【前回のあらすじ】


同棲生活が始まる中、日曜にも関わらず野暮用で出かける土方を見送り、隣町まで買い出しに出た主人公は、偶然沖田と出会う。そこで、以前から気になっていた疑問を訪ねた結果、初めて知った沖田と裕樹の過去。主人公は、土方の帰りを待ちつつ涼子と裕樹が上手く行くことを心から祈っていた。


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【Toshi Hjikata#12】



PM:7:15


遅めの夕食を食べ終わりリビングで寛ぎながらも、考えることは涼子達のことと土方さんのことで。


連絡が無いという事は、それはそれで何事もなく進んでいるということだから、それにこしたことはないのだけれど…何となく時間を持て余してしまい。


「ふぅ…」


裕樹くんと涼子が上手く行ってくれれば、今はそれが一番。


時計を見つめながら、涼子と裕樹くんの想いを想像して同じようにドキドキと胸を高鳴らせていた。



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AM:0:35


(……ん…?)


ふと、目を覚ますと点いていたテレビが消えていて、上から毛布が掛けられてあった。


「あ…寝ちゃったんだ…」


遠くでは、微かにドライヤーの音が聴こえる。


(土方さん…?)


まだ据わったままの重たい目蓋を擦りながら、ゆっくりと上体を起こしてバスルームへ向かうと、黒のスウェットパンツ姿の土方さんが髪の毛を乾かしていた。


「…起こしてしまったか」

「いえ、お帰りなさい…」


ドライヤーが定位置に置かれて間もなく、腕を引き寄せられ右頬がその逞しい素肌に触れてしまうくらい抱き竦められる。


「…やっぱこれだな」

「え…」


(…っ…)


当たり前のように奪われる唇。


起きたての頭ではついて行けず、ただその優しいキスを受け止めたまま。


「…んっ……」


やがて、指を絡め取られると白い壁に押し付けられるように立たされ、より深い口付けを落とされる。


完全に逃げ場を失った態勢に、ドキドキと胸を高鳴らせる中。絡められていた指をそのままに、熱い唇が上を向かされて露わになっている首筋へと滑り、啄む様にキスを落とされた。


「あ、ちょっ…土方…さ…何か着ないと…風邪引いちゃいます…」

「…………」


土方さんは、まだ乾ききらない髪をそのままに、私を軽々抱き上げると寝室へゆっくり歩き出し。


「……いいか?」

「駄目って言ったら…」

「構わず抱く」

「なら、聞かないで下さい」


苦笑する私を余所に、それでも寝室のベッドに倒されて間もなく、慈しむように私を見つめながら確認を求めて来る土方さんの想いを受けて、つい聞きたいことを後回しに頷いてしまう…。


本当は、沖田さんや涼子達のことを話したかったし、どうしてこんなに遅くなったのかを尋ねたいところだった。


でも、この優しい温もりに包まれていると、それだけで。それ以上のものを強請ったらいけないような気がして、私は求められるままこの身を預けていた。




───翌朝。


AM:6:34


(…まだこんな時間かぁ…)


すぐ傍にある気持ちよさそうな寝顔を見つめながら、規則正しく繰り返される寝息も、長い睫毛も。凛々しい眉毛も、目元にかかった黒髪も…。


全部、私だけのもの。


そんな風に思っていたその時、枕元に置いてあった土方さんの携帯が点滅し始めた。


(…ん?)


バイブレーションも切られていて、点滅だけだったのだけれど、ふと目にした知らない女性の名前に一瞬、胸がトクンッと跳ねた。


(…新谷愛美…って…?もしかしたら、新しい仕事先の人かもしれない。でも、関係者ならこんな朝早くからメールなんてして来ない筈…。)


考えれば考えるほど、マイナス思考になっていく自分がいる。初めて抱く嫉妬心を止められないまま、何となく…


「てっ…」


無意識に土方さんの左頬をつねっていた。


「おはよーございますっ」

「……………」


無言で私を見つめる凛々しい眼が、不機嫌そうに細められる。


「…随分と手荒な起こし方だな」

「寝顔が可愛くてっ…」


心とは裏腹に、笑顔でそう答えるとまたゆっくりと近づく端整な唇を受け止めようとして、間近で逸らしてしまう。


それは、やっぱり…。


「あの、土方さん…」

「どうした?」

「…いえ、」


やっぱり何でもないと、言おうとして今度はしなやかな指先が私の前髪を優しく梳いた。


「言いたいことがあるなら遠慮なく言え」

「いや、本当に何でもないんです…ごめんなさい」


ぎこちない笑顔で微笑むと、土方さんはますます不機嫌そうな顔になり、私の胸元に手を滑らせて言った。


「まだ時間がある…」

「え…やっ、」

「言いたくなるまでこのままだが、どうする?」

「あ…っ…」


同時に耳元で囁かれ、その熱い唇が耳朶を擽る度に体は素直に反応してしまう。


「い、言いますっ!」

「最初から素直にそう言えばいい」


(やっぱり、この人には敵わない…)


そう思いながら、私はさっきのことを素直に話すと、土方さんは呆れたような顔で大きな溜息をついた。


「…そんなことで怒ってたのか」

「そんなことでって…」

「彼女は、今回世話になっているプロデューサーの娘だ」

「プロデューサーの?」


きょとんとする私に、土方さんは携帯を手に取り彼女からのメールに目を通し、「こんな時間にも送ってきやがって…」と、言いながらその画面が見えるようにこちらに向ける。


「ほれ…」


そこには、絵文字や顔文字たっぷりの文章がぎっしりと書かれており、その文章のラストに、「また一緒にディナーしましょう」と、書かれてあった。


「これって…」

「勿論、また行くことになるだろう」

「…ですよね」

「接待の一つだと割り切ってくれ。それに…」


俺を信じて待っていて欲しいと言うと、土方さんは優しい眼で私を見つめた。


こんな格好良くて仕事が出来る人、周りが放っておくわけがない。今でも、どうして私なんかと付き合ってくれているのか疑問に思う時もある。


それでも、いつもはっきりとストレートな気持ちを口にしてくれて、私を安心させてくれる。


「はい…。あ、あと、昨日のお昼過ぎ頃に隣町の商店街付近で沖田さんにばったり会って…」


もう一つ、沖田さんの過去に触れたことを話すと、土方さんは上体だけ起こして薄らと微笑んだ。


「そうか、とうとう聞いたのか」

「はい。まさか、そんな理由があったなんて…吃驚でしたけど…」

「本当に惚れてたみたいだからな」


低く呟かれたその言葉に、一瞬、目を見開いた。


明後日の方向に向けられた視線の先に何を見ているのか、その横顔がとても悲しげだったから。


「結婚の約束もしていたらしい」

「え…」

「そこまでは知らなかったか」

「…はい」


でも、沖田さんは、あんなに想いを寄せられる人はもう二度と現れないのではないかと思うほど、好きだったと言っていた。


それに、裕樹くんも。



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



「土方さん…」

「ん」

「もしもですけど……私が…」

「考えたくもない」

「……っ…」


即答されて思わず息を呑む。


「その逆もだ」


いずれにせよ、今はそんなこと考えられないと、土方さんはまた私に微笑む。


確かに、考えられないし考えたくもない。

でも、沖田さん達が経験したことは決して他人事ではなく、自分たちにも十分あり得ることで。


改めて、二人一緒にいられることに幸せを感じた瞬間だった。



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AM9:30


あれから、一緒に出社して間もなく。またスタジオへと向かう土方さんと裕樹くんを見送って、それとすれ違うように涼子が別件から戻って来た。


「おはよう!」

「おはよう。で、どうだったの?昨夜は…」


自分のデスクでPCを開き、資料を整理し始める彼女の横にぴたりとついて、顔を覗き込む。


「うん、ちゃんと話し合えたよ…」


彼女は、椅子に座り簡潔に語り出した。


裕樹くんよりも早くお店に着いた彼女は、いつものカウンター席で沖田さんと話していたらしい。そして、裕樹くんがやってきてからは、奥の席へと通されて二人だけで話したそうだ。


「どんなことを打ち明けられるのかな…なんて、思っていたんだけどね。想像以上の話に、最初は唖然としちゃった…」


今までは、沖田さんしか知らなかった裕樹くんの過去。


私は沖田さんから、涼子は裕樹くんから直接聞いて、どうにかその想いを受け止めたいと思っていた。



それは、3年前まで遡る。


彼がまだ大学生だった頃、自分から告白してお付き合いをしていた女性がいた。彼女とは、いつも喧嘩ばかりしていたが、お互いに認め合っていたからこそのもので、自然に触れることが大好きだった二人は、土日を利用してよく登山に出かけたりしていた。


そんなある日。


いつものように、万全の準備をして臨んだ登頂だったが、その山は容赦なく二人を危機に曝し。崖に大きく足を取られた次の瞬間、二人は崖下へと転落し…


彼女だけが、帰らぬ人となってしまったのだった。


最愛の人を助けられなかったという、後悔の念に苛まれる日々。


未だ、彼の中からその想いが消えることは無く、またあの頃と同じように涼子を失うことになるかもしれないという想いが、彼の心に待ったをかけている。


「だから私、あいつと富士登山をしようと思ってさ…」

「い、いきなり富士山に?」

「彼女と登る予定だったんだって。何て言うか、一緒に克服したいなって思って…」


少し困ったように微笑う涼子を見つめながら、私も同じように微笑み返す。


「応援してるから頑張ってね」

「ありがと…」


これからも、ゆっくりでいいからお互いに寄り添って生きて行こうと、伝え合った後。二人は、沖田さんのいるカウンターへと場所を移し、明け方近くまで三人で語り合ったらしいのだけど、


その時の様子を楽しそうに話す涼子の笑顔は、今までの中で一番って言って良いくらい素敵で幸せそうだった。





【#13へ続く】



~あとがき~


これで、ようやく彼らの過去を少し描けましたあせるこれから、沖田さんの方にも裕樹くんのほうにもそれぞれ、展開していくうちにもっと具体的に描いていくことになりますがアオキラ


でもって、土方さんのほうにはライバル的女性が汗

仕事を優先しなければいけない立場である土方さん。これからどないなるのか…。


今回も、遊びに来て下さってありがとうございましたラブラブ


うちはもうすっかり完治しましたが、まだまだインフルなどが猛威をふるってますので、皆さまも気を付けて!!