「刹那的」というコトバがある。
仏教用語と聞く。
いい意味で使われない場合もある。
「その場限り」とか、
「キエモノ」とか。
実際は、過去は思い出の中にあって、未来は不安や期待、もしくは想像の中にあって、過去も未来も実際には存在していない……らしい。
言い換えると、実在しているのは「刹那」のみで、来歴とか過程とか、おれ、これからどうなっちまうんだろう……的、そういう「刹那の連なり」というのは、フェイクだという。
記憶やこうありたいという思い、自分という概念は、この「連なり」を骨組みにして成り立つ。
キエモノなのは「刹那」ではなく、その「連なり」という構造の方……らしい。
☆
MAP13はぼくが勝手に組み上げた、
多面体の複合構造である。
これこそ、「キエモノ」の最たるもので、構造体の各頂点に大成卦を配し、大成卦どうしの関係を考えようとした地図だ。
こんなカッコウをしている。
【MAP13全図】
天秤のようにもみえる。
天秤の両皿にはベクトル平衡体(立方八面体)がある。全体の形も両皿と相似なベクトル平衡体だ。
両皿にあたるベクトル平衡体の真ん中の水平断面、それぞれの正六角形をつないだ∞形の平面を形作る線が、ぼくらが普段意識している日常世界だという想定である。
ここに十二消息卦を配した。
MAP13を占断に使う場合はその面が主役になる。
【∞形面に配された十二消息卦と、同じ頂点にオーバーチャージされたその他の卦】
ある時、MAP13を上から見下ろした図が、マンダラになることに気づいた。
ちょっとだけ、時間をかけて描き起してみた。
三重円は、一番大きなベクトル平衡体を骨格とする、トーラスの外郭である。
トーラスは径の異なる円の無限の積み重ね。
無限のレイヤ。
無限階層の意識。
代表選手をとりあえず三つだけ描き込んだ。
ベクトル平衡体はトーラスの骨格である。
中央の六芒星は上下に空いたトーラスのヘソの骨格だ。
全体の説明は、たとえば、こんなもの。
マンダラはブルーの海に浮いている。
主役はこのブルーである。
ていうか、そもそもこれしかない。
これが、「刹那」。
浮いている様に見えるマンダラはこの「刹那」の海からたちあがった仮想構造なのである。
この「刹那」は絵の説明では「基盤」と記されている。
この「基盤」以外、どこをさがしても、自分はない。
え、じゃあ、この「基盤」が自分ってことなんだ?
それもちがう。
自分はどこにもない……らしい。
☆
ほんとうにそうなのか?
じっくり内省してみる必要がある。
その自分てえのは、マンダラをこっち側で見ている誰かさんかね?
それも仮定である。
いったいこの「てめえ」はどこにいるんでえ。
やっぱりいないのかなあ。
どこにも。



