【前回のあらすじ】
久々に二人だけの時を過ごす中、改めて労いの言葉を交わし合う。そこで、再び土方の本音であろう言葉を耳にした主人公は、改めて土方に心を奪われてゆく。一方、沖田も藍田への秘かな想いを再確認していた。
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【Toshi Hijikata】 #24
有志での打ち上げから4日が経った今日。
作品完成と同時に、この間の舞台の様子を伝えるTV放送用のVTRも完成したとの報告を受けた。
とりあえずの仕事は終了していたものの、上映を一週間後に控え、その前日と初日に放送される宣伝用のVTRが、とあるテレビ局のニュース番組や、昼の情報番組などで流れることになっており。社内では勿論のこと、それぞれの身内や友人たちまでもが、裕樹くんと土方さんの出演を楽しみにしていた。
「舞台、観に行けなかったから楽しみー」
「裕樹くん、かっこ良かったよ」
「え、マジで?!」
ずっと留守にしていた社内で、久しぶりに涼子との時間を費やす中。嬉しそうな彼女の笑顔につられて、思わず笑みが零れる。舞台の袖からしか観られなかったせいか、彼らがどんな表情で告知をしていたのか気になっていたから。
そして、もう一つ。
気になっていることがある。
(ちゃんと病院へ行ってくれたかな…)
思い出すのは、苦しげに咳き込む相沢さんの青白い顔で。
『さっきのことだけど、皆には内緒にしておいてくれないか…』
ふと、不安が込み上げてくると同時に、涼子の不思議そうな顔を間近に感じた。
「どうかした?」
「え?」
「いや、ぼーっとしてるからさ」
「な、何でもないよ…」
「そう?ならいいけど。あ、もうこんな時間か…」
携帯を見ながら、「そろそろ、行かなきゃ」と、言ってその場を去ってゆく涼子を見送り、彼女と入れ替わるようにして入って来た裕樹くんに労いの言葉を掛けると、裕樹くんは一言私に返した後、そのまま自分のデスクへ腰掛け、すぐにPCを開いた。
そんな彼の為に、コーヒーでも持って来ようかと立ち上がった途端、裕樹くんの少し歓喜にも似た声を耳にした。
「お、来た来た!」
「…何が来たの?」
思わず声を掛けると、裕樹くんはPC画面を見つめたままいつもの笑顔で答えてくれる。
「いや、やっと相沢さんから返事を貰えたからさ」
「え?」
きょとんとする私に、裕樹くんはこれまでのことを簡潔に話してくれた。
あれから、すぐにアドバイスを受けたくて連絡を取っていたらしいのだけれど、音信不通の状態が続いていたらしく。わりとすぐに返事を返してくれていた相沢さんから連絡が来なくて、何かあったのではないかと心配していたのだそうだ。
「海外出張中のうえ、今、とても忙しいみたいだ」
「そう、なんだ…」
そんな裕樹くんの言葉を聞いて尚更、病院へ行ってくれたかどうか不安になっていた。その時、いつにも増して不機嫌そうな顔をしながら、こちらへ歩み寄って来る土方さんに声を掛けた。でも、その訝しげに顰められた瞳は裕樹くんに向けられたまま…
「お前が訪ねて来たと聞いたんだが、何か用か?」
「ちょっと尋ねたいことがあったんですが、もう解決しました。それより、聞きました?あの話…」
「…ああ」
土方さんは、裕樹くんからの問いかけに目蓋を閉じながら小さく頷いた。私は、そんな二人を交互に見やりながら、“あの話”について尋ねてみると、土方さんは口元に指を添えながら面倒くさそうに口を開いた。
「…この間の、」
「この間の?」
「水野、代わりに説明してやってくれ」
そう言って、空いている椅子に腰を下ろしながら“考える人”みたいになっている土方さんに、裕樹くんは苦笑を漏らした後、溜息交じりに話してくれた。
この間の、舞台告知を観ていた他の関係者の人から、別件で新たな依頼を受けたらしい。
(モデル以外でも、そんな依頼が来てたんだ…)
土方さんは、言うまでも無く二度と引き受けるつもりは無いと、断固として譲らない覚悟でいるらしいけれど、裕樹くんは違ったようで…
「俺は、また挑戦してみようと思ってるんだ」
「え、どうして?あんなに嫌がってたのに…」
「なんて言うか…」
私からの問いかけに、裕樹くんは伏し目がちだった視線を上げ、こちらを見やりながら話し始めた。
私とは違って、涼子や裕樹くんは、土方さんのように編集現場にも足を運んでいたから、今回もどこかで、“いつものことだ”とか、“たかが知れている”と、思っていたらしい。でも、相沢さんが司会進行する姿を観て、様々な話を聞いて、かなり考えさせられたと言う。
「すごいプレッシャーだったんだけどさ、最終的に得られたものはとても大きかったっていうか…」
これまでの自分を見つめ直せた気がする。と、言って照れ笑いを浮かべる裕樹くんに、自分も同じ気持ちだったことを告げた。次いで、だからこそ、相沢さんと連絡を取り合いたかったのだと言う裕樹くんに、改めて激励の言葉を投げかける。
「頑張ってね。応援するから…」
「ああ」
微笑み合って、またPCと向かい合う裕樹くんを横目に、ふと視線を下に落としたままの土方さんを見やると、一瞬、疲れたような瞳と目が合い。すぐに立ち上がって、その場を後にしようとする土方さんの背中を追い掛けた。
「あの、土方さん…」
「………」
「怒ってます?」
「…いや」
「なら、いいんですけど…」
廊下に差し掛かり、またミーティングルームにでも戻るつもりなのか、足早に歩き去ってゆく背中を見送っていたその時、不意に立ち止まり、壁に寄り掛かるようにして右肩を預ける土方さんを見とめた。次の瞬間、
「え…」
肩を預けたまま、ゆっくりとその場に頽れる土方さんに声を掛けながら駆け寄った。
「ひ、土方さん!?」
「大丈夫だ…」
「いや、でも…」
こんなに具合が悪そうな土方さんを目にしたのは初めてだった。しかも、ふと触れた頬が冷たく、頬だけではなく指先や首筋までもが冷たく感じる。
「び、病院へ行きましょう!」
「その必要は無い。少し休めば…」
言いながらも、土方さんは蹲ったままで。何とか立ち上がろうとするその肩を支えるものの、一緒になって倒れそうになってしまう始末──
(そうだ…)
大声で裕樹くんに助けを求めると、すぐに背後から声がして、
「おい、どうなってんだ?!」
「分からない!急に立ち止まって…それで…」
「とりあえず、休憩室へ運ぼう」
駈けつけてくれた裕樹くんと共に土方さんを挟むようにして支えながら移動し、辿り着いた休憩室のソファーに土方さんを座らせると、裕樹くんにより、素早くネクタイが緩められ、上着とシャツのボタンが外されてゆく。
「顔が土気色になってきた…」
そう呟く裕樹くんの視線の先、土方さんの息遣いが先程よりも荒くなって来たように感じて、これ以上苦しげに顔を歪めるのを見ていられず。
「や、やっぱり救急車呼ぶね!」
「その方がいい」
裕樹くんの一言を待たずに、携帯を取り出し。
(早く、早く出て…お願い!)
動転している気持ちを抑えることが出来ないまま、私は何度も繰り返されるお馴染みのコールを聞いていた。
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その後、会社から結構離れた場所にある大学病院へ運ばれた土方さんは、そのまま救急扱いとなり。血圧が異常に低かった為、他の精密検査も込みで数日間の入院を勧められたのだった。
「じゃあ、後は頼んだ」
「うん…」
いったんは仕事場に戻るけれど、また後で涼子と一緒にお見舞いに駆けつけてくれるという裕樹くんを見送って、未だ点滴に繋がれ、救急病棟のベッドで眠ったままの土方さんを見守る。
(こんなになるまで…どうして気付けなかったんだろう…)
何もしてあげることが出来ない自分が歯痒くて、何より、情けなくて。自然と込み上げて来る涙を必死に堪えていた。その時、
「奥様ですか?」
「え…」
看護婦さんの声に、ふと顔を上げた。
「あ…はいっ…」
(ほんとは違うけど…)
「現在、個室しか空きが無いようなのですが、宜しいですか?」
「大丈夫です。逆にその方が良いかも…」
「では、いつでも構いませんので、手続きをお願いします」
「はい…」
にっこりと微笑み、足早に歩き去ってゆく看護婦さんの背中を見つめていた。その先にふと、愛美さんに似た女性を見かけ、思わず目を凝らす。
(あれは?!)
すぐに人混みに紛れてしまったし、ただ、彼女に似ているだけで人違いかもしれない。それでも、土方さんが運ばれたことはまだあの場にいた社員しか知らないはずだと、そんなことを思っていた。
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土方さんが目を覚ましたのは、運ばれてから30分ほどが過ぎた頃だった。その後、一般病棟にある個室へ移動させられた私達は、度々現れる看護婦さんを意識しながら過ごしていた。
「過労とか、ストレスなどによる貧血だろうということなんですけど、一応、精密検査もしたほうがいいだろうって」
「そうか」
「…兆候はあったんですか?」
「多少の眩暈は感じていたが、自覚が無かった」
未だに冷えたままの指先を絡め取り、両手で包み込むように温めながら、私は素直な想いを伝えた。土方さんに付き添っている間中、今まで感じたことのない程の不安に押し潰されそうになっていたことを。そして…
「ごめんなさい…」
「どうしてお前が謝る」
「だって…」
一番近くにいた私が気付いてあげられなかったことに関しても、情けなく思っていることを伝えると土方さんは薄らと微笑み言った。
「…すまなかった」
「二度と、無理はしないで下さいね…」
「ああ」
と、その時。ドア向こうから聞こえてくる看護婦さんの声に答え、回診に来てくれた担当医の先生と共に迎え入れる。次いで、看護婦さんにより血圧が測られ、すぐに診察を始める先生の言葉に耳を傾けていた。
血圧も標準まで戻ったし、回復傾向にあるけれど、一応CT検査も受けた方が良いとい返答され。結局、体力回復も兼ねた三日間の検査入院を強いられることになったのだった。
「よし、とりあえずはこれでいいかな…」
呟きながら、もう一度バッグの中身を確認する。
担当医の回診後、私は入院に必要なものを取りに一度帰宅していた。その間、会社に報告したり裕樹くんや涼子とも連絡を取り合いながら病院へ戻った私は、未だにふらつきを見せる土方さんと共に入院手続きを済ませ、再び病室へ移動した頃にはもう、既に夕飯が部屋に運ばれており。
「意外と美味しそう!」
「なら、代わりに食うか?」
「…私が食べてどうするんですかぁ」
言いながら、不貞腐れたように御飯を頬張る土方さんに苦笑を漏らした。
「たった三日の辛抱ですよ」
「三日も、だ…」
「あ、あはは。ですよねぇ…」
再び苦笑を返したその時、開け放たれたままのドア越しから、「ここだな」と、いう裕樹くんの声を聞き、ドアを開いて彼らに歩み寄ると、涼子が紙袋を差し出して来た。
「お疲れ様。これは土方さんにで、こっちはあんたに」
「え、私にも?」
「お弁当作って来たから、あとで食べて」
「ありがと…」
笑顔で受け取ってすぐ、今度は裕樹くんが少し厳かな視線を私に向けた。
「で、土方さんは?」
「こっち」
裕樹くんからの問いかけに笑顔で答え、二人を土方さんの元へ誘った。裕樹くんは、土方さんに声を掛けながらベッドのすぐ隣に置かれたままの丸椅子に腰掛け、涼子は裕樹くんに寄り添うようにして立つと、いつもの明るい笑顔で土方さんを見つめ言った。
「思ったより元気そうで安心しました。でも、何て言うか、鬼の霍乱とはこのことだなーって」
「どういう意味だ」
澄ましたように言う涼子に、少し呆れ顔の土方さん。二人のやり取りに裕樹くんと私は、互いに顔を見合せ微笑み合い。次いで、裕樹くんからは、今後、土方さんが現場復帰するまでの間、誰がその責務を受け持つことになったか等の詳細を受けたのだった。
「なので、しばらくはゆっくり療養して下さい」
「…分かった」
裕樹くんの丁寧な説明を黙って聞いていた土方さんの、何か言いたげな視線が気になりつつも、明日また、仕事帰りに寄ってくれるという二人を見送ろうと共に部屋を後にし。次いで、部屋からほんの少し離れた場所にあるエレベーターの到着を待ちながら、私は改めて二人に感謝の気持ちを伝えた。
「今日は、本当にありがとう」
「ううん。それより、あんたも無理しないようにね」
「うん」
エレベーター到着の音を聞いて間もなく、ゆっくり開くドアを確認し、降りてくる人を考慮して左右に分かれた。次の瞬間、「すみません、降ります」と、いう声がして、
「え…」
私達は、車椅子を押して出て来たその声の主に一瞬、目を奪われた。