升、師に会う | ぼくは占い師じゃない

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易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

某ジャングル(*1)で、古本を買いました。

どうしても読みたかった本でしたが、すでに絶版。
そんなわけで、ジャングルの中ではどこを見回しても、法外な価格が設定されています。
財布は痛むけど、読まなきゃいけないものは(*2)、仕方ない。

だいぶ迷いましたが、Aという出品者に発注をかけました。

その後その出品者の、ユーザによる評価を見まして、ちょっと気になることがありました。
総体的に評価が低いこともあるんですが、コメントに「実際にブツがないのに出品している」という書き込みが何件か。

うーん、どういうことだろう。

好意的に解釈すれば、なんらかの理由で出品リストのメンテが追いついていなくて、売れてしまった……けど、出品リストからは削除できていないモノに発注がかかってしまった場合は、重複注文などのテキトーな理由で発送をキャンセルしているのかも。
まあ、もちろん商売のやり方としてはほめられたことではありませんが。

あんまり、よくないな。

ということで、Aについてはこちらから発注をキャンセルして、今度はユーザの評価も参照しながら、Bという出品者に発注をかけます。

Aの出品者には悪かったけれど、決して安い買い物ではないので、大事をとって。

占ってみます。

占的は、「所望の本はちゃんと入手できるか」。

もちろん入手できなきゃ困るんですが、「ちゃんと」ってとこがポイントです。

キャンセルしてしまった後でしたが、気になったので、Aにたのんだ場合と、Bに頼んだ場合で分占してみました。
結果は、以下のとおりです。

Aの場合=「離の噬ゴウ(*3)に之く」
Bの場合=「升の師に之く」

分占例

【分占例】

卦爻辞をみてみます。

離の卦辞=「ただしくあれば、路はひらける。雌牛のような柔順さがあればよい。(拙作ハンドブックより)」
離の三爻=「日は沈みかけている。粗末な楽器をたたいてもだれも歌わないのであれば、そこには老いのなげきしかない(同上)。」

卦辞は悪くありませんが、爻辞はあまりよくない。「笛吹けど踊らず」ってやつ。

三爻、上爻ともに陽で応じていませんし、すぐ上の四爻も陽で行く手をはばんでいる感じ。

不応


伏卦の噬ゴウは、口の中に障害物があるカタチです。

もう少し連想を働かせて、上下卦の離を書簡=メールと観て、メールの行ったり来たりで……
やっぱりモノはなくてキャンセルされることになったのかもしれません。

一方、Bに頼んだ場合の(といってももう頼んでしまったのだけれども)、「升の師に之く」は、これは、卦爻辞を観る前に、『あ、やっぱりここでいいんだ』と反射的に判断。

なんでそう思ったかというと、ちょっと変則的な判断になってしまいますが、まず、「升」というのが自分の卦だったからです。

自分の卦。

「自分の卦」ってなんだい、ということですが、要するに自分(占者)をあらわす大成卦です。易システムにおける自分の分身ですね。

単純に自分が好きな卦でもいいし、自分にぴったりだと感じる卦でもいい。

あるいはまた、長いこと易をやっていると、他の卦よりも頻繁に出くわす卦というのがあって、その卦にしてもいい(*4)。

自分にとって特別なつながりがあると思える卦です。一回決めたら、変えない方がいいでしょう。

ぼくの場合は銀河ツールとの絡みで、この「升」=自分の卦ということにしてあったのでした。

「升の師に之く」。

升である自分が、師=師匠に出会う。

ぼくにとって、よい本いうのは師、師匠みたいなものですから、「升の師に之く」は、本は入手できますよ、ということと、その本の内容はぼくにとってよい導きになるでしょうという、二重の回答をよこしている、と観たわけです。

レガシー(*5)ではもちろん「師」は師匠ではなく、師団、軍隊の意味ですが、ここも直観を優先して変則的判断をしました。

判断は決まったようなものですが、いちおう卦爻辞も観てみます。

升の卦辞=「おおいに路はひらけ、大人物に会う。悩むことはない。南にいくとよい(拙作ハンドブックより)。」

お、いいじゃない。
大人物=師=本と観てもいい。

升の三爻=「人のいない村に昇る(同上)。」

正直いって、これは、よくわかりませんでした。

が……

ひょっとしたら、これもAの出品者のことをいっているのかもしれません。観てるのはBの出品者についてたてた卦なんですがね。

升と師を見比べてみると、升では二つあった陽爻(二、三)が、師では一つ(二)になっています。

ふたつあった候補がひとつ落ちている、あるいはふたつがひとつにしぼられた……と観ることはできないでしょうか。

落ちたのは「人のいない村」、升の三の陽爻です。

択一


ちなみに、離(A)も升(B)も爻変は三爻。
三という爻位は、上下卦の間のギャップを超える手前、まだことがなされる手前です。

その後、時間とともにギャップを超え、ことはなされて、新品同様の本が無事、ぼくの手元に届きました。

めでたし、めでたし。

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*1 「某ジャングル」
アマゾンのこと。NHKラジオのカジュアルな番組で、アナウンサーがこんな表現をしていました。
おもしろいなあ、と思ったけど……
ひょっとして定番のいい方なのかな。

*2 「読まなきゃいけない」
ぼくの場合は、読書は楽しみというより、苦行とまではいわないけれど、なんかその、必死というか、半ば強迫的なイキオイで読んでいるようなところもあります。

*3 「ゴウ」
火雷噬ゴウ。「ゴウ」の字はシフトJISにはありません。
画像を参照してください(UTF-8エンコードで出力したものを画面キャプチャ)。

*4 「自分の卦」
どうやって決めるかというルールはないんですが、たとえば、のやり方を「易システムハンドブック」中で提示させていただきました。「魂のテンプレート」の「OD」という記号で示される大成卦がそれ。ここでいう「自分の卦」です。

*5 「レガシー」
「易システム」以前の、「易経」やその周辺ドキュメント、慣習的解釈によって意味づけられた「易」。いわゆる「伝統的な解釈」。