【前回のあらすじ】
相沢の行きつけの店で飲み会が開かれた。数日後に控えたイベントの件や、プライベートの話などで盛り上がる一方で、具合が悪そうな相沢を心配する主人公。土方を想う愛美との一件も未だ解決出来ないままでいる。一方、沖田は麻奈の兄と共に藍田の言葉に心乱されるのだった。
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【Toshi Hijikata】 #21
閉店時間を迎え、全ての客と名残惜しそうに店を後にする悠一さんを見送った。
「お疲れ様でした」
「お疲れ、気を付けて」
次々と去って行くバイトの子たちに声を掛け、そしてまた藍田さんと二人きりになる。
「あの、店長…」
「ん?」
「一つ聞いても良いですか?」
「いいけど、何かな?」
バッグをカウンターのテーブルに置くと、彼女は椅子に腰かけ言った。
「“まな”って?」
「え…」
ドア越しに佇んだまま、その唐突な発言に戸惑いを隠せずにいると彼女は困ったように微笑う。
「なんか、気になっちゃってて…」
「えっと、それは…」
不意に口から出てしまったことは仕方がないとしても、麻奈のことをどう伝えれば良いのか考えあぐねてしまう。
けれど、尋ねられた以上は適当に応えることは出来ないと思い、僕はありのままを正直に伝えることにした。悠一さんが麻奈のお兄さんであるということや、この店はもともと麻奈が受け継いでいたこと、悠一さんの好きなAngel kissを作るのが得意だったことも。そして、
「彼女は僕の婚約者だったんだ」
「店長の…」
隣に腰掛け、その視線を受けながらも麻奈とのこれまでを簡潔に説明すると、彼女は「ごめんなさい」と、呟いた。
「いいんだ」
「知らなかったとはいえ、私ってば…」
「いずれは、話さなければいけないと思っていたから」
「え?」
「いや、その…」
その続きを言えずにいると、彼女は再び僕に対する謝罪の言葉を口にし、申し訳なさそうに顔を歪める。
「余計な詮索でした…」
(落ち込んだ顔まで似ている…)
確かに他の人ならここまで正直に話す必要は無かっただろう。さすがに麻奈に似ているということや、そのせいで変に意識してしまっていることなどは口に出来なかったけれど。
逆に、どうして“麻奈”という名が気になったのかを尋ねると、藍田さんは眉を顰め伏し目がちに呟いた。
「なんていうか……ここのお店を見つけた時も、初めて店長と会った時も、不思議と懐かしい感じがして」
「…そう…なんだ」
「店長や悠一さんが、“まな”と呟く度に反応してしまう自分がいた」
初対面なのに変ですよね。と、言ってぎこちなく微笑む藍田さんに微笑み返して、やっぱり麻奈と重ね見てしまっている自分に気付く。
何となく沈黙を避けたくて、
「もう、こんな時間だ。藍田さんも早く帰ったほうがいい」
「店長は…」
「僕はもう一仕事あるから」
「そうですか……じゃあ、また明日」
お互いに声を掛け合い、バイクに乗って走り去る藍田さんを見送ると在庫整理を済ませる為に店に留まった。
「ふぅ…」
思わず漏れ出た溜息に、自ら苦笑する。
藍田さんは、麻奈に似ているだけの別人なのだと必死に思い込むものの。やはり、意識してしまう自分に歯止めをかけられずにいる。
(このままではいけないな…)
これからも、麻奈の遺志を一番に考えながら自分の意志も大切に生きて行かなければ。そう思いながらも、藍田さんのことを考え心惑わせずにはいられなかった。
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───イベント当日。
「土方さん、水野さん。そろそろゲネが始まるんで舞台の方へお願いします」
「今、行きます」
舞台スタッフの呼びかけに裕樹くんが答えると、スタッフと共に舞台へ向かう土方さんと裕樹くんの後を愛美さんと共に追い掛ける。
編集作業も、この日の為の打ち合わせも無事に済み、多少の達成感はあるものの、今日のイベントを無事に終えるまでは気の抜けない時間を過ごして来た。
それでも、今日が終われば私達の役目は終わることになるので、最後の気力を振り絞って土方さん達のサポートに務めようと気を引き締め直す。
「ゲネとはいえ、緊張するな…」
一階から二階にある舞台へ向かう最中、裕樹くんがぽつりと呟いた。そんな裕樹くんの背中を軽く押しながら、愛美さんが口を開く。
「原稿通りに読めば良いだけでしょう?土方さんも、大丈夫ですか?」
「……ああ」
愛美さんの問いかけに、土方さんはいつものように平然と答えた。
結局、裕樹くんが大半の詳細を説明する役割を担い、土方さんはほんの一言だけ、でも一番伝えなければならない事柄を話すのみとなった。その最大の理由は、やはり何度試しても土方さんのぎこちない笑顔が不自然だからと、いう結論に至ったからだ。
その後、舞台裏に到着した私達は、用意されていたパイプ椅子に腰掛けて間もなく、すぐ近くから聞こえて来るスタッフの声に思わず耳を傾けた。
「佑哉さん、おせーな。何やってんだろ」
「トイレに行くって行ったっきり、もうかれこれ20分くらい経ってる…」
「最近、顔色悪いし。あの人も無理をし過ぎるとこあるからな」
「もう少し待って来なかったら、迎えに行くか」
(相沢さん…)
ふと、そんな彼らの囁き声を耳にして、思わずあの日の飲み会を思い出した。あの時も具合が悪そうだった、と。
普段は飄々としたイメージが強いけれど、ああ見えて本当は神経の細やかな人なのかもしれない。自分を犠牲にしても、何かの為に頑張り過ぎてしまう人…
そんな風に思っていた時だった。
デニムに黒い長袖Tシャツ姿の相沢さんが舞台袖に現れ、ぎこちない笑みを浮かべ言った。
「いやー、参ったよ」
「佑哉さん!良かった、もう少しして戻らなかったら呼びに行こうと思ってたとこだったんすよ」
「ごめん、ごめん。別件で、どうしても問い合わせをしなければいけなくなってね…」
安心した様子のスタッフに両手を合わせながら謝る相沢さんを見つめていると、私達にも同じように軽く頭を下げながら、今までのことをおさらいし始める。
あれから何度か話し合いを重ねた結果、相沢さんの質問に裕樹くんや土方さんが答えてゆくと、いうやり方が良いだろうという結論に至った。そのほうが、土方さんや裕樹くんの負担も減るだろうとの、相沢さんの配慮もあるのだろう。
その相沢さんの疲れたような表情が気になりながらも監督、脚本家、演者を含めたゲネが始まった。
まずは、相沢さんが所定の場所で軽めの挨拶をし、普段着のままの出演者たちを呼び込む。次に、それぞれの話が終わったと仮定して、今度は舞台袖へと戻る出演者たちと入れ替わるようにして、主題歌を担当している“Peace”というグループが舞台上へと登場した。
相沢さんは、彼らとも軽めの打ち合わせを済ませると、曲の打ち合わせの間、舞台上手(かみて)へとはけてゆく。
(…あっ…)
はけてすぐ、近くに置いてあったパイプ椅子に半ば倒れるように座り込む相沢さんを目にして、居てもたってもいられなくなり、下手(しもて)から幕の裏側を通って上手へと急いだ。
「相沢さん…」
「…え」
「大丈夫ですか?」
手でこめかみを押さえながら振り返った相沢さんに、何か飲み物でも用意しようかと尋ねるとすぐに、「大丈夫」と即答された。
「何か欲しいものがあれば、遠慮なくこき使って下さい」
「ありがとう。っていうか、俺ってそんなに疲れて見える?」
「はい」
こちらも即答すると、相沢さんは苦笑いを浮かべた。
「心配してくれるのはとても嬉しいけど、疲れてるのはみんな同じだから」
「それは…そうですけど」
「それに今は、俺よりも土方くんのほうが大変な筈だ」
椅子の下に置いてあったペットボトルの水を二口ほど含み、少し咳き込みながらも私に微笑む。
「このイベント以外のことでもね」
「え、それって…」
どういう意味なのか尋ねようとして、スタッフの声に遮られた。再び立ち上がり、私に微笑みながら「また後でね」と、言って再度舞台端の定位置へと向かう。
(イベント以外でも?)
相沢さんの言葉が気になりつつも、引き続き明るく司会を務める相沢さんの横顔を見守り、また来た道を通り上手へと戻った。
「どうかしたのか?」
「ううん、何でもない」
少し心配そうに声を掛けてくれる裕樹くんに笑顔で答え、やがてやってきた二人の出番を愛美さんと共に見守る。打ち合わせ通り、相沢さんから迎え入れられた二人は指定の位置に並んで立つと、客席を見つめながら説明し始めた。
ほとんどが、相沢さんと裕樹くんのやり取りで進む中。最後に、一言だけこの作品の見どころを尋ねられた土方さんが、少し緊張した面持ちで簡潔に語り始める。
「やっぱり、土方さんは喋らないほうがいいかも」
「私もそう思う」
愛美さんの呟きに答えると、彼女のほんの少し驚いたような眼差しと目が合う。
「ねぇ、愛美さん」
「…何ですか?」
「土方さんのこと……まだ諦めてないんでしょ?」
「……はい」
「それは、お兄さんと似ているから?」
「それもあります」
視線は舞台上の土方さんを見つめたまま。愛美さんは目を細め、「初めてだった」と、呟き静かに語り始めた。大好きだったお兄さんと会えなくなってから、自分の我儘を面と向かって真剣に諭してくれる土方さんに本気で思いを抱くようになったのだと。
「あんなふうに叱られたり、褒められたりしたのは…本当に久しぶりだったから」
「それって、認められてる証拠なんだよ」
「え…?」
私の言葉に戸惑いの色を浮かべる愛美さんを見つめながら、土方さんは見込みのある人には厳しくて優しいのだということを話すと、今度は少し嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる。
内心はまだ少し複雑だけれど、自分を兄のように慕ってくる愛美さんの才能を育て、活かしてあげたいと考えているであろう土方さんの想いも理解したい。それに、私には無い輝きが彼女にはあるから。
そんな想いも伝えると、愛美さんは少し俯き加減に言った。
「それでも、土方さんが愛しているのはあなただけ」
「愛美…さん」
「私の入りこむ隙は無いってこと。でも…」
そう言って、再び土方さんを見つめるその横顔は真剣そのもので。その続きを聞けないまま、いつの間にかリハーサルを終えて戻って来る二人を迎え入れる。
「お疲れ様でした」
「どうだった?」
「え、どうだったって?」
「聞いて無かったのかよ…」
「ご、ごめんッ」
溜息をつきながらまた椅子に腰掛ける土方さんと、真っ先に私に感想を尋ねて来た裕樹くんを交互に見やり、土方さんにすぐに缶コーヒーを手渡す愛美さんに苦笑した。
愛美さんと話していたからあまりよく覚えていないのだけれど、だいたいはあんな感じで良いのではないかということを告げると、裕樹くんは胸元からペンを取り出し原稿チェックをし始める。
本番まで残り1時間半。
その間、楽屋で相沢さんと一緒に最後の打ち合わせをしていた。
そして、迎えたイベント本番。私は、作品のイメージに合わせた衣装を身に纏った二人と、愛美さんと共に先程と同じ場所で待機した。
ゲネでは確認しながらだったからとても長く感じたけれど、本番が始まってから二人の出番まであっという間に過ぎ、さっきよりも緊張した様子の裕樹くんに寄り添って、激励の言葉を投げかける。
「これが終わったら、涼子も誘ってみんなで串揚げ屋さん行こっ」
「お、おう…」
「土方さんの分もよろしくね」
「任せておけ」
囁き合った後、愛美さんに占領されていないほうの腕に寄り添い、一言だけ伝えた。
「仏頂面だけは駄目ですからね」
「…うるせぇ」
思った通りの反応に笑みを零す。
次いで、今度は堂々と舞台上へ向かう二人の背中を見守った。
どうか、無事に終わってくれますようにと願いながら。
~あとがき~
こちらも、いつぶりだろうか…
イベント当日を迎えた土方さん達。
何やら、また一波乱起こるだろう雰囲気。
いや、起こるんですけどね。
ヽ(;´ω`)ノ
沖田Sideも、主人公Sideも…
最後はハッピーエンドなんですけど、
そこまでが少し切ない…かな、と。
今回も、土方さんたちを見守りに来て下さってありがとうございました
そして、いつもあったかいコメントやメッセージをありがとうございます
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