが、すでに絶版。
そんなわけで、ジャングルの中ではどこを見回しても、法外な価格が設定されています。
財布は痛むけど、読まなきゃいけないものは(*2)、仕方ない。

だいぶ迷いましたが、Aという出品者に発注をかけました。

その後その出品者の、ユーザによる評価を見まして、ちょっと気になることがありました。
総体的に評価が低いこともあるんですが、コメントに「実際にブツがないのに出品している」という書き込みが何件か。

うーん、どういうことだろう。

好意的に解釈すれば、なんらかの理由で出品リストのメンテが追いついていなくて、売れてしまった……けど、出品リストからは削除できていないモノに発注がかかってしまった場合は、重複注文などのテキトーな理由で発送をキャンセルしているのかも。
まあ、もちろん商売のやり方としてはほめられたことではありませんが。

あんまり、よくないな。

ということで、Aについてはこちらから発注をキャンセルして、今度はユーザの評価も参照しながら、Bという出品者に発注をかけます。

Aの出品者には悪かったけれど、決して安い買い物ではないので、大事をとって。

占ってみます。

占的は、「所望の本はちゃんと入手できるか」。

もちろん入手できなきゃ困るんですが、「ちゃんと」ってとこがポイントです。

キャンセルしてしまった後でしたが、気になったので、Aにたのんだ場合と、Bに頼んだ場合で分占してみました。
結果は、以下のとおりです。

Aの場合=「離の噬ゴウ(*3)に之く」
Bの場合=「升の師に之く」

分占例

【分占例】

卦爻辞をみてみます。

離の卦辞=「ただしくあれば、路はひらける。雌牛のような柔順さがあればよい。(拙作ハンドブックより)」
離の三爻=「日は沈みかけている。粗末な楽器をたたいてもだれも歌わないのであれば、そこには老いのなげきしかない(同上)。」

卦辞は悪くありませんが、爻辞はあまりよくない。「笛吹けど踊らず」ってやつ。

三爻、上爻ともに陽で応じていませんし、すぐ上の四爻も陽で行く手をはばんでいる感じ。

不応


伏卦の噬ゴウは、口の中に障害物があるカタチです。

もう少し連想を働かせて、上下卦の離を書簡=メールと観て、メールの行ったり来たりで……
やっぱりモノはなくてキャンセルされることになったのかもしれません。

一方、Bに頼んだ場合の(といってももう頼んでしまったのだけれども)、「升の師に之く」は、これは、卦爻辞を観る前に、『あ、やっぱりここでいいんだ』と反射的に判断。

なんでそう思ったかというと、ちょっと変則的な判断になってしまいますが、まず、「升」というのが自分の卦だったからです。

自分の卦。

「自分の卦」ってなんだい、ということですが、要するに自分(占者)をあらわす大成卦です。易システムにおける自分の分身ですね。

単純に自分が好きな卦でもいいし、自分にぴったりだと感じる卦でもいい。

あるいはまた、長いこと易をやっていると、他の卦よりも頻繁に出くわす卦というのがあって、その卦にしてもいい(*4)。

自分にとって特別なつながりがあると思える卦です。一回決めたら、変えない方がいいでしょう。

ぼくの場合は銀河ツールとの絡みで、この「升」=自分の卦ということにしてあったのでした。

「升の師に之く」。

升である自分が、師=師匠に出会う。

ぼくにとって、よい本いうのは師、師匠みたいなものですから、「升の師に之く」は、本は入手できますよ、ということと、その本の内容はぼくにとってよい導きになるでしょうという、二重の回答をよこしている、と観たわけです。

レガシー(*5)ではもちろん「師」は師匠ではなく、師団、軍隊の意味ですが、ここも直観を優先して変則的判断をしました。

判断は決まったようなものですが、いちおう卦爻辞も観てみます。

升の卦辞=「おおいに路はひらけ、大人物に会う。悩むことはない。南にいくとよい(拙作ハンドブックより)。」

お、いいじゃない。
大人物=師=本と観てもいい。

升の三爻=「人のいない村に昇る(同上)。」

正直いって、これは、よくわかりませんでした。

が……

ひょっとしたら、これもAの出品者のことをいっているのかもしれません。観てるのはBの出品者についてたてた卦なんですがね。

升と師を見比べてみると、升では二つあった陽爻(二、三)が、師では一つ(二)になっています。

ふたつあった候補がひとつ落ちている、あるいはふたつがひとつにしぼられた……と観ることはできないでしょうか。

落ちたのは「人のいない村」、升の三の陽爻です。

択一


ちなみに、離(A)も升(B)も爻変は三爻。
三という爻位は、上下卦の間のギャップを超える手前、まだことがなされる手前です。

その後、時間とともにギャップを超え、ことはなされて、新品同様の本が無事、ぼくの手元に届きました。

めでたし、めでたし。

-------------------
*1 「某ジャングル」
アマゾンのこと。NHKラジオのカジュアルな番組で、アナウンサーがこんな表現をしていました。
おもしろいなあ、と思ったけど……
ひょっとして定番のいい方なのかな。

*2 「読まなきゃいけない」
ぼくの場合は、読書は楽しみというより、苦行とまではいわないけれど、なんかその、必死というか、半ば強迫的なイキオイで読んでいるようなところもあります。

*3 「ゴウ」
火雷噬ゴウ。「ゴウ」の字はシフトJISにはありません。
画像を参照してください(UTF-8エンコードで出力したものを画面キャプチャ)。

*4 「自分の卦」
どうやって決めるかというルールはないんですが、たとえば、のやり方を「易システムハンドブック」中で提示させていただきました。「魂のテンプレート」の「OD」という記号で示される大成卦がそれ。ここでいう「自分の卦」です。

*5 「レガシー」
「易システム」以前の、「易経」やその周辺ドキュメント、慣習的解釈によって意味づけられた「易」。いわゆる「伝統的な解釈」。