【前回のあらすじ】
再び、愛美との件で土方の想いを確認することが出来た主人公。裕樹も愛美の件を知り、改めて彼女の想いに寄り添う。そんな愛美も、少しずつ主人公たちと協力し始める。そんな中、スタジオに現れた相沢から飲み会に誘われたのだった。
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【Toshi Hijikata】#20
「えー、ようやく編集も完成間近となり、あとはイベントと公開を待つばかりとなりました。とりあえず、いったん何もかも忘れて今夜は楽しもうってことで、乾杯!」
裕樹くんの一声に、みんなでグラスを合わせながら労いの言葉を掛け合う。次いで、それぞれが頼んだお酒を口にすると、愛美さんと私以外の男性陣がソファーの背に寄り掛かり深い溜息をついた。
そんな土方さん達に苦笑していると、相沢さんが前もって頼んでおいてくれた料理が並び始める。
「大丈夫?もう、寝ちゃいそうだけど…」
「せっかくのお誘いだからな。だけど、さすがに眠いぜ」
裕樹くんと土方さんに挟まれる形となっている私は、そんな裕樹くんの呟きを聞きながら、グラス片手にビールを飲んでいる土方さんを見やった。
(大丈夫かな。土方さんもだいぶ疲れていたみたいだけど…)
仕事を終えた後、私達は相沢さん行きつけの店へとやって来ていた。
疲労困憊の為、ほとんどの人が帰る中。飲み会に参加することになったのは、私と愛美さん。土方さんと裕樹くん。そして、後から駆けつける予定の涼子を含めた6名となった。
スタジオ前でタクシーを拾い、1メーター内で辿り着くその店内は、薄暗く壁のそこここにある大きな水槽の中で熱帯魚たちが泳いでいるという、相沢さんらしいお洒落な雰囲気で、ベージュ色の麻のカーテンで仕切られたテーブルは、少し隠れ家的な雰囲気を醸し出している。
裕樹くんと相沢さんに挟まれた愛美さんの真後ろにある、広い水槽の中で泳ぐ熱帯魚を見ながら三つのグラスの中に差し込まれたスティックサラダに手を伸ばす。
「いただきますっ」
「女性陣が喜ぶと思ってここにしちゃったんだけど、男性陣は串焼き屋の方が良かったかな?」
「串焼き、いいっすね」
私の一言に相沢さんが苦笑しながら言うと、串焼き大好きな裕樹くんが食いつくように上体を起こしながら言った。
「やっぱりね」
「俺、大好きなんですよ串焼き。この辺で串焼きの店っていうと、『遊』ですか?」
「いや、そこも美味しいって有名だけど…」
相沢さんと裕樹くんが串焼き屋のことで盛り上がる中。ビールを飲み干し、人参スティックに手を伸ばす土方さんと、ウエイターさんを呼んでカクテルのお代わりを頼む愛美さんを見やる。
「もう一杯、同じのを。それと、土方さんは何を飲みますか?」
「……同じものでいい」
「了解です。ということなので、二人分お願いします」
さりげなく土方さんの確認を終え、ウエイターさんに伝える愛美さんの素早い対応にぽかんとしたままだった私は、やっぱり気づけない自分の不甲斐無さに自己嫌悪というか、またしてもやられてしまったと言うか。
そんな風に落ち込んでいた時。
お疲れ様です。と、言って麻のカーテンを開ける涼子を迎え入れた。
涼子は、土方さんの隣に腰掛け、声を掛けてくれた相沢さんと、初対面の愛美さんに自己紹介を済ませると私達に労いの言葉をくれた。
「ほんっとうにお疲れ様でした!特に、土方さん。裕樹から愚痴を聞かされる度に、いつもよりも大変なんだろうなって思ってたから」
「おいコラッ。いつ俺がお前に愚痴を言った」
「あれ、愚痴じゃなかったんだ?」
「お前なぁ…」
澄まして言う涼子のペースにハマり込んだ裕樹くん。この二人のテンポ良い会話に懐かしささえ感じる。
(なんか、この二人のこういう会話久しぶり…)
再びやって来たウエイターさんに飲み物を頼み、涼子の分を合わせて再度乾杯を終えると、新たな料理に手を伸ばしつつも話題は仕事の話しへと変わってゆき。
相沢さんからは、改めてイベント当日の心構えやこれまでの実績などについて話され、会議で聞いていたことを確認し直したり。その中で、疑問に思ったことなどを質問したりしていた。
仕事の話しと同じくらい、お互いのプライベートの話でも盛り上がり、気付けば時刻は23時を軽く回っていて。
「話しに夢中だったから気付かなかったけど、もうそろそろ帰らないとな」
「もうこんな時間だったんだ…」
スマホを見やりながら呟く裕樹くんと、欠伸を堪えながら言う涼子を交互に見やり。
無言でスマホを操作する土方さんと対面している愛美さんは、さすがに疲れたのかクッションを抱えたまま眠っているようだ。
普段なら、解散には“まだ”早い時刻だけれど、疲れがピークに達していた私達には“もう”という感じで…
そろそろお開きだと思った私はトイレを済ませておこうと席を立った。
(相沢さんも席を外したまま…トイレにいるのかな?それとも、外で電話でもしているのかな…)
そんなふうに思いながら、長い廊下の壁にある水槽を見ていたその時。すぐ傍の男性トイレの方から咳き込む声が聞こえて来た。
(もしかして、相沢さん?気分が悪くなって吐いてるとか…)
心配になり、ドア越しに中へ声を掛けるとすぐに咳き込みながらも、相沢さんの「大丈夫だよ」という、明るい声が聞こえてくる。
「もう少ししたら…戻るから…」
「…分かりました」
ドア越しに聞こえるそのくぐもった声が、少し辛そうに聞こえたけれど普通にトイレを済ませ化粧を直した後、再び男性トイレに差し掛かった途端、ドアが開き中から現れた相沢さんを目にして一瞬、唖然とした。
天井や壁の照明よりも、すぐ傍にある水槽の水色に照らされた顔が青白く見えたから。
「もう、大丈夫ですか…」
「ああ…」
「…あれ?」
「ん?」
「襟のところ…」
シャツの襟元に付いている染みのようなものを指摘すると、相沢さんは眉を顰めた。
「ワインだ。突然、吐き気に襲われたから…すぐに洗ったんだけど、落としきれなくて…」
「そうでしたか…」
「久々に楽しくて、羽目を外し過ぎてしまったよ。というか、俺のこと心配してくれてるんだ」
言いながら、ゆっくりと歩き出す相沢さんの横を歩き始める。
「だ、誰だってしますっ!苦しそうだったし、顔色も悪いですし…」
「ごめん、ここ数日忙しかったからね。俺もだけど、そろそろみんなも限界だろ?」
「そのようです」
「もっと話していたいけど、今夜は素直に帰るか」
そう言って、苦笑いをする相沢さんに頷いた。
やがて、私達がテーブルへ戻った頃にはもう帰り支度が整っており、今夜は俺が。と言って、いち早く伝票を手に会計を済ませようとする相沢さんにお礼を言った後、会計を終えた相沢さんと共に店を後にした。
まず、家が同じ方向だという相沢さんと愛美ちゃんをタクシーに乗せ、次に、裕樹くんと涼子の乗り込んだタクシーを見送り、私達も次にやって来たタクシーへと乗り込んですぐに行先を告げると、先に乗り込んだ土方さんの横顔を見つめた。
「途中で先に帰るって、言い出すかと思ってました」
「…その予定だったが、」
時折、街灯の白が土方さんの顔を明るく照らし、ほんの少し開かれた窓の外から聴こえてくる雑踏の中。土方さんは、こちらへゆっくりと視線を向けた。
「なかなか、聞ける話しではないしな」
「そうですね」
もうじきやって来るイベントのことは勿論だけれど、相沢さんの受け持つ仕事のことや、その仕事への姿勢や心構えなどを知り、改めて広報の必要性を思い出させて貰えたような気がしていた。
「こんな考え方もあるのかって、目から鱗っていうか…」
「俺には向かないが」
「確かに。土方さんには……土方さんは、今のままで…」
言いながら、ゆっくりと指を絡ませ肩に寄り添う。
「愛美さんも言ってましたけど、やっぱり土方さんに作り笑いなんて似合わないから」
「………」
「スマイルは裕樹くんと相沢さんに任せるとして、土方さんはいつも通りの仏頂面でいた方が、逆に目立って良いかもしれないですよ」
「……フォローしてるつもりか」
「ふふ、一応…」
少し強めに握られる指先や、頬に伝わる肩の優しい温もりを感じたまま、着いたら起こしてやると言ってくれる土方さんの言葉に甘えると、徐々に深い眠りへと誘われて行った。
*沖田SIDE*
「見れば見る程、似ているなぁ」
「…ええ」
つい先ほどのこと。
久しぶりに店に足を運んでくれた、悠一さんの言葉に頷いた。
「それにしても、似ている人って…本当にいるんだね」
「本当に。僕も、初めて彼女を見かけた時は吃驚しすぎて…」
麻奈の兄である悠一さんもまた、藍田さんを見つけた途端、呆気に取られたような表情で固まってしまい、カウンターで接客中の藍田さんから距離を置いていた。
「俺は、神様だとかそういうのは信じない性質なんだけど……総ちゃんの想いが届いたのかもな」
「え?」
「麻奈がいなくなってからも、ここにいてくれるなんてさ」
「…真面目に言うのは照れくさいですけど、本気でしたから」
確かに、そう思いたくなるくらいの出来事が現実に起こっている。
こういうのを奇跡というのだろうか。
───もう一度だけでいい、あの笑顔に会いたい。
「というよりも、麻奈の方が総ちゃんに会いたがっているのかもしれない」
「え?それは、どういう…」
僕の問いかけに、悠一さんは伏し目がちに口を開いた。
「じつは、昨晩。久しぶりに夢の中に麻奈が出て来てね…」
夢の中に現れた麻奈は、とても幸せそうに微笑んでいたらしい。この間、お墓詣りをしたから夢に出て来たのだろうと思いつつ、何故かこの店に足を運びたくなったのだそうだ。
「別人だって分かってても、あの子を見ているとまるで…」
「麻奈本人がいるような、ですね」
「そう」
悠一さんは、僕の言葉に頷くとゆっくりと立ち上がり、こちらに目配せをしてカウンター席へと歩き出した。
「こんばんは」
「あ、こんばんは!あの、店長のお友達さんですか?」
「ああ、友達っていうより家族みたいな感じだけど」
「へぇ、そんなふうに言えるなんて。なんかいいですね、そういうの」
(まるで、あの頃の二人を見ているようだ…)
藍田さんの隣に立つと、お互い自己紹介をし始める二人の会話に耳を傾けた。そんな平凡な会話さえ、どこか懐かしいような感覚に囚われる。
「何かおすすめってある?」
「ありますよぉー!作りましょうか?」
「じゃあ、頼むよ」
任せて下さい。と、言って微笑むと藍田さんは少し考えるように明後日の方向を見た後、何かひらめいたかのように悠一さんを見つめ言った。
「そうだ、甘いの好きですよね?」
「え、ああ。良く分かったね…」
「なんか、そんな感じに見えたんで。ならやっぱり、最近覚えたAngel kissなんていいかも…」
「…え」
(それって…)
藍田さんが呟いたカクテルの名前を耳にした途端、悠一さんの驚いた視線と目が合った。そのAngel kissは、悠一さんの好物であり…
「麻奈…」
「え?」
「あ、いや…何でもない」
思わずその名を呟き、きょとんとする藍田さんの視線を受け慌てて口ごもる。何故なら、そのカクテルは麻奈の得意とする種類の一つだったから。
不思議そうな顔をして僕たちを交互に見やる藍田さんに続けるように促しながらも、僕らは動揺を隠せずにいた。
~あとがき~
ぬぅぅ。
ようやく、この物語の続きもアップ出来ました
編集作業がどのくらい大変なのかは分かりませんが…土方さんらも、かなり疲労困憊しているだろうということで、折角の飲み会もわりとすぐにお開きに…
独身時代は、朝までコースなんてけっこう当たり前だった私。
0時前に終る飲み会なんて、んなの飲み会じゃない!つーか、どんなに疲れていようと、0時前に終わるなんてことは無い!!
というのが、本当のところ。
にしても、タクシーの中でスーツ姿の土方さんの肩に寄り添ってみたい(笑)
水槽があるバーには、何回か行ったことがあるんですけど薄暗い雰囲気の中に、輝くように見える魚達が、かなりロマンティックで
カップルには、ほんまにおすすめです
そして次回、とうとうイベント当日を迎える土方さんらの活躍を描きたいと思いますでもって、沖田SIDEは、なんか、「世にも奇妙な物語」みたいになってきちゃったような(笑)
話は変わりますが…
うちの僕ちんの始業式は、2日から。
もう少しだけ続く夏休みを、親子で満喫します
今回も、土方さんたちを見守りに来て下さってありがとうございました
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