【前回のあらすじ】


土方が入院したその日、再び相沢と再会した主人公は、相沢も同じ病院に入院していたことを知り。相沢の見舞いに来ていた愛美から、相沢の過去を聞くこととなった。一方、沖田は、訪れた裕樹と涼子に藍田理紗を紹介し、涼子と藍田にも麻奈の存在を明かした。


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【Toshi Hijikata】 #26


「来てくれてありがとう」


相沢さんは、私と土方さんを交互に見ながら嬉しそうに微笑んだ。



あれから、愛美さんを土方さんの元へ案内し、しばらく共に過ごした後。相沢さんの待つ病室へ向かうという彼女の案内の元、勝手ながら私達も同行させて貰っていた。


そんな私達の訪問に、少し呆気に取られていた相沢さんだったが、すぐに満面の笑顔で迎え入れてくれたのだった。


「先に見舞って貰っちゃったな」


下がっていたリクライニングベッドの背を上げようとする相沢さんを補助しながら、愛美さんが楽しげに言う。


「さっき、○○さんと会ってね。土方さんのことを聞いて、先にお見舞いに行って来ちゃった」

「そうか。お互いに無理をし過ぎてしまったようだね」

「そうですね」


愛美さんに笑顔で頷き、続いて土方さんを見つめながら言う相沢さんに、土方さんは薄らと笑みを浮かべ答えた。次いで、それぞれが椅子に腰かけると相沢さんは少し真面目な表情で話し始める。


手術を経験するのは初めてらしく、大したことはないと思っていたらしいのだが、明日に控えた今、その胸中を語ってくれた。


「正直、不安なところもあるけど。上手くすれば3時間くらいで終るらしい」

「3時間も…」


思わずそう呟いた私に、相沢さんの柔和な視線が向けられる。


「でも大丈夫。死にはしないから」

「あ、当たり前です…」


相沢さんの口車にまた乗っかるような形で返答している自分に気づき、ふくれっ面を返す私を見て相沢さんはまた悪戯っぽい笑みを浮かべた。


と、その時、ふと愛美さんと目が合い、先程の言葉を思い出す。



『出来たら、土方さんが退院しても…佑哉さんのお見舞い、してあげてくれませんか?』

『…そのつもりだったけど。それって、どういうことかな?』

『じつは…』



なおも躊躇いながら話してくれた愛美さんの、少し哀しげな瞳を見つめたまま。私は、その内容に驚きながらも、最後は快く頷いていた。


「あの、それで…」

「ん?」

「手術は何時から始まるんですか?」


私からの問いかけに答え、「立ち会ってくれるのかい?」と、おどけたような微笑みを見せる相沢さんに私は、最初から付き添うことは出来ないけれど、仕事が終わったらすぐに駆けつけると約束した。


「え?」


今度は、相沢さんの驚愕したような視線が土方さんへと向けられ。その視線を受け止め、すぐに逸らした土方さんの表情がみるみる険しいものへと変わっていくのを感じながらも、私は構わず素直な気持ちを伝える。


「私は何も出来ませんけど、必ず駆けつけますから…頑張って下さいね」

「…あ、ありがとう」


ぎこちなく微笑む相沢さんに小さく頷いて、何気なく腕時計を見やると面会時間が終る30分前だったことに気付き。改めてまた会いに来ることを告げ、愛美さんと土方さんと共に部屋を後にした。




「…ありがとう、○○さん」

「ううん。こちらこそ、教えてくれてありがとう」


少しはにかんだような笑顔の愛美さんに微笑み返すと、ずっと口を噤んでいた土方さんがぽつりと呟いた。


「…お前ら、何か俺に隠していることがあるだろ」

「隠し事なんてしてませんよ!ただ、話す暇が無かっただけで…」


言い終える前に歩き始める土方さんを横目に、苦笑する愛美さんと肩を竦め合い、足早に歩いて行ってしまう土方さんの背中を二人で追い掛ける。


(先に話しておいたほうが良かったかな…)


エレベーター前までやって来ると愛美さんは、何かを思い出したような表情を浮かべ、手にしていたスマートフォンを指でスクロールし始めた。


「そういえば、私まだ○○さんの連絡先を聞いてなかった。教えて貰ってもいいですか?」

「勿論!」


お互いに向き合いながら赤外線を利用して交換し合う。そして、また何かあった時は連絡すると言う愛美さんに明るく頷いて、彼女に見送られながらエレベーターに乗り込んだ。


次いで、ボタンを押して間もなく。閉まったドアを見つめたままの、不機嫌そうな土方さんの横顔を見上げ、すぐに視線を逸らす。


(怒ってる…確実に…)


やがて、辿り着いた階でエレベーターを降りた後。私は愛美さんから伝えられたままに、土方さんにこれまでのことを余すことなく伝えた。こんな私でも、お世話になった相沢さんの為に何か出来るのではないかと、烏滸がましくもそう思ったことを。


すると、土方さんは一瞬、やんわりと瞬きをした。


「…事情は分かった」


気が付けば部屋の前まで来ていて、中へ入りドアが閉まった途端、背後からそっと抱きすくめられると同時に、耳元を擽る土方さんの吐息に肩を震わせた。


「そういうことなら、仕方がないな」

「あ、でも私には相沢さんの彼女の代わりなんて無理だし…」

「当たり前だ」


怒りを堪えるような低い声に思わず身を竦めるも、続いて囁かれた言葉に一瞬、心臓が大きく跳ねる。それは、なかなか聞くことが出来ないあろう一言で。完全に、相沢さんに対して焼きもちを妬いてくれているのだと確信した私は、甘えるように土方さんの腕に両手を添えた。


(…嬉しいなぁ。)


そう思った途端、ゆっくりと近づいていた端整な顔を見つめた。刹那、


(…っ…)


そっと落とされる優しいキス。

久しぶりの感触と、温もりに身も心も癒されてゆき。


「んっ…」


唇を塞がれたままベッドに背を預けてすぐ、改めてここが病院であることを意識して羞恥心でいっぱいになる中。微かに離れゆく唇から、もっと恥ずかしくなるような言葉を囁かれて余計に赤面してしまう。


「な、何を言ってるんですか…」

「図星か」

「もぉー。なんでそういうこと言うかなぁ」


真っ赤になっているだろう私の目前、土方さんは鼻で笑いながらゆっくりと上体を起こし、同様に起き上がる私の乱れた後ろ髪を優しく梳いてくれる。


「もうそろそろ時間だな」

「ですね…」


ふと、土方さんの瞳が柔和に細められるのを目にして、再び土方さんの首に両腕を回し、温もりを貰って病室を後にした。



エレベーター前。ボタンを押して待つ間も、思い出してしまうのは…



『当たり前だ。誰がさせるか、んなこと…』



私を抱きしめながら呟いたこの一言に、土方さんの、“たとえ誰であっても、どんな状況であっても譲ることは出来ない。”と、いう想いが込められているような気がした。


仕事優先の職人気質なところがあって、負けず嫌いで、頑固で。あまり本心を表に現さない人だけれど、ふとした瞬間、優しい眼差しを浮かべながらストレートに想いを伝えてくれる。



『…キスだけじゃ物足りないって顔だな』



(…っ……)


たまに、さっきみたいなストレート過ぎる一言にどぎまぎしてしまうこともあるけれど、私はそんな土方さんが大好きで、ずっとずっと一緒にいたいと素直に思う。


「ぬぁんてね…」


思わずほくそ笑んだ瞬間、いつの間にか隣にいた女の子の、呆気に取られたような視線と目が合い。


「あ…」


5才くらいだろうか、お母さんらしき人と手を繋いでいて、不思議そうな顔で何度か私を見上げて来る。


「あはは…」


やがて、やってきたエレベーターに乗って1階で降りた私は、まだ乗ったままの女の子に小さく手を振ってドアが閉まるのを見届けた。次いで、玄関へと歩き始めて間もなく…


(あれは…)


前方に相沢さんの姿を見とめ、少し速足で歩み寄ると相沢さんは一瞬、びっくりしたような表情をした後、すぐに満面の笑みを浮かべ言った。


「今、愛美ちゃんを見送ったところだったんだ」

「愛美さんを…」


相沢さんの視線の先、遠くに愛美さんの後ろ姿を確認する。次いで、私を見つめながら、「忙しいのにありがとう」と、言う相沢さんに、私は首を横に振った。


「いえ、私の方こそ勝手に…ご迷惑だったんじゃないかなって…」

「迷惑どころか、とても嬉しかったよ」


間髪入れずに言う相沢さんの、柔和な微笑みを目にして、安心すると同時に嬉しく思った。そして、明日のことを確認しようとして言葉を遮られる。


「でも、明日は無理しなくていいからね」

「え?」


少し戸惑いの目を相沢さんに向けると、相沢さんは溜息交じりに呟く。


「どうせ、術後はすぐに目覚めることも出来ないし。そこまでして貰うのは悪い…」

「そんなことないですから…」


今度は私が遮るようにして言うと、相沢さんは一瞬、目を見開いた。


「裕樹くんも言っていたけど、私も相沢さんからいろいろなことを教えて貰えて、ものすごく成長出来たし…何より、自分に自信が持てるようになった」

「………」

「だから、全然気にしないで下さい。私がそうしたいんです」


黙って私の言葉を聞いてくれていた相沢さんの、泣いたような微笑みを見つめる。伏せられていたその瞳が、真っ直ぐに私を見て、


「ありがとう。じゃあ、素直に甘えることにするよ」

「はい」


いつもの笑顔で言う相沢さんに大きく頷く。次いで、また微笑み合って、お別れの挨拶を交わし玄関を後にした。


振りかえれば、未だ微笑んだままの相沢さんがこちらを見ていて、胸元で小さく手を振ると同じように返してくれている。そんなことを2回ほど繰り返し、再び振り返った時にはもう、その姿は無かった。


(あれ、こんなシチュエーション…以前にもあった…)


ふと、思い出す昔の記憶。


あれは、高校2年の夏だった。同じく胃潰瘍で入院することになった父方の祖母のお見舞いに行った時、「見送るよ」と、言って病院の玄関前で手を振ったままの祖母に、私はいつまでも手を振り返していた。


すぐに退院出来るって聞いていたのに、何故かとても寂しくて。このまま、会えなくなってしまうような気がした。


相沢さんだって、祖母と同じように手術が成功して元気になる。玲菜さんの代わりは出来ないけれど、こんな私でも傍にいてあげることは出来る。


別れた後も、玲菜さんの面影を追い続けている相沢さんの一途な想いを知って、私はその想いに少しでも寄り添えたらいいと、思っていた。


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*沖田SIDE*


AM:0:45


全ての客を見送った後、「お疲れ様でした」と、小さく呟きながら他の子たちと一緒に店を後にする藍田さんを送り出した。


明らかに、先ほどの一件を気にしている様子は見てとれるものの、それ以上何を言うことも出来ないまま。


「ふぅ…」


ガランとした店内に独り。

ふと、カウンターで楽しそうにカクテルを作っている麻奈の姿を思い描く。



『ねぇ、総司くん。Angel作ってみたんだけど、味見してくれる?』



悠一さんが好きなAngel kissを上手く作れるようになりたいと、暇さえあれば挑戦していた。やりきれない思いから視線を逸らし、それでも再びカウンターへ戻すと楽しそうに微笑む藍田さんが麻奈に重なる。



『店長、味見して貰えますか?』



「………」


(彼女は麻奈じゃない。)


思わず溜息を零した。刹那、勢い良く開いたドアに驚いて振り返ると走ってきたのか、息を荒げた藍田さんの姿があった。


「店長ぉ…!」

「どうした?!」

「へ、変な人に追われて…」

「えっ!?」


その場に膝をついて塞ぎ込む藍田さんを気にしつつも、急いで外に出て彼女が言っていたような人物を探す。


(どうやら、上手く撒けたようだな…)


何度か確認し、ドアを閉めた後。しゃがみ込み、未だ座り込んだままの藍田さんを気遣うように声を掛けた次の瞬間、胸に飛び込んで来た藍田さんを受け止めた。


「こ、怖かったぁ…」

「もう大丈夫、それらしい奴はいなかったから…」


躊躇いながらもその肩を優しく抱きしめる。それでも、震えたままの彼女の唇からは嗚咽が零れ、時折、鼻をすする音が聞こえてくる。


「とりあえず、そこのソファーへ」


藍田さんの肩を支えながら近くにあるソファーに座らせ、用意した水をテーブルに置き隣に腰掛けた。


「ありがとうございます…」

「いや、少しは落ち着いてきたかな」

「…はい」


こちらの問いかけに小さく頷くと、藍田さんはたどたどしい口調で先ほどまでの一件を話してくれた。


店を出て間もなく、前方から歩いて来る不審な男を確認した藍田さんは、反対側の道を歩くと同時に速足で家へと向かったらしい。けれど、すれ違ったはずの先ほどの男が自分の背後にいたことに気付いてからは、躊躇うことなくこの店を目指したのだそうだ。


「周りに誰もいなかったし、近くにコンビニとかも無くて。今ならまだ店長がいてくれるかなって思って…」

「何事も無くて良かった。というより、独りで帰すべきじゃなかったな」

「…え」


俯きがちだった藍田さんの、少し驚いたような瞳と目が合う。僕は、そんな藍田さんに微笑み、ふと言えずにいた想いも今ならば言えるような気がして、


「少し話したいことがあるんだけれど…」


そう切りだして、また藍田さんの瞳が曇り始めるのを見とめた。


「ほんの少しだけ、付き合って貰えるかな?」

「…はい」


小さく頷く藍田さんを横目に、お互いに肩を並べ同じ方向を向いたまま。僕は改めて、出逢った日から、ずっと藍田さんに麻奈を重ね見ていたことを正直に話した。微笑んだ顔も、柔和な声も、ふとした瞬間見せる表情の全て麻奈に似ていたことを。


「悠一さんとも話していたんだけれど、麻奈が…僕らに会いに来てくれたんだと、錯覚してしまうほどだった…」

「そんなに?」

「外見だけでなく、明るくて朗らかな性格まで似ている」

「そう…なんですね」

「けれど…」


言いながら、また俯く藍田さんの横顔を見つめた。次の瞬間、発せられた言葉に一瞬、息を呑む。


「じゃあ、やっぱり店長が私に優しくてしてくれたのは…私が麻奈さんに似ているから」

「…………」

「ただ、それだけだった?」


確かに、始めはそれ以外の感情は抱いていなかった。けれど、今は違う。優しい温もりに触れ、確実に藍田理紗という女性に惹かれ始めていることに、気付かされた。


短くも長い沈黙。

お互いに視線を逸らしたまま、僕は思い切ってもう一つの想いを口にした。


「最初は、それだけだった」

「………」


藍田さんの、少し不安そうな瞳と目が合う。その眼差しからいったん視線を逸らすも、今度はしっかりと藍田さんを見つめた。


「でも、今は……藍田さんに惹かれ始めている」

「え…」

「その、決して麻奈の代わりとかそういう訳ではなく。何て言うか、一方的に話してしまっているけれど…」


そこまで言って、急に羞恥心に苛まれた。とうとう、本人に伝えてしまったことに対しての、まるで取り返しのつかない失敗をしてしまったような感覚に囚われる。


けれど、そんな心配はすぐに消え去った。俯きがちで不安そうだった藍田さんの表情が、徐々に明るいものへと変わってゆき。


「私も…」

「え…」

「以前も伝えましたけど、店長と初めて会った時からずっと懐かしい感じがしてて。気付いた時にはもう、店長のことを……好きになってた…」


好きになってた。と、いう言葉に一瞬、喜びと不安が綯交ぜになる中。


「………」


ぎこちなく手を伸ばそうとした。その時、袖先を掴まれると同時に、藍田さんの、少し熱を帯びたような瞳が近づくのを感じた。


「どうしようもないくらい惹かれてるのに、麻奈さんの話を聞いてからは、どうしていいか分からなくなって。それでも、店長と出逢わなければ良かったなんて思えなくて…」

「………」

「……ほんとに、私でいいんですか?」


一瞬の躊躇いは否めなかった。

それでも、袖先を掴んだままの藍田さんの手を優しく包み込みながらゆっくりと頷く。


「僕のほうこそ…」


その潤み始めた瞳を受け止め、微笑むと可愛く微笑み返してくれた。





“出逢ってくれてありがとう”



それは、麻奈に伝えたかった言葉であり、藍田さんに伝えなければいけないと思っていた言葉だった。自分勝手な言い分だと思うけれど、麻奈との思い出を大切にしながら、藍田さんとの新たな時間を紡いで行けたらいい。


そう、思っていた。





【終わり】



※途中ではありますが、ここでいったん完結とさせていただきます。