非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -22ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

仕事の動きは起きるが、労働者はいない。

歩行の動きは起きるが、歩行者はいない。
運転の動きは起きるが、運転手はいない。
考えは起きるが、考える人はいない。
 
このような言葉を聞くと、マインドは混乱する。
 
何かの動きが起きているなら、それをやっている主体者がいるはずだと、マインドは考えているからだ。
 
「私」が仕事をしている。
「私」が歩いている。
「私」が運転している。
「私」が考えている。
 
マインドは、そう思い込んでいるので、「行為は起きても、それをやっている人はいない」と指摘されると、マインドはたいてい、こんな反応を起こす。
 
ほら、私は、今、自分の意志で、右手を上げたぞ!
行為者はちゃんといるじゃないか!と。
 
では、「右手を上げよう」と思ったその思考は、あなたの意志によるものだっただろうか?
 
右手を上げようという思考が現れるコンマ数秒前に、あなたは「右手を上げよう」という思考がコンマ数秒後に現れ出てくることをわかっていただろうか?
 
「右手を上げよう」と思った思考さえ、ある瞬間にひとりでに現れ出てきたのではないだろうか?
 
この次に現れる思考をコントロールし、決めているような思考者など存在していない。
 
そして、歩行が起きている最中にも、あなたは気づくかもしれない。
 
歩行の最中に、足も手もひとりでに動いていることに。
 
動きはひとりでに起きている。
 
呼吸も、消化も、心臓の動きも、ひとりでに起きている。
 
あなたが気を抜いたからといって、動きは止まらない。
 
仕事も起きるし、歩行も起きるし、会話も起きるし、食事も起きるし、うたた寝もひとりでに起きる。
 
非二元性に目覚めて、「動かしている私、コントロールしている私などいなかった」と気づいても、生の躍動が止まることはない。
 
仕事の動きが起きている時には、その仕事をありのままに、お茶を飲む動きが起きている時には、お茶の美味しさとくつろぎの感覚をありのままに楽しめるようになる。
 
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ノンデュアリティ・コロキアムの受付を開始しました。
 

「毎日、長時間、勉強しなければ、学習成果が上がらない」と思われているものの一つに、英語学習がある。

 
英語を話せるようになるには、長時間の学習が必要。
 
そう思っている人は、実に多い。
 
そして、この思い込みにとらわれると、本当に「英語を話せないまま」になる。
 
なぜなら、「自分には、英語を話せるようになるために必要な時間がない」「だから、話せるようにならない」と結論づけているため、話せるようになるための学習機会を本当に失ってしまうからだ。
 
英語を話せるようになるために、一日、何時間の学習が必要かというと、30分もあれば、十分だ。
 
なぜ、30分かというと、それ以上やっても、脳の神経回路の配線がこんがらがるからだ。
 
英語を話せるようになりたいなら、一日30分のトレーニングを毎日続ければ、3ヶ月ほどでそこそこ話せるようになる。
 
じゃあ、トレーニングの量を一日2時間に増やせば、4分の1の期間で同じ結果が出るかというと、そうはならない。
 
脳の神経回路は、筋肉と似ているところがあり、やり過ぎても効果が出ないからだ。
(やり過ぎた分を「過剰学習」という)
 
一日に3時間も4時間も筋トレをやっても、効率的に筋肉をつくれないように、英語学習も、一定のインターバルをあけて、少しづつ負荷を上げていくトレーニングを繰り返さなければ、脳の神経回路を強化することはできない。
 
やった分だけ、成果が出るはず。
そう思いこんで、長時間やみくもに練習を繰り返しても、筋肉も脳も、自分の思い通りに急激に発達してくれるものではない。
 
しかし、科学的に実証された方法を取り入れてトレーニングを繰り返せば、筋肉も脳もほぼ数値通りの変化を見せはじめるようになる。
 
お知らせ
学習の無駄を省いて、確実に学習効果を実感できる方法で英語を学び直したい方は、スマホを使って学習できるこちらの講座にご参加ください。

私は、「無駄な努力」が大嫌いだ。

 
55年の人生を振り返って、これほど無駄な努力はなかったと思えるものの一つに「英語学習」がある。
 
私は中学生の頃から、なんとなく英語をを話せるようになりたいと思っていた。
だから、この約40年、それなりに英語教材を買い込み、途中、何度も挫折を繰り返しながらも英語学習を続けてきた。
 
それでも、英語を話せるようにはならなかった。
 
「何が原因で、私は英語を何年学んでも話せるようにならないのか?」
 
その理由がわからず、私は40代になってから、こう考えるようになった。
 
「そもそも自分の記憶力に問題があるから、英単語の語彙数を増やせず、英語を話せるようにならないのではないか?」と。
 
学生の頃から、私は受験用の英単語集に載っている英単語をなかなか覚えられず苦労した経験があったので、そう思うようになったのだ。
 
「ならば、英語を学ぶ前に、まずは自分の記憶力を高めよう!」
そう思い立った私は、記憶術のセミナーを受けに行き、ただ受けるだけで終わらず、記憶術の講師にもなった。
 
確かに、記憶術を学んでからは、学生時代に比べれば英単語をラクに覚えられるようになったのだが、どれだけ英単語の語彙数を増やしても、自分の口から英語が出てくるようにはならなかった。
 
しかし、私がそうこうしているうちに、私の息子は、全教科の授業がすべて英語で行われる都立高のバカロレアコースに進学してしまった。
 
息子は、私とは違い、記憶術を学ぶこともなく、十代のうちに英語を話せるようになっている。
 
この現実に直面して、私はようやく、自分が繰り返してきた愚かさに目を向けられるようになり、こう考えられるようになった。
 
「英語を話せる」が私がたどり着きたい山頂(目的地)だとすると、私はこれまで何度も山登り(努力)をしてきたものの、自分が目指す山頂とは違う場所にたどり着いてきたことになる。
 
これは「遠回り」と言えるレベルの愚かさではない。
なぜなら、遠回りしていただけなら、多少余計な時間がかかっても、最終的には目的地にたどり着けるハズだからだ。
 
私がこれまでに繰り返してきたことは、近道か遠道かの「道違い」レベルの問題ではなく、「山違い」だったに違いない。
 
登る山を間違えれば、どれだけ山道を進んでも、目指す山頂にたどりつけるハズがない。
 
こうして、自分の努力の愚かさに気づけるようになった私は、「ならば、私が目指す山頂に案内してくれるガイドはどこにいるんだ?」と、冷静になって周りを見渡せるようになった。
 
すると、認知科学という学術分野で、外国語を習得するための学習方法を研究している人たちがいることがわかった。
 
なんと大学の先生や院生の皆さんは、私が山違いの山登りをしている間に、正しい山登りの方法を研究してくれていたのだ。
 
「山登りの名人」を見つけた私は、彼らの著者や論文を読みあさり、「なぜ、自分が何年英語を学んでも話せるようにならなかったのか?」 その理由をようやく認識できるようになったのでした。
 
登ったことのない山を登りたければ、道案内のガイドを雇ったほうがいい。
このことを知って、コーチやメンターを雇う人はいても、ここに潜む大きな落とし穴に気づいている人は少ない。
 
世の中には、「こうすればあなたも英語を話せるようになる」と謳った学習教材がたくさん出回っている。
その中には、個人的な経験から導き出された自論も含まれ、他の人が実践しても効果が出るかどうか、再現性が乏しいものも多い。
 
しかし、科学的見地から効果が認められた学習法であれば、誰がやっても、学習の成果を日々実感しながら、山登りを続けられるようになる。
 
現にこの私でさえ、正しい山登りの方法がわかってから、日本にきた外国人に道を聞かれて、駅までどのように歩き、どの駅で何線に乗り換えれば、目的地につけるかを英語で案内できるようになった。
また、とんこつラーメンを食べている外国人に「替え玉というサービスを利用すれば、リーズナブルにおかわりができるよ」と英語で教えてあげられるようにもなった。
 
また、アメリカの大学で物理学を学んでいる学生とチャットを通じて友達になり、私は彼から英語を教わり、彼は私から日本語を教わるという学習の友もできた。
 
英語を学ぶあなたの目的が、「会話できるようになること」なら、学生時代と同じように、英単語や文法の暗記に、貴重な時間と労力を費やしてはいけない。
 
その山道をどれだけ突き進んでも、あなたが望んでいる山頂にはたどり着けないのだがら。
 
進むべき山道を歩き出すようになると、3合目までやってきた、5合目にきたぞと、日々、頂上に近づいてきている喜びを感じながら、楽しく登山を続けられるようになる。
 
この喜びの実感ほど、確かで頼りになる道標はない。
 
お知らせ
認知科学が解明した英語を話せるようになるための学習法を知りたい方は、下記の講座にご参加ください。
 

先週末のノンデュアリティ・コロキアムは3時間30分の講座だったのに、はるばる鹿児島や茨城からも参加してもらえました。

 
曹洞宗の開祖、洞山禅師が、般若心経の「無眼耳鼻舌身意」の意味を悟れず、何年もかかってやっととらえることができた一瞥体験を、わずか数分で体験できるようになるワークを3年ぶりに行いました。
 
自分の本性である「空」のキャパシティを認識した途端、それまで感じないように抑圧されていた悲しみの感情(エネルギー)があるがままに現れ、消えることが許され、涙が止まらなくなった女性もいました。
 
また、「時間がない」とはどういうことですか?と聞かれることが最近増えてきたので、私たちが経験できるのは、今しかなく、それは一瞬ではなく、動かないことを実感できる話もしました。
 
そして、参加者の約半数の方が懇親会にも参加してくださり、お酒を飲みながら、こんな話で盛り上がりました。
 
毎日のように繰り返され続ける息子さん、娘さんとのバトルを振り返って、「まるで、よしもと新喜劇のようなワンパターンの喜劇ですよね」と語ってくれたお母さんは、「子供たちをコントロールしないと、子供たちの将来が大変なことになる」と言いつつも、その恐れは、自分に対する恐れが外側に投影されたものであることを見抜いていました。
 
また、大学で経営学を教えている先生からは、「先日、来日したマルクス・ガブリエル(哲学者)の話を聞いてどう感じたか?」という質問を受けました。
「世界が単独で存在していないことを見抜いている点で、非二元に近づいているけれど、哲学者である限り、それを概念として語らざるを得ない点に、もどかしさを感じてしまった」ことを伝えました。
 
お知らせ
非二元(ノンデュアリティ)に興味のある方は、まずはプライベート・セッションをお受けください。
 
今日は、ファッションデザイナーの同級生から誘われて、齊藤洋久さんの事務所に遊びに行ってきた。

齊藤さんは、アンディ・ウォーホールが出ていたTDKのCMやペプシマンのCMを手がけたプロデューサーで、「宮沢りえ&りえママ」親子との親交も深く、アルバムを見せてもらいながら、いろんな思い出話を聞かせてもらえた。

また、齊藤さんは、現代アートのコレクターで、いくらで購入した作品がいくらで売れたかを聞いていると、その桁ハズレな高騰ぶりに腰が抜けそうになり、自分が思い込んでいた「投資」の概念がすっかり覆ってしまった。

そして、別れ際に、また遊びに来てもいいですか?と訊ねると「今度は仕事の話をしようよ」と言ってもらえた。
どんな仕事を一緒に面白がれるか、今はまだわからないけど、桁ハズレな齊藤さんとなら、常識の枠にとらわれない面白い仕事になることは間違いない。

今日の出会いをつくってくれた同級生に感謝!




今日は、東京の女性とカフェで非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやりました。

 
感情と思考に振り回され続けているので、それを何とかしたいというのが、彼女の望みでした。
 
また、以前、非二元について女性が語っていた「私はいない」という言葉を聞いてから、ますます頭が混乱しだしたことも、正直に話してくれました。
 
そこでまず、「私は存在している」という直感は、非二元の名著のタイトルにもなっているほど重要なもので、何も間違っていないことを伝えてからセッションを始めました。
 
そして、怒りの感情が湧き上がってきたときに、これまで通り、感情や思考をコントロールしようとし続けると、これまで通りのみじめな結果が繰り返され、それどころか、一生、感情や思考の門番、管理人のような役割を担い続ける人生になることを自分で確かめられるようにガイドしていきました。
 
人は、怒りの感情が湧き上がると、それを穏やかな状態に戻すために、相手の行動を変えようとしたり、それが無理だとわかれば、自分の感情を平静に保てるよう、瞑想などを試み始めるけれど、いずれにしても終わることのない探求となってしまうこと。
そして、自分が平和、幸福であるために、他人を利用する必要などまったくないことがわかり出すと、彼女の口から「こうやって自分が試みてきたことを確かめてみると、とんでもなくバカげたことを繰り返し続けてきたことがわかり、まるで喜劇ですね」という言葉が出てきました。
 
そして最後に、今後、怒りの感情が湧き出てきたときに、どのような問いかけを行えば、怒りの最中にも、動じることなくあり続けている私=内なる平和を見つけられるようになるかを伝えて、セッションを終えました。
 
お知らせ
感情や思考をコントロールしようとする探求を終わらせたい方は、非二元のプライベート・セッションをお受けください。
昨日は、渋谷で「お金の流れが変わる波動の法則」を開催しました。
2ヶ月前にも開催した講座なのに、リピート受講された方がいたので、これまでに一度も話したことがなかった内容を昨日の講座では語りました。

ブログでは詳しく書けない内容ですが、「金持ち父さん、貧乏父さん’」「成功哲学‘」「自己啓発」「引き寄せの法則」などの本を読んだり、セミナーに参加しても、なぜ、大多数の人が億万長者にも成功者にもなれないまま終わるのか?

これらの本を書いている人たちがけっして語ろうとはしないカラクリを明かしました。

このような話をすると、それは「行動力が足りないからだ」という人もいますが、たとえ行動力ががあっても、億万長者や成功者になれる人は極少数であること。
そして、たとえその夢が叶っても、幸福や安らぎを感じて生きている人が少ないことを語り、その不毛な競争を生み出しているマインドの波動から、どうすれば、抜けられるかを非二元(ノンデュアリティ)の観点から話しました。

そして、講座が終わってから、非二元に興味がある人とビールを飲みに行き、こんな話をしました。

非二元の教えの中でも、ネオ・アドヴァイタとダイレクト・パスはまったく異なるものであること。ネオ・アドヴァイタの教師が弟子に囁いた「早く◯◯◯」という一言は、「悟り」「一瞥体験」を追い求める多くの人の欲望を引きつけ、自我を活気づかせるのに十分な言葉で、ダイレクトパスの教師なら、まずそんなことは言わないことなどを語りながら、冷え冷えのビールのおいしさを堪能しました。

お知らせ
次回の「お金の流れが変わる波動の法則」は、10月末に開催予定で、昨日と同じ内容を語ろうと思っています。また、内容がこれまでとかなり変わってきているので、講座名が変わる可能性があります。
自分とは、どのような存在なのか?
その認識に従って、世界は姿を変える。

しかし、多くの人は、「自分」とは世界と切り離されて単独で存在している肉体、またはマインドだと思い込んだまま、見える世界をより良いものに変えようと奮闘努力し続ける。

その努力によって整ったかのように見えるものは、砂上の楼閣のようなもので、はかなく崩れ落ちる。

それが幻想であることを知らせるかのように、あっけなく消え去る。

幻想が消えても、消えることなく残っているもの。

消えることも変わることもないその存在に気づいたとき、砂上とは異なる世界が姿を見せはじめる。

お知らせ
自分とは何なのかを確かめられるのは、自分しかいません。
自分とは何かを確かめてみたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。

日本人が英語を学校で6年以上学んでも話せるようにならない理由。

 

それは、会話の中で自分が一生使わないであろう英単語や文法の記憶にエネルギーの大半を費やしてきたから。
 
要は「受験に合格する」目的のために、時間とエネルギーの大半を注ぎ込み、話せるようになるためにエネルギーを注いでこなかっただけの話。
 
何のために英語を学ぼうとしているのか?
その目的が「話せるようになるため」なら、今やスマホを使えばとんでもない低予算で、英語を短期間で身につけられる時代になった。
 
受験のための英語学習と、話せるようになるための英語学習は、まったくの別物。
 
話せるようになるのが目的なら、使いもしない英単語や文法の記憶にエネルギーと時間を使う必要はなくなり、1日20〜30分の学習時間でも、3ヶ月ほどでそこそこ英語を話せるようになる。
 
大事なのは学習の目的。
それさえ、間違わなければ、これまでのようなエネルギーと時間の浪費はなくせる。
 
お知らせ
スマホで英語を話せる脳をつくれる科学的学習法」のお申込みの受付を開始しました。

昨日は、東京の女性とカフェで非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやりました。

 
セッションを始める前に、どうやって私のことを知ったのかを訊ねると、彼女の知人の2人が私のセッションを受けて「よかったよ」と言ってくれたらしく、その一人は、今、非二元を教えている人だと聞き、誰のことだかすぐにピンときて、とても嬉しく感じました。
 
昨日のセッションで、彼女が求めていたのは、「悟りたい」ということだったので、冒頭、「今、悟っていない私が、いつか悟った私になるのではないこと」「今、小さな私が、未来に大きな私に成長するのではないこと」を伝えてから、セッションをはじめていきました。
 
セッションでは、時間や未来というものが概念的には存在していても、未来を体験したことなど一度もないことを明らかにしながら、今というのは一瞬の時間ではなく、途切れのない永遠なるものであることを悟れるようにガイドしていきました。
すると、セッションの後半、「矢沢さんがもガンになり、余命何年ですという宣告を受けたとしたら、ショックでガーンとならないんですか?」という質問が出ました。
 
実際、私は、19年前に癌の宣告を受けたことがあり、その瞬間、ガーンという感覚を経験したことを覚えているので、「ショックを感じなくなるわけではない‘」と応えました。
 
ただ、ガーンとなっているのは感情の動きであり、私自身は、その感情の変化に気づいている存在なので、一般的には「私は癌になってしまった’」「だから私はショックを感じている」と認識されているけれど、自分が気づきの存在であることに目覚めていたなら、ショックを感じることはできても、そのショックな感情そのものにも、癌にもなれない、不変の存在であることを認識できるようになることを伝えました。
 
実際、私は、非二元を知ってからのこの数年間、「また癌になったらどうしよう」という分離の恐れからやってくる不安わ心配の思考に巻き込まれて、憂鬱になったことは一度もありません。
 
なぜ、そうなったかというと、癌を経験する前までは、「私はこの体だ」「私とはいつか滅びゆくはかない存在だ」と認識していたのですが、非二元(ノンデュアリティ)の教えに触れてから、癌というものが、その認識を訂正するために現れた恩寵であることを知ったからでした。
 
本当の私とは、私が思っているような限界のあるものではなく、不変なるもの。
それがわかるまで、本当の私は、自分ではないものを自分だと思い込み苦しんでいる催眠状態の私を、本来の自分に引き戻すために、絶えず呼び覚ましにきてくれています。
 
お知らせ
「自分とは、こういう存在だ」という長年の思い込みにが邪魔をして、私たちは「本当の自分が不変で永遠なるものである」ことになかなか気づけず、自分ではないものを自分だと思い続けて生きています。
本当の私とは、肉体でも、感情でも、思考でもありません。
それを確認しながら、本当の自分とは何かを明らかにしてみたいと思った方は、非二元のプライベート・セッションをお受けください。