【前回のあらすじ】
イベントを終え、やっと一息ついた土方達は新たな問題を抱えていた。そんな中、突然倒れた土方。検査入院を強いられることになった。その後、お見舞いにやってきた裕樹と涼子を見送ろうとした主人公の前に現れたのは…。
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【Toshi Hijikata】 #25
裕樹くんと涼子を見送って、再び土方さんの元へ戻った頃にはもう既に夕飯は片づけられており、相変わらず退屈そうに腕を組みながらテレビを観ていた土方さんに、これまでのことを話し始めた。思ったより動揺する様子もなく、話を聞き終えた土方さんが発した言葉に私の方が軽く動揺してしまう。
土方さんも、そこまでの病とは思っていなかったけれど、ただの疲れでは無いのではないかと考えていたらしく、何気に相沢さんのことを気にかけていたらしい。
「てっきり、海外へ行っているとばかり思っていたから吃驚しちゃって…」
高校生くらいの男の子を乗せた車椅子を押してエレベーター内から降りて来た相沢さんを目にした時、一瞬、人違いかと思うほど目を疑い。そんな私達に気付いた相沢さんもまた、ラフなグレーのスウェット姿で、まるで狐にでもつままれたかのように茫然とした後、視線を逸らし気まずそうに顔を歪めた。
「どうして…ここに」
エレベーターのドアが閉まるのを横目に、裕樹くんの呟きに涼子と顔を見合わせると、車椅子に乗っていた男の子が背後に立ったままの相沢さんを見上げ言った。
「佑哉さん」
「え?」
「ありがとう、こっからはもう大丈夫だから」
「そっか。じゃあ、敦史にもよろしくな」
「うん」
相沢さんに頷くと、彼は私達にも軽く会釈をしながらゆっくりとその場を後にした。
「かなりなイケメンだろ、彼」
言いながら笑顔で彼を見送り、私達に彼との関係を簡潔に説明してくれた。入院したその日、エレベーターから上手く降りられずにいた彼を助けてあげたことが切っ掛けとなり、それから付き合いが始まったのだと。
「この階にいる彼の友人もイケメンでさ、これまた面白い男なんだ」
(すぐに仲良くなっちゃうところ、相沢さんらしいなぁ。でも…)
楽しげに言う相沢さんとは裏腹に、状況を窺っていた私達は気まずい雰囲気のまま、何をどう言葉にすれば良いのか戸惑うと同時に、多分、お互いに“どうして、ここにいるの?”と、疑問に思う中。一番最初に場の雰囲気を変えたのは涼子だった。
「じつは、土方さんが体調を崩して今日から入院することになって…」
「土方くんが?!」
驚愕する相沢さんに、これまでのことを伝えると相沢さんは更に心配そうな表情を浮かべ、案の定、土方さんのお見舞いをすると言い出した相沢さんに、今度は裕樹くんが少し言いにくそうに口を開いた。
「それよりも、海外に出張中じゃなかったんですか?」
「…そのはず、だったんだけどね」
相沢さんはすぐ傍に設置してあるベンチへ腰掛けると、歩み寄った私達を見上げ溜息まじりに呟いた。
「見てのとーり、俺も入院しているんだ」
その言葉に、二人は顔を見合わせるとすぐにまた相沢さんへと視線を戻した。相沢さんが言うには、イベント前からずっと具合が悪かったそうで、吐き気を催した時、たまに血が混ざることもあったらしい。
以前も同じような症状に見舞われたことがあった為、今回も通院程度で済むだろうと思っていたそうなのだけれど、想像以上に体は悲鳴を上げていたらしく、検査以降は入院生活を強いられているのだそうだ。
私との約束をちゃんと守ってくれていたことに嬉しさを感じていると、相沢さんは困ったように微笑った。
「でも、そんなに心配して貰うほどの病気じゃないから」
「大したことないのなら、教えて下さい」
少し怒ったように言う裕樹くんの一言に涼子と顔を見合わせ、再び相沢さんに視線を戻した。そんな私達に相沢さんは一瞬、瞳を顰めるもすぐにいつもの柔和な微笑みを見せる。
「胃潰瘍らしい。明後日、手術して二週間程度で退院出来るってさ」
「馬鹿に出来ないですよ、胃潰瘍は。しかも、手術しなければならないほどだなんて」
穏やかに言う相沢さんに裕樹くんの真剣な眼差しが向けられ、また短い沈黙が流れた。それでも、相沢さんは裕樹くんに微笑んだまま言う。
「分かっているよ。それよりも、土方くんが退院する前にお見舞いに行かないとね」
ふと、視線を上げると土方さんは明後日の方向を見ながら小さな溜息をついた。
「ということで、後でゆっくりお見舞いに行くって言っていました。で、相沢さんはこの上の階の個室にいるそうです…」
「…分かった」
満面の笑顔で私に言っていた相沢さんとは違い、少し戸惑ったような表情を浮かべる土方さんの一言に苦笑してしまうけれど、土方さんも内心は悪い気はしていないのだと分かる。
裕樹くん達を見送った後、ロビーに設置してあるパソコンで胃潰瘍について調べてみたところ、初期の段階ならば薬の投与だけで済むらしいが、進行していた場合は、手術を要すると書かれてあった。
いつも笑顔で接してくれていた相沢さんにも、そんな病を患うほどの苦労があったのだと思うと同時に、青白い顔と苦しげに咳き込む姿が浮かんできて…
「まさか…」
ふと、零れ出た自分の声にハッとしながらもすぐに確信した。トイレから出て来た時の相沢さんの襟元の赤がワインではなくて、血だったのではないかと。
あの夜、トイレに立った時だった。男子トイレの前で具合の悪そうな相沢さんを目にして…
『もう、大丈夫ですか…』
『ああ…』
『…あれ?』
『ん?』
『襟のところ…』
『ワインだ。突然、吐き気に襲われたから…すぐに洗ったんだけど、落としきれなくて…』
「あの時、もう既に相沢さんは知ってたんだ。知ってて…」
「あの時?」
眉を顰めながら問いかけて来る土方さんに、あの夜のことを簡潔に話し始めてすぐ、私から視線を逸らしみるみる仏頂面になっていくのを見とめた。
(なんか、怒ってるように見えるんですけど…)
「それで」
「へ?」
「その時、何があった」
「え、だから…相沢さんに付き添っていましたけど…」
再び受け留める疑問を含んだような鋭い視線。またすぐに逸らされるも、
(ん?これって、もしかして…)
土方さんが相沢さんに焼きもち妬いてくれているのかと思った瞬間、嬉しくて堪えきれずに笑みを零した。もしも、私の思うところだとしたら…
「…何が可笑しい」
「いえ、何も」
視線を逸らしたままぽつりと呟く土方さんが可愛くて、笑みを堪えながらも、あの時何が起こったのかを包み隠さず話して聞かせると、不機嫌そうな顔が徐々に穏やかになっていくのを確認して、“やっぱり、焼きもちを妬いてくれたのかな?”と、表情は変えずにただ、“そうだとしたらすごく嬉しい”と、心の中でのみ呟いた。
それから、やっとのこと荷物の整理が一段落してお腹が悲鳴を上げ始めたのを切っ掛けに、涼子が作って来てくれたお弁当を開いた。
いつものように書類に目を通し、PCと向かい合う土方さんとテレビから流れるバラエティー番組を交互に観ながら空腹を満たす中。思い出すのは、先ほどの相沢さんのことだった。
相沢さんの立場になって考えれば、みんなに心配をかけたくないと思うのは当たり前のことかもしれないけれど、嘘をついてまで病を隠し通そうとしていたことが妙に気になってしまっていた。
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翌日。
仕事終わりに再び病院へやって来た私は、購買の前を通り過ぎようとしてふと、足を止めた。
(あ、愛美さん…?)
今度こそ本人だと思った。次の瞬間、愛美さんの驚愕したような視線とかち合う。
「あ!」
そんな愛美さんに微笑んで、まだ何か言いたげに素早く会計を済ませ、こちらへやってくる愛美さんに声を掛けた。
「こんばんは」
「こんばんは。あの、さっき佑哉さんから聞いたんだけど…」
「土方さんのことでしょ?今から行くから、一緒に行こう」
「…いいんですか?」
「もちろん」
ゆっくりと歩き始めながら、少し唖然としたままの愛美さんに笑顔で頷いた。
今でも、彼女との関係は複雑だけれど、人を好きになる気持ちは誰にも止めることは出来ないと思うし、愛美さんの真意を知った今、土方さんは勿論、愛美さんのことも信じようと思えるようになっていた。
少し戸惑いながらも、尋ねられるまま昨日の出来事を簡潔に話すと、愛美さんの少し悲しそうな瞳と目が合う。
「じゃあ、みんな佑哉さんのこと知ってるんだ」
「うん。昨日、土方さんにも伝えた」
「そうだったんだ…」
エレベーター前、数名の患者さんらしき人達と待っている間、互いにこれまでの経緯を伝え合った。愛美さんも、相沢さんの体調のことを気にしていたらしく、裕樹くんのように何度か連絡を取ろうとして出来なかったことが不安に拍車をかけたという。
「佑哉さんって、人との繋がりを大切にする人だから、返事が遅れる理由があるはずだって思って」
「…それで?」
そう尋ねてすぐ、ポンッというやわらかな効果音と共にエレベーターのドアが開き、患者さん達が乗ったのを確認してから共に中へと乗り込んだ。
しばしの沈黙。
微かに聴こえるエレベーターが上がる音と、独特な雰囲気の中で見つめるのはドアと数字のみ。
3つ見送った次の階でエレベーターを降りた後すぐ、先程と同じように尋ねると愛美さんは神妙な面持ちで話してくれた。
2日前、久しぶりに洋服などの買い物を済ませランチでもしようと行きつけのイタリアンレストランへ足を運んだ時、偶然、相沢さんの同僚と会い、そこで今回の入院の一件を聞いたのだそうだ。
それから、すぐにこの病院を訪れ、何度か時間を作ってはお見舞いに来ていたらしく、やっぱり昨日見かけた女性は愛美さんだったのだと確信する。
そして、話せば話すほど可愛らしい顔が曇っていくのを不思議に思っていた。その時、今まで見たことも無いほどの真剣な眼差しを受け止めた。
「あの、○○さん…」
「ん?」
「こんなことをお願いするのも…どうかと思うんだけど…」
今度は言いにくそうに俯く愛美さんに、また何か土方さんとのことで際どいことを言われるのではないかと覚悟を決めた。刹那、彼女は軽く私に頭を下げた。
「出来たら、土方さんが退院しても…佑哉さんのお見舞い、してあげてくれませんか?」
ゆっくりと顔を上げ、私を見つめるその瞳は悲しげに細められている。
「…そのつもりだったけど。それって、どういうことかな?」
何となくその真剣さが引っ掛かって、その理由を尋ねると愛美さんは小さく溜息を零しながら目を伏せた。次いで、愛美さんの何気ない言葉や想いの深さに、私はただ、茫然とすることしか出来ずにいた。
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*沖田SIDE*
PM:7:16
「あ、沖田さんいる!」
ドアが開いてすぐ、涼子さんの声がして視線をそちらへ向けるとその横には裕樹くんの姿もあり、僕は久しぶりの再会が嬉しくて笑顔で迎え入れた。
「いらっしゃい。二人で来てくれたのはいつぶりでしょうね」
微笑んだままカウンター席に腰掛ける二人から、「いつもの」と、ほぼ同時に言われ、こちらもいつも通りに答えてカクテルを作り始める。
次いで、すぐに涼子さんから例のイベントの様子を聞くこととなった。
「僕も観たかったなぁ。二人の緊張した顔」
「それがね、結構評判良かったみたいで、またやって欲しいって言われてるらしいの」
涼子さんの少し自慢げに話すその表情はとても楽しそうで、それを見ているだけで微笑まずにはいられない。けれど、その横であまり浮かない顔を見せる裕樹くんが気になり、声をかけると彼は少し顔を歪めながら呟いた。
「その土方さんなんですけど、社内で倒れて昨日から検査入院中なんですよ」
「あの、土方さんが?」
思わず、裕樹くんの言葉に手が止まる。
「まぁ、ただのストレスから来た疲れが原因らしいんで、明後日には退院できると思うんですけどね」
「…それを聞いて安心したけれど、まさに鬼の霍乱っていうか」
「あ、それ。私も土方さんに言ってやりましたよぉー!ここぞとばかりにね」
留守になりかけた手を動かしながら自慢げに言う涼子さんに苦笑を漏らしていた。その時、奥から戻ってきた藍田さんを二人に紹介した。
それと同時に、みるみる驚愕の色を浮かべ始める裕樹くんに、思わず初めて藍田さんを見て驚いていた悠一さんのことを思い出す。
「藍田理紗です。よろしく」
「あ、よ…よろしく」
明らかに狼狽えた様子の裕樹くんを見つめる涼子さんの瞳が、ほんの少し疑惑を含んだように細められるのを見て、何となく今まで言えなかった言葉を口にしていた。
「似てるでしょう?」
「似てるなんてもんじゃ…なんつーか、その、写真でしか見たことないけど…」
藍田さんと僕を交互に見ながら答える裕樹くんに、今度は涼子さんが不思議そうに小首を傾げ言った。
「似てるって、誰に?」
「いや、だから…それは…」
気まずそうに口ごもる裕樹くんと、そんな彼を怪しむように見ている涼子さんの前に出来上がったカクテルを静かに置きながら、きょとんとした表情で僕を見上げる藍田さんと、まだ少し怒ったような表情の涼子さんに麻奈のことを伝えた。
僕の婚約者だったことや、藍田さんが麻奈に似ていることを…
「だから、初めて藍田さんと出会った時…かなり動揺した。ちょうど、麻奈に会いたいと思っていたから」
告げた後に受けとめた二人からの驚愕の眼差しは、明らかに違うものだった。今まで、藍田さんには麻奈の存在しか伝えていなかったからか、何となく狼狽えているようにも見える。
それぞれの、少し複雑そうな視線を感じながらも、いつかは伝えなければならなかったことだと割り切り。最後にはただ、それだけで他に特別な感情は無いのだということを伝え終わると、藍田さんはぎこちなく微笑み、やって来た客のオーダーを取りにカウンターを後にした。
「ドラマみたいなことって、ほんとにあるんですね…」
笑顔で応対する藍田さんを見ながら呟く裕樹くんに、僕は小さく頷き返す。同時に、より深くなりつつあるもう一つの秘かな想いを心の奥底へとしまい込んだ。
~あとがき~
もう、多くは語りません(笑)
だいたいの想像がつくかと思いますので。
今回も、お粗末さまでした
あと、「僕のいた時間」最終回…
ラストまで、もう感動しっぱなしでした。
特に、恵の幸せそうな笑顔が…
見ていて、自分も幸せな気持ちになりました。
愛って、どんな形にせよ与え合うものなのよね…