イギリスのリーズで開催された、2018年リーズ国際ピアノコンクール(公式サイトはこちら)が、終わった。
これまで、ネット配信を聴いて(こちらのサイト)、感想を書いてきた。
とりわけ印象深かったピアニストについて、忘備録的に記載しておきたい。
ちなみに、2018年リーズコンクールについてのこれまでの記事はこちら。
(2018年リーズ国際ピアノコンクール 1次予選 まもなく開始)
(2018年リーズ国際ピアノコンクール 1次予選通過者発表)
(2018年リーズ国際ピアノコンクール 2次予選の曲目発表)
Yilei Hao (age: 21 China) (動画はこちら)
ヴィルトゥオーゾ風のロマン的な味わいを持つ。
ハイドンのソナタ第6番、スクリャービンのソナタ第10番、モーツァルトのソナタ第18番ヘ長調、ラフマニノフの「音の絵」op.39-5あたりが印象的。
Jinhyung Park (age: 22 South Korea) (動画はこちら)
洗練されたテクニックを持つ、スマート系ピアニスト。
ベートーヴェンのソナタ第24番、リストのタランテラ、チャイコフスキーのドゥムカ、ショパンのソナタ第3番あたりが印象的。
Wei-Ting Hsieh (age: 22 Taiwan) (動画はこちら)
やや杓子定規なときもあるが、丁寧な音楽づくりをするピアニスト。
モーツァルトのソナタ第17番ニ長調、グラナドスの「ゴイェスカス」第1曲「愛の言葉」、ドビュッシーの「映像」第1集あたりが印象的。
Andrzej Wierciński (age: 22 Poland) (動画はこちら)
やや荒削りだが、力と勢いと鄙びた音を持つ。
プロコフィエフのソナタ第7番、ベートーヴェンのソナタ第4番、ショパンのスケルツォ第1番あたりが印象的。
Xinyuan Wang (age: 23 China) (動画はこちら)
今大会の第3位。
洗練にはやや欠けるが、丸みのある音と素直な歌謡性を持つ。
ブラームスの五重奏曲、シューマンの協奏曲あたりが印象的。
Alexia Mouza (age: 28 Greece / Venezuela) (動画はこちら)
地中海(あるいは南米)の陽光のような明るさと情熱とを持つ。
クープランの「葦」、ハイドンのソナタ第50番、プロコフィエフのソナタ第3番、モーツァルトの幻想曲ニ短調K.397、リストのソナタが印象的。
Yoonji Kim (age: 29 South Korea) (動画はこちら)
今回初めて知ったピアニストの中で、最も素晴らしかった。
派手さはないが、きわめて精緻で繊細な表現力を持つ。
ハイドンのソナタ第50番、スクリャービンの幻想曲、モーツァルトのソナタ第17番ニ長調、ショパンの幻想ポロネーズ、スクリャービンのソナタ第4番(名演!)が印象的。
Yuanfan Yang (age: 21 United Kingdom) (動画はこちら)
洗練されたテクニックと自然な表現とを持つスマート系ピアニスト。
ラヴェルの「蛾」、グラナドスの「ゴイェスカス」第5曲「愛と死」、ハイドンの幻想曲ハ長調、ベートーヴェンのソナタ第16番、リストの「BACHの名による幻想曲とフーガ」あたりが印象的。
Aljoša Jurinić (age: 29 Croatia) (動画はこちら)
今大会のファイナリスト。
テクニック面に少し弱さがあるが、端正でさわやかな音楽性を持つ。
バッハの平均律第2巻よりイ長調BWV888、シューベルトのソナタ第13番、ドビュッシーの「夢」、シューマンの幻想曲あたりが印象的。
Mario Häring (age: 28 Germany) (動画はこちら)
今大会の第2位。
ファビアン・ミュラーと並ぶ、ドイツの若き正統派ピアニスト。
今回彼を知ることができたのは、私にとっては大きかった。
ベートーヴェンのソナタ第6番、モーツァルトのソナタ第12番ヘ長調、プロコフィエフのソナタ第2番、カプースチンのop.40-1「前奏曲」、ラッヘンマンの「シューベルト変奏曲」、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番、ベートーヴェンの協奏曲第1番あたりが印象的。
Anna Geniushene (age: 27 Russia) (動画はこちら)
今大会のファイナリスト。
情熱的で雄弁な、成熟した表現力を持つピアニスト。
クレメンティのソナタ嬰へ短調op.25-5、シューマンの「3つの幻想小曲集」op.111、ブラームスのバラードop.10、ショスタコーヴィチの五重奏曲、ブゾーニのエレジー集BV249より第7、4曲、シューマンのフモレスケあたりが印象的。
Siqian Li (age: 25 China) (動画はこちら)
たおやかで抒情的な、美しい表現を特徴とするピアニスト。
今回、テクニック的にも(最高度とはいえないが)なかなかと知った。
モーツァルトの「デュポール変奏曲」K.573、ラフマニノフの前奏曲op.23-4、リストの「ラ・カンパネラ」、ベートーヴェンの「サリエリ変奏曲」WoO.73、ショパンの「12のエチュード」op.10、ドビュッシーの「版画」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、クルターグの「遊び」抜粋、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタあたりが印象的。
Eric Lu (age: 20 USA) (動画はこちら)
今大会の優勝者。
特有のリリシズムと安定したタッチを持ち、リーズの覇者に相応しい。
モーツァルトのソナタ第10番ハ長調、ショパンの舟歌、シューベルトの「4つの即興曲」op.90、ショパンのバラード第4番、ベートーヴェンの協奏曲第4番あたりが印象的。
Fuko Ishii (age: 27 Japan) (動画はこちら)
私の中での個人的な今大会のMVP。
といっても、彼女の演奏が他の誰よりも優れている、と言いたいわけではない。
皆レベルが高かったし、彼女が2次で落ちてしまったのも仕方ない。
ではなぜMVPかというと、それは彼女の個性のためである。
彼女の弾くドイツ音楽には、格別の味わいがある。
上述のドイツ人ピアニストMario Häring、彼もまたドイツ音楽の演奏に長けているけれど、タイプが違って、理知的で均整の取れた、いわば「ギーゼキング」型だと思う。
また、今大会にはいなかったけれど、曲を力強くがっちりと掴むような「バックハウス」型のピアニストも、ドイツにはいる。
しかし、憂愁と憧憬との間を揺れ動くような、ほの暗いドイツ・ロマン派の音楽を体現した「ケンプ」型のピアニストは、私は今のドイツには一人も知らない(よく探せばいるのかもしれないが)。
このタイプに最も近いのが、石井楓子だと思う。
もちろん、Mario Häringの個性も石井楓子の個性も、等しく素晴らしい。
だが、Mario Häringのタイプのピアニストは、他にもいる。
私が石井楓子を推すのは、その個性の希少性のために他ならない。
今回彼女が弾いたハイドンのソナタ第42番、ブラームスの「4つの小品」op.119、ベートーヴェンのソナタ第22番、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」は、いずれも感動的な名演だった。
特にシューマンは、彼女の演奏で全曲を聴くのは私には今回が初めてで、全曲を通して期待通り素晴らしく、嬉しくて仕方なかった。
第1曲、フェルマータの後に高音域から下りてくるアルペッジョ風パッセージ「レドシソレシソー」(音名表記)の、何気ないのに心にすっと留まる、エオリアンハープのような自然体の美しさ。
第2曲、短調と長調の間を揺れ動く旋律の、哀しみと憧れの極致ともいうべき表現。
最後から2番目の曲において、第1曲ではなくこの第2曲のメロディが再帰するという不思議な構成だが、様々な曲を経て帰ってきたこのメロディは、最初よりもさらに深まった、慈しむような演奏となっている。
そして、シューマン自身が「全く余計」とわざわざ表記した最後のエピローグの、羽が生えたような美しさ。
全く非構成的な、気まぐれなつくりを持つこの曲集が、こんなにも感動的な傑作たりうるという、シューマンの天才の不思議。
そのことを十二分に示してくれたこの名演を前にして、リーズの審査結果など、何ほどの価値があるだろう。
Salih Can Gevrek (age: 26 Turkey) (動画はこちら)
やや荒削りだが深々とした音を持ち、パワーや情感にも欠けない。
バッハの平均律第2巻よりイ短調BWV889、ショパンの「華麗なる変奏曲」op.12、バッハのパルティータ第6番、ラフマニノフの前奏曲op.23-4、5、13が印象的。
Yuchong Wu (age: 22 China) (動画はこちら)
淡々とした安定した演奏の中に、淡く情感を込めるといったタイプ。
バッハのフランス組曲第5番、リストのファウストワルツ、バッハのフランス風序曲、プーランクの「3つの小品」、バルトークの「戸外にて」、クルターグの「遊び」抜粋あたりが印象的。
Evelyne Berezovsky (age: 27 United Kingdom) (動画はこちら)
ミスや弾き直しを気にしない(?)、情熱あふれる天才肌タイプ。
スカルラッティのソナタイ長調K.212、スクリャービンのエチュードop.42-5と幻想曲、ショパンのバラード第4番、メシアンの「幼子イエスの接吻」、ラフマニノフのソナタ第2番、R.シュトラウスの「5つの小品」op.3より第1曲、ショパンの幻想曲、リゲティのエチュード第5、13番、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番あたりが印象的。
以上のようなピアニストが、印象に残った。
最後に、リーズコンクールについて。
このコンクールは、端正な正統派タイプのピアニストを求めているように感じた(特に、セミファイナルで派手なミスをしたAljoša Jurinićを通したのが象徴的)。
審査員長のポール・ルイスがそもそもそういうタイプのピアニストだし、そういう独自の位置づけで他のコンクールと棲み分けているのかもしれない。
ただ、洗練された名人芸を持つピアニストや、濃厚なロマンティシズムを持つピアニストなど、どんなタイプであっても突出した人であれば好む私としては、リーズコンクールの限定的な志向とはときにそりが合わないようにも思った。
まぁでも、数多あるコンクールと差別化を図るには、きっとこういった独自の路線も必要なのだろう。
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