【前回のあらすじ】
相変わらずの三角関係を続ける中、主人公の前に相沢佑哉が現れる。彼は、宣伝部として土方らと共にこの企画の中心核となる人物でもあり、愛美とも面識があった。その相沢のサポートも任された主人公は、愛美との最終局面に立たされようとしていた。
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【Toshi Hijikata】#17
「…土方さんを、」
愛美さんが次の言葉を言いかけたその時、彼女の視線が私の背後に向けられそちらを見やると、違うブースで作業中だったミキサーさんが私達の隣を通り過ぎて行った。
「お疲れ様です」
それぞれが一声掛け合って、再びあの真剣な眼差しに絡め取られ逸らせなくなる。
「土方さんを…」
「…っ…」
「諦めて貰えませんか…」
何となく、そんなふうに言われるんじゃないかと思っていたものの。直接耳にすると、やはり心は穏やかではいられなくなり…
「…それは…」
「図々しいことを言ってるって…自分でも分かってます…」
「愛美さん…」
眉を顰めながら、伏し目がちに呟く愛美さんの瞳が少しずつ潤み始めた。
(これは、演技?それとも…本気?)
心の中でのみ考えてみるも、どっちにしろ土方さんを諦めることなんて出来ないし、私を彼女だと認めてくれている限り離れる理由が無い。
「それは出来ない…かな。土方さんから振られるまでは…」
更に速まる鼓動のせいで、唇が震えてしまう。
(い、言っちゃった…。でも、しっかりきっぱり伝えておかなければ…)
そんな風に思っていた時、俯き加減だった愛美さんの怒っているような、どこか哀しげな瞳と目が合った。
「じゃあ、もしも土方さんがあなたでは無く、私を想うようになったら諦めて頂けますか?」
(なんでそうなるの…)
「もうすでに、そうなりつつあるので…」
「え??そ、それって…」
どういう意味なのかを尋ねようとしたその時、今度は背後からの声に遮られる。
「そんなところで何やってるんだ?」
「…裕樹くんこそ」
「土方さんが、コーヒーよりお茶が良いって言い出したから伝えに来たんだけど…」
「すみません、二人でこれからのことを話していただけです。今すぐ、コーヒーとお茶を淹れますね」
そう言うと愛美さんは、少し心配そうに私達を見やる裕樹くんに微笑み、台所へと向かいコーヒーとお茶を淹れる準備をし始めた。
(確かに、これからのことには違いないけど…)
立ち止まったままの私を気遣ってか、裕樹くんは心配そうな顔で声を掛けてくれる。
「何かあったのか?」
「何も…ないよ」
「…顔色が悪いぞ」
「そ、そう?」
準備を整えている愛美さんを手伝いながらも、ふと考えてしまうのはさっきの愛美さんの言葉だった。
私には、土方さんを諦めることも譲ることも出来ない。でも、彼女の言う通り、土方さんの想いが私より愛美さんにあるのだとしたら、私は…。
今すぐにでも土方さんに確認したい気持ちをぐっと抑え込み、二人と共に出来上がったコーヒーとお茶を試写室へと運んだ。
休憩後、それぞれの仕事に戻り、落ち込む間もなく残された雑務を熟した。それでも、ふと気づけば土方さんのことを考えてしまっている自分がいる。
帰りまで待てないと、思いながらソファーに背凭れた瞬間、肩に柔らかな感触を受けた。
(…ん?)
「凄い凝ってるね…」
「え…」
振り返ると、私の肩を解しながら見下ろす相沢さんの柔和な瞳と目が合う。
「相沢さん…」
「上司にこき使われすぎかな?」
「そ、そんなこと…無いですよ…」
お礼を言うと、相沢さんは私の隣に腰掛けながら大きな溜息をついた。
「しかし、君の上司はこの道のエキスパートだね。さすがとしか言いようがない」
「同感です。あ、何か飲まれます?」
「いや、もうお腹いっぱい」
立ち上がろうとして、また座るように促される。
「それに君も、最初はどこか頼りない印象を受けたけれど、なかなかどうして良い感じに仕事を熟しているじゃないか」
「そんなことは無いです。いつも、土方さんには怒られっぱなしですし…」
「愛されているんだね」
「え?」
意外な言葉が返って来て、思わずきょとんと目を見開いた。それでもなお、相沢さんはあの土方さんの傍で頑張っている私を褒めてくれる。
まだ、土方さんとも私とも初対面のはずなのに相沢さんの意見は的を得ていて、やはり人を見る目が違うと思わされると同時に、不思議な魅力を持った人だと改めて思わされた。
「ところで、一つ聞いてもいいかな」
「何ですか?」
「付き合っている人とかいるの?」
「へっ?!」
突然の問いかけにどう答えていいか分からず、しばらくの沈黙の後。
私は、無言で小さく頷いた。
「そっか、いるのか。彼氏がいないのなら俺が申し込もうと思ってたんだけど」
「はぁ?!わ、私に…ですか?」
「思ったことは、口にしないと気が済まない性質でね。どうやら、一目惚れってやつらしい」
(…一目惚れって。今日会ったばかりなのにそんな唐突な…まぁ、それが一目惚れっていうのかもしれないけれど…)
「ま、いるのなら諦めるしかないけど」
「あ、あの…その…」
優しい瞳を受け止めたまま、呆然とするしか出来ずにいる中。
遠くから愛美さんの声を聞き、そちらを見やるとその隣には当たり前のように土方さんがいて、二人は私達に気付かないまま、ロビーを通り過ぎて行った。
二人を見送ると同時に零れる溜息。
そんな私を見やり、相沢さんが真顔で呟いた。
「…飽きっぽいあの子があそこまで頑張るとは。どうやら今回ばかりは本気のようだ」
「え、」
「もしかして、その彼氏って土方くんだったりする?」
苦笑気味に私を見つめる相沢さんに、精一杯の笑顔を作り頷く。
「ぶっちゃけ…そうだったりします…」
その事はごく一部の同僚しか知らないことを話すと、相沢さんは更に困ったように微笑みながら何故か、愛美さんのことを話し始めた。
愛美さんとは幼い頃からの知り合いで、親戚のような付き合いをしてきたこと。そして、再び真剣な顔つきで語り始めた内容に、思わず唖然とする。
「…お兄様を…」
「ああ、彼女が中学3年の夏。大学1年だった彼と俺は、海の家でバイトをしていたんだが…」
相沢さんは、少し眉を顰めながら悲痛な表情を浮かべた。
ある日の午後。
いつものように、海の家で監視していた愛美さんのお兄さんは、沖の方へ流されていく子供を発見し、すぐに救出に向かうべく海の中へ飛び込んで行ったらしい。
それから無事に救出して岸へと戻ったものの、その後、意識が無くなり帰らぬ人となったのだそうだ。
「もともと、体調が悪かったのに、責任感の強い彼は無我夢中で沖へ向って…」
「…っ…」
「俺が目を離していたほんの一瞬の出来事だった。代わりに俺が向かっていれば、彼は死なずに済んだかもしれない」
「相沢さん…」
俯く相沢さんの顔を覗き込むと、哀しげな瞳と目が合い。私は、ぎこちなく微笑み返した。
「で、その彼に瓜二つなんだよね」
「え…」
「土方くんが。水野くんに紹介されて、初めて目にした時は正直焦ったよ。あまりにも似すぎてて…」
「そ、そうだったんですね…」
「性格まで似てるし、とても仲の良い兄妹だったから。愛美ちゃんが土方くんの傍に居たいという気持ち、分からないでもない」
(…そんなことがあったんだ…)
少し我儘でやり過ぎてしまうところもあるけれど、悪気は無いし、根はとっても良い子なのだと話す相沢さんの笑顔に微笑み返したい気持ちと、愛美さんの真意を知って、改めて抱えた問題と向き合わなければいけない現実に苛まれる。
「じつは、愛美さんから言われたことがあって…」
「なんて?」
「こんなこと、相沢さんに話してもいいものかどうか迷うんですけど…」
それでもこれまでのことを簡潔に話すと、相沢さんは悪戯っぽい笑みを浮かべ言った。
「水野くん達の言う通り。土方くんの彼女は君なんだ、誰に遠慮することは無い。たとえ、愛美ちゃんでも」
「それは分かっているんですけど…」
「不安…だよね」
次いで、優しく肩を抱き寄せられ、成されるがままその広い胸に顔を埋める形になり。
「え、あっ…何を…」
「ギュッて、してもいいかな」
「…って、もうしてるじゃないですかっ」
「そうだね」
「あ、あの…私なら大丈夫ですから…」
躊躇いの言葉を零しながらも、相沢さんの腕の中は温かくて。
そっと、後ろ髪を撫でる指先も優しく…
その温もりを受け、全身の力が抜けて行くのを感じた。
「私なんか…とか、そんなこと考えなくていい。君は十分に魅力的だから…」
「あ…っ…」
「それと、大人びた作り笑いとかも必要ない。駄目な時は駄目だと、時には素直に口にして甘えることも必要だよ」
(そんな風に言われたの…初めて…)
初めて会ったばかりだというのに、どうしてここまで気を許せるのか分からないまま。土方さんとはまた違う抱擁に身を委ねてしまっていた。
言われたのも初めてだけれど、こんな風に優しく包み込まれるように抱きしめられたのも初めてだったから。
でもきっと、私だけでは無く…誰にでも言ったりしているんだろう。と、思ったその時、更に強く抱き寄せられ相沢さんの吐息が耳元を掠めた。
「あ、相沢…さ…」
「また何かあったら、相談に乗るから。俺で良ければ…」
「あ、ありがとうございます。でも、どうしてそんなに優しくして下さるんですか…」
「それはさっきも言ったけど…」
相沢さんは、私に内緒話をするようにそっと囁いた。
───私に何かを見出してしまったからだ…と。
「君は、もっと外見も内面も変われるはずだ。今よりもずっと素敵に…」
ゆっくりと離れて行く優しすぎる温もり。
お互いにまた“お疲れ様でした”と、挨拶をし合い、帰り支度を終えた相沢さんに着いて玄関まで同伴すると、相沢さんは胸ポケットから取り出した名刺入れから一枚取って私に差し出した。
「イベント当日まで会うことは無いだろうから、また何かあったらここへ連絡して」
「あ…」
「いつでもって訳にはいかないけれど、話を聞いてあげることは出来るだろうから」
受け取った名刺は少しラフな感じのデザインで、先程の連絡先とは違っていた。
「じゃあ、またね」
「はい、気を付けて…」
おやすみ。と言って笑顔で去って行く相沢さんの背中を見つめながら、ちょっと複雑な想いが心を埋め尽くしていくのを感じた。
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*沖田SIDE*
藍田さんを店に迎え入れたのは、バイト予定時刻の15分前だった。
それから、かれこれ三時間ほどが経とうとしているが、思っていた以上に呑みこみが早いのと、来店するお客らにも気取らない笑顔で迎え入れてくれていることに安心していた。
「カクテルも、作り方をマスターしているものならお手伝い出来ます。未経験のものに関しては、これからじっくり覚えていきますね」
「それは頼もしいな」
微笑みかけてくる藍田さんに微笑み返し、その場を任せると同時に、どうしてもあの頃の彼女を重ね見てしまう自分がいる。
(あまりにも似すぎていて…どう接していけばいいのか…)
そんなふうに思って藍田さんを見やっていると、奥からやってきた常連客に呼ばれ、何かあったら声を掛けて貰うように伝えた。
(こればかりはしょうがない…)
いつもの客にいつもの会話。
何気無い時を過ごしながらも、確実に気持ちは高揚してゆき。
藍田さんの笑顔に、優しい声に。
その存在自体に。
完全に心を奪われつつあった。
~あとがき~
沖田さん、裕樹くんに引き続き…。
じつは、愛美ちゃんもそげなつらーい過去があったという
でもって、相沢さんの何気ない言動や…
沖田さんの恋愛の行方。
そして、愛美ちゃんの言っていた言葉の意味と…
土方さんの真意は…。
この後、ある意味修羅場を迎えようとしとります
言えることは……
人を好きになるのに、理由なんてない…。
理屈じゃないんですよねヽ(;´ω`)ノ